剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

8 / 21
狂った鬼と狂えなかった吸血鬼

 両者の取った行動は互いに前進だった。

 かろうじて椅子としての機能を残していた木片が二人の跳躍と同時に、椅子としての機能を完全に失う。

 そしてテーブル分の距離、僅か二メートルにも満たない空間でフランドールが嗤う。

 

「きゅっとして――」

 

 フランドールの掌に『目』が現れたのを剣鬼は察知し、自分の身体が次の瞬間にはひしゃげて潰れる光景を幻視した。

 

「クヒッ」

 

 変な笑いが漏れる。先ほど行った咲夜たちとのじゃれ合いとはわけが違う。

 死の気配が背中を薄ら寒く這い回り、その感覚がくすぐったく(・・・・・・)て思わず笑ってしまう。

 

「言い忘れてたが――一度見せた技ってのは二度通じないもんだぜ」

 

 フランドールの手が『目』を握り潰す直前、彼女の耳元に風船が弾けるような音が響く。

 

「あはっ、あははっ、さすがね剣鬼!!」

 

 それは剣鬼の弾けた音――などではなく、フランドールの手が肘から斬り落とされた音だったのだ。

 人間よりも遥かに強度の高い吸血鬼の骨肉を何の障害でもないように斬り裂いた剣鬼は、咲夜たちとの戦いでも見せなかった刀を抜いて佇んでいた。

 

 名刀には見えない。フランドールが些か以上に世間知らずであることを差し引いても、剣鬼の手に持つ刀には名刀特有の気配がなかった。

 

 しかし、剣鬼の手にある。ただそれだけの事実が、凡庸な刀を何物をも斬り裂く妖刀に押し上げている。

 

「試したんだろ? 一回は見逃してやるよ。三回見せるなんて興ざめな真似はするなよ?」

 

 剣鬼は左半身を晒し、刀を右脇に寄せる――脇構えを取って、フランドールの動きを待つ。

 

 刀を抜き、構えを取る。その行いは自身を敵手として見ているのだとフランドールは理解し、大きな喜びに打ち震える。

 

 この男は自分を見ている。フランドールという個人ではなく、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力まで含めた全てを、己の斬るべき敵として見据えている。

 

「あはっ、こんなに素敵な時間だなんて思わなかったわ。ずっとこれが続けばいいのに」

 

 斬り落とされた腕を拾い、噴水のように血を噴き出している切断面に適当に繋げる。

 それだけで吸血鬼の身体は完治する。斬られた場所なんて初めからなかったように、残るのは綺麗な肌だった。

 

 フランドールはその手にねじ曲がった時計の長針にも見える、杖を持つ。

 どのような素材なのか、そもそもあれを杖と呼ぶべきなのか。剣鬼は僅かに目を細める。

 

「今のは私が悪かったわね。試すなんてバカバカしい。――受け止めてくださる? 私の本気」

「ハッ、そっちこそ俺が剣を抜いた以上、相応の意地を見せてくれよ。期待外れが一番きついんだ」

 

 言葉の応酬が終わった瞬間、フランドールは剣鬼の前に現れて杖を振り下ろしていた。

 移動速度が早すぎて、剣鬼の衰えきった身体能力では捉えられない。

 が、剣鬼は微かな体捌きでそれを避ける。

 

「えっ!?」

「そこは驚くなよ。フランドール」

 

 初動も振り下ろしも剣鬼の視線は認識していなかった。なのに避けられた。

 その事実に身体を硬直させてしまい、フランドールは無防備な姿を空中に晒す。

 

 

 言ってしまうなら、フランドールはまだ剣鬼という存在をよく理解していなかった、ということだろう。

 身にまとう妖力は微弱。それに付随して身体能力も人間より僅かに上程度。霊力の扱いに心得があるものならば、簡単に覆せる程の差でしかない。

 だがそれでも彼は、隠れることもなく活動を続けて生きてきた古株の妖怪の一人なのだ。

 

 

「さて、三度目はないぜ?」

 

 剣鬼の刀がフランドールの胴体を断ち割ろうと閃く。

 流麗にして無骨。この一太刀を放つまでにどれほどの研鑽が積み上げられたのか。

 フランドールは、それが自身の命を奪うために放たれたものであるにも関わらず見惚れ――嗤った。

 

「そうこなくっちゃ! 素敵よ!!」

 

 避ける、防ぐなどという発想はなかった。あるのはただ、この男を壊したいという飢餓感にも似た衝動だけ。

 吸血鬼としての身体能力を活用し、振り下ろした杖を強引に振り抜き、剣鬼の肉体を破壊しようとする。

 

「っと」

 

 刀の方を狙ってくれば、杖ごと身体を斬る自信があったのだが、肉体を狙われては不味い。

 何度も言うように、彼の肉体そのものは下級妖怪程度の脆弱なものでしかないのだ。フランドールの攻撃が直撃してしまえばひき肉になるだろう。

 

 仕方なしに身体を逸し、杖を避けつつの斬撃になる。

 当然、万全な体勢から放たれたわけでもないので、フランドールに容易に避けられてしまう。

 

「ハッ」

 

 悪くない。どうにも外見で判断する癖があるようだが、そこからの思い切りの良さは認めるべきものだ。

 あそこで迂闊に回避や防御に徹していれば、それごと斬って終わっていただろう。

 

 剣鬼はその場から動かず、フランドールは距離を取る。

 互いに裂けるような笑みを浮かべ、空気すら歪める威圧が両者の間に生まれていた。

 

「あなたを壊す。……ああ、想像しただけで笑いが止まらないわ!! あははっ、あははははははははははは!!!」

「カハッ、そりゃ俺のセリフだ。数十年前にアイツを斬って以来だぜ、俺が心から斬りたいと思った奴は!!」

 

 けたたましい哄笑が部屋に響き渡る。両者ともに楽しくて楽しくて仕方がないといわんばかりの表情。

 そしてそんな中、フランドールの姿がブレ始めた。

 

 一人だったのが二人に、二人だったのが四人に、まるで鏡合わせのように姿が増えていくフランドールの姿に剣鬼は目を細める。

 

「……魔法、か? 無数の蝙蝠になることが出来る吸血鬼の特性を応用ってところか」

「あら、詳しいのね。一発で見抜くなんて」

「魔法は当てずっぽうだけどな。まあいい。どれも本物と同じなんだ。――全部斬れば良い」

 

 フランドールの身体が増えた理由をいくらか考えた剣鬼だったが、斬るべき相手の数が増えたという事実のみを重視することにした。

 どうせ原因が把握できたところで阻止できるかはわからないのだ。だったら方法に思考を巡らせるより、数を増やしたフランドールをどう対処するかを考えた方が合理的だ。

 

「じゃあ――簡単に壊れないでね?」

「ほざけ。ああ――意外に脆いな」

 

 距離を離していようと関係がない。剣鬼の斬撃は狙ったものを逃さない。

 いきなり数を一人減らしたフランドールだが、むしろその状況に笑ってしまう。

 

 これこそ――自分が欲していたものだ。

 

 互いに後先もリスクも考えない。ただただ目の前の相手だけを考え、全力を出し切る――否、全力以上を出すことに没頭できる時間。

 フランドールと剣鬼の哄笑が響き渡る中、数を増やしたフランドールが剣鬼へと飛びかかっていくのであった。

 

 

 

 

 

「あら、この音……始まったようね」

 

 レミリアは地下から響いてくる振動に戦闘が始まったことを察し、上機嫌に紅茶を飲む。

 その口元には笑みが浮かび、これからのことに思いを馳せているようにも見えた。

 

「ああ、八雲紫の懐刀っていう彼。引き受けてくれたの?」

 

 レミリアの独り言に近い言葉に反応したのは、彼女の百年来の友人パチュリー・ノーレッジだった。

 彼女も咲夜が淹れた紅茶を、本を片手に啜っている。

 

「まずは見てから、という話だったけど、この様子だと引き受けてくれたようね。ふふふ……」

「機嫌が良いわね。妹様の狂気をどうにか出来ることがそんなに嬉しいのかしら」

「嬉しいに決まってるじゃない。あの狂気をどうにか出来る相手が現れるのをずっと待っていたのよ」

 

 狂気があるからこそ、フランドールを自由にしてやることが出来ない。姉として触れ合うことも出来ない。

 あれこそが彼女を縛る元凶である。それがレミリアの考えだった。

 

「……まあ、レミィが決めたことなら私から言うつもりはないわ。手元に方法がないなら、他所から持ってくるというのは正しいことだし」

 

 パチュリーもレミリアの言葉に賛同する。魔法使いの思考として、自分に出来ないことは出来る何かに任せてしまうか、求めている結果を出せる何かを呼び出してしまえば良い。

 無駄を嫌い、合理を好む魔法使いらしい思考と言えるだろう。

 

 友人の賛同も受けて、レミリアはますます上機嫌に鼻歌まで歌い始める。

 この方法を提言した時、咲夜と美鈴は何か物申したそうな顔をしていたが、やはり自分は正しいのだと確信した様子だった。

 

「心配症ね。大丈夫よ。私だってフランのことに関して万が一を許すつもりはないわ。だからあらかじめ運命も見ておいたんだから」

 

 レミリアには『運命を操る程度の能力』があった。

 名の通り、ごく近い未来を見たり、操ることが出来る能力だ。

 

 その力を使い、レミリアは先ほど相対していた剣鬼の運命を見た。

 その結果は彼がフランドールと対峙し、見事に狂気を斬り裂く場面を見ることが出来た。

 もしも彼がフランドールと会うことすら拒否するつもりなら、強引に運命を捻じ曲げるつもりだったのだ。

 いくらか運任せな部分もあったことは否定しないが、物事自体は順調に推移している。その事実がレミリアの心を浮足立たせる。

 

「後は座して待てば良い。念には念を入れて咲夜も見張りに付けたし、きっと上手くいくわ」

「……そう」

 

 パチュリーは言葉少なに頷くことで、友人への同意を示した。

 目の前の少女が妹であるフランドールを慮っていることは十二分に知っているのだ。

 その彼女が提言した案である以上、フランドールについて彼女よりも知っているとは言い難い自分が何かを言うのはお門違いである、とパチュリーは考えていたのだ。

 

 

 ――だからレミリアは自身の過ちに気付けなかった。

 

 

「お嬢様っ!!」

 

 息が切れるのも構わない様子で咲夜が部屋に駆け込んでくる。

 レミリアはその様子を見て、怪訝そうに眉を潜めた。

 

「……咲夜? あなたには彼の見張りといざという時の歯止めを任せたはず――」

「妹様のところに向かってください!!」

 

 主の言葉すら遮り、咲夜は叫ぶ。

 

「あの男は……決してお嬢様の思い通りに動く存在ではありません! 破滅しか生み出さない悪鬼です!!」

「……だからどうしたというの? そのくらいの存在でないとフランの狂気を斬るなんて出来るはずがないでしょう」

「お嬢様!!」

 

 レミリアの言葉に、咲夜は本気の怒りを滲ませた声を上げる。どうしてこんな簡単なことがわからないのだ、とでも言わんばかりに。

 今まで見たこともない従者の剣幕に、さすがのレミリアもたじろぐ。

 

「ど、どうしたのよ咲夜? あの男の気配に当てられたの?」

「妹様と向き合ってください! ご家族でしょう!! 向き合うことがいくら難しくても、誰かに投げて良いものでは決してありません!!」

「……っ」

 

 レミリアの表情が痛みに耐えるように歪む。咲夜の言葉には、彼女の顔を歪ませるだけの正しさが含まれていた。

 

「……わかっているわ。だからあの子の狂気を取り払ってから――」

「遅いのです、それでは!! 狂気も妹様の一部なのです! 私もあの男を見て確信しました! あの男は――!!」

 

 咲夜の言葉を最後まで聞いた時、レミリアの顔色はすでに上機嫌の時のそれとは全く異なっていた。

 

「そんなはずは……確かに私はあの時運命を見た! 彼がフランの狂気を斬るのをちゃんと……!」

 

 レミリアは咲夜の言葉を否定しようと、再び運命を見る。一度見た運命である以上、もう一度探すことは簡単で、すぐに見つけることに出来たそれに安堵し――

 

 

 

 ――それが無数の斬撃に斬り裂かれる瞬間も紅く染まる視界に焼き付いた。

 

 

 

「え?」

「レミィ、目!!」

 

 驚愕に満ちたパチュリーの声を聞いて、レミリアは真っ赤になっている目に手を当てる。

 そこにあるべきまぶた越しの眼球はなく、止めどない血が両目から流れ落ちていた。

 

「目が……縦に斬れている……」

「お嬢様、大丈夫ですか!?」

 

 咲夜の声とともに、清潔な布が目に当てられる。

 目が斬られた程度の傷、吸血鬼の力なら簡単に治癒してしまう。そのため怪我自体は簡単に治った。

 

「いったい何が……」

「……フランの運命がわからなくなった」

 

 いきなり起きた現象に考察を巡らせつつ、レミリアを心配するパチュリーの声に、レミリアは呆然とした声を上げる。

 

「え?」

「あの男、なんという……!」

 

 レミリアは気付いてしまったのだ。剣鬼と呼ばれる男がなぜ、八雲紫の懐刀と呼ばれるほど様々な妖怪に名を轟かせているのかを。

 下手に関われば破滅の未来しかない。上手く行っても決して利益だけをもたらす存在には成り得ない。

 最初に会った時、白兵戦ならば八雲紫すら斬って捨てることが出来ると剣鬼は言った。

 その言葉の意味を今さらながらに理解したのだ。

 

 運命をレミリアの目諸共に斬って捨てたということを。

 

「お嬢様!」

「急いでフランのところに行くわよ!!」

 

 剣鬼の性質に気付いた瞬間、レミリアは駆け出していた。

 例えようのない焦燥感が胸を焦がす。何か取り返しのつかない過ちを犯しているのではないかと、気が気でない。

 

 レミリアの焦りに答えが提示されるまで、あと数分――

 

 

 

 

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』

 

 剣鬼とフランドールの戦いは凄惨な血しぶきの舞うものとなっていた。

 

 いくつもの分身を作り出し、ありとあらゆる方位から突進や弾幕、あるいは能力による破壊を試みるフランドール。

 手に持つ炎の剣――フランドールはレーヴァテインと呼んでいる――を振りかざし、剣鬼を殺そうと縦横無尽に動きまわるのに対して、剣鬼は不動だった。

 

「ヒャハハハハハハハ!! どうしたどうしたどうしたぁ!! 攻めが単純になってきてんぞ!!!」

 

 破壊の嵐とも言うべき大勢のフランドールの攻勢に対し、剣鬼は高笑いしながら剣を振るう。

 そして剣を振るう度に剣鬼に近づく分身、離れて能力を発動させようとしている分身、それらが何体も消し飛んでいく。

 

 フランドールを暴虐の嵐と呼ぶのなら、剣鬼は剣の結界とも言うべきものだった。

 幾人もの分身が撒き散らす血煙を纏って突進を続けるフランドールに対し、剣鬼の振るう銀の剣閃がそれを阻む。

 苛烈に攻め立てているのはフランドールだろう。それを受け止めているのは剣鬼であり、彼の剣が支配する領域への侵入は未だ叶わない。

 

 攻め切れない。その事実にフランドールは嗤う。自分の全力と剣鬼の全力。力の総量で言えば勝負にならないほどだというのに、蓋を開けてみればこの通りだ。

 攻め立てているのだからフランドールが有利なように見えるが、実際は逆だ。

 互いに後先を考えない戦い方をしているのは事実だが、それでも分身を出し、レーヴァテインを出し、能力の使用を続けているフランドールの方が消耗は激しい。

 対して剣鬼は自らの刃を振るう以外のことはしていない。そこにどれほど精緻な技術や技巧が用いられているか、フランドールには知る術がなかった。

 

 

 

 だが――この不利な状態が心地良かった。

 

 

 

「あはははははははは!!! じゃあこれならどうかしら!! それともこれは!?」

 

 剣鬼の声に応えるように分身が天井を蹴り、壁を蹴り、地面を這うように、全く同時に三次元の攻撃を仕掛ける。

 それに対し剣鬼は剣を振るい、壁を蹴って迫る分身を斬り飛ばす。そうしている間に迫る他のフランドールたちを見据えて剣鬼も嗤う。

 

「合わせてやるよ、お前の戦い方になぁ!!」

 

 剣鬼の身体から血が噴き出る。かろうじて攻撃自体は捌いたものの、身体を掠めただけでも重傷と呼べるほどの傷が出来てしまう。

 これまでのアドバンテージを投げ捨てた形に近い。しかし、剣鬼の顔に焦燥の色はなく、あるのは狂ったような笑みだけだった。

 

 攻撃を回避されても、フランドールの分身たちは猛攻を止めない。持ち前の身体能力で強引に切り返し、剣鬼の剣をこれ以上使わせないように動く。

 

「カハッ――!!」

 

 だが、それも通らない。剣鬼が刀を鞘に収めると、次の瞬間には懐に潜り込んでいた二体の分身がどちらも消えており、返す刀で離れて破壊の能力を使おうとしていた分身も斬られる。

 

「さあさあさあさあさあ!! ずいぶんと数が減ってきたじゃねえかフランドール!! 俺を壊したいって思いはその程度か!?」

「そんなはずないじゃない!! ああ、だけど数が減ったのは頂けないわね! あなたの剣もようやく見えてきたっていうのに!!」

「ハハハハハ!! 俺の剣が見えると言うか! 外道に堕ちて、それでも磨き続けたこの剣を、たかだか数十分で見切ると言うか!!」

 

 おかしくておかしくてたまらないと言った様子で二人は嗤う。

 愛しい敵の言葉故、怒るなどという無粋はしない。彼女の言葉が大言壮語に留まらないことを心から祈り、剣鬼は更に剣速を上げていく。

 

 有利不利など互いに気にしてすらいない。フランドールの破壊が剣鬼を壊し尽くすか、剣鬼の剣がフランドールの狂気を斬ってみせるか。

 ブレーキは存在しない。限度も存在しない。時間が経てばこのまま二人は存在維持に必要な力すら燃やし尽くして自滅するだろう。

 

「見切れるって言うなら――見切ってみろや吸血鬼!!」

「あはははははははは!! 素敵、素敵よ剣鬼!! 愛しているわ。愛し過ぎて壊したくなるくらいに!!!」

 

 身体から血を流しながらも両者は止まらない。どちらかが果てるその時まで、彼らは全力以上を出し続けるだろう。

 それで両方が消えることになろうとも、二人の顔から笑みが消えることは決してない。

 

 蹂躙の爪牙を振るう吸血鬼と、千年以上の時間を剣に捧げた化外。双方の戦いはおぞましいまでの拮抗を作り上げていた。

 この瞬間が崩れる時は、果てのない勝負に決着がつく時以外に存在しない。

 

 

 

 

 

「フラン!!」

「えっ?」

 

 

 

 

 

 決着は、ひどく呆気なかった。

 レミリアが地下室に入ってきた時、フランドールは何かに驚いたようにそちらに顔を向けたのだ。

 極限まで神経を研ぎ澄ませた戦闘の中で、それは致命的な隙と呼ぶに等しかった。

 

「――しっ」

 

 この時、剣鬼の肉体を動かしたのは意志の力などというような綺麗なものではなく、彼が愚直に積み上げた鍛錬が生み出したものだった。

 相手の隙を突くのは当然であり、彼の行動に疵瑕はない。

 剣鬼自身もまた、戦いというのは実に呆気なく終わることもあると理解していたがため、その結末自体にケチをつけるつもりはなかった。

 

 無防備な姿を晒すフランドールたちに、剣鬼が刃を奔らせる。

 

「あ――」

 

 刃を振り抜いてもフランドールの身体から血は零れない。剣鬼が斬りたいものは彼女の狂気であって、彼女自身ではない。

 剣鬼は自身と同類故、彼女の狂気がどのようなものであるか理解していた。

 そして――それを斬ることは、己の理解者となり得る相手を消してしまうことであることも把握していた。

 

「あーあ、残念。もうちょっとで見えたのに」

 

 フランドールの口は動かず、しかし剣鬼を見つめる瞳が語る言葉は雄弁。

 刹那が無限に姿を変え、正しくフランドールと剣鬼だけの世界において、二人は声を介さない言葉を交わしていた。

 

 

 

「ハッ、結局、家族の縁は捨てられなかったってことかい」

「そうみたい。アイツのことなんてどうでもいいと思っていたつもりだったけど、やっぱり名前を呼ばれると嬉しいのよ」

「そうかよ。お前さんが見えたと思った時を狙って、勝負を仕掛けに行こうと思っていたのに残念だ」

「それはごめんなさい。でも、剣鬼の言う通りね。全力以上を尽くしても、終わりって呆気ない」

 

 ひどく穏やかな会話を交わしながら、フランドールは困ったような笑みを浮かべた。

 

「……ねえ、私ってこれからどうなると思う?」

「知らん。確かに狂気は斬ったが、あれだってお前さんの一部だ。身体で言うなら、手足を切断して今までどおりの生活が送れるかって話になる。どう転ぶかは俺にもわからん」

「そっか。あーあ、本当に残念だなあ。せっかく私の願いを理解できる存在を見つけたのに、お別れだなんて」

 

 心から惜しむようにフランドールは囁く。

 今ここで話している彼女は、つい先程まで剣鬼と戦っていた狂気のフランドールである。

 そして剣鬼によって斬られた以上、この時間が終われば消え行く存在になっていた。

 

「そうかい。……楽しかったぜ、フランドール。お前さんの狂気、確かに斬った」

「みたいね。私も意識が遠くなってきた。……ね、最期のお願いを聞いてもらえるかしら」

「聞こう。俺は殺し合った敵と交わした約束は破らん」

「なにそれ、変なの。……これから、お姉様たちがあなたに詰め寄ってくると思うの。

 あなたにとってはとても面倒なこと。でも、お姉様たちを傷つけないで欲しい」

「――わかった。お前は安心して眠れ」

 

 フランドールの頼みに対して、剣鬼は迷う素振りも見せずに即答する。

 剣鬼は自身が敵と認める相手が少ないことを自覚して、それでもなお己の敵となる相手へは最大限の敬意を払う。

 

「安心したわ。ああ、だけど……終わるのは本当に惜しいなあ……!」

 

 泣き笑いのような表情で剣鬼を見つめるフランドール。そんな彼女に剣鬼はにべもなく言い放つ。

 

「同じ勝負なんざ二度とない。……次があるなら、今度は自分の心くらいしっかり把握しておけ。また今回みたいな終わり方じゃ拍子抜けもいいとこだ」

「あはっ。でも、そうね……もし、次が許されるなら――今度は私が勝ちたいわね」

 

 その言葉を最後にフランドールは倒れ、剣鬼がその身体を支える。

 

 これまでの会話の間、ずっと時間は止まっていたに等しかったが故に身体は動かなかった。それが動いたということは――

 

「…………」

「そんなに睨むなよ、ガキンチョ」

 

 血走った目でこちらを見据えてくる、紅魔館の面々を傷つけずにどうにかする方法を考える時間がやってきたということだった。




えがおのたえないあかるい戦場です(棒)

咲夜さんの描写がなかったのは「こりゃあかん」と察して戦闘が始まった段階で部屋から離れていました。
下手に突っ込んで止めようとしていればフランと剣鬼の二人がかりで殺されていたので、実は超英断です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。