剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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狂気の吸血鬼と剣の鬼

 剣鬼は咲夜の案内で紅魔館の中を歩いていた。階段を降りていることから、地下に向かっているということだけは把握できている。

 

「…………」

「……何か?」

 

 咲夜の後ろ姿を眺めていると、視線を感じたのか咲夜から険しい視線が返ってくる。

 嫌われたものだと肩をすくめ、剣鬼は会話を試みることにした。地下まで無言というのも詰まらない。

 

「いや、いいケツしてると思って」

「美鈴! 美鈴はどこ!? こいつを一緒に殺しましょう!」

「ハッハッハ、それはそれで好みの展開だけど、今戦う気はねえよ」

 

 言葉選びを間違えたらしい。すざっと自分から距離を取る咲夜に、剣鬼はくつくつと笑いを漏らす。

 

「あのちんちくりんの頼み事に興味もあるしな。そっちが終わるまでは手を出さねえよ」

 

 狂気を斬る。レミリアが提示した内容に剣鬼も興味を持ち、とりあえず実物を見せてもらおうということになったのだ。

 放り投げて咲夜たちに斬りかかっても良かったのだが、どちらか片方しか斬れないというわけでもないのだ。まずは片方を見てから考えても遅くはない。

 

「……まあ、いいわ。どうせこの位置じゃあなたがいつでも私を殺せるでしょうし」

「おう」

 

 咲夜は剣鬼のやや前を歩いており、刀の刃渡りよりは距離を取っているが、それだけである。

 剣鬼にしてみれば、自分の視界内にいる限りは射程範囲と言っても良かった。

 

「否定しないのね。……聞いておきたいんだけど、どうやって私のナイフを斬ったのかしら」

「それは次に戦う際の情報集めか?」

「気を悪くした?」

「いいや。脅威を排除するために情報を集めるのは当然の理屈だ。そういう貪欲なのは嫌いじゃない」

 

 自分に対して完璧な対策を取ってきた相手との戦いというのも、心躍るものがある。

 

「そんじゃ種明かしするが……俺の斬りたいって意思が強すぎるみたいでな。個体としての意識を持たない連中は俺が剣を抜くまでもなく勝手に斬れてくれる」

 

 こんな風に、と剣鬼は何気ない動作で近くに置かれていた陶器の花瓶を指差す。

 指差した直後は変化がなかった――ように見えた。

 

「な……!?」

 

 剣鬼の指差した花瓶が綺麗に縦に寸断されていたのに気付いたのは、中の水が床にぶち撒けられ、破片と共に絨毯にシミを作り始めた時だ。

 指を差した時点で花瓶はすでに斬れていた。ただ、あまりにも美しく斬れてしまったため、僅かな間だけ花瓶が元の形を保っていたのだ。

 

「と、まあ今のはわかりやすいな。さっきぶつけていた威圧もこれの範囲を広げたものだと思えば良い。剣圧、剣気、威圧、色々呼ばれているから好きに呼べ」

 

 咲夜は先ほどまで受けていた威圧を思い出して、微かに腕が震えるのを自覚する。

 出来ることなら二度と受けたくないものだったが……あれは剣鬼という妖怪にとって、特に力を使うことなく行える程度のものでしかないのだ。

 

「当然ながら、こいつはそんな便利なものでもない。固体ならこれで何とかなるが、それなりに意思が強けりゃ跳ね除けることは出来る。咲夜ともう一人、お前さんらには効果がなかっただろ?」

「身体が異様に重くなるのを除けば、ね」

「もっと気合入れりゃ、それも打ち消せる。それなり以上の相手には通じない一発芸だ」

 

 しかし、これはこれでありがたいものでもある。打ち消せるのは博麗霊夢のような例外を除いて、肉体、精神共に強者と認めるに値する存在に限られる。

 強者の中でも剣鬼には細かい分け方が存在するが、そこは今の話に関係ないので割愛する。

 

「対策だが……視点を絞らせるな。俺とて無作為に剣圧を振り撒いている状態じゃ、お前さんが手に持つナイフをピンポイントで斬るのは難しい。それに相応の集中も必要な以上、本気で相対している相手には使わん」

 

 自身が認める相手に対して、視線を逸らして武器に意識を集中させるなど無礼千万である。殺されても文句は言えない。

 

「だから、お前さんを斬りに行く時は使わん。あの威圧もぶつけねえから安心しろ」

「……ついでに聞くけど、あなたの剣を防ぐ方法ってあるのかしら」

「なんという図々しさ」

「あら、あなたのことを知り尽くしておきたいのは当然ではなくて?」

 

 嫌われているを通り越して、こいつ何か起こる前に俺を殺す気だ、と剣鬼は理解する。

 相手を理解し、対策を立てて、封殺する。戦いを技と技の競い合いと捉えず、最小限の被害で最大限の利益を出そうとする考えを持つのなら、当然の思考だ。

 

 剣鬼もそういった戦いを肯定している。自分は使わないが、相手が使う分には大歓迎。

 そのため、剣鬼が咲夜の貪欲さを喜びこそすれ、嫌な顔をする理由はなかった。

 

「ふむ、男冥利に尽きると言っておこうか。で、質問の答だが――お前さんが探してみろ」

「答えたくないと?」

「いいや。俺が斬りたいものを探している理由を考えてみろよ。大半のものは斬ってきた。だが世界は広く、俺の知らないものなんていくらでもある。

 ――探しているのさ。俺の剣を防げる存在を。俺が斬れないものを」

 

 全てを斬りたいと願い、同時に自分ごときの未熟な剣が全てを斬るなどおこがましいと叫ぶ。

 故に剣鬼は求めているのだ。己が剣で斬れないものを斬れるようになった時こそ、自分の剣は研がれているのだと実感することが出来るのだから。

 

「あなたを殺す時にお見せするわ。……さて、ここからはお嬢様の忠実な下僕として振る舞いましょう」

「ああ、ちんちくりんの言ってた狂気ってやつの話か。咲夜は知ってるのか?」

 

 馴れ馴れしく名を呼ぶ剣鬼に咲夜は隠さない舌打ちをするが、全く堪えた様子はない。

 

「んな機嫌悪くすんなよ。俺なりの賛辞だぜ? 斬りたい奴と強い奴の名は絶対に忘れない」

「それを聞いてますます気分が悪くなったわ……」

 

 なんて面倒な奴に目をつけられてしまったんだ、と咲夜は内心で頭を抱える。

 

「まあお前さんのことは()は良いんだよ。狂気とやらの話だ」

「……そうでしたわね。私としたことが少々私事に耽りすぎたようです。申し訳ありません」

 

 咲夜の雰囲気がガラッと変わったことに、剣鬼は微かに瞠目する。

 目を見開くと同時に納得もする。確かに彼女は誰かに仕える者なのだと。

 

(だからそいつを突っつけば必然的にお前さんと戦えるってことだよなぁ)

 

 咲夜に見えないようにしながら、ニタリと嗤う。その気になればいつでも戦える強者がいるというのは、素晴らしいことだ。

 

(っつっても、咲夜は俺の対策を取るつもりらしいし、それが終わるまで待つのも一興か)

 

 戦い始めた時が万全であり、準備不足も体調不良も全て言い訳でしかないという見方もあり、剣鬼自身はその理屈に従っているが、相手にまでそれを強要するつもりはない。

 不利であればあるほど、覆すのは面白くなる。そういった意味では、すぐに襲いかからず彼女の準備が整うまで待つのも悪くはなかった。

 

「狂気ってあのちんちくりんは言ってたけど、要するに人だよな。狂気が宿った付喪神ってのもありそうだが、それならあのガキが自力でどうにかするだろ」

 

 それにその場合、狂気は付喪神の製作者のものになる。そこから付喪神が生まれたとしても、その付喪神に狂気の属性があるかどうかは別問題である。

 余人から見て狂気であっても、道具の側からすれば惜しみない愛情を注ぐ素晴らしい主であるかもしれないのだ。

 

「ええ。我が主レミリア・スカーレット様は夜を統べる吸血鬼。その程度の相手であなたを煩わせようとは思いません」

「ふぅん……」

 

 剣鬼は咲夜が主と慕う少女を思い返す。剣鬼の好みとは合致しないが、あの少女も確かな強者。

 並大抵の事情であれば力づくでどうにかすることが許されている存在だ。

 そんな彼女でも匙を投げる相手、ないし精神。理由は単純にレミリア以上に強いのか、あるいは手を出しにくい理由でもあるのか。

 

「……身内か?」

「……どうしてそう思われました?」

 

 沈黙が肯定しているようなものだ、と剣鬼は己の勘を確信する。

 いくら候補が限られると言っても、身内だと思ったのは推測以上に勘の占める割合が大きい。

 

「いや、お前さんの主の性格からして、自分でやりたがらない理由があまり思いつかなかっただけだ。あの手のタイプは自分が世界の頂点だと信じて疑わないから、武力的な格上が相手でも自分で何とかしようとする。というかそんなので人には頼らん。

 そんなタイプが人に任せざるを得ないって状況になると、精神的に手が出しづらい相手になる。となると思いつくのがそれぐらいだっただけだ」

 

 他にも紫がうっかり零した剣鬼という妖怪を見定めるため、という可能性を考えたが、こちらは考えないことにした。

 その通りだったとしたら、残り少ない剣鬼の時間を費やした相手に取るべき行動など決まっている。

 それに問題事しか起こさない剣鬼の存在を、紫が他所に零すとも思えなかった。さすがにそこまでポンコツだったら今後の付き合いも考えなくてはならない。

 

「……………………慧眼にございます」

「おや、当たりか。褒めんのが嫌なら別に我慢しなくてもいいぞ」

 

 咲夜の口からその言葉が出るまで、彼女の中でどんな葛藤があったのか剣鬼には知る由もない。

 苦渋の決断だっただろうに、表情に出さない彼女はとことん主を立てようとするメイドなのだと、剣鬼は感心すら覚える。

 

「ご冗談を。……剣鬼様の仰る通り、お嬢様があなたに斬って欲しい狂気の持ち主は、お嬢様の身内でもあります」

「ほう。吸血鬼、しかも家族が狂気と評する存在か。悪くないな」

 

 人間から見れば吸血鬼だって立派に狂っている存在だ。その吸血鬼である少女をして、狂っていると断じる相手。

 剣鬼の胸の内に微かな炎がつき始める。これが全てを焼き尽くす業火になるか、はたまた熾火となるか。

 いずれにせよ、期待は出来そうなものだった。

 

「……お嬢様の妹君です。名は――」

「いらん。どうせこれから会うんだろ。面白そうなものは他人の言葉を聞かないことにしてんだ」

 

 咲夜の言葉を遮る。これ以上の情報をもらって、下手に先入観を持ちたくなかった。

 狂気、それも極上のものを宿していると思われる相手だ。知るのなら当人の口から聞きたかった。

 

「……左様でございますか。……こちらになります」

 

 言いたいことを全て押し殺した声で、咲夜は剣鬼の案内に戻る。

 剣鬼はそれに目敏く気付いていたものの、何かを言うことはなかった。

 

(身内って予想が当たってたんなら、咲夜とは面識があるんだろうな。従者としての心配か、家族としての心配か……どっちでもいいか)

 

 例え泣いて縋られたとしても、剣鬼が斬りたいものを斬らないということは在り得ない。

 紅魔館の面々がどのような結末を望んでいるのか。そんなことは剣鬼にとってどうでも良いのだ。

 重要なのは、斬れるかどうかわからないものと、これから会えるということだけである。

 

 剣鬼は胸を締め付けられるような、切なさとも取れる胸の痛みに口をニンマリ釣り上げる。

 

「……咲夜、お前さんは俺の目付役か?」

「ご想像にお任せいたしますわ」

「目付役は確定か。そんじゃこれは親切心からの忠告だ。

 ――興が乗った俺に近寄らん方が良い。楽しみを邪魔する奴は殺すことにしている」

 

 本気であると、咲夜はこれまでの会話から読み取るまでもなく理解してしまう。

 だが、彼女にも引けない理由がある。主から命じられた内容である以上、剣鬼が何を言おうと咲夜に従う義理はなかった。

 

「…………」

「引かない……いや、引けないか。忠告はした。頑張って生き延びてくれよ」

 

 あるいは狂気を斬っている途中で、咲夜も剣鬼の敵となるのだろうか。それならそれで斬りたいものが一気にやってきて天国なのだが。

 

 咲夜の先導で剣鬼が歩き続けていると、やがて豪奢な装飾が施された二枚扉が見えてくる。

 見事な装飾であることは、芸術にあまり詳しくない剣鬼にもわかるほど。紅一色でしかなかった館の中で、煌びやかなそれが逆に浮いている。

 

「こちらが妹様のお部屋になります。今お開けいたしますので少々お待ちを」

「おう」

 

 咲夜が扉を開き、剣鬼が中に入る。その堂々とした様を見ると、まるで彼女の主が剣鬼なのではないかと錯覚してしまうくらいだ。

 

「ふむ……」

 

 剣鬼の視界に飛び込んできたのは、実に普通の部屋だった。

 紅茶を飲むためのテーブルと椅子があり、天蓋付きの豪華なベッドがあり、一人遊び用の人形がこれでもかというほど置かれている。

 そして部屋の隅には彼女の遊び道具であろう、人間の骸骨が山積みにされていた。

 

(綺麗に洗われてんな)

 

 やや的外れな感想を覚えながら、剣鬼は目当ての少女をその中に見つける。

 背丈は館の主と同程度。髪の色は主が月のような銀髪なら、少女は月光を反射した水面の金。

 そして何よりの特徴として、背中に翼の骨格部分だけが伸びたようなものに、宝石に見える結晶がいくつも吊り下がっていた。

 

 吸血鬼として見るなら、その時点で異質。

 剣鬼は少女がこちらをきょとんとした顔で見てくる中、口を開く。

 

「よお。遊びに来てやったぜ」

「お兄さん、誰? 咲夜、知り合い?」

「ご冗談を。こちらはお嬢様が妹様に宛てがうように命じられた客人でございます」

 

 ご冗談を、の部分が嫌に強調されていた。

 剣鬼は肩をすくめながらテーブルの方へ歩み寄り、どっかりと座り込む。

 

「剣の鬼と書いて剣鬼。まずは茶でも飲みながら自己紹介と行こうや」

 

 

 

 

 

「剣鬼! それからそれから!? 話の続きは!?」

「こんぐらいで良けりゃいくらでも聞かせてやるよ。その地方で有名だった妖怪――いや、あれは恐怖混じりの信仰も加わった祟り神の属性だな――を殺してくれと村長にせがまれた俺は……」

 

 何が起こっているのだろう、と咲夜は眼前の光景を信じがたい思いで見つめていた。

 

 剣鬼と少女――フランドール・スカーレットは互いに当たり前のようにテーブルで対面し、咲夜の淹れた紅茶を片手に和気藹々と話しているのだ。

 フランドールは剣鬼の口から語られる広大な外の世界での冒険話や、数多くの魑魅魍魎を相手に大立ち回りをする話などを目を輝かせながら聞いている。

 剣鬼自身の語り口もどこで覚えたのか不思議なくらい軽妙で、彼の性根がよくわかっている咲夜でも、稀に聞き入ってしまうことがあるほどのものだった。

 

 彼の口から語られる内容は、当時はまだ僅かながらに力を残していた神々にケンカを売っただの、通り道の邪魔になっていた妖怪を蹴散らしたら、近隣の村の住民にいたく感謝されてもてなしを受けただの、大金が偶然手に入ったから都で飲み明かそうとしたら陰陽師に見つかって、都中の兵士が自分を捕らえに来たなどなど。

 

 話として聞く分には冒険譚とも英雄譚とも取れるような、言ってしまえば心躍る内容であったと咲夜は認めざるを得なかった。

 

「……で、俺とそいつは一昼夜戦い続けた。そりゃあ凄まじいものだったぜ。

 なにせ向こうは信仰を受けている場所のみとはいえ、天候を左右できるほどの力を誇っていた。

 妖怪と祟り神の性質、両方に振り回されて理性なんて残っちゃいなかったが、それでも力は本物だった」

「で、どうなったの!?」

「呆気無いもんだったぜ。奴が乾坤一擲で放った雷を俺が斬って――返す刃で斬っておしまい。

 殺し合っている最中は笑いが止まらないくらい楽しかったけど、いざ終わってしまうとこんなもんかと拍子抜けしちまった」

「剣鬼って強いのね! 村の人から一緒にいてくれとか言われなかったの?」

「言われたけど断った。仕事はこなしたし、平穏に興味はなかった」

 

 だろうな、と咲夜は思う。剣鬼ほど平穏や安穏から程遠い存在もないだろう。

 その村とやらももし剣鬼を村に引き入れたら、確実に剣鬼の引き起こした厄介事で滅んでいたに違いない。

 

「……そういえばさ、剣鬼」

「どした?」

 

 ひと通り話を聞き終えたフランドールは、ふと思ったことを聞いてみた。

 

「剣鬼のお話には色々な人が出て来たけど、どうして全員殺さなかったの? 邪魔した奴だっていたでしょ?」

「ああ、いたな」

 

 斬ることすら面倒だったので気にしなかったというのが正解である。それに……、

 

「斬れるとわかっているものを斬っても意味がないだろ?」

「どういうこと?」

「例えば……」

 

 剣鬼はフランドールの持つカップを指差す。すると、放たれた剣圧が彼女の持っていたカップを真っ二つに斬る。

 両手で包み込むような持ち方をしていたためカップが割れることはなかったが、中身の紅茶はテーブルクロスに染みこんでいく。

 

「今、俺はお前のカップを斬ったな?」

「――ええ。お話で聞くのと実際に見るのじゃわけが違うわ。これがあなたの剣……」

 

 フランドールは妖しげな笑みを浮かべ、自分の手元にある二つに分かれたカップを見る。

 

「スゴイことをしたと思うか?」

「いいえ。だってあなたは出来て当然のことをしただけじゃない。他人にはわからなくても、私にはわかるわ。だって――」

 

 割れたカップをテーブルに置き、手の空いたフランドールが握り拳を作る。

 パリン、と乾いた音を立てて剣鬼の持っていたカップが割れ、粉々になった。まるで見えない手で握り潰されたように。

 

「――出来て当然のことをやって、何を誇れって言うのかしら? ええ、あなたの言いたいこと、この上なく理解したわ」

「へぇ……」

 

 剣鬼の口がニヤリと歪み、フランドールも呼応するように嗤う。

 

 

 ――空気が変わった。

 

 

「くくく……。実はな、お前の……姉貴か? そいつからお前の狂気を斬るように頼まれてんだよ」

「うふふ……。で、私はあなたにどう映ったかしら? アイツの言葉は抜きにして」

「狂ってる。が、お前さんは狂ってない」

「…………あはっ」

 

 フランドールの口元がゆっくりと歓喜のそれに歪む。自分のことを理解してくれる相手を見つけた恋人のように、続きを求める。

 

「――挑戦したい。自身の全霊をかけてもなお結果が見えない勝負がしたい。――破壊できないものを見つけたい」

 

「うふふふふふ……あっははははははははははははははは!!!!」

 

 両者の座っているテーブルが空中に跳ね上げられる。フランドールが蹴り飛ばしたのであると同時に、剣鬼の威圧によって両断される。

 テーブルはなくなるも、二人は椅子に座ったまま。しかし、両者の間に流れる空気は周囲を歪ませていると錯覚させるほど、濃密な殺気があふれていた。

 

「ええ、そうよ、その通りよ! 私はずっと求めていた! 壊しちゃいけないものでも、絶対に壊れないものでも、壊したくないものでもない! 壊したいけど壊せるかわからないもの! 私が――全力で破壊したいと思えるもの!」

 

 拳を突き出すフランドールに、剣鬼は歯を見せつけるように嗤う。

 

「くくくくく……。やっぱお前は狂っているよ。求めているものに対して、歯止めがない」

 

 彼女の狂気は渇望である。

 

 破壊できるかわからないものを求めているが故、見込みがあるものを試そうとする。結果としてダメだった相手もいれば、乗り越えたけど彼女の琴線には触れないものもいただろう。

 

 しかし、目の前の男には確信が持てた。

 

 

 ――この男を壊したい。

 

 

 互いに死力を尽くした戦いになる。勝算はきっと五分五分か、やや良い程度。

 それを乗り越えた時、どれほどの甘露を得ることが出来るだろう。勝利の味はどれほどの愉悦をもたらしてくれるだろう。

 

「うふふふふ……」

 

 もう辛抱たまらなかった。今すぐにでも彼の『目』を握り潰してしまいたい。それをやらせてくれるとは思えないけど、それほどに剣鬼を求めていた。

 

「くくくくく……」

「ふふふふふ……」

 

 笑う、哂う、嗤う。両者の間に流れる笑い声は徐々に大きく、禍々しくなっていく。

 フランドールからはおぞましさすら感じる妖力が嵐のように吹き荒れ、剣鬼からは彼の研鑽が生み出した剣圧が吹き荒び、両断されて無残な姿を晒すテーブルを更に斬り刻む。

 そうして一しきり笑った後、二人は同時に叫んだ。

 

 

 

『さあ、始めようか!! 同類!!!』




狂気を斬ってくれと頼んだ相手も狂っていた(by咲夜)

剣鬼はかなり面倒臭い武術論を持っており、武術家は自分こそ最強と思ってなきゃいけないけど、最強だと自惚れた奴に成長はないとも思っています。
俺様な態度を取りつつも、斬りたいものを探し続けているのはそれが理由です。

今後も面倒臭い理屈になると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。







タイトルの名前ネタが尽きた(^ρ^)

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