剣鬼が放り出されたのは、絨毯、壁紙、調度品――全てが紅で染められた屋敷のエントランスだった。
光が通っているのかわからないスキマの中から、いきなり紅一色の場所に放り出されたために痛む目を瞬かせながら、剣鬼は辺りを見回す。
「ったく、せめて入口前に出すくらいは――」
「動かないでください」
いきなり室内にスキマを繋げた紫に愚痴をこぼしていると、剣鬼は自らの首筋にナイフが突きつけられていることに気づく。
(ふむ……俺が今さら人間の接近に気づけないはずもない。となると……)
「侵入者ですね。言い残すことはありますか?」
剣鬼の背後に回っているため、声で女性というのはわかるものの、どんな姿をしているかまではわからない。
そして話を聞いてくれる様子もなし。剣鬼は着いて早々の荒事に気分が高揚するのを実感する。
「悪いが、お前じゃ俺は殺せねえよ」
「ではさようなら」
首に当てられていたナイフが剣鬼の首の肉を裂きながら、女の手元に戻っていく――ことはなく、すでにナイフは剣鬼がピンポイントで放った威圧によって、刃が斬られていた。
「一体何をなさったのでしょうか?」
声の主が離れるのを足音で判断し、剣鬼はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、博麗の巫女とほぼ同年齢程度に見える銀髪が輝かしい侍従服の少女だった。
手に持つナイフはすでに新しいものに変わっており、険しい視線で剣鬼を見つめている。
「さぁて、得体の知れない相手なら全力で殺しに来た方がいいんじゃねえか? 何かあってからじゃ遅いって言うだろ?」
剣鬼はとりあえず少女を煽ることにした。能力についてはすでに予測が立っているが、それはそれとして楽しめる相手ならば楽しむのが吉だ。
気が触れた笑みを浮かべ、剣鬼はほんの少しの威圧を発していった。
侍従服の少女――十六夜咲夜は、目の前の男性が狂ったような笑みを浮かべた瞬間、場の空気そのものが変わったことに気づく。
重く、苦しい。一秒でもここに留まりたくないと、人間の本能が叫んでいた。
(これは……殺意?)
吸血鬼の館である紅魔館でメイドを務めているため、相応以上に荒事の心得はあると自負していた。
それは間違いではなく、殺し合いでも心を乱すことなく戦えていた――つもりだった。
だが、目の前のそれは密度が違う。相手を殺すことだけを百年考え続ければこうなるのではないか、と思ってしまうような凝縮された重圧。
(……っ! 今、私は下がっている!?)
咲夜は自分の足がジリジリと目の前の男性から距離を取っていることに気づく。
男性の放った威圧に飲まれまいとするのに精一杯で、逃げ出そうとする身体の制御まで出来ていなかったのだ。
「……っ!!」
歯を食いしばり、足の動きを止める。男性はその間も腰に差している刀に手をかけることなく、ニヤニヤと笑みを浮かべながら咲夜の一挙手一投足を眺めていた。
「悪くない。悪くないぜ。やっぱ人間ってのはこうでないと」
楽しげで凄絶な笑みを崩さず、男性は咲夜を賞賛の感情を声に込めて見つめる。だが、言葉とは裏腹に威圧の強さは増していく。
「さぁて、これならどうだ……?」
「……っ!」
ひゅっ、と咲夜の喉が勝手に息を呑む。いよいよ強まったそれに、冷静な表情を取り繕っても冷や汗が止まらない。
(しっかりなさい十六夜咲夜! お前はお嬢様の忠実な下僕でしょう!!)
心の中で己を叱咤するも、身体の震えは収まらない。何もしていないに等しいのに、呼吸が荒れてくる。
「ほらほらどうした? そのままじゃジリ貧だぜ? 別に逃げんなら追いかけやしねえよ。だが、殺すにしろ逃げるにしろ、決断は早い方が得だと言ってやる」
男性は実に楽しそうに口元を釣り上げて、咲夜に話しかける。
警戒も何も見せない、まるで知り合いに声をかけるような気安さ。それでいてとんでもない殺気を隠さず、その場を動かない。
「お前が行動を起こすまで待ってやるよ、と言いたいところだが……。ただ待つのもアレだな。ちょっと発破かけてやるよ」
「発破ですって……?」
咲夜は思わず反応をしてしまう。目の前の男性はいきなり現れた以外の情報が特になかったが、それでも咲夜が今まで見てきた中で一等変わった存在であることに、疑問を挟む余地はなかった。
「お前さんは面白そうだ。……俺の威圧にだいぶ頑張っちゃいるが、見た感じ自己のためじゃない。自分の中に引けない理由があるなら、とっくに向かってきてる。
となれば、他者に己の理由を預けている。それに侍従服から読み取るに――お前さん、誰かに仕えているだろう」
「……そんなの、この服を見たらわかるでしょう」
相槌を打つ。何もしていないと、この男が発する威圧に屈してしまいそうだった。
男は咲夜の返事にご尤もと頷きながら、決定的なそれを言い放った。
「つまりだ。――お前さんの主とやらを殺せば本気のお前さんが見れそうだ」
心の底から楽しくて楽しくて仕方ないと言わんばかりの禍々しい笑み。
男性のそれを見た瞬間、咲夜の心の中で何かが切れた。
(やっぱり正解か)
自分では逃げたいけど、逃げ出さない。そういった少女の行動から、剣鬼は少女が自分の命を誰かに預けているのではないかと推測した。要するに、己の忠誠を捧げる主がいるということだ。
ならばそこを突けば反応を見せるだろう。このまま突っ立っているだけでは面白くない。
そう考え、剣鬼は逃げるか戦うか、悩んでいる少女の背中を蹴飛ばすことにした。
主でも勝てないと思うならば逃げるだろう。主にこいつを会わせるわけにはいかないと考えれば、決死の攻撃に出てくるだろう。
どちらに転ぶかまではわからなかったが――どうやら剣鬼の願い通りに物事は動いてくれたようだ。
少女の瞳から逃げたいという意志が消え失せ、あるのは純粋な忠心から生まれる、主へ危害を与え得るものを排除するという願いのみ。
恐怖に打ち勝ち、己の命と引き換えに目の前の存在を殺そうとする――剣鬼の好きな人間の姿がそこにあった。
「いいぞ――いいぞいいぞいいぞいいぞ!! さぁ、全力で殺しに来い! お前の敵はここにいるぞ!!」
腹の底から笑いが止まらない。咲夜がナイフを構え、次の瞬間には己の首を刈りに来るだろうが、知ったことではなかった。
そして、目の前から少女が消えた瞬間、剣鬼もこれまでの笑みを消して真剣な表情に変わる。
「時を斬る」
剣鬼がそうつぶやいて、左手を鞘に、右手を柄に持っていった瞬間、少女が先程より剣鬼に近づいた位置で現れる。
「私の時間が……っ!?」
「俺が人間の気配に気づけないなんて、理由としちゃそんなに多くねえよ」
そこにいれば無意識だろうとスキマ越しだろうとわかるのだ。そんな剣鬼の直感をかいくぐった時点で方法は非常に限定される。
原因がわかればこちらのものである。一太刀で剣鬼は時間を斬り裂き、少女をこちら側に引きずり戻したのだ。
「どうする? お前さんの能力は俺と相性が悪い。時間を止める能力なんざ、お前さんが頼みの綱とするのもうなずけるが――俺には通じねえ」
「……だから、どうした」
「…………」
少女の静かな啖呵に、剣鬼は狂喜乱舞したい心持ちだった。なんだ、紫の奴。こんなに良い人間がいるじゃないか――!
最後の攻撃にするつもりだろう。退路のことなど微塵も考えていない前傾姿勢を取る少女。
それに応えるように、剣鬼も自らの手を刀に添える。
「……私は、お嬢様の犬。主に仇なす者を討つための刃」
「犬、ねえ……。ずいぶんと主思いの犬だ。――剣鬼の名を冥土の土産にしろ。閻魔に大手を振って叫べ。お前は、俺が見初めた女だ」
柄を右手で掴む。これから行うであろう彼女の攻撃がどれほど愚かで無駄なものであったとしても、彼女という人間の生き様が作り出した一撃として受け止め、その上で彼女を斬る。
斬って――彼女の強さを自らの刃に乗せるのだ。そうすることで剣鬼の剣はさらなる高みに至る。
これまで撒き散らしていた威圧を霧散させる。今必要なのは無作為なバラ撒きではなく、たった一太刀に凝縮したものだ。
男性――剣鬼が腰を落として刀を抜く姿勢になった時、十六夜咲夜は自らの死を確信した。
これは、無理だ。
自身の行動に呼応して放たれるであろう斬撃に、咲夜は自らが生き残るイメージを一切持てなかった。
回避も不可能。防御も不可能。当然、逃走も不可能。もはや最後に残されたのは、一縷の望みに懸けて攻撃に全力を尽くすのみ。
時を止める能力は使えない。どういう理屈かわからないが、彼の一撃は咲夜の世界を斬り捨てることが出来る。ましてやこれから放つであろう一撃を前に、自分の世界というものがこれほど脆く感じられることはなかった。
(ああ……)
無念や口惜しさはある。ここで終わってしまうことをどこか受け入れている諦観もある。だが、それ以上に別の感情が胸の奥で燃え盛っていた。
認めたくない。負けたくない。
この悪鬼を、ここで止めなければいけない。
ただ己が享楽のために破滅を振り撒く存在だ。なんとしても止めなければ、咲夜が最も大事に思っている紅魔館の面々に被害が及んでしまう。
(ナイフを持つ両腕、移動に使う足。これらが無事なら一矢報いる事が出来る!!)
方針は決まった。まず、剣鬼の剣を受け切ることと、それに付随する自身の命は諦める。
だが、即死でない限り――否、即死であったとしても、意識が闇に閉ざされるまでは多くて数秒程度の時間があるはず。
剣鬼の言動、表情から読み取れるのは相手に飢えていることと、ようやく見つけた敵への敬意。決して殺すことや苦痛を与えることが好きなタイプではない。
決めるなら一撃だろう。そして咲夜の命を刈り取るには一撃で十分だ。
だからこそ、付け入る隙がある――!
「……っ!!」
無言で駆け出し、一直線に剣鬼の元へ向かう。必要なのは小細工でも何でもない。ただ目の前の男を殺すという決意のみ。
対する剣鬼は動かない。ただまっすぐに咲夜を見据え、腰溜めに構えて抜刀しようと――
(来る……っ!)
首が飛ぶか、上半身と下半身が別れるか。いずれにせよ、腕と足さえ無事なら相討ちに持ち込める。
死の恐怖に暴れる本能を理性で黙らせ、咲夜は走る足に更に力を込めたところで――
「咲夜さん、危ない!!」
「――っ、ぐぉっ!?」
門番である紅美鈴の放つ蹴りが、剣鬼を横から吹き飛ばしていたのであった。
壁まで吹き飛ばされて叩きつけられる剣鬼を、美鈴は厳しい表情で睨みながら咲夜の方に視線だけ向ける。
「美鈴……?」
「すみません、感じた気配が小さかったので気付くのが遅れました」
「……いいわ。助けてくれてありがとう。正直、玉砕を覚悟していたから」
「まだ気は抜かないでください。不意を突いたつもりでしたが、浅かった」
気を引き締め直し、美鈴と共に剣鬼の吹き飛んだ方向を見る。剣鬼を受け止めた壁にヒビでも入ったのか、埃が舞って様子を確認出来ない。
「くっ、くはは……」
だが、そこに剣鬼が健在なのは、誰の目にも明らかな殺意が証明していた。
「アッハッハッハッハッハ!!! まさか俺の不意を突ける妖怪がいるとはな! 集中していたとはいえ、ギリッギリになるまで気付けなかった!! 楽しませてくれるじゃねえかお前ら!!」
やがて出て来た剣鬼は美鈴から受けた蹴りのダメージがあるのか、微妙に覚束ない足取りで埃の中から現れる。
血の混じった唾を吐き捨て、剣鬼は笑みを深める。
「クヒャハハ……。まさか俺が咄嗟に打点をズラすことしか出来ないとは驚いたぜ。
動きから読み取るに、中国拳法。それも相当に修練を積んだってところか。お前さんの鍛錬が俺に一撃を届かせた。誇っていいぜ」
「お褒めの言葉どうも。あれで死んでくれたら楽だったんですけど」
「おいおい、それじゃお前さんの力量を堪能出来ないだろうが。……さて、気合入れるか!!」
剣鬼の双眸が鋭くなり、これまで以上の重圧が放たれる。
自身の命を消費することで相手に決死の一撃を行おうとしていた咲夜。
剣鬼の放つ重圧の中を突っ切り、剣鬼に一撃を当てた美鈴。
もはやどちらにも剣鬼の威圧は効果を成さない。その事実に剣鬼は歓喜する。
この程度の威圧に負けるような弱者は斬る価値もない。剣鬼が求めるのは強者との勝負のみ。
(傷は……致命傷じゃないが、軽傷でもないってところか。時間を斬るにも抜刀が必要。一瞬で斬ることは出来るが……)
言い換えれば、一瞬でも隙が出来ることは紛れもない事実。
剣鬼はここに来て、威圧だけで時間そのものまで斬れないことを己の未熟と恥じ入る。次があるならもっと研鑽を積まなければ。
一太刀で一人は確実に殺せる。相手がどのような手を打とうと、それだけは絶対の事実。
だが、一人は生き残るだろう。一人を殺す間に斬撃に反応し、回避するはずだ。その後、自分を殺す一撃を放ってくるに違いない。
さてどうしたものか、と考えようとしたところで、剣鬼は自分がらしくない考えをしていたことに笑う。
(バカバカしい。理詰めで勝てるなら俺は剣鬼なんて名乗らん)
これも一つの挑戦だろう。一太刀で強者である二人を同時に殺す。出来なければ自分の負け。出来れば自分の勝ち。
実にシンプルでわかりやすい。剣鬼は定まった方針に一人嗤う。
「クヒヒッ、おい、お前ら」
「…………」
対峙する両者は無言。ただ剣鬼が刀に手を添えているから迂闊に動けないだけで、何か隙を見せれば一瞬で終わらせるつもりがありありと伺える。
「真正面から突っ込んで斬る。俺はそれしかしないから、お前らは好きに対処しろ。……ああ、」
楽しませてくれよ?
そう言って、剣鬼は自らの越えるべき壁と定めた二人の強者に向かって走り、
「――邪魔」
上から飛んできた魔力の槍を見向きもせずに斬り飛ばす。
まだ邪魔がいたらしい。ただでさえ楽しい時だというのに、これ以上の茶々入れは勘弁だった。
ああ、だったら殺してしまおうと考えを巡らせたところで、剣鬼も静止せざるを得なくなる。
「お嬢様!?」
「ずいぶんと騒がしいと思ったら……また珍客ね、咲夜」
槍を投げた主は彼女たちの主人でもあったようだ。戦いの構えを解除し、決定的な油断を晒している二人を前に、剣鬼も興が削がれてしまう。
なにせ彼女たちは剣鬼が久方ぶりに見つけた強者。技と技をぶつけることもなく呆気無い油断で終わりとあっては、悲しくて死んでしまう。
「はあぁぁぁ……。マジかよ、せっかく楽しめそうな奴を見つけたってのに……」
しかし辛い。なにせ極上の甘露を目の前で取り上げられたに等しい。剣鬼は無聊を慰めようと、酒をラッパ飲みするが、喉を焼く酒精でも剣鬼の胸の燻りを誤魔化すことは出来なかった。
「申し訳ありません、お嬢様。すぐにこの侵入者を片付けます」
「まあ待ちなさい。……そこのあなたが、八雲紫の懐刀かしら?」
「は?」
声をかけられて、今まで気にしなかった声の主の方へ視線を向ける。
そこにいたのは少女と言うよりはもっと小さな、言ってしまえば童女と呼んでも差支えのない容姿の少女だった。
感じられる妖力は膨大。先ほどの魔力の槍も、彼女が力任せにぶん投げたものだろう。まともに受ければひき肉である。
そこまで見て、剣鬼は先ほどまでの気力を霧散させた気怠げな顔で応じる。
「あー……紫が俺を懐刀なんて言ってたか? そりゃ多分あんたの勘違いだ」
「謙遜しなくていいわよ? 斬れないものはないって豪語しているそうじゃない」
「……そんなことを言った覚えもない」
悪気はないのだろう。単なるリップサービス程度の言葉だが、剣鬼は僅かに苛立ちを覚える。
誰だ、斬れないものはないなどという過大評価をしたのは。そんな世界の全てを知ったような奢り高ぶった剣に先などあるわけがない。
自分を未熟と思わぬ者に成長はない。そう考えている剣鬼にとって、彼女の言葉は嫌味以外の何物でもなかった。
「ふうん……、まあいいわ。あなたが私の望むものを斬ってくれるのなら、何であろうと文句はないわ」
「……どうなることやら」
自身が頂点であると信じて疑わぬ自信に溢れた声。
吸血鬼と聞いている以上、見た目通りの年齢だとは思っていないが、群れの頂点に立つべき存在としての覇気を剣鬼に感じさせる。
(まさに怖いものなしって感じだな。だが……)
本当に怖いものがないなら、何かを斬って欲しいなんて頼むはずがない。自分ではどうしようもないことがありますと吹聴しているようなものだ。
「場所を変えましょうか。こんな埃っぽいところで自己紹介も変でしょう?」
「……そうだな。まだお楽しみは残っていると考えようか」
せめてこの童女が剣鬼に提示するものが、斬りたいものであることを願うばかりである。二人の強者を斬れなかった乾きを満たせなければ――
(その時は邪魔したこいつを斬るか)
そうすれば後ろの二人も死に物狂いで殺しに来るだろう。そうなってくれたら剣鬼としては非常に楽しい。
とはいえ、わざわざ自分を呼び出した内容が詰まらないのも業腹である。
(……まあ、その可能性は低い。向こうさんは俺を紫の部下か何かだと勘違いしているようだし、俺から紫に話が行く可能性を考慮するなら、詰まらない話であるはずがない)
出来ることなら、難しい内容の方が良い。障害が多ければ多いほど、それを乗り越えた剣はさらなる輝きを宿すと信じていた。
戦いの跡が残るエントランスから、応接間に場所を変える。
そこでも目につくのは紅一色の内装と、微妙に深みや明るさの違う赤で彩られた家具。
吸血鬼だからだろう。カーテンもなく、光も差し込まない館内に剣鬼は早くも辟易していた。
「赤ばかりで目がチカチカしてくる。よくこんな屋敷に住めるな」
「あら、吸血鬼ですもの。血の赤を尊ぶのは当然じゃなくて?」
限度があるだろう、とは言わないでおくことにした。言ったところでこの童女が聞くとも思えない。
見た目通りの感性と紅魔館の主としての威厳は両立し得るのだろう、と剣鬼は結論付けて、咲夜が出した紅茶を飲む。
「咲夜の淹れた紅茶は美味しいでしょう? 自慢のメイドよ」
「恐悦至極にございます」
「そうだな。風味からして自家製のようだし、淹れ方も申し分ない」
「あなたに褒められるとか死にたくなるからやめて」
ものすごく嫌われたようだ。剣鬼は肩をすくめて、咲夜の視線を受け流す。
「ずいぶんと気に入ったようね? でもダメ。あれは私のモノだから」
「……で、咲夜の主であるお前は誰なんだ?」
「呼び捨ては……」
「咲夜、静かになさい。今は私が彼と話しているんだから」
「……申し訳ありません」
童女の言葉は絶対に見える情報に、剣鬼は内心でほくそ笑む。咲夜を本格的に斬りたくなったら、目の前の童女を危険に晒せば良いということだ。次からは煽る手間が省ける。
「さて、自己紹介から行きましょうか。あなたのことは紫からの口伝て程度にしか知らないし」
「剣鬼。さっきのやつを見りゃわかると思うが、斬りたいものを斬る。それだけの鬼だ」
「レミリアよ。レミリア・スカーレット。夜の支配者、闇夜の王。妖怪の中でも頂点に位置する者と自負しているわ」
「さいで」
地位や権力に興味などなかった。おおよその力は先程の槍などから推察出来たので、剣鬼はレミリアと名乗った吸血鬼への興味は薄れていた。
(生まれながらに強いってタイプだな。強者として定められた運命の元、強者としての道を歩んでいる。……正しく、人間に滅ぼされる妖怪だ)
一定の完成度を持ったまま生まれてしまうがゆえに、そこに満足してしまう。それ以上を求めはしても、人間のように渇望はしない。
純粋な強さという点で見れば、剣鬼の見立てでは悪くない部類だ。今まで斬ってきた者の中でも上位に入るだろう。
だが、最初から強いだけの相手よりも、弱者から強者になったものを尊ぶ剣鬼としては、あまり食指の動く相手ではなかった。
「それじゃ本題に入りましょうか。紫からはどの程度話を聞いているかしら」
「お前さんが俺に斬って欲しいものがある、とだけ」
「ええ、その通り。……その前に一つ確認を取らせて欲しいのだけれど」
「なんだ?」
剣鬼を見据えるレミリアの瞳はこれまで通りの傲慢なそれに、どこか縋るような意思を感じさせるものだった。
「これから私が言うものは、簡単なものではないと自負しているわ。簡単なものなら私がどうにかしているもの」
「だろうな。面倒は避けたいんでアピールするが、俺は斬ること以外は何もできん。が、白兵戦に限れば紫だろうとお前だろうと斬る自信はある」
そう言う剣鬼の瞳に迷いはなく、自分にはそれが出来ると一切の疑いを持っていないのが伺えた。
それを聞いたレミリアはむしろ楽しそうに笑う。
「ふふふ……それぐらいは言ってもらわないと、私としても安心できなかったわ。……いいでしょう。私があなたに斬って欲しいもの、それは――」
――狂気。
はい、難産でした(白目)
剣鬼は人間に敬意を表しているのは本当ですが、それはそれとして強い相手なら斬りに行きます。結局のところ彼も妖怪というわけです。
ここまで書いてきてようやく話のオチが定まってきました。問題はどうやってそこまで持っていくかだ(遠い目)
恐らく、幻想郷の住民とは広く浅くではなく、狭く深くの付き合いになるかと思います。ぶっちゃけ出したら殺し合い不可避の連中もいますし(吐血)
あとは見やすい書き方なんかも模索しているところです。こうした方がいいんじゃない? 的なものがあればご報告してくださると幸いです。