剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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剣鬼の矜持

 剣鬼は人里まで戻ると、昼食を取るべく適当な定食屋に入った。昼時のため繁盛している店内で、開いていたテーブルに座る。

 食べなくても生きていける存在なのは事実だが、それはそれとして腹は満たされている方が気分が良い。

 

「かけそば一つ。ネギ大盛りで」

「かしこまりました、少々お待ちください!」

 

 元気の良い看板娘がテキパキと動くのを眺めつつ、剣鬼は編み笠を外して手入れの一切されていない髪に手を突っ込む。

 額のやや上部分、そこに存在する一対の突起物。編み笠をかぶり、髪をある程度伸ばすだけで隠せるサイズのそれは、剣鬼が鬼であることの証左でもあった。

 

 人から化生したためなのか、それとも日々常飲している酒のせいか。剣鬼の鬼として持つ性質というのは非常に薄かった。やや人間より頑丈な肉体がある、程度のものである。

 妖力で言えば妖精並みと言っても過言ではなく、霊夢の言っていた、剣鬼の妖力でまともな知性と人型を保つ方が珍しいというのは当たっていた。

 

 化生した直後は力があったのかもしれないが、その頃は妖力の使い方なんて知らなかった上、興味もなかった。

 剣を愛し、剣に生きるがゆえの剣鬼。今、強大な力を与えられたとしても剣鬼は自身の磨いた剣以外を使うつもりはないだろう。

 

「お待たせしました! かけそばになります!」

「ん、どうも」

 

 醤油の香りが鼻をくすぐる美味そうなそばだった。剣鬼はいそいそと箸を用意して食べようとし――

 

「失礼。相席よろしいかしら」

 

 向かいに座ってきた女性に中断させられてしまう。剣鬼は相手をチラリと一瞥した後、こういった。

 

「お前の奢りで良ければ」

「しないわよ。相変わらずのようね、剣鬼」

「そっちも相変わらず面倒そうな顔してんじゃねえか、紫。ここのかけそば、結構美味いぞ」

 

 道士服に身を包み、見惚れるような金の髪。そして紫の瞳は剣鬼を見透かすように輝いている。

 久方ぶりに会った剣鬼の知り合い――妖怪の賢者、八雲紫は古い知り合いとの再会に顔をほころばせ――

 

「ほんっとうに相変わらずよね……! あなた、幻想郷に入ってくる時に結界を斬って入ってきたでしょ!」

 

 ――てはいなかった。むしろ目の下にどす黒いクマを作ったすごい剣幕だった。

 

「おう」

「こっちの身にもなりなさいよ! 私と藍で徹夜してどうにか直したのよ! それでも結界が揺らいで意図しなかった人が迷い込んできたし!」

「まあまあ、落ち着け。叫んだってどうにもならんだろ。……ん? 迷い込んだ人?」

 

 剣鬼には思い当たるフシがあった。具体的には先ほどまで行動を共にしていた青年である。

 彼が幻想郷に入ってしまった原因は、剣鬼が結界を斬り裂いて強引に幻想入りした結果のようだった。つまり彼は剣鬼によって幻想入りさせられ、剣鬼によって助けられたのである。

 うわ、マッチポンプだった、と剣鬼は自分の行動をほんの少しだけ反省する。

 

「結界が揺らげばどこで人が迷い込んでくるかわからないのよ……。結界の修繕と揺らぎの抑制に手一杯だったから、まだ補足できていないし……」

「それ、多分俺が拾ったわ。さっき博麗神社に届けてきた」

「届けてきた……って待ちなさい。まさかあなた、霊夢を……」

 

 先ほどまでの怒りとは別物の、殺すための冷たい怒りが剣鬼の背筋を撫でる。

 剣鬼にとっては心地良いと感じるそれに目を細め、口元を釣り上げる。殺意を漲らせる相手を煽ってしまうのは悪癖の一つだろう。それで楽しく殺し合えるならそれで構わないが。

 

「殺した」

「……嘘みたいね」

 

 剣鬼が事も無げに言い放った瞬間、店中の客が怯えるほどの凄まじい殺意が紫から発せられたが、すぐに収まる。

 諦めたように席に座る紫に、剣鬼は不服そうに舌打ちをする。

 

「チッ、そこは乗ってこいよ」

「鬼のくせに下手な嘘つくんじゃないわよ。それに霊夢はまだあなたの食指に触れるような子じゃないでしょ。ああ、騒がせてごめんなさいね。天ぷらそばを一つもらおうかしら」

「か、かしこまりました……」

 

 怯えるように去っていく看板娘に、少々場所をわきまえていなかったかと剣鬼は自省する。久方ぶりの再会に少しばかり気分が高揚していたらしい。

 心底呆れたような紫の顔を見て、剣鬼も皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「ま、ここはお互いメシを食おうや。さっきのは俺が悪かった」

「……そうね。食事時に気分の悪い話は嫌ですものね」

「で、そっちは最近どうよ?」

 

 先に来ていたかけそばを食べ終えた剣鬼が、茶を片手に口を開く。

 紫も手元にあったおしぼりで手を拭きながら、片目を閉じて肩をすくめる。普段、彼女は様々な陣営から胡散臭いと評される笑みを貼り付けているが、剣鬼の前ではそれもない。

 どうやらこの二人、友人かどうかはさておき、お互いに素の自分を出せる相手だとは思っているようだ。

 

「ぼちぼちといったところかしら。霊夢と考えたスペルカードルールも順調に普及したし、おかげさまで妖怪が人間を襲って得る畏れのエネルギーを、ある程度形骸化しつつ入手できるようになってきたわ」

「ふぅん……どんなルールなんだ?」

 

 ぼちぼちという言葉とは裏腹に、紫の表情は今が充実しているという風に剣鬼には見えた。

 

「魔力、妖力、霊力を使って威力を極限まで抑えた無数の弾を作るの。その弾幕を撃って、避けて、当てる。大雑把に言ってしまうとそんなルールね」

「――ルールとしては絶対に避けられないものは作らない。ある程度弾幕とやらに意味を持たせるってところか」

 

 でなきゃ強い妖怪が順当に蹂躙して終わりである。土俵が同じなら基礎能力の高い方が勝つのが自明の理だ。だが、それだけで終わるようなルールだったら存在する意味がない。

 その辺りを考え、なおかつ一定以上の能力を持つ存在であることを相手に示すには、弾自体の形しかなかった。

 紫は剣鬼の言葉に一瞬だけ目を見開き、呆れたように目を覆う。

 

「本当……バカだバカだと思っていると、あなたはそういうところを見せるのよね……」

 

 真面目にやれば妖怪の賢者と呼ばれる紫と張り合えるほどの知性を持ち合わせているというのに、剣に生きるという目的のためだけに平気でそれを投げ捨てる。

 それなり以上に長い付き合いの中で、何度紫が剣鬼の性質を見誤って痛い目を見たか。人間と妖怪に対するものの見方と言い、自身の剣に対する執着と言い、判断基準が人間とも妖怪とも外れているのだ。

 

 やがてやってきた天ぷらそばを食べ始める。剣鬼は茶も飲み終えて、再び瓢箪からの酒を飲んでいた。

 

「それで? 俺にもそのルールを覚えろと? まさかそんな下らんことのために呼んだんじゃないだろうな」

「ズズズ……。違うわよ。あなたがこれに興味を示すとも思ってなかったし、今のは近況報告みたいなもの。……あ、このかぼちゃ天ぷら美味しい」

 

 好みに合致したのか、黙々と天ぷらそばをすすり始める紫を眺めつつ、剣鬼は先程のスペルカードルールについて考察していた。

 

(紫の反応から見るに大筋は合ってんだろ。てことはあの紅白も遠距離攻撃してきたのはそれが理由か? いや、あの位置なら高所取って攻撃は定石。ふむ……)

 

 思い返されるのは、先ほど送り届けた青年が襲われた妖怪だ。

 名も無き木っ端妖怪であったがため、理性も本能すら存在せず、妖怪が人間を襲うという機械じみた役目にしか従っていなかった。そんな存在にまでスペルカードルールを適用しろというのは、いささか酷に過ぎる。

 要するに、一定以上の力と理性を持った存在が使うルールなのだろう。見た目にも派手そうだし、その美しさを競わせれば大妖怪だって従う可能性は高い。

 だが……、

 

(思考の余地が少ない。土俵が同じって時点で人間と妖怪じゃどうやっても多少の有利不利が出る。大体、戦いってのは自分の有利な土俵に相手を引きずり込むところからだろ……)

 

 剣鬼はあまり、このルールに肯定的にはなれなかった。少なくとも、自分が使おうとは思わなかった。……妖力の量と扱いの技量からして、使えそうにないというのも理由にあるが。

 しかし、ルール自体は否定したものではない。剣鬼の言う戦いというのが、誰にだって出来るものではないことくらい剣鬼も承知している。

 このルールを使えば手軽に、ある程度の力量差を埋めることが出来るのだ。その事実は評価すべきである。

 

「……まあいいんじゃねえの? 俺はやらねえけど、女子供がやる分には高評価だろうさ」

 

 紫が食べ終わる頃合いを見計らって剣鬼が声をかける。そばの汁まで飲み干した紫は、少々意外そうな表情をした。

 

「そこまでわかるの? 何でかわからないけど、男の妖怪には受け入れられにくいのよね。バカだけど、ものすっごいバカだけど、あなたのそういう視点は貴重だわ」

「ひっでぇ言い草だなオイ。俺もあんま普通の野郎とは違うから一概には言えねえけど……、戦いってのはもっと原始的であるべきだと思ってんだろ」

「男って……」

 

 露骨にため息をつかれるが、こればかりは根本的な違いだ。剣鬼も戦うのであれば弾幕と弾幕の乱れ舞う空間より、鍛え抜いた武技と武技をぶつけ合わせる方が好ましい。

 どちらに美しさ、美学を感じるかといった問題である。

 

「いや、良いルールだと思うぜ? 俺はやる気ないけど」

「それじゃ困るのよ。剣鬼だってたまには戻ってくるのでしょう。だったらせめてルールの把握ぐらいはしてもらわないと」

「今したじゃねえか。いくらか確認すっけど、弾幕とやらを斬り払うのはいいんだよな?」

「ええ。あとあなたはどうせ弾幕なんて作れないでしょうし、別の勝ち方を教えておくわ」

 

 紫に教わったルールというのは、スペルカードという規定の弾幕が封じ込められたカードを、一定の枚数避けるかいなし続ければ良いということだ。

 

「反撃できんのは業腹だが……。食指の動かん相手はこれで対処しろってことか」

「そういうこと。これまでに比べると簡単に襲いかかりやすくなっているから、割りと誰でも襲ってくるのよ。その度に斬り殺すのも面倒でしょう?」

「本当に様変わりしたもんだ……」

 

 剣鬼の知る幻想郷は妖怪にとっては住みやすい場所だったが、人間にとっては住みにくい場所としか感じられなかった。

 いや、今でもそれは変わらないだろう。外の世界と比較すれば住みやすい場所がどちらであるかなど、考えるまでもない。

 

「……で、俺を呼びつけた本命の理由はなんだ? いつだったかの結界大騒動に乗じて邪魔な妖怪でも斬ってほしくなったか?」

 

 あれには剣鬼も居合わせていた。妖怪同士の争いであれば、剣鬼にとっては敗者同士が身を喰らい合っているに過ぎないため、自身を敗者と評する剣鬼も嬉々として参戦したものだ。

 

「自分が斬りたいと思ったものじゃないと、絶対に剣は抜かないくせによく言うわ」

「へっ、面白いやつを連れて来なかったお前が悪い」

 

 雑魚を斬って剣の果てが見えるはずもない。己の剣がどこまで通じるか、確かめるためには自分より強い相手か、斬ることが出来るかわからないものに挑み続ける必要がある。

 故に剣鬼が剣を抜くのは、自らが斬りたいと心から思ったものか、あるいは斬れるかわからないものに挑む時に限定される。

 

「早く言えよ。こっちはあんま時間も残ってねえんだ。早いとこ要件を終わらせて外の世界に戻りたいんだよ」

 

 剣鬼の言葉に、紫も表情を改めて剣鬼を見る。常と変わらぬように見える――いや、実際に変わりはないのだろうが――

 

「……剣鬼、幻想郷に住む気は……」

「ない。死に急ぐつもりはないがな。勝者を食らって生きるなんて無様を晒すつもりもない」

 

 剣鬼の答えに、紫はため息を隠さない。やはりこいつはそういう存在なのだと。昔からわかっているのに、つい口に出してしまうのだ。

 腐れ縁で、間違っても友人と呼びたくない存在で、幻想郷に住んだら住んだで大騒動を巻き起こすこと間違いなしの存在であるが――やはり、いなくなるのは惜しいと思ってしまう。

 どれだけ生きても、自分の心というのはわからないものである。紫は内心で自嘲し、表ではバカにしたような笑いを見せる。

 

「……まあ、わかっていましたわ。風情を介さない無粋な輩に幻想郷を乱されても困りますもの。……さて、旧交を温めるのはこのくらいにして、少し歩きながら話しましょうか」

「待て」

 

 席を立ち上がり、出ていこうとする紫に対して剣鬼は真顔で言い放つ。

 

「――そば饅頭食ってからにしていいか? 急に食いたくなってきた」

「さっき頼みなさいよ!? 結構話してたでしょ!」

 

 その後、かけそばの代金だけで手持ちの路銀を使いきっていた剣鬼の代わりに、紫がその代金を支払うことになるのであった。

 

 

 

「いやあ、持つべきものは金持ちの知り合いだな」

「境界の妖怪にお金を借りた代償、高く付くわよ……!!」

 

 腹がくちくなった二人は人里を歩く。編み笠を被った浪人風の男と、人間とは思えない絶世の美女である紫の組み合わせに注目を集めているが、両者とも気にした様子はない。

 

「ケチケチすんなよ。器の広さを見せつけんのも管理者の役目だろ」

「……もういいですわ。馬の耳に念仏を唱えたところで効果はありませんし」

「俺は馬の耳か」

 

 楽しそうに笑う剣鬼。銀行などという便利なものも使えるはずがない剣鬼としては、あまり路銀が多くなっても困るため、宵越しの銭は持たない主義なのだ。何かの拍子に大金が入ってきた際も、大体一瞬で使い果たしてしまう。

 紫の言葉に特に怒る気もわかない剣鬼だったが、これでも昔に比べれば丸くなった方である。昔であれば、バカバカ言われた時点で威圧ぐらいは飛ばしていただろう。

 

「ほら、いい加減要件を言えよスキマ」

「その呼び方も懐かしいわね。……あなたに会いたい妖怪がいるのよ」

「自分で来いと伝えとけ。俺は外の世界に戻る」

「あなたと確実に接触できる方法なんて私以外に持ってないでしょ! というか私だって世界中を放浪するあなたを見つけるのは骨なのよ!」

「えー……」

 

 剣鬼は露骨に嫌そうな顔をする。紫の言い分もわかるのだが、用事があって会いたいと言うのであれば、向こうから会いに来るのが筋だろう。少なくとも自分から足を運ぶ義理はなかった。

 

「めんどい」

「……まあ、私もそう言うと思っていました。だから、あなたの興味を惹く理由もちゃんと用意してきたわよ」

「ほう?」

 

 この男が何の理由もなしに他人の言葉に従うはずがない。自分のルールにしか従わない存在であることは紫も十二分に承知していた。力で威圧しようと、恩をいくら着せようと、当人が興味を持たない限り動くことはない。

 そしてその興味の範囲が自分の斬りたいものと極端に狭い。おまけに今でも腕を上げているのか、一度斬ったものには興味を示さなくなるため、ハードルも徐々に上がっていく。

 今の彼に斬れないものなど、どの程度あるのか。だが、それを餌にしなければ剣鬼は動かないのだ。

 

「言ってみろ。面白そうなら考えてやる」

「……あなたに斬って欲しいものがあるそうよ」

「――」

 

 その時、紫は剣鬼の瞳に確かな炎が揺らめくのを見た。これまでの気怠く、人間に関わること以外で適当に生きていた妖怪の姿はもう消えていた。

 

 剣に生き、剣に死ぬ。その道を貫くが故に、剣に対しては決して嘘をつかない。斬りたいと思ったものを斬る。剣の鬼の姿がそこにはあった。

 

「…………」

 

 口元が狂喜に釣り上がる剣鬼に、紫は寒気すら覚える。

 こうなった剣鬼は恐ろしい。能力もなく、妖力も妖精並みの癖に、剣術のみで八雲紫と対等足り得る存在が目を覚ましたのだ。

 

「どこだ?」

「紅魔館よ。あなたが最後にここに来た後にやってきた吸血鬼」

「連れて行け。直接聞いてくる」

 

 紫と剣鬼は人里の大通りから離れ、人通りの少ない場所に向かう。さすがに人里で大っぴらな能力の行使は不味い。

 

「吸血鬼か……。鬼の名があるんだし、こいつは効くかね」

 

 瓢箪の酒を揺らす。剣鬼が何度も飲んでいるにも関わらず、中身の減った様子がないそれを見て、紫は興味深そうな顔をする。

 

「個人的にはどうなるか気になるけど、無理に飲ませない方がいいわよ。あなたのそれは鬼にとって毒にしかならない」

「それがいいんじゃねえか。人間が鬼を欺き切って飲ませた毒酒。人間の勝利の証だ」

 

 人間は毒酒を飲ませて鬼を騙し討ったというのに、剣鬼はそれを賞賛すらしている。

 勝利を得るために出来ることを最大限行った結果としての勝利であるのだ。人間の敵対者である妖怪が取る行動など、勝者への祝福以外に在り得ない、と剣鬼は考えていた。

 毒酒を飲むことは剣鬼から人間への祝福も兼ねているのだ。それとは別に、鬼としての身体能力を極力落として、不利な状況で戦いたいというのもあるのだが。

 

 より劣勢、より逆境、より不利な状況。格上の相手を増やすには、自分が弱くなれば相対的に増える。状況が悪ければ悪いほど、それを剣一本で覆す楽しみも倍増するというものだ。

 

「お前さんも飲むか? 鬼には特効だけど、人間には賦活作用もある」

「知ってるわよ。本物でなく、酒虫に覚えさせた紛い物とはいえ、鬼退治の神便鬼毒酒を妖怪の私が飲むのはぞっとしませんわ」

「酒としちゃ極上だぞ」

 

 ちなみに剣鬼が飲むと倦怠感と疲労感に襲われ、動きが鈍くなる。常飲しているため効果が薄れている部分もあるが、それでも並みの鬼が飲めば身体が動かなくなるほどの毒酒だ。

 

「さて、行くか。紫はどうすんだ?」

「あなたを徒歩で向かわせたらどれほどの被害が出るかわかったものではないし、私がスキマで連れて行くわ。異論は?」

 

 厄介事や争い事には嬉々として首を突っ込むタイプだ。弾幕ごっこも出来ない上、剣呑極まりない性格の剣鬼を野放しにしたところで、メリットは皆無と言っても良かった。

 

「別に構わねえよ。話も聞くのか?」

「……やめておくわ。彼女も望んでいないでしょうし、盗み聞きはあなたが怖いから」

 

 スキマ越しに隠れていても、剣鬼はどういう理屈か感づいてくる。剣士の勘だと当人は言っているが、それで気付けるなら苦労はない。

 ……が、剣以外のものなど剣鬼が持っているはずもない。武術に身を置いたものが覚える第六感のようなものがあるのだと、紫は結論づけていた。

 

 無数の目がこちらを覗き、両端が赤いリボンで縁取られた不思議な空間――通称スキマが開かれる。

 剣鬼はその中に躊躇うことなく一歩を踏み出し、スキマの中に入っていく。その際、チラリと紫を一瞥して口を開いた。

 

「そうそう。饅頭の代わりってわけじゃないけど、一つ教えてやる」

「何かしら」

「俺、多分一年持たねえ」

「っ! ……そう」

 

 剣鬼の終わり。いつか必ず来るものだと思っていたそれを知らされ、紫は一瞬だけ驚愕の表情を見せるものの、次には理解したように頷いていた。

 幻想郷への定住を拒み続け、幻想の居場所が消えつつある外の世界に居続けたのだ。当然の結果とも言えるが、それでもこうして明確な期限を聞かされると思うところがあった。

 しかし、それを表に出すことはない。これは紫個人の心情的な問題であり、幻想郷の安定を考えるならば剣鬼には斃れてもらった方がありがたい。

 

「せいぜい好きになさいな。出来れば苦しんで死んでくれると嬉しいわ」

「当然だろ。――妖怪の末路なんてそれがお似合いだ」

 

 悪因悪果。好き勝手に生きてきた以上、自らの死は理不尽なものであるべきだ。これまで積み上げた何もかもを踏みにじるようなものであっても構わなかった。

 

 剣鬼は自らの迎える末路を想像し、うっすらと笑みさえ浮かべながら、今度こそスキマに消えていくのであった。




 何だこの主人公、面倒くさい(今さら)
 頭は悪くありませんが、物事の判断基準が脳筋でリスクジャンキーなため、見えてる地雷に嬉々として足を突っ込みます。これで強いから始末に終えない。
「邪魔がいる? 全部斬ってしまえばいいじゃない!」が基本の思考です。

 すでにトンデモ剣術ですが、大丈夫。みょんちゃんの師匠は二百年あれば時を斬れるって言ってた。だから千年以上剣に生きていればスキマぐらい余裕のはず(暴論)

 ちなみに剣鬼が名前を呼ぶ相手は彼なりに明確な分け方があります。

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