剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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PCの調子が悪い(そろそろ六年近い)
終盤も終盤なので展開にあーでもないこーでもないと書いては消しを繰り返す。
PS4を買って更にブラウザゲームとスマホゲーにハマる。

この三つが重なると色々大変です。特に最後のやつ。fate go のiphone版もリリースされたので是非に(ステマ)


彼の剣は全て彼女のために

「さぁて、楽しむか!」

 

 まず剣鬼が行ったのは手加減なしの威圧を彼女らに飛ばすことだった。

 永琳に通らないのは把握しているものの、輝夜は別である。

 剣鬼と永琳の戦いを見てなお、ここに来ることを選んだのだから答えはわかっているようなものだが。

 

「えーりん、なにあれ、コワイ!」

「なんで変な片言なの。来てもらった以上、全力で働いてもらいますからね」

「わ、わかってるわよ! ああもう、死なないってわかってるのに怖いなんて初めてよ!!」

 

 口では泣き言が出ているが、剣鬼の威圧に怯んだ様子はない。

 

(お世辞にも戦闘が得意な人間には見えない。……ふむ、おちゃらけているように見えて、芯はしっかりしたタイプかね)

 

 姫様と呼ばれ、傅かれる側の人間だ。戦闘のイロハなどあるはずもない。

 だが、それでもこの場に立っている。ならば相応の何かがある、と剣鬼は考える。

 

(妹紅は私のものと言っていたが、あれが本心なら辻褄は合う。……なんだ、妹紅も存外モテるじゃねえか)

 

 ニヒャ、と嫌らしい笑みが浮かぶ。自分が斬りたい相手が他人に評価されるのは嬉しいことだ。

 それはそれとして邪魔するなら斬るのだが。

 

 剣鬼は妹紅の元へたどり着く障害を排除すべく、刀を構えて一歩を踏み出す。

 その瞬間、相対する二人の取った行動は全く同じだった。

 

 

 

 すなわち――後退である。

 

 

 

「ふむ、輝夜はこっちに来るかもしれない程度には思っていたが、意外に頭が回るな」

 

 剣鬼も追従するように走りつつ、やや意外そうな声を上げる。

 

「お生憎様! 永琳が絶対近づかないようにしている相手に近づくほど愚かじゃないの!」

「つれないな。月夜の舞踏なんだ。踊りの相手くらい務めてくれると思っていたぜ」

「残念。あなたの踊りは私には激しすぎるわ」

「そいつは、見てから決めてほしいね!」

 

 付かず離れず。斬撃を届かせようと思えば届く距離だが、本気で斬るにはやや遠い。特に意識だけを斬り裂くには微妙に足りない。絶妙な距離とも言える。

 恐らく永琳が剣鬼に斬られながら分析し、適正な距離をその身で割り出したのだろう。

 機を伺うための攻防であったにしても、それを情報として活用しているその姿に愛おしさすら覚えてしまう。

 

「師匠の面目躍如ってか? よくまあ意識が斬れなくなるギリギリの線を見抜けるものだ!」

「半分願望よ。視界内全てのものを斬れる。

 ならばどの程度斬れるのか? 範囲内全てにおいて同じ精度の斬撃を放てるなら、姫様が来るまでもなく私は負けていた。

 じゃあ今現在負けていない以上、あなたの剣には限界がある。当然の帰結でしょう?」

「くくっ、正解だ。未熟なことに俺はこの距離からではお前たちを殺すことは出来ても、意識を断つことは出来ねえ」

 

 ご覧の有様だ、と言って剣鬼が刀を振るうと、刃が届く距離でもないのに永琳の身体から鮮血が吹き出す。

 永琳ももはや表情を変えることなく自害術式を発動させ、僅かな光とともに傷の消えた身体へと逆行する。

 このやり取りは輝夜という助っ人が来る前から行われていたことであり、どちらにとっても驚く内容など何もなかった。

 

「えーりん、なんでこの距離であいつの斬撃届くの!? ずっと見てたけど全くわからないんだけど!?」

「理屈をすっ飛ばした場所にあるから考えるだけ無駄よ。そういうものだ、で終わらせなさい。でも引き起こす結果に関しては思考を止めちゃダメよ。冗談抜きに死にかねないから」

「っハハハ! 肉体ばかり斬っているが、そろそろ永琳の不老不死ぐらいなら何とかなりそうな気がするね!」

 

 もう一振り。再び永琳の身体が寸断されるが、すぐさま再生が始まる。

 先ほどまでと何一つ変わらない結果。

 しかし、剣鬼の顔には何かを掴んだような笑みが浮かんでいた。

 

「……あまり時間はかけられないわね。本当に不老不死を斬れるようになったら手が付けられなくなる」

「で、軍師永琳に必勝の策はあるの?」

「誰が軍師ですか。……まあ、一応、策と言うほどのものではないけれど」

「内容は?」

「物量で押し切るか――斬撃の切れ目を狙う」

 

 永琳と輝夜はすさまじい速度で後退しつつ、簡単な作戦を共有する。

 綿密な作戦を立てる場面ではなかった。むしろ剣鬼のような理不尽の権化を相手取るのに細かい作戦は相性が悪い。

 必要なのは自分たちの目的の再確認と、それを可能にする手札を揃えることだ。

 

 

 

 しかし――彼女らが作戦を立てるように、剣鬼も全く考えなしに戦っていたわけではなかった。

 

(状況は途轍もなく不利。当てれば大体終わらせられる自信はあるが、外せばこっちが終わりになる自信がある。さっきまでは一人だったから良かったものの、今度は二人だ)

 

 剣鬼の間合いに入るとしても一人。仮に意識だけを斬ったとしても、間合い外に残った一人がそれごと剣鬼を殺せば良い。

 ここで難しいのが、剣鬼にとって彼女たちを無力化することの厳しさにある。

 殺さず、死ぬ暇も与えず、意識だけを奪う。一人の時ならまだしも、二人を相手取らなければならない現状、至難の業と言っても良い。

 殺してはいけない理由が殺したくないとかではなく、殺したら再生してしまうというのが泣ける。一人だけ意識を斬っても、もう一人がそれを物理的に殺してしまえば振り出しに戻ってしまう。

 

 故に――剣鬼も二人を追い続けながら思考を巡らせる。無策に斬っていただけでは、妹紅の不老不死を斬ることなど夢のまた夢だ。

 それだけは避けなければならない。色々と外れているとはいえ、彼も鬼の端くれ。自らが定めた約束を破るつもりはなかった。

 

(このままじゃ千日手。延々とこう着状態が続いて、どこかで俺の体力が尽きて死ぬ。

 かと言って適当に周囲を斬り潰すのも悪手。永琳の術の中にいるのは変わらないんだ。妹紅にたどり着ける確率なんて皆無に等しい。……進退窮まった時のやぶれかぶれだな。

 他に打てる手は……)

 

 考えるのが億劫になりつつあるが、それでも剣鬼は知恵を絞る。今回ばかりは前に進んで斬るだけではどうにもならない状況だ。

 

「…………」

 

 数瞬の後、剣鬼はその場に立ち止まって刀を青眼に構える。つい先程まで走り回っていたにも関わらず、その構えに揺れは微塵も見られない。

 ゆっくりと、しかし永琳たちが僅かな間魅入ってしまうほどに流麗な動きで刀を振りかぶり――振り下ろす。

 

 

 

 そして剣鬼の刃は二人の――上に位置する天井部分をバラバラに斬り刻む。

 

 

 

 あえて粉微塵にしなかったのは、これの意図が別にあるからだ。

 

「永琳!」

 

 天井部分に堆積しているであろう埃と木屑、それらが落下の衝撃で舞い上がり剣鬼たちの視界を塞ぐ。

 塞がれた視界の先で輝夜の声が聴こえる。考慮の外だったが、嬉しい誤算だ。これで彼女の位置がわかると、二の太刀の狙いを定め――

 

 

 

「――あなたやっぱり天才だわ!!」

 

 

 

 土埃を貫いて飛んできた木片に阻まれる。直撃したら骨折。当たる場所によっては身体が弾けかねない威力。

 

「っ!」

 

 顔面に飛んでくるそれを回避して――輝夜の言葉に対する違和感が増大し、高速で思考が回転し始める。

 

(読まれていた。それは構わんが……不味い!)

 

 剣鬼の予想が正しければ、確実に一撃をもらってしまう。時と場合によっては戦闘不能になりかねないものを。

 そしてその予測を裏付けるように、剣鬼が回避して崩れた身体を狙うように風を切り裂く矢が三本、それぞれが剣鬼の心臓、腹部、喉元を狙って飛来した。

 

「――っ!!」

 

 肝が冷えると同時に熱い激情が胸を焦がす。対処をしくじったら死ぬというのに――今が楽しくて仕方がない!

 

 喉に迫る一つを左手で掴んで防ぎ、同時に心臓目掛けて飛ぶ矢を左腕で受け止めて致命傷を避ける。

 そして腹部に来た矢は放置し、柔らかい腹を貫かせるままにする。

 

「ご、ふ……っ!」

 

 声を出すつもりはないが、血が口元から零れる。

 だいぶ追い詰められてきた、と剣鬼はどこか他人事のように思いながら、それでも彼は笑っていた。

 

 

 

 ――ここで仕留め切れないなら、勝機はこちらにある。

 

 

 

 右手に持った刀を横薙ぎに振るう。

 それは土煙のように舞う埃を吹き飛ばすことなく、視界の先にいる二人の身体を音もなく両断し、噴き出す血と先ほど投擲してきたもので大雑把な位置を把握する。

 

(輝夜は右、永琳は左。問題はここから! バクチになるが――乗ってこい、永琳!)

 

 そして剣鬼は大きく跳躍する――右の輝夜を狙って。

 左の永琳に追撃を仕掛けるのは、視界の端に映る光が不可能だと告げていた。彼女に襲いかかったところで手痛い反撃を受けるだけだ。

 即死する軌道で斬撃を放ったのだから、すでに再生は始まっているはず。今なら確実に輝夜を斬ることが出来る。

 

「この一太刀で――全てを斬ってみせる!!」

 

 ありったけの気迫を吐き出し、剣鬼は刀を振りかぶる。

 著しく悪化している視界の先には呆然と刀を見上げる輝夜の姿があって――

 

 

 

 ――その横から矢を持って飛び出してきた永琳に、剣鬼は斬撃を奔らせた。

 

 

 

「……え?」

 

 復活を終えた輝夜が見たのは、確かに永琳の身体に刃が通る瞬間と、血の一滴も流すことなく倒れ伏す彼女の姿だった。

 

「――勝負ありだ。悪いな、こんな手で」

 

 間髪入れず、剣鬼の刃が閃く。対話をする余裕も、状況を把握する時間すら与えない無慈悲な一撃。

 

「っ!!」

 

 何かを言うことすら敵わず倒れる輝夜に、剣鬼もバツが悪い顔になる。

 せっかく自分と戦おうとしてくれる相手だったのだ。剣鬼としてももっと楽しみたかった。

 輝夜と永琳が自分を追い詰めた瞬間など、至福の一瞬と呼んでも過言ではなかったというのに、剣鬼は楽しむことなく速やかに終わらせることを選んだ。

 

 

 

 ――全ては妹紅のために。最後に斬ると決めたものに手が届かなくなる。それだけは認めることが出来なかった。

 

 

 

 楽しんで斬りたいと言いながら、いざ追い詰められたらこのザマだ、と剣鬼は自嘲しながら身体に刺さっている矢を抜いていく。

 

「……すまないな。お前の感情を利用した」

 

 その途中、倒れている永琳の頭に手を置いて小さな声で謝罪する。

 輝夜と永琳、二人の不老不死は斬れない。しかし、戦いながらそれらしき言葉を言うだけで剣鬼は永琳に楔を打ち込むことが出来ていた。

 

 無論、頭から信じてなどいないだろう。それが出来ているならとうに二人は屍を晒してもおかしくない。

 そのようなことになっていなかった時点で、剣鬼の不老不死が斬れるという言葉に信ぴょう性など存在しない。

 

 

 

 ただ、万に一つを警戒させるだけで十分だったのだ。

 

 

 

 視界を塞ぎ、剣鬼の行動を判断できる要素を音だけにして、その上で全てを斬るという虚言を盛り込む。

 あるいは、永琳がもう少し感性や感情に従って生きることが出来るなら、結果は別のものになっていただろう。

 輝夜をかばわず、剣鬼が刃を振るった瞬間を狙って攻撃していれば、為す術なく倒れていたのは剣鬼だった。

 

 賭け、と呼ぶには些か卑怯に過ぎる。剣鬼が観察した永琳は輝夜のためなら、全てを惜しむことなく投げ出せる人間なのだ。

 そして剣鬼はそれを利用した。選択の余地が存在しない二者択一を永琳に強いた。

 勝ちはしたが、実質負けたようなものだ。剣術だけでどうにもならないから、別のものに頼ってしまった。剣の鬼の勝ち方としてはあまりに無様。

 

 苦い思いが胸中を埋め尽くし、剣鬼の顔をしかめさせる。余韻も何もあったもんじゃない、と自分に毒づきながら矢傷のある部分に簡単な応急処置を施して立ち上がる。

 

「……切り替えよう。俺の無様でアイツの不老不死まで汚すわけにはいかん」

 

 不本意な勝ち方なのは事実だが、それはそれとして目的まであと僅かであることを喜ぼう。剣鬼の心情が不老不死の価値を貶めることなどないのだ。

 立ち上がり、倒れている彼女らに対しては負い目のようなものもあったため、一瞥もくれることなく去ろうとする。

 

 そうして、自分のしたことから目をそらそうとしたのだろう。だからこそ――

 

 

 

 背中を刺されるまで、それの接近に気づけなかった。

 

 

 

「う、あっ?」

 

 背中に感じる熱と衝撃に変な声が漏れる。

 首だけを動かして振り返ってみると、そこには剣鬼が抜いた矢を手に掴む輝夜の姿があったのだ。

 凄まじい力で突き出したのだろう。矢は背中を貫通し、剣鬼が見下ろせる場所に矢尻を見せている。

 

「妹紅は……私のものよ! あんたにはわからないでしょうね! 永遠に行われる復讐劇がどれだけ私の心を慰めるか!」

 

 激情をあらわにする輝夜の姿は元々の容姿も相まって、ある種壮絶な迫力を生み出していた。

 その気迫たるや、刺される直前まで勝負の中身にふてくされていた自分とは大違いである。

 そう考えると自分の滑稽さに。そして彼女の意思の強さに笑いがこみ上げてきた。

 

「フ、ハハハッ! ハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!」

 

 おかしくてたまらない。輝夜の姿が不甲斐ない己を叱咤しているようにすら見える。

 だがありがたい。卑劣な手に走った自分を、彼女はその素晴らしい意志の力で食い止めてくれた。

 ここからは輝夜の意思が勝つか、剣鬼の意思が勝つか。剣鬼が望む形での戦いがある。

 

「なに笑ってんのよ。とうとう狂った?」

「最初から狂ってる……さッ!!」

 

 背中にいる輝夜を斬ろうと振り返りざまに剣を振り――抜けない。

 

「なんだ、意外と力がないのね。永琳も心配症だったみたい」

 

 輝夜が片手で剣鬼の腕を抑え込んでいたのだ。たおやかでほっそりとした、文字通り白魚のような手だというのに、握られた剣鬼の手はビクともせず、刀を振ることも手放すことも出来ない。

 

「私、こう見えても力持ちなのよ。こんなことが出来るぐらいに……ね!」

「ぐ……っ!!」

 

 剣鬼を貫いた矢を無造作に片手で掴むと、それを力任せに引き抜く。矢のかえしが肉を削ぎとっていく激痛に剣鬼も顔が歪む。

 身体から力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。だが、ここで倒れたら本当に死ぬ。

 それに今の剣鬼を埋め尽くしている感情は死への恐怖ではなく、輝夜を斬ることへの一念だった。

 

 輝夜の手にある矢が振りかぶられる。その一撃は今度こそ剣鬼の心臓を貫き、その生命を刈り取るだろう。

 だが、剣鬼とてそれがわかっている以上、タダでやらせる道理はない。

 

「持っていけ。くれてやるよ片腕――!」

 

 身を捩り、左腕でそれを受ける。永琳の攻撃も含めて腕に穴が二つも出来てしまうが、まだ動く。

 動くならば――斬ることが出来る。

 

 左腕を手刀の形に構え、輝夜を見る。腕を盾に攻撃を防いだのは二度目だが、一度目は輝夜の目には見えていない。そのため、常軌を逸した防ぎ方に身体を硬直させるが、すぐに平静を取り戻す。

 

(防がれた!? いいえ、腕は抑えているんだから何も斬れないはず!)

 

 輝夜の推測は当たっている。剣鬼の業は剣に依存しないとはいえ、さすがに手ぶらで同精度の斬撃が放てるわけではない。せいぜい、そこにある物質を斬るぐらいしか出来ない。

 そう、意識だけ斬るには自分の手の内にあり、輝夜が上から握り込んで固定している刀が必要だ。

 だから斬った。

 

 

 

 ――自分の腕を掴む、輝夜の腕ごと右腕を斬り落とした。

 

 

 

「は……?」

 

 今度こそ驚愕に目を見開いた輝夜を横目に反転し、刀を握ったまま硬直している腕ごと刀を握る。

 

「右腕、くれてやるよ。剣鬼の在り方から目をそらした自分への罰が一割。お前さんの奮起と気迫に九割」

 

 噴水のように血が噴き出し、残り少ない剣鬼の命はどんどん削られていく。

 しかし、笑っていた。元よりこれが終わったら死ぬ予定の身。それが少々早まったところで何の不都合があるのか。

 

 むしろ気分が良い。相手は己の全力以上を意志の力で発揮し、自分を殺そうと一心に向かってきた。

 彼女の妹紅への執着は剣鬼のそれとは別種であり、同時に言語を絶する何かがある。でなければここまで必死になって守ろうとするものか。

 この姿こそ輝夜の本質だろう。この姿こそ――剣鬼が挑み、手折るに相応しい華だ。

 

「二度目はない。永遠も須臾も、等しく斬って終わりだ」

「……っ! 妹紅……」

 

 倒れるその時まで、輝夜は妹紅を想っていた。

 自分含め、これほどまでに想われるのだ。きっと――とても斬り応えがあるに違いない。

 

 密着して行われた戦いが終わり、静寂が場を支配する。

 誰かが起きる気配はない。輝夜が一度だけ、自分の剣をかいくぐって起きてきたことが気になるが――詮索する余力はない。

 

 残された左腕と口を使って切断した右腕の止血だけ済ませ、剣鬼は自らの状態を把握しようとして、頭を振る。

 

(……障害は倒した。あとは……)

 

 ここに来た本来の目的を果たすだけだ。

 

「囚われのお姫様はどこか……な……」

 

 力のない声だ、と自嘲しながら剣鬼は歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 剣鬼がその部屋への襖を開くと、視界の前には明るい炎が揺らめいていた。

 こちらに背を向け、自らの身体に火を灯し続けている旧友の姿に剣鬼は懐かしさを覚える。

 

「……永遠なんて、この炎で燃え尽きてしまえば良い、だったか」

「……やっぱり、来たのは剣鬼ね」

 

 炎の奥に隠れていた白い髪が少女の動きに応じて揺れる。

 振り返った妹紅は剣鬼の様子を見ると、最初はギョッとした顔になるものの、すぐに納得のそれに変わる。

 

「あなたがそこまでボロボロなの、初めて見るわ」

「こんなに追い詰められるのなんざ、生きてて数えるほどだよ」

 

 妹紅と話していると不思議と傷の痛みが和らぎ、身体に活力が生まれてくる。

 これはきっと斬りたい相手が眼前にいることへの興奮に違いない、と剣鬼は思っていた。

 

「どうしてお前さんがここにいるか、わかるか?」

「大体は予想できるわ。慧音が私にそこまで執着するのはちょっと予想外だったし、輝夜たちが慧音に全面協力するなんてもっと予想外だったけど」

「慧音と輝夜は凄まじかったぜ。俺を百度殺しても足りないほどの強い感情を、お前さんに向けていた。

 ……それだけ心を砕くに値する相手なんだよ。彼女らにとって藤原妹紅という人間は」

 

 そう言うと妹紅は僅かに目を見開き、次いで優しげな笑みを浮かべて目を閉じる。

 

「……皆、おかしいわよね。こんな死ねない女のために必死になるなんて」

「……で、どうするつもりだ?」

 

 妹紅のそれが憎まれ口であり、本心では全く別のことを思っていることはわかっていた。

 その上で問いかける。彼女らの想いを知った蓬莱の人の形――藤原妹紅はどのような選択をするのか、と。

 

 ここで妹紅が抗う道を選ぶなら、剣鬼は為す術なく倒されるだろう。ここまで重傷を負っているのだ。戦いにもならない。

 だが、その時は妹紅の選択を受け入れるつもりだった。それはそれとして戦いを挑みはするが。

 

「もう一度言っておこうか。――俺はお前の不老不死を斬りたい。それさえ斬れれば、ああ。俺の剣はこの瞬間のためにあったのだと。そう心から信じられる程度には焦がれている」

「…………」

「けど、俺以外の連中はお前が不老不死でなくなることを望んでいない。それの正否に関しちゃ黙っとくが、俺より真っ当な理屈ではある。

 ……どんな幸福も不幸も生きてこそ、とはよく言われることだがね。決めるのはお前さんだ」

 

 とはいえ、どちらもワガママであることに変わりはない。斬りたいが故に斬る剣鬼と、生きて欲しいが故に生かす彼女たち。

 結果や行動の是非はさておき、自らの感情や信念に基づいて動いているという一点について、彼らは対等と言えた。

 そしてどちらの動きも――藤原妹紅に収束していく。

 

 だからこそ剣鬼は妹紅に選択肢を提示する。生きるも死ぬも、究極的に決める権利を持つのは当事者である妹紅本人でしかないのだから。

 

「……何よそれ。大変な思いをしたんでしょう? 文字通り死にかけるくらいの思いをして、それで問答無用に私を斬るんじゃないの?」

「当事者はお前で、俺は斬るべき相手は正面から斬りたい。――俺が無理やり殺しに来たから仕方がない、なんて逃げ道など与えてやるものか。

 ――選べよ、藤原妹紅! 生きるにしろ死ぬにしろ、決断を下したお前こそ俺の斬りたい不老不死だ!!」

 

 都合の良い逃避先になるつもりなど一切ない。

 本当は生きたいけど、剣鬼が襲ったからしょうがない。ではあまりに無様ではないか。あまりに意思がないではないか。

 これが正真正銘最後の一太刀なのだ。妥協などしてたまるものか。

 

 剣鬼の咆哮に妹紅はビクリと肩を震わせ、うつむく。

 

「……本当、あなたは優しくないわね。……だけど、それでも」

 

 妹紅は静かに両手を広げ、剣鬼へと一歩近づく。

 

「思えば、私の人生はずっとこの言葉が付きまとった。父上が輝夜に恥をかかされて――私はあの人に愛された記憶なんてないのに、それでも輝夜が許せなかった」

「…………」

 

 また一歩、妹紅は無言で続きを促す剣鬼に近づく。

 

「不老不死になって、なんて愚かなことをしてしまったのか、と嘆かない日はなかった。親しい友人との別れ。自分だけが生き残ってしまう悲しみ。……あなたに終わらせてくれと縋った時もあった。

 それでも、なんでか輝夜のことは忘れなかった。もう、他に仲間がいなかったからかもしれないわ」

「俺は違ったのか。残念だ」

「あなたは妖怪で、私は蓬莱人。全然違うわよ」

 

 一歩、今度は剣鬼の方から近づいていく。二人の距離が徐々に縮まっていた。

 

「慧音が一緒にいてくれて、輝夜も見つけて。大体殺し合いながら、たまに酒を呑んだりもした。一番楽しい時間だったと思うよ。蓬莱人になった私がようやく見つけた幸福。……ちょっと歪んでいるのは認めるけどさ」

「だけど――いや、もっと前からだな。あるいは蓬莱人になった瞬間からか。終わりがない身体になって、それでも終わりを求めていた」

 

 一歩、互いに近づいてとうとう二人の距離は僅かなものになる。

 腕を伸ばせば抱擁を交わせる位置で、剣鬼は静かな面持ちで口を開く。

 

「――選択の時だ。お前はどうしたい?」

「私は――」

 

 妹紅は背伸びをして、剣鬼の耳に顔を近づけてそっと耳打ちをする。

 それを聞いた剣鬼は何かを噛みしめるようにうなずいて――

 

 

 

 

 

 ――剣鬼の生涯最高の一太刀が産声を上げた。




次回が最終話です。最初の一、二話で退場させようとした青年がなかなか去らなかったり、出すと言っていた幽々子様が意外と遅く出たりしましたが、これは確実です。

ぶっちゃけもう書くことが終わり以外にない(ry



Q.なんでてるよは剣鬼の攻撃に耐えたの?

A.KI☆A☆I☆     
 というのは三割冗談です。ですが条理を越えた攻撃に対処する方法として気合や根性はあながち間違いでもありません。
 残りは彼女が持つ永遠と須臾を操る能力と剣鬼の精神状態です。斬られる直前に自分の周囲を須臾の世界で覆い、時間の流れを速くしていたのが一点。
 後は好ましい手段ではない方法に走ったことへの自己嫌悪があったことで、輝夜のことを無視した剣になってしまい、結果として意識だけを斬ることに失敗していました。

 でも一番重要なのは気合です(真顔)

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