剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

17 / 21
あれ、なんか急に色々伸びた→一応ランキング確認→末尾の方だけど日刊に乗っている。
( ゚д゚)

( ゚д゚ )


剣の鬼は彼女の永遠を斬れなかった

 先に進む、と言っても剣鬼はそれほど永遠亭の中をさまよい歩いたわけではない。

 鈴仙が逃げようとした方向に剣圧を飛ばして邪魔な壁や襖を全て斬り刻み、文字通り一直線に歩いていた。

 

「ふむ……」

 

 鈴仙が距離の波長を狂わせて、本来この空間に入り切らない規模の屋敷を格納している……と、剣鬼は睨んでいたのだが、一向に終わりの見えない道を前にその考えが間違っていることを認めていた。

 

(そもそも、空間をいじる術は一つじゃない。紫のスキマ然り、やたら広かった紅魔館と言い、内部の空間を操る方法は複数存在するはず)

 

 さすがに無条件で行えるようなものではないだろう。だがそれは、言い換えれば条件付きなら可能な場合もあるということだ。

 となると怪しいのは鈴仙が気絶する直前に零していた師匠という言葉だ。彼女の上司に当たる存在であれば、この空間の維持も可能なのではないか。そんな推測に剣鬼は至る。

 

「……面倒な」

 

 これまで何のリアクションもないことから、今度の相手はまともに相手をする気がないらしい。ド直球しか投げない相手ならば、搦め手で戦うことなく終わらせてしまおう、という魂胆が透けて見えた。

 

 剣鬼はぐったりとした表情を隠さない。慧音は剣鬼の苦手な空間や戦い方、罠で封殺しようとしていたが、それでも彼女は自分の足で戦場に立ち、剣鬼と相対した。

 対しこちらは違う。自らは戦場に立つことなく――手を汚すことなく終わらせることを主軸としたものだ。戦わせてくれない剣鬼としてはあまり面白い状況ではない。

 

(まあ、悪いもんでもないか)

 

 自分はやらないが、彼女らが行うそれを否定するわけでもなかった。

 戦ったところで剣鬼が楽しいだけであって、向こうには何の得もない。だったら極力戦いを避けようとするのは至極当然のことである。

 

 剣鬼は妹紅が斬りたい。その妹紅はここにいる。妹紅を斬らせたくない連中が邪魔をしている。現在進行形でその邪魔に引っかかっている最中。それをどうにかしなければ妹紅にはたどり着けない。

 

 剣鬼は頭の中で大雑把に状況をまとめる。そして現状を打破しなければ妹紅に会えない事実に気づき、少々気合を入れなおす。

 

「……どうにも、浮かれていたな。障害は楽しむものだが、目的を疎かにするのはよろしくない」

 

 こんな浮ついた気持ちではよしんば妹紅の元にたどり着いたとしても、不老不死を斬るなど夢のまた夢だろう。妹紅へ至る障害を軽んじるつもりはないが、それでも本命とは別に考えなければ。

 

 自らを戒め、剣鬼は思考を加速させていく。戦わせてくれない相手を自らの土俵に引きずり込むのも戦いの一つであり、そうなった時に見せる相手の屈辱の表情は剣鬼を実に昂らせてくれる。

 ……そうして考えた結果が、一直線に全てを斬るのではなく、周辺全てを斬ってしまえば良いという身も蓋もない結論だったのだが。

 

 いくら考えてカラクリを見抜いたところで、術への介入など剣鬼に出来るはずもない。

 斬ることだけが剣鬼に出来ることであり、それだけあれば全て事足りる。そう――

 

「術があるなら、それごと斬ってしまえば良い」

 

 実に単純明快。あるとわかっているならば、斬るのは造作もない。例えこの屋敷全域に広がるものであったとしても、一部だけ斬り捨てれば良いのだからわかりやすい。

 よし斬ろうさあ斬ろうとにかく斬ろう、と剣鬼が刀の柄に手を添えた時だ。

 

『まあ、怖い。そんなことをされたら屋敷が壊れちゃうわ。こちらにいらしてくださらない?』

 

 剣鬼の耳に優美で艶のある声が届く。

 征服欲をくすぐるような、庇護欲を煽るような声だった。

 初心な男だろうと、百戦錬磨の女泣かせだろうと、男なら声だけで恋に落ちてしまうと確信できるそれに剣鬼は眉をひそめる。

 声の聞こえた方向へ首を傾けると、そちらに続くように襖が開かれていた。

 

(さっきまで俺が迷うように仕向けておいて、今になって声をかける? チグハグな行動……ふむ)

 

 声の主は永遠亭の主と思われるかぐや姫その人だろう。というより、女に征服欲など抱いたこともない剣鬼にすら、色気を感じさせるほどの声を持つ女が二人もいてはたまらない。

 そしてこの永遠亭にはもう一人いるはずだ。鈴仙の言葉曰く、師匠と呼ばれる人物が。

 

(見解が一致していないな? 師匠とやらと姫様とやらは別々の目的で動いている感じがする)

 

 恐らく姫の方は好奇心。師匠の側は危険を極力避ける方針。故に剣鬼への対応がブレている。

 となれば――

 

「かぐや姫の誘いを断る男などいないだろうさ。いいぜ、行ってやるよ」

 

 誘惑に乗ることにして、剣鬼は開かれた襖の方へ歩き出す。

 これで何事もなく案内されるようであれば、その時はかぐや姫と師匠とやらを倒して妹紅を斬る。道中で邪魔が入ればそいつも倒す。わかりやすい方針だ。

 

 

 

 そうして歩き始めて数分が経過した時だった。

 

「――」

『あら?』

 

 自分を呼ぶ声に従って歩いていた剣鬼だったが、ある一点で足を止める。

 訝しむような声が耳元に響く。いかなる術なのかはわからないが、効果そのものは声を届けているだけだ。さほど難しいものでもないのだろう。

 

 それはさておき、剣鬼は自分に傅くように開かれた襖の前に立ち、視線を横に向ける。

 

「…………」

『どうかしたのかしら、お侍さん?』

「……俺の勘は間違っていなかったと思っただけだ」

 

 瞬間、剣鬼が視線を向けている方角から一筋の何かが飛来する。

 風を切る音も聞かせない静かな攻撃。気づかれないうちに殺すことを目的とした、宵闇によく溶け込む漆黒の矢が剣鬼の眉間に迫る。

 

「っ!」

 

 首を傾け、頬の肉を犠牲にその一射を避ける。ごっそり抉れた頬から血が吹き出すが、気にもとめずに矢を射った存在を見据えて哂う。

 そこにいたのは月明かりによく映える銀髪を背中まで三つ編みにし、赤と紺の左右に模様が別れた看護服らしきものを纏った女性――八意永琳その人だった。

 

「悪くないぜ。お前さんがあのウサギの言っていた師匠さんか?」

 

 妖忌、妖夢、妹紅、慧音、そして目の前の相手。やたらと銀に縁があるな、と内心で思いながら口を開く。

 

「……後学のために気づいた訳を教えてもらってもいいかしら」

 

 おや、返事があるとは思ってなかった、と剣鬼は少々予想外の返事に片眉を上げる。

 

(問答無用で殺そうとしてきたんだから、何言っても反応がないものだと思っていたが……)

 

 理由はいくらか考えられるし、恐らく間違っていない答えもその中にある。しかし断定には至らないため、剣鬼は相手の要望に答えようと言葉を選ぶ。

 

「ある程度は勘だ。残りはあんたと姫様とやらが別々の思惑で動いているって辺りと、射る瞬間に発した殺気。漆塗りの矢と言い、入念な準備はしているようだが殺意があったんじゃ俺には当たらんよ」

「……なるほど、次の課題として覚えておくわ。全く、姫様にも困ったものよ。あなたみたいな危険人物、姫様に会わせるわけにも、声を聞かせるわけにもいきません」

『あ、ちょっ!』

 

 彼女が軽く手を動かすと、剣鬼の耳元で響いていた声がパッタリと聞こえなくなる。どうやら強制的に術を解除させられたらしい。

 

「悪い虫がつかないようにするお目付け役ってところか? クククッ、大変なもんだ」

 

 自分など悪い虫の中でも最たるものだ。そう考えると面白くて笑いがこみ上げてしまう。

 そして目の前の人物もある程度把握することが出来た。

 

(戦う人間じゃない。下手な連中よりよほど戦えるだろうが、本質は研究者。障害の排除より自分にとっての未知の解消を優先する好奇心なんて普通は持たねえ。優先順位は姫が一番、他は二の次三の次って感じか)

 

 理解を深める剣鬼を他所に、永琳は困ったように口を開く。

 

「そう、大変なのよ。だから、あなたにはここでお引取り願えるとありがたいのだけれど」

「冗談。妹紅はここにいるんだろ? 行かない手なんてない」

「……妹紅をかくまって欲しいって言う慧音の頼みは断るべきだったかしら」

「さてな。しかし……」

 

 柄に手を添え、抜刀。油断なく新たな矢をつがえようとしていた左腕を斬り飛ばす。

 

「な……っ!?」

「……やはり、というべきだな」

 

 突然身体の部位が欠損したのだから驚くのは当然だが、女性の驚きは剣鬼の動きを目で追えていなかったことにあり、自らの腕が斬られたことには無頓着な印象を覚えた。

 本当のところはわからないが、少なくとも剣鬼にはそう見えた。確認とするには十分なものである。

 

「お前さんとかぐや姫――二人とも蓬莱人か」

「……はぁ」

 

 剣鬼の言葉に対し、永琳はため息をつくと急にその身体が光りだす。

 身体が光に消えると同時、彼女の核とも呼ぶべき何かを中心に肉体が再構成される。

 

「ほぉ……」

 

 剣鬼はその光景に感嘆の吐息を漏らす。自身を一瞬で殺し、即座に復活することで受けた傷をなかったことにする。おかしな言葉だが、死んで回復するというのが当てはまった。

 

(死と誕生。終わりと始まり。自分を即死させる術など、彼女たち以外が使うはずもない。こりゃ、下手な一撃じゃ無意味どころか逆効果だな……)

 

 数瞬の後、再び剣鬼の前に現れた永琳は斬り飛ばした腕も完全に再生し、改めて剣鬼に弓を向けていた。

 

「あまり姫様を喜ばせないでほしいわ。こうしている姿もきっとどこかで見ているのでしょうし」

「ふぅん……」

 

 自分を見ているスキマが多いため、かぐや姫が見ていることまで気づいていなかった。今更視線が増えても紫がスキマを増やしたな、程度にしか思わない。殺気が混じればさすがにわかるのだが。

 

「不老不死が妹紅含めて三人か。ま、前哨戦には悪くない。不老不死を斬る。まずはお前で試してやるよ――!」

「そう容易く出来るとは思わないことね。それに――」

 

 

 

 ――時間稼ぎは十分だろうし。

 

 

 

 永琳がそう言った瞬間、剣鬼は自分の視界が歪むのを自覚する。

 

「……っ!?」

「やっと効いてきた。弱っていると聞いていたけど、さすがは鬼と言ったところかしら。最初の矢がかすめていた時点で、あなたの敗北は確定していたのよ」

 

 でなきゃあんな無駄話には付き合わないわ、と永琳は呆れたように言い捨てる。

 

「毒、か……!」

 

 剣鬼は片膝をつき、永琳を憎々しげに見上げる。

 全身が異様な気怠さに包まれ、刀を手放さないでいるのが精一杯のように永琳には見えていた。

 

「即死毒でも良かったのだけれど、そうすると姫様が味気ないって言ってね。意識だけは失わない神経毒を射ち込んだわ。もう身体、動かないでしょう」

「…………」

 

 返事はない。もはや口を動かすことさえ出来ないのだ。

 そうなることを狙って作った毒なのだから当然だが、予想以上に効きが悪かった。幻想郷でしか生きられないほどに弱っていても、鬼は鬼ということだろう。

 もう少し強めに作っていても良かったな、と永琳は自分の作った毒の改善点を考えながら剣鬼の方へ歩き、彼の肩を掴もうとして。

 

 

 

「やっぱお前さん、研究者だわ。戦う人間じゃない」

 

 

 

 下段からの斬り上げで、胸から血飛沫を上げていた。

 

「え……、そん、な……!?」

 

 今度は本心からの驚愕だった。永琳は斬られた傷を押さえながら後退し、すでに立ち上がっている剣鬼はそれをあえて追わなかった。

 

「お前さんに疵瑕はないさ。漆塗りの矢で不意打ち、上手く避けなければ毒。俺が別の対処をしても、それに応じた対応策は用意していたんだろう。見事見事、実に良く練られている」

「毒が効いてないあなたに言われても嫌味にしか聞こえないわね……」

「一応効いてる。――実に気持ち良い酔いだ」

 

 重ねるが、彼女を責めるつもりは毛頭ない。だからこそ、こうして彼女の傷が治るのを待っているのである。

 先ほどと同じように死と再誕を繰り返して回復する永琳を前に、剣鬼は足元が若干浮ついているのを自覚しつつ口を開く。

 

「俺が神便鬼毒酒を常飲していたせいで、毒が効かないのはまあ仕方ねえよ。運が悪かった。けど、毒が効いているからって意識を緩めるのは頂けないな。窮鼠猫を噛むことだってあるんだぜ」

「……そうね。油断があったのは認めるわ。本当にあなたを無力化するならば、姿を見せることすら悪手。ここまで接近してしまった時点で、私の勝算はずいぶんと低くなってしまった」

 

 だけど、と呟いて永琳は再び弓を構える。当たる可能性、当たって相手が動きを止めるほどの傷を与える可能性。そして、その前に自分が戦闘不能になる可能性。

 諸々考えて、永琳の頭脳は不可能の答えをたたき出していた。だが――

 

 

 

「不可能だから。その程度の理由では諦められないのが、科学者のサガね」

 

 

 

「無理を無理と認めることも学者の資質じゃないか?」

 

 ニヤリと笑った剣鬼がそう言って茶化す。すでに読めている答えを、彼女の口から直接聞き出すために。

 

「今は無理。私たちが認めるのは己の間違いと現段階での進行の不可能だけよ。あなたの前に姿を現した。その間違いは認めましょう。

 でも――あなたは姫様の元へは行かせない」

「……戦う人間じゃないと言ったことを謝罪しよう」

 

 永琳の言葉を受けて、剣鬼も刀を構え直す。眼前の彼女は倒すべき敵でもあり、同時に――

 

 

 

「お前さんは人間だ。大切な者のために命を懸けられる」

 

 

 

 敬うべき人間でもあった。引けない理由を、戦う覚悟に昇華させられる側の存在だ。

 本気を出して戦ってやる、などと上から言う相手では断じてない。

 大切なものを守ろうとする高潔な意思を前に、剣鬼のような外道に許されるのはただただ全力を尽くすことのみ。

 

「名前を教えてくれ。心に刻みつけたい」

「……これで剣呑な空気を発せられるんだから、面白いものね。――八意永琳。あなたには一生縁のない、しがない薬師よ」

 

 永琳は剣鬼がまるで恋人に話しかけるような睦言とともに、これまで以上の殺意をぶつけてくることに呆れた顔を隠さない。

 そして次の瞬間にはそれも消え、あるのは危険極まりない侵入者を排除するという冷厳な敵意が浮かぶ。それが剣鬼をさらに喜ばせることなど承知の上で。

 

「ああ、良い名だ。覚えておくぜ、永琳」

「忘れてくれても構わないわよ。どうせあなたはここで終わるのだから」

 

 つがえた矢から凄まじい力が発せられる。次の瞬間にもそれは解放させられてその暴威を余すところなく剣鬼に浴びせるだろう。

 直撃すれば死ぬのはいつも通り。少々酩酊感にも似た目まいが頭を揺らしており、よく神便鬼毒酒を呑んだまま戦いに赴いた時代があったことを思い出させる。

 

 こんな形で懐かしく感じるとは思っていなかった、と剣鬼はどこかおかしく思ってしまう。

 その笑みもかき消え、剣鬼は一歩を踏み出す。それがどちらかが倒れるまで終わらない戦いの合図であると、両者は理解していた。

 

 

 

「ハハ、ハハハハハハハハ!! 良い毒だな永琳! 上等な酒に酔った気分だ!」

「私としては、それで倒れてくれると嬉しいのだけれど……ね!」

 

 後ろへ飛びつつ放たれる矢が無数に別れ、光の奔流となって剣鬼を襲う。

 一つとして同じ軌道を描くことなく、しかし狙いは全て剣鬼の急所へ向かうそれを、剣鬼は刃の一振りで薙ぎ払ってしまう。

 そして返す刃が永琳の身体に深々と斬撃を刻み、永琳がすぐさま件の自殺術式を使って死ぬことで回復する。

 

 先程から繰り返されているやり取りだ。剣鬼の斬撃は彼女に意味をなさず、また永琳の攻撃は剣鬼にとって造作もなく斬り払える。

 だが、千日手というわけではなかった。両者とも虎視眈々と相手を無力化する機会を伺っている最中だった。

 

(業腹だが、俺の剣では永琳の不老不死は斬れん。恐らくかぐや姫の不老不死も、だ。妹紅の不老不死ただ一つを斬ることに特化してしまっている)

 

 自分の未熟の結果なので腹立たしいが、剣鬼の剣は厳密に言えば”藤原妹紅の不老不死”を斬ることが出来るが、それ以外の不老不死は斬れないという事実が永琳との戦いで得た情報だった。

 しかし――

 

(意識だけを断つことなら問題なく行える。あの自害する術式も多分任意で行うもの。自分の意志で行うものなら、考える時間を与えない一撃で決めれば良い)

 

 自分の意志で操れる力はもちろん強い。強いが、それは自分の意志の外にあるものに対して無力であるとも言い換えられる。

 要するに認識外の攻撃を行えば良いのだ。この場面で剣鬼が行うならば一撃で殺さずに、かつ抵抗の暇を与えずに意識を奪うことが求められていた。

 再び放たれる無数の矢を斬る。そうして剣鬼はひたすらに機会が訪れる時を待っていく――

 

 

 

 

 

(――と、彼なら考えるでしょう。本当に不老不死を斬ることが出来るなら私はとうに死んでいる。やや短絡的、というより願望にも近い考えだけど、彼は何らかの理由で私を殺すことが出来ない)

 

 そして同時に、永琳も剣鬼の思考を読み切っていた。お互いに勝ち筋が非常に限定されている状況なので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 追いすがるように向かってくる剣鬼に対して矢を射掛ける手を止めず、同時に永琳は思考の海に埋没する。

 

(さて困った。私は彼を殺したいけど、口惜しいことに決定打がない。毒は効かない。矢も普通に射るだけじゃ効果なし。……伸るか反るかの賭けというのも、あまり好きではないのだけれど)

 

 少なくとも現状のように正面から戦って勝つには、極めてか細い勝ち筋をたどる必要があった。

 こんなことなら姫様の要望なんて無視してさっさと殺せばよかった、と内心で後悔しても覆水盆に返らず。

 

 ともあれ方針は定まった。すなわち――

 

 

 

(あえて一撃受けて、即戦闘不能だけは避けた上で攻撃!)

 

 

 

 己の長所である、不老不死を活かした戦法。

 この戦闘で自分が死ぬことだけはないのだから、それを全面に押し出してのゴリ押し。優雅さの欠片もない方法である。

 但し考えなしに行っては意味がない。向こうはそれを見越して意識の線を断ち切ることを狙ってくるはずだ。

 あえて相手の考えに乗り、その上で反撃する。相討ちでもこちらにとっては勝ち同然とくれば、賭ける価値はある。

 

 攻撃の手は緩めず、剣鬼が返す刀で振るってくる斬撃をその身で受けて自害術式を発動させる。

 先程から延々と繰り返されるイタチごっこ。永遠亭の空間は永琳の術で歪められ、一定の場所をループするようになっているため、当人たちの体力が尽きない限り半永久的に続くだろう。

 だが、どちらもそのイタチごっこに甘んじるつもりはなかった。刀を振るい、矢を射て、半ば決まった流れのように行われる攻撃の中、両者の目は虎視眈々と機会を伺い続けていた。

 

 射る、振るう、振るう、再生する。射る、振るう、振るう――

 

(――今!!)

 

 先に動いたのは永琳だった。弓を放り投げ、矢を双手に持ち、鬼気迫る表情で剣鬼へと突進する。

 乾坤一擲の一撃を叩き込まんとする彼女の姿に、剣鬼は歯をむき出しにして笑う。彼女の決意に自身も全力で応えるべく、その場で足を止めて刀を構えた。

 そして永琳を迎え撃つように刃が振るわれる――

 

 

 

 

 

 ――ことはなく、永琳のすぐ横の空間を斬り払う。

 

 

 

 

 

(は……?)

 

 斬撃の軌道上にあった畳が斬り刻まれてい草(・・)をバラ撒くが、永琳の視界を遮るほどのものではない。狙って行ったにしてはあまりにもお粗末。

 覚悟を決めていた永琳の思考に一瞬だけ空白が生まれ、そこを疑問が埋め尽くしていく。

 

(なぜあのような攻撃を? 意味などないのでは? いや、この男を侮ってはいけない。剣術ばかりに目が行くけど、地頭も相当良い。ならば確実に何か――)

 

 ある。永琳はそう結論を下したところで、自身の過ちに気づく。

 一瞬の動きが進退を決める攻防の中で、思考に没頭した――没頭してしまった。

 血の気の引く音が耳に届く。青ざめた顔で見上げる剣鬼の顔には、してやったりと言わんばかりの稚気溢れる笑みが浮かべられている。

 そしてその刃は――すでに二の太刀を振るわんと構えられていた。

 

(やられた! あの斬撃に意味なんてない!! なのに私はそこに意味があるなどと深読みをしてしまった! 答えを求めてしまった! 研究者は答えを求めてしまう(・・・・・・・・・・・・・)!! その性質を逆手に取られた!)

 

 

 

 ――やっぱ研究者だな、お前。

 

 

 

 剣鬼の言葉が脳内で蘇る。もしかしたらあの時から、相手にはこの絵面が想像出来ていたのかもしれない。

 もはや言葉はない。一瞬の後に振るわれる斬撃で永琳の意識は刈り取られ、姫への道も開いてしまうだろう。

 眼前の鬼に知恵比べで負けたことへの驚愕と悔しさが半分。そして自身に課した役目を果たせず倒れてしまうことへの申し訳無さが半分。

 

 この思いもあと僅かで消えることになる。そう永琳が自嘲し、剣鬼の刃が浴びせられようとして――

 

 

 

「ちょっと待ったあぁぁぁ!!」

「っ、うぉっ!」

 

 

 

 剣鬼の脇腹目掛けて吹き飛んできた畳が、それを中断させた。

 直撃すれば肋骨どころか背骨まで持って行ってしまうほどの勢いがあったため、さすがの剣鬼も攻撃を中断してそちらを斬らざるを得なかった。

 

「姫様!?」

 

 横から現れた闖入者に再び驚くも、身体は脳の命令を介さず反射で剣鬼から距離を取る。

 そして弓を拾って立ち上がると、永琳の横にふわりと少女が着地する。

 

「はぁい、永琳。ごきげんいかが?」

「……あまり良くはないわね。姫様の元へ行かせない、会わせないようにしたつもりなのに、まさかあなたから会いに来てしまうなんて」

「まあまあ、助けてあげたんだからいいじゃない。それに私一人じゃどう頑張っても難しそうだし、ね」

 

 屋敷の中に微かに届く月光を反射し、艶やかな照りを増す闇に映える黒髪を翻した少女が永琳と言葉を交わす。

 お嬢様然とした淑やかさを表しているような仕立ての良い服を着ているが、永琳に甘えるように片目を閉じ、舌を僅かに出して謝る仕草にはどこか活動的な雰囲気が見え隠れしている。

 

 自分に接触してこようとしたことといい、さっきの攻撃といい、相当なじゃじゃ馬姫のようだ、と剣鬼は二人の様子を伺っていた。

 

「援軍……って言うにはおかしいか。永琳が妹紅以上に守ろうとした相手が、まさか前に出てきてしまうとはな」

 

 剣鬼は刀を僅かに下ろして口を開く。

 永琳が少女の前に立とうとするが、少女がそれを遮って前面に立つ。

 

「ふふふ、おてんばでごめんなさいね。声との印象の違いにがっかりされたかしら?」

 

 先ほどの声とは少々印象が違った。案内をしていた時の声は艶やかで背筋の粟立つような色気を感じたが、今の声とは微妙に違う。

 どうやら最初の声は演技で作っていたものらしい。

 

「まさか。むしろ感動しているくらいさ。蝶よ花よと守られるのは嫌いなくらいの女が好きなんでね」

「……ま、そこは色々と打算込み。これで二対一になっているわけだけど……退いてはくれないわよね」

 

 俄然やる気が出た。下ろした刀を再び構える剣鬼に少女はため息を隠さず、戦う構えを見せる。

 

「こうなったら仕方ないか。妹紅の話通り、自分の道以外どうでも良さ気なタイプだし、何より――あの子は私のものよ」

「そいつは違う。――あいつは俺のものだ」

「……妹紅も大変ね」

 

 剣鬼と少女の言葉に永琳が小さくため息をついた。もはや景品状態である彼女に同情を禁じ得ない。

 

「ま、あいつが誰のものかなんてすぐに決まる。……が、その前にお前さんの名を聞いておきたいね、かぐや姫」

「ああ、言ってなかったかしら。――輝夜。蓬莱山輝夜。時の帝をも惚れさせた私の美貌を冥土の土産になさい。――永遠と須臾、あなたはどちらに囚われたい?」

「ハン、どちらも斬って捨てるだけだ!!」

 

 三者の間に再び強い殺気が渦巻いていき――剣鬼が一歩を踏み込んだ瞬間、それは爆発する。

 

 

 

 戦いはまだ、終わらない。




まだまだ続くよラストバトル。でも多分次で終わる。

えーりんの内心
「鬼が神便鬼毒酒常飲しているとか聞いてないです(震え声)」

てるよの内心
「永琳がやられそうになっているな……ククク、やつは我が四天王の中でも最強。ぶっちゃけ私より強い。……あれ、えーりんに勝てるやつ相手に私一人とか無理ゲーじゃね? 助けに行かないと詰む(確信)」

大体合ってる二人の考え。ちなみにてるよはえーりんと剣鬼がバトっている最中に術を復帰させて事態のヤバさに気づいてます。



そして妹紅を中心に繰り広げられる三角関係の行方はいかに!?(なお当人は気づいていない模様)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。