剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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剣鬼と兎が二匹

「いつつ……良い感じに響いたな……」

 

 剣鬼は竹林の中を一直線に歩きながら、脇腹を押さえてボヤく。

 戦闘に支障が出るほどのダメージではないが、それでも痛いものは痛い。着流しの下には痛々しい内出血が広がっていることだろう。

 

 慧音が永遠亭と呼んでいた場所に行くまで、また戦いはあると剣鬼は確信していた。

 妹紅を預けた場所である以上、永遠亭の住人とやらは慧音から事情を聞いて、協力する姿勢を見せていることになる。

 

(それに竹林のそばに妹紅の家があった以上、あいつの執心の相手は永遠亭の住人である可能性が高い。……妹紅と同じ可能性もある、か)

 

 少なくとも妹紅が不老不死になってまで追い求めた――言い換えれば人間の時間に生きてはいない相手。妖怪などの可能性も考えられるが――

 

(いや、ありえないな。だったら普通に殺せば復讐は終了する。妹紅が復讐を先延ばしにしているってことも考えられるが……ああ、いや、見当違いだこれ)

 

 紫の言葉を思い出す。不老不死を斬ると言った時、彼女は真っ先に永遠亭を挙げたはずだ。

 ということは永遠亭にも不老不死がいるのだ。むしろ妹紅の方が特殊な例なのかもしれない。

 

「…………」

 

 そこまで思い至り、剣鬼の口元が禍々しい三日月の弧を描く。

 剣鬼に様々な感情を抱いていた慧音と違い、完全に初対面の相手になるためさほど期待はしていなかったが、これは思いのほか楽しめそうだ。

 となれば――こんな竹林でのんびりしているのも勿体ない。

 

 剣圧を放って竹林を文字通り一直線に進んでいた剣鬼は、その場で足を止めて後ろを向く。

 

「おい、そこの妖怪。ちょいと道案内しろ」

 

 返事はない。が、そこに何かがいることを剣鬼は確信していた。

 

「バレてないと思ってんなら威圧を飛ばす。お前があまりにも意志薄弱ならそれで死ぬかもしれんが、そん時は災難だったなとしか――」

「わー! 出る! 出るから!!」

 

 後ろをうろちょろされるのも鬱陶しいので、姿を見せないなら威圧を飛ばして追い払おうとしていたのだが、幸いにも相手は賢明だったようだ。

 竹林の影に隠れていた小さな妖怪が姿を現す。

 

「……ふむ、妖怪兎か。わざわざ俺を尾行するんだから、永遠亭の者と考えて良さそうだな」

 

 ピンクのワンピースに垂れ耳(ロップイヤー)の兎耳。胸にぶら下がっているのは彼女の好物なのか、人参のペンダント。

 童女と見紛う姿で慌てたように両手を振る姿は愛らしくもあるが、剣鬼の目にはひどく老獪な仕草に見えた。

 

「そんなことないって。ただ人が気持ち良く散歩してたら、なんか物騒な奴がいるから思わず後を追っただけだよ」

「妖怪兎はおしなべて力が強くないが、その分悪知恵が働く。お前さんがこの辺のヌシで、勇気溢れる行動で俺の後を追った、ってのも面白いがな」

 

 くつくつと喉で笑う。本当に剣鬼の言う通りの相手なら、このような言い訳など弄するはずもない。

 そして悪びれる気配のない妖怪兎も別の意味で大した胆力であると言えよう。

 つまるところ――

 

「ずいぶんと歳を食った兎みたいだな。鍋にしても不味そうだ」

「そっちもバカじゃないみたいだね。バカだったら延々と竹林をさまよってもらうつもりだったのに」

 

 皮肉げな笑みを交わす程度には、互いに相手のことが理解できるようだ。

 

(多分俺より歳食ってる。感じられる妖力は妖怪兎相応。となりゃ知恵と性格で生き残ってきたタイプだろう。……永遠亭まで案内してもらえたらさっさと逃がすか)

 

 相当慎重な性格と読み取れる。こうして剣鬼の前に姿を現したのも、彼女にとってはそれなりの冒険かもしれなかった。

 

「俺が聞きたいのは一つだ。知らなきゃ知らんで構わん。――永遠亭はどこにある?」

「この竹林にあるよ」

「ふむ。お前さん、調子に乗って失敗するタイプだな」

「は? 何を言って……っ!?」

 

 どうやらこの少女、剣鬼はそれなりに理性的で話の通じる相手であると勘違い(・・・)をしているようだ。

 確かに目に映った存在全てを斬って歩くような狂人ではない。彼の琴線に触れない相手とは対話で面倒事を回避しようとする面もある。

 

 

 

「俺の質問に、正しく、答えろ。お前に許しているのはそれだけだ」

 

 

 

 だが、それ以上に彼は目的にそぐわない存在を容赦なく踏み潰す一面も持っているのだ。

 理性的であることを否定はしない。が、それは相手がこちらに対して誠意を見せた時であって、それ以外の場合においては少女を殺すことに一片のためらいも覚えないだろう。

 

「……っ! わ、悪かったよ。質問にはちゃんと答える」

「それでいい。別に知らんことを咎めるつもりはない。――で、答えは?」

 

 殺意を込めることもなく僅かに睨んだだけだが、少女はそれで剣鬼の性質を正しく読み取ったらしい。慌てて謝罪して剣鬼の質問に答えようとする。

 

「知ってる。場所も行き方も。というか姫様から案内して来いって言われたんだし」

「ほう。竹取物語の姫君からお誘いを受けるとは。俺もなかなか捨てたもんじゃないね」

「お、知ってたの?」

「妹紅から散々聞かされた。耳にタコが出来るかと思うくらいにな」

 

 恥をかかされた父親のために富士の山で焼くはずの蓬莱の薬を強奪し、不老不死になるのだから彼女の感情に生きる女ぶりがよくわかるというものだ。

 ついカッとなってやった、滅茶苦茶後悔しているというわけか、と剣鬼が妹紅の前で話を要訳した時、妹紅の炎で焼かれかけたもの今となっては懐かしい思い出である。

 

「そうなんだ。それじゃ話は早いね。私は姫様からの遣いだよ。あんたが道に迷っていたら永遠亭に連れて行く役割さ」

「ふぅん、永遠亭の側からすれば俺は妹紅を殺そうとする敵だと思うんだが、案内なんてしていいのか?」

「いいんじゃない? あの人たちにすれば、きっと一時の暇潰しだよ」

「……ま、向こうからすればそんなもんか」

 

 少女の言葉に肩をすくめる。剣鬼を見たことがない存在なら、そう考えるのも無理はない。

 向こうが本気で来るかどうかはさておき、戦うのは変わらないのだからその時に認識を改めさせれば良いだろう、と剣鬼は前向きに考える。

 

「永遠亭に案内してくれ。この結界混じりの竹を斬って進むのも飽きてきたところだ」

「んぁ? わかってたの?」

「斬った感触でわかる」

 

 竹の中に余計なものが混ざっていれば、その感触は嫌でも手に残る。永遠亭が知られていなかったことも含めて理由を考えれば、自ずと原因にも行き着く。

 

(十中八九、姿を隠すためのものだろう。……月から逃げたかぐや姫、隠れた場所は自身の生まれた竹に囲まれて、か)

 

 月から逃げた、で剣鬼は遥か昔に紫からの誘いで月面に行ったことを思い出すが、首を振って忘れる。

 最後に斬るものは決めてあるのだ。今更他のものへ目移りするなど、妹紅への侮辱に他ならない。

 

「とにかく案内だ。永遠亭まで連れて行ってくれりゃ後は好きにしろ。敵になるにしても向こうの姫様とやらと合流するまで待っててやるよ」

「冗談じゃない。わたしゃ危険なことには首を突っ込まないのをモットーに長生きしてきたんだ。あんたみたいな抜身の刃、まともに付き合ってたら命がいくつあっても足りやしない」

 

 吐き捨てるような少女の言葉に剣鬼はご尤も、と深く頷く。

 

「そりゃそうだ。とはいえ邪魔をしない奴にはそれなりに寛容だと自覚している。案内さえきっちりしてくれりゃ、背中から斬るような真似はしねえよ」

「……ああ、やだやだ。ヤバいって私の第六感がビンビン言ってるのに、ここで逃げたら私の人生ゲームオーバー待ったなしなのよねえ……」

「皮剥ぎぐらいで勘弁してやってもいいぜ?」

(がま)の花はこの辺にないから遠慮しておくよ」

 

 少女は頭の後ろで手を組んで永遠亭の方角へ足を向ける。そして剣鬼の方を振り返って口を開いた。

 

「因幡てゐ。ま、永遠亭までの短い付き合いだろうけどさ、仲良くしようじゃないの」

「剣鬼。お前さんが不義理を働かない限りはまともに応じてやるよ」

 

 互いに皮肉げな笑みを交わし、二人は永遠亭へ歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばさあ」

「どうした」

 

 永遠亭に向かう道中、てゐと名乗った妖怪兎は無言の時間が暇だったのか雑談を持ちかけてきた。

 剣鬼も無視する理由がなかったので話に応じる。

 

「あのまま竹林を歩いていても永遠亭には辿り着けないってわかってたんでしょ? 結界があるって気づいていたんだし」

「まあな。とはいえ、とりあえず俺がああやって歩いているって示せば、永遠亭側が何かしら行動を起こしてくれるだろうと読んでいたけど」

 

 何もアクションがないなら、それはそれで竹林丸ごとぶった斬ってしまえば良かった。

 さすがに瞬時に修復されるような結界はないだろうし、あったとしてもそれごと斬る自信があった。

 

「その読みは当たって、私がこうして来たってわけかい」

「そんなところだ」

「ふぅん……。お兄さん、長生きできなさそうで長生きするタイプだね」

 

 危険に首は突っ込むし、自ら進んで窮地に陥りに行くが、それ以外での無駄は好まず合理的。

 対話をしていても、自分の要求に対して誠実である限りはそれなりに理知的であることが伺える。

 てゐは以上の点から剣鬼を長生きできない生き方だが、長生きしてしまうタイプだと評価した。

 

「なんだそりゃ」

「お兄さんはなんだかんだ頭が良い。自分が求めるもののためには頭を使うことを厭わないし、逆に邪魔なものを排除するにも全く考えなしに行うことはない」

「おう」

 

 軽く頷くことで同意を示す。頭を使うこと自体は別に嫌いではなかった。それ以上に剣を振るのが好きなだけである。

 

「そういう自分にとっての頭の使いどきを理解している奴は長生きするのさ。当人の望む望まないに関わらず。世の中ってのはそういう風になってる」

「ふむ、なかなか面白い考察だな。多分合っているんだろう」

 

 てゐの私見を剣鬼は素直に認める。自分ではそういったところを全く考えていなかったが、なるほど確かに。言われてみれば頷けるところもあるかもしれない。

 ……それにこの妖怪兎は自分より長く生きているだろう。彼女の言葉にはそういった重みが感じられた。

 

「ありゃ、素直」

「長生きしたくないわけじゃないしな。長生きできない生き方をするのと、長生きしたいと思うことは両立する」

「究極のわがままだけどね」

 

 長生きがしたいなら相応の生き方を心がけるべきであって、てゐはそれを実践して生き延びた。

 剣鬼は長生きできない生き方をしたが、結果的に長く生きてしまった。

 

「羨ましいとは思わないけど、素直にスゴイと思うよ。そういう生き方をして長く生きられるのは一種の才能だ」

「別にそんなの考えていたわけじゃねえよ」

 

 好きに剣を振るい、斬りたい相手を斬る。ただそれだけを求めた生き方で、時間の多寡はあまり気にしていなかった。率直なところを言ってしまえば、いつ死んでも構わなかったのである。

 死ねばおしまい、死ななければまた剣を振る。そうやって生きてきた。

 

「だろうね。でも世の中って大体、そういう奴が生き残るんだよ。死にたくないって叫んでいる奴の方がアッサリ死ぬこともある」

「……そうかい」

 

 てゐの言葉は剣鬼に対して向けているように見えて、その実どこか別のところへ向けられているように感じられた。

 その証拠に彼女の目は剣鬼を映しているものの焦点が僅かにズレており、表情も何かに耐えるように歪んでいた。

 

「……ん、ちょっと余計なことまで喋っちゃったね。はは、ごめんごめん」

「別にいいさ。永遠亭までの暇潰しにゃ丁度いい」

 

 彼女との付き合いなど永遠亭に到着するまでだ。何となく事情は想像できるが、わざわざそれを口に出して話をこじらせる趣味は剣鬼にはなかった。

 

「お兄さんのそういうところ、嫌いじゃないよ」

「どうにも勘違いされている気がするが……まあいいか」

 

 嫌われるよりは好かれる方が良いものの、それにしたって評価が高い気がする。

 

「踏み込まないってのも重要なことさ。お兄さんはその辺の距離感が実に上手い。自然体でいるからこっちも自然体になれるって言うの? なんか遠慮しないで良い感じがするんだよ」

「そんなもん、ここの連中なら大なり小なり似たようなもんだろ」

「んー……」

 

 てゐはそこで言葉に詰まる。だがそれは剣鬼に思いもしなかったことを言われたからではなく、どのように言えば剣鬼に上手く伝わるのか悩んでいるように感じられた。

 

「お兄さんはさ、私たちのことを邪魔しない限り邪険にはしないでしょ?」

「そりゃあな。わざわざ敵増やしてどうすんだ」

 

 自分が首を突っ込む面倒事以外は極力減らす主義である。斬りたいもののためには積極的に物事を面倒にしていくが、そうでないなら剣を振る時間が減るだけなのだ。

 

「その空気感って言うの? いてもいなくても大して変わらないみたいな? ……あー、難しい! これで理解した!?」

「要するに空気に向かって喋っているから、余計なことまで話すってことだろ。ふむふむ、――売られたケンカはきっちり根切りまでする主義だぞ?」

 

 にこやかに笑いながら刀の柄に手を乗せる。

 てゐは斬りたい相手ではないからどうでも良い部類に入るが、それはそれとして人を空気扱いするのであれば相手をするのもやぶさかではなかった。

 

「わー、待った待った! 暴力反対!!」

 

 剣鬼の目から見ても本気で慌てているてゐの様子に、どうやらからかいの言葉ではないことがわかる。

 

「次言ったら皮剥ぎした後に海水攻めな」

「やめておくれ。あんな目に遭いたいなんて思うやつはいないよ」

 

 嫌がることをやるのが嫌がらせである。当人が望むことをやってしまっては意味がない。

 

「ああ、そろそろ着くよ。準備はしておいた方がいいんじゃない?」

「もう出来てる。不意打ちされたらお前の身体で防ぐ用意もな」

 

 竹林に足を踏み入れた時点で相手の領域に入っているのだ。相応の歓迎が来ることぐらい予測してある。

 正直なところ、ここまでてゐの案内以外に何もなかったので拍子抜けしているくらいだ。

 

「怖い怖い。っと、あれだよ」

「ふむ……」

 

 てゐの指が示した方向には、立派な屋敷が鎮座していた。全体像が見えているわけではないが、中は相当な広さを誇っていると想像出来た。

 

「それじゃ、私はここまでだ。もう一度会いたいとは思わないけど、結構楽しい時間だったよ」

「時間つぶしにはなった。そこは感謝しておいてやるよ」

 

 竹林に消えていくてゐに手をひらひらと振って見送る。彼女の宣言通り、二度会うことはないだろう。

 

「さてはて……」

 

 彼女が永遠亭からの遣いであるなら、今頃は剣鬼の知らない入り口から中に入って報告をしているのだろう。剣鬼の性質、性格、考え方から来る戦い方の好み。いくらでも読み取れることはある。

 あの対話を実のないものにするか否かはてゐにかかっており、そして彼女はその辺のさじ加減を誤るような間抜けではないはずだ。

 

 口角を上げ、楽しげに哂う。彼女らにとっての戦いはすでに始まっているのだ。きっと自分には思いもつかない方法で攻めてくれるだろう。

 そう考え、剣鬼はまるで子供のように弾んだ足取りで永遠亭へと入っていくのであった。

 

 

 

 

 

「んぁ?」

 

 入った途端、強烈な目眩に襲われる。

 

「あ、ぐっ!?」

 

 平衡感覚が失われ、景色が歪む。自分が立っているのか倒れているのか、空間がねじれているのか、それとも自分の脳が壊れているのか。

 全くわからないままあやふやな世界に呑まれかけて――赤い光を見た。

 瞬間、永遠亭の入り口周辺が文字通り消し飛ばされる。それが剣鬼の発した剣圧によるものであると理解できるのは、剣鬼自身だけだった。

 

「ぐ、ぉ……! やってくれるじゃねえか……!」

 

 視界が一気に戻りその反動でまたクラリと目眩がするが、今度は平衡感覚がしっかりと保たれている。

 赤い光が何だったのかはわからないが、とにかく何らかの能力によるものと決めつけて周囲を薙ぎ払ったのは正解だったようだ。

 外れていたら完全に意識を失い、死んでいたことだろう。

 

 急激な目眩と回復が短い時間で行われたため、ひどい吐き気が剣鬼を襲う。

 酒精に酔っている時とは別種のそれに顔をしかめながら、赤い光の見えた方向に視線を向ける。

 

 

 

 ――誰かいる。

 

 

 

 視線の先には(ふすま)で閉じられた部屋がある。しかし、よく見れば僅かに開き、あたかも剣鬼を覗き見るために作られた隙間が存在していた。

 すでに視線は感じられない。襖の向こうに隠れているのか、それとも素直に退却しているのか。

 わからないなら斬ってしまえばいい。

 

「せっ!」

「きゃっ!?」

 

 少々意識して襖だけを斬るように剣圧を放つと、向こう側から女性特有の甲高い声が聞こえた。

 続いて斬られた襖が落ちてその姿も露わになる。

 

(……妖怪兎?)

 

 てゐに続いて兎の妖怪少女……のように剣鬼には見えたが、どうにも強い違和感を覚えてしまう。

 髪の色は紫陽花に似た薄紫。床に手をついてへたり込む頭頂部には、自身の種族を証明するようにウサギの耳がピンと立っている。

 着ている服が外の世界で言うところの学生服に似ていることに、剣鬼は更なる疑問を覚えた。

 

(どこかで見たことがあるような……)

 

 外の世界ではない。そんな最近の話ではなく、もっと昔に見たような気がしてならない。

 しかし思い出せない。あるいは正面から見たのではなく、どこか視界の端にチラリと映ったのをそれとなく記憶していただけかもしれない。

 もどかしい苛立ちが募りそうになったところで思考を切り上げる。思い出せないならその程度の相手だったということだ。

 

「お前さんだな。俺に変な術をかけたのは」

 

 剣鬼が声をかけると、少女は呆けた顔から一転して立ち上がり剣鬼を睨みつけてくる。その瞳は魅入られてしまうような赤い輝きを放って――

 

「二度目は許してやらんよ」

「っ、嘘!?」

「種さえ割れてりゃ、どうとでもなる」

 

 そういうものがあるのだと認識さえ出来れば、能力そのものを斬り裂くことは剣鬼にとって難しいことではなかった。

 

「能力のエグさで言うなら相当だな。初見で対応できたのは運が良かった」

「……私は残念よ。てゐの話通りなら一撃で決めればよかったのに」

「っくふふ、もう報告が行っているか。これはこの先が愉しみだ」

 

 上機嫌に喉を鳴らす剣鬼に、少女がジリジリと距離を取りながら指を鉄砲の形にする。

 

「あんたはここで狂い死んでおしまいよ。この永遠亭に入った時点で、あんたは私の術中に嵌っている」

「っくくく、そんなもの当然だろう? 好き好んで化け物の腹に入ったんだ。ちっとは楽しませてくれよ?」

 

 むしろ罠を期待していた。これで何もなかったら怒っているところだ。

 その時だ。剣鬼から見てさほど離れていなかった少女の距離が急激に開いていく。互いに動いた様子もないのに、屋敷内だけが無限の広がりを見せる。

 

「ほう――」

 

 剣鬼はその様子に一瞬だけ目を細め――

 

 

 

「――小賢しいわ!!」

 

 

 

 丹田から練り上げた気迫とともに一喝。ただそれだけで無限に膨張しようとしていた屋敷は元に戻り、再び少女の驚いた顔が視界に入る。

 

「対象を俺から空間そのものに変えれば通じるとでも思ったか!! その――波長を狂わせる能力を直接俺にぶつけた時点でタネは割れている!!」

「化け物、ってのは本当みたいね……!!」

 

 少女はすぐさま離脱する構えを見せ、脇目も振らず退却していく。

 こちらに背は向けず、一時も視線をそらさず周囲の空間を歪め――狂わせながら後方へ飛ぶ少女に剣鬼は合点が行ったように頷く。

 

「お前さん、集団での戦い方を知っているのか。やっぱ普通の妖怪じゃねえな。まあ――決断はもう少し早めにすべきだったな」

 

 剣鬼から逃れたければ、二度も攻撃を行うべきではなかった。一度失敗した時点で剣鬼を討つことは諦めて撤退すべきだったのだ。そうすれば仲間と合流することも容易だった。

 

 しかし、剣鬼は少女の――鈴仙・優曇華院・イナバの波長を操る程度の能力を見抜いていた。

 

(汎用性は極めて高い。俺に効いたことも含めて、初見殺しで考えるなら相当のもの。――だからこそ)

 

 それが破られてしまうと弱い。恐らく、いやほぼ確実にこの少女の戦い方は、持ち前の能力に大きく依存していると剣鬼は読んでいた。

 

「最初の攻撃だけは認めてやるよ。――じゃあな」

 

 人差し指を立てて、剣圧を細く研ぎ澄ませて放つ。

 それは狂わされた空間の中に一点の穴を開け、全てを斬り裂く一筋の弾丸となって鈴仙の額を目指して――

 

「ぁ、う、そ……」

「殺しちゃいない。本命は別だ」

「姫、様……師、匠……ごめん、な、さ……」

 

 驚くほど簡単に、彼女の意識の糸を斬り取るのであった。

 呆然とした顔のまま崩れ落ちる鈴仙を冷めた目で眺め、やがて一瞥と共に剣鬼は彼女が逃げようとした方角へ足を向ける。

 

「最低でも残りは二人以上。……一応、これぐらいはしておくか」

 

 剣鬼はおざなりな手つきで倒れた鈴仙の身体を部屋の隅に放り投げる。

 相手の身体への考慮など全くされていないそれに、鈴仙が気絶したまま顔をしかめるが意に介さない。

 

 本命でなかったことが理由の大部分を占めるとはいえ、それでも殺さなかった相手だ。手間にならない範囲で死なない配慮はしておきたかった。

 これでこの後に行われるであろう、鈴仙の姫と師匠とやらとの戦いの余波に巻き込まれる可能性は微弱ながら減るはずだ。それでも巻き込まれたらご愁傷様と言うしかない。

 

 最低限の義理は果たした、と剣鬼は一人頷きながら永遠亭の奥へと足を進めるのであった。




さらっと流してしまったvs鈴仙。なおこれまでの登場人物の中で最も剣鬼を追い詰めています。あの初見殺しがぶっ刺さっていたら物語が終わってました(真顔)

それでも戦いになったらサクッと終わる模様。能力に頼る部分が多い相手ほど剣鬼にとって相性が良くなります。
初見殺しが突破された場合のうどんげと剣鬼は戦うこと自体が間違いの状態。逃げようとした彼女は間違っていない。間が悪かった。


てゐの内心
「あんな危険なヤツと関わってられるか!! 最低限の仕事はしたんだから私は自分の縄張りに逃げる!!」

うどんげの内心
「てゐからヤバいと聞かされて正直逃げたいけど、師匠の命令もあって板挟み状態。私の明日はどっちだ。とりあえず一発かました後は高い柔軟性を持って臨機応変に」


極端な対応をした方が逃げる確率は上がります。中途半端な対応になると却って逆効果になる模様。





しれっと月に行ったことになってますが、気が向いたら閑話を書くかもしれません。書かないかもしれません(適当)
誰か私の頭の物語を自動で文章に書き起こす機械を作ってください(真顔)

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