剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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剣の鬼は歴史食いの半獣の心を見る

「さて――」

 

 剣鬼は瞑想を終え、立ち上がる。

 一度は周囲の空間を斬り裂いてしまったが、剣に関わる内容で同じ失態は繰り返さない。

 

 妹紅と言葉を交わしてから、剣鬼は紫の家に戻って一時も休むことなく瞑想を続けていた。

 最後を飾るに相応しいたった一太刀を見出すために行われたそれに、剣鬼は満足そうに頷く。

 

「良い頃合いだ。物足りなくもあるが……このぐらいが丁度いいだろう」

 

 これ以上を求めては際限がない。本音を言えばそれを求めたいところだが、時間はそれを許してくれない。

 一つの区切りを付けて、剣鬼はいつの間にかこちらを見ていた紫の方へ向き直る。

 

「本当に一睡もしないで瞑想し続けていたわね」

「剣に妥協はしない。それだけだ」

「そう」

 

 紫が閉じた扇子を振るうと、彼女の隣にスキマが生まれる。

 

「あなたの剣もこれで見納めです。スキマ越しにはなるけど、見届けさせてもらうわ」

「構わん。世話になったからな」

「…………」

 

 紫は微かに目を細めるが、何かを言うことはなかった。

 

 ……本心を語るなら、紫は彼の剣術に関してのみ絶大な評価を下していた。可能ならば、彼から剣術を取り上げて自分だけのものにしたいと思うくらいには。

 しかし、そうしたところで紫が欲したものが手元に来るか、と言われれば否である。

 

 迷うことなく愚直に、ひたむきに、一途に、ただただ一つのことだけを願って鍛え上げられた刃の美しさは、彼の手にあってこそ輝くもの。

 認めるのも腹立たしいが、剣鬼が振るう刃だからこそ美しいのであって、仮に自分だけのものになったとしても、そこに紫の愛した剣はないのだ。

 

 故に見届ける。剣鬼という――剣に対して真摯でありながら矛盾に塗れた理屈を持つ男が、最後に相応しいと認めた刃を目に焼き付ける。

 

「……あなたの」

「あん?」

「……いいえ、やめておきましょう。幻想郷に大きな混乱を起こす真似は慎むように」

「――へいへい」

 

 剣鬼は一瞬だけ目を細めるが、特に追求することはなくスキマに身を投じる。

 僅か三日程度、家にいた存在がいなくなったことで静寂に包まれる空間の中、紫は一人ため息をつく。

 

「……気づかれたかしら」

 

 自分が彼に何を言おうとしていたのか。気づかれたところで少々恥ずかしい思いをするだけだが、それでも気づかれるのは癪だ。

 ……いや、恐らくわかっているだろう。あの男の対人における観察力と洞察力は紫から見ても少し頭のおかしい領域にある。

 僅かな挙動や言動から相手の心理状態、行動背景を見抜くなど朝飯前。時には当人ですら自覚していない部分まで平然と読み取ってくるのだ。

 

「……嫌な男ね、本当に」

 

 気づかなかったフリをしたことも考えると、きっと剣鬼は紫が何を言おうとしたかまで理解しているだろう。その上で黙っているのは紫に対する義理立てか、それとも――

 そこで紫は思考を止める。当人のいないところで考えても詮無きこと。今はただ、彼の剣を見ることに集中すべきだ。

 

 観賞用のスキマを複数開く。鬱陶しいと感じた剣鬼にいくつかは消されるかもしれないが、それでもありったけの視点から彼の剣を眺めたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 剣鬼は妹紅の家から少し離れた場所にスキマで現れる。

 恐らく慧音が妹紅の家で待っているだろう。その前にスキマで現れるのは八雲紫の関与を白状しているようなものだ。

 そうなると、例え慧音が剣鬼を退けたとしても紫との関係は悪化するだろう。

 

 その時に自分は死んでいる可能性が高いのでどうでも良いと言えばそれまでだが、八雲紫が心血を注いで作り上げた幻想郷を無意味に乱す真似はしたくなかった。

 彼女には言っていないが、これでも紫の幻想郷に対する思いの深さには敬意を抱いていたりもするのだ。

 

 月光が地面を明るく照らす中を歩いて行き、妹紅の家の前に到着する。

 案の定と言うべきか、そこでは慧音が仁王立ちをして待っていた。

 彼女の後ろや周りに人の気配は存在しない。どうやら一人で来たようだ。

 

「……ふむ、数攻めはしない方針か?」

「お前相手に数は意味を成さない。そのぐらい予想できる」

 

 憮然と答える慧音に頷くことで同意を示す。

 剣鬼の前で数の多寡は殆ど意味を成さず、彼が強いと認めた相手でない限り土俵に立つことすら危うい。

 

「準備はしてきたのか?」

「当たり前だ。まず、妹紅はここにはいない」

「ふむ」

 

 特に驚くような内容ではない。慧音の視点で考えれば、剣鬼が自分を無視して妹紅を一直線に狙ってくる可能性は大いに考えられるものだ。

 しかし、剣鬼に斬られることを望んでいる妹紅が慧音の言葉に素直に頷くとも思えない。慧音とは長い付き合いだろうが、それでも彼女は自身の感情を優先する。

 

(アレはそういう女だ。でなきゃ復讐のために不老不死になんてなろうとするものか)

 

 妹紅に剣鬼から姿を隠すよう必死に説得した――そんな迂遠な方法より楽な手段などいくらでもある。

 

「妹紅はじゃじゃ馬だろう。寝かしつけるのは大丈夫だったか?」

「……っ! お前さえ、お前さえいなければ……!!」

 

 口角を釣り上げた剣鬼の言葉に慧音は強く歯を食いしばり、怒りを堪える。

 その様子を見た剣鬼は面白そうに、実に禍々しい笑みを浮かべながら言葉を重ねていく。

 

「俺さえいなければ、何だ? 不老不死のアイツに看取ってもらえた、か? っくふふ、なかなか笑えるな。

 俺も大概勝手な生き方をしていると自覚していたが、お前さんのそれには負ける」

「黙れぇっ!!」

 

 剣鬼の言葉を遮るように腕を振り、激昂を露わにする慧音。

 その感情に呼応するように空気が重くなり、殺意の渦巻く空間へと徐々に変貌を遂げていく。

 美しい銀糸の髪は僅かに緑がかったものへと変わっていき、頭の両側から小さな角のようなものが生える。

 

 彼女は純粋な人間ではなく、かと言って純粋な妖怪でもない。さりとて人間と妖怪が愛しあった結果として生まれる半妖とも言い難い。

 後天的に妖怪――ハクタク――の因子をその身に宿した半獣とも言うべき存在なのだ。

 現に慧音の身体からは人間が持つはずもない妖力が溢れ、攻撃に用いると思われる巻物や剣、鏡などが慧音の周りを漂っている。

 

 そんな彼女を前に剣鬼は余裕の笑みを浮かべ、彼女の変身とも言えるそれを笑いながら待っていた。

 先ほどの剣鬼の言葉に対し、慧音は怒りを見せた。

 それが何に対する怒りなのか、その怒りの根源は何なのか。彼女の心理状態を把握することは造作もない。

 

 心がわかっていれば、彼女の変貌も威嚇のそれと理解できる。その姿は燃えるような赫怒を表しながらも、剣鬼には微笑ましくすら見えていた。

 

「黙らねえよ。どうせ戦うのは変わらねえんだ。楽しみたいのは当然だろ?」

「お前が楽しくても私が楽しくない!」

 

 ここで律儀に反応してくれるから煽り甲斐がある。あそこまで内心を言い当てて抉ったのだから、無視して殺しにきても何ら不思議ではないというのに。

 

「――嫉妬」

「なに……?」

「妹紅に必要とされる俺が羨ましい。妹紅が最後に選ぶのがどうしてお前なんだ。どうして私から妹紅を――」

「黙れぇっ!! それ以上囀るようならお前の歴史を全て食い千切るぞっ!!」

 

 憤怒の声も、剣鬼にとっては口上の勢いを良くする潤滑油にしか成り得ない。

 

「どうして私から妹紅を奪うのだ! ああ、悔しい、苛立つ、腹立たしい! 殺したいほどに――妬ましい」

「……っ!!」

 

 ギリ、と剣鬼の耳にまで届く歯軋りが慧音の口から発せられる。

 激情でもいいから何かを言わないのでは肯定しているようなものだ、と剣鬼は内心でため息をつく。出来ればもう少し胆力を見せてほしい。

 

(俺が言っているのは一面だけ。何もお前さんの全部を言い当てたわけじゃないだろうに)

 

 おためごかしな理由で戦われても困る。こちらも最後の戦いになるのだから、本心を剥き出しにして戦いたい。

 彼女の本心にもおよそ見当はついていた。先ほど挙げた嫉妬も、妹紅のために何かをしたいという献身も、どちらも偽らず彼女の気持ちだろう。

 ならば胸を張れば良いのだ。事この場面に至って、道義的に正しいのは間違いなく慧音なのだから。

 

「……何も言わない、か。それもまた良し」

 

 微かな落胆を胸に、剣鬼は会話を切り上げた。慧音の憤怒は見てわかるどころか、視線に力があれば何十回と串刺しになっているほどのものだ。

 

(認めたくないって顔だな。……だったら、行動で見せてくれることに期待するか)

 

 剣鬼は特に構えを取ることもなく、右手を前に突き出すだけの姿勢になる。慧音が相手ならば、まだ刀を抜くまでもないと考えているのだ。

 

 剣の鬼が刃を抜かない。それが自身に対する挑発であると理解しながら、慧音は確かに唇を釣り上げる。

 

 

 

 ――かかった。

 

 

 

「ハッ!!」

 

 慧音の手から小手調べと言わんばかりの弾幕が放たれ、同時に彼女の周囲を浮かんでいた剣が剣鬼を斬り裂かんと速度を上げて迫る。

 込められた妖力はフランドールのそれと比べることは出来ないが、剣鬼の弱り切った肉体程度ならば容易に滅ぼせるもの。

 

「――」

 

 この程度ならば剣圧で十分。避けるまでもなく対処は可能。

 剣鬼は僅かに目を細めて、弾幕の先にいる慧音を見る。

 彼女が何を思って今の攻撃を放ったのか。一日以上の時間を与えてなお、このような攻撃しか出来ないのか。

 

(見込み違いか――)

 

 強い落胆を覚え、なるべく一瞬で勝負を決めようと決意した時だった。

 脇腹の方に鉄球の如き重い衝撃が走り、足が地上から離れる。

 

「ごっ……!?」

 

 身体の芯に響く何かが当たった。しかし、それを自分は認識できていなかった。その事実に剣鬼の思考が一気に加速していく。

 

(気づけなかった。それに見えてもいない。これが罠なら――それはまだ続いている!)

 

 不可視の攻撃を受けた。恐らく、彼女の能力に依るもの。そしてこの状態は慧音の意図したところにある。

 ならばこの状態からの復帰――要するに着地する場所に罠があるというのは、当然の理屈だ。

 

 そこまで思考し、剣鬼は先ほどの衝撃から立ち直って着地をしようとして――その地点に手をかざす。

 剣圧が発せられて地面にあるものを根こそぎ――あらかじめ用意してあったであろう小さな落とし穴まで全てを斬り飛ばし、剣鬼に迫っていた剣も弾き飛ばす。

 その上で地面に降り立ち、再び慧音を見据える剣鬼の瞳に侮りはなかった。

 

「……くくっ、はははっ、あーっはっはっはっは!! 久しく忘れていたな、この感覚! この――俺を殺すためだけに作られた世界! 悪くない、悪くないぞ!!」

 

 脇腹の激痛に愛おしさすら感じてしまう。自分を殺すために、自分だけを思って作られた罠に張り巡らされたこの空間――正しく、剣鬼のために用意された世界と言って良かった。

 

「こんなに俺のことを考えてくれたんだ、俺も応えないと失礼だよなあ!! ははっ、ははははははははっ!!」

「バケモノが……!!」

 

 けたたましい笑い声を上げながら剣鬼は動き出す。自分の立つ場所全てが罠に塗れていることを理解した上で、一切の躊躇もなく慧音へと向かっていった。

 

 

 

(本当に厄介な……!)

 

 慧音は苦虫を噛み潰した表情で再び剣と弾幕の嵐を剣鬼に放つ。それがまともな効果を発揮しないなどわかっていて、それでもわずかな時間を稼ぐためには必要なことだった。

 

「邪魔ァ! 本命はどいつだ!!」

 

 放った弾幕は剣鬼が刀の柄に手を添えるだけで消えてしまう。

 手元が一瞬だけ霞むため抜刀しているのはわかるが、速度が速すぎて目で追えていなかった。

 

「こ、の……っ!!」

 

 慧音は自身の能力――歴史を食べる能力――を利用して作り上げた不可視の弾幕を動かし、剣鬼を地面に用意した罠に誘導しようとする。

 そも、ここは慧音が用意した罠だらけの場所なのだ。本来であれば剣鬼の実力を一瞬たりとも発揮させず、封殺することを目的とした。

 

「――ハッ」

 

 こちらに向かってくる剣鬼の唇が釣り上がる。どこに罠があるかなどわかっていないだろうに、それでも動きに躊躇はなかった。

 だが、そのまま行けばこの男は目前の落とし穴に引っかかる。そうしたら不可視の弾幕を連鎖的にぶつければ――

 

「罠を張るやつの特徴だがな――どうしてもそこに視線が行くんだよ」

「っ!!」

 

 読まれた。あと一歩というところで剣鬼は方向を変え、こちらを嘲笑うように抜刀してその罠ごと地面を斬り潰してしまう。

 

「俺を殺すんなら一撃必殺だ。最初のやつで終わらせておくべきだったな」

 

 忠告とも取れる剣鬼の言葉に歯噛みする。悔しいが奴の言う通りだ。

 剣鬼がどのように動くかわからないからこそ、多くの罠を作っておいた。その対応自体は間違っていないが、剣鬼を相手にする時は下策と言って良い。

 

 誰だって一度罠にかかれば警戒を深める。相手を試すように動く癖のある剣鬼だからこそ、最初の罠は高い効果を発揮するのだ。

 

(大体、私はこいつ相手に一切の危険を冒さず勝てるとでも思っていたのか……!)

 

 堅実な手だけで殺せるならとうに死んでいる。剣術のみで不老不死を斬ろうとし、またそれが可能であると慧音にも理解させてしまうほどの存在を相手に、策を練った程度(・・)で勝てるなど思い上がりも甚だしいではないか。

 

 罠自体はまだ多数存在している。それに一撃当てている以上、有利不利を語るなら慧音の側に趨勢は傾いている。

 だが、それだけだ。まだ決着は着いておらず、それを決めるためには慧音も無傷ではいられない。

 認めなければならない。この場所は剣鬼を殺す空間などではなく――剣鬼と慧音が雌雄を決する場であることを。命のやり取りをするという一点において、自分と剣鬼は対等であることを。

 

「これで終わりじゃないだろ? 策の一つ二つ、破られたくらいで動揺するなよ。挑戦するのは大好きだが、挑戦されるのも嫌いじゃないんだ。さぁ、俺に挑んでこい! お前の――妹紅を殺す怨敵はここにいるぞ!!」

「……お前は嫌いだ。大嫌いだ。どこかで野垂れ死んでくれればと何度思ったことか。――妹紅がお前の話をする度に、言い表せない感情が胸に渦巻いた!」

 

 激情に任せて生み出す無数の弾幕が剣鬼に殺到し、同時に不可視の弾幕も操って剣鬼を追い詰めんとする。

 対する剣鬼も刀を抜き、自身を狙って迫り来る弾幕を見えないものまで含めて、全てを斬っていく。

 

 不可視の弾幕を認識しているわけではないだろう。弾幕の歴史を食ったそれは、慧音を除いて認識することなど不可能なはず。

 ……だが、油断は出来ない。剣術一つでいかなる危険をも乗り越えてきた男だ。不可能などやってのけて当然という考え方でないと、こちらが足元を掬われる。

 

(今必要なのは――飽和攻撃!!)

 

 向こうが極まった質というのであれば、こちらは量で攻めるのみ。

 あらん限りの妖力を振り絞り、全てを弾幕に変えることで徹底して剣鬼の領域に踏み込まない。

 最初から全力全開。後先など知ったことではない。例えどうなろうと――勝てればそれで良い!

 

「認めるさ、お前が羨ましかった!! 妹紅の心に居続けられるお前が妬ましかった!! 妹紅が求めているものを与えてやれない不甲斐なさを、お前への憎しみにすり替えていた!!」

「ハハハハハハハッ!! そうだそうだそれでいい! 思いを、感情を、心を! 剥き出しにして俺を殺してみせろ! 恥じることなんざ何もない!! お前の全てを俺にぶちまけろ!!」

 

 交わす言葉に知性は欠片も存在しない。慧音が思いの丈を吐き出し、剣鬼がそれを嬉々として受け止める。

 同時に放つ弾幕の勢いも増していく。慧音自身、かつて見たことがないほど濃密な弾幕が形成され、瀑布のように剣鬼を呑み込もうとする。

 

 すでに両者の気勢はこの上なく高まっているが――戦いはまだ始まったばかり。

 永い永い夜の始まりは、剥き出しの感情をぶつけ合う原始的なものになっていくのであった。

 

 

 

 

 

「ハハハハハハハ!! アーッハッハッハッハッハ!!」

 

 高笑いしながら剣を振るう剣鬼だったが、現時点において彼は自分が不利であることを認めていた。

 身も心も昂ぶっていることと、冷静さを失うことは同じではない。不利な戦いほど面白いと感じる思考の裏には、自身の有利不利を的確に把握する視点が必要なのだ。

 

(なんだかんだ、罠で動きが制限されるのは事実。おまけに弾幕の密度もヤバい。ルール無用ならさもありなんだが……)

 

 体捌きでどうにかなるレベルを越えている。威圧だけでは足りないため、剣を振るう必要があった。

 しかし、一度剣を振るって弾幕を消してもまたその先に弾幕が形成されている。視界の全てが光り輝く弾幕で埋まるというのも、なかなかに目が痛くなる光景だ。

 そしてその対処に追われ、剣鬼は己の刃で対処することを余儀なくされる。

 

 剣を振るわなければ弾幕を防ぎ切れないということは、剣鬼にとって唯一の攻撃手段が封殺されることを意味する。

 罠による動きの制限も加え、剣鬼は慧音への決定打に欠ける状態となっていた。

 まともに弾幕を使う相手と戦うのはフランドールの時以来になるが、彼女とはまた違うタイプである。

 

(徹底した遠距離戦。俺を懐に入れさせず、そのための距離と時間は罠で稼ぐ。あとは全力全開の飽和攻撃で押し潰す。こんなところか)

 

 結果として力を発揮できない状態に追い込まれているのだから、彼女の目論見はある程度上手く行っているといえるだろう。

 

「どうしてお前なんだ!! 私ではあの人の孤独を癒やしきれなかった!! それでも隣にいて、あの人の居場所になろうとしたのに!! お前はそれすら嘲笑うのか!!」

 

 ――が、全てが彼女の計画通りである、と言えるかは別だ。彼女の想定には、今のように感情を剥き出しにして殺しに来る予定はなかっただろう。

 

「俺がいつ、何を嘲笑ったんだ! 認めるさ、お前の献身、お前の努力!! 掛け値なしに賞賛する!! 

 あいつは難儀な相手だろう! 感情で動くくせ、すぐに後悔する!! あいつと旅をしていて、何度面倒に思ったか数え切れんくらいだ!!」

「なぜ今なんだ! なぜ私が死ぬまで待ってくれないんだ!! どうして……私からあの人を奪うんだ!!」

「そこに不老不死があるからさ! お前が妹紅と会うより前に、俺はあいつの不老不死を見初めた!! いつか必ず斬ってみせると、誰でもない妹紅に誓ったんだよ!!」

 

 慧音の激情に応えるように剣鬼の刃が鋭さを増していく。

 対話の形などとうに捨てている。互いの感情をぶつけ合うだけの子供じみたケンカの形だ。

 

 だからこそ、そこに込められている感情には一つの偽りも存在しない。虚飾を全て剥ぎ取り、真に残ったものだけが彼らの口をついて出る。

 

「お前が憎い!! 私から妹紅を奪おうとするお前が何よりも憎い!! 妹紅の視線を独り占め出来るお前が妬ましい!! ――こんなことを考える自分の醜悪さにいっそ消えたくなる!!」

「俺はあいつを斬る!! お前という障害を斬り伏せ、後ろの連中も全て排除して!! 俺の剣は――不老不死を斬れるのだと証明してみせる!!」

 

 剣鬼の斬撃がついに慧音の弾幕を消し散らす。

 弾幕の向こうにあった慧音の姿は髪を振り乱し、叫び続けたためか肩で息をして、それでもなお眼光だけは鋭くこちらを睨みつけてくる壮絶な有り様であった。

 だが、戦う前の――自分の感情に蓋をしていた時の顔よりも、余程好感が持てる顔だった。思わず惚れそうになってしまう。

 

「ようやく見つけたぜぇ――!!」

 

 足に力を入れ、跳躍。身動きの取れない上空に身を晒すが、それでも罠で足を取られるのは避けたかった。

 もはや油断など微塵もない。彼女の前まで近づく必要があるということは、慧音にも何かしら行動を行う余地を与えているに等しい。

 

 相討ち覚悟の特攻を仕掛けてきてもおかしくない。剣鬼は慧音で止まる訳にはいかないが、慧音は剣鬼を止められるならそれで良いのだ。

 

「これが最後の罠だ、とくと味わえ――!!」

 

 どこにそんな力を残していたのか、と思えるほど高密度の弾幕が剣鬼の眼前に出現する(・・・・)

 視界が全て弾幕で埋め尽くされたことに剣鬼は目を見開くが、口元には楽しげな笑みが貼り付いていた。

 

(咄嗟に用意できる規模じゃない! だとすれば――こうなることを読んでいたな!!)

 

 あれほど激情に駆られ、大規模な弾幕を生み出し続けていたその影で、彼女は冷静さを失わず着々と最後の一刺しとも呼べる鬼札を用意していたのだ。

 いつからこの光景を予見していたのか、いやそんなことはどうでも良い。ただ、わかっていることとして――

 

 

 

 この弾幕ごと慧音を斬らなければ、負けるのは自分であるということだ。

 

 

 

「オオォ――!」

 

 この一瞬、剣鬼は妹紅のことも不老不死のことも何もかも忘却の彼方に放り投げ、慧音ただ一人を思い、見据えていた。

 振るわれた斬撃は決して生涯最高のものでもなく、また彼にとって満足の行くものでもない。

 しかし――上白沢慧音ただ一人を斬るために生み出された一太刀であった。

 

 

 

 

 

 静寂――思いの丈をぶちまけた騒がしい戦いが終焉を迎える。

 剣鬼は刀を振り抜いた姿勢で、慧音と背中合わせに立っていた。

 残心を解き、静かに刀を収める。と、その時だった。

 

「……なぜ、殺さない」

「その方が難しかったから。それに本命は妹紅だ」

 

 はぁ、とため息が聞こえてくる。

 

「悪鬼羅刹め。私にあんな醜い感情をさらけ出させて、その上で生かすか。なんて屈辱だ」

「そこは責任持てんよ。感情の方向までは誘導しちゃいない」

「口の減らない男だ。やはり私はお前が大嫌いだ」

「そうかい」

 

 再び静寂。話が終わったのだと思い、剣鬼が妹紅を探して歩き出そうとしたところで、再度後ろから声が発せられる。

 

「妹紅は永遠亭に連れて行った。結界が張られているが、お前なら強引に斬り開くだろう」

 

 後ろに首を傾けると、汗と砂埃に塗れてくすんだ色になっている細い腕が竹林の方角を指していた。

 

「へぇ、どういう風の吹き回しだ?」

「うるさい。私とて敗者の宿命くらい理解している」

「嘘だな。お前さんは何も語らず殺せと言うタイプだ」

 

 ぐっ、と息を呑む音が聞こえる。どうやら図星のようだ。

 あえて無言になって彼女の返事を待つ。やがて、本当に嫌な男だ、という言葉とともに返答が来る。

 

「……少しだけ、妹紅の気持ちがわかった気がしたから」

「ほう」

「うるさい、もう言わんぞ。さっさと行け。私は眠いんだ」

「……ま、これ以上いじめるのはやめておくかね」

 

 竹林へ足を向け、剣鬼は歩き始める。

 その姿を慧音はどこか穏やかな心持ちで見送り、内心でつぶやく。

 

 

 

 

 

 ――お前の剣で死ぬのなら、悪くないと思ってしまったんだ。

 

 

 

 

 

 ひたむきに自分だけを見て、自分のためだけに生み出された一太刀に、不覚にも見惚れてしまったのだ。

 

 意識の糸が静かに斬れていく。日が昇るまで目は覚めないだろう。

 明日はひどい有様だろうな、と慧音はありありと予測できる未来に苦笑して、膝から崩れ落ちるのであった。




はい、ここからラストバトルです。まだ続きます。さて、どういった流れにしようかな(オイ

囚われのお姫様(もこたん)を助けに行く(斬るとルビを振る)主人公だと思えばきっと王道。
王道(真顔)



けーね先生は割りと複雑な感情を持て余している感じです。剣鬼に対する嫉妬や憎悪だけでなく、そんな自分に対する嫌悪や妹紅に対する独占欲やらかなりごちゃまぜ。ヤンデレ気質? だいたい合ってる(真顔)





※ここから独り言。おかしいな、なんかゆかりんがヒロインっぽくなっている気がする(・_・;)
 ……まあ何度も書いてあるように、剣鬼という個人を好きになる意味ではありませんが。もしそんな人がいたら殺し愛待ったなし。

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