剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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酷い腹の風邪を引いて遅れました申し訳ありません。


鬼は少女の成長を希う

 長い階段を登り切って白玉楼に到着すると、剣鬼は門の前に佇む一人の女性を見つけた。

 

 桜色の髪、血の通っていない白い肌。天冠をあしらった帽子。普段は優雅に物事を見る視線は、今はやや鋭く細められて剣鬼に向けられている。

 

「よう、幽々子。久しぶり」

 

 白玉楼の主――西行寺幽々子に対し、剣鬼は久方ぶりの友人に会うような気安さで声をかけた。

 

「……紫から聞いていたわ。あの子、妖忌がいなくなってからここであなたの話をしなくなったのに」

 

 前はあなたの愚痴ばかりだった、と他愛ない話をしながらも幽々子の視線は細められたまま。

 

「ふぅん。そこはどうでも良いわ。とりあえず妖夢を寝かせたいから布団用意してくれ」

「……目、覚ますんでしょうね。妖忌みたいなことになったら今度こそ――」

「殺さねえよ。妖忌の頼みを終えるまでは絶対に」

「……こっちよ。着いて来て」

 

 白玉楼の中に入っていく幽々子の後ろ姿を見ながら、剣鬼は嫌われたものだと皮肉げに口元を歪めるのであった。

 

 

 

 

 

 妖夢を寝かせ、剣鬼は縁側で桜見物をしていた。

 毒酒を呷りながら妖夢が目覚めるのを待つ。

 

「……そんな場所で見てないで、こっちに来たらどうだ?」

「あら、バレてた?」

「隠す気もないくせによく言う。回りくどいのは嫌いなんだ。言いたいことがあるならこっち来て言え」

 

 酒を飲む自分を盗み見ていた幽々子を呼ぶと、彼女はやや警戒した様子で剣鬼から距離を取って腰を下ろす。

 

「取って食やしねえっての。お前さんは戦う存在でもないし、さして興味もない」

「…………」

「……妖忌を殺した奴の言うことなんか信じられないか。別にいいさ」

 

 好かれたい相手というわけでもない。嫌われるよりは好かれる方が良いが、彼女の家族である妖忌を殺した以上、幽々子の不興は受け入れるべきものだ。

 

「……そうじゃないのよ。あなたと妖忌のことについては、私なりに決着をつけたつもり。勝負を望んだのは妖忌で、私や妖夢では彼を止める楔になれなかった」

 

 と、思っていたのだが、幽々子は剣鬼を恨んではいないようだ。

 思うところが皆無というわけではないだろうが、いつまでも引きずってはいない。そんなところだと剣鬼には感じられた。

 

「ふぅん。まあいいさ。……そういや、最後に会った時は妖夢に追いかけられてロクに話もできてなかったな」

「妖夢に凄い形相で追い掛け回されていたわね。あの時素直に逃げたのは相手が妖忌の孫だから?」

「妖忌の遺言絡みだ」

 

 さらりと答える。妖夢には余計な混乱を与えないように黙っているが、幽々子相手ならば問題はない。

 

「……どういう遺言なのか、中身を聞いてもいいかしら」

「妖夢に言わないこと。それが絶対条件だ。飲めないなら言えない」

「……妖夢が、私のところからいなくならない?」

「保証しない」

 

 なにせ遺言の内容が妖夢を妖忌を超える剣士にして欲しいという代物なのだ。その過程で幽々子の元を離れる可能性は否定出来ない。

 

「ああ、いいや面倒臭い。言うだけ言うからどう動くかは好きにしろよ。――妖忌を超える剣士にして欲しいと頼まれた」

 

 考えた結果、自分は後一年持たずに死ぬのだから後のことまで考えていられないことに気付く。

 

「……妖忌に?」

「おう」

「……私や妖夢よりもあなたを選んだ妖忌が、妖夢に同じ道を歩んで欲しいと?」

「俺が頼まれたのは剣士として面倒を見られる限り見るというだけだ。その辺はお前に任せるって言ってたぞ」

「男って……」

 

 なんてバカなんだろう、と言わんばかりに幽々子は目元を覆う。

 その様子を見て、剣鬼もほんの少しだけ幽々子に同情の視線を向ける。

 

「同情はしてやるよ。あいつ、死ぬ間際に自分がどれだけ大事なものを切り捨ててしまったのかって嘆いていたくせに、俺に頼んだのは孫娘に剣を見せろ、だからな」

「でも、大事なものだって言ってくれたの……。少し、救われるわね」

 

 前に訪ねた時は幽々子と二人で話す時間など殆どなかったため、妖忌の死に際なども伝えそびれていた。

 

「とはいえ、俺は剣以外何もできん。教えるのも正直得意じゃない。だから妖夢がどんな剣士になるのか全く予想つかん」

 

 憎しみで瞳を紅く染めた狂気の剣を振るうのか。はたまた感情を振り払い、確固たる理性によって制御された剣を振るうのか。

 剣鬼は強ければどちらでも構わなかった。それが自らの努力によって積み上げたものならば否定はしない。

 

「目標にはなる。少なくとも今の俺を越える剣士になれば妖忌は確実に越えている。その過程で妖夢がどう転ぶか、それはお前の手腕にかかっているというわけだ」

「今の妖夢にするだけでも苦労したのよ? 妖忌の言葉を変に曲解して来る人来る人、問答無用で斬りかかりそうになっていた時期もあったわ」

「なんだそりゃ、辻斬とかおっかねえな」

「あなたがそれを言う!?」

「俺は斬る相手は見極める方だ。んな無差別に斬っても時間のムダムダ」

 

 斬れるとわかっている存在を百遍斬るよりも、斬れるかわからない存在に一度挑戦する方が意味がある。それが剣鬼の考え方であった。

 

「まあ無駄だとは思うが、間違いだとは思わん。俺がやらない手法では強くなれないと決まっているわけでもなし。第一、お前が止めたんだろ?」

「それはそうよ。あんな姿の妖夢なんて妖忌も見たくないと思っていたけど……ちょっと妖忌が信じられなくなって来たわ……」

「そこはご愁傷様と言ってやるよ。あいつも自分が死ぬからって図々しい頼みをするもんだ」

 

 どう取り繕っても自分は孫娘の面倒を見れないのだから、せめて他人に託すと言えば聞こえも良いが、実態は幽々子を見ていればわかるというものだ。

 

「あなたも妖忌と同じよ。剣以外の全部を私に投げているんですから」

「ハハハッ、俺に剣以外をやれってのが無茶だ」

 

 剣術一つにしか力を注いでいない人生を歩んできたのだ。今更他のことなど出来るはずもない。

 

「さて、妖忌の言葉は伝えたな。妖夢を止めるも止めないも好きにしろ。止まるかは妖夢次第だし、俺は俺で好きにやる。次は俺の用事だ」

「あら、本命はそっち?」

「おう。妖忌の言葉は伝えそびれていたから伝えただけだ。で、今日来た用事ってのは――」

 

 剣鬼は自らの抱える事情を包み隠さず幽々子に話す。妖夢にも同じ説明をしたのだから、二度手間になっているのが面倒だったがここは仕方がない。

 話を聞いている幽々子は瞑目し、伺える表情からどのような感情が渦巻いているのか、剣鬼でも読み切れなかった。

 

「……とまあ、こんな感じでな。ああ、妖夢にも言ったが、幻想郷に定住してもすぐそばの死が一週間後ぐらいに延びる程度にしかならん。もう根本的な部分にガタが来ている」

 

 幻想が否定されつつある外の世界に居続け、鬼の身体にとって最大級の毒である神便鬼毒酒を常飲し続けた。剣鬼個人の感想としては、ここまで生きられたことが奇跡に近いというものだ。

 話を最後まで聞いた幽々子は静かに瞼を開けて、そっとため息を零す。

 

「……男の人って、勝手よね。妖忌は私たちでなく、あなたを選んだ。あなたという剣士に挑むことが私たちより大事だった」

「後悔はしてたぞ」

「一緒よ。いくら嘆いたところで覆水盆に返らず。彼はあなたを選んで、二度と会えない遠くへ逝ってしまった。そしてあなたも、仇として憎む時間すら満足に与えず消えていってしまう……」

「……百年は生きてやったんだ。人間ならおぎゃあと生まれた赤ん坊が爺さんになってとうに死んでいる時間だ。そこまでは知らん」

「あなただってそうよ。死んだら悲しむ人がいるというのに、剣以外の道を歩むことだって出来たでしょうに」

 

 妖忌に飛んでいた非難が自分にも飛んできた、と剣鬼は面倒そうな顔を隠さない。

 普通ならとっとと逃げ出すか、適当にあしらって話を終わらせるところだが、あいにくと今は二人きり。しかも剣鬼は妖夢が起きるまで待つ必要があった。

 なのでこの時間も酒の肴になると自分に言い聞かせながら、気怠げに口を開く。

 

「そんな昔の話なんて覚えてねえよ。たらればに興味はないし、俺が死んで悲しむ奴なんていねえって」

 

 孤独な生き方とは違うが、剣鬼が愛した存在は殆どが彼の手で斬られている。

 剣の鬼とはそういう存在なのだ。斬りたいが故に愛する。愛するが故に斬りたい。そんな存在の死が、誰かに悲しみをもたらすなどあり得ない。

 

「紫はどうなのかしら。私とあなた、共通の友人だと思うけれど」

「当人に聞けばいいさ。きっと鬼の首を取ったように罵詈雑言が溢れ出ることだろうよ」

 

 もうすぐこの命は消えてなくなるのだから、文字通り鬼の首を取ったことになるではないか、と剣鬼は意図せず言った洒落に含み笑いを零す。

 対照的に幽々子は笑っていなかった。妖夢のことで警戒していた時と同等、いやそれ以上に厳しい視線で剣鬼を見据えている。

 

「……やっぱり、男ってバカね。残される人の気持ちなんて全然考えないんですもの」

 

 幽々子は剣鬼のことよりも、友人である紫の心情を慮る。

 妖忌が健在だった頃、時々紫は酒を片手に剣鬼への愚痴を言いに来ていたものだ。

 出るわ出るわ罵倒の嵐。よくもまあそこまで悪口を言えるものだと、一周回って面白くすらあった。

 

 あの時の彼女は間違っても友人への話をしているものではなかったが、それでも。それでも、僅かに楽しそうであったのを幽々子は見ていた。

 本当に嫌な相手ならば、紫は彼を嫌っている連中を焚き付けて諸共に潰しているだろう。彼女ならそれぐらい容易く出来るはずだ。

 それをしないということは、少なくとも剣鬼に迷惑をかけられることをある程度許容しているに他ならない。剣鬼はそれに気づいているのかどうか。

 

 ……恐らく気づいているのだろう。この男と話した回数はそんなに多くないが、粗野な振る舞いながらも言動には確かな知性がある。決して頭は悪くないはずだ。

 

「俺がバカなのは認めよう。バカだから残される人よりも自分の感情を優先させるんだよ」

「開き直るの? もう……」

「あーはいはい。俺が悪うございました」

 

 自分の生き方がバカであることは認めるが、それはそれとして小言を言われるのは勘弁願いたい剣鬼であった。

 幽々子から逃げるように顔を背け、毒酒を飲む。

 それを横から見ていた幽々子もどこからか盃を取り出し、自前の酒を注いで楚々と飲み始める。

 

「……あなたを前にすると色々と言っちゃうわね。言わないと決めておいたことまでつい口に出ちゃう。紫もこうして落としたのかしら」

「…………」

 

 絶対違うだろ、と思ったが口に出すのも面倒だった。

 

(気のおけない仲間、なんて上等なもんじゃないな。犬猫に秘密を打ち明けてるようなもんだ)

 

 少し悲しくなりそうな分析だが、結構的を射ていると剣鬼は思っている。

 本音を引き出していると言えば聞こえは良いものの、こんな男相手には表面を取り繕うことすらしたくない、という方が近いはずだ。

 

 そうしてしばらく、剣鬼が幽々子の積もり積もった妖忌や妖夢に対する愚痴を聞かされ、それをのらりくらりと受け流しながら酒を飲んでいると、ふと後ろに慣れた気配を覚える。

 

「…………」

「殺意が漏れてるぞ。まあ落ち着け」

 

 振り返るまでもなく誰がいるかはわかっていた。どすどすとうるさい足音に剣鬼は首だけを傾けてそちらを見る。

 石段で会った時と変わらず二刀を携えた姿で、妖夢は盛大に顔をしかめてこちらを睨みつける。

 

「……帰ってなかったのか」

「言ったろ、頂を見せるって。さっきのあれは慣らしも兼ねてわざと多く見せたんだ」

「……あれで、か」

 

 剣鬼の手元から無数の光が発せられるのは、妖夢の目から見ても理解することが出来た。

 

 だが、それだけだ。あれが斬撃であるのは何となくわかるが、手元すら見えていなかった。

 あれが実際に命を奪うために放たれていたら、反応すらままならずに屍を晒すだろう。

 

「さて、幽々子の愚痴を聞くのも飽きたところだ。妖夢、表に出ろ」

「お前を斬るチャンスなんだな?」

「それはどうかね」

 

 軽い足取りで縁側から降り立ち、玉砂利を踏みしめながら多少開けた場所に行くと、剣鬼はゆらりと刀を抜く。

 剣鬼が抜刀した姿を見て、妖夢の腕が微かに震える。

 

「……っ!」

「次は俺も本気だ。妖忌を斬った剣、お前に全て見せてやる」

 

 目を細め、妖夢のみを対象にした威圧を放つ。

 それを受けた妖夢は意識せず足が一歩下がり、無表情を保とうとしている頬に汗が一筋流れ落ちる。

 

「……どうした、来ないのか」

「っ、この程度!」

 

 怒りで塗り潰した――わけではない。怒りだけで通じる相手でないことは先ほど、嫌というほど思い知らされた。

 

 だが、それでも。それでも魂魄妖忌の剣に斬れぬものなどないのだと、証明するためにはこの男は避けて通れないのだ。

 

 歩を進め、幽々子の隣を通り過ぎようとした時、幽々子からの言葉がかかる。

 

「――妖夢」

「……大丈夫です、とは言えない不甲斐ない従者をお許し下さい」

「違うわよ、妖夢。ここで言うべき言葉はそれじゃないわ」

 

 ゆるゆると首を横に振る幽々子に、妖夢は首を傾げる。

 

「妖忌は一人で彼と戦ったことを悔いていた。あなたが彼の剣を受け継ぐのは止めないわ。――でも、妖忌と同じ道だけは歩まないで。……絶対に私のところへ帰ってきて」

「幽々子様……」

 

 僅かに懇願の色すら見える主の言葉に、妖夢は驚きながらも喜びが胸に広がるのを感じる。

 自分の命は自分一人のものではないのだと――帰りを待つ人がいるのだと、改めて理解させられた。

 今この瞬間、妖夢の瞳から恐怖は完全に消え、あるのは心地よい高揚感と背中に感じる主の暖かな視線のみ。

 

「ふぅん……」

 

 剣鬼はその光景を眺め、どこか納得した顔になる。

 石段で戦った時に妖夢は勇気を持つことが出来ると評価したが、やはりそれは正しいようだ。

 

 

 

 恐怖とは何の理由もなしに克服出来るものではない。打ち克つには何らかの理由が必要になる。

 先ほどの戦いでは祖父の剣に対する誇り。今は――守るべき主が後ろにいること。

 

 

 

(後ろに何かがある方が強くなる。そういう類の資質。妖忌、喜べ。お前の孫娘は俺にもお前にもないものを持っている)

 

 主の信を背に受け、こちらに歩み寄る妖夢の姿に目を細める。細めた目は静かに閉じられ瞑目へと変わり、意識を本気のそれへと切り替える。

 

「――さて」

 

 次に口を開いた時、剣鬼の顔に相手を試すそれはなく、真剣に向かい合う気迫に満ちたものになっていた。

 

「石段の時と言い、二度も試すような真似をしたことを詫びるぜ。認めよう、魂魄妖夢。お前は確かに一廉の剣士だ。だからこそ、手は抜かん」

「…………」

 

 返答はない。二振りの刀を携え、妖夢はどんな隙すらも見逃さないと真剣に剣鬼を睨みつけている。

 それでよい、と剣鬼は内心で笑みを浮かべて軽く一歩を踏み出す。

 

「じゃあ――死に物狂いで戦え」

 

 振るわれた刃が妖夢の反応すら許さず皮膚を斬り裂く。

 血は出ない。下に隠れる血管も筋肉も一切傷つけず、皮膚のみを斬る刃。

 

「っ!?」

 

 自身の身体に起こったことに気付き、妖夢が距離を取ろうとするが、それに追いすがるように剣鬼が踏み込む。

 

「ふぅっ!!」

 

 僅かな呼気に含まれる裂帛の気合と共に、二刀を振るう隙を与えない無数の斬撃が妖夢へ迫る。

 

(防げ……ない!)

 

 二刀を振るい防ごうとしても、どういう理屈か剣鬼の刃は防御をすり抜けて妖夢の皮膚を斬っていく。

 それが卓越した技量と足捌きによって作り出されたものであることに、妖夢は薄々と気づくものの、対策が立てられないそれに歯噛みする。

 

(血も、痛みすらない。あるのは冷たい刃が走るおぞましい感覚だけ! これが……師匠を殺した刃!)

 

 私的な好悪は別として、認めねばならない。

 剣術に関してだけは手放しで褒め称えるべきものであり、魂魄妖忌を討った刃に僅かな迷いも邪気も存在しないことを。

 

 などと内心で驚愕する間にも妖夢の身体には無数の赤い線が引かれていく。皮膚の下にある薄赤い肉が微かに顔をのぞかせていた。

 足捌きで避けても、二刀を振るって防ごうとしても、彼女の動きを全て読み切っているように剣鬼の刃が面白いように妖夢の肌を傷つけていく。

 

「こ、のぉ!!」

 

 ならば、と妖夢は前進を選ぶことにした。下がっても斬られ、防ごうとしても斬られる。だったら前にしか活路はないじゃないか、と半ば自棄になった結論ではあったが。

 

 向こうは本気の剣術で戦ってくれているが、殺す気がないのは皮膚ばかり斬っていることから明白だ。これを強者の余裕と取るか、身の程を弁えない者の愚行とするかは、妖夢の剣にかかっている。

 

 妖忌の剣と同じ太刀筋の二刀を振るう。石段で遭遇した時は白楼剣――迷いを断ち切る剣で、殺傷能力はない――を持っていたため一刀でしか戦えなかったが、今は違う。

 

「ハアアアアァァァッ!!」

 

 振るう、振るう、振るう。右の長刀を振った隙を消すように左の短刀を突き出し、そうして出来た左の隙を右の刃で阻む。

 端的に言ってしまえば、実によく練られた剣術だった。当人の真面目な気質も相まって一日たりとも鍛錬を欠かさず、それなりの場数を踏んできた剣士にしか出せない熟達した剣術。

 

(年齢を鑑みりゃ相応……微妙に実戦経験が少ないか? 幻想郷の冥界じゃ無理もないな)

 

 その実態を剣鬼は正確に分析する。同じ剣を扱う者であるがゆえに妖夢の技量がどの程度なのか、ここからどのように伸びるのか、どう伸ばしていくべきか。手に取るように理解できた。

 理解できている以上、その隙を縫って妖夢の肌だけを斬り続けることは剣鬼にとって、さほど難易度の高いことではなかった。

 

「そら」

「っ!」

 

 そして今もまた生まれた隙に斬撃を差し込み、少女の白い肌に細い傷をつけていくと同時にここからの流れを思考する。

 

(実戦経験は……要らんな。あれは極論、当人の対応力を上げるだけだ。様々な相手と戦えば嫌でも伸びるが――こいつには必要ない)

 

 石段で言っていたではないか。剣鬼ただ一人を斬れればそれで良いのだと。

 ならば必要なのは経験ではない。彼女の目に鮮烈に焼き付いて離れず、そして必ず乗り越えなければならない壁を置いてやることだ。

 

「ハッ!!」

「っと」

 

 徐々に鋭さを増していく妖夢の斬撃を、それでも危うげなく回避し、距離を取る。

 刀を握る手に力がこもる。もはや彼女の皮膚だけを斬って彼我の実力差を教える必要はない。

 

「――次で決める。普通に受ければ気絶。下手に受ければ死。上手く受ければ……俺に一太刀入れられるかもしれない」

「…………」

 

 戦闘の場において口を開く剣鬼に、妖夢は下手に突撃することなく二刀を油断なく構える。

 この男相手に待機も突撃も差はないが、ないからこそ自分が納得できる行動をしておきたかった。

 

「脇構えからの首狙い。刀で受けようなんて真似をすれば刀ごと首をもらう。ここまで言ったんだ、しっかり防げ。でないと――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。なんと言いたかったのか、わからなくなっていた。

 ジャリ、と玉砂利を踏みしめる乾いた音が響く。

 攻めは剣鬼。無表情な顔の裡に渦巻く感情は期待の狂喜か、あるい失望させてくれるなという懇願か、剣鬼自身にもわからなかった。

 

 そんな当人でさえ把握できない心とは裏腹に、肉体は一分のズレもなく精密に動く。宣言通り、首を狙った斬撃が奔り――

 

「ここ、だああぁぁぁぁっ!!」

 

 負けじと妖夢が二刀を構えて突進してくる光景をどこか他人事のように眺めながら、両者が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 剣鬼は幽々子の前に、再び倒れた妖夢を抱えて歩み寄る。

 

「寝かせてやってくれ。かなり疲労したはずだ」

「……無事、みたいね」

 

 幽々子は妖夢の容態を見て、皮膚に薄っすらとした線が無数に走っていること以外に目立った怪我がないことに安堵する。

 

「私にはあなたが優勢で、妖夢が頑張っているとしか見えなかったけど、あなたから見て妖夢はどうなの?」

「強くなる。妖忌とは違った強さだ。良い従者を持ったよ、お前さんは」

「――当然よ。私の大切な妖夢ですもの」

 

 手放しで妖夢を褒める剣鬼に、幽々子も誇らしげな顔になる。

 

「目が覚めたら伝えておいてくれ。――あの一太刀を越えた時が妖忌を、俺を越える時だと」

「あら、起きるのを待たないの?」

 

 幽々子の問いかけに、剣鬼は少年のようにはにかんだ笑みを見せた。

 

「今、こいつが起きたら斬ってしまいそうだ」

 

 笑みと共に出てきた言葉はとても少年が口に出すようなものではなかったが。

 

「……そう。だったら顔を合わせない方がいいわね」

「そういうこった。妖忌の約束もあるしな。今のうちに別れた方が良い。……ああ、最後に一つ」

 

 剣鬼は頬を親指で拭う――妖夢の剣が付けた傷から流れる赤い液体を。

 

 

 

 

 

「――見事也。お前の剣は確かに俺に届いていたぞ」




剣鬼から見て、みょんちゃんは可能性に満ちた存在です。
この子は強くなる→でも俺見届けられないじゃん→仕方ない鮮烈な一太刀を残して手向けにしよう。
という考えです。ちなみに最後の最後で評価を爆上げ(斬りたい対象にランクアップ)した模様。

ちなみに幽々子様はみょんちゃんが知らないところで褒めるスタイルです。



Q.剣鬼と相性の良い相手って?
A.戦わせてくれる相手。剣鬼の得意な距離で戦いを挑む時点でだいぶ絶望的。


Q.相性の悪い相手は?
A.戦わせてくれない相手。要するに白兵戦に持ち込ませず、罠や知謀でハメ殺すなり、遠距離から一方的に撃たれると為す術がない。

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