剣鬼の歩く幻想郷   作:右に倣え

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剣の鬼と半人前の剣士

「……ん」

 

 目を開くと、そこは紫から借り受けた部屋の中だった。

 布団から身を起こし、枕元に置いてある刀を手に取る。

 

「ずいぶんと懐かしい夢だったな……」

 

 妖忌との戦いは剣鬼にとっても実に心躍るものであった。彼以上の剣士と戦える機会は、剣鬼の残された時間の中で訪れることはもうないだろう。

 可能性としては妖忌の孫娘に一定以上見出しているが、哀しきかな。彼女が大成するのを剣鬼が見届けることは出来ない。

 

 剣士として純粋に技を競える時間はあの時が最後のようだ。妖忌との戦いを夢に見たことで、不思議と確信があった。

 

「…………」

 

 対等の剣士は自身の生涯でもう現れない。その事実を一瞬の瞑目とともに受け止め、剣鬼は立ち上がる。

 残念ではあるが、仕方がない。剣が振れなくなったわけでもなし、何より斬りたいものがなくなるわけでもない。

 

「素振り、やるか」

 

 誰も隣に立つことがなくても、剣鬼は自身の求める剣の果てを目指し続ける。

 例え行き着く先が破滅であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間ほど夢で見たような足捌きも加えた素振りをして、剣鬼は紫と朝食を食べていた。

 

「それで今日はどっちに行くつもり?」

「白玉楼の方だ。妹紅の方には改めて果たし状を書く」

「果たし状? あなた、手紙なんて書けるの?」

「心配はそこか」

 

 少しだけ苦笑してしまう。剣術以外何も出来ないと思っているのではないだろうか。

 

「問題ねえよ。面倒なのは事実だから代筆してくれてもいいぜ」

「やらないわよ。でも、少し意外ね。彼女の家に押しかけて斬るだけじゃダメなの?」

「それじゃ周りの連中が納得しないだろうさ」

 

 昨日話していた永遠亭の住人。そして妹紅の面倒を見ているのか、妹紅に面倒を見てもらっているのか、恐らく持ちつ持たれつの人里の守護者。

 妹紅の周囲には色々と人がいるのを剣鬼は知っていた。彼女らの手が届かないところで物事が終わっていた、というのも味気ない。

 

「……本心は?」

「斬りたいものへの障害は多い方が燃える」

 

 それ以外の障害は邪魔なだけである。

 一切の躊躇なく断言した剣鬼に、紫はため息を隠さない。というより、この男と行動していてため息をつかない時の方が少ない。

 

「……念を押すけど、殺さないでよ」

「気をつけよう。さて」

 

 朝食を食べ終え、剣鬼は立ち上がる。

 

「スキマを白玉楼に繋げろ。お前は来なくていいぞ」

「行かないわよ。あなたと一緒にいるところを妖夢に見られたら面倒どころの話じゃないわ」

 

 まだ朝食を食べている紫が軽く手を振ると、剣鬼の足元にスキマが開かれる。

 剣鬼は迷うことなく踏み込み、スキマの中へ身を投じたのであった。

 

 

 

「……さて、別にスキマを開いてあいつの行動を監視しないと。誰の言葉も聞かない奴って本当に面倒なのよね……。藍に任せてしまいたいけど……」

 

 紫は頭痛を堪えるように額に手を当てる。自分の手足でもある式――八雲藍に任せたいのは山々なのだが、剣鬼は藍に毛嫌いされている。

 敬愛する主の頭痛の種を好きになる方がおかしいのだが、とにかく異様に剣鬼は藍に嫌われていた。

 ……主のために剣鬼を排除しようとして、返り討ちにあったのだ。しかも服だけを斬り取られて放置されるという屈辱まで受けて。嫌われて――否、恨まれて当然だった。

 

 なお、剣鬼曰く、

 

『術師型。目の前で悠長に札なんて取り出してりゃいくらでも斬れる。面白くないから返す』

 

 とのことだった。もしも藍が剣鬼の琴線に触れるような力量を持っていたら、と思うとぞっとする。

 あれ以来、紫は藍と剣鬼の顔を合わせることだけは頑なに避け続けた。手塩にかけて育てた式をみすみす死地に送りたくはないのだ。

 

 このような事情があるため、藍は使えない。ただでさえ剣鬼が騒動を起こすのだ。余計なリスクまで背負いたくはなかった。

 

「……終わったら寝ましょう」

 

 三日くらい何も考えずに。そうだそうしようそれが良い、と紫は今後の予定を決めると、すっかり冷めてしまった朝食の残りを片づけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 スキマに身を投じた剣鬼は僅かな落下時間の後、石段の上に着地する。

 冥界に続く階段であることは、視界の果てまで続いている桜並木が教えてくれた。

 ここから白玉楼までどの程度の距離かは不明だが、恐らく遠いところだろうと剣鬼は推測する。

 

(嫌がらせできるチャンスなんだから、俺が紫の立場だったらそうする)

 

 あまり自慢できない根拠であった。真上からぽすんとオマケのように落ちてきた編み笠をかぶり直して、旅装束と同じ風体を取る。

 しかしここまで運んでもらった以上、向こうは頼まれた仕事を最低限ながらこなしている。文句を言うのは筋違いだと剣鬼は自分を納得させると、長い長い階段を歩き始めた。

 

「しかし、ふむ……」

 

 足を動かす以外にすることがないため桜を見上げながらの道中、剣鬼はその光景に思わず感心の声を上げる。

 桜の花びらがゆるゆると風に舞い、石段の灰と草の緑の中でよく映えていた。

 ここまで見事な桜並木というのは外の世界でも余程の有名どころでしか拝めないだろう。

 剣を振ることとは全く関係のないことだが、それでも素晴らしい風景を見て何の感慨も抱かないわけではない。

 

 瓢箪の毒酒を呷る。もはや癖のようなものであるが、こういった景色の中で呑むと気分が良い。

 酒の肴はこれから相対する相手が、どの程度強くなっているかの予想だけで十分だった。

 

(あの時に顔を合わせて以来だな)

 

 妖忌が半人前と言っていたように、未熟も未熟だった覚えしかない。未だ、剣鬼が名を呼ぶには至らない存在だ。

 あれから数十年。どう転んでいるかは不明だが、自分のことを忘れはしないだろう。後はその場での対応で精神を煽るか抉るか決めよう。

 

 くつくつと妖夢の憤怒を想像して笑いをこらえるその姿は、正しく悪鬼のそれだった。

 

 

 

 そうしてしばらく白玉楼への階段を登っていた時だ。

 そろそろ終わりが見えるか、と思いながら足を止めずに石段を登ろうとして――

 

「――っ」

 

 気配を感じ、その場を飛び退く。

 直後、剣鬼の立っていた場所が長刀で石畳ごと薙ぎ払われる。

 

「ほう、いきなり来るか」

 

 剣鬼は石段の上に佇む、妖忌と同じ髪の色を持つ少女に目を向ける。

 顔は地面に向かっているためうかがい知れない。しかし、それが怒りと憎しみに彩られていることは想像に難くない。その事実が剣鬼を喜ばせる。

 

「久々だな。忘れられちゃいないかと不安になって来てやったぜ」

「――黙れ、下郎」

 

 少女はその場から動かずに刃を振るう。

 通常であれば届くはずのない距離。しかし彼女の斬撃はそんな道理を覆す。

 風を切って空を飛ぶ斬撃が刃から生まれ、剣鬼に向かう。

 

「ふむ」

 

 剣鬼は自分に迫る斬撃を見て目を細め、その性質を僅かな時間で見極めようとする。

 

(妖力を乗せた斬撃。対人より対妖怪向け。――妖忌が俺を相手にするなら絶対使わない。一発芸だな)

 

 一回、それも不意打ちならば多少の効果はある。剣鬼は飛ぶ斬撃に対してそう評価した。

 

こんなもの(・・・・・)で死ぬような奴に負けるほど、お前の師匠は弱かったのか?)

 

 編み笠に届く辺りまで来た斬撃を、剣鬼は睨むだけでかき消す。芸に対しては芸を。剣鬼にとって今の斬撃はその程度のものだった。

 

「……やはり、これでは届かないか」

 

 救いは斬撃を放った当人も、今の攻撃で殺せるとは思っていなかったことか。

 この攻撃が必殺である、と言われた日にはちょっと本気で痛めつけてやることを考えなければならなかった。

 

「当然だな。今の剣では妖忌を超えるのも先が長そうだ」

「…………」

 

 少女は取り合わずに長刀を構え直す。

 ここで戦うのも悪くはないが、今回はその前に要件を済ませる必要があった。

 

「まあ落ち着け。お前の剣の在り方にケチつける気はないが、俺から話すことがある」

「私にはありません」

「俺がもうすぐ死ぬとしても?」

 

 仇として憎む相手の死。少女が関心を示さざるをえないものを投げ込み、様子を見る。

 無視して襲い掛かってくるようならば、一度彼女を気絶させて白玉楼の主に話を通した方が早くなる。

 なるべく当人に話したいので、出来れば聞いてもらえる方がありがたいが……。

 

「……話しなさい」

 

 どうやら剣鬼の願っていた方向に進んでくれるようだ。

 剣鬼は次に外の世界に出た時が自分の死ぬ時であること。そして幻想郷に戻ることがもうないため、思い残すことをなくそうとしていることを包み隠さず伝えた。

 

 少女――魂魄妖夢はそれを瞑目して聞き終え、口を開く。

 

「……幻想郷に残ればお前は生きられるのか」

「無理だな。多少は生き永らえるかもしれんが、せいぜい一年延びるかどうかってところだろうさ」

 

 すでに坂を落ち始めているのだ。それが緩やかになったところで、底まで落ちることは変わらない。

 

 

 

「――ふざけるなぁっ!!!」

 

 

 

 案の定と言うべきか、妖夢は烈火のごとき怒りを剣鬼に叩きつける。

 

「師匠を殺したお前が! 私の手の届かないところで死ぬなど認めない!! お前は私が殺すんだ!!」

「…………」

 

 この反応は予想できていたことでもある。剣鬼は目を細め、一瞬だけ思案に耽る。

 

(さて、どうするか……。幻想郷に残ったところで焼け石に水。それに……)

 

 死ぬ時は人間の行く末を見届けられる場所で死にたい。それは妖怪のためとはいえ、人間の歩みを遅らせている幻想郷ではなく、外の世界以外に在り得ない。

 

(言って聞く様子はない。当然っちゃ当然か。となると……)

 

 やることは決まっている。剣鬼は口元を釣り上げ、妖夢に手を向ける。

 

「剣士に必要なのは口じゃぁない。俺に恨みを募らせるのは結構なことだし、お前さんの怒りにも理解を示すが――だったら、どうすればいいかなんてわかりきっているだろ?」

 

 

 

 己の剣で意思を通せ。気に入らない未来など斬って捨ててしまえ。お前にその力があるならば――!

 

 

 

「……シャッ!!」

 

 返答は斬撃だった。それで良いと剣鬼は笑みを深め、刃の範囲から逃れるように後ろへ跳躍する。

 戦うこと自体に文句はないが、いかんせん場所が場所だ。石段の上と下。やりにくいことこの上ない。

 自分が強者相手に挑むのならばこの程度のハンデ喜んで背負うのだが、今回は事情が違う。

 

 何せ殺しにかかってくる妖夢をあしらい、なおかつ気付かれないように指導し、その上で彼女の憎しみを適度に煽って恨みを募らせてもらえれば理想的。

 戦いの中で行う作業のため全部が全部上手くいくとは思っていないが、大体の段取りとしてはこうなる。

 妖忌に頼まれた頂を見せるのは後で行う。下手に今やって彼女の戦意を喪失させてしまっては元も子もない。

 

(ええい、戦で相手の状態を気遣うなんて殆どやったことないぞ!)

 

 面倒なことを頼みやがって、と内心で妖忌に恨み節をつぶやきながら、踊り場のやや広い場所に着地。そこで妖夢を迎え撃つことに決める。

 

 すでに妖夢は牽制の飛ぶ斬撃を二つ三つと連続して放っていた。

 眼前まで迫り来るそれを、剣鬼は刹那の思考とともに威圧を放って打ち消す。

 

(効果がないことは向こうもわかっているはず。なら――)

 

 目的は違う場所にある。そう判断した剣鬼は素早く視線を――閉じる。

 

「っ!?」

「そこ」

 

 剣鬼の行いが予想の埒外だったのだろう。微かに息を呑む音が剣鬼の耳に届く。それだけでどこから来るのかは簡単に読める。

 目を閉じたまま長刀――楼観剣による払いを屈んで回避。すると必然的に、距離を詰めていた妖夢の懐に潜り込むことになる。

 剣鬼は楼観剣を持つ右手の肩を軽く押してやり、向こうから距離を取らせる。

 

「くっ! ……今のは殺せる距離だ。なぜ殺さない」

 

 僅かにたたらを踏み、それでも階段の上を陣取ろうとする妖夢に剣鬼は禍々しい笑みを見せる。

 

「そりゃお前――いつでも殺せる奴を今殺す必要なんてないだろ?」

「……っ!! 貴、様ァ――――――!!」

 

 激情に呑まれるように妖夢の目が赤に染まっていく。煽った剣鬼が思うのもあれだが、ちょっと挑発に乗りやすすぎやしないだろうか。

 

(まあ激情に呑まれようと強くなればそれで構わんが)

 

 理性の剣と本能の剣。強ければどっちだろうと構わないというのが剣鬼の考えである。

 それが自分で磨き抜いたものであり、なおかつ相手を殺せるものであるならば問題はない。

 剣に正しいだの間違いだのは存在しない。勝者が正しく、敗者が間違っている。それだけの世界であるというのが剣鬼の持論だった。

 

「ほらほら、怒るのも結構だが、叫ぶだけじゃ俺は殺せねえぞ」

「はぁっ!!」

 

 妖夢の姿が弾かれたように消える。剣鬼の目では追い切れない速度。

 若いだけあって身体能力は大したものである。総合的な運動能力はひょっとしたら妖忌を凌ぐかもしれない。

 が――

 

「俺はここだぞ? どこ見て剣振ってんだ」

 

 剣鬼の積み上げた経験が、妖夢の放ってくるであろう斬撃を完璧に予測する。

 妖夢は身体能力を活かした体術を仕掛けて、本命の斬撃を当てようとするものの、剣鬼にことごとく見抜かれ、決して広いとは言えない踊り場の上から離れることなく対処されてしまう。

 銀の剣閃が風を巻き上げ、地に伏す桜の花びらを吹き散らして無数の斬撃が剣鬼に迫るが、編み笠に触れることすら許さなかった。

 

「遅すぎて欠伸が出るな。妖忌はもっと速かったぜ?」

「こ、の……っ!!」

 

 妖夢の剣に粗はいくらでもある。が、それを言ったところで憎き仇である剣鬼の言葉に耳を貸すとも思えない。

 とりあえず煽りながら、剣鬼はそれとなく動きの指導を開始する。

 

 無駄の多い動きをした時のみ攻撃を仕掛け、軽く腕や肩を叩くのだ。

 妖夢にしてみれば屈辱以外の何物でもないだろうが、そこは弱い自分が悪いとしか言いようがない。

 

(動きが大振り。刃に遊びがない。ついでに言えばこいつ二刀流が本領だろ。妖忌とは別の剣でも学んだか?)

 

 などと考えながらも、剣鬼の身体は妖夢の身体を的確に打ち据える。

 数分もしないうちに妖夢と剣鬼の間には決定的な差が生まれようとしていた。

 

 

 

(届かない……!!)

 

 妖夢は心底歯がゆい思いをしながら、それでも諦めることなく斬撃を剣鬼の首目掛けて放ち続けていた。

 だが、心の何処かではすでにこの男に対して勝てないのではないか、と思い始めているのも事実。

 

「はっ!!」

「どこ狙ってんだ? もう後ろに回り込んじまったぞ?」

「くっ!」

 

 いくらフェイントを織り交ぜても、いくら牽制しても、剣鬼は当たり前のように見抜いてくる。激しく動いているはずなのに、どこか散歩のような気安さすら感じる。

 

 日々鍛錬に勤しんできた。尊敬する師であり、愛する祖父であった妖忌の命を奪った憎き仇が、今なおどこかで生きている。

 その情報だけで妖夢が狂気に身を浸すには十分だった。なのに――影すら踏めない。

 

「届け……!」

 

 憎い。自分の無力が。

 

「届いて……!」

 

 悔しい。自分の無力が。

 

「届いてよぉ……!!」

 

 いくら斬ろうとしても、嘲笑うように避けられてしまう己の無力が悔しくて仕方ない。

 心が萎えかけたのを見抜かれたのだろう。力の入らなかった斬撃を剣鬼が親指と人差指で掴み取る。

 

「ぇ……」

「…………」

 

 至近距離でこちらを見下ろす剣鬼の目は険しい。失望の色すら滲ませたそれに、妖夢は裡に渦巻いていた怒りの炎を根こそぎ吹き飛ばされてしまう。

 

 怖い。目の前の男が怖い。

 怒りが妖夢の目を曇らせていた。それは確かに敵の力量を計り損ねるデメリットを持つが――いかなる相手であろうと怯まず立ち向かえるメリットでもあったのだ。

 それがなくなった今、妖夢の心にあるのは寒風の吹き荒ぶ恐怖のみ。

 

 気分次第でいつでも殺される立場にいるのが怖いわけではない。それを言ったら主である西行寺幽々子の側仕えなど出来はしない。

 怖いのは――思い知ってしまうこと。

 

 自分と相手の格の違い。剣士としてのレベルの違い。――自分が決して追いつけない場所にいるのだと、理解してしまうこと。

 

 それがこの上なく怖かった。

 

「…………」

 

 こちらを見下ろす剣鬼の視線は何の感情も乗せておらず、路傍の石を見るようなもので、それが妖夢の恐怖を煽る。

 恐怖に耐えかね、視線を下ろしそうになったところで剣鬼が口を開く。

 

「……この程度か?」

「……っ、殺せばいいじゃない」

「憎まれ口を叩く余裕はありそうだ」

 

 鼻で笑われ、軽く腹部を蹴られて距離が空く。

 妖夢が見る剣鬼の姿は最初と変わらず、編み笠をかぶって悠然とこちらを見下ろしている。

 立ち姿に隙は見出だせない。己の剣が通じなかった今、ただ立っているだけの剣鬼の姿が大きく見えて仕方がない。

 

「……どうして」

「…………」

「どうして、届かないのよ……っ!! なんで、届く前にいなくなるのよ!! 届かない場所で剣を振ってる私を見て楽しい!?」

 

 激情が口をついて溢れ出る。祖父を討った仇に勝てない自分が悔しくて、目の奥で火花が散りそうだった。

 

「言いたいことはそれだけか?」

「っ、そうよ! 私に勝ち目なんて最初から存在しない。さっさと殺せばいい!」

「で?」

「で、って……」

「それで終わりか? どうせなら死ぬ間際に一矢報いてやろうとか思わないのか? お前の命は俺の胸先三寸。それは否定しないさ。

 だがな、掌の上にいるならそこから出ようと足掻くぐらいしろよ。普通に足掻いてダメなら普通じゃない方法を取れよ。

 ――妖忌は、勝ち目のない戦いだと言って諦めることはしなかったぞ」

 

 一息、剣鬼はそこで息をつく。

 

「ちっとは根性見せろ!! お前の剣が折れるってことは、妖忌の剣が負けるのと同じだぞ!! ――妖忌の顔に泥を塗る気か!!」

「……っ!」

 

 その叫びは苛立ちをぶつけるようでありながら、どこか懇願の響きもあるように聞こえてしまい、妖夢は脳天を金槌で殴られたような衝撃が走るのを感じる。

 

 そうだ、自分が剣鬼に挑もうとした理由は何だ。祖父が殺され、彼が下手人であると知った時だ。

 ならばどうして? 決まっている。自分の大切な人を永遠に手の届かない場所へ追いやった怒り以外に存在しない。

 刺し違えても仇を討つ。そう決心したではないか。

 

「……お前に言われるまでもない!! 師匠が鍛えたこの剣――お前さえ斬れればそれでいい!!」

 

 今の自分では命を捨てたところで剣鬼に届くとは思えない。しかし、どの道生殺与奪権が彼に握られているのなら、賭けてみるのもまた一興。

 そこまでやってなお届かない可能性は高い。その事実に対する恐怖は変わらない。

 

 変わらない以上――受け入れるしかないのだ。

 受け入れて、それでも前を見据える。敵が怖いという事実を見て、それでも剣鬼を斬るという目的だけは決して曲げてはいけない。

 少し目が曇っていたと自戒し、妖夢は改めて剣鬼と向かい合い、刃を振るっていく――

 

 

 

(……妖忌とは全然違うな。ま、当然と言えば当然か)

 

 勢いを増して振るわれる剣を避けつつ、剣鬼は内心で妖夢を改めて評価する。

 正直なところ、彼女には妖忌の孫娘以外の期待をしていたわけではなかった。彼女に対する期待とは、全て己と戦った妖忌への信頼から生まれたものであり、妖夢自身を見ていたのではない。

 

 しかし、今の彼女は違う。妖忌のように格上を相手にして喜び勇むような純度の高い剣士ではないが――恐怖を認め、その上で剣鬼を見据えることが出来る。

 

 人はそれを勇気と呼ぶ。それは剣鬼が決して持ち得ないものであり、尊ぶべき強さだ。

 

(ならば――)

 

 彼女が見せた強さに、剣鬼は報いる必要がある。剣鬼は妖夢を試し、想定とは多少違うものの、妖夢は見事に乗り越えてみせたのだ。

 

「はぁっ!!」

「っと!」

 

 力の一端を見せようとした時、妖夢の刃が剣鬼の編み笠に切れ込みを入れる。

 今のは本当に予想外だった。妖夢の実力ならば影すら踏ませない自信があったというのに。

 

(俺の傲慢と未熟、そして妖夢の底力だな)

 

 彼女への多大な賞賛を内心で行いながら、大きく距離を取って剣圧を飛ばす。少々会話がしたいので、今攻撃されるのは避けたかった。

 

「見事! いやいや、想像以上だ。妖忌もお前の成長を喜ぶだろうさ」

「…………」

 

 妖夢は無言で剣を構え直す。突進されては堪らないと剣鬼は剣圧を強め、妖夢と自身の間にある石畳に亀裂を入れる。

 

「お前の剣、堪能させてもらったぜ。これなら大丈夫か」

「……どういう意味?」

「妖忌の遺言だ。――お前に頂を見せてやる。まずは目を慣らせ」

「何を――っ!?」

 

 妖夢がその先を続けることは叶わなかった。彼女の立つ場所のみを切り取るように亀裂が石畳へと入っていき、移動を許さない。

 

「ぁ――」

 

 視線を上げた妖夢の目に飛び込んできたのは無数の光だった。それが剣鬼の手元で振っている刃が光を反射しているのだと理解できた時、すでに妖夢の意識は刈り取られていた。

 

「さて」

 

 意識の糸を斬り取った剣鬼は抜刀して敢えて見せびらかした(・・・・・・・・・・)刀を収めると、倒れ伏している妖夢の方へ歩み寄り、その華奢な身体を担ぎ上げる。

 

「後は幽々子に話を通して、場所変えて、俺の全部を見せるか」

 

 妖夢の目に超えるべき相手を焼き付けてもらう。妖忌を斬ったあの日より腕は更に上げた。その自分を超えたと確信した時が、彼女の仇討ちの終わる時。

 

 折れる心配はしていない。恐怖に慄き足を止めることはあっても、また前に進むことのできる勇気を持つ少女だ。

 

「……まあ、これでいいだろう」

 

 妖忌を超える純粋な剣士になるかはわからない。いや、恐らく妖忌と同じ道は歩まないだろう。

 しかし、彼女の剣士としての在り方は、剣術のために全てを捨てた剣鬼や妖忌などより余程尊く美しいもののはずだ。

 

 剣鬼は担いだ少女が大成する未来に思いを馳せて、微かに含み笑いを漏らしながら、剣鬼は白玉楼への階段を改めて登り始めるのであった。




剣鬼は恐怖が根本的にない(負けて死ぬ可能性の方が高い戦い=とても楽しい)ので、勇気というものを持つことが出来ません。ちなみに妖忌も同類です。

みょんちゃんはその点で言えばまだ感性が一般人よりなので、普通に怖がることもありますが、それを克服する=勇気を持つことが出来ます。剣鬼の評価ポイント結構高めの部分です。

幽々子様? つ、次の話には必ず……(震え声)





Q.もしもみょんちゃんが妖忌並みの感性だったら?
A.剣鬼大歓喜。但し幽々子様の胃に穴が開く(妖忌の忘れ形見まで喜び勇んで死地に行く性格とか泣くしかない)

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