フェイル   作:フクブチョー

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第三十五罪 獣を冠する少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの役に立ちたい。

 

そんな事を願う少女は人からこんな事を言われていた。

 

『あいつは頭のネジが外れている』

 

そう陰口を叩かれている事を少女は知っていた。そして自身にもその自覚はある。何をやってもドジばかりで、人に多くの迷惑をかけてきた。

しかし、とある事件をきっかけに頭のネジが抜けているからこそ、自身に殺しの才能がある事を知った少女はこの才能を活かし、人の役に立つため、軍の門を叩いた。

この自覚は間違っていない。頭のネジというものを感情と呼ぶのなら、このネジが抜けている事は殺しにおいて大きなメリットがある。

 

人を殺しても何とも思わないことができるということだ。

 

普通の人間がこの境地に至るまでには相当の慣れが必要になる。結局最後まで、その境地に至る事が出来ない人間もゴマンといる。

あの炎狼もその一人。自分の感情を捨てるという事が彼には最後まで出来なかった。コレがあるとないとでは実戦において大きな差が現れる。良心というのは意外にバカにならない枷なのだ。彼女には確かに殺しの才能があった。

 

しかし人生の大半を一般人として過ごした彼女は、当然即戦力ではなく、多くの兵士と訓練に放り込まれた。

才のおかげか、実力自体はメキメキと上がっていった。しかし当たり前だがドジが治ったわけではない。

訓練中に自身の不注意により事故を引き起こした少女、シェーレは牢獄の番に左遷されてしまったのだ。

 

もともと持ち前のドジのせいで軍では浮いた存在であった。環境が変わろうと人の言うことは変わらない。

 

『あいつは頭のネジが外れている』

 

 

 

 

小さな足音が闇の中で響く。地下へと続く長い階段を一人の少女が食器を持って駆けていく。

 

ーーーあっ…

 

器の中の食べ物が溢れそうになる。自分がドジな事を自覚している彼女はこぼさないように細心の注意を払っていた。日に三度、少女はこの家畜のエサ同然の食事を持って、階段を降りていく。

 

 

 

 

事故の後、少女は軍法会議にかけられた。その時、国のありようの疑問点を口にしてしまった少女は降格が決定。こうなってしまってはもう軍に彼女の居場所はない。

上司である男に、少女は監獄における世話係を任じられた。早い話が奴隷扱いである。足を引っ張る事も多かった少女のこの人事異動に安堵した者も少なくなかった。

 

この人事に少女も初めは理不尽を感じていた。そしてこの地下牢の世話係を奴隷に任せる理由もすぐにわかった。

この牢獄を支配しているのは本物の闇だった。帝都の夜など比較にならない、目の前にある自分の手のひらさえ見えない、まるで怪物に飲まれたような、光の一切がない、暗闇。

なるほど、普通の人間ならろくに進まないうちに竦み上がってしまい、動けなくなるだろう。しかしこの少女は少し普通とは違う。確かに恐ろしい暗闇だが、普通の人間ほど恐怖を感じてはいなかった。まさに適任。外れた頭のネジはこのような場でも役立つ事を知った。

 

不快に思いながらもこなしていた仕事だった。

しかし、ある日を境に少女の思いは大きく変わる。

 

いつものように仕事をしていた時、唐突に少女はとある男の世話をするように監獄の署長から命令された。

監獄にしては珍しく、署長は女性だった。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳を持つ見目麗しい女性なのだが、いつも額に目のようなものを付けている不思議な人。名前はリィという。いつも何かを耐えるように眉を顰めている人だった。

 

言われるがままにその男がいる牢へと食事を運んだ。最初は少女も不安だった。真っ暗な階段の最深部に位置するその牢獄に繋がれた人間とは一体どのような極悪人なのだろう、と。

 

そして少女はあの紅い瞳と出会う。

 

今まで見てきたどんな囚人とも違った。怒りや欲望にギラつく狂人でも、怯え、恐れ慄く敗者の姿でもなかった。ハタから見れば死人のような大怪我を負っているにも関わらず、その瞳は凛々しく光り、堂々とした気品溢れる姿が闇の中で光っていた。

 

ーーーーこんな人がいるなんて…

 

仕事を済ませた後、少女はすぐに署長の元へと向かった。一体彼はなんの罪を犯し、どんな理由であの牢獄に繋がれているのか、と。すると彼女は眉間のシワを更に深く刻みこむと、新聞紙を一枚こちらに寄越した。どうやらあの人に関わる情報が書いてあるらしい。しかし、字の読めない少女にこんなものを渡されても無用の長物だった。

 

「貴方はなんでこんな所に閉じ込められてるんですか?」

 

少女は意を決して男本人に聞いてみることにした。彼と口を聞くことは本来禁止されている。だが、こんな地獄の底のような場所で自分達の行動が見られているとも思えない。大罪人と話す事の恐怖はあった。この人ならば、あの頑丈な鎖や鉄の牢獄など簡単に破れるのではないかとさえ思った。そんな恐怖を彼の魅力と自身の好奇心が上回った。

 

「…………ああ、俺に話しかけてるのか」

 

男の反応は鈍かった。まさか自分に話しかけているとは思ってなかったのだろう。闇の中で声が響く。

 

「嬉しいな。退屈で死にそうだった所なんだ。お礼になんでも答えたいところなんだが、もう一度言ってくれないか?さっきのはあまりちゃんと聞いてなかった」

 

満身創痍の身体に似合わず、気力のある力強いテノールだった。こちらを怯えさせないよう、優しい声音を使っているのが伝わる。

 

「貴方はなんでこんな所に閉じ込められてるのですか?何か悪い事をしたのですか?」

「………ああ。女子供が聞いたら夜も眠れなくなる程悪い事いっぱいやった。だから此処に閉じ込められてるのさ」

 

話をしてみて、少女の疑念はますます深まる。人は彼の事を狂人だの鬼だの言うがそんな風にはとても見えない。理性と知性のある聡明な人としか思えなかった。

 

「でも、署長が言ってました……あの人は正しい事をしたから此処にいるんだって。でもこの国で正しい事をするのは罪なんだって」

「ほう、なかなか物が見える奴がいるみたいだな。だがなメガネちゃん。今のは少し間違っている。正しい事をするのが罪なんじゃない。弱い事が罪なのさ。この国じゃな」

 

そして俺は弱かったから此処にいる、と彼は答えた。帝国の兵士として戦ってきた少女は彼の言うこともわかる。しかし納得はしていない。弱いだけでこんな目に遭わされる人がいるなんてこと、あって良いはずがない。

 

「私は……誰かの為に役に立つ事がしたいんです」

「素晴らしい事だ。君のような人間がもっと増えればこの国もよくなるかもな」

「でもこの国は……一部の特権階級の人だけが守られてて……後はゴミ屑同然に扱われています。軍はもう民の為に戦う組織ではない」

「…………だろうなぁ」

「私は誰かの役に立ちたくて軍の門を叩いたのに……もう傷つけることしかしていませんでした」

「……………………」

「戈を止めると書いて、武。武術とは弱い人を守るための術だと私は教わりました」

「…………そうか」

「弱い事は本当に罪なんですか?武とは誰かを守る為にあるのではないのですか?」

 

一つ息を呑み、答えを待つ。この人ならば違う答えをくれるんじゃないか。そう期待して。

 

「そうだ。この国では弱い事は罪だ。所詮この世は弱肉強食。強い者が生き、弱い者が死ぬ。それはどんな世界でも変えられない絶対の真実だ。君が言っているのは願望ありきの甘ったれた戯言だ」

「…………そう、ですよね」

 

語られたのは無慈悲な言葉。突きつけられたのは残酷な真実。目尻に悔しさとやるせなさを湛え、俯く。

しかし、この男の言葉には続きがあった。

 

「だがそんなつまんねえ事言う奴より、甘ったれた戯言を実現しようとしている君の方が俺は好きだよ」

 

ハッと顔を上げる。見えた彼は血の跡で汚れていたが、笑顔だった。

 

「いつかその戯言が真実になる国がきっと来る。その時に備えて、君はもっと強く賢くなる事だ。そうすれば君の望みはきっと叶う」

 

話はそこで終わってしまった。とても意義のある会話だったが、結局彼が何をやったのか、具体的な事は聞けずじまいだ。

仕方ないので与えられた新聞を読もうとしたが、やはりにらめっこ以上の事は出来なかった。

 

「読めないならあの男に読み方を習ってみるといい。きっと教えてくれるはずだ。教育が好きな男だから」

 

にらめっこしかしない自分を見かねたのか、署長が打開策を教えてくれた。

正直そんな面倒な事をするより手っ取り早く署長の口から教えてもらいたかったのだが、虚言をペラペラと話すのは性に合わんと言って教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく底が見えてくる。この世の黒を全て集めたような闇の深淵。その中でか細く、けれど力強く煌めく紅い光が見える。その輝きを目指して少女は歩く速度を上げる。

誰かの役に立ちたいではなく、今は彼の役に立ちたいと思い、震える足を踏み出していく。

暗闇への恐怖を、無感情ではなく、温かな気持ちや期待によって乗り越え、歩き続けていた。

 

ーーー?

 

人の気配を感じ、階段の陰に隠れる。闇の中で何やら話し声が響いていた。

 

ーーー誰か、いる?

 

こんな所に自分以外の誰かが来るとは思わなかった。思わず隠れてしまう。しばらく息を殺して潜んでいると、重厚感ある足音が階段を上っていく。どうやら話は終わったようだ。

 

「もう出てきていいぞ。メシの時間だな?待ってたぜ、シェーレ」

 

掠れた声が響く。同時にジャラリと鎖が動いたような音がなる。明らかに自分に向けてかけられた声だ。螺旋階段から出て、あの紅い光に向かって歩みを進める。

 

堅固な鉄格子に閉ざされた牢獄の中、頑強な鎖で四肢をつながれているのは、赤い血で全身を化粧したやつれ果てた青年。数日前に死体同然の惨状で収監された男だ。

艶のない紅い前髪が掛かっており、素顔は隠れている。しかし時折見える目の光は、若き覇気で輝いていた。

 

「すみません、お待たせしました」

「なあに、こう見えて結構忙しい身でな。暇潰しには困ってねえよ」

「こんな所で暇なんて潰せるんですか?」

「ああ、勿論だとも。例えば、あとどれくらいでメシの時間かと予想したりな」

 

それで暇が潰せるとはとても思えませんが……

 

「失礼だな、籠の中の鳥だろうと、大空を夢見ることくらい出来る。それだけで十分時は過ごせるさ」

 

心の中で思っただけの事をこの男は正確に読み取る。

 

「あの………さっきの人は……?」

「俺の元上司だよ。勧誘されてたのさ。俺様ってば優秀だからな」

「その………檻に」

(つながれてる貴方がですか?)

「バッカ、優秀だからこそ恐れられて繋がれてんだよ。俺はこう見えてエリートだったんだぜ?」

 

この青年は凄まじく聡明で、この程度の簡単なやりとりなら言葉を発さなくても当意即妙に察してくれる。元々しゃべる事が得意ではないシェーレにとって、このようにまともに意思疎通出来る人間は貴重だった。

 

「さて、お喋りも良いがハラが減った。メシにしてくれ」

「あっ……はい!」

 

野菜クズと麦をドロドロになるまで煮込んだ、もう料理とすら呼べない代物。

服で手をよく拭って綺麗にすると、シェーレは直接器から掬って格子の間から差し出し、男に食べさせた。

こんな食事の方法は普通しないのだが、この男に関してはこうするしかないのだ。牢の中の彼にはどんな些細なものでも渡してはならない決まりがある。

両手両足鎖で繋がれているというのに警戒しすぎではないのかと普通思うが、仕方ない。この達人は如何なるものでも武器にする事が出来る。紙片一枚ですら、この男であれば鋭利な刃物へと変貌する。

だから匙も用意されておらず、器も格子をくぐらない程度の大きさのものだ。

 

「まあ仕方ない。さんざ狼と言われてきてはいるが、ホントに犬食いしたくはないからな」

 

気持ちはわかりすぎる。大の男がこんな食事のやり方をしなければならないというのは辛いだろう。

そして彼を不憫に思いつつ、少女は最近は役得と思ってたりする。傷ついた彼の精悍な顔はゾクリとする程魅力がある。その彼の唇に触れ、乗った食事を掬い取る為に指が口に含まれ、指の間を舌が這う。ぬめりとした感覚が手をくすぐる度に、シェーレには正体不明の甘い疼きに悩まされている。

 

「ご馳走様……」

 

こんな食事を日に三度。毎日繰り返している。そしてこの後、すでに恒例となった二人の秘め事がある。

 

「さて、昨日はどこまで教えたかな」

 

格子から手を出す。出血多量と栄養失調により痩せ衰えた乾いた掌。シェーレはロウソクを置き、彼の手に指を動かす。

 

(あ、い、う、え、お)

 

文字を一つずつ綴っていく。署長に言われたあの日から彼には字を習っていた。

 

「よし、アルファベットはもう大丈夫だな。じゃあ此処からは会話禁止。筆談だ」

 

しばらく文字のみで会話をする。体の調子はどうなのか。怪我の具合は大丈夫なのか。少女の指が綴った内容は彼を心配するものばかりだった。文の途中で指が止められる。

 

「違う、文法が間違ってる。こうだ」

 

鎖で制限された腕を何とか動かし、節くれだった指を格子から出す。彼の人差し指が自分の人差し指と重なる。指先どうしがくっついたまま、彼はゆっくりと正しい文法を伝えるべく指を動かす。

 

少女は自分の視線から字を綴るだけだが、彼は反対側から自分に教える為、こちらが見やすいように鏡文字を綴っている。一つ二つの文字なら誰にでも出来るが、文章となるとその難易度は跳ね上がる。しかし彼は何の淀みもなく、流麗に文字を綴った。

 

「まったく、お前さんは意外と覚えが悪いな。メガネしてる奴は頭良いというのは偏見だったか?」

「す、すみませ……」

 

申し訳なくなり、謝ろうとすると笑って首を横に振った。

 

「幸か不幸か、俺の弟子は物覚えのいい奴ばっかでな。こういう手のかかる教え子というのもまた違った可愛さがあると知った。お前とのこの時間は新鮮で面白い」

「…………」

 

褒められてるのか貶されてるのかわからない言葉だった。どういう顔をしていいのかわからない。

 

「さて、それじゃあもう一度最初から。ほら、指出せ」

「あっ……はい!」

 

それからしばらく、時を忘れて二人は文字を綴り続けた。シェーレは客観的に見ても優秀とは言えない生徒だったが、とても熱心で真面目な聴客だった。一文字一文字丁寧に紡いでいく。

 

───まるで鏡のような子だ

 

良くも悪くも純粋で、真っさらな子。だからか、こちらの誠意には誠意で返してくるし、ピッチを早めれば、相手もピッチを上げてくる。

あの三人の弟子たちはこうではなかった。三人ともそれぞれのペースを持っており、こちらが多少弛めようが早めようが、自身の持つ速度で歩む。才気のある奴はこのタイプが多い。他人がどうしようが関係ない。どこかマイペースなところがある。

 

ジュっと火が消え掛ける音が鳴った。音源を見てみるともうロウソクの残りが少なくなっている。これ以上やるとシェーレが帰れなくなる。

 

「よし、今日はココまで。続きはまた明日だ」

「…………はい」

 

少し肩を落として、食器を持ち、短くなったロウソクを掲げる。寂しそうな横顔が火に照らされた。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「…………また、教えてくれますか?」

「ああ、もちろん。君は俺にとって貴重な暇潰しだからな。まあ長くは教えてやれんだろうが心配するな。少なくともあの新聞が読めるようにはしてやる」

「…………はい」

 

少し顔に陰ができる。後ろめたさがある事は何となく伝わった。

 

小さな足音が闇の中に響く。手に持つ新聞の内容について、まだ全部はわからない。しかし見出しに書かれている事や、冒頭の記事のタイトルはもう読める。

 

仲間殺し、帝国へのクーデター計画、敵前逃亡、ほぼ全ての軍規違反の罪状がズラリと並べ立てられている。この新聞を読めるようにしてくださいと頼んだ時、書かれている内容は全て真実なのかを尋ねた。彼は自嘲するように一度笑うと、こう言った。

 

『何が書かれてるかはよく知らんが、まあ大抵本当のことだろう。あの頃の俺は今ほど丸くなかったからな』

 

最初はこの言葉を信じていた。唯一理解できる顔写真は確かに目の前の彼と同じ顔を写していたが、およそ人と呼べるような目をしていなかった。血走り、虚ろで、まるで長年壁にこびりついた血のようなドス黒い赤。この写真の人ならこんなことをしても不思議はないと思える狂人の目だった。

 

今はそんな事、カケラも思っていない。あのような紅玉の美しい瞳を持つ彼があんな事をするなど信じられない。失ってしまったかつての友人以外で初めて信じられる人だった。

しかし、その彼が、この新聞の内容は真実だと言った。もう何がなんだか、わからない。

 

分かっているのはたった一つ。自分が新聞を全て読めるようになるだけの時間は残されていないだろうという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人の少女は圧倒されていた。敵などにではない。当然だ。彼女たちが立っている場所は戦場などではないのだから。

 

「どうした、何をやっている。ぼーっとしていたら逸れるぞ」

 

先頭を歩くチサトが振り返る。三人が付いてきていない事に気づいたからだ。

 

「ち、ちょっと待って。人だらけで歩きにくくて……よくチサトはそんなスルスル歩けるね」

 

人の壁に阻まれながら、なんとか歩く。経験したことの無い空気に三人とも圧倒されていたのだ。

帝国第二の都、ラクロウ。あの栄えた都がまるで比較にならない、大都会。石畳に並び立つ屋敷。ところ狭しと建てられた店。一体どれ程の時間と文明を掛けて作られた物なのか。

 

───コレが帝都か!

 

普段冷静なタエコとファンすら平静を保てないでいる。いまこの世界で最も繁栄している都市だ……少なくとも、表向きは。この反応も無理ない事だった。

 

「急ぐぞ。まずはスラムに行く。私の拠点がまだ残っているはずだ」

 

かつてヴァリウスが退役したチサトのために用意した拠点だ。スラムの店などいつ荒れ果ててもおかしくないが、それでも区画というものが存在する。ヴァルが設えただけの事はあり、チサトの拠点はスラムの中でもかなり格式の高い場所だ。そう簡単に手出しは出来ない。半ば帝国が作ったアンダーグラウンド。ここに手出しするという事は帝国に叛逆する事と同義だ。

 

「そんな所に私達が入っていいの?姿を見せた途端、ガッチャンとかならない?」

 

チェルシーが手枷を嵌められたような仕草で手首を合わせる。半ば帝国の管理区に入るような事を言われたのだ。この懸念も当然だ。

 

「そのつもりなら帝都に入った時点で私達はとうにお縄だ。いくら管理してると言っても、ゴミ捨て場の管理をしているようなものだ。お偉方も利益以外は見ていない。それも当然だ。汚い物を進んで見たいと思う奴もいないからな」

 

───それに、あの女が私達に興味を示すとも思えんしな

 

あの場にはヴァルがいた。あの女の第一目的は彼だ。取り逃がしていたならともかく、捉えた今、自分達を手配することになんの意味もない。

 

「ーーん?」

 

馬の嘶きが響き渡る。同時に悲鳴も。

 

「なんの騒ぎだ?」

「サーカスか何かかなぁ?見に行こうよ!」

 

チサトが止める間も無く、チェルシーがファンの手を引き、音の発生源へと走る。ナジェンダの手紙の返事が来ない限り、まだ動けないと聞かされたからか、三人の心に少し余裕が出来たらしい。ファンもやれやれと言う表情を見せながらも2人についていった。

 

「よ、よせ三人共!見ない方が」

 

チサトが止めた時には、もう人垣をすり抜け、その現場にたどり着いてしまっていた。

 

「え………何、これ」

 

帝都のメインストリート。馬車が二台は通れそうな広い通りのど真ん中。みずぼらしい、痩せた少年が両手両足を縛られ、猿轡をした状態で打ち捨てられている。それだけならこんな人だかりは出来ないだろう。少年の視線の先に人を集めた最大の理由がある。

 

「あのひと、馬なんかに乗って、何するつもりなの……」

 

嗜虐的な笑みを浮かべ、少年を見下ろしているその人物は身なりは立派だ。それなりの地位の人物だと見受けられる。しかし、彼からは何人も見てきた、そして師に教えてもらったクズの匂いがした。

 

「まさか……」

「帝国の貴族が以前から行なっている悪趣味なゲームさ。自分の奴隷をああやって……」

 

そこから先を言葉にするのは流石のチサトも憚った。しかし意味は寸分の狂いなく三人に伝わる。

 

「止めなきゃ…」

「バカ!此処では暴れるなと厳命したはずだ!」

「でも!「コレが帝国の常識なんだ!怒るな!」

 

ファンの腕を掴んで止める。ここで暴れられては何のために帝都に来たのか分からない。

 

「私達は何をしに来た!あいつを助けに来たのだろう!これを成し遂げる事もはっきり言って至難の技だ!これ以上難易度を上げてどうする!」

「でも………でも……」

「大義のためには切り捨てなければいけない事もある。いずれこの国が滅ぶ時、奴も相応の罰を受ける。だから今は耐えろ」

 

ファンの手を握るチサトの腕も震えている。本心では奴を八つ裂きにしたい。けれど理性の力で必死に押しとどめているのだ。

 

蹄鉄の音がなる。距離をとることで勢いをつけ、思いっきり踏みつけようと言う魂胆なのだろう。倒れた奴隷も必死に抵抗する。その弾みでか、猿轡が外れた。

 

「ははは!いいぞもっと抵抗しろ!ゲームは難易度が高い方が面白い!」

「頭を踏めなきゃ負けですよ、兄上」

「ギャハハハ!」

 

下卑た笑い声が通りに響く。その下品な声を誰も止めようとしない。

 

ついに馬が走り始めた。一直線に倒れている奴隷に向かって走り出す。

 

「た、助けて……誰か」

 

奴隷が取り巻いている人垣に助けを求める。誰もが目を合わせないように視線を地に伏せた。

 

「たすけてぇええええええ!!!」

 

 

プツリと、何かが切れた。

 

 

グシャリ。

 

何かが潰れる湿った音がする。誰もが奴隷が踏みつけられた音だと思った。さすがに現場を直接見る勇気はなかった者たちが、視線を再び奴隷へと戻す。しかし見えたのは予想していたものとは違っていた。

 

少年の拘束は槍を持った黒髪の少女に外されていた。少年を守るように腰に細身の剣を差した美女が立っており、茶髪の少女は馬が動かないように見えない何かで縛っている。そして馬上にいたはずの貴族が胸に赤い斬撃の跡を残し、落馬していた。湿った音の正体はコレだったのだ。剣を鞘に収める音が甲高く響き渡る。

 

「バカ者どもが……」

 

小さな呟きだったが、静寂が辺りを支配していたためか、よく響いた。

 

「ゴメン……貴方が言う事もよくんかるけど……」

「コレを仕方ないと見逃してしまったら、私達は…」

「あの人に顔向け出来なくなる」

 

ワッとざわめきが再び戻った。それは歓声のようにも、悲鳴のようにも聞こえた。

 

「き、貴様ら!よくも兄上を手にかけたな!帝国の貴族である我々に手を出せばどうなるか」

 

懐から銃を取り出そうとした男の言葉が途中で止まる。銃を持った腕ごとタエコが切断した。

 

「ファン!早くその子を!」

「わかってる!君、大丈夫?走れる?」

「あ、貴方たちは……」

「ただの通りすがり……さて、逃げるにしてもどこに行くか」

「そりゃあスラムしかないだろうね」

 

三人とは違う声が会話に入って来た。貴族の護衛と戦っているタエコを除いて新手に目を向ける。2人とも武器を構えた。

 

「そんな物騒な物向けないでよ。私は貴方たちの味方だよ。あんたらがやらなきゃ私がヤッてた」

「…………貴方、誰?」

 

ナイフを構えたチェルシーが油断なく間合いを詰める。現れた人物が只者でないことは本能が察していた。

 

───強い人特有のヤバイ人の気配……野生の獣を相手にしてるような、そんな錯覚。多分先生と同種の人間…

 

金色の髪に豊満な肢体を持つ美女にチェルシーが持った第一印象は師とどこか似ている、だった。

 

「私の名はレオーネ。スラムじゃちょっとは名の知れた女さ」

 

 

 

 

 

 




後書きです。レオーネ登場!さぁどうやって話に収集つけよう……エンディングがまるで思いつかない。手探り手探り書いていきます。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです

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