設えられた帝国宮殿の一室。決して華美というわけではないが、立派な部屋だ。家具はすべて揃っているし、広さも一人が住んでいるとは思えないほど広い。この不景気の世でこれほどの部屋を帝国から与えられているというだけで、ここの住人の位の高さが伺いしれる。
そんな部屋の住人は今一通の書状を握りしめ、唇を噛んでいる。内容は宮殿内部への手引きを嘆願したものだった。
ーーーー出来るわけないではないか
灰色髪を三つ編みに束ねた麗人、ナジェンダは悔しさに口から血を滲ませている。
手紙の主とは顔見知り程度の仲だが、彼女が助けようとしている人物に関して、ナジェンダは顔見知りどころではない感情があった。
ヴァリウスの逮捕はもちろん彼女の耳にも届いている。帝国の欺瞞情報が高らかに宣伝されている事もだ。怒りも感じている。地団駄を踏む思いだ。
それでも、今自分が動く事はできない。ようやく整い始めた帝国からの離反計画。慎重に事を進め続け、自分に従ってくれる部隊をまとめ上げ、遂に行動に移す計画が成りつつある時に起こった事件だった。
ここで今、下手に自分が動くわけにはいかない。能力を買われて若くしてのし上がった彼女だったが、ただでさえその清廉な振る舞いのせいで帝国では疎まれており、離反の疑いを持たれた事もある。計画のためにここ数年は大人しくしていた。その甲斐あって、計画も遂行寸前まで進んでいる。今、不審な行動をしてしまえば計画に支障が出る可能性は多分にある。それはわが身の破滅を招くだけでなく、自分についてくると言ってくれた部下達も全て台無しにしてしまう事になる。
出来ない………でも……
書状をもう一度見る。熱意溢れる文面だ。何としても彼を助けるという気概が文字を見るだけで感じ取れる。
ーーーーヴァリウス副将軍………
ナジェンダは彼の事をずっと以前から知っていた。初めて会った頃を思い出す。まだ彼の方が自分より階級が高かった頃だ。
『何?失態をおかした?』
帝都の警備の指揮を執っていたナジェンダの部下は自身の判断によって本来されていた指示とは違う行動を取った。そして結果は惨敗。惨憺たる状況となってしまった。直属の上司であったナジェンダは全軍の指揮を執っていたヴァリウスに報告に上がった。
『この度の失敗。責任者の解雇は避けられないかと』
『ダメだ。現場の判断を責めることなど出来ないだろう。俺だって似たような事は何度もしてきた』
『ヴァリウス様の場合は正しい判断でした。貴方の英断によって軍が救われた事は数え切れません』
『結果論さ。博打もあったんだぜ。彼を責める事は少なくとも俺には出来ないなぁ』
『しかし、それでは帝都の民達の追求が……』
『責任の取り方は一つじゃない』
軍服を着て、執務室の椅子から立ち上がる。
『彼には厳重注意を。警備を担当していた都民への陳謝は俺がしよう』
この一言を聞いた時、ナジェンダは耳を疑った。今までの上官はできるだけ自身に責任が及ばないように、なすりつけるなど当たり前だったし、酷いものには自身が被害者となるために罪をでっち上げる者さえいたからだ。
『ぐ、軍の末端の失敗にヴァリウス様が頭を下げては帝国軍全体のイメージが…』
『一時的な損失など恐れるな。現場の責は指揮官にある。ここの指揮官は俺だ。そして指揮官は部下がいてくれて始めて意味が生まれる。お前も覚えておけ。国とは人こそが財産であり、信用とは積み重ねだ。民がいなくして軍はありえない。責任を果たす事が俺の仕事だ』
その揺るぎない背中と民に慕われる彼の姿は今でも鮮明に覚えている。いつか自分も下の者を守れる、彼のような民に慕われる軍人となろうと決意はあの時芽生えた。あの人は覚えていないかもしれないけれど、あの後、彼の指揮下を離れるまで、何度か手ほどきと教えを受けた。筋が良いと褒めてもらえた。あの時の震えるような喜びの疼きが今でも体に残っている。
何年もあの人は副将軍の地位にとどまっていたため、三年前には自分の方が階級は上になってしまったが、彼を尊敬する心は今でも全く変わっていない。助けたいという思いは誰よりある。
ーーーーせめて、あと一月早ければ……
まだこちらも手を回せたのに……
ーーーいや、まだ判断するのは早い。せめて一度、彼女達に会ってみよう。それぐらいの事は出来る。行動を決めるのはチサト達の意思と計画を聞いてからだ。
立ち上がり、部屋を出る。時間を作るための根回しをしなければならなかった。
▼
帝国には現在、最強と目されている人物が3名いる。帝都に住まう人間ならば、全員がこの3名の名を挙げられるだろう。
まず真っ先に上がる名がエスデス。現在帝都で最も人気と実力を兼ね備えているカリスマ。その苛烈さは誰もが知っているはずなのに、実際訓練で死人すら出ているというのに、彼女の軍への志願者は後を絶たない。
2人目はかつてエスデスの陰に隠れていたおかげで、3年前の知名度はさほどでもなかったが、この3年間で帝国中に轟いた悪名。あの一騎当千の鬼揃いのエスデス軍相手に千人斬りを果たし、脱走した最凶の凶手、ヴァリウス。
どちらもここ数年で現れた天才の名だ。帝都の民にとっては記憶に新しい戦士。
しかし、この2人の知名度を遥かに上回る人物がもう1人いる。古くからの帝都の民ならば先の2人よりまず真っ先に上がるであろう男。ここ数年で名を挙げた2人とは違い、長年最強と呼ばれ続けた武人。
それこそがブドー。帝国唯一の大将軍にして、名実共に帝国軍の頂点に君臨し続ける武人である。
▼
「副将軍」
壮年の男が燃えるような緋色の髪を背中まで伸ばした長髪の青年を呼び止める。
「…大将軍」
虚ろな赤の瞳が彼を捉える。その淀んだ色を見て、男は息を飲んだ。
凛々しい軍服に身を包んだ長身痩躯の青年が振り返った。整った顔立ちはこけており、目元にはクマが出来ている。軍人にはこのような男がたまにいる。人を殺す事に慣れ、疲れ、感情を殺してしまった者。初めて彼に会った時の彼の輝きはもう見る影もない。今はまるで凝り固まった血のようなドス黒い赤だ。
「昇進の話、断ったそうだな」
「……ええ、まぁ」
何度かヴァリウスの元へ届いていた将軍職への推薦。これを彼は全て断っていた。
「何故だ?将軍と副将軍では扱える権力に大きな差がある。いつまでもサブの地位に甘んじているお前ではないだろう」
「生憎……これ以上この国で偉くなる気はちょっと起きないんですよ」
「……あの女の為か?」
「まあ、半分は」
昇官の話を断る事ができる理由の一つとして、エスデスが彼を手元から離したがらないというのがあった。いくら他者からの推薦があっても、本人の意思と直属の上官の意思が同じであれば、それを突っぱねることができる。
「もう半分は?」
「秘密です」
ため息をつくのを必死で堪える。この数年で何度この人からこの問いをされたかわからない。事情を話しても良いのだが、堅物のこの人にこの手の話をするのは面倒だ。
「話はそれだけですか?」
「……これからバン族の討伐に出ると聞いたのでな。少し様子を見に来たのもある」
ウソではない。まさか十万の帝国軍が一万のバン族に敗れるとは流石に大臣も思っていなかった為、この遠征はかなり急に決定された。軍の編成を預かる彼には相当の無茶振りがされた事だろう。それでも完璧な編成をやってのけた事は先ほどこの目で見て確認した。
「編成は完了していたようだな、良くやった」
「いえ、慣れておりますので大した事では。ではこれで」
敬礼をして、踵を返す。まだやる事は残っている。早く向かわなければならない。
「ヴァリウス」
副将軍ではなく、名前で呼んだ。そういう時は大将軍としてではなく、手解きをした1人の師として話をする事を意味する。
「いま少し耐えろ。外の害虫の駆除が終われば内部のクズの掃除に移る。お前の力はその時こそ必要になる」
武門の名門の当主として、政には口を出してこなかったブドーだが、いまの帝国の現状は放置できるものではなかった。
彼が薄汚い仕事や意に沿わぬ冷酷な虐殺に手を染めている事も知っている。心情は察して余りある。
「正しい帝国を私とお前、2人の手で取り戻す。それまでは任務に励み、自身の地位を少なくとも将軍までは上げておけ。お前が偉くなる事がこの国を救う事だと思えよ」
話は終わったと思ったのか、振り返る事なく歩き始める。
ーーーー申し訳ありませんが、それはありえませんよ、大将軍。
心中で先の答えの返事をする。
この国でこれ以上偉くなってしまったら……俺はもう俺でいられなくなるだろうから。
▼
灯りひとつない闇の中、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。重厚感のある音だ。それでいて力強く、無駄がない。相当な実力者だと足音だけでわかる。
浅く沈めていた意識が覚醒していく。体を動かそうとするも上手くいかない。体の自由は四肢に巻きつけられた鎖によって縛られていた。両腕は吊るされている。牢獄の中でここまで厳重な拘束がされる囚人は流石に珍しい。しかし、彼を知る者であればこの厳重な拘束は当然と断ずるだろう。いや、コレでも緩いというかもしれない。
「また随分と手酷くやられたな」
「これはこれは……」
比較的明るい声が聞こえてきたため、ブドーは少し驚いた。どうやら見た目よりはかなり余裕があるらしい。擬態かもしれないが、それでも擬態するだけの余力はあるという事だ。
そして少し驚いているのはヴァリウスも同じだった。足音で只者ではない事は分かっていたが、まさか帝国の武の頂点がこの国で最も低い場所に赴いてくるとは思わなかった。
「生きていたか、ヴァリウス」
「お久しぶりです、ブドー大将軍」
牢獄の前に立つのは筋骨隆々とした壮年の男。かつてはヴァリウスすら尊敬を払っていた武の頂点。
「お前と会うのはバン族の遠征出立前以来か。まさかお前と再び会うのに3年も掛かるとは思っていなかったぞ。それもこんな場所になるとはな」
「予感はしていたでしょう?」
「脱走する予感はしていなかった。重圧と理不尽に潰れてしまいそうな予感はしていたがな」
遠征の前にワザワザ自分を訪ねに来ていた事を思い出す。今思えば、心配されていたのだろう。そして見事に裏切った。
「で?今日は何の御用で?」
「貴様と腹を割って話をしに来た」
ドカリと座り込み、目線を合わせてくる。逃げる事も、偽る事も許さない、頑固オヤジの目。これは長くなりそうだと予感する。同時に笑みもこぼれた。久々に拝む彼の目が少しおかしかった。
「何故だ?何故貴様ほどの男が、あのようなバカな真似をした?」
「さあ?何でとかどうしてとか、あの時はそんな理性的な事を考えられる頭ではなかったのでね」
本音だ。後先を考えての行動ではなかった。ただ、自分の我儘を押し通しただけ。正しさなど欠片もない。
「言い訳を期待していたなら申し訳ありません。貴方に赦しをもらえるだけの理由はないですよ」
「ヴァリウス、貴様は聡明だ。貴様ほどバランスの良い男を、私は見た事がない。そのお前が、なぜ遠からずこうなるとわかっていて、このような行動に出たんだ」
「……………」
「お前のその腕と未来を無駄にするような真似をした?」
「…………無駄になどしていない」
紅玉の瞳がブドーを真っ直ぐ見つめる。その目を見てブドーは息を呑んだ。
「未来に掛けてきた」
闇の中で爛々と赤い光が放たれる。その輝きはまさに紅玉。立派な軍服に身を包み、凛としていたあの時には見られなかったあの輝きが、このような満身創痍、血みどろの姿になって戻っている。ブドーが彼と出会ったばかりの頃に見た、あの輝きが戻っていた。
「あなたこそいつまでオネストの暴走を許している。もう武官だなんだは言ってられる状況ではない。外の敵にばかり目を向けていてはいずれ帝国は内部から腐り落ちるぞ」
「だが今ヤツを処断すれば確実に帝国に混乱を招く。その間に外から攻撃を受ければそれこそ帝国は崩壊する」
「ブドー、貴方も大将軍なら大局をみろ。もう領地の一つや二つを気にしている状況ではないんだ」
彼が今言っている事は、死に至る病に罹っているというのに感染性の皮膚病を気にしているようなものだ。感染を引き起こす病原の対策をしているうちに癌の進行は容赦なく進む。
「皮膚病で起こる壊死の一つや二つくれてやれ。心臓さえ止まらなければ皮膚病は治す余地があるが、内部で生じる病は手遅れになってしまったらもう死ぬしかなくなるぞ」
「帝国は強い。千年の時を重ねて積み上げられた我が国はそう簡単には滅びん。内部からはな。だがいかに頑強な城壁でもアリの穴から崩れる事もある。外敵に対する万難を排してからでも、内部の改革は間に合う」
「軍人の本質を思い出せ。外敵を排除する事が軍の役割ではない。自国の防衛が何よりも優先すべき軍の仕事だろう。千年の時を経て国が積み重なっていると貴方は言うが、それは違う。この国はもうどうしようもないほど老朽化してしまったんだ」
いつの間にか高度な政治の話となっている。お互いを説得をしようとしているからだろう。ブドーもヴァリウスも舌戦をするつもりは無かったのだが、国や民を思うからこそ議論となってしまった。
「だがそれも当然だろう、なにせ千年、この国は歳を重ねてきたんだ。それだけ歳を食えば老いて朽ちても仕方ない。故に帝国は仕組みそのものを変えなければならない時が来ているんだ。時の為政者達はその事を知っていた。時代に応じて、国の有り様を変えてきた。だからこそ、千年という時をこの国は永らえたんだ」
「…………」
黙り込む。言っていることの正しさは武官の彼でも理解できた。
「だが如何に偉大な為政者でもいずれは死ぬ。そしてその次にそんな為政者が出るとは限らない……いや、帝国が繁栄する定めにあるのなら出たのだろう。人物を生み出すのは天命だ。それは歴史が証明している。だが今、この国にそんな政治家はいない。国を治める人材は減り続けているのに、武に優れた人物は現れる。まるで帝国を滅ぼすべき人材を次々と生み出すかのように、な」
歴史に名を残すような偉人が現れるのは決まって時代の節目だ。平穏な時にそんな人物はまず現れない。人を生み出すのは天の気まぐれだ。時代が必要としているからこそ、才気ある人物が現れる。
「もう時代の流れが、天命がこの国は一度滅びなければならないと言っているんだ。腐った木から湧き出てくる無限の虫をすべて駆除する事など出来はしない。木ごと焼きはらうってんなら話は別だが、それでは今の幼い陛下もろとも焼き殺す事になってしまう」
「貴様……」
「怒るな、俺がそうしたいと言っているわけじゃない。俺個人としてはそこまではするべきではないと思っているんだ。もし国が滅ぼされたとしても、民は残る。国がなくなりでもすればもっとも困るのは言うまでもなく帝国民達だ。滅ぼすところまでしてしまってはせっかく鍛え上げてきた貴方の近衛も潰れてしまう。内戦の乱で国が疲弊してしまえば、それこそ外部の侵入を許す事になる。帝国の、特に軍閥の力は必要だと俺は思っている。だがこのままでは永遠に内乱は続くぞ」
「乱を恐れて、国の改革がなるか。佞臣が減っていけばいつかはこの国も正道を歩むだろう」
「矛盾しているぞブドー。乱を起こさせないための外敵の排除じゃなかったのか?それにその道はあまりに危うい。貴方は純粋すぎる」
正道を歩んできた弊害か、彼は政治に関して無知だ。
「外敵の完全排除など、今の帝国では不可能だ。このままではいつか内から外から乱が起き、激発する。これはもう時代の流れだ。国そのものが無くならない限り止めるすべはない。如何に帝国が強大でも耐えられないぞ。必ず負ける。負けるべくして、だ」
「戦とはやってみなければわからん」
「本気で言っているなら俺は貴方を軽蔑するぞ」
本当の戦争は勝ち負けはやる前から見えているものだ。一兵卒には無理かもしれないが兵でなく将であるなら見えなければならない。負けるとわかっていてもやらなければならない戦というものも確かにある。
「今まで帝国はそんな戦をやった事は無いはずだ。その時が来ればただ負けるではきっと済まないぞ。千年の時を重ねて積み上げられたその強さで己が身を焼き払い、守るべき民達を無為に死なせる。そんな戦いをする事になる」
「そんな事はありえん。私がいる限りそんな事は絶対させん!」
そうだな、そうかもしれない。それだけの力は彼と彼の統率する部隊にはある。
「貴方がその場にいられるとは限らない」
「…………………」
ーーーー衰えていないな、この男は
闇で輝く紅い瞳を見ながら、心中で感嘆する。この男は強いだけではない。頭の回転が早く、視野が広く、そして何より見る事に優れている。天命、時勢、人の目に写らないこれらのモノがこの男には見えている。
ーーーゆえに、惜しい。
時代を一つの水とするのなら、軍人や政治家ができる事はその流れを変える事くらいのものだ。しかしこの男は流れを支配し、水を生み出す事すら可能にする。武官と文官、二つの才能を兼ね備えているからこそできる事だ。エスデスにもその才がないとは言わないが、彼ほど時勢を見る事には長けていない。おそらく興味がないからだろう。
「確かに私1人では防げんかもしれん。だが、私と同等の力を持つ者がもう1人いれば話は変わる」
ーーーああ、やっぱそうなるか…
議論を交わした事を紅髪の囚人は少し後悔する。こうなる事は分かっていたというのに、つい語ってしまった。だからこそ議論の時は敬語を止めていた。もう俺は貴方の部下ではないと言外に言い含めていたのだ?
「…………戻る気はないか?ヴァリウス」
「悪いがこの国に仕える気はもう一切ない」
紅玉の瞳に戦意の炎すら灯し、見返す。彼の元に戻れるくらいならエディの元に戻っている。
「国ではなく民の為と思えないか」
「この国を内側から変えるのはもう無理だ。民の為を思えばこそ、帝国に仕えることはもう出来ない」
静寂が辺りを支配する。同時にぶつかり合う二人の闘気。屈服させんと襲うブドーの気をヴァリウスの気が跳ね返す。数十秒が経った頃、大きく溜息を吐く声が闇の中に響いた。
「残念だ……」
立ち上がり、背を向ける。今はこれ以上言葉を重ねても無駄と悟った。
「私は………エスデスよりもお前を高く評価していた」
「過大評価だ。能力で言えば文武ともにエディの方が俺より上だよ。間違いない」
ただ、戦い以外に致命的に興味がないから、将以上の働きをしないというだけだ。
「それを決めるのはお前ではない……」
「痛い所だ」
懐からブドーが時計を取り出す。忙しい身だ。予定は山積している事だろう。俺にばかり拘っていられる筈がない。立ち上がり、背を向けた。
「今日のところはこれまでにしておこう………また来る」
「もう来ないでくださいマジで」
敬語に戻る。切実な響きが多分に混じっていた。
「お前に残された時間は少ないぞ、ヴァリウス」
「帝国に残された時間も中々に少ないだろう」
フッと笑ったような声が聞こえてくる。バカにしたような笑いではない。お前らしいという郷愁の意味がこもった声だった。
闇の中に巨体が消えていく。完全に見えなくなったところで大きく息を吐いた。
「もう出てきていいぞ」
闇に向けて声を掛ける。しばらく何の音もしなかったが、恐る恐るといった様子で螺旋階段に隠れていた人影が近づいてくる。
「よう、メシの時間だな。待ってたぜ、シェーレ」
闇の中から現れたのはメガネをかけた可愛らしい少女だった。
あとがきです。いかがだったでしょうか?天然ちゃん登場!かつて軍にいたという彼女ならここで登場しても違和感ないかなぁと思い、参加させました。頼むから零でシェーレちゃんの追加設定はされないでくれよ……それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。