フェイル   作:フクブチョー

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第二十四罪 踏み出された最初の一歩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コレはヴァルではない」

 

ゴズキから塩漬けにされて帝都に届いた首。炎狼が討ち取られたと聞いて飛んできたエスデスが中身を確認した瞬間、安堵したように吐かれた息と発せられた第一声がコレだった。

 

「えっ。ですがこの顔はどう見ても……」

「何を言っている。全然違うだろう」

 

何を言っているんだという表情で首をかしげる。誰の目で見ても箱の中の首はヴァリウスのものだったが、エスデスだけは本気で不思議がっている。

 

諦めたように一つ息を吐くと生首を引っ張り上げ、確認する。

 

「顔も違うが、何よりあるべきものが無い」

 

本人すら知らない、幾度も体を寄せ合い、夜を過ごし、彼の後ろで危険種に乗り、体を重ねてきた彼女だけが知る体の特徴。

 

首の裏に刻まれた自分の咬み傷。幼い頃に自分がつけ、それ以来何度も確認している。自分だけが知るその傷が愛おしかった。彼が眠るたびにその傷を指で撫で、舌で舐め、唇を寄せた。見間違えるはずが無い。

 

「しかし、これはどう見ても……」

「ああ、もういい。信じられないのなら構わん。別に信じてもらおうとも思わんしな。私がわかっていればそれでいい」

「では手配書はどうしますか」

「破棄していい。どうせそんなもので奴は捕まえられん。手配書が無くなればヴァルも多少緩む。その方が捕まえやすい」

 

首を元に戻し、部屋から出て行く。もうこの場に用は無い。

 

しばらく廊下を歩いていく。その姿はいつも通り毅然としており、凛々しさに溢れている。

 

帝国に与えられている将軍としての自分のプライベートルームの扉を開け、部屋に入り、鍵を落とす。

 

その瞬間、膝から崩れ落ち、しゃがみ込む。そして搾り出すように一言を出した。

 

「良かった……」

 

ヴァリウスが殺されたと聞いて、あり得ないと自分に言い聞かせながらもゼロでは無い可能性を思い、心が凍ったような感覚に襲われていた。

 

「本当に……良かった」

 

ーーーー生きている事がわかった。それだけで充分だ。

 

「いつか必ず会いに行く。待っていてくれ、ヴァル」

 

その目には新たな希望の光が灯されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はしばらく遡る。ファン達は町を出るためにこの町に初めて来た時にも通った小高い丘の上にいる。そこにはゴズキに斬られた首のない死体もいた。

物言わぬ骸がひとりでに燃え上がる。もちろん自然発火などではない。人が意志を持ってその死体を燃やした。

 

その実行犯は緋色の髪に紅玉の瞳を宿した先ほど殺された男と同じ顔をした青年。手にはピアノ線と燃え盛る炎の剣が握られている。

 

「なんとかなったな」

 

まだ燃えていないピアノ線のみを回収し、骨まで焼き尽くし、灰になった事を確認すると振るわれた剣の風圧で灰は風の中へと消えていった。

 

そう、先ほど斬られたヴァリウスは彼本人ではない。チェルシーとファンを罠にかけようとして現れた自分の顔をした偽物をピアノ線で操った死体人形。表情や態度はバーナーナイフの能力、陽炎で作っていた。

 

彼本人が現れてあの場でゴズキを斬っても良かったのだがそれをするとあの子供達が路頭に迷う。全員の面倒を見てやる気はヴァリウスには残念ながら起きなかったし、何よりコルネリアの前でゴズキを殺すマネは出来なかった。

今回、ヴァリウスがしなければならなかったことは彼の口から真実を語らせ、そして殺せないなら追っ手がかからないようにするためには、自分が殺されるしか無い。うまくゴズキに殺されるという偽装が必要だった。

コレでヴァリウスは公に死んだという事になれる。勿論顔を堂々と晒すことは出来ないが手配書はなくなるだろう。コレがあるとないとでは天地の差がある。危険を冒した価値は充分にあった。

 

「先生ってホントに器用ね。私も結構自信あるけどやっぱ敵わないよ」

「当たり前だ、お前とはキャリアが違うんだよ」

 

借りたストリングスをチェルシーに返す。もともとはヴァリウスが狩猟用の罠に使っていた危険種の素材を元に作った強靭な糸。しかし今はもうチェルシーのモノだ。

 

一人足下から崩れ落ち、絶望に表情を染めている金髪碧眼の少女の元に歩み寄る。すべての、とはいかないが自分達の存在意義の真実はまだ子供と呼べる年頃の少女には重すぎた。

 

「リア」

「……………………」

 

答えない。それでもいい。続けた。

 

「言っておくがゴズキは外道の中ではかーなりマシな方だ。伏魔殿の中枢の帝都から離れた場所での活動だからってのもあるが、奴は奴なりにお前達を想っているんだろう。ただし、都合のいい殺戮道具として、な」

 

まるで寒空の下に放り出されたかのように両手で二の腕を抑え、震え始める。一体自分は何をしてきたのか、自分が殺してきた人間は本当に悪人だったのか。そうでないのなら……いったいどれほどの罪を背負ってしまったのか。

その自覚と恐怖に震えているのだ。

 

「リア、お前は今まで何の理由も考えず、ただ目を瞑って拳を振るってきた。だが今はもう違う。もう目は開かれた。その震えは進化の証だ。誇っていい」

 

寒さから彼女を守るように、膝を立て肩を握ってやる。炎狼の熱が伝わったのか、震えは少し小さくなった。

 

「今のお前なら世界が正しく見えるはずだ」

「…………うん」

 

ようやく返事を返す。ゴズキがかけた封印はフェイルによって安全ピンが外され、ゴズキ自身がその封を解いた。ゴズキの指示のみを盲信してきた彼女の視界は今、大きく開け放たれている。

 

「その上で問おう。お前はコレからどうしたい?」

「…………わからない」

 

仕方ない事だろう。視界は開けたと言っても心はまだ何も知らない幼子に等しい状態。暗闇で目を閉じていた人間が突如太陽の下で目を開けたら何も見えないのと同じだ。

まして未来をどうするかなど大人にすらわからない事もある。この国の現状では明日をどう生きるかさえ不明なのだ。まだ守ってもらう人間が必要な年齢である彼女ならなおさらだ。

 

それでも、この子はいま答えを出さなければならない。酷な事かもしれないが、そうでなければこの子は一人で立てないだろう。俺たちと来いと言うのは簡単だけれど、それではヴァリウスが第二のゴズキになるだけだ。彼と来るというならまず本人の見識を広げなくてはならない。だからこそタエコはババラに預けて旅をさせた。チェルシーは彼女なりに帝国の現状を理解していた。そしてファンは自分で守ると決めた。

 

「けど、もうパパ……いえ、ゴズキにはついていけない」

「だろうな」

「何が正しいかなんてまだ私にはわからない。確かにゴズキが間違っているのはわかったし、貴方についていきたいけど、貴方が正しいかどうかもわからない」

「それでいい。わからないって事は恥じゃない。それを知る事こそが大切なんだ。その連なりを人は知識と呼んでいる」

「…………知識」

「そうだ、自分で見て、感じて、発見して、理解する。そうして初めてお前だけの知識となり、その連なりがお前の世界を彩る」

「世界を……」

「そうさリア。お前は一つの真実を知った事で世界が変わったろ?今はまだ絶望が大きくて灰色にしか見えないかもしれない。でもよ」

 

フェイルが手を広げた小高い丘から広がる先には水平線に沈まんとしている見事な夕焼けが世界を紅く照らしていた。その景色はまさに絶景。ゆっくりと空を見た事などなかったコルネリアはその光に圧倒された。

 

「見ろよリア。世界はこんなにも美しいじゃないか」

「ーーーーうん。知らなかった」

 

絶望に打ちのめされた表情に希望の光が差し込む。目には生気が戻り、身体からは少しずつ力が湧いてくる。

 

「ーーーー私、帝都に行く」

 

夕日から目を逸らさず、生まれたての金狼が吠えた。

 

「ホントは貴方についていきたいけど、それじゃダメだと思う。だから私、この国で何が起きてるのかを、帝都で……この目で確かめる」

 

その答えに笑みがこぼれる。出して欲しかった満点の答えだった。

首にかけている十字架のネックレスを外す。エスデス軍の軍服の一部だ。

 

「お前にコレをやろう。コレがあれば大抵のところは寝床を出してくれる。生活するくらいは出来るだろう」

「フェイルさん……」

「帝都を見てきた後でいい。いつかきっと返しに来い。お前の心の針の答えを見つけて。強くなれ、リア。強くなる理由を見つけて」

 

ネックレスを手渡し、コルネリアの癖っ毛を優しく梳き、撫でる。その心地よさに金狼の目は少し潤んだ。

 

「帝都はいま伏魔殿だ。ゴズキがお子様だったと思えるほどの悪漢、卑劣漢が待ち構えているだろう。だがそれでいい。迷え、リア。迷って、考えて、行動しろ。その一つ一つがお前をもっと強くする。その時、ソレを返しに来い」

 

最後に強くくしゃりと乱雑に搔きまわし、コルネリアに背を向ける。三匹の狼がその後に続いた。

 

「待ってるぜ、リア。そんな日が来る事を……いつまでもな」

 

一匹の狼と三匹の小狼が黄昏の夕闇に姿を消す。手にした十字架とリボンをギュッと握りしめ、それで髪を後ろに括る。いわゆるアップにしないポニーテール。かつて帝国にいた頃、ヴァリウスがしていたヘアスタイル。軍にいた頃、エスデスに合わせてか、それとも彼女の命令だったのか、ヴァリウスは長髪だった。燃えるような長髪を後ろに束ね、戦場を駆ける姿は有名だ。

コルネリアはその事を知っていてこのヘアースタイルにした。つまりそれは自分もいつか彼の後を追うという意思表示。

 

「私、強くなるよ。強く、大っきくなる。待っててね」

 

金狼が一人で歩き出す。夜の寒さを伴って吹いた向かい風が何故か心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったの?先生」

 

タエコとコルネリアが戦っていた場所に戻り、死体を偽装していたヴァリウスにチェルシーがそんな言葉を掛ける。今のご時世、行き倒れの死体などスラムに行けば溢れかえっているため、死体の調達は簡単だった。何の事を言っているのかよくわからなかったので黙って作業を続けていると予想通り続きがあった。

 

「コルネ一人で行かせちゃって。大変なんでしょ?今の帝都って」

「まーね。魑魅魍魎の跋扈する町と言って過言じゃねえな」

 

見繕ったコルネリアと似た骨格の女性の死体に壊れた粉砕王を装着させ、燃やす。跡形もなくなるほど黒焦げに。ここまですれば今の検死技術なら帝具でも使わない限り死体の身元はわからない。これに粉砕王を着けさせていればまず騙せる。

 

「てっきり仲間にするのかと思ってました」

「だから俺は託児所じゃねえんだっての。路頭に迷ったガキいちいち弟子にしてたらとんでもない大所帯になっちまうっての。よし、こんなもんかな!」

 

死体の偽装を終わらせる。処理が終われば長居は無用だ。素早く撤収の指示を出す。ババラも死んだ。もう俺たちがこれ以上ココで活動する意味も無い。

 

それに死んだ事にしたとはいえ、ヴァリウスがこの町にいた事は確実に伝わる。もし調査などされては足がつくかもしれない。サッサとこの町から去る必要があった。

 

四人が全速力で駆け抜け、町外れの乗り合い馬車に乗りこむ。町から離れてしばらくが経つとようやく全員力を抜いて座り込んだ。

 

「疲れたぁあ。初陣長かった〜〜。センセ〜、肩揉んでけれ〜〜」

「寝言は寝て言え。タエ、お前はこれからどうする?オールベルグに帰るか?」

 

流石のタエコも疲れが隠せないのか、珍しく疲労を表情に出して座り込む彼女に尋ねる。

もともとタエコがヴァリウス達と行動しているのは幾つかの偶然が重なっての事。本来ならヴァリウスのそばにいたはずの人間では無いし、下手をすればラクロウで命を落としていた可能性さえあった。仕事が終わった以上、古巣に帰る必要はあるだろう。

しかし、タエコから出たのは否定。ヴァリウスにとっては少し意外、ファンとチェルシーにとっては当たり前の言葉だった。

 

「ババラがいなくなった以上、もうあそこにいてもしょうがない。師父が許してくれるならこれからはあなた達と行動を共にしたい」

「…………そうか、まあ可愛い弟子だから俺はいいけど。お前らは?」

「異論無いでーす」

「もう私たちは家族です」

 

満場一致で可決。タエコもオールベルグを抜け、フェイルと共に行動する事となった。

 

そこからは平和な道のりだった。町を出た後、行きと同じく、船に乗り、全員が無事にヴァリウスの居室に帰還した。帰る日時をヴァリウスが手紙で知らせていたおかげか、家で彼女が待っていてくれていた。薄汚れた白衣に腰まで伸びた茶がかった黒髪。左目にモノクルを掛けた美女。名はチサト。フェイルの元部下であると同時に医術を学んだ師でもある。食事も湯もすべて用意してくれていた。

 

全員が生きて帰ってきた事にチサトも大層喜び、娘達が負った傷は懸命に治療してくれた。

その結果、ファン・チェルシー・タエコの三人は体力の消耗も鑑みてしばらくの絶対安静を言い渡される。

それでも後に残るような怪我は無い事を確認され、ヴァリウスは胸をなで下ろす。その際漏らした「良かった」という呟きをチェルシーに聞かれてしまった。

 

「先生ツンデレ?うわー!可愛いーー!やっぱり私たちの事大好きなんだね?私も大好きだよ❤︎先生♫」

 

甘えるようにすり寄ってくるチェルシーに顔を真っ赤にするファンとタエコ。全く可愛げがあるんだかないんだかわからない。アホなこと言ってないで安静にしてろ、と一発拳を落として、それぞれの寝室で寝かせる。

 

そこでようやくヴァリウスの手当が始まる。毅然と振舞ってはいたが今回ヴァリウスが負った傷も軽くはない。バトルウルフとの死闘で負った怪我も、二人の弟子を庇って受けたダメージも常人なら死んでいて何らおかしくないモノだったのだ。

 

「まったく、誰より強いくせにどうしてお前はいつもいつもこんな怪我をして帰ってくるんだ」

「しょうがねえだろう、ガキ共のお守りもしなきゃいけなかったんだから……ーーッつ」

 

消毒液の痛みに思いっきり顔をしかめる。しかめたフェイルの顔に負けないくらい、チサトの表情も同時に歪む。愛しい人間の傷だらけの姿は何度見ても慣れない。

 

「ーーーーお前が泣いてどうすんだよ」

「…………うるさい。お前もとっとと休め」

 

治療を終えるとさすがのヴァリウスもすぐに眠りにつく。それから二週間は全員静養に充てる事となった。

 

そして身体もある程度回復し、それぞれが鍛錬に戻り出したある日の事だった。

 

「ヴァル」

 

往診から帰ってきたチサトが手紙を一つ持ってヴァリウスの自宅を訪ねてくる。

 

「どうした?」

「少し外に出る事になった。護衛を頼みたい」

「護衛?お前に?」

 

取りようによっては失礼な発言だがこの反応も無理はない事だった。かつてエスデス軍の一員だった彼女の実力は折り紙つきだ。並の戦士など及びにもつかない。その彼女がヴァリウスを護衛に付けたいという意味は、その用事の重要度と危険度の高さが相当なものである事を意味する。

 

「依頼された内容は?仕事先は?」

「プトラだ」

「マジか。外国じゃねえか。一体何の用件で?」

 

眉唾ものなのだが、と一つ断りを入れる。話半分で聞けという事なのだろう。頷き、会話を促す。

 

「不老長寿に関わる調査、だ」

「ーーーージョフクの報告書か……!!」

 

そして役者は異国へと集結し始め、焔と凍の再会の時が迫りつつある事を今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。ラクロウ編ようやく終了〜!いかがだったでしょうか?面白かったと思って頂ければ幸いです。そしてようやく始まる墓守編!書きたくって仕方なかった!ココが終わればオリジナル挟んで零を終わらせて本編に突入するか、もしくは最終回を迎えさせるか迷っています。その辺は感想などで決めたいと思いますのでよろしくお願いします。ちなみにジョフクとは本当に秦の始皇帝が不老不死の妙薬を探させに派遣した詐欺師の名前です。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。それと低評価ももちろん受け付けていますができればその理由もお聞かせください。よろしくお願いします

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