フェイル   作:フクブチョー

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第二十一罪 二つの目的

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町外れの人気のない廃墟、荒げたい息を必死に嚙み殺し、代わりに玉の汗を流しながら二人の少女は敵と対峙していた。

 

一人は背中まで届く長い艶やかな黒髪をアップに纏めた美少女。整った顔は戦闘による緊張感と疲労で紅潮しており、どこか色っぽい。一見怜悧に見える切れ長の瞳には強い戦意の炎がともっており、激しくも冷たいその闘気は彼女の美しさを引き立たせていた。

細身の長剣を握りしめ、一分の隙もなく構えを取っている彼女の名はタエコ。ヴァリウスの弟子であり、オールベルグの死神の一人。凄腕の剣士であると同時にまだまだ発展途上。戦士としても、女としても成長し続けている真っ只中の少女だ。

 

そんな彼女と対峙しているコルネリアという少女もまた才を持つ戦士だ。ふわりとしたウェーブのかかった蜂蜜色の金髪に青い瞳。その瞳は疲労と毒により若干翳りを見せてはいるが、まだまだ生気に衰えはない。

白のブラウスに黒のタイツと飾り気のない格好だがその抜群のスタイルの為か、特にタイツは優美な曲線を描き、彼女の魅力をよく引き立たせている。そして外見的に最も異様と言えるのが彼女が持つ武器だった。

手甲と呼ぶにはあまりに大きく、そして精巧な作りの武具。一般には見られないその特殊な得物はかつての皇帝が帝具に追いつく為に作らせた臣具と呼ばれる武具。優れた武器ではあるが、あまりに大きな欠陥を持つため、世に出回る事なく封印されている兵器だ。

コルネリアが使っている臣具の名は粉砕王。使用者に剛力を与える臣具。使い方に難があり、誤ると自分にもダメージが来るというデメリットをもつ兵器。その装甲の強さは鋼鉄並で、タエコが放つ斬撃を何度も受け止めている。

 

二人が闘い始めてすでに暫くが経つ。タエコが奇襲の一撃を喰らわせたと同時に自分の真の身の上を明かす事で戦いの火蓋は切って落とされた。

力ではコルネリアに、技ではタエコに分があった。コルネリアの圧倒的なパワーをタエコが炎狼仕込みの技で凌ぐ。実力は拮抗しており、まさに死闘と呼ぶにふさわしい闘いとなっている。

だが均衡は少しずつ崩れ始めていた。主因はやはり武具の差。実力が互角なら、いや互角だからこそ使用している武器の差は如実に現れる。業物ではあるが、所詮ただの剣であるタエコに対し、拳から放たれる風圧すら武器にできる粉砕王とでは取れる戦術に圧倒的な差がある。表に見える展開だけを見れば押しているのは現在コルネリアであった。

 

しかし達人同士の戦いになればなるほど、駆け引きというものがある。

 

タエコの尋常ならざる斬撃にすら耐える粉砕王だがそれでも所詮は道具。道具が持つ限界という絶対の法則には逆らえない。

 

ーーーータエ、こいつを斬ってみろ。

 

かつて師が己に課した修行の一つで大木を木刀で斬るという物があった。何事もやってみなくてはわからないという精神を叩き込まれているタエコに無理という言葉はない。何のためらいもなく訓練用の木刀を木に向かって振り抜いた。

 

結果はもちろん惨敗。派手に打ちつけた事により手は痺れ、思わず蹲ってしまった。

そんな愛弟子を見ながら狼は犬歯を見せて快活に笑う。無様な姿を見せた事により、小さな狼はシュンとうなだれる。もし耳としっぽがあれば情けなく垂れ下がっているだろう。

 

ーーーーハハハ。そんな顔をするな。真剣ならいざ知らず、木刀では俺でも一撃では無理さ。だが……

 

タエコが取り落とした木刀を拾い上げ、大木の前で腰だめに構える。

裂帛の気合いと共に大木目掛けて木刀が何発も振るわれる。暴風の如き勢いで放たれる連撃は段々と大木を抉り、遂には薙ぎ倒してしまった。

そのあまりの偉業にポカンと惚けているとコツンと頭を木刀で小突かれた。

 

ーーーーなにボーッとしてんだ馬鹿弟子。いいか、この世界には一撃で相手を戦闘不能に出来る使い手もいるにはいるが、そんな奴ぁごく稀だ。一撃で倒せない敵や壊せない障害ってのは必ずある。だがどんな強固なモノにも限界がある。それを壊す事ができないなんて絶対に思うな。一発でダメなら二発、二発でダメなら三発、百発でダメなら百一発食らわせてやれ。たとえ千の強度を持つモノでも千一の威力には耐えられない。次の一発でソレは壊せるかもしれない。そう思って一撃一撃に魂を込めて撃ち込め。

 

その教えの通り、タエコはコルネリアの手甲の一点に斬撃を集中して撃ち込む事で粉砕王の破壊を試みている。その甲斐あって手甲には僅かに亀裂が入り始めていた。数多の修羅場をくぐり抜けてきたタエコの経験によるカンで推察する限り、その限界はあと一発か二発と読んでいる。そしてその読みは概ね正しかった。

 

「黄塵」

 

自身の武器である剣を水平に持ち、拳で隠す構え。これにより刀身が見えないため、剣の間合いが分からなくなり、敵は迂闊に攻める事ができなくなる。

 

その危険性は承知した上でコルネリアは間合いを詰めた。受けさえすれば一撃の威力が致命傷にならない以上、不必要に恐る事はない。力と武具で押し切る。その戦術は間違っていない。事実、タエコから繰り出される剣戟を見事に受け、豪快な前蹴りをタエコに喰らわせる事に成功している。

 

「グッ……光風!!」

 

速度重視の斬撃。本来であればまさに光の速度で放たれる一撃だが内部に蓄積されたダメージにより、キレ味は見る影もない。渾身の一撃もコルネリアに完全に防がれてしまう。

 

「調子悪そうね。粉砕王のダメージは内部に蓄積される!」

 

「ガッ!?」

 

コルネリアから繰り出される凄まじい蹴りを腹部に喰らい、吹き飛ばされる。腹筋に力を入れる事で幾らかダメージは軽減されたがタエコ程度の内功では防ぎきれる威力ではない。

 

しかし、距離ができた事はタエコにとって幸いだった。

 

身体を相手に対して半身で構え、腰を落とす。殺気を思い切り叩きつける事で相手の動きを縛り、後の先を取るカウンター剣技。

 

「花風………寄らば斬る!」

 

間合いに踏み込めば斬られる。その認識がコルネリアに躊躇を生ませた。迂闊に踏み込まず距離を取る。

 

ーーーーヤバ、奇襲の一撃でもらった毒が回ってきた。私もそろそろ限界。タエコももう余力はないはず。

 

「終わりにしよう、タエコ」

 

「うん、コルネリア」

 

カウンター狙いのタエコから仕掛ける事はあり得ない。動くのはコルネリアから。

コルネリアは拳圧により発生する風の弾丸をぶつけるという、粉砕王だからできる攻撃手段を選択する。タエコもあらゆる攻撃に対処しようとしているだろうがどんな凄腕の剣客も風は斬れない。この場での選択としては満点と言える。

 

気合いと覚悟を込め、拳を打ち込もうとしたまさにその時……

 

 

廃墟から轟音が鳴り響く。新手かと思った二人が音源に向けて視線を向けると同時に紅い流星が二人のど真ん中に駆け抜け、砂塵が舞い上がった。

 

砂煙りが晴れると、二人の目に飛び込んできたのはこの数日で目にした事により、記憶に新しいエスデス軍の軍服。副隊長の証であるエンブレムが刻まれた羽織は誰かを包み込むように覆われており、地面には男がクッションとなるように抱きかかえられている。

 

「あいたたた………天然モノじゃねえとはいえ、流石は伝説の危険種。少し侮ったな。やっぱ手負いの獣ほど怖えモンはねえ。生きてるか、二人とも」

 

「な、なんとか……」

 

「お師様!お怪我は!?」

 

「あー、大丈夫」

 

ゴキゴキと不穏な音を鳴らしながら首筋を抑えて立ち上がったのは燃えるような緋色の髪に紅玉の瞳を宿した緋い光を放つ美青年。

タエコはもちろん、コルネリアもその男の事は知っていた。戦闘中にもかかわらず、二人の頬が戦闘の高揚とは違う意味で紅く染まり、コルネリアはドクンと一つ大きく鼓動を鳴らした。

 

「師父……どうしてここに」

 

「フェイル……さん?」

 

あっけに取られる二人を見ながらヴァリウスは現状を把握した。

 

「そこまでだお前ら。剣を引け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

既にタエコたちが戦いを始めていると聞かされたヴァリウスがその場を後にしようと足に力を入れ、膝を曲げたその時だった。

 

命の火が消えるその刹那、最期の力を振り絞ってか、それとも刻まれた王者のプライドか、体内から燃やされ、瀕死だったバトルウルフがカッと目を見開いたのだ。

 

ザワとヴァリウスの背中が泡立った時にはもう遅い。命をかけた最期の一撃が狼王の爪が振るわれていた。その刹那、攻撃の方向にはファン達がいる事に気づく。手遅れになる0.1秒早く気づいたため自分だけなら避けられるが、ソレを実行したら二人に逃れられない死が待ち構えている。

 

「チッ……」

 

ーーーーよけれねーじゃねーか

 

辺り一面を更地に変える一撃が振るわれる。後ろに飛び下がる事で威力を流しながらバーナーナイフで受ける。吹き飛ばされる師に巻き込まれる形でファンとチェルシーも上空に打ち出された。

 

「きゃああああ!?」

 

「う、うわわわわっ!?」

 

「ぉおおああああっ!?」

 

奇声を上げながら3人が空を駆ける。その姿が見えなくなったとこほで誇り高き狼は地面に横たわる。

 

その安らかな死に顔は王の威厳に溢れていた。

 

 

 

 

 

 

空を飛びながらヴァリウスはファンとチェルシーをかばうように抱きしめ、自分の身体が下になるよう態勢を変える。同時に落下地点と推察される場所に爆炎の用意をする。バーナーナイフから放たれる爆風をクッションにする心算だ。

 

横目で見えたのは明らかに人気のない廃墟。壁は石作りでこの勢いでぶつかればヴァリウスといえど痛いでは済まない。

 

腰から僅かにバーナーナイフを抜き、焔を放つ。空気の流れを熱で操り、酸素と水素を一点に集中させる。

 

ーーーー爆ぜて混ざれ!!

 

廃墟の一角で爆発が巻き起こる。水素爆発。爆風により勢いが軽減される。それでも止まる事はなく、3人の飛翔は激突するまで止まらない。一層二人を胸の中で抱きしめ、来るべき衝撃に備えた。

 

「ーーーーカハッ!?」

 

予想通りの衝撃に体内の空気が吐き出され、肺が呼吸の仕方を忘れる。鈍い音を鳴らしながら、狼の一団はなんとか止まった。

 

「あいたたた………」

 

止まってから身体の状態に異常がない事を確認し、立ち上がる。ひどい打ち身だが骨に異常はなさそうだ。

 

ーーーーまったく、トドメを忘れるとは、俺もヤキが回ったな。実戦から少し離れすぎたか……

 

「天然モノじゃねえとはいえ、流石は伝説の危険種。少し侮ったな。やっぱ手負いの獣ほど怖えモンはねえ。生きてるか、二人とも」

 

「な、なんとか……」

 

「お師様!お怪我は!?」

 

跳ね起きて縋り付くファンにまだ座り込むチェルシー。飛びついてきたファンを安心させるように頭を撫でてやる。

 

「あー大丈夫、大丈夫」

 

撫でながら状況を確認する。辺りを見渡すようにグルッと視線を向けると構えを取ったまま、突然の珍客に唖然とする二人が見えた。

 

ーーーーなるほど、吹っ飛ばされたのは不幸中の幸いだったか。どうやら間に合ったらしい。

 

二人の状況も確認した。タエコのダメージも、コルネリアの現状も正しく把握する。十中八九、タエコの勝利だろう。

 

「師父……何故ここに?」

 

「フェイル……さん?」

 

「そこまでだお前ら。剣を引け」

 

今朝からずっとコルネリアの心の中にいた男が唐突に現れた為、あっけに取られていた意識が強い意志を込められた声をかけられた事で現実に戻される。力強くも美しいバリトンに心惹かれるが、戦意を込めて睨みつける。タエコが敵だったという事は上官である彼も敵である可能性は高い。

 

「貴方も私達を狙う革命軍の刺客なんですか」

 

「No way。俺はオールベルグとは無関係だ。だがそこの女は俺の弟子でな。面倒を頼まれたのさ。俺はあくまで保険よ」

 

「ではこちらの味方でもないという事ですね」

 

「それについては否定しねえよ」

 

言い終わる直前でコルネリアが拳を振るう。目にも留まらぬ速さと暴風をまとった威力で唐突に放たれた拳はコルネリアに必中を確信させた。

 

しかし拳に伝わる手応えがそれを否定させた。

 

目の前の緋い戦士は剣を鞘から僅かに抜き、柄頭を拳の中心に突き立てる事でコルネリアの一撃を防いでみせたのだ。

 

ーーーー私の粉砕王の最高の攻撃をこうも容易く……

 

完全にこちらの動きを見切っていなければ出来ない防御だ。しかも柄頭などという面積の小さい物で拳を受けようと思えば、拳の中心で受けなければならない。そんな絶技、父ですら出来るかどうかわからない。それをこの男はなんでもない事のようにやってのけたのだ。

 

「コレだからヒヨッコは引き金が軽くて困る。まあ落ち着けよコルネリア。俺は確かにタエを守りに来たがそれだけが主の目的ではない」

 

「っ!!私を殺す事かしら!!」

 

彼我の圧倒的な実力差は今の一瞬の攻防で充分わかった。なら武具の優位性でその差を埋めれば良いだけの事。粉砕王に込められる剛力の全てを拳に込めてもう一度構えを取った。

それに応じてタエコも腰の剣に手を掛け、ファンはクラムを握りしめたがフェイルは片手で二人を制した。

 

「粉砕王!!」

 

裂帛の気合いと共に剛撃と呼ぶにふさわしい一発が放たれる。その圧力は粉砕王の名に恥じない一撃だ。

だが目の前に立つ男は人を超えた狼。

 

 

「花風」

 

 

一陣の風が吹き抜けたかのようにコルネリアの頬を撫でる。金髪碧眼の少女から放たれた渾身の一撃はあっさり外れ、勢いそのままにヴァリウスの側に跪く。同時に粉砕王のみが砕け散り、コルネリアの急所に鈍い痛みが奔った。

 

ーーーー私………なにされた?

 

ヴァリウスの一連の動きがまるで見えなかったコルネリアは訳も分からず倒れこむ。その間に炎狼はその牙を腰間に納めた。

 

「確かにお前の武器は強力だ。その手甲ならちっとやそっとでは壊れんだろう。だからタエコは一点に斬撃を積み重ねる事で負荷をかけ続けた。そうやってその手甲の限界を超えたんだよ」

 

ま、使い古された手ではあるがな、と肩を竦めつつタエコの髪を撫でてやる。子供扱いに若干不服そうだが目元は緩んでるし、頬も紅く染まっている。まんざらでもなさそうだ。

 

「そんな………」

 

愕然となるコルネリアだったが心中を驚愕で満たされていたのはタエコも同じだった。

 

ーーーー今のは間違いなく……私の花風だった。

 

そう、ヴァリウスが先ほど行った事は結果だけ言ってしまえばカウンター。振るわれたコルネリアの拳に対して迎え撃っただけにすぎない。しかしそれはあくまで結果のみを言った場合だ。

 

己の結界の中に入った全てを迎え撃つ技、花風・寄らば斬る。一撃の威力が己を上回る相手に用いられる交叉法の絶技。自分がこの技を会得するまでに一体どれ程の時を掛けた事だろう。それをこの男はいきなり実戦で使ってみせたのだ。

もちろんタエコの技をヴァリウスは知り尽くしている。根幹となる技術を自分に与えたのは彼だし、ババラとの修行の成果はこの三年で出し尽くした。でも違う。

 

知っている事と実際に出来るという事は。

 

その間には天と地ほどの差がある。

 

それを自分のを遥かに上回るキレと技術でやってのけられたのだ。その理不尽に驚愕するのも仕方ない事だろう。

 

ーーーー腕を斬らずに手甲だけを斬るなんて神業、私には出来ない。

 

それをタエコが思うと同時にコルネリアもその事実に至る。手甲は完全に破壊しているにも関わらず、肝心の自身の右腕は無傷だ。

いくら手甲をしていると言っても、皮膚と完全に密着している訳ではない。もちろん、手と手甲の間の距離など限りなくゼロに近い。だがゼロではないその空間をヴァリウスの剣は斬り裂いたのだ。まさに紙一重を超えた神業。

 

「お前ほどの使い手なら分かるだろう。あのまま戦っていればお前はタエコに殺されていた」

 

「………………なら、貴方の他の目的って…」

 

「そう……」

 

 

 

君を守るためだよ、コルネリア

 

 

 

蹲るコルネリアに狼が手を差し伸べ、微笑みかける。その時、3人の小狼は人が狼に魅了され、狼に変わる瞬間を……かつての自分たちの姿を見てしまい、三匹同時に深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 




*爆ぜて混ざれ
水素爆発なのだがヴァリウスは原理を理解していない。何となくテキトーに空気を操ったら出来るようになっただけ。以来感覚でこの技を使っている。ちなみにこの爆発を見ても大きな狼になったりしない。

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