フェイル   作:フクブチョー

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第二罪 頂点を超えさせる為に

 

 

第二罪 頂点を超えさせる為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い地下室。上半身裸で寝そべっている人物がいる。髪は燃えるような緋色、瞳の色はルビーを思わせる紅玉。10人いれば10人が美形だと思う整った顔立ちをした20近い……いや、目を閉じていればもっと若く見える。少なくとも10代後半の青年。だが彼を形容する最も目立つ外観はそれではなかった。

 

寝そべって露わになった背中には無数の傷跡。剣で刺されたような刺し傷が数え切れないほど刻まれており、身体には火傷の跡が至る所にあった。

 

その背中に跨っているのは女だ。薄汚れた白衣に腰まで伸びた茶がかった黒髪。左目にモノクルを掛けた美女。名はチサト。医者である。

 

「イッて……」

 

背中にかけられた消毒液の痛みに思わず顔を顰める。戦闘の痛みは慣れと麻痺で我慢できるがコレは何度やっても慣れない。

 

「自業自得だ。全く……何をやったらこんな重傷になれるんだ?お前でなければ間違いなく死んでいるぞ」

 

「うるせーな。女神様と派手に喧嘩したらなれるんじゃねえの」

 

「減らず口が叩けるなら大丈夫そうだな。ほら、身体を起こせ。包帯巻くから」

 

「痛っ!!おいもっと労われよ!怪我人だぞ俺!」

 

「フン」

 

強引に身体を起こされ、ミシッと音がなったのではないかと思うほど激痛が身体を奔る。

 

流石に怒りを覚えたフェイルはチサトを睨みつける。が、続けようとした文句は止まってしまった。

 

「なんでお前が泣きそうなツラしてんだよ」

 

「………………うるさい」

 

彼の手配書は既に帝国中に広められた。帝国を裏切り、味方を皆殺しにした超一級犯罪者。既に死体の可能性もあるという情報も回ったらしい。

 

それを耳にした時の彼女の心の内はこの男にはわかるまい。征伐に出て怪我をし、その治療をする時でさえ胸が潰れそうになるというのに……

今回はその比ではなかった。手紙が届いた時には腰が抜けてしばらく立てなかった事をハッキリと覚えている。

 

「ほら、終わったぞ」

 

慣れた手つきで包帯を巻き終わるとポンと一度背中を叩く。立ち上がり、取り敢えず用意したローブに身を包み、傍らに視線を向けた。

 

「まだ目覚めないのか」

 

「ああ。一度名前を聞いたっきり全然……この子はどうだ」

 

「傷だけならお前など比較にならんほどの軽傷だ。痕も残らんだろうよ。だが……心はな」

 

ハアと溜め息をつく。同時に彼も息を吐いた。面倒ごとは先に済ませるのが心情だというのに、目覚めてくれなくては何も進められない。

 

あの死闘から既に一週間が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の新しい名前を聞いた途端、黒髪の少女は再び眠りについた。心身ともに疲れ果てているだろう。無理もないと思いつつ、片手に抱き抱えて歩き続け、この居住区に辿り着いてそろそろ3日が経つ。それでもこの子は眠り続けている。

 

まさか死んじゃいまいな。と何度か口元に耳を近づけるとスウスウと規則正しい寝息は聞こえてくるので安心する。

 

「さてはて……これからどうなるか」

 

歩き続けて辿り着いたのは帝都の西のはずれ。とあるゲスが太守を行っている領地だ。

 

一度帝国の精査で不審点を見つけた俺は此処に来たことがある。その時色々な悪事を暴き、そこで知り合った文官に情報を提供してやった。彼とは一晩膝付き合わせて話をした。能力はそこそこで大きな正義感はないが、誠実な男だったし、領民に対して善良だった。友好関係はすぐに築けた。

 

三日前に彼の屋敷を訪ね、事情を説明すると小さくはあるが、雨風を凌ぐには充分な小屋を集落に提供してくれた。

 

「悪いな、ロード。突然押し掛けて」

 

「何を仰いますか、ヴァリウス様。帝国軍の悪逆無道に逆らって子供を護るなど本来なら褒め称えられなければならない行為。それをこんなボロ屋しか用意できない私が恥ずかしい」

 

「相変わらず実直な男だな。しかし少し意外だったな。まだ太守は引き摺り下ろせていなかったか」

 

情報提供を行ったのは確かについ最近の事だが賄賂に人狩りといった明らかな違法行為を行っていた太守だ。すぐに彼によって告発されるモノと踏んでいたが、此処の情勢は変わっていなかった。

 

「お恥ずかしい。彼の周りにはヤツのお陰で甘い汁を啜ってきた取り巻きが数多くおりまして……まだ確たる証拠が掴めておらず………」

 

「なるほど、腐っても太守か。本丸は簡単に落とさせてはくれんな。で?外堀はどうだ?」

 

「そちらはもう手配は済んでいます。ヤツらを除く事さえ出来れば後の処理は万全です。しかし、私如き文官に兵力など皆無で……」

 

「そうか………で?俺に何をさせたい?まさかタダで此処を提供してくれる訳ではないんだろう?」

 

「はっ。証拠を揃える事に尽力は致します。ですが最終的にはやはり武力に訴える事となる可能性が高くなります。その時に副将の力を貸して頂ければ」

 

予想の範囲内だ。こいつの地位で武力行使は難しい。最後の一手が最大の悩みどころだったはずだ。そこに転がり込んだ俺という強力な駒。味方に引き入れたいと思うのは必定だ。

 

「いいだろう。いざという時には俺が出てやる。だが俺からも条件がある」

 

「聞きましょう」

 

「まず医者の手配だ。俺の馴染みで帝都にチサトという女がいる。元軍医で今はスラムに住んでるハズだ。彼女に手紙を一通頼む」

 

医術の心得は多少あるが、素人に毛が生えた程度の技量だ。エキスパートの診断は欲しい。それに表に出さないようにしているが、俺の傷も相当重傷だ。出血は焼いて塞いだが、原始的な治療法にも程がある。キッチリとした治療を受けなければならない。

 

「それは承りました。他には?」

 

「俺の存在は内密にしてくれ。名前も今はフェイルと名乗っている」

 

「それも了承しました」

 

「最後に一つ。これからは狩人として生活すると思う。良い狩場や素材を高く売れる店、それとこの街の見取り図なんかをくれ」

 

「了承しました。すぐに用意させましょう」

 

「すまん、助かる」

 

一度深く頭を下げる。慌てたように頭を上げるように懇願された。

 

「ではすぐに書状をスラムへ送ります。内容は?」

 

「ウルスから依頼があるだけで良い。下手に詳しく書いて手紙を検閲されて俺の存在がバレたら色々面倒だからな」

 

とっさに思いついた本名のモジリだが帝都に来た時からの付き合いであるあの女ならコレで俺だとわかるだろう。

もちろんエディに見られても俺だとバレるだろうがその可能性は限りなく薄い。

 

「委細承知しました。後はお任せを」

 

「頼む」

 

その後食事でもと言われたがそんな気力は残っておらず、俺もその夜は泥のように眠りこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手紙を受け取ったチサトはすぐに彼の居住地に駆けつけ、自ら真っ赤に染まった包帯を巻き直す凄惨な姿にしばらく唖然としていたが、すぐに治療を施してくれた。フェイルの治療が終わった後、ファンの事も診察してくれたが、俺の応急処置が適切だったのか、こちらに関してはほぼやる事がなかったらしい。

 

治療が終わると今回の事件に至った経緯の説明を求められ、包み隠さず全てを話した。話が終わると、呆れられたが安心したような顔で俺をその豊満な胸の中に抱き寄せたのを覚えている。

 

その後、ロードに頼んでチサトがこの街で開業医を始めた。一度手を掛けたなら最後まで診るのが主治医の義務と以前のスラムでの放浪医を辞め、腰を据えることにしたらしい。

 

帝都のハズレなだけあって狩場にも困らず、狩人としての生活も軌道に乗り始めた。

 

こうして一週間の月日が流れようとしている。

 

心に大きな傷を負った少女のカサブタは恐らく睡眠なのだろう。長く時間をかけて傷を塞いでくれればいいと体に大きな傷を負った狼は思っている。

 

「どうするんだ?ヴァル。この子」

 

「おい教えただろう。オレのことはフェイルと呼べフェイルと。お前はどうしようと思うんだよ」

 

「そりゃ帝都のしかるべき施設とかに入れてやるしか……」

 

「……………今後お前、俺に対して無責任だの自分勝手だの言うなよ。お前の方がよっぽど無責任だ」

 

「じゃあどうする」

 

「さてな。復讐に生きるというなら皇拳寺にでも叩き込むか。市井で穏やかに生きたいというならロード辺りに頼んで養親を見つけてもらうか…………」

 

なんにせよこの子次第さ、と安らかな寝顔に視線をやる。綺麗な子だ。睫毛も長く、顔立ちも整っている。眠っている姿はとてもあの地獄を経験したとは思えない。

 

「早く目ぇ覚ませよな」

 

コツンと少女の額にデコピンをかます。こんな程度で彼女が起きる事はない事はフェイルもチサトも知っている。何度か頬をペチペチ叩いたが眉をひそめもしなかった。

 

だからまだ瞼は開かないだろうと思っていたのに、その予想は覆された。閉じられていた瞼はパッチリと開き、アメジストを思わせる紫紺の瞳がハッキリとフェイルを捉えている。

 

驚きに目を見開くフェイルに女医の痛い視線が突き刺さる。

まさにお前の理不尽な暴力のせいで起きたのだ、と非難されているようだ。

 

「よう、ファン。ようやくお目覚めだな。俺が誰かわかるか?」

 

笑みを浮かべながら、デコピンした額を撫でるようにそっと頭に触れる。少し周囲を見回した後、コクンと頷いた。

 

「………………此処は?」

 

「俺の家だ。自分がどうして此処にいるか分かるか?」

 

また頷く。目尻に涙を溜めながら。あの虐殺の夜も覚えてしまっているらしい。精神に異常をきたす程のダメージは脳は記憶しないものだ。この子は憶えていないんじゃ、という淡い期待は崩れ去った。

 

「みんな…………死んじゃった」

 

「………………ああ」

 

「貴方達が…………殺した」

 

「っ!!」

 

チサトがガタリと反応する。それは違う!と叫ぼうとしたのだろう。だがフェイルは手を翳し、チサトの叫びを止めた。

 

「そうだ。俺たちが殺した」

 

「……………………………」

 

しばらくの間泣きじゃくる音と嗚咽の音のみが狭い室内に響く。少し好きに泣かせてやるつもりだった。

 

「………………お前はこれからどうしたい?」

 

音が少し途絶える。嗚咽の音は続いていたが、俺の言葉に耳を傾ける気はあるようだ。

 

「俺を殺したいというなら構わん。まだお前に殺されるわけにはいかんがいつでも掛かってこい。市井で平和に生きたいというならそれもいい。金と水と食料をやろう。人並みの生活が出来る環境も用意する」

 

「………………」

 

「お前はどうしたい?」

 

泣きじゃくる音はまだ続いた。

 

「何で…………私を……助けたの?」

 

また返答に困る問いを、と思いながら質問の答えを探る。子供だったから、お前の母親の勇気に敗北したから。理由は山ほどある。

 

さて、どう答えようと思案していると答えを待たずにまた少女が口を開いた。

 

「私も…………みんなと死なせてくれれば良かったのに」

 

それを聞いた途端、フェイルの頭で考えられていた答えが全て吹き飛んだ。

 

「甘ったれたことを抜かすな!!クソガキ!!」

 

「っ!?」

 

「俺が貴様を助けた理由?知るかんなもん!!知ってどうする!!それを聞いたらお前は死ねるのか!?終わった過去に理由を求めるな、どーでもいいくだらねえ!!」

 

「ヴァルっ、そんな言い方……「いいかファン!死ぬ筈だったお前を助けたのはこの俺!俺がお前にとっての神だ!その事実だけわかってりゃあそれでいい!!」

 

立ち上がって俺を諌めようとしたチサトを手で制し、言葉を続ける。今のこいつに優しい言い方ではダメだ。過去に引きずられて、死に引きずられる。今は駆け引きの時ではない。俺と死神の綱引きだ。綱引きを制するのに必要なのはパワーだ。

 

「だが俺を救いの神にするか死神にするかはお前次第だ!俺の質問に答えねえならそのくっだらねえ望み叶えてやる!チッセエ命燃え散らしてそれで終わりだ!!だが俺を利用して希望を繋げたいなら俺に従え!コレがお前にする最後の質問だ!」

 

スウと息を吸い直し、憤怒に染まった表情を真摯に問いかける顔へと変える。先程とは打って変わって静かに、だが燃える熱意と瞳を持って問いかけた。

 

「お前はこれかどうしたい?」

 

「………………たい」

 

「声が小さい!!ハッキリと!!」

 

「っ!!強くなりたい!!」

 

ずっと眠り続けていたからか、フェイルの部屋に響くような大声ではなかった。だがその心の咆哮は確かに緋色の髪の青年に届いた。

 

「もう誰も失わないくらい…………誰でも護れるくらい…………強く…」

 

「………………わかった。お前の望み。俺が必ず叶えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「引き取るぅ!?」

 

温かいスープを呑ませてやるとファンは再び眠りについた。真っ赤に染まった包帯を変えながらチサトは眼鏡の奥の緑柱石の瞳を大きく見開いた。

 

「ああ。もう決めた」

 

「自分の立場わかってるのか!?」

 

「わかってるよ。うっせえな」

 

逃亡生活をするフェイルにとって足手まといはない方がいいに決まっている。子連れの一匹狼など否が応でも目立つ。

 

「あいつは俺が強くしてやらなきゃいけない。コレは他人に任せちゃいけない。違うか」

 

「そりゃ……お前より強い奴なんてそれこそエスデスか、堅物ジジイぐらいしかいないだろうが」

 

「そう、頂点を知ってる人間なんて一握りのさらに砂粒だ。武術を教えるだけの事は他の奴でも出来るだろうが、奴の求める強さはその辺のフツーに強いだけで得られる強さじゃない。俺には無理だった」

 

護る強さ。俺も一度この強さを求めて研鑽を積んでいた時期があった。だが俺は結局その力は得られなかった。俺が手に入れられたのは壊す強さと燃やす力だけだ。

 

「あいつは頂点(オレ)より強くならなきゃいけねえんだ。それが出来る可能性を持つ人間は俺が知る限り三人しかいない」

 

「エスデス、ブドー、そしてお前…………か。なら帝国の正規軍に入れてやったらどうだ。彼女の経歴はまっさらだ。お前がある程度仕込んでから軍に入れてやれば……」

 

「あのなぁ。あんな伏魔殿にガキ叩き込んでまともな神経して出世できると思うのか?」

 

「それは…………」

 

「少なくとも俺は出来なかった。心を殺さなきゃやってらんねえ仕事ばかりだったし、結局この俺すらそこから逃げた。そんな事したら俺の二の舞だ。あそこではどんなに上手くやっても得られる強さは俺程度が限界だ。それじゃあ意味がねえんだよ」

 

包帯の交換が終わり、ローブを羽織り直す。あーまだギシギシいってんな、と自分の体なのに何故か他人事のように思いながら肩を回した。

 

「本気…………なんだな」

 

「もちろん。てゆーかお前こそ本気か?こんな田舎で開業医やるなんざ、腕が泣くぞ」

 

「医は仁術。病める者が一人でもいるなら医者はそれでいい。場所は関係ない」

 

「ご立派。医師の鑑」

 

からかうな、と一発ど突かれる。ロードに貰った酒を共に呑んだコイツも今夜は此処に泊まると言い出した。そして俺がソファで寝かされた。家主なのに……

 

こうして脱走兵と孤児と女医の繋がりが見えにくい奇妙な共同生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*とあるゲスが太守を行っている領地
チュッパチャプスちゃんの故郷
*そして俺がソファで寝かされた。家主なのに……
男は床で寝ろと言わない分チサトさん優しい……かな?







温かいコメントのお陰で連載していく事を決めたフクブチョーです。チサトのモデルはあの新妹魔王が通う学校の保険医です。次回はチュッパチャプスちゃんを登場させる予定です。コメントお待ちしています。

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