フェイル   作:フクブチョー

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第十七罪 誰が為の牙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜〜」

 

ふわりとした金髪にサファイアを思わせる青い瞳が特徴的な美少女が空になった鍋の前でへたり込む。珠のような汗を滝のごとく流し、体から蒸気が湧き上がり、頬は紅潮している。その姿はどこか艶っぽい。

 

ーーーー体力には自信あったんだけどなぁ……

 

同じように座り込む黒髪の同僚を眺め、元気に後片付けをする紅い髪の美女を見ながらそんな事を思う。彼女らは優秀な暗殺者だ。戦闘となれば一昼夜戦う事も出来るだろう。しかし、その手の労働とこの手の労働は使う神経が違う。彼女のようになるには慣れが必要だろう。

 

「お疲れ様」

 

へたり込む二人の目の前にコトリと二つの皿が置かれる。先程まで自分達が扱っていた麦粥だ。持ってきたのは黒髪を後ろに束ねた無表情な少女。

 

「えっと……コレ……」

 

「手伝ってくれた二人の為に師父が取っておいた分。報酬代わりだからどうぞ食べて」

 

「………………いいのか?」

 

「若いうちから遠慮などするな。出されたものは素直に食べろ、ガキども」

 

この場を取り仕切っていたであろう美女が纏めていた緋い髪を降ろしつつ、此方に笑いかける。つい最近どこかで見たようなその笑顔に少し戸惑いながらもまずアカメが皿を手に取る。続いてコルネリアも粥を口に運んだ。

 

「………………美味しい」

 

「肉汁はないが美味い!」

 

一口食べるともう止まらない。一気に掻っ込むアカメとスプーンの往復が早くなるコルネリア。素朴ながらも地味豊かな味わいと適度な塩の味付けが疲れた身体に染み渡る。

 

ーーーーお粥なんて初めて食べたけど、こんなに美味しいなんて……

 

夢中になって食べる二人の側に彼女らも座り、自分達の分を食べ始める。

 

「とこほふぇあなふぁふぁひぃは」

 

「何を言ってるかわからん。口の中のものがなくなってから喋れ品のない」

 

辟易した顔つきでアカメを嗜める。この人物は下品な物が基本的に嫌いだ。決して自分も高貴な生まれではないはずなのに、この手のマナー違反がカンに触る。その弊害と恩恵を最も受けたのは必然的にエスデスだった。彼女の社交場での振る舞いはヴァリウスによって作られたといって差し支えない。

 

「ご、ゴメンなさい。ほらアカメ、呑み込んで」

 

「ん…………っくん。ところで貴方達はどういった人物だ?見た所一般人ではない」

 

「軍服を見てわからないか?帝国軍の者だ」

 

「わからないから聞いている」

 

タエコの言葉にアカメが返す。教えてもいいか、とタエコが師に視線を向け、緋色の髪の美女は頷いた。

 

「エスデス軍所属、視察部隊隊員、タエコ」

 

「下に同じく、エスデス軍所属軍医、チサト」

 

チサトと名乗る美女が身分証を見せる。そこに刻まれたエンブレムを見て二人とも大きく仰け反った。完全に予想の斜め上の身分の人物達だった。

 

「で?貴様らは?」

 

この質問に思わず顔を見合わせる。父に決して自分の素性をバラすなと厳命されているが、この人物達に嘘をついていいものか判断がつかなかったのだ。

 

「ワケありなら詳しくは聞かんが?」

 

「い、いえ、私達は皇拳寺門下の者です。今は武者修行の旅で各地を行脚しています」

 

「ほう、佇まいから素人ではないと思ってはいたが中々大物だ。名は?」

 

「私はコルネリア。こっちはアカメ」

 

「初めまして」

 

ペコッと頭を下げ、すぐに戻す。今度は黒髪の方が口を開いた。

 

「フェイルという人はどこにいる?あなた方の隊長のはずだ」

 

「隊長はもう宿に入ったはずだ。なんだお前、隊長の知り合いか?」

 

「いくつか教えを受けた。あの人には恩と確かめたい事があったから会いたい。どこの宿にいる?」

 

「そりゃ教えられん。そこから先は身内の情報だ。迂闊には喋れんさ」

 

「……………そうか」

 

皿に残った麦粥を一気に流し込み、立ち上がる。それに続くようにタエコも立ち上がった。

 

「では、我々はこれで。隊長には私から礼を言っていたと伝えておこう。食い終わったら皿は適当に捨てておけ、いくぞタエコ」

 

「あ、待って!」

 

黙ってチサトに続こうと背を向けたタエコ達を呼び止める。最も聞きたい事を聞いていない。

 

「貴方達は……人の幸せとはどのように守れると思う?」

 

切実な響きを含んだ声に足を止める。そしてその問いの答えは難しい。時代を問わずその問いに悩み、苦しむ者は大勢いる。軍医を名乗る美女をその1人。今は彼女なりに答えを出してはいるけれどそれが正しいかどうかはわからない。

 

「さあな、人の幸せなんてのはそれぞれだ。他人が勝手に決めていい事ではない」

 

「………………でも」

「それでも一つだけ確かに言える事がある」

 

飢餓に苦しむ人間が多くいるこの国は不幸な人で溢れているだろうと続けようとした言葉は遮られる。

 

「人を斬る事で人は幸せにはならん。そいつを斬る事で救われる人間もいるかもしれないが、そいつが斬られた事で悲しむ人間も必ずいるからだ」

 

二人とも息を呑む。自分達が今まで信じてきた事を真っ向から否定され、そしてその真実に納得してしまったから。

 

「私達は軍人だ。人を斬る事が必要な時もある。だがその理由を考えずに剣を振るう者にはなにも成せず、いずれ折れる。そんな奴は命令を下す者の意思を体現する道具でしかないからだ。それは人でありながら人でない。どれほど強力な剣であろうと壊れる時は必ず来る」

 

かつて己は魔神の牙だと思い込んでいた男の独白。あの時彼はなにも考えない、ただあの美しい魔女に飼われた狼だった。

 

「私達が…………道具?」

 

呆然と呟く。ただ父の命ずるままに人を斬り続けてきた。それは意思のない操り人形が糸のまま繰り手に操られるのと何が違うだろう。コルネリアはその言葉に頭を殴りつけられたような気がした。

アカメは己の中にあった蟠りが解けていくのを心で感じていた。疑問だった殺し。大好きだった定食の女将を斬った時のあの涙の理由。その全てに感じていた違和感が氷解していった。

 

ーーーー私は……父の刀なだけだ……

 

その自覚は忘れかけていた自我を目覚めさせ、彼女らの視野を大きく広げる一助となった。

 

「憶えておけヒヨッコども。大切な誰かの為に120%の力を出せる。そんな奴だけが本当に強くなれるんだよ」

 

「誰かの………為……」

 

緋色の髪の美女の軍服の裾をタエコが握る。私が強くなるのは貴方の為だと掴んだ指の強さが訴えていた。

 

ーーーーそうだ、私だって最初はクロメの為に……

 

「そんな強さ……私、知らない」

 

ギュッと拳を握る黒髪の少女の傍ら、金髪碧眼の拳士が道に迷ってしまったかのような心細い声で呟いた。

 

「だろーな。今は迷ってもいいさ。貴様はまだ若い。大いに迷え。でもいつかわかる時は来る。その時、どうするかは」

 

トンとコルネリアの心臓を指差し、人差し指で軽く押す。

 

「貴様の心の針に従え。私が今言ったことがわかるお前の心ならきっと正しい道を教えてくれる」

 

そう言葉を残し、二人は彼女らと別れた。その背中を見送る中、小さな声でアカメが呼びかける。

 

「コル姉……」

 

「…………なに?アカメ」

 

「私達は……今のままでいいのだろうか」

 

同様の思いはコルネリアの中にもあった。敬愛する父の命ずるままに戦う。その事になんの躊躇もなかった。しかし一度でも違和感を憶えてしまえば過去を振り返る事はできる。理不尽な要求。人を殺す事で平和が訪れるという矛盾。気づいてしまえばなぜ今まで疑問に思わなかったか、不思議なほど妙な行動が父と自分達にはあった。

 

国の為だと父は言う。力で屈服させ、己を父と呼べとあの男は言う。その事に納得していた。考えてみればおかしな話だ。彼がいくら父だと思えと言っても、私がいくらパパと呼んでも彼は父ではない。

 

言葉は嘘をつく。その事に気づいてしまった。なら何を信じればいい?それは行動だろう。やってきた事は嘘をつかない。

 

そしてその行動を見直すと…………

 

ーーーーううん、まだそう決めるのは早い。あの人の事だって私はまだ言葉でしか知らないじゃない

 

「今はただ目の前の任務を遂行しよう。あの人も言ってたじゃない。いずれわかる時が来るって。それまではさ、仲間を守る為に戦おう」

 

「………………ああ、そうだな」

 

二人の背中が見えなくなり、コルネリアとアカメも踵を返した。言いようのない蟠りを二人の心に残して…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師父……」

 

「ん?どうしたタエ」

 

二人きりに戻り、尾行されていない事を確信したタエコが師に呼びかける。二人の身分を聞いて気になった事が出来た。

 

「皇拳寺の門下って、昨日師父が言ってた……」

 

「さあ?わからんぞ?間合いの取り方や重心の置き方にその色は見られた。本当に門下生かもしれん」

 

昨夜、皇拳寺の門下生を名乗る暗殺者の女と会ったという話は三人には告げていた。警戒するのは当然だろう。

 

「師父の名前も知ってた。昨夜あの黒髪の方と会ったんじゃないの?」

 

「暗くて顔はよくわかんなかったんだよな。太刀筋見れば一発でわかるだろうけどあの場で見せてくれとは言えんし。あ、エディの軍なら別に言えたか、手練に喧嘩ふっかけんのはよくある事だし」

 

「ならやっぱり…………あの場で斬れば良かったんじゃ…」

 

細みの剣に手を掛けながら今からでもと殺気を滲ませる彼女の肩に手を回し、抱き寄せる。女にしては高身長の彼女だがフェイルと比べると華奢も華奢。抱き寄せながら力入れると折れちまいそうだな、と心で苦笑しながら自分の肩にもたれ掛けさせた。

 

「し、師父……その、あの、こんな所では……心の準備が……往来だし、人目あるし、下着普通のだし……」

 

「なに色気づいてんだお前は。それと最後の関係ねーし。そういきなり殺気立つな。俺より喧嘩っ早いなお前は。ババラはどういう教育してんだ。あいつも二言目には殺すでいかん。いいか、古来暗殺で大事を成した奴はいねーんだよ。タケチしかり、カワカミしかり」

 

前者は暗殺者集団の黒幕だった人物であり、後者は実際暗殺を行っていた人物だ。知っているものは知っているが一流の名ではない。

 

「彼らは反逆者。名を馳せるのは難しい」

 

「ばっか、反逆者でも凄えのは幾らでもいるぜ?サイゴウを見ろ、南部の全ての武人を一手に纏め上げた人物だ。ヒデヨシもだ。彼は言ってみれば農奴からのしあがった簒奪者だがそれでも天下を盗んだ大泥棒よ。俺の弟子ならそれぐらいを目指してみろ」

 

「無茶だ……」

 

無茶なものかとぐりぐり頭を撫でる。それぐらいの期待をして、フェイルは彼女を弟子にしたのだ。実際に出来るかどうかはともかく、志はそれぐらい高く持ってもらわねばならない。

 

「あの子達の目はまだ綺麗だった。昔の俺のように汚れてない、濁っていない。ならまだ帰ってこれる余地はある」

 

「あの子達を救いたい、と?」

 

「そんな事は言わん。そこまでしてやる義理もないしな。彼女らが帰ってくるのだとしたら自分の足でだ。それが出来てから初めて少し考えるかな」

 

「………………そっか」

 

抱き寄せられた肩に体重を預ける。こうしてこの人に二人きりで甘えるのも久しぶりだ。あの二人と合流するまで役得とさせてもらおう。コレぐらいはいいだろう。

 

「疲れたか?」

 

「ううん。こうしたいだけ」

 

「そっか」

 

特になにも言わず、されるがままにしてやる。彼女にとっては俺が唯一頼れる家族だ。二人の時くらい好きにさせてやるとしよう。

 

側から見れば女同士が寄り添いあった格好で二人は今日の宿へと歩き始めた。




*大切な誰かの為に120%の力を出せる
100%中の100%<120%
*タケチ
武市半平太。幕末の土佐勤王党の志士の黒幕。決してロリコンではない、フェミニストでもない。多分。
*カワカミ
河上彦斎。尊皇攘夷派の熊本藩藩士。佐久間象山を暗殺。つんぽではない。ヘッドホンもつけてない。きっと。
あとがきです。なんかこの小説、ひたすらフェイルが説教しかしてない気がする。早くバトルに持っていかなくては……でも皆さん勝手に動くから……たとえの人物には中国の人を出したかったのですが中国史あんまり知らないので幕末の志士となりました。筆者、幕末大好きです。それでは感想、評価、よろしくお願いします

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