フェイル   作:フクブチョー

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第十四罪 歯車は狂いだす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは暗闇の中にいた。時間による物ではない。環境のせいだ。辺りは鬱蒼とした森に囲まれ、陽はあまり届かない。

その場所は修験者達がよく訪れる魔境。ジフノラの樹海。

辺りは常に暗く、多くの危険種達が潜む危険地帯。通常、そんな場所に人が、まして子供が来る事などまずあり得ない。

しかしその場所には今日、多くの子供達が入らされていた。どん底の不景気の為、親に売り払われた子供達。彼らを引き取ったのは軍のとある施設。彼らは特別な訓練を施され、今日はその中からさらに素質のある子供を選び出そうという選定試験が行われていた。

多くの子供達が迷宮のような森に悩まされ、出口を見つけられず彷徨う中、しっかりとした足取りで戦っている女の子がいる。

よく似た二人だ。恐らくは姉妹なのだろう。傷ついた妹を姉が背中に庇い、ナイフを構えている。姉の紅い瞳には強い意志が籠っていた。

彼女らの前には傷ついた危険種が牙をむき出しにして対峙している。彼女と危険種の戦いももう終盤。今の所、少女が有利な状況のようだ。

 

ーーーークロメは……私が護る!!

 

危険種に向かって飛びつく。戦場では先手必勝。傷のせいか、反応が遅れた危険種はモロにそのナイフは首筋に刺さった。引き抜き、飛び退く。

 

ーーーー終わりだ!!

 

大きく振りかぶり、脳天に最期の一撃を加えようとした時、ガサリと物音がした。

突進をやめ、急ブレーキをかけると同時に飛び下がる。新手が現れたのなら真っ先にそちらを警戒しなくてはならない。

 

しかし其処にいたのは新手ではなかった。敵意はなく、痩せ衰えた小動物。恐らくその危険種の赤ん坊だ。

 

ーーーー子供……

 

相手の戦う理由が其処にあった。そして自分の戦う理由は後ろにある。自分の為ではない。護りたい家族の為……その為に戦っていた。その理解が紅い瞳の少女に躊躇を生んだ。

 

 

その一瞬が野生では死を分かつ。

 

 

子を守る手負いの危険種など最も警戒すべき猛獣。その猛獣の前で見せてしまった致命的隙。食らいつかれないなんてあり得ない。

 

開いていた距離が瞬時になくなり、少女の上に乗りかかった。肩を爪で抑えつけ、牙が顔面を食い千切らんとする。傷ついた妹では姉を庇えない。

 

ーーーークロメっ!!

 

最期の刹那で妹を想うがもう彼女に出来ることは何もなかった。

 

 

その瞬間……

 

 

危険種の五体が木っ端微塵になる。正確にはこの表現は間違いなのだが、紅い瞳の少女にはそうとしか見えなかった。

 

危険種のその血を全身に浴びながら屍となった危険種の向こうに目を向けた。

 

男の子だ。若い……というより幼い。恐らく10代前半。少年と青少年の間といったところの年の頃だ。燃えるような緋い髪に自分とは違う、宝石のような鮮やかな紅い瞳をした美少年。

 

紅い瞳の少女は唐突に現れた恩人を思う。自分達と同じ境遇の少年かとも考えたがそれはあり得ない。自分達は競争相手。つまりは敵同士。不意打ちをしてくることはあっても助ける事などあり得ない。

それ以前に歳が合わない。幾ら若いといっても彼の歳は確実に10を超えている。自分達は売られた子供。どんなに歳上でも二桁はいかない。

 

ならこの少年は一体何なんだ?

 

 

「まったく、メシくらいゆっくり食わせろよな」

 

 

溜め息をつきながらナイフの血を拭う。片手には干し肉を持っており、それを噛みちぎりながら少年の顔色には呆れが強く浮かんでいる。

 

「君達のような子供をこんな危ない森で16人見た。事情を訪ねても口を閉ざして慌てて森の奥へと消えるばかり。一体何をやっているんだ?君達は」

 

話しかけられているのはわかっているが少女は答えようとは思わなかった。敵か味方かよくわからない相手に無駄に口を利くわけにはいかない。

 

フンと鼻で息を吐く。特に答える事に期待はしていなかったと言わんばかりの呆れ顔。答えないならここにいる意味もない。少年はこの場を去ろうと背を向けた。特に彼女達にも興味はない。少年がこの修験者の森にいる理由はただの修行と狩りなのだから。

 

「ねえ、お嬢ちゃん」

 

背を向けたまま声をかける。返事は期待していなかったが誰もが通る道だから言っておこう。

 

「相手にどんな事情があろうと野生でトドメを迷うな。そしてトドメの時ほど注意深く、かつ迅速に行動しなければならない。最期の一撃ってのは油断の一撃に限りなく近い」

 

変わらず表情は見えない。それでも何故か彼が笑ったような気がした。

 

そのまま森の奥へと消える。姿が見えなくなってからようやくその思考に行き着いた。

 

「名前……聞くの忘れた」

 

コレがヴァリウスとアカメ。後に帝国を恐怖のどん底に叩き落とす二つの異なる紅い瞳の最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーん……

 

任務前で川べりで休んでいた黒髪の少女の意識が覚醒する。どうやら眠っていたようだ。

 

ーーーー昔の夢……か

 

パンパンと両頬を叩いて気合いを入れ直す。これから任務なのだ。しっかりしなければ。自分の役目は水中に逃げた敵の掃討。

 

一度深呼吸し、水の中へと潜る。もう先ほど見た夢の事は忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅く沈めていた意識が覚醒する。誰かが近づく気配を察したからだ。しかしその気配が洞窟から伝わってきたので特に警戒はしていない。これはもう戦士の本能だ。

 

ーーーーまた中途半端に古い夢を……

 

時は過ぎ、夜。合流場所へと向かい、しばらく待っていたフェイル達だったが、ババラは一向に現れなかった。あまり一つの場所に留まっている事も危険だと判断したフェイルは今夜は野営をする事にし、合流場所から少し離れた洞窟で一夜を過ごす事にした。

弟子達を寝袋で寝かし、フェイルは壁に背を預け、剣を抱えて座りながら毛布にくるまり、眠っていた。野営をする時はいつもそうしている。

寝にくそうだが慣れてしまえばどうという事はない。彼の人生の中では横になって眠ることの方が少ないくらいだ。

 

「お師様……起きていますか?」

 

「寝てるよ」

 

目を瞑ったまま返事をする。オロオロと慌てる気配が伝わる。軽い冗談だったのだが彼女は己の師の返答をどう受け取っていいのかわからない様子だ。

 

「久々に出たな。眠れないのか?」

 

「………………はい、炎を見てしまったので」

 

目を開けてみるといたのは予想通り大陸風の衣装を纏った黒髪の美少女。焔の狼の二番弟子。キッチリと畳まれた寝袋を持って来ている。

 

彼女がこういった事になる事はいままでにも何度かある。幼い頃、故郷が炎に焼かれたトラウマから目を閉じるとその時の光景が蘇る事があるらしい。そういう状態になった時、彼女はいつもフェイルの元へと出向く。あの夜、炎と刃から己を護ってくれた師の隣で眠ると彼女は安心して眠れるのだ。

 

成長し、時が経つにつれ、その頻度は減ってきていたのだがそれでも時々眠れずにフェイルの寝所を訪れる。チサトは時が解決すると言ってたがはてさて完治はいつになる事やら。

 

くるまっていた毛布を地面に引き、ポンポンと叩く。ここで寝ろと所作で示した。

 

ぱあっと表情を明るくさせ、フェイルの隣に滑り込むように寝転がる。華奢な身体を抱きしめ、髪を撫でてやるとあまえるように鼻を鳴らして俺の胸に頭を擦り付けてくる。師が狼だからか、動物のようなやつだ。

 

「〜〜♫」

 

穏やかな低い声で歌ってやる。エディと二人で旅をしていた頃に何度も歌ってやった曲だ。奴は芸術に関してはまったくセンスが無かったため、曲の良し悪しなどまったくわからなかったが、寝る前になると決まってせがんだ。

 

撫でてやっているうちにファンは小さな寝息を立て始めていた。色々と大きくなって来てはいるが寝顔はまだまだあどけない。それでも弟子の成長を思い、笑顔が溢れた。

 

ーーーー本当にどんどん大きくなるな……

 

育つという事の凄さに改めて感嘆する。この小狼は教えた事は何でも覚えるし、教えてない事もいつの間にか出来るようになっている。俺もそうだったのだろうか?なぁ、エディ。

 

自分の狩りの師匠の事を思いながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大都市ラクロウといえど深夜、それも川辺となると人もいない。河の水も闇に埋め尽くされ、中は何も見えない。

 

そんな何も見えない暗闇の中、火を焚いて座っている一人の青年がいる。炎の中には豚型の危険種、イベリコがある。どうやら男は食事しているらしい。

ファンを寝かしつけた後、起こさないようにねぐらから出て、ババラとの合流場所である木に括られた目印のハンカチの下で待っていたのだが一向に来ないため腹が減り、近くにいた危険種を適当に狩り食事していたのだ。

 

 

ーーーーチッ……もっと具体的に時間を聞いておくんだった。

 

肉にかぶりつきながら悪態を漏らす。待たされるという事が嫌いなフェイルは少しイラつき始めていた。深夜という事で変装は解いている。ババラに余計な誤解をさせても面倒だ。

 

ーーーーん?

 

水音が跳ねる音が聞こえた。その時点で既に異常を察した。

 

腰の剣の鯉口だけは切っておく。ヘタに抜いて警戒させると面倒だ。かといって無防備なのもまずい。これくらいの警戒が丁度いい。

 

暫く水音が聞こえた後に音も何もかも消え去った。どうやら誰かが水辺から上がってきたようだ。

 

ーーーー子供……か?

 

現れたのは闇より黒い髪を腰まで伸ばし、血を思わせる深紅の瞳を持つ少女。細身の剣を持ち、全身はずぶ濡れ。顔立ちは整っているが無表情。

 

ーーーーちょっとタエに似てるな

 

相手もフェイルに気づいた。唐突に手に持った剣を振りかざし、かなりあった間合いを一瞬で詰めた。

 

「まったく、メシくらいゆっくり食わせろよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間は遡る。黒髪の少女、アカメは河の中に潜伏していた。彼女のチームは革命軍雇われの傭兵、天狗党の襲撃が行われており、アカメは残党の処理。つまり河へと逃げた連中を仕留める役割を任されている。

 

河の中に飛び込んでくる天狗党の連中は粗方片付け、討ち漏らしがないか確認しようと、一度河から上がったその時だった。

 

闇の中で火が燃えている。そこに佇む一つの人影。最初は特に何とも思わなかった。先ほどまで河の中にいた天狗党の連中がこんな所で焚き火などしているわけがない。大方、旅人が暖を取っているのだろうと推察していたのだ。

 

 

その男と目が合うまでは……

 

 

闇の中であっても紅玉を思わせる美しい緋の瞳はこちらを見ていることを鮮明に伝えていた。目と目が合ったのも分かった。その瞬間、少女の身体に戦慄が走った。

 

肉食獣に目をつけられたかのような感覚。背筋が凍りつき、毛が逆立つ。今までまったく感じたことのない脅威。

 

父に鍛えられたこの8年間で、それなりに強敵への耐性はあるはずだった。事実自分より強い人間に勝利を収めてきたのだ。それなのに今は自分を抑えつけることが出来なかった。

 

気がついたら腰の剣を抜き放ち、駆け抜けていた。目の前の男は座っている。しかも何か手に持っているようだ。あの状態なら攻撃する事はほぼ不可能。ならば先手必勝。

 

手に持つ剣の銘は桐一文字。一度斬るとその傷は治らない臣具と呼ばれる特殊な武器。帝具程の性能はないが充分に強力な武器。その一刀が男の背中に向けて振るわれた。

 

 

「まったく、メシくらいゆっくり食わせろよな」

 

 

背後から唐突に声が聞こえた。襲い掛かってきた食事の後ろに瞬時に回り込んだのだ。その言葉を聞いた瞬間、何故か少女の脳裏に緋がよぎった。

 

ーーーー体捌きすら見えなかった!!

 

驚愕しつつも声が聞こえた音源に向けて少女は再び刀を振るう。彼女は思考と行動を完全に切り離して戦える戦士なのだ。

 

目にも留まらぬ見事な太刀筋で剣が縦横無尽に振るわれる。だが男は事も投げにヒョイヒョイ躱す。まるで当たる気配がしない。

 

しかしアカメにはこのまま斬撃を繰り出すしか選択肢はなかった。この攻撃の波が止んだ時こそが己の敗北の時だからだ。そんな覚悟が功を奏したのか、状況は唐突に激変した。

 

男の体勢が大きく崩れたのだ。水場の近くだったため、ぬかるんだ泥か何かに足を取られたのだろう。そのまま仰け反るように身体を後ろに反らした。

 

ーーーーもらった!!

 

刀を構え、無防備になった上半身につきたてようと振りかぶったその時……

 

少女の手から刀が吹き飛んだ。

 

仰け反った状態のまま男が足を振り上げる。繰り出されたケリは利き腕を捉え、刀を吹き飛ばす。

 

あり得ない体勢から反撃されたという事実に彼女の身体が驚きで一瞬硬直する。その一瞬はこの男に取って致命的な隙。

 

そのまま両足でアカメの首に絡みつき、地面に押し倒し、馬乗りになった。

 

「はい、残念賞」

 

両腕を脚で封じながら肉にかぶりつく。お前など片手間で充分だと言わんばかりのその姿に憤るというより諦観の情が湧き上がる。

 

「腕は悪くない。迅さも素晴らしい。だがまだまだ隙が多い」

 

まるで教官のように良い点と悪い点を指摘する。顔は暗くてよく見えなかったが、月に差していた雲が時間と共になくなり、月明かりで男の顔が露わになる。

 

 

「トドメの時ほど注意深く、かつ迅速に行動しなければならない。最期の一撃ってのは油断の一撃に限りなく近い」

 

 

夢の少年と同じ事を言った男は緋色の髪に紅玉の瞳を宿した青年だった……

 

二つの紅い瞳が交わり、千年続いた帝国の崩壊の歯車が回り始る……

 

 

 

狂々、狂々(くるくる、くるくる)と……




*まるで教官のように良い点と悪い点を指摘する。
もはや職業病

最後までお読みいただきありがとうございます。どうしてこうなったぁあああ!!キャラが私の頭の中で勝手に動く〜〜!やべーよ終着点がまったく見えねえよ!誰か私の代わりに続き書いて!とまあ泣き言言いながら頑張りたいと思いますので感想、評価よろしくお願いします!

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