フェイル   作:フクブチョー

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第十二罪 放った炎が還る場所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは………」

 

大河を渡りきり、炎が見えた方向へと駆け抜け、たどり着いてみると、そこには火の海が広がっていた。

元は小さな村だったのだろうが今はもう人の住める状態ではない。フェイルたちもこれ以上近づくことは出来ないでいた。

 

「酷い……」

 

3人の速度に途中からついてこれなくなった為、フェイルにおぶさったチェルシーが背中越しに呟く。見えるだけでもかなりの数の焼死体があるのがわかる。

 

「早く消さないと」

「タエ」

 

火に近づこうとしたタエコをフェイルが止める。その口調は真剣そのものだ。

 

「迂闊にこの炎に近づかない方が良さそうだぞ」

 

懐から包帯を取り出し、火につける。瞬く間に包帯が燃え始め、火に包まれた。その上に瓢箪に入れられた水を注いでみるが、火の勢いはまるで衰えない。

 

「ウソ……」

 

「俺のバーナーナイフと似たような炎らしい。迂闊に近づくと焼け死ぬぞ」

 

腰に差した剣を抜き放つ。炎に向けて剣を掲げた。

 

「師父、何を……」

 

「俺の前では全てが燃える」

 

バーナーナイフから碧い炎が放たれる。蒼炎が炎を呑みこみ、燃え散らしていく。同じ特殊な炎でも炎の格が違うようだ。

しばらくすると村を覆っていた炎は全て無くなった。

 

「生き残りを探すぞ。急げ」

 

『はい!』

 

村の中へと入り、生きている人間がいるかを確かめる。

 

「師父!子供が1人!」

 

村から少し外れたところに火傷を負った少女が倒れていたらしい。すぐさま駆けつける。

 

ーーーーこれは…

 

「遅かったか……」

 

内臓が焼けてしまっている。もう助からない。薬草を飲ませてやるがコレはいわゆる麻薬に近い薬だ。強引に痛みを忘れさせることが出来るだけ。それでもせめて痛みからだけは解放してやりたかった。

 

「痛かっただろう。よく頑張った」

 

激痛で歪められていた顔は落ち着きを取り戻す。コレでまだ暫くは生きられるだろう。数時間の延命に過ぎないが、それでも彼女が笑顔を見せてくれたのが救いだった。

 

3人の弟子達が一斉に武器を構える。フェイルも腕に少女を抱き抱えながら剣を抜き放つ。誰か複数の人間が近づく気配を感じ取ったからだ。足音からして素人ではない。

森の奥から現れたのは耐火服やマスクをした男達。それぞれが手に火炎放射器を持っている。

 

「焼却部隊か……」

 

軍にいた頃に聞いた事がある。人も物も何もかも焼き尽くす証拠隠滅及び皆殺し用に作られたという部隊。エスデス軍には俺がいたから世話になった事は皆無だったが……

 

「ヴ、ヴァリウス副将軍!?」

 

一際大きな火炎放射器を持った男が俺の顔を見て叫ぶ。マスクをしているため顔はわからない。胸に大きな傷を負った殺人鬼のような姿の大男。チェルシーが青ざめるのも無理ない出で立ちだ。

 

「師父、知り合いですか?」

 

「いや、初対面。まあ帝国軍人なら誰が俺の事を知っててもおかしくない」

 

ーーーーそれに興味ない人間の事なんざ覚えてられねえしな

 

軍人なんて数え切れないほどいた。印象に残った者なら忘れないがその他大勢など覚えてられるはずがない。

 

「だがそのタンクには覚えがある。火炎放射器として有名な帝具だ。確かルビカンテだったか?お前が隊長か?名は?」

 

一際大きな火炎放射器を抱えた男に向けて剣を突きつける。

 

「ボルスといいます。いきなり炎が消えたので不審に思い戻ってきましたが、まさか貴方様と鉢合わせるとは……」

 

放射口を俺に向けて呆然と呟く。今の彼の選択肢には俺を殺す事も入っているだろう。なにせ俺は第一級犯罪者だ。

 

「ボルス君、なぜお前達はこの村を焼いた?一見して普通の村のようだが……」

 

「この村は革命軍と通じていると報告がありました」

 

そして上から焼けと命令があったから焼いた……か。三年経っても相変わらず思考停止しているな、帝国軍人は。俺もこうだったかと思うとゾッとする。

 

「よしんばそうだとしてもなぜこんな幼子まで巻き込むやり方をした?この子に一体なんの罪がある?」

 

「誰かがやらなければならない事です」

 

その答えに思わずため息が漏れる。予想してはいた答えだ。だからこそ吐き気がする。

 

「その少女を、ヴァリウス様。そして貴方様も投降してください。さもなければ貴方様まで焼き払わなければならなくなります」

 

「なんだ、随分とお優しいな。悪・即・焼がお前らのスタイルじゃなかったか?」

 

「私は優しくなんてありません。貴方様の事は以前から尊敬していました。出来れば戦いたくありません。いかに副将軍といえどこの人数差相手に女子供を連れて戦えないでしょう?どうか賢明な判断を」

 

3人の小狼達が殺気立つのがわかる。足手まとい扱いされて怒る程度には彼女達は力とプライドを身につけた。

 

ーーーー4対20か………勝てんとはいわんが……

 

ここで彼らを皆殺しにしたら事件となり、帝国が調査に出てくる可能性がある。その場合、下手人が俺とバレる事はないだろうが、俺にたどり着く可能性はゼロではない。

 

ーーーーつまり、俺が何もせずこいつらをファン達に叩きのめしてもらうのが一番いい。

 

女にボコにされたとは彼らも報告出来ないだろう。それに彼らの仕事も概ね終わっている。瀕死の子供1人くらい見逃すはずだ。

 

「ファン、タエ」

 

名前を呼ぶとコクリと頷く。何をやるべきかはわかっているようだ。

 

ハンドサインを送る。意味は“殺さず、素早く”だ。殺ってしまったら連中も引けなくなる。かといって殺す気がない事を悟られるわけにもいかない。ハッタリとは本気に見えなければ意味がないのだ。

 

サインを読み取り、再び頷くと同時に飛び出し、ファンは石突きで、タエコは峰打ちで瞬く間に八人を気絶させた。

状況を理解できず、混乱しているボルス以外の雑魚の動きをチェルシーが止める。ピアノ線を一瞬で張り巡らせ、首元を僅かに切り警告したのだ。

 

 

動くと殺す、と

 

 

最も戦闘力のない彼女に瞬時に命を握られた彼らは何も出来なかった。

 

唯一回避行動を取り、戦闘態勢を取っていたのはボルスのみだった。ルビカンテを起動しようと構えるがその動きも止められる。フェイルが瞬時に間合いを詰め、喉元に剣を突きつけたのだ。

 

この間、僅か二秒。

 

ボルスはようやく理解した。狼の牙を突き立てられ、人質とされていたのは自分達だったのだと。

 

ボルスが状況を把握した事を確認するとフェイルが威圧するように笑い、親しげに話しかける。

 

「どうだろうボルス君。ここは一つ、度量の広いところを見せてこの子の扱いは俺に任せてくれないか」

 

このままでは再びこの子は焼き殺されてしまうだろう。どのみち消える命ではある。それでも彼女にそんな苦しみを二度も味わせるわけにはいかない。

 

「そ、そんなわけには「それとも……」

 

 

このまま俺達とヤるか?ボルス……

 

 

ガチャリと剣を鳴らし、喉元を僅かに斬る。

 

「勘違いするな。コレは交渉ではない。命令なんだよ、ボルス君。返事はハイかYesしか認めない」

 

帝国の恐怖が己の中に染み付いているからか、ボルスはまだ迷いを見せている。任務失敗のツケがそこまで怖いのだろうか?

 

「心配するな、君は別に任務失敗したわけではない。全滅の時間が少しズレるだけだ。誰も君を責めんさ…」

 

今度は剣を鳴らすだけでなく殺気を叩きつける。かつて帝国最強と呼ばれた男の本気を込めて。

 

「隊員全滅という大失態を犯すより余程良いだろう?」

 

そこでようやく心が折れた。

一度頷き、体の強張りを無くす。戦闘態勢を解いたのだ。隊長が降伏した以上、隊員は従うほかない。武器を捨てて手を挙げた。

 

視線をチェルシーへと送る。意図を理解した彼女は糸の拘束を解いた。ファンとタエコもそれぞれの得物を収める。

 

「わかっているとは思うが俺の事は他言無用だ。報告出来ないだろうとは思うけど一応言っておこう」

 

「………………わかっています」

 

「ならいい。任務ご苦労」

 

行くぞ、と目で指示を出し、少女を抱き抱える。

 

「ああ、先人として一つアドバイスをしてやろう」

 

立ち止まり、横顔でボルスを見る。

 

「テメエが悪人だとわかっているなら、冒した罪と奪った命を忘れるな。放った炎を忘れた時、その炎はお前を焼き尽くすぜ」

 

ーーーーいつか俺も……

 

腰の剣の柄を叩き、前へと向く。そのまま森の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬のおかげで痛みを忘れている少女の息が少しずつか細くなっていく。気管支も焼けてしまったらしい。フェイルの腕の中で眠るように息を引き取った。

 

「お師様……」

 

目に涙を浮かべてファンが俺の裾を掴む。かつての自分と被るのだろう。助けてやりたかったと握った手の力が訴えていた。

 

「ファン……死もまた救いだ。この子は最期、人として死ねた。その事を忘れないでいてやれ」

 

師の言葉に力強く頷く。一度目元を拭うともう涙は見えなかった。

 

「お前達も決して忘れるな。コレが帝国の今だ。力のない者は死ぬしかない世界。強さが唯一の正義であり、弱さは悪である。弱さは死に値する罪である世界だ。生きていられる無辜の民は一割に満たんだろう」

 

少女の穏やかな死に顔を見ながら三人は師の言葉を噛みしめる。この理不尽な乱世に抗う覚悟をする為に。

 

「そんな世界をお前達が終わらせるんだ。他の誰でもない、お前達がな」

 

ポンとチェルシーの頭に手を置く。

 

「随分と大変そうだね〜。今は終わりが全く見えないよ」

 

苦笑いを浮かべながらチェルシーがボソリと溢す。その意見は尤もだ。俺にすら見えないのだから。

 

「貴方の弟子をやるのは命がけだよ、師父」

 

「だからこそお前達に言うんだろーが。誰にでもできる事を俺の弟子に言うかよ」

 

思わず緋色の髪の男を見つめる。彼がこのように彼女達を認めている発言をする事は非常に珍しい。少なくとも本人の前で言うのは初めてだ。

 

「強くなれよ、お前ら。大切な何かを護れるようになれ。なあに心配するな。その時間は俺が作ってやるから」

 

『ハイ!!!』

 

力強く返事をした三人の弟子の頭をそれぞれ撫でてやる。

 

「さて、この子の墓を作ってやらなんとな」

 

「それは私に任せて頂けませんか?」

 

身体中ずぶ濡れになり、息を切らして森から現れたのはチョウカクだった。その異様に四人四様の反応を見せる。

どうして此処が分かったのか、何故今まで現れなかったのか、疑問は数多く浮かんだが、フェイルの頭に浮かんだのは一つだけだった。

 

ーーーー泳ぎ切ったのか……あの大河を。

 

紅河を渡りきるなど、超人的身体能力を持つフェイルですら驚く諸行だ。いくら超人でも所詮は人。傍目からはほぼ海に見えるあの河を泳いで渡りきる事は彼でも無理だ。

 

「なんだ坊主。まだいたのか」

 

それでも動揺は見せず、今更来た事に呆れたような口調で振り返った。

 

「申し訳ありません。私に戦闘力は皆無ですので」

 

「そうは見えんがな」

 

普通に話し合う二人を三人の弟子が異様な目で見やる。明らかに異端な彼らがいるステージを彼女達は見る事しか出来なかったのだ。

 

「ま、俺は医者だ。仏さんの扱いは坊主に任せよう」

 

「ありがとうございます」

 

地面に寝かせていた物言わぬ少女をチョウカクが抱き上げ、踵を返していく。その様子をフェイルは黙って見過ごしていた。

 

「焔の光さん」

 

「は?もしかして俺の事か?」

 

「貴方はこの国をどう思いますか?」

 

「無視かクソ坊主」

 

眉に深くシワを作り、腕を組む。名前を教えたにもかかわらず、変なアダ名で呼んでくる坊主に不快感は隠せなかった。自分は名前を覚えられずによくやるのだが……

 

「この国では多くの人間が立ち上がります。そんな人間の事を権力ある人間はウジやハエと呼ぶ」

 

「間違った表現ではねえだろう」

 

「ええ、私もそう思いますよ」

 

二人のあまりの言葉に弟子達は気色ばむ。誰よりも彼の事は尊敬しているが、人間的にどうかと思う事は少なくない。それでも信頼は失われる事はない。彼がこの手の言葉を弟子の前で言う時には大抵裏がある。

 

「国が腐るからウジが沸く」

 

「その通りです」

 

二人の言葉にハッとなる。その様子を師が意地の悪い顔でニヤニヤと見ていた。

 

「なんだお前ら。ウジ発言を不謹慎とか思ってたのか?そんな考え方こそが不謹慎だ」

 

「いや、プラスイメージに捉える方が難しいでしょ!ウジだよウジ!私達人間!」

 

「いつからテメエらウジを見下せるほど偉くなった?俺の弟子に人権などあると思うなよ」

 

「私達の存在価値、ウジ以下!?」

 

「人間の存在価値なんざ昆虫どころか植物以下だぞ。憶えておけ」

 

四人の様子を見ながら人ならざる僧侶は笑いをこぼす。彼には四人の間にある強く暖かい絆が見えている。ヴァリウスという光に惹かれた三人の虫……というよりは狼。

 

ーーーー決して明るい運命が待っているというワケではなさそうですが……

 

それでも彼にとって四人は眩しく映る。これ程強い本物の絆を彼はこの国では久しぶりに見た。

 

「いずれウジ(かれら)を生み出した事をこの国は後悔するでしょう。彼らはいずれこの国を照らす光となる。貴方のように」

 

「俺は光なんて大層なモンじゃねえよ。狼だ」

 

「私はそんな人達と共にこの間違った世界を救いたい」

 

無視かコラ。終いにゃ斬るぞ。

 

「行くぞお前ら。回り道をし過ぎた」

 

ここから陸路だ。海路より遥かに時間がかかる。俺たちなら陸路でも充分間に合うだろうが急いだ方がいい。

 

「フェイルさん」

 

呼ばれるが足は止めない。どうせ大した話ではあるまい。聞く気にはなれなかった。

 

「呼んでるよ先生、いいの?」

 

「坊主の説教は嫌いでな」

 

足を屈め、跳躍する。慌ててファン達も後に続く。数秒も立たない間に四人の狼の姿は闇へと消えさった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー行ってしまいましたか……

 

彼らしいと思わず笑みがこぼれる。出会って数時間と立っていないが彼の人となりはわかり過ぎるほどわかる。

 

素っ気なく、他者を寄せ付けない、誇り高き狼。

そんな彼を放っておけない者たちが慕って集まる。そしてそんな者たちを優しい彼は放っておけない。足手まといとわかっていても一度背負ってしまえばもう彼は彼女らを捨てられない。狼とは誰より仲間を大切にする。

 

「貴方とはまた会えるでしょう。私にだけ見える未来がそう言っています」

 

 

知るかクソ坊主

 

 

鼓膜を振動させない炎狼の返事が聞こえた気がし、声を出して笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*ピアノ線を一瞬で張り巡らせ、首元を僅かに切り警告したのだ。
チェルシーには暗殺術を叩き込んでいる。忍び糸を操る事も出来る。
*最も戦闘力のない彼女に瞬時に命を握られた彼らは何も出来なかった
暗殺者にとっては強くない事は立派な才能。それなんて渚君?なんて言わない

後書きです。そろそろ期末試験ですね。更新速度がまた遅くなるかもしれませんが皆さん頑張りましょう。今回はボルスさんの死亡フラグがおっ立てられました。死んでしまった少女はもちろんあの時チェルシーが化けた少女です。コメントでは違うフラグと捉えられていたようで若干展開に迷いましたが、当初の予定のままで行きました。今回も最後までお読み頂き、ありがとうございます。それでは感想、コメント、よろしくお願いします

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