やさぐれIGO   作:76

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第4話

 

 

 

 

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「えー、皆さま大変長らくお待たせいたしました。これより公式によるネット囲碁、オフ会の開催を宣言し、数多くのご来場並びに……」

 お決まりの前口上をつらつらと並べ始めた小畑の脇で衝立の裏に隠れる様にスタンバイしている俺に目配せすると一呼吸おいて『特別ゲスト』の紹介をすると言い放ち壇上に上がる様に指示が入る。言われるがままに移動し小畑の隣に立つとスポットライトの白々とした明かりが照射され会場内の注目が一挙に集まるのが分かった。

「紹介しよう。皆が血眼になって探し続けていた存在。彼が無敗伝説を更新中の最強のネット棋士『sai』だ。今回のオフ会には少し無理を言って参加して頂いた。さぁ、自己紹介頼んだよ? sai」

 意地悪気に微笑んでマイクを差し出す小畑に小さく溜息を吐いて受け取り、口を開く。隣には『頑張って! ヒカル!』と応援する藤原の健気な姿が見え、程よく緊張を解してくれる。

「ただいま紹介に預かったハンドルネーム『sai』だ。生憎と俺はネット碁しか触ったことが無い類の人間故、碁に対する作法には少々疎い。失礼の無い様心掛けるが気に障るようなことが有れば遠慮なく言って欲しい。小畑氏この後はどうすれば?」

「うん。まだ時間もある事だし何点か質疑応答をして貰えるかな?」

 了解と首肯して騒めく会場の中、真っ直ぐに伸ばされたスーツの袖が見えるおかっぱ頭の青年の元へマイクを持ったスタッフが駆け寄り彼に手渡す。感謝しているのか礼儀正しくお辞儀して受け取り顔が見える位置まで誘導されスポットライトが彼にも当てられた。

「『sai』色々と貴方にはお聞きしたいことがあります。が、一つだけという事でしたのでこれだけは聞いておきたい。始めて貴方が打ったという定石は余りにも古すぎる。そこからの水を得た魚の如き成長……貴方は、一体何時から碁を?」

 嘘偽りは許さないと剣呑な強い光を湛えた両の瞳は俺を捉えて離さない。チラリと隣へ視線をやって興味深げに青年を見る藤原を想うと自然と口から微笑と言葉が飛び出していた。

「……フッ、千年前からとでも答えておこうかな?」

「ッ!」

 目を見開き、困惑としかし合点がいった様に息を呑んで黙す青年を尻目に己の役目を遂行すべく質疑応答を再び進行する。

「さて、次の質問がある方…………」

 

 

 

 

 

 

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 無難な質問を適当に答えた後、メインイベントの一つであるコンピュータとの対局の時間が迫ってきていた。檀上には特設ステージが組み上げられ既に大型のCPUが搭載されたデスクトップパソコンが置かれ、碁盤を挟んだ向う側には小畑が座しコンピュータから算出された位置に碁石を配置する役を買って出たらしい。

 此方としても僅かではあれど見知った顔と対面して打つことが出来る為に幾分か気が楽だ。置き間違いだけには注意しなければと気合を入れ藤原に『勝つぞ』と念を飛ばす。彼女からの返答は『当然です!』と気合十分な物だった。

「準備は良いかな? sai。お手柔らかに頼んだよ?」

「さっきは全力で来いと言っていただろう? どれだけ向上したのか楽しみにしてるよ」

「くくっ。失言だったね。では」 「嗚呼。」

 

 

        『お願いします』     

 

 

 先手は此方。黒を握り藤原が指し示すお決まりといっても過言ではない初手。右上隅小目へと打つ。返す刀でコンピュータから弾き出された座標へと小畑が不慣れな手つきで慎重に白を置く。木目は次第に黒と白に埋め尽くされていく。薄く笑みを浮かべながら小畑を手玉に取る様に彼方此方と黒で彩る藤原。そんな彼女の逞しい姿に此方も微笑みを湛え、心底楽しそうに打つ藤原を勝たせてやりたいと強く、強く願った。

 対局中盤、長考が増え始めたコンピュータを心配そうにのぞき込む小畑とスタッフを視界の隅に留め、盤上を何となしに眺めていた。初めはただの線が入っていただけの盤にはまるで宇宙の開闢の如く、碁盤という『無』から『星々』を生み出している様な錯覚すら感じる。『棋士』という存在は盤上の神と称しても過言ではないのかもしれない。……藤原佐為は『神の一手』を極めるために碁を打ち続けていると言った。だが、俺からすれば彼女ら棋士は少なくとも盤上では思い思いの星々を生み出す神のごとき存在だ。そこに貴賤は無く、打たれた数だけの宇宙が広がるのだろう。

「(ヒカル? ヒカルッ! 聞こえていますか? 此方の番ですよ?)」

 盤面を見つめて動かなくなっていたらしい俺を不安げに見つめる藤原にくすりと笑って大丈夫だと念を飛ばして告げる。

「(少しばかり考え事をしていただけだ、悪かったな。……行くぞ)」

「(物思いに耽るのは構いませんが、気を付けて下さいね?)」

 藤原によって扇子で指し示された線と線の交点へと手早く打つ。コンピュータはソレを読んでいたかのように小畑を伴いすぐさま打ち返し盤上で殴り合いの攻防を繰り広げる。藤原の顔に数瞬影が見えた気がしてついお節介を焼いてしまう。

「(藤原。相手はコンピュータだ。最適解を算出する事で最も効率の良い手を打つ絡繰り人形だと思え。正確無比というのは往々にして『虚』に弱い。つまり)」

「(……。ヒカル。ありがとうございます)」

 次手。俺が置いたその一手にコンピュータは困惑し、しかしその一手を無視して所定の位置へと置く様に小畑に指示を出した。藤原は笑みを深め、次を指し示した。

 

 

 

 

 

 

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 終局間近。モニタを通して見ていた、先ほど質問していたおかっぱ頭の青年が驚愕に目を剥く姿が人波の中に存在していた。

 互角だと思われていた盤上はあの奇をてらったかのような一手により姿を変え、白を大きく喰らっていた。コンピュータ側にはミスらしいミスは無かった筈であった。しかし、中盤に見せたあの一見悪手とも取れる一手が起死回生のソレとなって白へと牙を剥いたのだ。盤上の形勢をひっくり返す事は難しいだろう。現にコンピュータは長考に入ってからかなりの時間が経過している。これ以上の進行は不可能だと思った小畑プロデューサーは『参りました』と負けを認め、『sai』の勝利を大々的にモニタに映し出した。ヒカルは『ありがとうございました』とお辞儀をして討論に移るスタッフを背に休憩を取るべく裏方へと移動していく。

「ふぅ……。(何とか勝てたな。藤原)」

「(ええ。やはり相手にしにくいですね『こんぴゅーた』とやらは……ですが、ヒカルのおかげで勝てました。助言、助かりましたよ。ありがとうヒカル)」

「(別に、俺は何もしていないさ。お前に浅知恵を差し込んだだけだよ)」

「(いえ。ソレでも始めてヒカルと私で勝ち取った勝利です。それだけで嬉しいのです)」

「(そうかい。……まぁ、お前が嬉しいならソレで良い)」

 頬を照れくさそうに掻き静かに勝利を喜ぶヒカル。その姿に満面の笑顔を浮かべ、たおやかに笑う藤原。その後ろからは小畑が近づき『お疲れさま』とねぎらいの言葉をヒカルに掛け人当たりの良い笑みを浮かべた。

「いやぁ、参った参った。君用にチューンしたつもりだったんだけどまさかあんな隠し手があったとはね。恐れ入ったよ『sai』本当にプロじゃないのが不思議なくらいだよ。……強ちさっきの囲碁歴千年というのも間違いじゃないのかもしれないね?」

「さぁ? どうでしょうね? ところで、エキシビションマッチの件何ですが……最初に質問をして来たあのおかっぱ頭の彼を指名しても構わないか? 不都合が有ればそちらで用意して貰いたいんだが」 

「いいや、構わないよ。ただ、どうして『彼』何だい?」

「特に理由は無いさ。直感みたいなもんだ。あれ程ざわついていた会場の中真っ先に手を上げるクソ度胸。おまけに面白い質問までして来たんだ。一体どんな奴かと少し調べたらすぐさま出て来たぜ『塔矢アキラ』若干『一二歳』でプロに成った囲碁界の天才児。父親に一時五冠を保持していた『塔矢行洋』を持つエリートなんだって?」

「知っているのなら、尚更だよ。最高の対局を魅せてくれよ。『sai』ネット最強と囲碁界の天才児の対局だ。さぞや面白い物が見れるだろうな。期待しているよ」

「嗚呼。給料分は働くさ」

『頼んだよ』と肩を叩いて去っていく小畑を見送って対局相手のプロフィールを閲覧するために藤原と共にスマホを操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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