次話はもう少し早く投稿するつもりです
今回の話は事故後の、八幡初登校の話です。
入院生活から開放され、次は学校に生活に縛られることになる。
気怠い。その一言に尽きる。入学式から一ヶ月近く経った現在では既にクラス内でグループが出来ているだろう。
まぁだからといって気にしてはいない。入学式に参加していようがどうせボッチだっただろう。
しかし気怠さは感じる。
小町が作った朝食をゆっくり食べながらそんなことを考える。
あー、学校行きたくねぇー。まぁ、大義名分が消えたいまとなっては休むことは許されない。主に両親に。
仕方の無いことだとはいえ、現在1年生の留年候補断トツ1位なのだ。俺も留年をしたくは無い。
そろそろ準備するかと席を立つとインターホンが鳴る。誰だこんな朝っぱらから、迷惑なやつだな。
まぁ、俺には関係無いと思い自室に向かう。
退院したとはいえ、まだギプスはとれていない。準備にも少しばかり手間がいるのが難点だ。
「お兄ちゃーん!沙希さん来てるよー」
は?いや、なんでだ。聞いてないけど…
しかし、呼ばれたのだから顔を出さない訳には行かない。
玄関に行くと確かに川﨑沙希が立っていた。
真新しい制服に身を包み、確かに彼女が同じ高校なのだと確認させられる。
「今日から学校に行くって聞いたから…迎えにきた」
何この娘。俺のこと好きなの?
…いや、無いか。
なんてことはない。つまるところ川﨑沙希は義務感に突き動かされているのだ。
川﨑は何一つ悪くはない。しかしきっかけではある。あの場に川﨑がいなければ俺は事故に合わなかったかもしれない。
なんてくだらないことを考えているのかもしれない。
「あー…なんだ。その、別にいいぞ。ギプスは付いてるが1人で通えない訳じゃない。
そもそもあんたが悪いわけじゃない。仮にあの場に川﨑がいなくて事故にあってなくても、別の場所で飛び出した犬を助けて事故ってたかもしれない訳だし…本当に大丈夫だから」
つか、同年代の女子と登校とか無理。
ほら、噂とかされると恥ずかしいし…
「……いや、それもあるけど、それだけじゃないから。
小町から聞いてないの?」
「あ?何をだよ」
そういって小町のほうを見る。
「あっ、そういえば言って無かった。
お兄ちゃん、今日はパパもママも仕事で遅くなります」
「いや、別にそんなこと聞いてない。
川﨑が言ったことについて聞いたんだが…」
「これだからゴミいちゃんは…話は最後まで聞くこと!
コホン…そして沙希さんのパパとママも仕事で遅くなるそうです。
お兄ちゃんには言って無かったけど、お兄ちゃんが入院中も何回かあったんだよこんな日が。
そんな日、小町は川﨑家で夕飯を御呼ばれしていたのです!
つまり、どういうことかというと…お兄ちゃんも今日は川﨑家で夕飯は御呼ばれすることになりました!」
え?何それ聞いてない。
そんなことになってんの比企谷家の晩御飯事情。
「……ひとまず、それを聞いてないのは良い。よかないが、とりあえず一旦置いておく。
迎えの理由を聞いてるんだぞ。それなら放課後合流で良いじゃん」
「分かってないなお兄ちゃんは…
川﨑家は比企谷家と総武高校の途中にあります。なので登校中に説明しておくことによって、放課後にお兄ちゃんが1人でも川﨑家に迷わず辿り着けるのです!」
「その手じゃ荷物持つのも大変だよ。ついでに手伝うよ」
確かにその通りだ。
初日という事もあって、中々に荷物は嵩張ってしまう。
道中、小町にでも手伝ってもらうともりでいたが小町の通う中学校から総武高校まではそれなりに離れているので、その間を1人で行くのは結構な労力を要するだろう。
「という訳で!
今日は3人で登校でーす。ほらお兄ちゃん、早く準備して!」
結局、押し切られる形で俺は川﨑と登校することになった。
「乗せる?」
なん…だと?
川﨑は自転車の荷台をさしてそういった。
「荷物乗せなよ。楽だよ」
だよな!荷物だろ?し、知ってたし。
断じて荷台に乗せて貰って、リア充の真似事するだなんて勘違いしてないから!
「…そうか、頼むわ。
助かる」
「いいよ。別に、対した手間じゃないし」
徒歩でも30分くらいで付く筈だ。そこまで辛い道程でも無い筈だ。
小町が騒いでいたが、中学校で別れてからは特に話すこともなく静かなものだ。
そういえば俺と川﨑は同学年だが、クラスはどうなのだろう。
「あー、そういえば俺たちって同じクラス?」
「そうだよ。同じ1年F組。担任は…名前言ってもわかんないよね。
女の先生だよ」
確か一度見舞い来たな。その女の先生。名前は…なんだったか。忘れた。
学校に行けば嫌でもわかるのだから気にすることは無いか。
「そうか、ならあとでノート見せてくれね?
遅れた分をなんとかしないとな」
「いいよ。けど放課後ね。
私もちゃんと授業受けないといけないからね」
「そうだな。なら放課後に頼む」
あれ、ひょっとして普通の会話できちゃってるんじゃね?
俺が口を開けば、何故か周囲が静かになることが多かったが現在そんな様子はない。
…まぁ、気のせいだろ。
学校に到着し、一旦職員室に向かう。
川﨑も何故かついて来てくれる。担任の先生と必要なやりとりをした後、川﨑に連れられ教室に向かう。
教室に入ると普段見ない顔なのと、ギプスが目立つのか少し注目を浴びた。
だからと言ってなにをするわけではないのだが…黙って川﨑から聞いた自分の席につこうとしたらこちらに向く視線の中に知った顔を見つけた。
葉山隼人。どうやら同じクラスなようだ。目があったのに気付いたのか笑顔でこちらに近づいて来る。
「やぁ、今日から学校なんだな」
「お、おう」
フレンドリーだな。別に恨んじゃいないが、一応被害者とその加害者家族だ。
気さくに声をかけるなんて真似は俺には出来ない。
「近々復帰すると来ていたから気になっていたんだ。
困ったことがあれば何でも言ってくれ。力になるよ」
「そうか、まぁそんときは頼むわ」
多分頼まないけどな。たかだか骨折だ。
しかも利き腕ではない方だし、退院できるレベルまで回復したのだから不便を感じることがあっても1人でなんとか出来るだろう。
これはいわゆる通過儀礼だ。曲がりなりにも被害者と加害者家族が同じクラスになったのだ。このやりとりは葉山にも俺にも必要なものなのだろう。
「あぁ、これからよろしく」
そういって爽やかに葉山隼人は笑った。
多分、いやきっとこれからこいつに助けてもらうことはないだろう。葉山の後ろで葉山のグループらしき集団がこちらの様子を伺っている。
葉山と関わるということはあのグループもセットになる可能性が高い。
非常に面倒だ。勘弁願いたい。それなり容姿の整った男女のグループ。もうそれだけで俺とは水と油の関係にある。
差し出された葉山の手に応え、願わくばこれっきりになるように願いながら握手を交わす。
去っていく葉山を視界の端に収めながら、休みの代償にさっそくやる気が削がれる。まぁ、やる気なんてもとから無いんですがね。
「はい、これ」
「ん?」
そう言って机に置かれたのは数冊のノートだ。
声をかけて来た相手を確認すると、川﨑だった。
「放課後じゃ無かったのか。ノート貸してくれんの」
「それ今日は授業無い教科のノートだから。
途中から授業聞いてもわかんないでしょ。内職してたほうが効率いいと思って」
内職。
つまり、途中参加でわからない授業を聞くぐらいならノートを写しておけということなのだろう。
「おう、助かる」
本当に助かるので、素直に礼を言っておく。
「じゃあ、これで…
そうだ。後で学校案内してあげようか?」
「いや、べつにい……」
反射的に断ろうとしたところで少し考える。
ここで断ってしまうのは楽だ。自分1人でも学校施設の把握ぐらい簡単に出来るだろう。
しかし、ここで頭を過ぎったのは葉山隼人も同じ提案をしてくるのでは無いだろうかというものだ。
俺は押しに弱い自覚はある。対人スキルが乏しいから当たり前なのだが、兎に角押しには弱い。
一度断ってもグイグイ来られると、なし崩しで事を運ばれてしまう。
今朝のが良い例だ。いっそのこと川﨑に頼ったほうが無難ではないだろうか。
いや、むしろ最善だろう。葉山には完璧な断る口実ができるうえに、自信が割く労力も激減する。
朝の感じからして必要以上に話をしないタイプに見えたことも要因して、俺は川﨑を頼ることにした。
「じゃあ、頼むわ。悪いな」
「わかった。じゃあ昼休みに購買と…必要最低限なとこだけしとこうか。
他はおいおいわかるでしょ」
用件は伝えた川﨑は席に戻っていく。
まぁ、なんだ。その…川﨑さん最高じゃん!
こういうのって無駄にどうせ行くことになる移動教室とか、部活やってないと必要ない場所まで案内されるものだと思ってたけど川﨑の言うとおりなら手早く済みそうだ。
正直助かる。飯の食う場所も確保しなきゃならないから大助かりじゃん。
少し遠くの席に向かう川﨑の後ろ姿を見ながら、俺は彼女に感謝していた。
そういえば誰かに助けて貰うのって始めてかもしれない。うっ、目から汗が…
本来なら4話で雪ノ下さんに登場してもらう予定でしたが、あまり川﨑さんの出番が無い話なので先に過去の2人の様子を投稿しました。