上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 これにて、妹達編、本当に終幕です。


エピローグ 舞台の裏側。そして蠢き出す新たなる物語。

 上条と打ち止め(ラストオーダー)はあのファミレスでの一幕の後、コンビニでアイスを全員分購入し、自宅に向かって帰路を歩いていた。

 

 そろそろ白井達にも事情を説明し終わった頃だろう。食蜂に押し付けてしまって申し訳ないと思っているが、あの話を語ることは上条にとっても相当にエネルギーを使うので、二日連続で話すことにならないで正直ほっとしているというのが本音だった。

 

 だからだろう。こうしてアイスを追加で買ってきたのは。上条の罪悪感の現れと言ってもいいかもしれない。

 

(後で食蜂にお礼しなきゃな……)

 

 彼女にとっても、決して軽い過去ではないのだ。

 

 それくらいあの事件は、多くの人間を巻き込んだ痛ましい悲劇だった。

 

 前をはしゃぎながら歩く打ち止め(ラストオーダー)の小さな背中を見ながら、ふと上条は思い返す。

 

 

 あの時、自分が一方通行(アクセラレータ)に負けていたら、今も実験は続いていたのだろうか。

 

『前の世界』で、自分が絶対能力進化(レベル6シフト)に巻き込まれたのが時期的にちょうど今頃なので、順当に実験が行われていれば、今頃はおよそ一万体の妹達(シスターズ)が殺されていることとなる。

 

 それは、間違いなく悲劇だ。

 

 だが、ふと思う。

 

 

 逆にいえば、およそ一万体の妹達(シスターズ)が、この世に生を受けていたということを。

 

 

 ピタッと、上条の足が止まる。

 

 それは、ずっと考えていたことだった。考えまいとして、どうしても考えてしまうことだった。

 

 上条は実験を食い止めた。妹達(シスターズ)が、本格的に量産される前に。

 

 結果、この世に生まれたのは、五人――打ち止め(ラストオーダー)を入れて、六人の妹達(シスターズ)

 

 

 それは、つまり――生まれるはずだった、19995体の妹達(シスターズ)――

 

 

――19995もの、尊い命を、奪ったということではないのか?

 

 

 上条当麻は、『前の世界』で、自分のせいで一万人もの妹達(シスターズ)を殺してしまったと嘆く御坂に、こう言った。

 

 

――お前がDNAマップを提供しなければ、彼女達は生まれることすらできなかった、と。

 

 

 皮肉にも、上条はそれを実現させてしまった。

 

 殺されるのは防いだ。――だが、その結果、彼女達は生まれることすらできなかった。

 

 それは、殺すよりも、よほど罪深いことではないのか?

 

 そんな想いが、そんな罪悪感が――そんな後悔が、事件からおよそ半年たった今でも、残り火のようにずっと心に燻っている。

 

 

 自分は、本当にあの事件を、ハッピーエンドに導けたのか、と。

 

 

「ヒーローさん」

 

 気が付いたら打ち止め(ラストオーダー)が、立ち止まり俯いていた自分を見上げるようにして目の前にいた。

 

 上条は少し驚き顔を上げるが、打ち止め(ラストオーダー)はまるでいたずらが成功したかのように無邪気に微笑み、そして可愛らしく首を傾げながら、上条に言った。

 

「ありがとう! って、ミサカはミサカは感謝してみたり」

「……ん? ああ、これか? 別にいいさ。ちょうど俺も食べたかったしな」

「む~、それじゃないよ、ってミサカはミサカはあざとく唇をすぼめてみたり」

 

 上条がアイスの入ったビニール袋を掲げて苦笑すると、打ち止め(ラストオーダー)がいかにも不満といった様子で頬を膨らます。

 

 じゃあ、何についてのお礼なんだ? とばかりに今度は上条が首を傾げると、打ち止め(ラストオーダー)はクスリと笑いながら上条から離れ、そして可憐に振り向き、花が咲くような笑顔で告げる。

 

 

「ミサカ達を、助けてくれてありがとう!」

 

 

 それは、これまで何度も彼女達から――とりわけ感情が豊な打ち止め(ラストオーダー)からは、何度も言われた言葉だった。

 嬉しくないわけがない。だが、あくまでも個人的な感情――野望といってもいいかもしれない、そんなものの為に拳を振るった上条としては、どうしてもむず痒いものだったのも確かだ。

 

 だが、この時は――思い悩み、後悔すらもしていたこのタイミングで、まるで見透かしているかのようなタイミングで告げられた、その満面の笑みの感謝は、上条の心をダイレクトに揺さぶった。

 

 思わず呆気にとられる。

 

 だが、その感情は染み込むように上条の全身に、まるで潤いを与えるかのように行き渡っていく。

 

 だから、上条も自然に、こう返していた。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 打ち止め(ラストオーダー)は、恥ずかしくなったのか、それとも嬉しくなったのか。

 

 くるりと再び前を向いて、一直線に走りだす。

 

 その様子に、上条は「危ないぞ。また人にぶつかるなよ!」と優しく声を掛けると、小走りでその後を追う。

 

 

 自分が、本当にハッピーエンドを掴めたのかは分からない。

 

 

 上条が目指した理想郷では、確かに一方通行(アクセラレータ)が二万体の妹達(シスターズ)を、二万個の命全てを助け出したのだから、もっとうまく出来て、もっとよりよい未来(けつまつ)に導くことが可能だったのかもしれない。

 

 

 自分はそこに、たどり着けなかったのかもしれない。

 

 

 だが、それでも、助けることはできたのだ。

 

 ありがとうと言ってくれる誰かを、助けることはできたのだ。

 

 

 なら、後悔だけは、もうしない。

 

 

 それは、今ああして楽しそうに笑っている彼女の笑顔を、否定してしまうことになるから。

 

 

 上条は、ギュッと右拳を握る。

 

 ならば次は、もっと素晴らしい未来(けつまつ)を。文句の言えないくらいのハッピーエンドを。

 

 必ず掴み取ってみせると、上条はそうこれからの未来に向けて誓った。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 そんな上条当麻の優しい日常を、その『人間』は空中モニターに映し出し、血のような(あか)い液体で満たされた巨大な試験官の中で、逆さまの状態に浮きながら眺めていた。

 

 

 その『人間』――アレイスター=クロウリーは、ヒーローの日常を、微笑みを浮かべたような表情で。

 

 

「……ご機嫌だな、アレイスター」

 

 そんな不気味な窓のないビルの一室に、一匹のゴールデンレトリバーが紛れ込んでいる。

 

 その犬は――否、『彼』は、当たり前のように試験官の中の『人間』に向かって語り掛ける。

 

 この異様な光景を客観視する存在のいないその空間は、学園都市の中でも、いやこの世界の中でも、最もスポットライトが当たらず、それでいて最も物語の中心でもある場所だった。

 

「それで、手筈はどうだ?」

 

 アレイスターはそのゴールデンレトリバーの質問には答えず、逆に質問を返した。

 

 その態度に特に気を悪くした様子でもない『彼』は、淡々とその質問に答える。

 

 

 

「今、検体番号(シリアルナンバー)20000号の妹達(シスターズ)を、この学園都市から“輸送”することが完了したとの連絡が入った。――――これで、全世界にアンテナを配備するという目的は達したな」

 

 

 

 その報告に、アレイスターはさらに笑みを深め「……そうか」と返した。

 

 ゴールデンレトリバーの彼も、そしてアレイスターも、ヒーローの――上条当麻の日常が映し出されているモニターへと目を向ける。

 

 

 ヒーローは知らない。自分が止めた事件が、そもそもアレイスターがこの目的の為に、そこからヒーローの目を逸らし、注目を集めるべく用意された舞台であったことを。

 

 

 その為に、一方通行(アクセラレータ)を一時期まったく彼に相応しくない仮の研究所に送り、上条当麻と接触させ、トラウマを植え付けたことを。

 

 

 そして、そのトラウマをトリガーとして、プランを大幅に進めて“黒翼”を発動しやすくするように、木原数多による“教育(かいはつ)”に注文をつけていたことを。

 

 

 

 アレイスター=クロウリーが、上条当麻の『逆行』に、気づいていることを。

 

 

 

「……ふん。おそらくは、あの“魔神”共の誰かの嫌がらせか何かだろうが。……まぁいい。おかげで、興味深いことも、『この世界』では起きている」

 

 そうしてアレイスターは試験官で浮いている状態で、当然コンピュータに一切触れることなくモニターを操作し――――三人の人物の画像を表示する。

 

 

 一人は、上条当麻――幻想殺し(イマジンブレイカー)をその右手に宿し、アレイスターの『プラン』の要を為す少年(ヒーロー)

 

 一人は、一方通行(アクセラレータ)――学園都市第一位の最強の能力者で、こちらもアレイスターの『プラン』の『第一候補(メインプラン)』を担う少年(ヒーロー)

 

 一人は、御坂美琴――学園都市第三位の光の世界の超能力者(レベル5)で、アレイスターの隠れたお気に入りの、秘めた可能性を持つ少女(ヒーロー)

 

 

 そして、アレイスターは一層笑みを深め、さらに二人の人物の画像を出現させる。

 

 

 一人は、黒い長髪に白い髪飾りの、何の変哲もない普通の少女(モブキャラ)――――だった、人物(キャラクター)

 

 逆行した主人公(ヒーロー)――紛れ込んだ異分子により、最も大きな影響を受けた存在。

 

 

 全く新しい可能性を得た――新たなヒーロー“候補”。

 

 

 

 そして、もう一人は、これまで“物語(ストーリー)”に登場していない人物(キャラクター)

 

 

 この世界に、本来存在し得ない人物(オリキャラ)

 

 

 否、本来、この世界に存在していた筈(・・・・・・・)の存在。

 

 

 ある意味で、最も『この世界』に――――この“物語”に、密接に関わる存在。

 

 

 それは――

 

 

 

「だが、それでは『プラン』に影響が出るのではないかね?」

 

 ゴールデンレトリバーである彼――木原脳幹は、そう尋ねた。

 

 

「問題ない。すでに修正済みだ」

 

 

 この部屋に存在するのは、一人の人間と、一匹のゴールデンレトリバー。

 

 

 そして、もう一人、ここには存在している。

 

 

 だが、それは言葉を語らない。ましてやこの状況を、一人と一匹のやり取りの客観視など出来るはずがない。

 

 

 その存在は――その少女は、アレイスターと同様に、一つの巨大な試験官の中に浮かび上がっていた。

 

 異なる点は、きちんと頭を上に足を下にした状態で浮かんでいることと、その頭や体中のそこらにコードが伸びていること――

 

 

――そしてそれが、幼い少女であることだ。

 

 

 数々の人物画像によって隠れているが、いまだリアルタイムで映し出されているヒーローの日常で、ヒーローの傍ではしゃいでいる、あの少女と瓜二つの存在が、今、物語の中心にして影であるこの空間に存在している。

 

「――検体番号(シリアルナンバー)20001号『最終信号(ラストオーダー)』は、プロトタイプである00001号から00005号のみのネットワークを束ねる、仮初の、いわばローカルネットワークの司令塔だ」

 

 そして、アレイスターによって秘密裏に製造されていた、00006号から20000号までの“正式な”妹達(シスターズ)、それらが作り出す、全世界に網を張り巡らせた広大なネットワーク――それらを束ねる別の司令塔が存在する。

 

 

 否、アレイスターが製造させた。

 

 

 本来の、妹達(シスターズ)の司令塔である、上位個体(ラストオーダー)

 そんな彼女よりも、更に上位に存在するのが、この試験官の中に揺蕩う少女。

 

 

 検体番号(シリアルナンバー)――――20002号。

 

 

「――『最上位個体(クイーンミサカ)』。これが手元にあれば、プランに大きな影響はない」

 

 

 学園都市の王者は、不敵に笑う。

 

 

 物語を影で操るその存在は、紛れ込んだ異分子(イレギュラー)さえも歓迎しているかのようだった。

 

 

 まるで、自らの脚本(シナリオ)をより面白くしてくれる存在を、迎え入れるかのように。

 

 

 

「私の『プラン』は揺るがない。それを証明してみせよう。――――魔神共よ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――ダァッ……!?」

 

 

 打ち止め(ラストオーダー)と歩く帰り道。

 

 上条当麻は対向者と肩がぶつかった。

 

 

 そう、肩だ。ぶつかったのは肩にも関わらず――――なぜか右手に激痛が走った。

 

 

 これがスキルアウト相手だったならばいつものことなのだが――そして全力の追いかけっこが始まるのだが――幸いにも、上条にとっては本当に珍しく幸いにも、ぶつかったのは気の弱そうな少年だった。

 

 上条は、ズキンズキンと痛む右手を訝しく思うも、右手にはやはり何の傷もなく、捻ったりもしていないようだった。

 

「ご、ごめんなさいすいません勘弁してくださいなんでもします許してください三百円しかもっていません!!」

「まてまてまてまて流れるように土下座をするな、何もしないから。――――ほら、立てるか」

「は、はい。……ありがとうございま――――――ッ!?」

 

 上条が差し延ばした左手を掴み、顔を上げた少年は、上条の顔を見て目を見開き驚愕する。

 

「……ん? どうしたんだ?」

 

 上条はそんな少年の様子に疑問を感じるも、少年は顔を俯かせ「……なんでもないです。ありがとうございました」と早口で言って、そのまま走り去ってしまう。

 

 上条はそんな少年の挙動に訝しいものを感じるも、自分を呼びかける打ち止め(ラストオーダー)の方へと向かっていき、少年に背を向けて歩き去った。

 

 

 

 

 

 そんな上条の背中を、ズキズキと痛む右手を押さえながら、その少年は眺めていた。

 

 

 その瞳には、さまざまな感情が宿っているようだった。

 

 

 尊敬。嫉妬。憎悪。

 

 

 そして――――憧憬。

 

 

「…………」

 

 

 くるりと、その眩しい光景(せなか)から、目を背けるように歩き出す少年。

 

 

 これが、上条当麻(かみじょうとうま)神定影(かみじょうえい)

 

 

 物語(ストーリー)の中心でスポットライトを向けられ、光の中をひた走る、選ばれし主人公(ヒーロー)と。

 

 

 その陰に埋もれ続ける、主人公(ヒーロー)に選ばれなかった――――『上条当麻』になれなかった少年(かげ)の。

 

 

 主人公(イレギュラー)が紛れ込んだこの“物語”における避けられない邂逅――――二人の“幻想殺し”の邂逅だった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 そこは、その男にとっての王国だった。

 

 瓦礫群に埋もれ、満足に屋根すらない廃墟。

 半年前、とある二人の少年の――学園都市最強の能力者と、学園都市最強の無能力者の決闘が行われた、元研究所。

 

 物語での役割を終え、忘れ去られたかのように修繕すらされておらず、無造作に放置されたその場所に、清潔感の欠片もない薄汚れた白衣を身に纏った男がいた。

 

 その男は、天井亜雄。

 

 かつて、シンデレラストーリーを夢見た渾身の計画を、たった一夜にして打ち砕かれた哀れな男。

 

 彼は血走った眼で端末を叩きつつ、時折不気味な含み笑いを漏らしながら、いまだ狂気に憑りつかれていた。

 

「ひ、ひひ、まだだ……まだ私は終わらんよ……一方通行(アクセラレータ)……そして、あの忌々しい風紀委員(ジャッジメント)の小僧を……必ず、必ずこの手で絶望させて見せるッ!!」

 

 そして、勢いよく端末のエンターキーを押し、唾を撒き散らしながら高らかに吠える

 

 

「――この、第三次製造計画(サードシーズン)妹達(シスターズ)でなぁッ!!!!」

 

 

 天井は両手を開き、薄汚れた白衣をはためかせながら、その存在の目覚めを歓迎する。

 

 

 

 

 

 半年前、瓦礫に埋もれながらも奇跡的に生還した天井を待っていたのは、自身の前人未到の大出世に繋がるはずのビッグプロジェクトの永久凍結の知らせだった。

 

 妹達(シスターズ)の損失。一方通行(アクセラレータ)の敗北、実験継続の拒否。

 そして、なぜか学園都市上層部が決定した、樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)による再演算の許可の剥奪。

 

 それにより、他の研究者達も実験継続を断念した。

 継続が困難だったということもあるが、何より上層部が樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)の使用を許可しないということは、すでに上層部は実験続行を望んでおらず――見限られたということなのだから。

 

 だが、それに天井だけは納得できなかった。

 

 自身が心血を注ぎ、途方もない出世が約束された計画が、前人未到の偉業を成し遂げるはずの実験が、たった一夜にして夢物語に成り果てた。

 

 幻想を、完膚なきまでに打ち砕かれた。

 

 天井亜雄は、そんな悲劇に耐えられるほど、強い人間ではなかった。

 

 形式的に紹介された次の就職先を知らせるペラペラの薄い一枚のプリントをぐしゃぐしゃに丸めて地面に叩きつけた。

 

 絶望と憤怒に身を震わせた天井は、全ての元凶を一方通行(アクセラレータ)と上条当麻とし、自分を直接打ち倒した食蜂操祈のことすら眼中から外して、他の全てを投げ捨て、ただがむしゃらに復讐することを誓った。

 

 

 そうすることでしか、そんなことでしか、天井は前を向けなかった。

 

 

 

 そして、この半年間、天井はたった一人で戦い続けた。

 

 廃棄された研究所を幾つも渡り歩き、妹達(シスターズ)の製造方法から、学習装置(テスタメント)による教育のメカニズム、ミサカネットワークの構築方法の原理まで、かつて部下に指示を出すだけで己が関与していなかった分野の知識も貪るように漁り尽くした。

 

 たった半年でそれらの知識を全て身に着けたことから、天井は間違いなく天才と呼ぶべき人間の一人だったのだろう。

 

 それも一重に、壊れた人間だけが出せる狂気の力故なのか。

 

 

 だが、今日というこの日、天井の半年間の狂気は、ついに身を結んだことになる。

 

 

 何度も試行錯誤を繰り返した。

 

 学習装置(テスタメント)による教育を終えながらも、暴れる彼女を無理矢理試験管の中へと再び閉じ込め更なる肉体的成長を推し進めたりもした。

 

 

 天井が求めるのは、復讐の為の兵隊だった。

 

 

 断じて、一方通行(アクセラレータ)の成長の為の兵糧に過ぎなかった、前回のようなひ弱なクローンではない。

 

 

 あの最強のヒーロー達を打倒する可能性を持つ、精強な軍。

 

 

 その為に、天井亜雄は、妹達(シスターズ)を強化する必要があった。

 

 

 もっと強く、もっと恐く、もっと黒く――もっと、最低(ワースト)に。

 

 

 小奇麗な人形など必要ない。

 

 

 求めるは、ヒーローを打ち砕く悪役(ヒール)

 

 

 自身のどす黒い欲望を叶える、真っ黒な手先。

 

 

 物語から退場した一人の男が自分の為だけに作り出した、本来登場の予定はなかった、番外の個体。

 

 

 

「さぁ、生まれろ!! お前は番外個体(ミサカワースト)だ!!」

 

 

 

 プシューと音を立てて、天井が彼女の為に作った一回りサイズの大きい培養器が開く。

 

 中から不健康な黄色の培養液が漏れ出し、そこから全身を濡らした全裸の少女が姿を現す。

 

 その姿は、すでに少女と呼ぶにはあまりにも妖艶だった。

 

 これまでの妹達(シスターズ)よりも数年歳を重ねたような、少女よりも女という言葉が相応しいかもしれない、高校生くらいの外見年齢の彼女。

 

 

 ごくり、と。天井は生々しく唾を飲み込む。

 

 自分が作り出した生命体に、思わず天井は目を奪われるのを感じた。

 

 

 その大きな胸、なめらかなくびれ、張りのある臀部、水分を弾く瑞々しい肌。

 

 

 自身のどす黒い復讐心を遂げる為に、尋常ならざる狂気にものを言わせて作り上げた彼女に、あろうことか天井は、ついに宿願を果たせる歓喜よりも、雄としての性的興奮を真っ先に感じた。

 

 自分が材料から作り上げた兵士に、欲望に染まった下卑た感情を向けた。

 

 

 それを受けて、全裸の生まれたての少女は露骨に表情を歪めた。

 

 

「――それで、あんたがおとーたまってことでいいのかな?」

 

 

 不快な感情を一瞬で引っ込めて、仮面のような無機質な笑みを浮かべて、番外個体(ミサカワースト)は天井に言った。

 

 試行錯誤の末に完成した彼女は、すでに学習装置(テスタメント)による教育は重ねて受けていた。

 知識をインプットして、さらにそれを部分的に削除し別の知識を植え付ける。

 そんなことを繰り返した彼女の感情面は、天井にとって幸か不幸か、いい具合に歪んでいた。

 

 彼女の言葉に、茫然としていた天井は我を少し取り戻す。

 

「……あ、ああ。私が君を作った……君のご主人様だ」

 

 だが、その天井の言葉には、威厳や、ましてや狂気のようなものも残っておらず、ただ彼女に邪な感情を向ける、愚鈍な男のものでしかなかった。

 

 いまだ天井の目線は、彼女の豊満な胸や、美しい肌、そして剥き出しの秘部に注がれている。

 

 天井の理性は、この調子で番外個体(ミサカワースト)を量産し、最強の兵隊を作り出すのだと喚いているが、すでに欲望が描く未来予想図は、目の前のこの美女を無数に侍らせ、自分のこの手で思うがままに蹂躙することで埋め尽くされていた。

 

 これが、この男の限界だった。

 

 番外個体(ミサカワースト)を作り出す。その偉業を成し遂げたことにより、この半年間ずっと限界ギリギリに張り詰めていた天井の狂気は、完全に使い果たされた。

 

 本来、復讐心などというものは、心に凄まじく負担をかける。

 

 ただ保つということだけで、常人には果てしない重荷となるのだ。

 

 壊れてしまった男は、皮肉にも、自身が作り出した番外個体(ミサカワースト)によって、完全にただの凡庸な男へと成り下がってしまった。

 

 否、壊れた男は、自身が作り出した生命によって、凡庸な男へと“直る”ことが出来たのだ。

 

「――さぁ、君もいつまでもそんな恰好では寒いだろう。……温めてやるから、こっちにこい」

 

 天井は、そういって彼女に背を向け、いまだ残っている数少ない屋内スペースへと足を進める。

 

 良くも悪くも、今の天井亜雄は、雄の欲望に囚われた、ただの男でしかなかった。

 

 

 だが、そんな凡庸な男が、いつまでも役割を与えてもらえるほど、この物語は甘くなかった。

 

 

「ねぇねぇ、おとーたま。――――悪いけど、今は夏だよ」

 

 

 がす。っと、重い音が、倉庫内に響く。

 

 番外個体(ミサカワースト)の手から放たれた鉄釘が、天井の頭を貫いていた。

 

 

「自分で創った兵士(むすめ)に興奮しちゃうような変態(ちちおや)は、殺されちゃっても文句は言えないよね、おとーたま♪ ミサカ、反抗期でゴメンね」

 

 

 今度こそ、物語から決定的に退場した哀れな凡庸な男は、醜い驚愕の表情のまま、かつての自分の王国だった地にて、確実に死亡した。

 

 バチャ、バチャと、水たまりではしゃぐ子供のように音を立てて、黄色い培養液を踏みしめながら、番外個体(ミサカワースト)は穴だらけの天井から降り注ぐ日差しの下に移動した。

 

 白色の日光が、いまだ全裸の番外個体(ミサカワースト)の、濡れた肢体を美しく照らし出す。

 

 それは、薄汚れた倉庫内で、近くに無残な死体が転がっているにも関わらず、とても美しく神聖な光景であるかのように輝いていた。

 

 番外個体(ミサカワースト)は、生まれて初めて浴びる日光を受けて気持ちよさげに目を瞑りながら、愛おしそうに、散々脳髄にインプットされた、生まれる前からの仇敵の名を呟く。

 

 

「……一方通行(アクセラレータ)……それに、上条当麻、か」

 

 

 子供のように無邪気に、ヒーローを殺す為に生まれた少女は、呟く。

 

 

 

「早く会いたいなぁ……ミサカ、早く殺したい♪」

 




 一か月間、ありがとうございました! いやぁ、長くなるとは思ってましたが、ここまでとは……。綺麗にちょうど一か月でまとまりましたね。なんか嬉しいです。

 次は少し他の作品を進めたいので、またしばらく間が空くと思います。たぶん、次は来年になるかなぁ?

 でも、さすがに今回ほどは長くならないと思うので、なるべく早く帰ってこれるように頑張ります!

 次は、少し特殊なお話しになると思います。
 たぶん、主役は――食蜂操祈。
 上条が禁書目録編を戦っている間、どうやって木山春生の生徒達を助けだしたのか、その辺りを描ければと思っています。

 それでは次章――「乱雑解放編」(仮)でお会いしましょう。
 ※まだ書き始めてもいないので、内容は急に変更になる可能性もあります。もしかしたら上手いこと内容が浮かばず、御使堕しになるかもです。その時はご容赦ください。

 魔術サイド……遠いなぁ。

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