上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 上条が一方通行に戦いを挑む傍ら――あの女王も暗躍する。


女王〈しょくほうみさき〉

 

 一方通行(アクセラレータ)は、目の前に立つ少年を忘れたことはなかった。

 

 

 人生で、たった一人の友達。

 

 

 己の人生で、唯一の“人間だった時間”をくれた少年。

 

 

 手を引いてくれて、一緒にサッカーをして、夕暮れの河川敷を一緒に歩いた――

 

 

「――オマエが、なンでここに……」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の掠れた呟きに――

 

 

「決まってんだろ」

 

 

――上条は、はっきりと、真っ直ぐ白い少年の目を見ながら言い放った。

 

 

 

友達(おまえ)を助ける為だ」

 

 

 

 一方通行(アクセラレータ)の胸を、莫大な何かが貫く。

 

「……あ――」

 

 思わず手を伸ばしかける。

 

 だが、その伸ばしかけた手を見て、気づく。

 

 この真っ白な手は、すでに真っ赤なのだ。

 

 あの日。何かが壊れ、終わってしまったあの日。

 

 無数の兵器群を圧倒し、学園都市の闇の世界へ引き戻されたあの日から、この身はすでに怪物なのだ。

 

 否、自分は、一方通行(アクセラレータ)という存在は、この『一方通行(アクセラレータ)』という名を、能力を――超能力を与えられたその日から、二文字の苗字と三文字の名前――ありふれた人間としての名を忘れてしまったその日から、自分は、学園都市最強の、この世界最悪の怪物なのだ。

 

 一方通行(アクセラレータ)は、ゆっくりと、手を下ろす。

 

 

「――なに、寝言言ってンだてめェは」

 

 

 切り捨てる。

 

 自分を助けに来たなどとほざく“元”友達を。

 

 怪物を救うなどと血迷っている人間を、突き放す。

 

 

 口元を歪め、哄笑を漏らし――悪党を演じる。

 

 

「俺は、学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)だ。てめェみたいな三下なンざお呼びじゃねェンだよ」

 

 

 お前は(こっち)に来るなと、叫ぶように。

 

 

 上条はそんな一方通行(アクセラレータ)の態度を受けて、一瞬悲痛に表情を歪めると、ゆっくりと一歩、近づいてくる。

 

「……お前は、本気でこんな実験に参加してんのか?」

「ああ、もちろンだ」

 

 更に一歩、距離を詰める。

 

「……この実験は、二万体の妹達(シスターズ)を殺すんだぞ。……何の罪もない命を、懸命に生きてる命を。……それでもお前は、絶対能力(レベル6)なんてものの為に、その犠牲をよしとするのか?」

「……何言ってやがる。こいつ等は人形だろ。俺様のレベルアップの為に作られてンだ。俺が壊して何が悪い」

 

 一歩、一歩、上条と一方通行(アクセラレータ)、黒と白の二人の距離が、縮まっていく。

 

「――ッ! ふざけんな、一方通行(アクセラレータ)! テメーはそこまでして怪物になりてぇのか!!」

「違ェ、初っ端から間違ってンぞ三下! 俺はもォ怪物なンだよ! とっくの昔に怪物なンだよ! 誰も触れることが出来ねェ、触れたもンみンなぶっ壊しちまう無様な怪物だ!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は、両手を広げて哄笑する。

 

 

 怪物である自分をひけらかすように、これが怪物だと嘲笑うように。

 

 

「だからこそ! 俺は『無敵』になるのさ! 誰も近づこォとすら思わねェくらいの、圧倒的な力! 最強を超えた無敵の絶対! だからこそ、俺は――――ッッ!!!」

 

 

 そこから先の言葉は、一つの拳が言わせなかった。

 

 

 上条の右拳が、一方通行(アクセラレータ)の顔面を貫く。

 

 

 触れられないはずの最強の怪物に、当然のように拳を叩き込んだ。

 

 

 そのことに、誰よりも驚愕しているのは一方通行(アクセラレータ)だった。

 

 生まれて初めて味わう拳の痛み。

 

 それよりも、『反射』の壁を確かに張っていたはずの自分に触れたことに対する衝撃で目を見開いていた。

 

 

「――何が、触れたもんみんな壊しちまうだ。見ろ、俺の右手は全く壊れていない(・・・・・・・・・・・・・)。これのどこが怪物だ」

 

 

 上条は倒れ込む一方通行(アクセラレータ)を、見下ろすように、すぐ傍に寄り立つ。

 

 

「お前は怪物なんかじゃない。ただの俺の友達だ」

 

 

 そして、言い放つ。

 

 自分の力に怯え、あまりにも脆い世界に怯え、たった一人の無敵という孤高に逃げようとする臆病な少年に、無垢な白い友達に向かって――

 

 

「それでもお前が一人になることを選ぶっていうなら、このふざけた実験を続けて無敵なんかに逃げようっていうなら、俺は何度でもお前を殴る! 殴ってでも止めてやるっ!!」

 

 

――学園都市第一位に対し、その宣戦布告の言葉を。

 

 

「――この右手で、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 監視ルームは、分かりやすく混乱に陥っていた。

 

「お、おい、奴は誰なんだ! 部外者がどうして立ち入っている! 警備の連中は何をしているんだ!」

 

 天井がそのボサボサの髪を掻き毟りながら誰にともなく叫び散らしている。

 金歯の男も負けず劣らず狼狽えていて、黒服の男は携帯でどこかに連絡をとっていた。

 

「聞いているのか貴様! 状況を説明しろ!」

 

 誰も答えないことに耐えかねたのか、天井は近くにいた黒服の襟を掴みあげ、声を裏返しながら詰め寄る。

 

「じ、実験ルームの前に用意していた警備の連中と連絡が尽きません。扉前の開閉スイッチを守護していたはずなのですが――」

 

 

 

「――残念だけど、今頃み~んな上条さんの拳で気絶しているわよぉ」

 

 

 

 その時、監視ルームの扉が開いて、間延びした声が室内に響いた。

 

 そこにいたのは、妹達(シスターズ)と同様に常盤台中学の制服に身を包んだ、二人の女子生徒だった。

 

 

 一人はウェーブのかかった金髪の少女。もう一人は薄紫色の縦ロールの少女。

 

 

 場違いにも程がある風貌だが、この場にいる研究者(おとなたち)で、その金髪の少女の名を知らないものはいなかった。

 

「しょ、食蜂操祈!?」

「『心理掌握(メンタルアウト)』がなぜここに!?」

 

 彼女にこの部屋に踏み込まれた時点で、多少の距離を取ることなど意味がないことは分かっているのに、天井と金歯は後ずさるようにして十三歳の少女から遠ざかる。黒服の男も無意味だと分かっていても身構えずにはいられなかった。

 

 食蜂操祈は、奴隷の抵抗を嘲笑する女王のように、そんな彼らを見下しながら言う。

 

「あらぁ~。そんな寂しいこと言わないでいただけるかしらぁ? “私達”がこの実験にどれだけ興味をもっていたかは、とっくにご存じでしょうに」

「くっ……なら、あの小僧は親船の子飼いかッ」

「くそッ! 高い金を払って、わざわざ第四位(レベル5)まで雇ったというのに! 役立たずが!」

 

 さすがにこんな大それた実験を仕切っている連中なだけはあり頭の回転は速いのか、食蜂の一言で事の有様を理解する。

 

 そして、すでに状況が詰んでいることを。

 

「さて、無駄な抵抗は止してもらおうかしら。こんな素敵な実験を考えるくらいなんだから、お利口さ加減には自信力が高いのよねぇ。この状態なら、たとえその懐の拳銃を抜いて撃つよりも、私の能力の方が早いわよ、黒服さん」

「――ッ」

 

 この場で唯一戦闘力というものを有している黒服の動きも、リモコンを向けた食蜂によって制せられる。

 

 他の連中も、鋭い目つきで右手を突き出している縦ロールの威圧によって、完全に動きを封じこまれていた。

 

「い、いったい我々をどうするつもりだ」

「勝手にその汚い口を開かないでぇ、不快力しか生まれないわぁ。私達が聞きたいことは、ただ一つ」

 

 そして食蜂は、酷薄な笑みをさらに深めて言った。

 

 

「この施設に運び込まれた、あと四人の妹達(シスターズ)の居場所よ」

 

 

 その言葉に、彼らは揃って唾を飲み込んだ。

 

「……“あれ”を回収してどうするつもりだ。……もし“あれ”が目的ならば、製造方法を教えてやらんことも――――ッ!」

 

 金歯の男が食蜂と交渉しようとしたが、言葉の途中で急に意識を失ったかのように勢いよく倒れ込んだ。

 

 そのことに天井と黒服は叫びかけるが、それを制するように食蜂の冷たい言葉が響く。

 

「――言ったわよねぇ、汚い口を開くな、って。アンタ達は、黙って聞かれたことだけを答えていればいいんダゾ☆」

 

 口元に手袋をつけた細い指を当て、可愛らしく笑みを作る食蜂。

 

 だが、その目と口調は、氷のナイフのような冷たさと鋭さを孕んでいた。

 

「「――――ッ」」

 

 黒服と天井は冷や汗を流しながら黙り込む。

 

 その様子を見て、嘲笑うかのように食蜂は乾いた笑みを漏らす。

 

「アハッ。あなた達、頭脳力をひけらかしている割には、状況が読めてないのねぇ。……欲しい情報なんて、アンタ達の頭を覗けばすぐに手に入るのよぉ。これはアンタ達の腐った頭の中を見たくないから、聞いてあげてるだけ」

 

 女王が、支配する。

 

 食蜂操祈は酷薄に笑う。見下すように、嘲笑う。

 

「もう一度聞くわぁ」

 

 拳銃を突きつけるように、リモコンを向ける。

 

 天井も、黒服も、十三歳の超能力者(レベル5)に完全に呑み込まれていた。

 

「残る四人の妹達(シスターズ)は、どこにいるの?」

 

 天井も黒服も動けない。口を開けない。

 

 そこにあるのは信念ではなく、ただ目の前の怪物への恐怖だった。

 

 

「彼女達は、別棟の一室にまとめて隔離していまス」

 

 

 だが、そんな中あっさりと、金髪の男は妹達(シスターズ)の隠し場所を暴露する。

 

「な、お前――ッ!?」

 

 ピッ、と小さな電子音。

 

 それにより、天井と黒服は突然ガクリと動きを止める。

 

 食蜂はその金髪の男に近づき、笑みを零した。

 

「――やっぱり、あなたはこっちについてくれると思ってたわぁ。中々いい男じゃなぁい。上条さんのつ・ぎ・に☆」

「……やはり、これは私に対するふるいというわけですカ。彼らを切り捨てられるかどうか」

「いつ裏切るか分からないような手駒はいらないわぁ。これで洗脳しないでいてあげる。頭の中は覗かせてもらうけどねぇ。もちろん、こいつ等のも」

 

 再び響くピッと電子音と共に、食蜂操祈の『心理掌握(メンタルアウト)』が彼らの脳内を蹂躙する。

 

 記憶、知識から、それぞれの事柄に対する感情、思惑、それらすべてを食蜂は把握していく。

 

 

 そして、浮かび上がってくる、この実験の黒幕。

 

 

「――――ッッ!!」

「っ!? じょ、女王!」

 

 くらりとふらつく食蜂に、縦ロールは慌てて駆け寄る。

 

 食蜂は一筋の汗を流し、顔色を若干青くしながらも、金髪の白人の研究者に向かって笑みを向ける。

 

「……なるほど、そうよねぇ。こんな大がかりで、何よりとびっきりイカれてる実験に、“あいつ等”が関わっていないはずがないわぁ」

「……その様子だと、この実験の提唱者の名を読み取ったらしいですネ」

「実験の、提唱者? 女王、それはいったい――」

 

 

「――木原、幻生」

 

 

 食蜂が告げた名に、縦ロールは驚愕を露わにする。

 

 

「木原、幻生……それは、木原一族の――」

「……ええ。あのイカれた一族の中でも、かなり有名な重鎮よぉ。……またトンデモないネーム力の持ち主が出てきたものだわぁ」

「……それで、どうするのですか? この街を――あの『木原』を敵に回してでも、あなた達はこの実験を止めマスか?」

 

 金髪の男――カイツ=ノックレーベンは、食蜂を試すように彼女の目を見据える。

 

 食蜂はそんなカイツに不敵に笑い返す。

 

「当然よぉ。上条さんと共に行くと決めた時点で、私はとっくの昔に世界中を敵に回す覚悟力だって保持してるわぁ」

「――わたくしもです。例えどのようなことがあっても、この身は生涯、女王と上条様に捧げる覚悟はできております」

「……さすがに忠誠力が大き過ぎよぉ、縦ロールちゃん。ぶっちゃけ重いわぁ」

 

 まぁ、人の事は言えないけどぉ。と苦笑する食蜂から、眼下の二人の少年の戦いへとカイツは視線を移していた。

 

「……ですが、その覚悟も、彼が勝たなくてはすべてが水の泡でス。一方通行(アクセラレータ)が最強である限り、この街は何度でも同じことを繰り返すでしょう。――彼は、第一位に勝てるのですカ?」

 

 白い怪物に、その拳のみで真っ向から立ち向かう、風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた少年。

 

 まともに考えるなら、勝ち目などあるわけがない、賭けにしても無謀すぎるギャンブルだ。

 

 だが、食蜂操祈は、はっきりと言い切る。

 

 愚問だといわんばかりに、その十三歳としては豊満すぎる胸を張って。

 

 

「当然よぉ。上条さんが負けることなんてありえないわ」

 

 

 そして、食蜂もその戦いに目を向ける。

 

 想い人が、学園都市最強の怪物へと立ち向かうその姿を目に収め、そっと心中で呟く。

 

(……そうよね。上条さん)

 

 脳裏に過るのは、ここに来るまでの車中の様子。

 

 まるで四年前へと戻ってしまったかのような、張り詰めた、危うい姿。

 

 一体、『アイテム』――第四位との戦いで、何があったのか。

 

 だが、食蜂には、祈ることしかできない。

 

 上条当麻の無事を――そして、勝利を。

 

 彼は戦っているのだ。その身を賭して、妹達(シスターズ)を、そして一方通行(アクセラレータ)を救う為に。

 

 ならば、私は自分の役目を全うする。

 

 食蜂は踵を返し、監視ルームを後にしようとする。

 

 首だけ振り返り、女王のような毅然とした態度で、縦ロールと、そして新たに配下となったカイツに向かって言う。

 

 

「――私達は、妹達(おひめさま)を保護に行くわぁ。エスコートしてもらうわよぉ」

 

 




 愚者と女王。
 
 二人の戦いは――佳境を迎える。

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