「今現在、
「……使用、か。相変わらず、
上条と食蜂と縦ロールは、親船が手配してくれた車――運転手はもちろん親船が手配した信頼できる大人だ。一応、後部座席との間には透明な防音装備の壁で仕切られている――に乗っている。一番右側に上条。真ん中に食蜂。そして左側に縦ロールといった配置だ。
食蜂の言葉に対し忌々しげに吐き捨てた上条。食蜂は“相変わらず”という言葉が引っかかったが、ここでは何も言わずに、続けて更に得ている情報を告げた。
「……二万通り用意している戦場の内、後半は街中力を使用するみたいだけど、前半は研究所内で極秘に行うみたい。もちろん、後半の街中での戦闘も、一般人に見つからないように最低限の配慮力は高めるんでしょうけど。とにかく今日だけで何回実験を行うかは分からないけれど、その全てを屋内力で消費することは間違いないと思うわぁ」
「……それは、今から向かう研究所で間違いないのか?」
その研究所は、親船最中が、そして食蜂操祈が、持てるコネクションと能力を駆使して手に入れた情報により、絞り込んだ場所だった。
だが、食蜂は上条のその言葉にこう返した。
「……正直に言って、罠である可能性力は高いと思うわぁ。……だって、今まで必死に調べてきて得られなかったのに、
「……それは、もうすでに実験は行われているという可能性もあるってことか?」
「いえ、実験自体は今日であることは間違いないと思うわぁ。それは色々な奴の頭の中を覗いて得た情報だもの。……まぁ、それすらも囮という可能性を捨てきれないのが、この街の面倒くさい所だけれどぉ」
「しかし、この研究所の場所というのが、唯一、親船様のネットワークから手に入れた情報の中で、わたくしたちの裏付けがとれなかった情報なのです」
正確には、親船が手に入れたいくつかの研究所候補の中から、食蜂達の手に入れた情報で絞り込んだ結果、最も可能性が高いとされるのが、今、上条達が向かっている研究所なのである。しかし、それでも確証を得るには至らなかった。
「つまり――本当の実験が行われるまでの時間稼ぎとして、その研究所に誘い込み、あわよくば俺達を排除しようとしているというわけか?」
「その可能性は大いにあります。……ですが」
「私達は、これ以上の情報力は獲得していないわぁ。つまり――」
「――ああ。やることは一つだ」
「罠だとしても、乗り込むしかない。……どちらにせよ、今から向かう研究所には、奴らの息がかかっている可能性は高いんだ。俺がその罠に正面から乗り込む間、食蜂達は秘密裏に潜入し、本物の実験場を掴んでくれ」
上条は窓の外を見ながらそう言い放った。
それに対し、縦ロールと食蜂は少し顔を暗くする。
「……大丈夫ですか? 奴等はおそらくこちらの戦力を把握し、殲滅し得る罠を用意していると思います。それに単独で挑むなど、いくら上条様でも――」
「いや、情報収集なら食蜂の能力は不可欠だし、食蜂の傍に縦ロールはいるべきだ。俺がその刺客を引き付けきれなかった時の場合に備えてな。――大丈夫だ。俺はこういうのには慣れてる」
そう言って縦ロールの不安を吹き飛ばそうと笑いかける上条。
だが、縦ロールはその笑顔を受けて、暗く表情を沈ませる。
そして、彼等の間にいた食蜂が、上条に語りかけた。
「……上条さん。177支部が、新しい後輩力を入手したんですってねぇ」
「ん? ああ」
去年、支部に新しい
上条はその時、自分の記憶の姿よりも随分と幼い白井を見て、かなり驚いたのを覚えている。
だが、その性格はまさしく自分が知る白井を思い起こさせて、三年ほど先輩であり年上である自分に、無能力者で男だという理由で随分と生意気な態度で突っかかってきた。
しかし、相手は小学生で、しかも今は直属の後輩という立場から、それは上条に随分と微笑ましいものに映り、上条はまるで白井を子供のように、妹のように――今の上条からすればまさしく子供であった――扱って、それが逆に白井の癇に障るという悪循環。
結局、とある強盗事件に彼女と一緒に巻き込まれ、上条の先輩である固法と上条、そして白井自身の活躍で解決したあの事件まで、上条と白井は――一方的に――犬猿の仲だった。
その時に白井と一緒にいた花飾りの少女も見たことがあったなぁと上条が思い返していると、食蜂は言った。
「なら、こんなところで死んではダメよぉ」
上条は食蜂に向き直る。食蜂は、上条の左手に自身の右手を乗せながら、淑やかな声で囁いた。
「あなたには、まだやらなくてはならないことが、たぁくさん残ってるんだから」
そう言って、食蜂は微笑む。
上条は左手の手の平を返して、食蜂の右手を握りながら言った。
「――あっ」
「……分かってる。約束だ、食蜂。――俺は、絶対に死なない」
そうだ。自分は死ねない。死なない。こんなところでは、死ぬわけにはいかない。
これは、あの『しあわせな世界』へと近づける、その一歩に過ぎない。
上条当麻は知っている。この後、この世界では――“あの”世界ではない、この世界では。
数多くの事件が起こる。数多くの悲劇が起こる。
そして、その度に、救えたはずの命が、失われる。
自分は、上条当麻は、それを救わなくてはならない。ヒーローに、ならなくてはならない。
『奴等は助けてくれたから誰でもよかったんだ。お前の代わりに誰かが助けていれば、その信頼と好意は別の誰かに向いていた。――【上条当麻】になんて、誰だってなれたのさ』
久しぶりに、あの魔神のことを思い出した。
(……ああ、そうかもしれない。別に俺がそこまでする必要なんかないのかもしれない。俺なんかが出しゃばらなくても、うまいこと世界は回るのかもしれない。全てを救おうなんて傲慢で、俺が動くことで悲劇が加速して、却ってあの世界が遠ざかってしまうのかしれない)
だが、それでも、上条当麻は止まらない。止まれない。
上条当麻はそういう人間なのだ。そういう風に稼働してしまう人間だった。
瞼を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。
四年前の、あの日。上条当麻が、友達を救えなかった、あの日。
崩壊した、第七学区。
歩道橋の上に、ポツリと佇む小さな背中。
降り注ぐ兵器。鳴り響く轟音。かき消される己の絶叫。そして、そんな中でも聞こえてくる、白い少年の笑い声。
泣いているような、哄笑。
ギリっ……と、右拳を力強く、力強く握りしめる。
あんな光景をただ黙ってみていることなど、上条当麻には、絶対に出来ない。
例えそのせいで、世界を敵に回すことになったとしても、上条当麻は躊躇わない。
力がなくとも、資格がなくとも、正義がなくとも、意味などなくとも。
それでも上条当麻は、目の前の悲劇を、理不尽を、不合理を、決して許容など出来やしない。
それに背を向け、右拳を
上条は目の前の運転席と後部座席を仕切る透明な壁にあるボタンを押しながら、運転手に言った。
「――ここで大丈夫です。下ろしてください。ありがとうございました」
そして、上条達は車を降りた。
まだ目的の研究所までは歩いて十分はかかるが、あまり近くまで近寄り過ぎるとそれこそ罠が張ってあって、この運転手を巻き込んでしまうかもしれない。
このあたりはまだ人通りもあるそれなりに大きな通りだ。それほど大騒ぎになるようなトラップはないだろう。
三人でお礼を言って、車が発進したのを確認すると、三人は顔を寄せて言った。
「……それじゃあ、こっからは別行動だ。まず俺が突っ込む。その五分後に、二人は別口から潜入しろ。連絡はこの専用の携帯から。回数は最小限に。現場での各自判断を最優先。生きて帰ることを第一に考えろ」
「りょうか~い♪」
「承知しました」
そして三人は頷き合って、上条と食蜂・縦ロールは反対方向に向かって歩き出す。
(……オティヌス。お前は、今もどこかで俺のことを見ていて、相変わらず馬鹿なことをしていると笑うのかもしれない。……だが、これが俺だよ。どうしたって変えられやしない。……お前に完膚無きまでに叩き潰された俺だけど、それでもこれだけは変えられない。……お前が片手間に創り出した、あの世界。あんなのを一度でも見せられたら、目指さずにいられるなんて出来やしないさ)
そして上条は、この四年間で身に付けた歩行技術で、周りの一般人に不信感を抱かせない程度で、尚且つ尾行がいた場合振り切れるように歩き、目的の研究所へと辿り着いた。どうやら尾行の類はいなかったようだが。
空はまだ明るい。当然、中では多くの研究員が働いているのだろう。
(……さて)
上条は、路地裏に入り、事前に食蜂達に用意してもらった偽造の入館証を首に下げ、
ここは入口すぐ横の扉に入館所をかざして電子ロックを外し、建物内に入れるという仕組みになっているようだ。
上条は当然のように設置されている扉上の監視カメラに目を向けることなく、歩行ペースを変えずに流れるように入館証をかざす。
そして、そのまま中へと入った。
あまりにもスムーズに達成できた侵入に、上条は眉を顰める。
(――簡単過ぎる。いくらなんでも甘過ぎだ。……人の目や電子ロックはともかく、学園都市――それも『
無能力者の上条には、電子機器を狂わせるなんて御坂のような
上条は自分を一応追いかけはしている監視カメラを睨みながら、ここは自分を抑え込む
(……さて、どう出てくる? 俺を殺して排除する気なら、この建物に入った瞬間に銃器を構えてる連中が配備してくるだろうから、あくまでここで軟禁して時間稼ぎか?……その時は別行動をしている食蜂達が上手くやってくれるだろうが――)
上条は研究所内を進む。
表向きには活動しているように見えるが、人が一人もいない。
資料などは回収しきれていない部分もあるが、ここが罠に指定されたのは急遽だったのだろうか。
(だとすれば好都合。今夜行われる実験の本命の場所のヒントがあるかもしれない)
もうすでに自分の侵入はバレているだろうし、いっそのこと片っ端から資料を漁ろうか。
上条はそう思い、一応廊下の前方、後方を確認して、次の瞬間、扉が開いていたその部屋に飛び込んだ。
そして手近な端末の電源を入れつつ、伊達メガネを外しながら、そこらに散らばっている紙の資料を読む。
(……だが、ここが奴等が指定した罠だとしたら、なぜ徹底的に資料を廃棄しなかった?……これもダミーの資料で俺をここに足止めするための
端末の起動が終わり、上条は片っ端からデータを漁る。
この四年で、
(――『
「お目当ての情報は超見つかりやがりましたか?」
「――!」
上条は背後に聞こえた声に向かって、手元にあったキャスター付きの椅子を投げ飛ばす。
その声の主はそれに動じることなく、上条に向かって弾き返す。だが、すでに上条はその場から飛び去っていて、乱入者と向き直っていた。
「――っ!?」
上条は、その乱入者の姿を確認して、改めて絶句していた。
乱入者は少女だった。
見るからに自分よりも年下――中学一年か、もしかしたら小学生かもしれない、幼いといっていい外見年齢の少女。
白いTシャツの上にノースリーブのオレンジのパーカー。下は足の付け根ほどの丈しかない真っ白の生足を剥き出しにするホットパンツ。靴はローファー。
そんな彼女は――そんな少女は、パーカーのポケットに両手を突っ込みながら、こちらを冷たい眼差しで見据えていた。
「――その身のこなし、情報通り超堅気の人間ってわけではなさそうですね?」
上条当麻は彼女を知っている。
それはこの世界ではなく『前の世界』。ほとんど会話を交わした記憶はない。知り合いの知り合いという関係だった。
(……確か、浜面の――)
そうだ。確か彼女達は――
「――『アイテム』、か……」
上条は思わず口に出して、そう呟く。
すると、目の前の少女――絹旗最愛の無表情が崩れ、より鋭い目つきで上条を睨む。
「私達のことを超知ってやがるんですか。……なら、生きて帰すわけにはいきません。ここで超死んでください」
絹旗は上条に向かって突撃する。
上条はそれを舌打ちをしながら迎え撃った。
(……くそっ。よりによって、“
今、ここに、『前の世界』ですら実現しなかった――上条当麻vsアイテムが幕を開けた。
前回、今回と少し短めの話が続いたので、次回はその分長めで。
やっと最愛ちゃんを出せたぜ!