暖かな日差しが降り注ぐ、病院の中庭。
人工的だが緑溢れるこの空間で、インデックスは佐天と共に、初春、白井、御坂と顔合わせを果たし、長期間入院して暇を持て余している子供達と共に、サッカーボールを蹴って遊んでいる。
インデックスは命を奪われることも、記憶を失くすこともなく今日という日を迎え、笑顔ではしゃぎまわっている。
それは、他の何よりも、昨日の戦いがハッピーエンドであることを示していた。
そんな明るい集団から少し離れたベンチ。
そこには、神裂火織とアウレオルス=イザード、そして土御門元春が傍に立ち、その横には車椅子に座ったステイル=マグヌスが囲む中、左腕にギプスをつけて右手首に包帯を巻いた少年――上条当麻が一人腰かけていた。
はしゃぎまわる彼女らと子供達を微笑ましく眺めながら、彼らは今回の事件を振り返る。
「――それじゃあ、やはり彼女の記憶はお前の
ステイルは、緑髪の錬金術師に問う。
アウレオルスは、楽しそうに笑うインデックスに視線を向けたまま答えた。
「――ああ。私が
ステイルと神裂は、何も言わず、無言の肯定を返した。
彼女に敵として立ち塞がり、恨みの篭った目線を受けながら、ひたすら事務的に“とりあえず”記憶を消す。
そんな年月を重ねる内に、いつしか信じられなくなっていった。
インデックスが、あんなに楽しそうにはしゃぐ光景が、再び戻ってくるだなんて。
「――――だが、上条当麻は彼女の呪いを目の前で打ち破ってみせた。その光景を見て私は、インデックスが幸せな道を歩むことが出来ると、心の底から確信できたんだ。必ず、歩ませてみせると、再び誓うことが出来た。……心より、感謝している」
アウレオルスは、痛ましげに上条を見つける。
神裂は気遣うように、ステイルも複雑そうな表情を見せる。
それに対して上条は、気にしていないとアピールするように、明るく言った。
「大丈夫だ、アウレオルス。――俺が“この右手で触れない限り”、インデックスの笑顔が曇ることはない。今のこの幸せな光景が、当たり前になる時が来る」
上条は、そう言い切った。
土御門は下唇を噛み締め、神裂、ステイル、アウレオルスは目を逸らすことしか出来ない。
当然、異能の力だ。
上条当麻の右手は、善悪問わず、その異能の力を無効化する。
つまり、インデックスの頭に触れた途端、彼女の蘇った記憶は再び消える。
今回、インデックスを救った一番の立役者は、やはり上条当麻だ。
皮肉なことに、苦しむヒロインを救ったヒーローは、二度とその手で触れることを許されなくなった。
「……そうだな。お前は、あの子の幸せには必要ない。――むしろ邪魔だ」
「ッ!! ステイル!!」
ステイルの暴言に、神裂は絶叫する。
しかし、それを上条が抑えた。
「やめろ、神裂。ステイルは正しい」
「――でも!!」
これでいい。上条はそう思っていた。
上条が理想とする、オティヌスが創り出した『幸せで完璧な世界』では、自分ではなく、ステイルや神裂がヒーローだった。
ポッと出の自分より、割り込んだ異分子の自分なんかより、彼らが報われる。
上条当麻なんかよりも、はるかにインデックスに尽くした、彼らの元で、インデックスが笑う。
この世界が、正解なんだ。
そして、この世界のインデックスは、佐天という友達が出来た。
優しくて社交的なインデックスなら、初春とも、白井とも、御坂とも、直ぐに仲良くなるだろう。
これ以上ない、ハッピーエンドだ。
上条は、自分にもう一度そう言い聞かせた。
ぽんっ、ぽんっ、とサッカーボールが転がってくる。
上条の元に、白い修道女がてくてくと近寄ってきた。
先程大声を上げてしまった神裂は、苦笑してインデックスになんでもないと告げる。ステイルも、インデックスに安心させるような笑みを浮かべる。
それを見て、インデックスは追及することなく微笑んだ。
上条は、足元に転がったサッカーボールをギプスをつけていない右手で掴み、差し出す。
「ほらよ」
インデックスは笑顔でボールを受け取った。
「ありがとう」
上条は、その笑みをしっかりと受け止め、自分の元から走り去るインデックスの背中を、微笑みながら見つめた。
「――――僕達は体が治り次第、この街を去る。……彼女は、ここに残る。おそらく佐天とかいうあの子の元に厄介になる形だろう。あんな仕掛けをした教会の奴らの元に、彼女を置いておくわけにはいかないからね」
そして、ステイルは神裂が押す車椅子に乗ったまま、上条の前を横切る。
「――あの子を幸せにしたのは君だ。だから責任を持って、陰ながらでもなんでもあの子の笑顔を守り続けろ」
上条は目を見開いてステイルを見遣る。
ステイルはそれっきり上条の方を見ようとせず、病室へと戻った。
神裂も笑顔で会釈し、その場を後にする。
やがて、アウレオルスも席を外し、ベンチの近くには上条と土御門だけが残る。
土御門は、上条の隣に腰をかけ、目の前で楽しそうに遊ぶ集団を眺めたまま問う。
その集団の中には、掃除ロボットを巧みに操ってドリブルをかます彼の義妹がいた。
「カミやん……これでよかったのか?」
土御門の声に、上条は何も返さない。
ただじっと、はしゃぐ彼らを見つめている。
「俺は、いまだにカミやんに言われたことを、心の底から信じることは出来ない。別の世界の未来からやってきたなんて話を、そう簡単に信じられるわけはいかないからにゃあ。だが、少なくとも元の世界で、インデックスは大事な家族だったんだろう。――こんな結末で、満足なのか?」
上条は、淡々と答える。
「ああ。俺は、インデックスに泣いて欲しくないんだ。アイツを泣かせることだけはしない。――――俺はそう誓ったんだよ」
土御門は、それに対してこう尋ねる。
「…………前の世界のインデックスにか?」
上条は、ふっと笑って、呟いた。
×××
「――――――心に、だよ」
これにて連続更新は終了です。
次回は、pixivの方で第三章が終わった頃、また帰ってきます。
……第三章は、おそらく幻想御手編を超えるボリュームになりそうなので、しばらくかかると思いますが。
今回のことで色々と説明不足な点は、次章の初めの方の話でなるべく辻褄を合わせたいと思っています。
それでは、第三章――「妹達」編でお会いしましょう。