上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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 禁書目録編もクライマックスが近くなってきました。


主人公〈かみじょうとうま〉

 上条達が辿り着いたのは、第十七学区のとある操車場だった。

 そこら中にコンテナが何段にも積まれ多数の死角が存在し、尚且つこの時間になるとこの場所は一切人気がなくなるのを、上条は経験上知っていた。

 

 ここは、かつて上条当麻が学園都市最強の男と戦った場所。

 

 上条は、この操車場をこの物語のクライマックスの会場に選んだ。

 

「ここであの子の首輪を外すのか?」

「ああ。ここなら障害物が多くあって目撃者も減らせるだろうし、ほとんど人も来ないからな」

「俄然、もうすぐ、もうすぐインデックスを救うことが出来る!」

 

 上条の傷は、黄金錬成(アルス=マグナ)で応急処置を施していた。

 すでに準備を終えて、後は役者が揃うのを待つのみ。

 男達三人がヒロインの到着を待っていると、そこに“三人の”少女達がやってきた。

 

 一人は黒髪のポニーテールの長身の女性。

 そして、彼女に姫のように抱えられる純白のシスター。

 

 さらに、神裂の背中にしがみついていた黒髪の入院着の少女。

 

 ステイルとアウレオルスはインデックスの憔悴しきった様子に表情を歪めるが、やがて見知らぬ三人目の人物に眉を潜ませる。

 

 だが、そんな二人よりも、上条の動揺ははるかに大きかった。

 

「神裂!! どうして佐天を連れてきた!!?」

 

 上条のその怒気を露わにした様子に、佐天はビクリと体を震わせるが、神裂は一切の動揺なく冷たく上条を見据える。

 

「俺が何のためにこんな場所を選んだと思ってる!!? 危険が大きいからだ!! お前ならわざわざ説明しなくても分かるだろう!!」

「彼女は、私が命に代えても守ります」

「そういう問題じゃ――」

 

「そういう問題です。彼女には、インデックスの行く末を見守る権利があります」

 

「!!」

 

 上条は、神裂のその言葉に一瞬言葉を詰まらせる。

 

「…………どういう意味――」

「逆に聞きますが、あなたは自身の作戦が100%、完璧に成功するとお思いですか? あらかじめ言っておきますが……私はあなたの作戦が失敗したと判断したら――たとえあなたやインデックスに生涯恨まれることになろうとも――あの子の記憶を消し、あの子を生き長らえさせることを最優先に行動します」

「――――っ!!」

 

 それは、先程の上条とステイルの会話と繋がる。

 

 あくまでステイルと神裂は――おそらくアウレオルスもだが――現時点で上条がインデックスを救える可能性が一番高いから協力しているだけで、最後まで上条に全てを任せて黙って見ている、なんてつもりは毛頭ない。

 

 この世界では、あくまで出会ったばかりの他人でしかないのだから。

 

 その事を再認識させられてショックを受ける上条に、神裂は悲しそうな瞳で言う。

 

「…………私とステイルが初めてあの子の記憶を消すと誓った夜、私達は一晩中この子の傍で泣きじゃくりました」

 

 神裂は、自身の腕の中で苦しむインデックスに目を落とす。

 ステイルも苦々しげに俯いた。

 アウレオルスも、自身の苦すぎる絶望を思い出し拳を震わす。

 

 上条当麻には、“今の”上条当麻には、それを想像することしか出来ない。

 

 神裂は顔を上げて、上条に悲しい笑みを張りつけながら言う。

 

「その時、私達がすべきことは、“今のインデックスにとって〝最も大事な〟存在である”彼女との時間を、作ることではないのですか?」

 

 上条は歯を喰いしばる。

 

 上条が神裂に言ったことだ。

 

『本当にインデックスのことを思うなら、せめてインデックスの記憶が保つ一年間を、幸せに過ごせるようにするべきじゃないのか!!?』

 

 他でもない、上条自身が言ったことだ。

 

 そんな上条が、インデックスの記憶の最期をせめて幸せに彩ることを否定できるわけがない。

 

 今の上条には、インデックスの首輪を破壊するこの儀式がどれほどのものかは分からない。

 

 この試練の脅威は、自身の記憶の破壊という、一番実感がなく、それでいてこの上なくはっきりと示されている。

 

 成功率100%など、口が裂けても言えやしない。

 

 上条は何も言えず俯くが、そこに佐天が上条の前に歩みを進める。

 

「……ごめんなさい、上条さん。何も出来ない癖に、こんなとこまでのこのこと来ちゃって」

「…………佐天」

 

 こちらも俯きながら話す佐天だったが、すぐにパッと顔を上げて、上条の目をまっすぐ見据えて言う。

 

「上条さん。あたしは信じてます。上条さんがヒーローだってこと!……だからお願いします。インデックスちゃんを助けてください!……何も出来ない癖に、他力本願で、人に全部押し付けてばっかりで、こんなこと言える立場じゃないって分かってるんですけど……それでもあたしは、インデックスちゃんに助かって欲しい! 生きてて欲しい!……あたしのことを覚えていて欲しい! これからもっともっと、思い出を作りたい! 一緒にいたい!!」

 

 佐天は大声で、心の底からの叫びを、全身全霊で上条にぶつける。

 おそらくここに来る途中に神裂から事情を聞いたのだろう。顔色が恐怖に染まっている。

 だからこそ、少女の願いには途轍もなく気持ちが詰まっていた。

 

 だが、上条はそれをまったく嫌だと思わなかった。重荷だと感じなかった。

 

 むしろ、その願いを、想いを、一つ一つ預かる度に、上条の中に力が溜まるのを感じる。

 

 佐天は上条の服を小さくギュッと掴み、潤んだ瞳で、自身より少し背の高い上条を見上げる。

 

「お願いします……あたしの友達を……助けて……」

 

 上条から、完全に迷いと怯えが消えた。

 

 何を恐れる必要がある?

 確かに失敗するかもしれない。

 

 だが、前の自分は、〝上条当麻〟は成し遂げた。

 

 文字通り、多大な犠牲を払ったけれど、それでもインデックスを救った。

 

 “今の”自分が歩いてきた道。

 その始まりの扉を、“前の”上条は自身を犠牲にしながらもその手でこじ開けてみせたんだ。

 

 負けてたまるか。

 

 だったら自分も、この手で成し遂げてみせる。

 

 前の上条当麻のように。いや、前の上条当麻が掴み取った以上のハッピーエンドを。

 

 上条は神裂の腕の中のインデックスを見る。

 

 そうだ。それはもう、手を伸ばせば届く。

 

 上条は佐天の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

「ちょ、上条さ――」

 

「ああ。任せろ、佐天。お前が望むなら、俺は主人公(ヒーロー)になってみせる」

 

 佐天は上条の笑顔を受けて、頬を真っ赤に染める。

 

 そして、すぐに満面の笑みを、激励のエールと共に大好きなヒーローに贈った。

 

「はい! 信じてます!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「おい、いつまで待たせる気だ、上条当麻」

 

 ステイルの苛立った声に、上条は振り向き、微笑みながら言う。

 

「ああ。そろそろ始めよう」

 

 そう言って上条は、コンテナに凭れるような形でインデックスを座らせるよう神裂に頼む。今のインデックスは歩く教会を着ているので、万が一上条の右手が触れると、ここにいる全員から袋叩きを受けてしまう。

 

「神裂、インデックスの体のどこかに魔法陣のようなものはないか? インデックス自身が気づいていないだろうから、本人には見えない場所――それに記憶を操作するんだから頭部に近い場所だと思うんだが……」

 

 もしかしたら脳(もしくは頭蓋骨)に直接書き込まれている可能性もあるが、それだと前回の上条当麻が成功したことと説明がつかない。

 必ず、この右手が届くところにあるはずなのだ。

 

 神裂はしばしインデックスの体を調べていた。(ステイルとアウレオルスは黙って背を向けていた。さすがイギリス紳士とイタリアの伊達男(?)。当然上条も背中を向けた。めっちゃ佐天がニコニコしてたので愛想笑いを返しておいた)

 やがてインデックスの喉の奥を覗き込んだ時、神裂は小さく息を呑んで、言った。

 

「…………ありました。魔法陣です」

 

 その瞬間、ステイルとアウレオルスの纏う空気が変わる。

 これまで上条の言葉と状況証拠しかなかったが、これで確固たる証拠が出たのだ。

 

 イギリス清教は、自分達に何も言わずにインデックスを苦しめていた。

 

 元凶だった。

 

 神裂も悲しそうな瞳をする。

 信じていたものに裏切られる、その痛みを、上条はあのループ世界で疑似的にだが何万回と繰り返した。

 その痛みに共感し、上条は神裂に何か言葉を掛けようとするが――

 

「――――それで、上条当麻。この後は?」

 

 神裂はすぐに表情を引き締め、上条に問う。

 

 上条は、そんな神裂に心の中で苦笑する。

 

(ホント、俺なんかよりもはるかに強い奴だ)

 

 上条もそんな神裂に負けじと気持ちを切り替える。

 

 いよいよ、インデックスを救う最後の戦いの幕が開く。

 

 上条は、自身の体に闘志が漲るのを感じた。

 

「俺がこの右手で、その魔法陣を破壊する。……その後は、どんなトラップが作動するか分からない。だが、その防御術式を破壊すれば、俺達の勝ちだ」

 

 そして、上条は神裂と入れ替わるようにインデックスに近づく。

 

 神裂は、佐天に離れるように言い、彼女を守る態勢を整えた。

 

 アウレオルスは鍼をその手に持ち、ステイルは一帯にルーンをばら撒く。

 

 上条は、座るインデックスの前に膝を突き、その顔を、再会してからはじめてじっくりと眺めた。

 

 純白の肌。銀色の髪。ながい睫。

 

 上条とあの学生寮の一室でずっと過ごしてきた、上条の家族。

 

 “だった”少女。

 

 一番近くいた。誰よりも傍にいた。

 

 だが彼女は、“あの”インデックスではない。

 

 上条は、それを心に焼き付ける。

 

 断じて、この少女にあのインデックスを重ねてはならない。

 

 彼女にとって、上条当麻は十分も会話をしていない初対面の男。

 

 上条にとってもそうだ。

 

 

 だが、そんな小さなことは、上条にとって命を懸けることを躊躇うような理由にはならない。

 

 

 自分が誰よりも理不尽な目に遭っているくせに、他人のことばかり気に掛けるお人好し。

 大事な人の幸せに喜んで、駄々っ子のように怒って、他人の痛みに悲しんで、太陽のように笑う。

 

 このインデックスは、あのインデックスと変わらない――けれど、確かに違う女の子だ。

 

 そんな少女を、救う為に戦うんだ。

 

 自分の後ろにいる人達。

 

 神裂火織が、ステイル=マグヌスが、アウレオルス=イザードが、佐天涙子が、心の底から救いたい少女。

 

 そんなインデックスというヒロインを救うんだ。

 

 さあ、やることは決まった。覚悟も固まった。

 

 上条はインデックスの口腔内に手を伸ばす。

 

 

 

 パキン と何かが割れるような音がした。

 

 

 

 それと同時に、上条は轟音と共に吹き飛ばされる。

 

 ガンッ! と逆サイドのコンテナに激しく背中を打ちつける。

 

「上条さん!!」

 

 佐天の悲鳴が響くが、それに応える余裕はなかった。

 

 上条の目の先には、ゆっくりと立ち上がり、翡翠色の瞳を真っ赤に染め上げ、そこに無機質な魔法陣を輝かせるインデックスがいた。

 

「――警告、第三章第二節。Index-Librorun-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、十万三〇〇〇冊の書庫の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 これまでの花が咲いたかのような笑顔からは想像もつかない極寒の無表情で機械的に淡々と告げるインデックス。

 

 自動書記(ヨハネのペン)

 

『禁書目録』を狙う輩からの防衛機構として備えられたセキュリティの一つ。

 

 無感情に、ひたすらシステム的に。

 103,000冊の知識から敵対者の魔術を解析し、最適な対抗手段をもって対象を破壊する。

 

 上条は、この状態のインデックスを知っていた。

 かつて、イギリスクーデター時にフィアンマと初対面した際に、この状態の彼女の面影を見た。

 

 だが、他のメンバーにとっては、初めて見る彼女だったのだろう。

 見たこともない、インデックスの姿だったのだろう。

 

 一歩も動けない。何も出来ずに、呆然とすることしか出来ない。

 

 そして、インデックス自身の目にも、彼らは映っていなかった。

 

 今の彼女の目標は、結界を破壊し土足で踏み込んできた侵入者――――

 

「――侵入者個人に対して最も有効な術式の構築に成功。『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 

――――上条当麻、ただ一人。

 

 パキンッ! と音を立てて、インデックスの両目から巨大な魔法陣が飛び出し、顔の前に重なる。

 

「            。          、」

 

 そして、彼女が歌声のようなものを発した瞬間――

 

――魔法陣から真っ黒な空間の亀裂が生まれ――

 

――その奥から光の柱が噴き出し、上条に襲い掛かる。

 

 

 その状況になり、ようやく全員のフリーズが解ける。

 

 だが、すでに光の柱は上条の眼前にまで迫っていた。

 

 全員が声にならない叫びを上げる。

 

 佐天は思わず耳を塞ぎ、目を閉じながら絶叫した。

 

 インデックスは、ただただ無表情で術式の結果を観察している。

 

 

 

 そして、上条は――――獰猛に笑っていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 まさしく柱と呼ぶべき巨大な光線が一直線に上条に直撃する。

 

 その激突の余波だけで、安全圏に離れているはずの佐天にまで突風のような衝撃が走る。

 

 神裂は驚愕し、ステイルは息を呑み、アウレオルスも呆然とする。

 

 それほどまでに、圧倒的な破壊力を秘めた、まさしく魔神級の一撃。

 

 

 だが、上条当麻は粉砕されることなくで屹立していた。

 

 その魔術で創り上げられた巨大レーザーを――

 

 

――まっすぐ正面に突きだした右手を、竜の頭部へと変えて受け止めていた。

 

 

 激突の衝撃が収まり、上条へと目を向けることが出来た四人は、その光景を見て一様に絶句する。

 

 何の変哲もない無能力者の高校生。

 その少年の右手が、伝説上の生物の頭部へと変異し、その巨大な咢で、魔神級の一撃をまるで水を飲むがごとく呑み込んでいる。

 

 

 通常の幻想殺しでは打ち消しきれなかった巨大で強大な異能の力。

 

 これらを一切の取りこぼしなく、直接呑み込み、世界から打ち消す。

 

 幻想を、殺しきる。

 

 これが上条当麻の、この世界に渡った時に目覚めた新しい力。

 

 

 竜王の咢(ドラゴンストライク)

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)ですら真っ向から受け止めきる、まさしく異能の力に対しては天敵ともいえる能力。

 

 

 その光景に、その恐ろしさの片鱗を感じることが出来る三人の魔術師は恐怖した。

 

 魔神に匹敵する力を自分達を排除すべく行使するインデックスにではなく、それを防ぎ切り自分達を守ってくれている上条に対して恐怖した。

 

 あまりにも異質。

 

 あまりにも異常。

 

 あまりにも異形。

 

 あまりにも異分子。

 

 自分達とはあまりに“違う”その存在に。自分達の天敵に。

 

 あまりに自分達の理解の埒外にいるその少年に、瞬きを忘れるほど恐怖した。

 

『……上条当麻。貴様、いったい何者だ?』

 

 先程のステイルのセリフが、今の神裂達の胸中を最も正確に表している。

 

 怖い。分からないから、恐い。

 

 この少年が、上条当麻が、本当に怖かった。

 

 

 

「頑張って!! 上条さん!!!」

 

 

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)vs竜王の咢(ドラゴンストライク)

 

 まさしく異世界異能バトルのような光景を繰り広げていた上条に、一人のどこにでもいる普通の女の子のエールが届いた。

 

 佐天涙子は、上条当麻をまるで怖がっていなかった。

 

 魔術というものを知らず、超能力にも縁遠い。

 

 そんな彼女だからこそ、異能の力と関わりが薄い彼女だからこそ、上条の異質さはよく分からない。

 

 右手が竜になったことは驚いたが、これだけは分かる。

 

 今、上条当麻は、インデックスを救う為に戦っている。

 

 自分が頼んだから上条は命を張っている、なんて思い上がるつもりはない。

 

 だが、インデックスを助けて欲しい、これは紛れもなく佐天の願いでもある。

 

 そして、上条はその悲願を果たす為に戦っている。

 

 なら、自分に出来ることは、一生懸命応援することだ。

 

 難しいことなど考えない。シンプルで――だからこそ、純粋な望み。

 

 他の何にも縛られない、この世界で最も叶えられるべき願い。

 

 上条当麻の顔に、先程の獰猛な笑みとは違う、優しい微笑みが生じる。

 

 そして、瞳がより一層力強く輝く。

 

「アウレオルス!! インデックスの足場を崩せ!!」

 

 上条は必殺の光線を受け止めながら吠える。

 

 その雄叫びに、動きをフリーズさせていた若き錬金術師が動き出す。

 そのスラリとした首筋に鍼を突き刺し、高らかに唱える。

 

「砕けよ!!」

 

 インデックスの踏みしめる大地がひび割れ、途端に安定性を失くす。

 

 グラリと背中から倒れ込むように姿勢が崩れ、上条当麻を一直線に狙い澄ましていた巨大レーザーの軌道が上方に傾く。

 

 上条の右手はすでに人の手に戻っていた。

 

 右手へと戻した瞬間、これまで竜が呑み込んでいた魔神級の攻撃の衝撃がズシンと上条に圧し掛かる。

 

「~~~~~~ぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!」

 

 上条は咆哮しながら、無理矢理右手で弾くように光線の軌道をずらす。

 元々傾いていた光線の標準は完全に上条から外れ、辺り一帯に積み上げられたコンテナを軒並み破壊する。

 

 そして、上条はまっすぐに走り出す。

 

 目指すは、感情の伴わない表情で破壊を振り撒か“されている”一人の操り少女。

 

 道はすでに、拓けている。少女と自分の間に、立ち塞がる壁はない。

 

 

 だが、降り注ぐ光の羽の豪雨が襲った。

 

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)によって破壊されたコンテナは、純白の光り輝く粉雪のような羽となった。

 

 ひらひらと舞い落ちるそれは、光の柱と同じ構成で出来ている。

 

 すなわち、竜王の殺息(ドラゴンブレス)と同等の威力。一枚でもその身に受ければ、それはまさしく死を意味する。

 

 “前の上条当麻”を死へと誘った、まさしく死神の雨。

 

 その事を看破したのは、今回もやはり神裂だった。

 

「――――っ!!! その羽一枚一枚が、伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同等です!! 逃げて!! 逃げてください!!」

 

 神裂が外聞を取り繕うことなく絶叫する。

 

 だが、上条当麻は止まらない。

 

 今の上条は、この羽の恐ろしさを身を持って知っているわけではない。

 

 いや、文字通りその身で受けたのだから、体は覚えているのかもしれない。

 

 先程から、上条の鍛え上げられた危険を知らせる第六感が暴れている。

 

 すぐに、右手を宙に掲げて、身を守れと。

 

 今まで何度も自分の命を救った前兆の予知が、今すぐに回避運動に入れと叫んでいる。

 

 それでも、上条当麻は止まらない。

 

 目の前の救うべき少女にも、その死神の鎌は迫っているから。

 

 おそらく、前の上条も、こんな選択を迫られたのだろう。

 

 自分か、それとも少女か。どちらかを助ければ、どちらかは助からない。

 

 さあ、どうする?

 

 そんなありきたりな二択を、目の前にドンと突き付けられたのだろう。

 

 そして、迷わず少女を救うことを選んだのだ。

 

 今の自分と同じように。

 

 上条は笑う。それは自嘲に近い。だが、とても嬉しそうな笑みだった。

 

 上条当麻は実感する。

 

 やはり、自分はどこまで行っても上条当麻なのだと。

 

 それが、なんとなく、嬉しかった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 それは、数時間前、病院のテラスでインデックスが舞い降りたのを見上げていた時の心境に近かった。

 

 だが、明確に違う。

 

 あの光景は、その神々しさに目を奪われ、まるで天国に迷い込んだかのような気持ちだったが、この光り輝く羽達が舞い踊るこの光景は、間違いなく美しいが、なぜか佐天の心をざわつかせた。

 

 まるで、絶対に入ってはいけない場所に迷い込んでしまったかのような、踏み込んではいけない領域を侵してしまったかのような、寒くなるような焦燥感が、佐天の心を埋め尽くした。

 

 そして、その予感は神裂の叫びで肯定される。

 

「――――っ!!! その羽一枚一枚が、伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同等です!! 逃げて!! 逃げてください!!」

 

 自分の目の前に立ち、戦闘の余波から自分を守ってくれていた神裂の背中が、明らかに怯えている。

 

 焦燥感は明確に恐怖心に変わり、視線は自ずと上条に引き寄せられる。

 

 あらゆる困難を打ち砕き、どんな窮地でも覆してくれるヒーローに。

 

 だが、上条を見た瞬間、佐天の世界から音が消えた。

 

 

 上条は

 

 

 笑っていた

 

 

 その笑みの理由が、なぜか佐天には分かってしまった。

 

 上条が、何をしようとしているのか。

 

 上条が、何を選んで、何を捨てたのか。

 

 その覚悟を、察してしまった。

 

 ……………………………いやだ。

 

 いやだいやだいやだいやだいやだ!!!!

 

 そんなのダメ。そんなの意味ない。

 

 

 ヒーローを犠牲したハッピーエンドなんて、そんなのあたしは絶対に認めない!!

 

 

 佐天はお守りをギュッと握り締める。

 

 お願い、神様。

 

 あなたが意地悪なのは知ってる。

 平等なんかじゃないってことも、酷く気まぐれだってことも身に染みてる。

 

 だけど、お願い。

 

 これから先、どんな困難だって甘んじて受けるから。

 

 だから、だからだからだから

 

 

 

 バキンッ!! と何かが割れ――――何かが終わった音が響いた。

 

 インデックスを外界から遮断した漆黒の魔法陣を、上条の右手が突き破り、ヒーローがヒロインを助け出す。

 

「――――『首輪』、致命的―――再生――不可の――」

 

 インデックスの口から壊れたラジオのように断片的にいくつかの終わりを示す言葉が漏れ、やがて少女は穏やかな表情で意識を手放す。

 

 上条は、そんなインデックスを優しい微笑みで見つめた後――――

 

 

――――優しく、抱きかかえるように覆いかぶさった。

 

 

 ひらひらと舞い落ちる純白の光の羽から、白い少女を守る為に。

 

 

 その顔は、何かを成し遂げたことを誇りに思うような、そんな満足げな戦士の表情だった。

 

 

 光の羽が、ゆっくりとヒーローの役割を成し遂げた少年に降り注ぐ。

 

 

 その中の一枚が、上条の頭の上に落ち――

 

 

 

 

 

「あたしのヒーローを助けてぇ!!!!!」

 

 

 

 

 神風が、吹いた。

 

 

 突然吹き込んだ突風は、死を運ぶ羽を彼方へと吹き飛ばす。

 

 やがて突風は旋風となり、そして竜巻へと成長する。

 

 光の羽は、天高く舞い上がり――

 

「はぁ!!!」

 

 一人の少女の掛け声とともに、四方八方へと飛ばされた。

 

 そして、風は止み、場には静寂が訪れる。

 

 上条は、覚悟した死がいつまでも訪れないことに呆然とし、そして自らを死の運命から救い上げた救世主を見る。

 

「………………佐天」

 

 主人公(ヒーロー)を救った救世主(ヒーロー)

 

 佐天涙子は、この場にいる誰よりも呆然としていた。

 

「…………え?」

 

 上条だけではなく、神裂も、ステイルも、アウレオルスも、佐天を見ていた。

 

 全員が生きていて、誰も犠牲にならない。

 

 そんな真のハッピーエンドを創り上げたヒーローを見ていた。

 

 佐天涙子を、見ていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 佐天は、自らに起こった事態を理解できないでいた。

 

 あの時、あの瞬間、佐天は願った。

 

 誰でもいい。なんでもいい。

 

 上条当麻を、助けてくれと。

 

 その時、脳内に声が響いた。

 

『了解です。マイマスター』

 

 その瞬間、佐天の体が勝手に動いた。

 

 手を突き出し、突風を発生させ、上条に降り注ぐ羽を吹き飛ばした。

 

 そこからは、無我夢中だった。

 

 風を操り、竜巻を作り、羽を全て吹き飛ばした。

 

 紛れもなく、佐天が行ったことだ。

 なぜか、やり方が無意識に頭に浮かび、まるで熟練の技術のようにスムーズに行えた。

 

 超能力を使えず、魔術など何も知らない自分が。

 

 何の役割もない、モブキャラのはずの自分が。

 

 ヒーローを、好きな人を、上条当麻を救った。

 

 徐々に実感が湧き、佐天の頬が柔らかく緩む。

 

 

「…………あたし――」

 

 

 

 

 

 だが、神様って奴は本当に気まぐれだ。

 

 そう簡単に、ハッピーエンドで幕引きとはいかない。

 

 よほど、どんでん返しがお好きらしい。

 

 

 ガコン と何かがずれる音がした。

 

 

 

「――――――え?」

 

 佐天の声が掠れて漏れる。

 

 気がついたら、そうなっていた。

 

 

 

 上条とインデックスの頭上に、積み上がっていたコンテナが落下した。

 

 

 

 ズズーン!!!! という轟音の後、辺りを濃密な静寂が満たした。

 

 何も出来なかった。

 

 佐天も、目の前の神裂も。

 

 安心した。油断した。完全に終わったと思った。

 

 自分の力で、一番大事なものを救えたと思った。

 

 だが、物語は終わっていなかった。

 

 コンテナは、間違いなく落下した。

 

 

 上条当麻とインデックスを下敷きにして。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 




 佐天と上条にオリ能力(?)が覚醒。……警告タグを入れた方がいいかな?

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