上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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――――例え、この街全てを敵に回しても、立ち止まるわけにはいかないんだ!


幻想御手〈レベルアッパー〉

 

 佐天の自宅を出た上条は、ある相手に電話を掛ける。

 

『――もしもし、佐天さんはどうだったのぉ?』

「……教えてもらった自宅に着いたら、もう眠ってしまった後だった」

『……そう』

「すぐに捜査に戻る。食蜂、何か突破口はないか?」

『……その件なんだけど、少し気になることがあるの』

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「そっか……佐天さんも幻想御手(レベルアッパー)を……」

 

 御坂と白井は佐天が運ばれた病院に来ていた。

 今、二人は中庭代わりのテラスにいる。目の前からは、喧騒に満ちた学園都市の街並みが見渡せた。

 

 御坂は金網フェンスに背中を預け、腕を組んで顔を俯かせる。

 

「……初春さんは?」

「……親友の悩みに気づけなかった自分のせいだと。鬼気迫る様子で木山先生の所へ向かいましたわ」

「……アイツは? このこと知ってるの?」

「第一発見者は上条さんだったそうですの。ここの病院を訪れた際、佐天さんの級友が昏睡状態になったのを知ったそうで。…………上条さんが発見した際にはもう」

 

 御坂は体の向きを変え、フェンスから街並みを見下ろす。

 

「――私さ…………佐天さんからお守りの話を聞かせてもらったんだ」

「お守りというと、佐天さんがいつも持ち歩いている?」

「そう。お母さんからもらったんだって……今、思えば……あの時ちょっと彼女の様子はおかしかったのに……きっと色々話したかった筈なのに……友達の顔色一つ気づけないで……何が超能力者(レベル5)よ」

「お姉さま……」

「せっかくアイツに気づかせてもらったのに……友達の大切さ…………能力なんてどうでもいいこと……なんて……自分もついこないだまで縋ってたくせに……無責任だよね」

「………」

「…………私は、アイツみたいに佐天さんを救えないのかな?」

 

 御坂が金網を握りしめる。

 白井はそんな御坂を痛ましげに見つめ、意を決して言う。

 

「……ここで諦めてしまうようならば、お姉さまは上条さんのようには決してなれません」

「ッ!」

「ですが――」

 

 白井の言葉に思わず唇を噛み締めかける御坂だが、白井は御坂に続けてこう告げる。

 

「ここで立ち止まらず、前を向けるなら。きっと、お姉さまは上条さんのように、多くの方を救えます」

「黒子……」

「少なくとも、わたくしはそうしてきました。初めてあの人に出会ったその日から、そうしてその背中を追い続けてきました。上条さんの、そして、お姉さまのお背中を」

 

 御坂は後ろを振り向く。そこには、瞳に強い力を宿し、自分をまっすぐ見上げる白井がいた。

 

「今も、ずっと追い続けています。上条さんと同じくらい、わたくしはお姉さまを尊敬しています。そんなお姉さまに、救えないものなどありえません」

 

 その真摯な眼差しを受け、御坂はゆっくりと、その表情を力強く和らげる。

 

「……そうね。弱気になるなんて、私らしくなかったわ」

 

 御坂は天を仰ぐ。その真っ青な大空を。

 

「……黒子。私は、佐天さんを救いたい。そして、謝りたい。――力を貸して」

「勿論ですわ。どこまでもついていきます」

 

 そして、御坂の後に白井が続く形でテラスを後にし、病院内へと歩き出す。

 

 今ここに、常盤台の黄金タッグが動き出した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「リアルゲコ太……だと……」

 

 動き出した黄金タッグがいきなり遭遇したのは、カエル顔の名医だった。

 

「ちょっといいかい?」

 

 連れて行かれた彼の仕事部屋。

 そこの複数のPCモニタに表示されたのは複数の脳波パターングラフ。

 

「これがどうかしたんですの?」

「これは幻想御手(レベルアッパー)使用者の脳波パターンだ。脳波は指紋なんかと同様に各人異なり、同じなんてありえない。でも、幻想御手(レベルアッパー)使用者には、共通パターンが見てとれるんだ」

 

 そう言いながら、カエル医師は其々の脳波の画像を重ね合わせる。

 確かに、かなりの部分が重なり合っていた。

 

「確かに……」

「でも、それが何か事件と関係ありますの?」

「……これではまるで、“他人の脳波パターンで無理矢理動かされている”ようなものだ。そうなると、人体に多大なる影響が出るだろうね」

「っ! それが、幻想御手(レベルアッパー)使用者の昏睡状態の原因……」

「……僕は医者だ。患者に必要なものは何だって手に入れてみせる」

 

 すると、カエル医師は何やら検索をかけ始め、ある人物の名をリストアップする。

 

「これが、被害者の脳波に共通する脳波パターンを持つ人物だ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「そうか、この間の彼女まで……」

 

 初春は木山の勤めるAIM解析研究所に到着していた。

 木山の部屋のソファーに座り、彼女から応対を受けている。

 

「私のせいなんです……」

「……あまり自分を責めるものじゃない」

 

 初春は顔を涙でボロボロに真っ赤にしながらも、目だけはギラギラと血走っていた。

 明らかに冷静な状態ではない。

 

「落ち着きたまえ。コーヒーでも淹れよう」

「そんな悠長な!」

 

 木山は初春の肩を優しく抑える。

 

「その友達が目覚めたとき、君まで倒れていたら元も子もないだろう。…………大丈夫。きっと最後はうまくいくさ」

 

 木山は微笑みながら別室へと移動する。

 初春は袖で涙をごしごしと拭き、佐天が最後まで手放していなかったお守りをギュッと握った。

 

「…………佐天さん」

 

 部屋に一人取り残された初春は何気なく周囲を見渡す。

 

 その時、部屋の書棚の引き出しから一枚のプリントがはみ出していることに気づいた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 白井と御坂が表示された人物の名前に絶句する。

 

「まずい、初春さんが危ない!!」

 

 

 

 

 

「気になること?」

『ええ。私たちは超能力者(レベル5)――つまり学園都市でも有数の頭脳力を所持しているけれど、それでも専門分野では学園都市の研究者には遅れをとるわぁ。共感覚性なんて、御坂さんでも扉越しの会話から思いついたのに、専門職である“彼女”が気づかないはずがないのよ。大脳生理学の専門力を持ってるんだからぁ~』

「っ! ってことは、お前つまり――」

 

 

 

 

 

「これも……これも……共感覚性についての論文……どういうこと? だって木山先生、あの時――」

「いけないな――」

 

「――他人の研究成果を勝手に盗み見ては」

 

 

 

 

 

『「「「犯人は、木山春生!!!」」」』

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「まず、幻想御手(レベルアッパー)というのは複数の脳波を同一化することで脳のネットワークを構築し、高度な演算を可能にする為のもの。――つまり、能力の向上はただの副産物……。同じ脳波のネットワークに取り込まれることで、一時的に能力の幅と演算能力が上がっているだけに過ぎない。ただの一過性のものだ」

 

 一過性。ただの副産物。

 木山はそう言い切った。

 

 それを車の助手席で聞いていた初春は、怒りに打ち震える。

 

「ふ、ふざけないでください! じゃあ、なんですか!? あなたはたくさんの人達をぬか喜びさせる為に、こんな大それたことをしたんですか! 確かに、歪んだ欲望と邪な目的で幻想御手(レベルアッパー)を利用した人もいました…………けど! だけど!! 一縷の望みをかけて!! 最後の希望として、幻想御手(レベルアッパー)に夢を見た人達もいたんです!! あなたは!! そんな人達を絶望させるために、こんなことをしたっていうんですか!!」

 

 初春は激昂する。親友の思いを弄び、親友の希望を裏切った彼女に、己の怒りをぶつける。

 しかし、木山は全く動じずに、初春の方を向く事すらせずに前を向いて運転し続けている。安全運転を心がけている。

 

「落ち着きたまえ。言ったろう、レベルの向上は只の副産物だと。私の目的はもっと別にある」

「え?」

 

 木山は淡々と言った。それこそが全てで、他の全ては全て些事だと、言外に告げるように。

 

「他人の能力には興味はない。私の目的はもっと大きなものだ」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「木山春生の所に行った初春と連絡がとれませんの! ……それから、単独行動している上条さんも電話に出なくて……」

「もうっ! 肝心な時に何やってんのよ、あの馬鹿は!!」

 

 御坂と白井は大急ぎで風紀委員(ジャッジメント)177支部へと戻っていた。そこには固法しかおらず、食蜂も縦ロールもいなかった。

 そのことから白井は――。

 

「――上条さんは一先ず大丈夫でしょう。問題は初春です。十中八九、木山春生と接触している筈」

「今、警備員(アンチスキル)がAIM解析研究所に到着したそうよ。……初春さんも木山春生も消息不明らしいわ」

 

 事務所に着くなり、二人から詳細を報告された固法は、直ぐに警備員(アンチスキル)に応援を要請した。

 しかし、既に一歩遅く木山は逃亡した後だった。

 おそらく、初春飾利を人質にとって。

 

「……しょうがない。私が出るわ」

「ッ! お姉さま、お待ちください! 一般人のお姉さまを危険な目に遭わせるわけには――」

「今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょう!! 一刻を争うのよ!!」

「……でしたら、ここは風紀委員(ジャッジメント)のわたくし(ポン)がぁっ!! っっっ~~~~~」

「ほら。軽く叩かれたくらいでこんなになるアンタが行けるわけないでしょう」

「しかし――「あ~もう!」」

 

 御坂はなおも食い下がる白井の額を軽く人差し指で小突く。

 

「アンタは私の後輩なんだから、少しは“お姉さま”に頼んなさい」

 

 その時の御坂の笑顔はとても綺麗で、頼りがいがあって、魅力的で。

 上条のような“ヒーロー”の笑顔だと、白井は感じた。

 

 白井は思った。

 やっぱりこの人は凄い。超能力者(レベル5)だから、この人を好きになったんじゃない。

 

 この人が、御坂美琴だから、自分は目指すべき背中(もくひょう)にこの人を選んだのだ。

 

 やっぱり御坂美琴は、永遠の憧憬(おねえさま)だ。

 

「お姉さまぁ~♡」

「ちょっと黒子! 抱き着く「あぁぁぁ~~~………」……痛いなら無理するんじゃないわよ」

 

 御坂は抱き着くというより、自身にぶら下がっている白井を椅子の上に優しく下す。

 すると固法が。

 

「……そうね。本当は民間人にこんなことを頼みたくないんだけど、私はここを離れられないし、白井さんはこんなだし……初春さんは人質だし…………上条君はどこにいるか分からないし……」

「ええと……あの……」

 

 途中から俯くように暗く呟く固法に御坂がどうフォロー(なんで私が……)しようか窺っていると、ばっと顔を上げいい笑顔で。

 

「申し訳ないけれど、お願いするわ。 …………もし上条君と合流したら、私が後で“覚えといて”って言ってたって伝えて頂戴♪」

「は、はい……必ず……一言一句……違わずに……」

 

 どうして固法(このひと)が曲者揃いの177支部のリーダーを務めているのか、なんとなく分かった気がした。

 

 御坂は扉の前で軽く咳払いし、気を引き締め直す。

 そして、中の二人に向かって出発を告げる。

 

「いってきます」

 

 今、一人のヒロインが、ヒーローとして――最後の戦場に向かう。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「――シミュレーション?」

「とても大事なシミュレーションを行う為に、何度も樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)の使用許可を申請しているのだが、全て却下されてね。代わりの演算装置が必要になった」

「……それで、能力者でネットワークを作ろうと?」

「ああ。一万人ほど集まったから、なんとかなるだろう」

「っ!!」

 

 一万人。それが、幻想御手(レベルアッパー)の被害総数であり、引いては今現在昏睡状態にある被害者の数でもある。

 そして、そこには初春の大事な親友が含まれ、装置の一部にされている。

 

「そう睨むな。今言ったように、私はあるシミュレーションをしたいだけ。それが終われば全員解放する」

「信用できません。こんな大事件を引き起こした犯罪者を、そう簡単に信じられると思いますか?」

「思わないな。なら、これを君に預けておこう」

 

 そういって木山は白衣のポケットから一枚のメモリーカードを渡す。

 

「これは?」

幻想御手(レベルアッパー)をアンインストールする治療用プログラムだ」

「っ!」

「もちろん後遺症は残らない。全て元通りになる。誰も犠牲にはならない」

「……何の臨床試験も行われていないものを安全だと言われても、何の説得力も感じません」

「はは、手厳しいな。しかし、情報処理能力に長ける君になら分かるだろう。ウイルスというのは、拡散性と同じくらい――あるいはそれ以上に除去性も良くなければ意味がない。そうだろう?」

「……コンピュータ・ウイルスと幻想御手(レベルアッパー)を一緒にしないでください」

 

 その時、カーナビのディスプレイに何か文字列が表示された。

 

「……思ったより早かったな。君との交信が途切れてから動き出したにしては早すぎる。……どうやら別ルートで辿りついたようだな。間一髪といったところか。……所定の手続きを踏まずに機材を起動させると、データが全て消去されるようにプログラムしてある。部屋に残していた書類は共感覚性についてのものだけだし――これで幻想御手(レベルアッパー)使用者を起こせる可能性は、君のもつそれだけということだ」

「ッ!!」

 

 淡々と呟かれた言葉に初春が驚愕を露わにしていると、木山はここで初めて、初春の方に目を向けた。

 その表情は、どこか影がありつつも、優しい慈愛が込められた笑みのようにも見えた。

 

「大切にしたまえ」

 

 そのまま高速道路をぐんぐん進んでいると、前方の道を機動隊のような装備の連中が一列に立ち塞がって封鎖していた。

 

「……警備員(アンチスキル)か。上からの命令があったときだけは動きが早い連中だな」

『木山春生だな。幻想御手(レベルアッパー)散布の被疑者として拘束する。おとなしくお縄につくじゃん!』

「……どうするんです? どうやら年貢の納め時のようですよ」

 

 完全武装の警備員(アンチスキル)集団。一介の研究者でしかない木山にこの包囲網を突破できるとは思えない。

 

 だが。

 

「……先程も言った通り、幻想御手(レベルアッパー)は人間の脳を利用した演算機器として作った」

 

 木山は。

 

「しかし同時に、使用者に面白い副産物を齎す物でもあるのだよ」

 

 笑っていた。

 

「面白いものをみせてやろう」

 

 獣のような、真っ赤な目で。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「なに……これ……」

 

 現場についた御坂が目にした光景は、ボロボロになった警備員(アンチスキル)、横転した車両群――そして砂塵の中に佇む無傷の、木山春生だった。

 

警備員(アンチスキル)が全滅……?」

 

 御坂は目の前の光景が信じられなかった。

 警備員(アンチスキル)は元々“対能力者用”装備を身に付け、日夜訓練に勤しんでいるプロの対戦闘集団。本職は教師だが、そこいらの能力者――ましてや、何の能力も持たないただの研究者に負けるはずがない。

 

 しかも、見たところ彼女は丸腰だ。

 

 一体、どうやってこの惨状を――と、周りを見渡した所に、一台のスポーツカーを発見した。

 

 そこには――。

 

「っ! 初春さん!!」

 

 御坂はその車に駆け寄る。彼女は気絶しているようだった。

 

「初春さん! しっかりして!!」

「安心したまえ。彼女は無傷――戦闘の余波で気を失っているだけだ」

 

 木山がこちらに向き直る。

 超能力者(みさかみこと)が自らを倒す為にこうして目の前に現れたというのに、その表情は余裕で満ちていた。

 

「……私のネットワークには超能力者(レベル5)は含まれていないが、さすがの君も私のような相手と戦ったことはあるまい」

 

 御坂は自然と戦闘準備に入る。

 そこに割り込むように、白井からの通信が入った。

 

『気をつけてください、お姉さま! 木山春生は能力者――それも“複数の能力”を使う『多重能力者(デュアルスキル)』ですわ!!』

 

 御坂はその白井の言葉が信じられず、愕然とする。

 学園都市の常識の一つとして、学園都市の超能力は能力開発を受けた“子供”にしか使えないというものがある。

 そして、更に、もう一つ――。

 

「はぁ!? 何を言ってるのよ、黒子! 個人が複数の能力を使用するなんて“理論上不可能”なはずでしょう!?」

 

 能力は一人に一つ。

 その個人の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)によってその性質が決まる学園都市の超能力は、必然的にそれぞれ固有のものとなる。

 

 これには例外はない。というより皆無だ。

 もし実現するとすれば、学園都市にたった一人のオンリーワン、七人しかいない超能力者(レベル5)よりも希少、それこそ学園都市最高峰の存在だが――本人は、木山春生はあっさりと否定する。

 

「違うな。私のこれは実現不可能とされるそれとは方式が違う」

 

 木山の手が御坂に向けられ――そこから、竜巻が発生する。

 

「言うならば、『多才能力者(マルチスキル)』だ」

 

 そして、そのまま御坂に向かって発射される。

 それは紛うことなき、学園都市の“能力”だった。

 

「っ!」

 

 御坂は、電気の力で筋力を高め、そのまま大ジャンプする。

 

 そして空中の御坂に、“多数の火炎弾”が襲いかかった。

 

「ッッ!!」

 

 御坂は電撃を放ちそれらを相殺する。そして、そのまま着地。

 しかし、御坂は攻撃を凌いだことより、その攻撃内容で頭がいっぱいだった。

 

(本当に複数の能力を使っている……)

 

 御坂は、それを幻想御手(レベルアッパー)で作った巨大なネットワーク――それを操り、“一つの巨大な脳”とすることで、理論上不可能とされた多重能力者(デュアルスキル)、いや多才能力者(マルチスキル)を実現させたという考えに至った。

 

 そして、すぐさまそれを脳の片隅においやる。

 今、考えるべきは、多才能力者(マルチスキル)の仕組みじゃない。

 

 目の前にいる木山春生を、たくさんの被害者を出した事件――幻想御手(レベルアッパー)事件の首謀者(げんきょう)を、

 

「倒す!!!」

 

 御坂は駆け出す。

 木山は衝撃波で路面を切断するが、御坂はそれを最小限の動きで躱す。

 

 超能力の街――学園都市。

 しかし、この街に住んでいるからといって、日常的にバトルに巻き込まれるというわけではない。

 そんなのは風紀委員(ジャッジメント)やスキルアウトなどの一部の人間のみ。

 大半の学生は、不思議な能力が使えるだけで、喧嘩すらしたことないような平和な日本を謳歌する者達だ。

 

 だからこそ、ここまで戦闘に慣れている御坂のような人間は、この街では――この街ですら特殊なのだろう。

 

 しかし、それでもそれはあくまで喧嘩やちょっとした小競り合い。

 

 相手を殺し、相手に殺される。その覚悟の上で行われる命のやり取り。

 そんなものを経験したことなど、いくら超能力者(レベル5)といえど、“光の世界の住人”である彼女には勿論なかった。

 

 そこが彼女の美点であり――こういった場面では弱点ともなりうる。

 

 断言してしまえば、彼女が木山を瞬殺することなど、御坂美琴の能力(ちから)をもってすれば容易かった。

 

 いくら一万の脳を統べろうと、複数の能力を使えようと、“圧倒的な破壊力”の前ではそんなものは小細工に過ぎない。

 一人で軍隊を滅ぼせるとされる超能力者(レベル5)、その第三位である彼女なら出来た筈だった。

 

 しかし、彼女にはそんな発想すら浮かばない。

 あくまでも、能力を駆使し、彼女を“勝負”の上で倒そうとした。

 

 結果、彼女は最大出力の超電磁砲(レールガン)で一蹴などということはせず、律儀に攻撃を躱した上で、気絶程度で済むレベルの電撃をぶつける。

 

「っ!」

 

 だが案の定、御坂の攻撃は防がれ――同時に御坂の足元が、超重力により崩れ落ちた。

 

 陸橋のような高速道路から落下する、木山と御坂。

 御坂は磁力を使って柱に吸い付き、木山は重力を調整しゆっくりと着地する。

 

(自身を巻き込むことを恐れず、そして状況に合わせて能力を使い分け、さらに複数能力を同時に使うこともできるのね)

 

 木山は周りに水球を浮かべ、それを凍らせ、御坂に発射する。

 

 御坂はそれらを避けながら、小手調べの電撃を木山に放つ。

 しかし、その電流は木山の体の周囲を滑るように霧散する。

 

(……複数の能力を組み合わせて、疑似的な避雷針を構築している……?)

 

 その時木山は、御坂を哀れむように見据えながら呟いた。

 

「……もうやめにしないか。超能力者(レベル5)といえど、今の私には勝て――」

 

 ヴォン!!! と、木山のセリフを遮るように、砕けたコンクリートの柱の弾丸が、木山の頬横を擦過した。

 

 木山の頬から一筋の血が流れる。

 目を見開く木山の視線の先には――学園都市の第三位が、前髪から紫電を瞬かせながら、その右手を銃口のように向けていた。

 

「私が……なんですって?」

「…………」

 

 木山は手からレーザーの剣を作り出す。

 御坂が再び物理的弾丸を飛ばすが、木山はそれを両断する。

 

 御坂は地面に着地すると、真正面から木山春生に相対した。

 

「悪いけど、私はアンタを止めるまで、この戦いをやめるつもりはないわ」

「……私は、ある研究がしたいだけだ。それが終わったら全員解放す――」

「ふざけないで! これだけ無関係な人達を巻き込んでおいて、研究がしたいだけ!? アンタにとってその研究ってのは、私の友達を苦しませてまですることなの!!?」

 

「当たり前だ。君に何が分かるッ!?」

 

 その時、初めて木山が激情を剥き出しにした。

 息を呑む御坂に、木山は諭すように言葉を投げかける。

 

「……君は、この学園都市が行っている能力開発――それが100%安全で、人道的に正しいものだと、本気で思っているのか?」

「…………どういうことよ」

 

 木山の感情の爆発に呆気にとられた御坂は、話が大幅にずれていると思いながらも先を促してしまった。

 

『ある日、当時十歳のその少年に、学園都市の最新兵器集団が差し向けられた』

 

『……さんざん、自分達で好き勝手に弄り回してきて! データ上の数値を見て恐れを抱いたんだ! あいつの人間性に目を向けようともしないで! どこまで、あいつを実験動物扱いすれば気が済むんだ!!』

 

「学園都市は能力に関して何かを隠してる。ほとんどの人間はそれを把握していない。普段、子供達の脳を掻き回している教師達ですら……それが、どれだけ危険なことだか分かるだろう」

「…………」

 

 少し前までの御坂なら、鼻で笑って聞き流しただろう。

 あるいは、少し引っかかっても“後で”調べると、戦闘を続行しただろう。

 

 しかし、上条から“第一位の末路”を聞かされていた彼女は、学園都市にそこまでの信頼を寄せることが出来なかった。

 

 動きがなくなった御坂に、木山が畳み掛けようとする。

 

「それに、君が関わっている“闇”も少なく――」

「そこまでわかってて、どうして――」

 

 その続きを言わせてたまるかとばかりに、少年の声がその場に割り込んできた。

 

「――どうして『木原』なんかに、加担したんだ? 木山先生?」

 

 その少年は、御坂を背に、木山に向き合う。

 

「アンタ……」

 

 御坂の目が大きく開く。

 木山はこうなることが分かっていたかの如く、冷静にその少年の登場を受け入れた。

 

「アンタに何があったかは、あらかた調べた……だが、俺はアンタじゃないから、木山先生がどんな思いで、こんな方法しか取れなかったかは分からない」

 

 少年は、言い放つ。間違った道へ突き進もうとしている、目の前の研究者に向かって。

 

「それでも! 少なくとも“その子たち”は、アンタがこんな方法を選ぶことを望まないはずだ! こんな方法で救ったところで、アンタは“そいつら”に胸張って会えるのかよ! 目を見て謝れるのかよ!!」

 

 少年は――上条当麻は宣言する。右拳を力強く、固く、固く握り締め、悲愴な決意を胸に秘めた木山春生に向かって、威風堂々と言い放つ。

 

「……それでも、アンタがこのやり方を変えねぇってんなら、俺がそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」

 

 上条の鋭い視線が、木山の赤く充血した目を捉える。木山も、上条の眼差しを臆することなく受け止めた。

 

「ちょっと。遅刻して現れてかっこつけてんじゃないわよ。おいしいとこ持ってこうったってそうはいかないわ――私はまだ、負けてない」

 

 そして、御坂美琴が上条当麻の隣に立つ。

 

 その目はやはり、木山春生をまっすぐ射抜いていた。

 

 二人のヒーローに相対した木山は、薄く笑い、呟く。

 

「やはり、最後に私の前に立ちふさがるのは君達だったか。“光の世界の超能力者”に“幻想殺し”。私の目的を達成するには、避けては通れぬ……か。だが、私は負けない。――――例え、この街全てを敵に回しても、立ち止まるわけにはいかないんだ!」

 

 ここに、幻想御手(レベルアッパー)を巡る一連事件の、最後の勝負が――ついに、幕を開く。

 




光の世界の超能力者と幻想殺し――二人のヒーローが、元凶を倒すべく肩を並べる。

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