上条当麻が風紀委員でヒーローな青春物語   作:副会長

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ホント、退屈しないわね。――この都市(まち)は。


幻想御手編
風紀委員〈ヒーロー〉


 

「学園都市」

 

 東京都西部に位置する外部と隔離された完全独立教育機関であり、総人口のおよそ8割を学生が占める科学都市。

 

 ここでは“超能力”を“人工的”に“開発”するため、子供達は日々特別なカリキュラムに勤しんでいる。

 だが、そんな彼らが四六時中怪しげな研究施設に軟禁されてマッドサイエンティスト達に人体実験されているかといえば、そんなことはない。――まぁ、皆無とは言わないが。

 

 この閉ざされた閉鎖環境の中にいる約180万人以上の学生達の多くは、“壁”の外の一般的な学生と同じく、人生に一度しかない青春時代を謳歌している。

 放課後に友人達と親交を深めるべく遊びに出かけたり、恋人を作って甘酸っぱい思い出を作ったり。

 

「ねぇねぇ、君可愛いねぇ~。一人? 俺たちと遊ぼう~よ~」

「その制服常盤台っしょ~? お嬢様がこんなとこほっつき歩いてたら危ないよぉ~」

 

 若き情熱(パッション)に身を任せて、後先も考えずにナンパもしたりする。

 彼らも、もちろんナンパの被害に遭っている女生徒も、まだ十代の未来ある子供達だ。

 

「………はぁ。ホント、退屈しないわね」

 

 ちょっとばかし、“特殊”な“能力(ちから)”を持ってはいるけれど。

 

「この都市(まち)は」

 

 ついイラっときて“街中の信号機とかが止まっちゃうレベルの電撃”を“ナンパ撃退の為に躊躇なく放っちゃう”くらい……未熟な子供達だ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁああああああああ」

 

 

 

 

 この物語はそんな少年少女たちが

 

 命懸けの事件に巻き込まれて、とても子供とは思えないような活躍をしたり

 

 かと思えば子供らしく色恋沙汰に悩んだり、友達と意味のない会話を繰り広げたりする

 

 

 そんな何処にでもある――青春の物語。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ありえねぇ!! なんだありゃあ! くそっ、ついてねぇ!!」

 

 不良少年は路地裏を全力で疾走していた。

 彼はついさっき、“可愛いお嬢様学校の生徒が一人で退屈そうにしていたので、思い切ってナンパしたら、信じられないくらいの高圧電流をブチかまされて命からがら逃げ出してきた”ところだ。

 

 この出来事が“ついてない”で済まされるところが、この都市の特殊性を如実に表している。

 

 そんな彼の前に――虚空から、人が突然“出現”した。

 

「っ! はぁ!?」

 

 突然目の前に現れた人影に驚いている間に、不良少年はあっという間に取り押さえられ、腕を捻られ地面に押さえつけられる。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。暴行未遂の現行犯で逮捕しますわ」

 

 いや、僕たった今殺人未遂の現行犯から絶賛逃走中なんですが……なんて戯言を言いたくなった不良少年だったが、相手にされないことは分かっているのでぐぅと堪えた。というか極められた関節が痛すぎて何も言えなかった。問答無用だった。

 

 そうこうしている間に、彼の両手に手錠がかけられ彼の一分間にも及ぶ逃亡生活は終わりを告げた。

 そんな彼をそのまま放置し、彼女――白井黒子は婦女暴行が行われていると報告を受けた現場に急行しようと足を進める。

 

 彼女が所属する組織は――「風紀委員(ジャッジメント)」。

 

 能力者の学生達による治安維持機関で、文字通り風紀を正すのが仕事だ。

 

 そして、白井が己の職務を全うすべく現場に駆けつけると――

 

「……………」

 

 そこには真っ黒焦げになった不良学生数名と。

 

「あ。黒子」

 

 白井のよく知る敬愛すべき女性がいた。

 

「……お、お姉さま……」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「まったく! 学園都市の治安維持活動は私たち「風紀委員(ジャッジメント)」の仕事だと、何度言ったら分かりますの!?」

「……だって、あんた達が来るまでに終わっちゃうんだもの。悔しかったらもっと早く来てみなさい♪」

 

 後輩のそんな説教を御坂美琴は軽く受け流していた。

 この敬愛すべき女性はこれまで白井が何度言ってもこの悪癖を改善しようとしない。

 

「だいたい私があんな奴らに囲まれたってどうにかなるわけないじゃない。今の所、全戦全勝よ♪」

 

 確かに、この人――御坂美琴がそんじょそこらの「スキルアウト」に傷つけられることなどありえないだろう。

 だが、これはそういう問題ではない。いくら医学的知識が豊富だからといって勝手に手術をしたらただの傷害罪なのと同じで、いくら実力があろうともやっていいことと悪いこと、踏み込んでいい領域とそうでない一線というものがある。

 そんな風に白井が思っていると、御坂の顔がなぜか険しくなっていた。そして、御坂は悔しそうに唸る。

 

「……“あの馬鹿”を除けばね。」

「……ああ。上条先輩のことですの」

 

 御坂の言う馬鹿の心当たりがあったので、白井はまたかと溜め息をつく。

 

「いい加減諦めたらどうですの?」

「いやよ! 確かにまだあいつにダメージを与えたことはないけど、こっちも一発ももらってないもの! まだ負けたわけじゃないわ! 次会ったら絶対決着をつけてやるんだから!!」

 

 そういきり立つ彼女に、白井は(それは真面目に相手されてないだけでは?)と思わず言いそうになったのを止める。

 この人は周りがどうこう言って収まるような人ではないのだ。御坂のことは誰よりも尊敬している白井だが、それ故に彼女にはこういった子供っぽい部分があるのも知っているし、それが魅力だとも思っている。……弁えて欲しいと思っているのも事実だが。

 

「それよりお姉さま。急がないと……」

「……そっか。そういえば今日は「身体検査(システムスキャン)」の日だったわね」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 身体検査(システムスキャン)

 

 学園都市の代名詞でもある“超能力”の“レベル”を測る行事である。

 

 それぞれの能力に対した実験を行い、その成績に応じて

 無能力者(レベル0)から超能力者(レベル5)まで6段階に“ランク分け”される。

 

 ()()()()()

 

 そんな風潮が広がるこの学園都市では、高レベルは羨望の、低レベルは嘲笑の対象となりうる。

 それ故に、この身体検査は、学園都市の学生達にとって、とても重要な意味を持つ。

 

 常盤台中学の校庭。

 ここでは白井黒子が自らの能力を測る為、ハンマー投げの舞台で鉄製の物体を“飛ばす”試験をしていた。

 

「――記録。78m58cm。誤差、54cm。総合評価――大能力者(レベル4)

 

 告げられた結果に、白井は露骨に不満を露わにする。

 

「……はぁ。いまいちですわね。やっぱりここのところ風紀委員の仕事が忙しかったのが影響して――」

 

 白井が納得いかない結果に、自分なりの折り合いをつけようと言い訳染みた独り言を呟いていると、そこに「お~ほっほっほ」という、現代ではあまり聞く機会の少ない種類の高笑いが聞こえてきた。

 しかし、少なくとも白井には聞き覚えがあったようで、忌々しさを隠そうともせずに、高笑いの主に顔を向けた。

 

「……婚后光子」

「そんな言い訳なさっているようでは、先は見えてますわねぇ」

 

 扇を口に当て、上品過ぎて逆に下品に聞こえる口調で話すのは、婚后光子。

 一年生ながら目立つ存在の白井に敵対心を持っており――というか「わたくし、あなたが気に入りませんの!」とか面と向かって言い放っている――事あるごとに白井に対抗しようとしてくる少女である。

 

「この分ですと、わたくしの方が先に超能力者(レベル5)に到達することになりそうですわねぇ」

 

 そう言って、扇で口元を隠しながらもニタニタ笑いが伝わる表情を白井に向ける婚后。

 白井がワナワナ震えながらなんと言い返してやろうか、考えていると――

 

――突如、プールが“爆発”した。

 

 その衝撃で婚后は尻餅をつき、校庭も軽くパニックに包まれた。

 

「な、何事ですの?」

 

 事態が把握できていない婚后に、表情を一気に不敵に変えた白井が得意気に解説する。

 

「本年度から常盤台に編入してきたあなたはご存じないかもしれませんが、今プールで能力測定されているのが――」

 

『――測定完了』

 

「――常盤台のエースにして、学園都市に7人しかいない能力ランクの最上位――」

 

 

『――総合評価“超能力者(レベル5)”』

 

 

「あの一撃を真正面から受ける覚悟が、あなたにありまして?」

 

 意地悪く尋ねた白井の言葉に、婚后は息を呑む。

 

 白井はそれを見て、決して惨めだとは思わず、それはそうだと思った。

 空間移動(テレポート)の使い手で、いざとなれば瞬時に回避できる自分ですら、あの一撃を向けられてすら欲しくない。恐怖で演算を失敗してしまうかもしれない。

 

 白井は跳ね上がる水柱を眺めながら思った。

 あの一撃を、文字通り“真正面から受け止められる”のは、“あの人”くらいだろうと。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 そして、同じく常盤台中学のとある場所。

 超能力者の“超電磁砲”がプールで注目と歓声を浴びているのと同じ頃。

 

 陽の光が一切差し込まない密閉された地下深くで、常盤台が誇る“もう一人の超能力者”が同様に身体検査を行っていた。

 

 御坂とは違い、決して大きな注目を浴びることはない。観客もいない。

 しかし、解る人達には絶句されるようなレベルの学者や科学者たちが見守る中、淡々と結果が告げられた。

 

『――総合評価。超能力者(レベル5)

 

 おおーと、御坂の時のような華やかな歓声ではなく、自分の研究成果が表れたことを喜ぶ仕事人間(マッドサイエンティスト)達の歓声。

 

 それらをまったく意に介さず、食蜂操祈は颯爽と実験場を後にした。

 彼女には、こんなところでお偉い学者達のご機嫌をとることよりも、はるかに大事な予定(やくそく)がある。

 

「さて、あの人との待ち合わせの時間は……っと♪」

 

 その表情は“女王”ではなく、十四才の女の子のそれだった。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 所変わって、ここは柵川中学。なんの変哲もない。普通レベルの普通校。

 

 常盤台中学と同様に、この日は身体検査(システムスキャン)が行われて、今は放課後。

 端末を操作しながら花飾りを頭に乗せる少女――初春飾利は下校しようとしていた。

 

 そして、そんな彼女に背後からゆっくりと近づく怪しい人影が迫る。

 

「う~い~は~るっ!」

 

 掛け声と共に、その人影――佐天涙子は初春のスカートを勢いよく捲り上げた。

 初春はしばらくの間現実を受け止められず、ひらひらとスカートが自由落下により元の位置に戻った頃、ぼんっと顔を真っ赤に爆発させ悲鳴を上げる。

 

「きゃぁぁぁああああ~~~~~~!!!!!」

 

 まるで痴漢に遭ったかのような鋭い悲鳴。

 確かに状況的にはあまり変わらない――下校中の校門前なのでクラスメイト(♂)とか普通にいる可能性大なのだ――が、犯人がその愛すべきクラスメイトなのだ。

 

「なにするんですかさてんさんいきなりなにするんですか!」

 

 顔をこれでもかというくらい赤面させてぶんぶん両手を振り回し不満をぶつけてくる初春のリアクションに内心癒されながら、佐天は笑顔で応対する。

 

「いやぁ~相変わらず可愛いパンツだね♪ だけど初春、君の笑顔はもっと可愛いぜ♪」

「自分で捲っておいて何言ってるんですかぁ~~!!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「……ひどいですよ」

 

 場所は変わって、学校から少し離れた場所にあるベンチ。周りの視線が痛かったので初春が全速力で逃走してきたのである。

 そんな彼女は遠い目をしながら、明日からの学校生活を憂いていた。目の前の夏休みを待ち望む気持ちが膨れ上がっている。

 ヘラヘラ笑いながら、佐天は涙目の初春に言った。

 

「ごめんて初春~お詫びにあたしのパンツ見せるからさ~」

「けっ! こうっ! です!」

 

 初春は溜め息をついた。

 この佐天涙子という友人はこういう人なのだ。

 いつも笑顔で誰にでも気さくだが、スキンシップが激しいのだ。

 まぁ、そんなところも嫌いじゃないのだが。……ただ、天下の往来で乙女のパンツを晒すのは勘弁していただきたい。

 

「ははは。あ。そういえば、どうだった?」

「? どうって……」

「決まってんじゃん、身体検査(システムスキャン)

 

 そういうことかと初春は納得する。

 身体検査(システムスキャン)は学園都市在住の学生にとっては一大行事だ。その直後なのだから、話題に上らないほうが不自然だろう。

 

「私は相変わらずの低能力者(レベル1)です。小学校からず~っとですから、先生にも呆れられて」

「……そっか。まぁ、元気出しなよ。大体低能力者(レベル1)ならまだいいじゃん。あたしなんか無能力者(レベル0)だよぉ~」

「あ……」

 

 初春は自分の迂闊さを恥じた。

 確かに低能力者は「能力は発動するが、日常では役には立たない」といったレベルで、決していいランクではないが、佐天は無能力者――「能力が発動しない、もしくは効果のほとんどない微弱な力」といったレベルで、佐天はその中でもまったく発動しない――すなわち学園都市にいるにも関わらず、超能力を発動した経験がないのだ。

 

 しかし、それは珍しいことではない。

 学園都市の人口の8割は学生――そして、その中の実に6割が無能力者なのだ。

 

 確かに学園都市の技術は“外”と2、30年の開きがあると言われているが、それでも万能ではない。

 230万人の8割――つまり184万人の学生の内、最高ランクの超能力者(レベル5)がたったの7人しかいないことがいい例だ。

 

 超能力開発とはそれほど難しい代物なのだ。

 しかし、学園都市に来る者は皆一様に夢を持って集まる。

 

 自分も漫画やアニメの“ヒーロー”のように。

 かっこいい“超能力者”になる憧れを。

 

 だからこそ、無能力者の持つコンプレックスは大きい。

 

 初春は軽はずみな“愚痴”をこぼしてしまったことにいたたまれない気持ちになりながらも、佐天はなんでもないかのように振る舞う。

 

「まぁ、いいんだけどねぇ~そんなこと!」

「え?」

 

 呆気にとられる初春に、佐天は不敵にウインクしながら答える。

 

「あたしは毎日が楽しければ、それでOK♪」

「……佐天さん」

 

 ……そうだ。こういう所が佐天の素敵な所なのだ。

 初春はそんな佐天に笑顔で応える。

 

「そうですよ。それに無能力者でも凄い人はいっぱいいますしね! 例えば、風紀委員の同じ支部の先輩にも凄い人がいるんですよ!」

「へぇ~そうなんだ。どんな人?」

 

 佐天は自分と同じ無能力者にそんな人がいるのかと興味を持った。

 それに、その人の事を語る初春の目がいつもと違う気がする。なんというか、熱を帯びているというか…

 

「ええとですね。歳は私たちの3個上の高校1年生なんですけど、検挙件数があの白井さんとトップ争いを繰り広げるくらい凄い人なんですよ~! 困っている人は見捨てられない優しい人で! いつも揉め事があると躊躇わずにまっすぐに突っ走って行って! それから! それから!」

 

 初春の話はマシンガンのように留まるところを知らずに、どんどんヒートアップしていく。

 この子がこんなにしゃべるところ初めて見たかも……と佐天は若干引いていたが、それでも話はちゃんと聞いていた。

 

 初春の話を聞く限り、その人は高校1年の男の人のようだ。

 ずいぶん、まっすぐで優しい人らしい。この様子だとずいぶん色眼鏡が入っているようだが……。

 

 それに、話に出た“白井さん”というのは、前に初春の話から聞いたことがあった、こちらも風紀委員の先輩で、たしか“空間移動”の大能力者だったはずだ。

 

 そんな人と同じくらい優秀な風紀委員が無能力者……?

 佐天は正直言って信じられず、思わず初春の未だに熱中して話し続けるのを遮って問いかけた。

 

「ねぇ、初春? その人本当に無能力者なの?」

「え? はい、そうですよ♪ まぁ、ちょっと特殊ですけど。その人の名前は――」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 とあるファミレスにて。

 

「私のファン?」

「ええ。風紀委員177支部のわたくしの後輩で。是非ともお姉さまにお会いしたいと」

「……177支部か」

 

 御坂が顔を顰めた。

 風紀委員177支部には、御坂の(一方的な)宿敵がいる。

 

 しかしアイツは白井の先輩なので違うだろう。

 だが、“超能力者――御坂美琴のファン”というだけで、御坂をゲンナリさせるには十分だった。

 

「しかも、私のファンねぇ……」

「お姉さまが常日頃からファンの方々の無礼な振る舞いに辟易していらっしゃるのは十分承知の上ですが、初春はわたくしの数少ない友人で信頼できる子ですの。ここはわたくしの顔に免じて一つ」

 

 学園都市の代名詞でありシンボルである“超能力”。

 そして、その最上位である“超能力者”は意外にもその大部分はベールに包まれている。

 

 超能力者ともなればいわば学園都市の最高傑作であり、機密の塊である。

 そのせいか、公にされている情報は驚くほど少なく、その者が持つ能力は勿論、男なのか女なのかすら明らかにされていない者も多い。第六位にいたっては存在すら怪しまれている。

 

 そんな中。

 端正なルックス。

 常盤台中学というステータス。

 電撃使いというポピュラーな能力からの身近さ。

 低能力者(レベル1)から成り上がったというサクセスストーリー。

 

 それらに伴って学園都市側も彼女を広告塔のように使っていることから、御坂は学園都市一有名なアイドル的存在なのだ。

 

 よって、当然のように御坂のファンは多い。

 そして、当然のようにそのファンの全てが良識を持っているというわけではない。

 

 大きすぎる好意で迷惑を被ることもあれば、その逆でやっかみや嫉妬で嫌がらせをされることも少なくない。

 そんなわけで、御坂は己の“ファン”という人種にあまりいい感情は持っていない。

 

 しかし――。

 

「……はぁ。まぁ、黒子の友達なら仕方ないか」

「お姉さま……」

 

 御坂を敬愛する白井は、苦言を呈すことはあっても、あまり我儘や頼みごとを御坂にはしない。可愛い後輩のたまの(邪心のない)お願いを聞くのもいいか、と御坂は頬杖をつき、窓の外を見ながら気だるげに答えた。

 だが、その素っ気ない言葉に込められた優しさに気づかない白井ではない。

 感動に打ち震え、その衝動を抑えきれず――抑えようとしたかはまた別――その自慢の能力を無駄に無駄遣いし、御坂の膝の上にテレポートした。

 

「お姉さまぁ~!!」

「うわっ、ちょ、黒子っ」

「お姉さまがわたくしのことをそんなに想っていただけたなんてぇ~」

「ちょ、離れなさいって……ん?」

 

 抱き着き、擦りついてくる白井を引き剥がそうと四苦八苦している御坂がふと窓の外を見ると――。

 

「…………」

「…………」

 

 顔を真っ赤にして凝視する初春と顔を真っ青にしてガチで引いている佐天がいた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

「御坂美琴?」

「はい! 念願叶って、あの御坂美琴さんに会わせてもらえることになったんですよぉ~。白井さんに頼み続けた甲斐がありました! 佐天さんも一緒に行きましょう!」

「……え~」

 

 テンションがマックス過ぎる初春とは対照的に佐天の方はあまり乗り気ではなかった。

 

「御坂美琴ってあれでしょう? 常盤台の超能力者。あたしああいう人達嫌いなんだよねぇ。自分より下の人達を露骨に見下してくるじゃん」

 

 佐天は高位能力者にあまりいい感情は抱いていなかった。

 そして、多くの高位能力者にそれが当てはまるのもまた事実だった。

 

 学園都市における能力のランクは、分かりやすくカーストを決定づける最重要のステータスなのだ。

 

 学歴の高いものが低い者を見下すように。

 金持ちが貧乏人を見下すように。

 

 高位能力者は無能力者を無条件で見下す。

 

「そんなこと……」

「しかも常盤台っていったら、どうせいけすかないお嬢様に決まって――」

「いいじゃないですか、お嬢様!!」

「うおっ!」

 

 佐天の言葉を沈痛な面持ちで聞いていた初春のテンションがあるキーワードをきっかけに再びマックスを余裕で振り切った。

 

「いえ、むしろお嬢様だからこそいいじゃないですか! ああ、いいですよねお嬢様!! お嬢様のお嬢様によるお嬢様のための楽園「学び舎の園」! 一度は行ってみたい「学び舎の園」! みんな大好き「学び舎の園」! そんな所に通う超能力者の御坂美琴さん! きっと素晴らしいお嬢様に違いありません! いい匂いがするに違いありません! そんなお嬢様に一度でいいから会ってみたいじゃないですか!」

「い、いい匂い?」

 

 お嬢様への熱き想いを力強く語る初春を今日は良くしゃべるな~と思いながら、佐天は軽く受け流していた。

 しかし、こんな状態の初春だけで会いに行かせるのは色々と危険な気がしたので、佐天は大きく溜め息をつきながら同行を決めた。

 

 

 

 20分後。

 

 佐天が見たのは、鼻息荒く抱きつくピンク髪のツインテールと抱きつかれる茶髪の少女だった。(in有名チェーン系列ファミレス)。

 

 ここで一言。

 

「来なきゃよかった……」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その後、御坂と白井が「申し訳ありませんが、他のお客さまにうんちゃらかんちゃら」とお決まりのセリフでやんわりと追い出された為、仕方なく店の外で自己紹介となった。

 

「ええ……こちらがわたくしの後輩の初春飾利ですの」

「は、はじめまして! 初春飾利です!」

 

 御坂に拳骨を食らい涙目の白井が初春を御坂に紹介する。

 紹介された初春は絵に描いたようにテンパりながら、勢いよく頭を下げる。

 

「ええと、それから……」

「どぉも! 勝手に付いてきちゃいました、初春の友達の佐天涙子で~す。ちなみに、能力値は無能力者です!」

「さ、佐天さん!」

 

 嫌々ついてきた佐天は自分の機嫌が悪くなっているのを自覚してついつい棘のある挨拶をしてしまった。

 自分でも嫌な言い方だとは分かっていたが、無能力者の所を強調して言った。

 

 自分とあなた達は住む世界が違うと、やつあたりのように。

 それで、自分が一番傷ついたことに気づかないふりをしながら。

 

 佐天としては、これで相手に悪感情を抱かれても構わなかった。

 大能力者と超能力者のエリートとなんて、無能力者の落ちこぼれの自分が仲良くなれるなんて思わなかったから。

 

 しかし――。

 

「初春さんと佐天さんか。私は御坂美琴よろしくね」

「えっ。……よ、よろしく……」

「……お願いします」

 

 呆気にとられる二人を置いて、白井と御坂はけろっととした様子だった。

 

「さて、それでは行きましょうか♪ 最初はランジェリーショップに勝負下着を買いに♪」

「あんたはまだ懲りてないのか……」

 

 御坂と白井はまるで普通だった。

 佐天の嫌味に気づいていないのか。佐天の拒絶も意に介していないのか。

 

(おかしな人達……)

 

 佐天の悪感情は少し薄れていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 その後、四人でクレープ屋に行った。

 某超能力者が限定ゲコ太ストラップ獲得に執念を燃やし、某大能力者がお姉さまとの間接キスに闘志を燃やしているのを佐天は少し離れた所から見ていた。

 

「よかったですね」

「ん?」

 

 初春が口元に生クリームをつけながら、笑顔で聞いてくる。

 

「御坂さん。思ったより全然親しみやすい人で♪」

「……クリームついてる」

 

 佐天が自分の口元を指さしながら指摘すると、初春は「えっ!どこですか!?」と可愛らしく慌てる。

 そんな初春に苦笑し、視線を前に戻すと御坂が襲いかかる白井を左手で抑えつつ右手に持つクレープを死守していた。

 

「どうなんだろうなぁ……」

 

 佐天がなんともいえない気持ちで二人のやりとりを眺めていると。

 

「あれ?」

「? どうしたの初春?」

「いえ、なんであの銀行昼間からシャッターを――」

 

 初春が、道向こうの銀行を指さす――と。

 

 バーーーン!!! と、シャッターが内側からの爆発で吹き飛んだ。

 

「え!? なんなの!?」

「初春! 警備員(アンチスキル)への連絡と、怪我人の有無の確認! 急いでくださいな!」

「は、はい」

 

 佐天が爆発の衝撃に驚き身を屈めているのを飛び越え、白井は風紀委員の腕章を身に付けながら、初春へ指示を出す。

 その顔は御坂にセクハラしていた変態ではなく、風紀委員177支部のエースへと変わっていた。

 

「黒子!」

「お姉さまはそこでじっとしててください!!」

「……え~」

 

 後輩に言い切る前に釘を刺され、不満を表す御坂に白井は苦笑する。

 

「学園都市の治安維持はわたくしたち風紀委員のお仕事。おとなしく見ていてくださいな♪」

 

 そう言い切られ、今度は御坂が苦笑する。そんなやり取りを、佐天は呆然と見ていた。

 

「ほらっ! グズグズすんな! さっさとズラかるぞ!!」

 

 いまだ爆煙が湧き出る建物内から、顔半分をスカーフで隠したいかにも悪者という三人組が飛び出してきた。

 

 その三人の前に、一人の少女が“出現”し、毅然と言い放つ。

 

「風紀委員ですの! 器物破損、及び強盗の現行犯で拘束します!」

 

 それを聞いた三人組は、一瞬呆気にとられ、その後笑い出す。

 

「なんだこのガキは!」

「風紀委員も人手不足か!」

「笑わせんな小娘が!」

 

 完全に白井を見た目で判断し、小馬鹿にする三人組。

 

 白井はその反応を見てムカッとするも、悠然と彼らに向かって歩みよる。

 こんな奴らには能力を使うまでもないと言うように。

 

 しかし、三人組は近づいてくる白井を見ても余裕を崩さず、あろうことかその内の一人――Aが、

 

「お嬢ちゃん! さっさとにげねぇと怪我するぜ!」

 

 お約束のセリフを言いつつ、白井に襲いかかる。

 しかし白井は、襲いかかる右手を受け流し、左足で軸足を突き払い、くるっとAの巨体を投げ飛ばした。

 

「ぐはっ!」

 

 自らの体重故の落下の衝撃に一瞬呼吸が出来なくなり、そのまま気を失った。

 一切の超能力を使わず、ただ純粋の体技のみで、中学一年生の小柄な女子が、百キロ近くはあるだろう巨漢を一撃で無力化した。

 

「……そういう三下のセリフは……死亡フラグですわよ」

 

 Aの気絶を確認すると、すぐさま白井は残りのB、Cに鋭い視線を向ける。

 B、Cは仲間の犠牲を糧に、白井への認識を改めていた。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「凄い……」

 

 佐天は同い年の白井の見事な手並みを素直に賞賛していた。

 

「さすが黒子」

 

 御坂は後輩の活躍をさも当然のように、しかし少し誇らしげに称える。

 

 そんな中、少し遠くから何やら言い争うような声が聞こえた。

 

「ダメです! 今ここから離れちゃ!」

「でも!」

 

 そこでは、初春が一人の女性がいて、佐天と御坂もそこに向かう。

 

「どうしたの?」

「なにかあった?」

「それが……」

「息子がいなくなっちゃったんです!」

 

 初春が事情を説明するのを遮るように、母親と思われる女性が叫んだ。

 その顔には酷い狼狽の色が浮かんでいる。

 

「さっきまでそこで遊んでいたんですけど……少し目を離した隙に……」

 

 風紀委員の腕章もつけていない一般人の御坂と佐天に話す必要などない。そんなことにも頭が回らないほど、彼女は混乱しているようだった。

 

「……分かった。じゃあ、私と初春さんで――」

「あたしも探します!」

 

 佐天は自分でも気付かないうちに叫んでいた。

 しかし、周りのみんなが動いているのに、自分だけ何もしないのは嫌だった。

 

 御坂はそんな佐天を見据えて、言った。

 

「分かった。手分けして探しましょう」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 リーダーらしきBが自らの掌に炎を出し、白井を威嚇する。

 白井が只者ではないことは分かったが、それでも自分は強能力者(レベル3)ということに少なからずの自負があった。

 

「今更後悔してもおせぇぞ。この俺が能力を出したからには、てめぇには消し炭になって――」

 

 Bがカッコよく決めている最中に、白井は消える。

 

「は? 消えッ!」

 

 白井は突如Bの上に現れ、後頭部を蹴り飛ばす。

 

「ぐっ……」

 

 倒れ込んだBを、白井は持ち歩いている鉄釘をテレポートさせ地面に縫い付ける。

 この状態になってようやくBは、自身と白井の圧倒的な実力差を思い知っていた。

 

「これ以上抵抗するなら、次はこれを体内に直接テレポートさせますわよ♪」

 

 Bの戦意は完全に消失した。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「どこ行ったのよ、もぉ~」

 

 初春と御坂と佐天(+お母さん)の、男の子捜索は難航していた。

 佐天は突っ伏して草むらを覗き込むが、よく考えたらその男の子の特徴を聞きそびれていたことに気づき、自分もあのお母さんに負けず劣らずテンパっていたのだと思い知る。

 

 それはそうだろう。

 

 ここは学園都市。

 超能力などいうものを真面目に研究し、常識として浸透している実験都市。

 

 だがしかし、自分はなんてことはない普通の学生なのだ。

 

 御坂のように電撃なんて出せないし。

 白井のようにテレポートなんて出来ない。

 

 佐天涙子は普通の学生で、普通の人間である。だからこれまで、ごく普通の日常を―――ごくごく平凡な青春を生きてきた。

 

 だからこんなことに巻き込まれたのは生まれてはじめてなのだ。

 テンパりもする。

 

 しかし、佐天が普通の人生から脱却した決定的な分岐点は、おそらくここだったのだろう。

 

 超能力者の御坂ではなく。

 風紀委員の初春でもなく。

 テンパっている佐天が見つけたのだ。

 

 一番に見つけてしまったのだ。

 

 Cが男の子を人質にとろうとしているのを。

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 白井黒子は中学一年の13才だが、風紀委員としてはベテランの域にいる。

 

 元々風紀委員は学生で構成されているので、中一の白井でも下っ端というわけではなく、むしろその空間移動という能力のおかげで誰よりも早く現場に駆けつけられることから、誰よりも多くの成果を挙げて、誰よりも多くの実践経験を積んでいる。

 

 その為、Bが能力を発動したとき、白井の中でBをすぐさま無効化することが最優先事項となり、即座に実行に移した。これはもはや無意識下での処理だった。

 だが、その結果、Cを放置してしまった。

 

 CはAがあっさりやられた途端、白井の撃退を諦めた。

 Bとは違い無能力者だった分、戦闘という選択肢可はあっさり捨て、逃亡一本に絞ることが出来たのだ。

 

 そして、その先に無防備の男の子が、これ見よがしに突っ立っていた。

 やることは一つだった。

 

「おい、坊主こっちこい!」

「え、何? 嫌だ! 怖い!」

 

 少年は必死に抵抗する。

 

 佐天は完全にパニックになり、どうすればいいのか分からなかった。

 周りを見渡すも、初春も御坂もすぐに駆けつけられる距離ではない。白井はBと戦っている。

 

 自分しかいない。少年を助けることが出来るのは、ここには自分しかいない。

 

 もちろんここで逃げ出す選択肢もあっただろう。

 大声で助けを求めることも出来ただろう。

 

 13才の女の子に、銀行強盗に素手で立ち向かうことを強要することなど、誰にも出来やしない。

 

 だから、ここが分岐点だ。

 

 佐天が“普通”に生きるか。

 数々の事件に巻き込まれる波乱万丈な“物語”の主要人物(メインキャラ)になるか。

 

 佐天涙子は、決断した。

 

「……あたし、だってっ!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「ダメぇーー!!!」

 

 

 その叫びに御坂は振り返った。

 

 そこには、Cに連れ去られようとする男の子を必死でかばう佐天がいた。

 

「離せ、このガキ!!」

 

 男が足を振り上げる。

 

 佐天が男の子を抱きかかえる。

 

 ダメだ。間に合わない。

 

 

「やめろぉ!!!!」

 

 

 御坂の横を一つの人影が叫びながら、過ぎ去る。

 

 初春も白井も目を見開き、驚愕する。

 Cも呆気にとられ、その行動を一瞬制限された。

 

 それで十分だった。

 

 Cの顔面に、右拳が突き刺さる。

 強烈な勢いで吹き飛ばされ、佐天は恐る恐る目を開き、自身の傍らに立つ影を見上げた。

 

 そこにいたのは、ツンツン頭の高校生くらいの少年だった。

 

 Cは鼻血がたらたらと垂れるのを押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 少年はCを鋭く睨みつけ、自らの右腕に巻かれた腕章を強調するように、言い放った。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)だ!!」

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「下がってろ」

「は、はい」

 

 突然現れた風紀委員の少年は佐天達を守るように、Cとの間に立ち塞がる。

 目線は相変わらずCに向けたままだったが、少年は佐天に優しく語りかけた。

 

「よく頑張ったな。お前の勇気のおかげで間に合った」

 

 その言葉が、佐天には凄く嬉しかった。

 御坂や白井なら当たり前のようにできる行動でも、佐天には一世一代の頑張りだったのだ。

 

 この人は、それが分かっている気がした。

 弱い側の気持ちを分かっている人のような気がした。

 

「あとは任せろ。その子を連れて白井達の所まで戻るんだ」

「……はい! ありがとうございます!」

 

 佐天は男の子を抱きかかえたまま、一目散に駆け出した。

 名前も知らない少年に、背中を預けて。

 

 足はもう震えてなかった。

 

「佐天さん! 大丈夫でしたか!?」

「佐天さん、大丈夫!?」

「心配しましたわ。ごめんなさい、わたくしが油断したせいで」

 

 初春、御坂、白井が佐天を迎える。

 

「ええ。なんとか」

 

 佐天が三人に笑顔を向けた時、佐天の腕の中の男の子が母親を見つける。

 

「ママ!」

「透!!」

 

 透は母親の元に駆け寄り、思いっきり抱き着く。

 母親も我が子を力いっぱい抱きしめた。

 

 それを見た佐天は、恐怖で強張っていた自身の頬が優しく緩むのを感じた。

 すると、母親が涙で潤みきっている瞳を佐天の方に向けて、勢いよく頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうございました!!」

「え、いや、あの」

 

 今まで受けたことのない大きさの感謝に佐天が再び戸惑っていると、母親が優しく腕の中の透に「ほら、あなたも」と促す。

 

 すると、透は満面の笑みで。

 

「ありがとう。お姉ちゃん!!」

 

 まっすぐに感謝を告げた。

 

 佐天は嬉しそうに微笑む。

 この言葉だけで、自分の一生分の勇気が報われた気がした。

 

「あ! そういえば、あの人は大丈夫なんですか!?」

 

 透親子を笑顔で見送った後、佐天は自分を助けてくれた恩人の安否を尋ねた。

 

「ああ」

「あの方なら」

「大丈夫に」

「決まってるわ~☆」

 

 なんだ、みんな面識あるんだぁ、なんか凄い信頼されてるなぁと佐天が思っていると、見知らぬ人間が更に増えていることに気づいた。

 

「ってか、何であんたがいんのよ、食蜂!」

「いやだわぁ~。私が上条さんをここに連れてきたんだからぁ、もう少し感謝して欲しいんだゾ☆」

 

 見知らぬ金髪美人が横ピースで決めポーズを披露している横で、佐天は別の所に引っかかった。

 

「え、上条さん? じゃあ、あの人が初春がさっき言ってた……」

「そうです。私が話した、凄い“無能力者(レベル0)”。風紀委員177支部の先輩、上条当麻さんです!」

 

 初春が嬉しそうに語るのを、尻目に佐天はその名前を口内で繰り返していた。

 

 自分を“ヒーロー”のように助けてくれた。

 自分の勇気(がんばり)を分かってくれた。

 

 自分と同じ“無能力者”の――。

 

「上条……当麻さん……」

「呼んだか?」

「うひゃい!」

 

 突然背後に本人がいて、佐天は変な声と共に飛び上がった。佐天はこの日寝る前にこれを思い出して悶絶することになる。

 

「上条さん!」

「お疲れ様でした」

「おう。遅れて悪かったな」

 

 上条を初春と白井が出迎える。

 

「あ、あの犯人は?」

「ああ。もう一発ぶん殴ったら今度こそ気絶したから警備員に任せてきた」

 

 なんでもないように上条は答える。この人が自分と同じ無能力者だなんて佐天は信じられない。

 

「アンタ!」

「おう、ビリビリ。久しぶりだな」

「ビリビリ言うな!! 私には御坂美琴って名前があるって何度言えば!」

 

 さっきまで、ずっと食蜂と言い合い――といっても一方的に御坂が突っかかって食峰が悪意を持ってそれを煽りながら受け流すといった感じだが――をしていた御坂が標的を上条に変える。

 

「アンタ、こんなとこで何してんのよ!」

「いや、食蜂の買い物に付き合ってたら、近くで騒ぎがあるっていうんで急いで駆け付けたんだ。間に合ってよかった」

 

 御坂の問いかけに答える上条。

 その答えに約3名がピクっと反応し、1名がフフンっと胸を張る。

 

「……へぇ~」

「……食峰さんと」

「……デートですか?」

 

 三人の声は恐ろしく冷たい。

 佐天はそれでなんとなく理解したが、上条は「?」といった表情。マジかこいつ。

 

 食蜂は完全に勝ち誇っている。分かっててやっているようだ。

 

「そうよデ「違う違う。食蜂からもうすぐ縦ロールの誕生日が近いから、一緒にプレゼントを選んで欲しいって頼まれたんだよ。凄く真剣に選んでたんだぞ」ちょ、ちょっと上条さん!」

 

 セリフを遮られ、その上自分のキャラじゃない一面を暴露された食蜂は赤面しながら大いに慌てた。

 

「……へぇ~」

「……食蜂さんって」

「……優しいんですね♪」

 

 似たようなセリフだが、込められた感情は180°違った。

 

 睨みつけるような視線を食蜂に送っていた三人は、一転して優しい眼差しを食蜂に送る。

 食峰は「ち、違うのよ、これはそういうんじゃなくって!」と必死で自分のキャラを守ろうとしている。

 

 そんなやりとりをぼぉ~と眺めていた佐天に上条が話しかけようとする。それに佐天が気づいて自己紹介を始めた。

 

「あ、佐天です。佐天涙子って言います」

「ああ。佐天さんか。俺は上条。上条当麻だ」

「知ってます。初春から聞きました」

「そっか。初春の友達なのか。初春は風紀委員の後輩なんだ。これからも仲良くしてやってくれよな」

「はい♪ ああ、あたしのことは佐天でいいですよ。初春のことは呼び捨てみたいですから」

「ああ。分かったよ、佐天」

 

 佐天と上条の会話は弾んだ。

 佐天は人見知りしない方だが、年上の男との会話は経験が少なかったにも関わらず、上条との会話は楽しかった。

 

 上条も気さくな佐天との会話に苦手意識はないらしく、スムーズに会話は進んだ。

 

 そして、ふと上条が言った。

 

「佐天は凄いな」

「へ?」

「さっき、あの男の子を身を挺してかばったろ。なかなか出来ることじゃない」

「……そんな大したことじゃないですよ。初春も白井さんも御坂さんも、みんな頑張ってるのに、自分だけ逃げるのが悔しかっただけです。そんな、褒められるようなことじゃあ」

「それでいいんだよ」

「え?」

 

 上条は、自然に佐天の頭を撫でながら言った。

 

「動く理由なんてそんなもんでいいんだ。そうしたいって思ったら、それが全てだ。……始まりが嫉妬でも、見栄でも、対抗心でも。あの男の子を助けたいって思ったことには変わりないんだ。――だから、佐天は凄いことを、立派なことをしたんだよ。だから、佐天は誇っていいんだ」

 

 その瞬間、佐天の鼓動が早くなり、頬が紅潮し、上条の目を見れなくなった。

 上条はそんな佐天を相変わらず「?」な感じで見ていたが、白井と初春に報告書を書かなきゃと呼ばれ、上条はうへぇと答えると、佐天にまたなと行って去って行った。

 佐天はしばらくして、返事ができなかったと悔やんだ。

 

 これが、普通の少女だった佐天涙子の分岐点だった事件と、運命を変えた人達との出会いだった。

 

 この日、佐天はこうして、青春の物語のメンバーになった。

 




これは、風紀委員(ジャッジメント)となった、幻想殺しの英雄譚。

そして、そんな彼の元に集まる少女達との青春の物語。

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