『つくづく自分の罪深さを実感させられるね。理想に燃えるのは良いが、それが行き過ぎると将来には禍根しか残さない……歴史を確認すれば解る筈の事なのに、何度やっても学習しない。私を含めた人類という生き物は本当にどうしようのないものだ。それこそ絶望したくなる程に。いや、幸い極東は絶望している暇がないから助かってるんだが。知っているか?絶望して腕を止めている時間で一体何回ハンコを押す事が出来るか』
「誰もそれは知りたくないよ支部長」
フライア、個人用のプライベートフォンを船内から極東のヨハネスへとつないでいる。フライアの現在位置と極東では多少の時差が発生するが、それを気にする事なく話し続けている。電話の向こう側から聞こえるパラパラ、とストン、という音はヨハネスが電話の最中も書類の確認とハンコ押しを続けているという事の証拠だろう。極東の時刻は深夜近い筈だ。そうであったとしても働き続けるヨハネスの勤労精神に関してはもはや感服する他ないだろう。
『しかしP73偏食因子の犠牲者か……君やソーマ以外の成功例ラケル・クラウディウスか……本音を言えば気になるものではある。どんな暮らしをし、どんな風に考え、そしてどんな風に進化したのかを。もはや研究者としての性だな、これは。触れてはならぬ禁忌を犯した人間の末路、それを知らぬわけでもないというのに』
「本音を言えば今すぐラケルを始末したい所ではある。一応片目を捕喰して俺の体内で封印してる。これでラケルの位置や考えを食ったもんを通してある程度把握できるけど、ロクでもねぇよ、中身が。許可さえ出るなら今すぐ殺させてほしい……けど無理だよな」
『流石にな。連絡を入れた時に資料を持って聞させたし、フェンリルのデータベースにもラケル・クラウディウスの功績が確認できている。P73偏食因子からP53の安定する方向性ではなく、人のままアラガミの力を引き出す新たな偏食因子の可能性―――P66偏食因子の発見か。現状偏食因子自身が適合者を選ぶ上にそれに適合する神機がまだ完成されてないが……それでも既存のゴッドイーターを凌駕する可能性を生み出せるそうだ。ここで研究を完成させずに殺したら人類の損失だな』
「そこが嫌らしいんだよあのアマ」
多くの危険人物と違ってラケルは”手段を選んでいる”のだ。マグノリア=コンパスという実験場で数千、万という数をラケルは殺しているかもしれない。しかしそれは口減らしとしては実に有用な手段だ。そのままアラガミの餌になるぐらいだったら実験で使い潰したほうが遥かに有意義なのが今の時代の考え方なのだ。そしてそれでラケルは成果を見せて、人類の生存に対して役立っている。だからラケルは重要人物であり、殺害は人類の損失につながってしまう。ラケルは殺せない。ヨハネスが許可をだしても、人類が損をするという結果になるからだ。
「まあ、そのP66偏食因子の適合者くんが此方に来ているんだが、一ヶ月ほど彼の教導をこっちでやるハメになった。しばらく特務が遂行できそうにないから」
『あぁ、既に話はグレゴリー局長から通してもらっているよ。しかし面倒な仕事だな。君はエースではあるが教師ではないのに』
「ラケルとしちゃあ少しの間でもいいから手元に置きたいって考えなだけなのが純粋に辛い。何が辛いってこの世で一番嫌いな生き物から純粋な愛と好意の視線を向けられてそれだけが理由に行動されているのが吐き気するほど辛い」
『ハハハ、嫌いな相手に死ぬほど尽される気分って言うのはどんな気持ちかな?』
近くの壁を裏拳で殴り、陥没させる。小さくフライアが揺れた様な気がしたが、気のせいだろう。とりあえず咳払いをしながら受話器へと耳を―――ヘルム越しに当て直す。
「ま、心休まらない休暇のつもりでフライアを楽しんでくるよ、支部長。知ってるか? フライアの中って商店街や娯楽施設まで完備されているんだぜ。まさかパチスロが遊べるとは思っていなかったわ。たまーに残骸を発掘できるけど、動いている台を見るのは初めてで感動的だったわ……」
『鎧姿でパチスロしている姿を想像させるのは止めないか? 私の腹筋が今結合崩壊寸前なんだ……真面目な話が終わったところでちょっと相談したい事があるんだが』
「なにざんしょ」
『昨日、三時間ほど自由時間を手に入れる事に成功したからいい機会だし、ソーマと一対一で話し合おうと思ったんだ。私も支部長である前に父でいたいのだ。だからいい加減一対一で話し合って普通の親子の様に接そうかと思ったんだ』
「うんうん」
立派な事ではないか。負い目のある者から進み出て話そうとするのはなかなかできることではない。やはりヨハネスは尊敬の出来る大人だ。しっかりと未来を見据えている辺りに好感が持てる。ヨハネスとサカキは昔、P73偏食因子の関係者という事で一時期は消す目的で極東に来た事もあったが―――今のこういう姿を見て諦めてよかったと思える。
『そしてソーマの休みの時間と合わせて会いに行ったんだ。ソーマの部屋に入ったらグラビア本を握っていてな……咄嗟に何か言わなくては、と思って出てきたフォローの言葉が”私もそれは好きだぞ”だったんだ……それからソーマにゴミを見る様な視線を向けられてな……私は悪くないと思うんだこれ……』
「盛大な自爆ゴチになりましたー。これは後日極東支部にて皆に広められるでしょう」
うわああ、という悲鳴が聞こえてくる電話を無視して此方側から切る。ラケルと会ったせいで殺意と悪感情でごった返していた自分の体の中がスッキリした気分だ。そこらへん、解って相手してくれたのかもしれないな、とヨハネスの馬鹿話に感謝しつつ、電話に背を向ける。フライアでの任期は一ヶ月ほどになる。丁度ユウとコウタがツバキによる訓練を終え、実地訓練でオウガテイルやザイゴートを虐殺し始める時期だ。
まぁ、教官でも何でもないが、この一ヶ月、ラケルを忘れる為にも頑張ろう。
◆
「―――という事で、俺が貴様の教官として極東流の戦闘技術を叩き込む。宜しくな、えーと」
「ジュリウス・ヴィスコンティ訓練兵です、宜しくお願いします」
フライア内にゴッドイーター用に設置された訓練室、その中央で腕を組んで正面、生徒として預かった一人の青年を見る。ラケルに押し付けられるように預かった青年、ジュリウス・ヴィスコンティは整った容姿をした金髪の男だった。おそらく北欧系の出身、それに近い訛りを”英語”に感じる。極東にいる間は日本語しか喋っていない為、フライアに来て久しぶりに英語を喋って若干辛い。
それを理解してかラケルが日本語で話してくるのが激しくウザイ。ともあれ、ラケルとこの青年は別の生き物なのだから邪険に使う理由はない。
「えーとジュリウスくんは確かP66を投与済みなんだっけ」
「はい、しかし適合する神機がまだ完成していないので投与して腕輪の装着だけを完了させています。身体能力に関しては既存のゴッドイーターに負けず、座学による教育も受けています」
「エリートっつーことか」
成程、学ぶ下地は完成されている、という事なのだろう。だとすれば、ちょっと面倒になるかもしれない。注文は教える事ではなく、”極東流”を教える事にある。それはつまり将来的に極東での活動を視野に入れている、という事なのだろう。まぁ、どうでもいい話だ。それまでにはラケルを始末しておく方法が生まれるだろうし。
ともあれ、
「んじゃジュリウスくん、君の装備は第二世代型神機、組み合わせはショートソードとスナイパー。持っているものはスタングレネードが一個。この状態でコンゴウと接触しました。さあ、君ならどう戦う? ちなみに場所の想定としては極東地域だからね」
それを聞いたジュリウスは数秒黙り、
「まずは周囲の警戒をしつつスナイパーでコンゴウの顔の結合崩壊を狙います。コンゴウの顔は貫通力のある弾丸に対して弱いという事がデータで判明しています。なので効率的に討伐する為にも顔の結合崩壊でコンゴウの視力を奪う事を優先します。それが終わればコンゴウの攻撃は大振りになるので攻撃を掻い潜りつつ接近し、胴体への攻撃を行います。なるべく被弾しない事を意識してヒット&アウェイを戦術のベースに行動すれば捕喰行動を挟んでコンゴウを素早く討伐できるものと思えます。極東地域は他のアラガミの乱入が多いそうなので、所持しているスタングレネードは囲まれた場合の脱出用として使わず、所持し続ける事が理想かと―――どうでしょうか?」
それをジュリウスは言い切った。これが正解であろう、という自信を持った解答だ。そう、正解だ。
普通なら。
「はい、ジュリウスくん今死にました」
「えっ」
「じゃあジュリウスくんに聞くけどさ、その作戦でコンゴウ一匹殺すのにどれだけの時間を消費する?」
「……安全策を取りますのでおそらく十分、十五分程でしょうか」
普通ならそれで問題ないのだろう。だが極東という環境に限ってはそれではだめなのだ。時間がかかりすぎる。何故なら、極東の環境はその他の地域と違うのだ。進化しているのは人間だけではない。アラガミもまた、
人間を殺す為だけに進化している。
「いいかいジュリウスくん? 十分、あるいは十五分も戦闘を続けていればその間に何度コンゴウが叫べると思うんだ。基本的に極東のアラガミは新種でもない限りは絶対に一匹で活動しないんだ。まぁ、その理由も一匹の所を奇襲、不意打ちして支部の皆でノーアラガミデーをやらかした事に適応進化しちゃった事なんだけどさ。だから十分も戦闘してれば確実に二匹目が来る。そして二匹目は戦闘に合流する場合、絶対に増援を連れてくる。だから必然的に三匹目もやってくる。言っていること解るかな?」
「―――つまり時間がかかりすぎている、と。ならば被弾を覚悟して早期決戦に持ち込めばいいんでしょうか?」
「いや、被弾しちゃ駄目だよ。作業効率下がるし」
答えはもっと簡単だ。
「結合崩壊を狙わず、弱らせる事をやめて、コアだけぶち抜け」
「……は?」
言った言葉にジュリウスが凍り、そして疑問の声を漏らす。そう、そうもなるだろう。アラガミのコアとは摘出が一番困難な箇所になっている。結合崩壊を繰り返す事で取り出しやすくなって来る。それはどのアラガミにもある特徴なのだ。だからセオリー通りに戦うとなると、結合崩壊させ、そして更にダメージを加えて再生能力を殺し、コアを抜いて完全に停止させる。
だけどそんな悠長な事をやっていると、極東では戦場がアラガミ・ワンダーランド化してしまう。
だからどうするか、というとコアを直ぐにぶち抜いて殺せって結論になる。
「コアの位置はアラガミによって変わってくる。だけどアラガミとの戦闘を重ねれば重ねるほどパターンが見えてくる。大体どこら辺にコアが埋まっているのかが直感的に見えてくるんだよ。だから大体五撃以内にコアをぶち抜いてアラガミを殺す。ちょっと経験と練習が必要だが難しい事じゃない。殴って、アラガミが反射的に体を硬化させたポイントがコアのある場所に近い。だから捕喰入ってそこに切り傷作って、神機突っ込んだら捕喰させて終了」
「……射撃型神機の場合はどうするんですか?」
「捕喰して連射できるだけのオラクルを確保したらコアのある位置を狙って内臓破壊弾を連射。基本的にガンナー連中はコアを確保する事を諦めて殺す事を優先。コアが欲しい場合はコアを確保しやすい近接攻撃の出来る神機使いと組んで出撃すればいい―――これが極東におけるアラガミ狩りの基本だ」
「なるほど、極東がこの世の地獄であると表現されながら何故滅びないのか、その恐ろしさを再確認できました」
恐ろしい、なんて言われているが、基本的にこれ、極東の戦術における”基本”なのだ。今頃ツバキがユウやコウタにやり方を教えている筈だ。カノンもエリックも、ジーナもソーマもリンドウも勿論自分も、極東にいるならコア貫きの技術を覚えている。シユウやコンゴウを相手にする場合は乱戦や乱入、トレインして狩るのが基本なのだ。
五体以上の群れと戦う場合はこれが出来ないと普通に死ぬ。
「というわけだ。極東はその他の地域で教えるセオリーはガン無視している。どれだけ効率よくアラガミを絶滅させられるか、ひたすらそれだけを考えて技術を追求し続ける連中しか極東支部にはいない。死亡率はアホの様に高いが、その代わりに練度も高い。生き残る為には強くならなきゃいけないからだ。”安定させる”って考えだと新たな戦術を生み出してきたアラガミに殺されるのが見えるからお互いにアップデート勝負しているんだよ。新種のアラガミが俺達に対抗する為に出てきたって言われたって俺は信じるぞ」
出てくる度に出オチで殺しているのが現実なのだが。
「極東流、ですか……今まで覚えてきたことを一旦忘れた方が良さそうですね」
「お兄さん、覚えの良い生徒は嫌いじゃないぜ」
「ラケル博士が嫉妬するのでそう言う言葉は良くないですよ」
「貴様ァ!」
笑みを浮かべるジュリウスに対して頷き、決める。
「容赦は欠片もしねぇわ俺」
「望むところです」
たった一ヶ月。それで劇的に強くなれるほど人類は便利にできていない。
それでも一ヶ月の間に数年の指針となる物を与える事は出来る。戦術、思想、技術、その根幹となるものを見せる、教える事が出来る。
自分の任務がそれとなる。
たった一ヶ月、されど一ヶ月―――ずっと上の展望室から眺めているラケルの視線を我慢して今日も頑張ろう。
ジュリウス・ヴィスコンティくん(17歳)
3年後の犠牲者。ジュリウスは犠牲になるのだ……極東流の洗礼の犠牲にな……。マグノリアの孤児達は思うだろう、信じてフライアへ送り出したエリート兄が何時の間にか極東流にドハマリしてしまったと。
パパネス(ぱーと2)
バッド・コミュニケーションしちゃったらしいパパさん。サカキは話を聞いた時に腹筋の結合崩壊でそのまま医務室へと運ばれていった。
新たな犠牲者のエントリーだ!(名言感
ヤンデレもキチデレもおめめもぐもぐもマイノリティの筈なのに昨日だけで感想が何時もの2~3倍来てるのを見ると本当にマイノリティなのか疑わしくなる。ドン引き事件がなぜかよろこびの声に変わってたし。
作者も読者も業が深い。