極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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三喰目

 目覚ましのベルと共に目を覚ます。ベッドの横の空間へと視線を向け、そして下へと視線を向ける。そこにはデフォルメ型オウガテイルの形をした目覚まし時計が床に倒れ、りりりり、とけたたましい音を鳴らしていた。隣の部屋への迷惑にならないかと一瞬だけ考えたが、よく考えれば隣の部屋にはまだ誰もいない空き部屋だったはずだ。隣の部屋に迷惑がかかることはない。んじゃあいいな、と欠伸を噛み殺しながら上半身を持ち上げる。どうやら疲労は抜けているようで、倦怠感は感じない。数時間程度の睡眠で疲労が完全に抜けるように調整されたからだ、そうでなくては困るのだが。

 

「さて……日課を始めるか」

 

 目覚まし時計を止めてから視線を足元のほうへと向ける。その先には小さなテーブルがあり、そしてその上には倒れている写真立てが存在している。そちら側へと近づき、そして倒してある写真立てを持ち上げ、そこに映し出されている写真を確認する。

 

 それは一人の青年、そして女が並んでいる写真だ。男の方は顔に傷が多く、手や首元に火傷の様な傷跡が見える。それに対して青年の横の女は傷ひとつない若々しい姿を喪服の様に黒い服装の中で見せ、車椅子に座っていた。写真の中の二人は笑顔で並んでいる―――少なくとも表面上はそう見える。その写真を通して自分の感情を再確認する。胸に湧き上がってくる複雑に入り混じった感情、それを認識し、認め、そして確認し終わったところで写真立てを再び倒して写真を隠す。確認作業は完了した。そして自分の心の再確認は本日も終了した。そうやって、感情を確認し、呟く。

 

「まだ。まだアラガミじゃない、まだ」

 

 ”こんな”感情を抱けるのであれば己は、まだアラガミじゃないんだ。それを再認識したところでベッドから降りて立ち上がる。何時も通り、自分の部屋の中ではだらしのない格好―――パンツ一枚の格好になっている。おかげで自分の姿がよく見える。首から下、左半身は酷い火傷の痕が存在し、右半身も決して無事ではなく、まるで拷問されたかのように傷跡や打撲の痕が大量に存在している。部屋に置いてある鏡に映る顔は決して醜いものではないだろう……少なくとも元は。今では傷のせいで歴戦の勇士の如く、子供を泣かせそうな強面になってしまっている。こんな傷跡、ゴッドイーターであればすぐに消える。消えるはずなのだ。

 

 だが消えない。消すことはできない。ゴッドイーターとして人間の半歩外へ踏み出す存在になる前に生み出された傷跡は決して消えない。それが正しい形であると細胞が覚えてしまったために。ゆえにどんな治療をしても、最終的にはこんな姿へと戻ってしまう。それはまるで呪いの様だった。

 

「さて、文化の心でも楽しみましょうか、っと」

 

 部屋の内装は割りと凝っている方だと自覚している。ゲスト用の椅子を設置してあるほかに少々レトロなタイプの小型冷蔵庫、そして何よりもジュークボックスを設置しているのはアナグラ広しといえどもこの部屋ぐらいだろうと思う。壁にはアラガミが登場する前の時代のロックスター、プレスリーのものを張っており、ジュークボックスの中にも彼のレコードが入っている。それ以外にも節操なく発掘に成功したレコードがジュークボックスの中に入っているのだが、どれも旧世代の遺産であり、宝だ。音楽の趣味は確かに存在するが、それでもレコードすべてがお金にすることのできない文化の遺産なのだ。ゆえに集め、そして保存している。

 

 時間を確認しつつジュークボックスの電源を入れ、適当なレコードをランダムに流させる。部屋に設置しておいた発電機の内蔵バッテリーを確認し、そこに充電されている電量に納得しつつ冷蔵庫から缶ビールを取り出し、部屋に設置した椅子の上に座り、缶を開けながら両足をミニテーブルの上に乗せる。ジュークボックスからは”スモーク・オン・ザ・ウォーター”が流れてくるのが聞こえる。自分が生まれる遥か前にヒットした名曲。今でもレコードやテープは絶大な人気を誇る、その曲が流れてくる。

 

 そうやって音楽を感じ、ビールを片手に足を伸ばすこの感じ―――まさに文化的だ。

 

 と、そこでガンガンガン、と扉を叩く音が聞こえてくる。

 

「おーい! 朝から景気いいのをかけてるじゃねぇか。ちょっと中に入れろよ」

 

 26歳児のリンドウ君の声だった。音楽の趣味等では割と、というか結構似ている部分がある上、趣味やらなにやらで良く気が合う。その為リンドウは良く恋人との時間を投げ捨てて酒盛りにやってくる。まぁ、喧嘩しなければ別にそれでもいいんだけど、と納得しつつすぐ近くに置いておいたフルフェイスヘルムを取り、それを被る。

 

「入っていいぞー」

 

「酒だ、酒を寄越すんだ。全部だ、全部だ! つかパンツ一枚にヘルム姿かよ。お前未来に生きすぎだろ。そこまでめんどくさがるならもう頭のそれ脱げよ」

 

「いや、顔を知られていたとしても隠すことに意味があるんだ」

 

 なにいってんだこいつ、的な視線を飲みかけのビール缶を投げ渡すことで黙らせる。待ってました、と言わんばかりの表情でリンドウはそれを受け取ると、美味しそうに飲み始める―――ちなみにだが非番なんてことはない。自分も、そしてリンドウも本日は普通にアラガミ狩りに出陣しなくてはならない出勤日だったりする。それなのに朝から酒を飲んでいる辺り、もう本当にどうしようもない25歳児と26歳児だと解ってくる。解っているからどうかする、というわけでもないのだが。

 

「しっかし朝からビール飲んでディープ・パープルとかゴキゲンなのもいいところだな」

 

「やっぱ人間である以上は食う以上の文化的娯楽が欲しいからな。こうすると結構やる気でるんだよ」

 

 なんて言ったってアラガミにこんなことはできない。人間を食うし、そこに趣味趣向が入ることもある。しかし、音楽や芸術を楽しむことはない。だからそういうことを楽しめる心を持っている自分を確かめるたびに自分がアラガミではなく人間であると実感できるのだ。いや、決して自分の過去から目をそらしているわけではないのだ。ただゴッドイーターである以上、

 

「メンタル管理だよ。最前線でアラガミをミンチにしている以上、精神的な疲れでどっかでポックリ逝く時があるからな。逆に言えばどんな時でも自分らしくいることができればアラガミ化している最中であっても平気な顔で生きることができるからな。マジメンタル大事だわ」

 

「言いたいことは解るけど……まぁ、ビールがうめぇからなんでもいいや」

 

「これだから26歳児は」

 

「おう、うるせぇよ25歳児」

 

「俺はゴッドイーター暦が長いからいいんですぅー、雨宮んちのリンドウ君が入隊する前から前線で戦ってたりしてたんですぅ、少年兵っぽかったんですぅ、そう、年齢は関係ないんだ、俺が、俺がリンドウよりも偉いんだ! おう、ちょっとそこで腕立て伏せしろよリンドウ」

 

「うるせぇよ馬鹿。お前俺よりも長い癖に階級は俺と一緒だろ、問題起こしすぎて昇進できないんだろ? ん? 図星かな? 図星かなぁ! そうだよなぁ、暁んちのホムラ君素手でアラガミぶっ殺す変態だからしょうがないよなぁ!」

 

「お前ら二人ともうるせぇよ!!」

 

「ちーっす」

 

 扉を抜けて褐色、パーカーの青年―――ソーマ・シックザールが青筋を浮かべながらそこに立っていた。明らかに怒っています、というオーラを纏いながら此方を睨むソーマはリンドウを確認し、

 

「というか、朝からなにやってんだ……」

 

「酒盛り」

 

「聞いた俺が悪かった、忘れてくれ……まあ、何時ものことだし諦めるか」

 

「有能な人はどっかぶっ飛んでるのは良くある事だぞ」

 

「普通は自分では言わないけどな!」

 

 ハッハー、と笑いながらハイタッチを決める姿にソーマはため息を吐く。この青年、ソーマは決して悪い子ではないのだ。ただ環境、そして生い立ちがちょっと歪んでいるだけだ。そのせいで責任感を背負い、そして性格まで歪んでしまっている。それをヨハネスは感じているのだろう。そしてソーマもそれをどっかで理解しているのだろう。これでソーマが直情的な子であればまっすぐヨハネスへとぶつかり、そこで簡単に和解できたと思う。ヨハネスがソーマと仲良くしたい、と思っているのは解っていることだからだ。

 

 だけどソーマは思っている。自分は不幸の塊であると。かかわった人間は不幸になる。だから父には近づくべきではない。自分が関わったらほかの連中の様に不幸に―――死んでしまうと。思っているからこそ決して和解することがない、と言うのもまた人間らしく複雑な環境だと思う。だったらせめてその周りぐらいは馬鹿騒ぎして盛り上げていなきゃ気が滅入る。

 

 いや、極東自体がもう”終わっている”のだ。もうドン詰まりなのだ。始まった時点でバッドエンドが一歩後ろに存在している。最初から後がない状態になっている。だからこそ頭を空っぽにして馬鹿にならなきゃいけないのだ。これ以上落ちれるところがないのならかっこ悪くて結構、楽しく、そして人間らしくいられたやつが一番正しいのだと思う。

 

 人間らしく。アラガミのいる世界では結局、それが一番重要なのかもしれない。

 

「つか副隊長はその格好どうしたんだよ」

 

「見て解らないか? ―――馬鹿め! 意味などない!! もともと鎧姿にだって大した意味はないんだよ!!」

 

「ねぇのかよ!!」

 

「ぶっちゃけ鎧なんてクソ重いだけだぞ? 気をつけて戦わなきゃアラガミに侵食されるし。しかもアラガミの攻撃をはじけるわけでもないからな。基本的にアレ、重くて邪魔なだけの鉄の塊だから。俺がアレ装着しているのは姿を隠す為と、純粋に鍛錬の為だけだからな。ゴッドイーターになってからも筋トレすれば筋肉がついたり体力をつけたりと鍛えられることが解ったからな、人類の上限を突破するつもりで俺も体鍛えているんだよ」

 

「もう既に上限突破しているように思えるけどな」

 

「お前ら二人がな」

 

 まぁ、リンドウも割かし上限突破している感はるよなー、と視線を合わせて首をかしげながら納得したところで、リンドウと回し飲みしていた缶ビールを飲み終わる。ヨハネスから回されてくる特務を遂行しているおかげでアラガミの素材やクレジット、ほかにも趣向品、娯楽は割りと満たされている状態になっているのだ。だけどこれだけでは発散できないものがある。

 

 殺意と怒りだ。

 

 缶をゴミ箱に捨てたら座っていた椅子から立ち上がり残りのパーツも装着していく。胴体、首周り、両手、足、とパーツを増やすごとに一気に重量が体に増えていくのを感じる。純粋に重い。それだけのものだ。それだけだが、もはやこれをきることには慣れきってしまった。年々少しずつ重くし、肉体に対して重量をコントロールはしているも、体はしっかりとその重みに耐えて鍛錬されている。無駄と言うなかれ。こういう長年の積み重ねが結果として体を作り上げてゆくのだ。ゴッドイーターとなった事だけに怠けていては、

 

 新種が出現したときに殺されるだけだ。

 

 だから極東支部、アナグラに所属している人間は絶対に、何らかの鍛錬を行っている。

 

 俺は鎧で常に技術と体を鍛えている。リンドウは用兵に戦術、軍略を勉強し、ソーマは研究に興味を持ち、たまにサカキ博士の所へ向かっている。リンドウの恋人のサクヤは医術を、ほかの部隊の面子であっても絶対に何らかの技術を鍛え続けている。そうでもしないと発生し続けるイレギュラーに対応できないからだ。

 

 絶対に慢心しない、恐ろしい損耗率と達成率、そして圧倒的な錬度。

 

 それゆえに極東は全世界から見て最強の支部だと言われている。

 

 極東のゴッドイーター一人が別の支部で三日も働けば一か月分の仕事を処理すると言われるほどに。

 

 と、そこで鎧の完全装着を完了する。全身を包む鎧にその重量と圧力を感じ、身だけではなく意識も引き締まる。人とアラガミの違いを毎日再確認し、そして鎧を身に着けることで意識が完全にシフトを完了させる。今日も生き残ろう、そう思いながら視線を部屋の外へと移動したリンドウとソーマを追いかけるように向ける。

 

「うっし、お着替え完了。確か今日は防壁外パトロールの日だったな」

 

「あー、パトロールかぁー。アレって地味にだるいんだよなぁ。なんだかんだでザイゴートやオウガテイルが来るんだけど襲撃が散発的な上に数が少ないんだよ。六体とか七体とか来られてもすぐに処理し終わっちまうからなぁ」

 

「アレでも一応居住区に入れば被害必須なんだからぼやくなよ隊長……」

 

「まぁ、二~三体程度だったら神機なしでもスタングレネードと手榴弾で処理できるんだけどな」

 

「それぐらいできなきゃ極東では生きていけないな」

 

 改めて狂った環境だ。そうとしか思えない。

 

 しかし、今日もここで生きているのだ。生きるしかないのだ。

 

 ともあれ、

 

「―――パトロールを夜までやって、夜からは適性検査の第一陣か」

 

「あぁ、アラガミ化を想定して突入待機しておかなきゃいけねぇ。今回は十人ぐらいやるってよ。また失敗したやつを始末しなきゃいけねぇって思うと頭が痛くなるな」

 

 適性検査で失敗した場合の末路は二つ。一つ目は神機に捕喰されて肉片になるか。あるいはそれを拒絶してアラガミ化するか。

 

 失敗して生き残る、というのはありえない。

 

 ともあれ、極東やフェンリル自体がブラックを光速でぶっち抜けている環境だが、こうでもしなきゃ人類は生きられない。

 

 生きられないのだ。

 

 こうやって、やっと人類は生存できている。

 

 それを理解して、

 

 今日も、アラガミを殺す為に神機を手に戦場へ行く。




 ソーマ・シックザールくん(18歳)
  パパネスの苦労を解っているいい子。解っているは言ったが歩み寄るとは一言も言っていない。周りには体だけ大きくなった馬鹿がたくさんいるせいで少し大変だけど楽しい日常を送れている。その理由はこいつらが死ぬ姿を想像できないから。むしろ本当に死ぬのかどうか聞きたい今日この頃。

 写真立ての喪服ちゃん(2X歳児)
  ホムラさんが複雑な感情を抱く相手。いったいどこのキチガイマッドヤンデレラスボスなんだ……。

 歳児と表現されている連中は基本的に体が大きくなっただけのワルガキ共。きっとこの後も増えるに違いない。

 ところで車椅子の人は早めに殺したほうが世界の為だと思うの。

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