極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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二十五喰目

「―――ハーッハッハッハッハァ! エリックにつける事でパクる事に成功した戦闘機の味はどうなんだよぉ! ちょっと風圧で顔が抉れそうになったけどお前の驚く顔は見ものだったぜホムラァ! なんか爆発に皆を巻き込んで済まない気がしたけどこれで死ぬ方が悪いって事で許してくれよ!」

 

 炎の満ちるオフィスの中で、神機から発せられる射撃の音が何度も何度も響く。そのなかで雨宮リンドウはタップダンスを踊る様な愉快な動きで必死に銃撃を回避し、決めポーズを決めてからソーマに腹パンをくらわされる。その光景を見ながら体に突き刺さった鉄片や炎を払いのけ、少々よろよろとしながらも両足で立ち、そして頭を振る。それを見たリンドウがげぇ、と声を零す。

 

「戦闘機で体当たりしたのになんでお前生きてるんだよ。お前の代わりに死んだエリックの財布に謝れ」

 

「気合と根性」

 

 あぁ、とユウが頷いて納得しているのが少々気になるが、リンドウが呆れた様な溜息を吐き、手を振って他の四人にさっさと行け、と命じる。それを見て一瞬動きが止まるが、ほんの一瞬だ。そのまま第一部隊の四人がガラス壁から外壁へと飛び出し、窪みや出っ張りを足場に最上階へと向かってエイジスを昇り始める。それを眺めながら体を再生するが―――体の再生力は弱い。普通のゴッドイーター並の再生力しか働かない。おかげで体が余計重く感じるが、さて、と声を零す。

 

「重役出勤じゃねーか」

 

「悪いな、ヒーローってのは遅れて登場するもんなんだぜ? ―――って言いたい所だったけどヨハネスのオッサンが遅延工作しててこっちの支部に連絡つけられない様にしてたんだよ。だけどそこらへんエリックが金の力を言わせてなんとかしてくれたからな、まぁ、ギリギリ間に合ったわ。ほかの連中にお前の相手を任せて嫌な気分にさせるのはちっと忍びねぇからな」

 

「そっか」

 

 そう呟きながら頭を振り、体を振り、そして調子を確かめる。状態は万全から程遠い―――しかし既に精神は完全に出来上がっていた。目にかかる血を拭いながら口から血の塊を吐き出し、首を軽く回してからオーケイ、とリンドウへと声を向ける。んじゃ、とリンドウは言う。

 

「もう、言葉はいらねぇか」

 

「あんまし長く叩き続けられそうにねぇし、サクっとやろうぜ」

 

 エイジスが震える。おそらく今、頂上ではソーマ達がアルダノーヴァとぶつかり始めているのだろう。アレがパパになったとかソーマが可哀想でしょうがないが、それはそれ、これはこれだ。自分には関係のない話だ。いや、戦闘時間が短くなるという事では関係はあるが、それでも直接戦闘にはかかわってこないからそれでいい。ともあれ、

 

 やはり最後に自分の前に立ったのはリンドウだった。

 

 なんとなく、こんな事になるんじゃないかと思っていた。十年来の相棒が最後の最後で敵として立ちはだかる。展開としてはまあまあ、といった所ではないだろうか。まぁ、それはいいとして。間違いなくリンドウは後悔も遠慮も迷いもなく殴れる理想の相手だ。

 

「んじゃ」

 

「やるか」

 

 炎を突き抜けながらリンドウへと接近し、接近して来る姿に対してリンドウが神機を上へと投げ捨てる事で対応する。その奇抜な行動に驚きはあるものの、一切減速する事もなく接近し、

 

 懐へと入り込んだところでリンドウがショットガンを二挺抜いた。

 

「アラガミ相手にゃあ神機だけど、やっぱ人間相手にはこれだよなぁ!」

 

「おまっ」

 

 反応し、体を横へと飛ばそうとするがそれよりも早くリンドウの同時射撃が体を捉える。体を散弾が抉り、砕き、喉元から血が溢れてくる。衝撃で後ろへと下がりそうな体を堪えながら右手で握った鉄骨をフルスイングし、逃れようとするリンドウの体にヒットする。その姿を一気に二十メートル程吹き飛ばしながら鉄骨を放棄し、リンドウへと向かって跳躍した瞬間、前方から飛んでくるものが見える。

 

 ロケット弾だ。

 

 正面から迫ってくるそれを足を止める事無く回避し、リンドウの方へと向かって進み、背後で爆音を聞きながら前進する。既に空中で体勢を整えていたリンドウがショットガンで連射し、迎撃する。広がりすぎる散弾は回避が不可能に近い―――しかし、それは一発一発が威力の低い鉄の塊。左手を盾の様に構え、それで散弾を切り払う。代償として左腕が肉塊に近いものとなるが、気にする事なく急所を守りきり、リンドウの懐に入り込む。

 

 拳を叩き込み、それがショットガンで防御される。しかし圧倒的強度に敵わずショットガンが粉砕される。反応する様に繰り出される二挺目のショットガンによる射撃を接触する距離で密着する事で回避しつつ、その場から動かず衝撃を体で通して叩きつける―――所謂鉄山靠をノーモションで繰り出し、リンドウを吹き飛ばす。

 

 追撃の為に踏み出そうとし、片目から視界が消えるのが解る。次の瞬間発生する激痛と共に、左眼を撃ち抜かれたという事実を知覚する。痛みを思考の外へと追い出しながら叫び声を響かせ、右拳をリンドウへと向かって振るう。リンドウが吹き飛ばされながらも体を捻る事で回避し、着地しつつも射撃を行って来る。その軌道を銃口が向けられている方向で見切り、射撃されるよりも早く射線から逃れて回避する。

 

 スウェイしながら接近する中、左腕に重みを感じる。左眼が機能していない為に視線を向けるには右目で確認する必要があり、頭を動かして確認する。

 

 ―――腕に銃弾のベルトが巻き付いている。

 

「BAN!」

 

 左腕を手刀で斬りおとすのと同時に引火銃弾のベルトが爆発するのは同時だった。同時に、その瞬間を狙ってリンドウが接近して来る。血を流し、激痛が支配し、視界さえも不明瞭な状態ではあるが、経験と常在戦場の心得が知覚よりも早く、生存の為に体を動かす。本能がアラガミ化をする事で乗り越えろ、と囁く。

 

 その意思を殺して、人のまま、本気で相対を続ける。

 

 ―――負けは見えていた。

 

 ……あぁ、やっぱり……。

 

 リボルバーからの銃撃を回避しながら潜り込むが、リンドウが予めそれを予想していたかのように逆に潜り込み、銃の底で殴りつけてくる。血を流し、力を失った影響で踏ん張りがきかず、体がよろめいてしまう。そこに漬け込む様に銃を投げ捨てたリンドウが踏み込み、拳を叩きつける。全力でまずは腹を、次に胸を、顔を、そうやって確実に此方の体力と再生力を殴って削り、

 

「らぁっ!!」

 

 蹴り飛ばされる。残った右腕を床に突き刺す事で動きを止めつつ弾丸代わりの金属塊を入手する。それを手の中で握りつぶして投げやすいサイズにしながら手を引き抜き投擲しようとし、

 

 天井に突き刺さった神機を握るリンドウの姿が見える。

 

「これでフィニッシュ!」

 

 投擲するのと同時に神機が投げ放たれた。金属塊がリンドウの肩にぶつかりその肩を砕くが、それよりも凶悪な兵器である神機が胸を、心臓を貫通しながら体を吹き飛ばし―――背後の壁に突き刺す。それを抜こうとして右手で神機を掴み、抜く程の力が出ない事に気付く。抜けない。動けない。つまり戦えない。

 

 覆しようのない敗北、という結果だった。突き刺さった神機から手を外し、血反吐を吐きながら長い溜息を吐き出し、全身から力を抜く。再生力が人並みのゴッドイーターに落ちたとはいえ、生命力だけはどうにもならず、こうやった体にでかい穴が開いてもまだ死ねないらしい。何とも業の深い体をしているものだ。

 

「あーあ……負けちゃった……終わっちまったなぁ、反抗期」

 

「痛つつ……もうマジでこういうの止めろよな。部下の不始末をどうにかしなきゃいけないのが隊長の仕事だからな。次やったらマジぶっとばすかんな」

 

 溜息を吐きながら左肩を抑えるリンドウが近づき、壁に張り付けにさせる神機を一息抜く。体を支えるものがなくなり、体がそのままズルズルと壁伝いに落ちて行く。体の再生を進めようと、考え―――止める。再生した所でどうしようもない事が一つ。そしてもう一つ―――体に再生するだけの力が残っていなかった。戦っている間は湧き出ていたものが、今は一切感じられなかった。

 

 これがいわゆる燃え尽き症候群というやつなのだろうか。

 

「よぉ、無事か?」

 

「いや、治んねぇわ。死ぬわ」

 

「嘘……俺の手加減……下手すぎ……?」

 

 顔芸を決めつつそういうリンドウの姿にクスリと笑い、差し出してくる手を軽く叩く。殺し、殺しあった。だけど、それでもそこには変わらない友情が残っていた。それだけで十分だった。

 

「しっかし」

 

 リンドウが煙草を取り出し、それと回復錠を口に入れながら煙草に火をつける。

 

「お前、マジ容赦ねぇな。来る前に服の下に衝撃吸収材仕込んでおいたのに骨折れてるんだけど」

 

「お前そこまでガチガチにメタはってて楽しいかよォ!」

 

「楽しいさ! 楽しくなきゃいけねぇんだよ。こんな事楽しくやらなきゃやってられねーだろ馬鹿野郎が」

 

 溜息を吐きながらその姿を見上げる。そうだなぁ、正論だなぁ、と呟く。

 

「元々スペック差でぶっ殺すタイプだからなぁ、俺は。特別才能があるって訳でもないし。だからアレだな……コウタに抗アラガミ弾だっけ? アレ喰らったのが”致命傷”か。そこらへん、ユウかソーマ辺りが決めてくると思ったけど新型神機使いですらないコウタかぁ……人間舐めてたのは俺の方だったかもしれんねぇ」

 

 そう言葉を言い終わるのと同時に、大きくエイジスが震える。おそらく、この施設の頂上で、決着がついたのかもしれない。あるいは終末捕喰が始まったのかもしれない。上から感じる尋常じゃない気配を感じる当たり、それが正しいのかもしれない。もう自分には関係のない話だ。どうでもいいな、と思いつつ視線をリンドウへと向ければ、神機を肩に担いで煙草を吐き捨てる姿がそこにあった。

 

「うっせぇ馬鹿。そこでずっと反省会してろ。全部ケリつけたら拾いに戻って来てやっから」

 

「ひひひ、期待せずに待ってるよ」

 

「前々から思ってたけどその小者笑い似合ってないぞ」

 

「今更かよォ!」

 

 笑いながらリンドウがほかの四人の様に外壁へと出て、そこから上へと消えて行く。しかしながらエイジスの震動は止まらず、ゆっくりと、しかし着実に崩壊の音が聞こえ始める。安全な場所でしっかり休み、回復だけに集中すれば助かるかもしれないが―――もうそんな余裕も時間も存在していなかった。かろうじて生きているという今の状態は間違いなく、近いうちに消えて死ぬ。

 

 ―――アラガミ化すれば、喰らった弾丸の影響力を上書きして生き残れるかもしれない。

 

 だが、そんな価値はあるのだろうか。

 

「本気で戦って、そして負けた。だけど勝った―――アラガミに勝った」

 

 アラガミに成るという選択肢に、運命に勝ったのだ。人間はそんなものではない。人間の意思は決してアラガミになんかに屈服しないという事を、この体で証明する事が出来たのだ。全力と本気はまた違うものだ。全力は出せなかったが、本気で戦う事は出来た。

 

 その結果が勝利であれ敗北であれ、満足しない理由がない。なぜなら暁ホムラというゴッドイーターは、決して自分の目的も主張も捻じ曲げる事無く、自分らしく生きる事に成功したのだから。好き勝手やって、そしてその報いとして勝手に死ぬ。これ以上なく自由な生き様ではないだろうか。だから満足している、満足できてしまった。

 

 これ以上自分が生きている事に意味も価値も感じない。

 

 ―――あえて言うなら一つだけ心残りがある。

 

 が、それも音を鳴らしながらやってくる。

 

 油が足りないのか鉄が鉄を引っ掛ける音を小さく鳴らしつつ、車輪が瓦礫の上を滑って近づいてくる。周りは戦闘機の破片や瓦礫、燃料やロケット弾によって生み出された火災で熱いというのに、そんな事を気にする事無く黒い喪服の様な服装のまま、車椅子に乗ってやってきた。目の前までやってくると車椅子は動きを止め、そしてその上から見下ろす様に視線を向けてくる。

 

「来ちゃったか」

 

「はい、来ちゃいました」

 

 ラケル・クラウディウスが珍しく笑顔を浮かべずに、そこにいた。




 サクヤさん
  土下座周り中

 アルダノーヴァwithパパ
  出番はないけど第一部隊に頂上決戦を繰り広げている。いやー、すごかったなー、つよかったなー、激しかったなー。

 リンドウくん
  出張する前からある程度予測していた人。事前にメタ装備発注したり準備してた。

 コウタくん
  パイセン撃破に関するMVP。君の射撃が致命傷。

 たぶん次回、あるいはその次が最終話でーす。サクサクと進んできた「ハイスピードヒャッハー系世紀末バトルコメディ」ですが、終わりも近い感じで。次回作も原作読んだりでお勉強中です。

 次回作の合言葉は同化系男子と虫とロリと夢。それでは次回

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