極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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二十二喰目

「出張が決まったー」

 

「ほー」

 

「っつーわけでよ、俺がいない間は隊長任せた」

 

「おう、ちょっと待てよ」

 

「まったなーい!」

 

 

                           ◆

 

 

 とか言いつつリンドウはサクヤを片手に確保しつつヘリコプターに飛び乗って空へと舞い上がっていた数日前。出張なのはいいが、それを利用してハネムーン旅行にしてしまう予定なのだろう。あの男、なんだかんだで自分レベルの神経の図太さだからやりかねない。というか出張リストに入っていないサクヤを拉致っている時点で確定臭い。つまり、リンドウマジリンドウという結論で終わる。以上。

 

 極東は今日も平常運転だった。平常運転。平和ではないのがミソ。

 

 なお指揮、隊長関係は全てユウへと投げた。純正ヒャッハーマンより上手く指揮してくれるに違いない。

 

 ともあれ、出張によってリンドウは遠くの大地へと送られた。それでサクヤまでいなくなって戦力が更に減ったのは良い事なのかもしれない。とにかく、何かを成し遂げたければそれに全力を出すのは常識だ。故に、リンドウに関してはこれでいい。問題は他にもあるのだが、それは今は良いとする。

 

 ―――なにせ、9割方状況は詰みに近い。だから適当な命令が来ない限りは、自由行動だ。

 

「ふぁーぁ……眠いし退屈だな」

 

 未だにエリック発案のアナグララウンジは工事中で使用できない。だから昔から存在しているロビーに設置してある小ラウンジでゆっくり座っている。シオに関する解析や研究も大部分が完了している為、やる事がないのか、ラケルまでもが横に座っている。とはいえ、放置する訳にもいかないのは本当の話なので、何時も通りフルアーマー姿でソファに座り、適当に時間を潰している。

 

 何かを話す訳でもないのにこの女は横にいるだけで満足らしいので面倒だ。いや、女とはそういう生き物なのかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、エレベーターからコウタとユウの姿が出現する。お、と声を漏らしながらこっちを見つけた二人は手を振りながら近づいてくる。

 

「フルアーマーパイセンちっす」

 

「最初先輩を見た時はすっげぇ違和感の塊でしかなかったけど、こうやって何カ月もアナグラで生活をしていると不思議な事に全く違和感がないんだよなぁ……。前々から思ってたけど、先輩それ、毎日着ているけど中身とかどうなってるんすか。ぶっちゃけ蒸れない?」

 

 そうだなぁ、と言葉を置く。この鎧マンの神秘の一端を語るのも悪くはないと思う。最終決戦が近くなるとテンションが上がってくる。だから今日は口が良く滑りそうだ。

 

「そうだな……まず最初にこの鎧だけど地味に防臭効果があるから臭くならないし、通気性も良いから汗をかきすぎない限りはそこまで蒸れる事はない。この重り、防御力はそこそこあるんだけどアラガミに対しては基本的に無力だからな、俺の成長に合わせて更に重くして、動きの速度が一定以上にならない様に自分を制限しているんだよ。慣れた速度、身体能力で戦うのが一番強い上にまだ肉体改造が終わってないしな。ほら、生きているうちは人生全てが修行とも言うし」

 

「パイセン、ただのアラガミデストロイヤーにしか見えないけど、実際の所戦術思想がガチのアラガミ絶対殺すマンですもんね。そういう所参考にさせてもらってますわ」

 

 それもそうだ。信用の出来る武器を、技術を使用する。不確定要素はなるべく排除する。そして自分が一番慣れているであろうコンディション、肉体で制御して戦闘を行う。成長する事は喜ばしいが、肉体の変化を通して変動するものがある。脂肪率や体重、それは戦闘でのコンマの動きに影響を与えてくる。だからなるべく、身体能力は無理に変質させない方が戦いやすい場合がある。細かい技術を使用する場合などでは重要になってくる。岩を砕く拳がビルを砕く拳に代わるようなレベルであれば変質してもいいが、あまり変わらないというレベルであれば逆に”テンポ”を失う事になってしまう。

 

 つまり簡単に言うとこの鎧は重りとして活動する上で、防御力以上に生存率を支えている。

 

 防御力としてではなく、重りとしての意味が重要になっている。

 

 まぁ、やはり重いだけでそこまで意味はない。脱いだ方が強い訳ではないが、完全にアラガミ化してしまった方が強いのは事実ではあるし。そんな事もあってこの鎧の存在はどこか微妙であり―――趣味の範疇に入る。どう足掻いてもこの環境で鍛錬、というのは趣味としか言えないからだ。命を失うリスクを背負って鍛錬するなんて誰もやりたがらない。

 

「まぁ、この鎧はスペアが何個か用意してあって、破壊されても別のを着ればいい様にしてるし。あと地味にオイル磨きとかしないと駄目だからメンテナンスが一番めんどくさいよ」

 

「真似する気にはなれないッスね」

 

「寧ろ俺以外に鎧マンが増えたら困惑するわ。俺の様な奴が増えない方がもっと世の為だろ」

 

「だったら鎧じゃなくさせればいいんですよ」

 

 ラケルの声がし、そちらへと振り返ると、笑みを浮かべたラケルの姿があった。何言ってんだ、お前、と口にしようとすると、エレベーターの扉が開き、そこから榊の姿が出現し、床をすべる様な動きで近づきながら横に座り、肩を組んでくる。

 

「君に、我々からプレゼントがあるんだ」

 

「大体察した」

 

 とはいえ、ネタには全力で応えるのが極東流。用意されたネタがるのであれば、それに走らなくてはならない。これは極東の人間であれば誰もが持つ、芸人魂によるものだ。決意を胸に立ち上がり、直ぐに戻ってくると新人達に伝え、榊の研究室へとネタの為のアイテムを受け取りに行く。

 

 

                           ◆

 

 

 数分後、戻ってきた。

 

「これが極東ファッションの最前線だよぉ―――!!」

 

「ファッションセンスがない事だけは理解した」

 

 榊の咆哮を無視しながらラウンジへと戻っていた。今の姿は何時もの鎧姿ではなく、紫と黒の着ぐるみ姿となっている。しかもかなりセンスが悪い。ホラーの様な、そうじゃない様な微妙なラインの兎のデザインで、ぶっちゃけた話子供を泣かせそうな迫力がある。それだけならまだいいが、重さに関しては何時も装備している鎧と同じレベルでの重さがある。その為、自分にとっては非常に快適なのだが、他の人間がこれを着るのはちょっと辛すぎて無理かもしれない。

 

「なんだこれ」

 

「キグルミくん」

 

 無言で榊に腹パンを決める。ゆっくりと崩れ落ちる榊の姿を新人……とはもう呼べないユウとコウタの二人で眺め、倒れた姿を放置する。しかしラケルは苦笑しつつ榊の言葉を拾い上げる。

 

「名前は特に重要に思えなかったのでキグルミと名付けましたが、それには数多くの最新技術が盛り込まれているんですよ? 形状変化アラガミ繊維に修復能力、重量を質量を高める事で求めたので硬度自体は高い上に衝撃を吸収、分散するのでハガンコンゴウに殴られたとしてもほとんどダメージを通さずに生存する事が可能です。ちなみに通気性もちゃんと考えてあるのでその中で息苦しさを感じる事はない、神機一つ作成するのと同じコストで作成されたキグルミですよ」

 

「まさに税金の無駄遣い」

 

「着て貰う事を考えたらつい作る事に熱を入れてしまいまして」

 

 そう言ってラケルは恥ずかしがるように両手を自分の頬に当て、顔を逸らす。それを見てからユウとコウタが此方へと視線を向けて来る。その視線が何を言いたいのかはよく理解している。ただ良く考えて欲しい、この言葉が本心からのものだとしてもこの女、完全な毒婦である事を。生きているだけで人類が危ない害悪である事を。だから無下に扱ったとしても一切問題が生じないという事も。……しかし献身的な女性を無視して悪く扱うのは客観的に見ると酷い。ラケルに関しては一切心が痛まないのは事実だが、後輩から受ける視線は痛い。

 

 なのでキグルミの頭を取り、久しぶりに素顔を晒す。その姿にコウタとユウが驚愕の声を漏らすが無視し、ラケルへと視線を向け、軽くフンス、と息を吐く。

 

「感謝してやろう。寛大な俺様の慈悲に感謝するが良い」

 

「そうやって言葉はぶっきら棒ですが、顔を見せて誠意を表そうとする貴方のそんなところ、大好きですよ」

 

 ユウとコウタが熱い熱い、と後ろで言いながら自分を扇ぎ始める。振り返り、キグルミ姿のまま蹴りを繰り出すが、その動きを察していたユウがコウタを素早くつかみ、ガードにいれる。蹴りがコウタの脇腹にヒットし、コウタが手裏剣の様に回転しながら吹き飛んで行き、そのまま逃げるユウを追いかける。

 

「俺は煽るのはいいんだけど煽られるのは嫌いなんだよォ!!」

 

「クッソ、最悪だこの小者……!」

 

 ユウがロビーを駆け巡って逃げようとするが、その軌道を経験から割り出し、一歩目でユウの目の前へと回り込む。そのまま腹パンからのアッパーカットを決め、空へと打ち上げたユウを素早く回収し、そのまま床で倒れている榊の上へと捨てる。満足の息を吐いてから再びキグルミの頭部分を装着し、小さく誰にもわからない様に、そのフィット感に満足する。少しクセになりそう。動く時もピッタリと体についてきて、下手をすれば鎧よりも使いやすいかもしれない。まぁ、明らかに見た目がネタとしか思えないものだが、これはこれでキープかもしれないなぁ、と思う。

 

「つか……先輩、ヘルムの下今まで見た事ないからどんなもんかと思いましたけど―――割と普通な顔でしたね」

 

 復帰したコウタが軽く頭を振りながらそう言い、そして床からユウが立ち上がりならが言葉を続ける。

 

「ずっと顔を隠しているから余程酷い事になってるかと思ったら髪色が白くてちょっと顔が焼けているだけだし―――というか先輩の肌、欧州人系列のそれでしたけど」

 

 そう言えば言ってなかったな、と前置きする。

 

「俺は元々欧州人だよ。正確にいえばユダヤ系の欧州人な。こんな世の中になって宗教もクソないけどな。まぁ、だから暁ホムラって名前も偽名だよ。名前どうしよっかなぁ、って思ってた頃にゲンさんが漫画を見つけたからそっから適当に参考に名前を作ったんだよ。もう家名の方は忘れちまったけど本名は―――」

 

「―――ヤコブ。聖書におけるラケルの夫とされた人物、ですよね?」

 

 そう言ってニコリと笑って来るラケルの顔面を殴りたかった。

 

 こういう事もあって、運命的な何かをこの邪悪な乙女は感じてしまった。だから偽名を名乗る様にしたのだ。極東でこれから生きるから極東人の名前を、という意味もあったが。

 

「ま、そうドラマチックな話でもないしな。顔隠してるのも趣味なだけだし」

 

「ホント、先輩ってネタに欠かないですよね」

 

「その方が人生楽しくていいだろ?」

 

 暇に、退屈になると緩やかに魂が腐って行く。そうなると死にやすくなってくる。人間に常に必要なのは”刺激”となる。それを受け続ける事によって成長、進化が促される。その一助になれるのであれば本望。

 

 それは間違いなく自分の本音でもある。

 

「さって、シオちゃんのお腹をパンパンにするためにマラソンして来るかぁ」

 

「月一でやってると嫌でもなれるよなぁ」

 

 そう言いつつコウタが神機を取りに去って行く。

 

「最近アラガミを倒す事に慣れてきたから気を引き締めなくちゃなぁ……」

 

 そう言い、ユウも神機を取りに向かう。もはや文句を言わずに神機を取りに行く姿は立派な極東のゴッドイーター姿だった。戦力としても十分に一人前を名乗るだけのレベルに到達していた。

 

 その姿を見て、もうそろそろかなぁ、と計画の進歩を思いながらを呟く。

 

「ところでホムラくん、ちょっと腰をヤっちまったから運んでほしいんだけど」

 

「オチがつくなぁ」

 

 結局”その時”が来るまでは激しく何時も通りなんだろうなぁ、と思いつつ、

 

 最後になりそうな日常を過ごす。




 ホムラくん
  旧名ヤコブ。聖書で天使と殴り合ってアイアムチャンピオンした人の名前。ヤコブは妻の一人にラケルという女性がいた。どう種族という事を合わせてその繋がりが邪悪な乙女回路を全開にさせちゃったと思っている。偽名は大体ゲンさんのせい。つまり主犯ゲンさん。キグルミ、気に入りました。

 ラケルたん
  実は一目惚れ。

 段々終わりが見えてきましたな。3月中は無理でも4月初めには終わりそうっすな。

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