極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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二喰目

 極東フェンリル支部、通称”アナグラ”へと帰還する。

 

 テスカトリポカなんて新種を倒せば盛大な歓迎が―――ある訳ではない。世には特務という他人には決して知られる事のない任務が存在している。そして接触禁止種の討伐や新種の討伐は主にこの特務として処理される。誰かを生贄としてぶつける事で戦力を測らなくてはならないのだ。どこかで、誰かが犠牲にならなくてはならない。ならばその犠牲者の活躍を無駄に知らせる必要はない。そう言う事もあり、特務を遂行するゴッドイーターの特務はオペレーターでさえ把握していない。

 

 故にアナグラとその周囲を囲む防壁の内側に入ってからはアナグラの地上施設部分の裏手へと周り、そこにテクニカルを置く。後でそれを回収する人員がいる為テクニカルの事は放置し、裏手にある緊急用エレベーターへと乗り込み、そのままアナグラの地下の研究施設へと向かう。そこで入手した素材、及びコアを提出し、そこから表のエレベーターへと乗り換える。

 

 ここまでくれば誰に会ってもどうとでもなる。研究所へと提出した時点でデータの書き換えは完了する。故に”ただのアラガミ”を倒したフリをし、エレベーターで神機保管庫へと移動する。神機保管庫で自分の神機を補完する為のスペースへと移動し、ボックスにパスワードを入力して解放する。第一世代型神機の中でも特に特異とされる格闘型神機、上部に両腕のガントレット型を格納し、そして下部にレギンス型のを両方格納する。予め替えのガントレットとレギンスがこの装置の中には収納してある。それを取り出し、取り外した神機の代わりに装着する。

 

 これで神機の保管が完了した。

 

「お前、何時もの事だけど絶対にその鎧を脱ごうとしないよな」

 

「鎧の中等ない! 中の人なんていないんだ!! ……なんてことはお前に言っても無駄だもんな、見られちゃってるし。まぁ、なるべく新人や他の連中には中身を見せないミステリアス路線を俺は昔から頑張っているんだ……ほら、正体不明のイケメンってカッコイイだろ?」

 

「お前の場合正体不明の動く鎧だからホラーでしかねぇよ」

 

「えー……マジかよ……ウサギっぽいキグルミになったら人気でるかな……」

 

「俺の腹筋が結合崩壊するからやめろ……あ、やべ、想像しちまったじゃねぇか……!」

 

 リンドウが神機保管箱を叩きながら腹を抑えている。そんなに面白い光景なのだろうか、なんて思い、想像してみる。ウサミミのキグルミが素早いステップを踏み、ダッキングでハガンコンゴウの拳を交わし、ジャンプでヴァジュラを飛び越え、そして鈍器の代わりにコクーンメイデンを振るうその姿を。シュールや世紀末というを超えてなんというか、カオスの権化を感じさせるものだった。

 

 そして面白すぎた。笑いを堪えきれずに此方もリンドウ同様想像した姿に腹を抑え、笑いを何とか飲み込もうと頑張る。

 

 そんな中、

 

「あれ? お帰り……って何やってるの」

 

 エレベーターの方へと視線を向けると、笑いを堪えている自分とリンドウの姿に呆れの表情を浮かべる灰髪のメカニックの少女がいた。楠リッカ、アナグラにてかなり高い技量を持つメカニックの一人がそこにはいた。神機を格納している故に此方が任務帰りである事を知っているのだろう。ただ此方の姿を見て、呆れの表情を見せているのは自分とリンドウに色々と前科があるのを理解しているからだろう。

 

「で、今度は何をする予定なの? みんなの神機に油性ペンで名前付け? それとも寝ている間に誰かの髪の毛を剃る予定?」

 

「いや、アイツの髪の毛を剃ってやったのは新人へのイジメが酷かったのとどうしようもなくハゲ頭を煽りたかっただけだし。すっごい楽しかった」

 

「ツバキさん呼ぶよ?」

 

「はいはい、この話やめ! やめよう? ね!」

 

「誰も勝てないんだよなぁ……精神的な話な? とりあえず俺ら支部長に用があるから」

 

「あ、うんお疲れ様、そしてお帰り」

 

 リッカに手を振りながら別れを告げ、そのままエレベーターへと乗り込む。リッカはまだ若い。ゴッドイーターではなくそのサポートではあるが、間接的にアラガミと戦っているのだ。自分達の半分の年齢で。それを考えるとこの世界はホントどうしようもない―――と思いそうになり、やめる。良く考えればもっと若い頃からゴッドイーターとして、対アラガミの戦場に自分はいた。

 

 人の事なんてとてもだが言えない。じゃあこれでいいじゃねーかという話になる。以上。

 

 エレベーターに乗って更に地下へと向かう。ドリルの様な大型採掘機能を保持したアラガミが未確認故に地下は比較的に安全だと思われている。その為、重要施設は地下に建造されることが多い。そしてアナグラの支部長室も、この法則にしたがって地下に設置されている。エレベーターから降りて通路を抜けると、直ぐにその終わりと共に扉が見えてくる。

 

 フェンリルに戻ってきた時点で帰還を支部長は知らされているだろう。故に軽く咳払いをし、横のリンドウへと視線を向ける。リンドウも此方へと視線を向けており、此方が頷くと前へと視線を向け、扉を二回叩く。

 

「第一部隊隊長及び第七特務部隊所属、雨宮リンドウ少尉です」

 

「第一部隊副隊長及び第七特務部隊所属、暁ホムラ少尉です」

 

「―――入りたまえ」

 

 扉からロックの外れる音がし、扉が横へとスライドして開く。その向こう側には執務用の机と、そして反対側に座る金髪の優男の姿がある。此方を目撃すると書類を確認する手を緩め、そして腕を組んで視線をまっすぐ向けてくる。ヨハネス・フォン・シックザール、極東フェンリル支部”アナグラ”の支部長が報告を待ち構えていた。

 

 素早く入室し、背後で扉が閉まる音を聞きながら姿勢を正す。自分と、そしてリンドウを見た。

 

「良く帰ってきた。それではさっそくだが口頭報告をしてもらおうか」

 

「了解です、では―――」

 

 

                           ◆

 

 

 たっぷり一時間かけてヨハネスにテスカトリポカ戦の感想を、そして道中の活動を伝える。報告書を作成しないのは特務を遂行した、という証拠を残さない為になる。研究室へ行って調べれば証拠が見つかるかもしれないが―――そもそも研究室の人間は研究室で働く代わりに爆弾を飲んでいる。裏切りが発覚すれば即座に殺せるように、となっている。だからあとはオペレーターにさえ気を付ければ特務の証拠はほぼ残らない。

 

 それがどうした、という話でもあるのだが。

 

 結局は何時も通りアラガミを見つけて、ミンチになるまで殴り殺しているのと変わらない。

 

「―――しかし相変わらず戦闘方法が参考にならないが、有能である事は認めなくてはならない。君達二人はこの支部におけるエースであり、この極東全体のエース―――即ちこの世界全体でも最強格と呼べるゴッドイーターだ。知っての通り、極東の生態系は狂っている。何せ他国で新種が確認された瞬間には極東で出現するという謎のシステムが出来上がっているからな―――まるでアラガミが極東を滅ぼそうかとしている様に感じるよ」

 

「いやぁ、本当に極東のアラガミ動物園っぷりには参りますよ。もっと飼育員増やせないんですか?」

 

「飼育員……こほん、私もゴッドイーターを増やす事は非常に重要だと思っている。だがな、物資は有限だ。そして人もまた物資扱いとなるのが極東だ。どう足掻いても防壁の修復や建設に人を回さなくてはならないし、調達やスキャベンジチーム用の人員も必要だ。ゴッドイーターだけではこの支部は、極東は回らない。適性検査を行って人員を増やすのもいいが……」

 

「そこでどっかの優秀な人間が既に働いている所で見つかっちゃった場合そっから引き抜かなきゃいけないから大変、って事ッスね」

 

「その通り。しかし私も近いうちに適性検査を無職の者を中心に行う予定だ。おそらく一週間以内には実践される予定になる。そうなれば他の部隊に振り分ける前に第一部隊で経験を積ませる事となる……すまんな」

 

「いえ、支部長が非情な命令を出す裏で苦悩している事は知っている事ですから」

 

「そう言ってくれると私も少しは心が軽くなるな」

 

「まぁ、その分をソーマ君へと向けてくれたら嬉しいんですけどね! ソーマ君偶に捨てられた子犬の様な視線を支部長室の入口へと向けては立ち去ってますよ! いやぁ、パパは大変ですね! ねぇパパネス支部長!」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

 真顔でそう言うヨハネスにいい大人がそれでいいのか、なんてことを思ったりもするが―――この支部長、ヨハネスが色々と苦労と後悔を背負いながら現在を必死に生きている事は少し事情を知っている者であれば理解している事だ。第一ヨハネスとの付き合いは決して短いものではない。自分も、リンドウも、そしてヨハネスも極東支部への入隊時期はそう違わない。2057年の自分から始まり、2060、2061年とヨハネスとリンドウが入隊している。そして2071年現在、ずっと極東支部で戦い続けている為、

 

 もう10年の付き合いになって来る。敬語で話し合ってはいるが、プライベートでは友人の様なものだ。少しからかったりネタにしたり、それぐらいだったら全く問題のないレベルでお互いの事は良く知っている。だからこんな話で小さく笑える。

 

 笑って少し視線を背けていたヨハネスが視線を戻してくる。

 

「さて、特務の支払いは何時も通りでいいかね?」

 

「おう、俺はクレジットでよろしく頼みますわ」

 

「何時も通り珍しい甘味とお茶、もし旧時代のレコード盤が見つかったらそれでお願いします」

 

「君はホントその姿に似合わず文化的だね」

 

「鬼の様な姿ですみませんねぇ!」

 

 くすんだ色の鎧を常に装着しているから姿に関しては何も言い返せない。だけどそれとは別に、人間という生き物は実に文化的であるべきだと思う。文化、それが人間とアラガミを大きく隔てるものだと思っている。音楽、漫画、料理、踊り、芸術、こういう見た目や聞く事に感じる事、感動する感性はアラガミにはなく、人間にしか備わっていない事だ。だからそれを尊く思う。人間が作り上げた文化の歴史、それを堪能する事で自分がアラガミとは違う、人間であるという事を確認できる。

 

「ともあれ特務ご苦労……極東の環境はブラック極まりない。だが残念ながらやり応えだけであれば間違いなく一番保障してくれる人類の地獄の最前線だ。今日はもう休むと良い。お疲れ様」

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れ様でした!」

 

 最低限の礼儀、そして部下としての義務として敬礼をしてから退室する。プライベートでは友人であっても、フェンリルに所属している以上は上司と部下であり、プライベートの時間以外ではちゃんと示さなくてはならない姿がある。それも他人が見てないときには偶にルーズになる訳だが、それでもこの程度はやらなくてはならない。

 

 支部長室から退室すると軽く体を捻って伸ばし、漸く特務が終了したという実感が体を満たす。

 

 なんだかんだで常在戦場の心得の為、鎧を付けている間は一瞬たりとも油断しないのが長年の生活の苦しい所ではあるが。

 

「さて、これで本日のお仕事も終わりか。臨時収入で懐が温まってる事だしなんか食うなら奢るぜ?」

 

「ヒューヒュー! さっすがリンドウさんっすわー。とてもだけど俺には真似できねぇっすわー。あぁ、次はサクヤちゃんの前で言おうか……!」

 

「おう、俺が殺されるからやめろ……やめるんだ」

 

 リンドウが軽く絶望した様な表情を浮かべる。その表情を見て、笑いを零しながらエレベーターへと向けて歩き始める。心なしかリンドウの肩が少し下がっているようにも見える。

 

「いい感じに尻に敷かれているよな、お前」

 

「お前も恋人か嫁の一人でも作ればよく解る事だよ……アレだ、本能的なアレだ。女には勝てない。なんかそういう感じのアレが俺ら男にはあるんだ。だから……なんというか、とにかく勝てないんだよ!!」

 

「逆ギレされた。解せぬ」

 

「まぁ、それは良いとしてこれからどうするんだよ」

 

 そうだなぁ、と一旦言葉を置いてから考える。ぶっちゃけた話、テスカトリポカ戦で疲れがある……と言われればまずない。特務だから行きも帰りもテクニカルを使った数日の移動だった。その結果行きと帰りで合わせて九体の野良コンゴウをミンチにする事になってしまったが、コンゴウはお小遣い稼ぎ感覚で殺されるのが極東であるため、あまり気にしてはいない。

 

 ―――まぁ、コンゴウによる死因がかなり高いのは油断しているのが悪いし。

 

 ともあれ、それなりに戦闘回数を重ねている。これが正規の任務だったらヘリで送迎してもらえるのだろうが、それはないのでそろそろ休みたいという気持ちもある。中途半端なのだ、疲れが。これがコンゴウとハガンコンゴウ同時四体ぐらいであればテスカトリポカよりも緊張したし、疲れただろうが、アラガミ一体程度であれば邪魔する事無く一方的にリンチするぐらいの実力と戦術があるから疲れはないのだ。

 

 それでも、休める時に休んでおいたほうがいいだろう。

 

 明日、新型のアラガミが支部を襲撃して殺されるかもしれない。

 

 アラガミを狩りに行ったら逆に奇襲されて殺されるかもしれない。

 

 実は邪魔に思われていて暗殺されるかもしれない。

 

 ―――また、実験動物にされるかもしれない。

 

 今の極東、いや、この世界ではそんな可能性で溢れている。だったら休みを取れる時に休んでおいた方が賢明だろう。戦う事は義務ではあるが、使命ではないのだ。

 

 焦る必要はない。

 

 この戦いに終わりなんてないのだから。

 

 自分が死ぬその時まで、永遠に終わらないのだ。

 

「ま、部屋に帰って休むわ。ふかふかのベッドで一眠りするのも悪くないだろ。ここ数日お前のいびきを我慢しながらテクニカルを運転しなきゃいけなかったからな」

 

「俺はお前のその鎧姿を後ろに運転しなきゃけないホラーを味わってたんだからそれぐらいは我慢しろよ」

 

 そう言って軽く笑う様に罵り合って、手を叩いて別れを告げ、エレベーターから降りる。

 

 今日もまた生き残れた―――明日もそうであるとは限らないが。

 

 ベテランや達人でさえ運が悪いという理由であっけなく死んでしまう。

 

 それがここ、極東。




 ヨハネス・フォン・シックザール君(45歳児)
  権益を寄越せ。一つや二つではない、全部だ! な精神の持ち主。彼もまた極東の住人の一人であったのだ……なお息子との接し方が解らないパパネスでもある模様。机の中には”良く解る子供の接し方”という本があるとか。

 楠リッカ(18歳)
  いい大人が子どもの様にはしゃいでいる中で大人の貫録を見せるエンジェル18歳。体の大きなワルガキ達はリッカちゃんの姿を見てもだえ苦しんで浄化される日々を送っている。


 僕と契約してアラガミ動物園の飼育員になろうよ! 動物の世話(隠語)は楽しいよ!

 何時もの様に殴ったりしてる主人公だけど鎧のイメージ元はどっかの修羅神から。パパネスやリンドウさんこんな感じだから他の皆も十分酷いことになりそうです。なお年齢を逆算するとアラガミ出現時の2050年当時、リンドウは5歳でホムラは4歳、パパネス24歳だとか。

 リッカちゃんの世代入るとアラガミのいなかった頃がないんだなぁ……。

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