さっちん喰種   作:にんにく大明神

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もしかしなくても半年経ってますね。
……なんということだ。


友達を作ろう

 

 

 

 

 ブラインド騒ぎが収まると、女性客はトーカにコーヒーを注文した。その表情は喫茶店で注文するにしては些か決意に満ちすぎていたが、注文を聞いたトーカの方が平常心では無かったため、彼女がそれに気が付くことは無かった。

 カウンターまで戻り注文を芳村に告げようとしたところで、トーカは芳村が笑みを浮かべていることに気が付いた。

 

「珍しいね、トーカちゃんがあんなに取り乱すとは」

 

「もう、からかわないでくださいよ店長。あと注文はホットコーヒーです」

 

 トーカの言葉を聞いた芳村は、ゆっくりと拭いていたカップを置いてコーヒーの準備に取り掛かった。

 『あんていく』では芳村のこだわりで、コーヒーは豆から厳選されたものを提供している。トーカには豆の違いまでは分からなかったが、それでも芳村の淹れるコーヒーが一味違うとは思っていた。

 トーカに背を向けつつ、芳村がいつもと変わらない落ち着いた調子でトーカに尋ねる。

 

「それで、どうかな? トーカちゃんの見立てでは」

 

「……それがどうにも。なんというか変な感じで」

 

 豆が挽かれる音を聞きながら、トーカは件の席の客に目を向ける。女性客は注文したにも関わらずメニューを眺めて表情をころころ変えていた。それはコーヒーしか口にできないトーカには分からない感覚だったが、しかし注文はコーヒーだけというまさしく喰種らしいものであるのも事実。混乱はより深まっていくばかりであった。

 

「少なくとも人間ではないと思います。……ただ喰種かといわれると――」

 

「喰種でもない?」

 

「はい。ただ、正直私より店長の方が感覚とか鋭いだろうし、あんまり私の言葉は信じない方がいいと思いますけど」

 

「ふむ、私はトーカちゃんの判断を信じているけどね」

 

「……それって――」

 

 トーカが芳村の言葉の真意を計ろうとしていると、芳村がカウンターの上に完成したホットコーヒーを置いた。

 

「ともあれ、今は一人のお客さんだからね。彼女がどちら(・・・)かなんてことは二の次でいいんだ。これ、持って行ってもらえるかな?」

 

「店長……。砂糖はどうしますか?」

 

「そうだね、それも二の次にしておこうか」

 

 楽しそうにそう言って芳村は手で顎をさすった。

 芳村の茶目っ気に毒気を抜かれたトーカは、腰に手をついてやれやれと首を振る。そしてコーヒーのカップをソーサーに載せながら、呆れたそぶりを見せながら返答した。

 

「店長って意外といい加減なところありますよね」

 

「うむ、君たちには迷惑をかけるね」

 

 一通り軽口のような親愛表現を交わして、トーカはホットコーヒーを手にカウンターを離れた。

 

 

 

 

 

 

 コーヒーが目の前に置かれると、女性客は難しい顔でうなった。それを不審に思いながらも、トーカは踵を返しカウンター前まで戻った。

 

「それにしても」

 

 トーカが戻ってくると同時に芳村が口を開いた。

 

「表情がころころ変わって面白い子だね」

 

「はぁ……?」

 

 言われて客の方を振り返ると、コーヒーカップに口をつけながら顔をしかめる客の顔がトーカの目に飛び込んできた。泣きそうなような、なにか申し訳なさそうな、そんなトーカの知らない表情だった。

 

「あれはたぶん苦いんだろうね」

 

「苦い、ですか?」

 

「まあ私達には縁のない縁のない話ではあるのだけど」

 

 感心したように呟く芳村とは対照的に、苦いという感覚が分からないトーカは首をかしげる。

 

「それは不味いのとは違うんですか?」

 

「うん。私も味わったことがあるわけじゃないから実感としては無いけど、苦さと不味さは必ずしも同じものではないらしい」

 

「……よくわかんないですけど、ああいう味覚があるってことは喰種じゃないってことなんですかね」

 

「どうだろうね。もしかしたら演技かもしれない」

 

 芳村の言葉にまさかとは思いつつも客の観察を続けるトーカ。仮に女性客の振る舞いが演技だとしたとき、自分の普段の食べるフリがいかに稚拙な物なものだったか思い知らされるような気がしてトーカは内心冷や汗をかく。

 しかし、あそこまで感情豊かにコーヒーを口にする人間というのもトーカは見たことが無かったのも事実なので、再びトーカの思考が混乱し始める。

 ――大体あの気の抜けてそうな女が演技なんて出来るのか?

 そこまで考えて、トーカはある可能性に思い至った。

 

「もしかしてからかってます?」

 

 トーカの不機嫌そうな目に、芳村はただニコニコと機嫌良くカップを拭き続けるだけだった。

 トーカが再び大きなため息をついたとき、扉の呼び鈴が新たな客の訪れを告げた。つられてトーカが顔を上げると、今度は常連客とはいかないまでも見知った客だった。

 

「げ、月山」

 

「げ、とはご挨拶だね霧島さん。芳村氏も壮健そうで何よりです」

 

「半年ぶりかな、月山君も元気そうだね」

 

「おかげさまで」

 

 ――何がおかげさまなんだよ。

 内心で悪態をつきながら客――月山習の来店した目的を問いただそうとするトーカ。しかし、月山の興味は既に別のものに移っていたらしく、その視線の先はトーカでも芳村でもなかった。彼は驚いたように目を見開き、口元をいやらしくゆがませて一人の人物を見つめていた。その人物が例の女性客だとトーカが気が付いたとき、月山が店の空気を読まずに声を張り上げた。

 

「弓塚さんじゃないか!!」

 

「ひゃい!?」

 

「こんなところで君の顔が見れるとは……fantastic!」

 

 あっけにとられるトーカをおいて、月山はその弓塚と呼んだ客のところまでずかずかと歩いて行った。

 

「知り合い、なんですかね?」

 

 店員を完全に無視して勝手に弓塚の向かいの席に腰を下ろす月山を見ながら、トーカは隣の芳村に問いかけた。しかしその答えを聞く前に、トーカはその場を離れないといけなくなってしまった。というのも、月山の来店を見咎めた店内の喰種数名がこぞって席を立って会計をしに来たからである。偏食や派手な行動で喰種捜査官の目に留まっている月山は、同種の喰種達からも煙たがられているのだ。

 しばらくして店内の客が弓塚と月山だけになると、弓塚に雨あられのように言葉を投げかけていた月山は一端口をつぐみ、トーカたちの方へ振り返った。

 

「なんだか悪いことをしてしまいましたね、芳村氏」

 

「そう思うんならなんか頼むか出てくかしたら?」

 

「こらこら、お客様にそんな態度じゃいけないよトーカちゃん」

 

「うぇ、店長……」

 

「月山君もゆっくりしていって」

 

「Merci Beaucoup」

 

 ――何語だよ。

 恭しく頭を下げる月山に、心の中で悪態をつくトーカ。トーカのそんな様子を知ってか知らずか、月山は顔を上げるとトーカに声をかけた。

 

「そうだ。霧島さん、こっちに来て僕らと話そうじゃあないか」

 

「はぁ……?」

 

 突拍子もない提案に目を白黒させるトーカ。月山の向かいに座っている弓塚も似たような反応を見せていた。

 

「いいじゃないか、ちょうど客もいなくなったところだし。……芳村氏も構いませんよね?」

 

 月山の言葉に芳村はニコニコとうなずいて見せた。その様子を見てトーカは半ば裏切られたような心持になったが、そんなトーカの意思にお構いないなく、月山がトーカの腕を引っ張って無理やり席につかせた。

 

「今日は素晴らしい日だね! 友人を、友人に紹介できる。嗚呼、素晴らしき人間関係……!」

 

「私、アンタの友人になった記憶ないんだけど」

 

 一人恍惚と天井に、というより世界に腕を広げる月山に、トーカがぴしゃりと言い放った。しかし月山はそんな言葉に一切動じる様子もなく、機嫌よくコーヒーのカップに口を付けた。その様子に余計腹を立てたトーカがとげとげしい雰囲気を醸し出すが、その空気は弓塚がおどおどと自己紹介を始めたことによって打ち消された。

 

「あの、私弓塚さつきっていいます。すみませんお騒がせしちゃって」

 

 月山をにらみつけていたトーカだったが、慌てて表情を柔らかくして弓塚に対応する。

 

「あ、いや騒いでるのはこいつだし全然大丈夫です。霧島董香です」

 

 人付き合いが得意ではないトーカは、どうすればいいか分からず自己紹介とともに軽く会釈してみせた。対する弓塚もそれを見て慌てて頭を下げた。

 月山はそんな二人の様子を満足げに眺めると、最後に大きな声で『そして、ご存知の通り僕は月山習だ』と付け加えた。弓塚だけがそれに反応して小さく頭を下げた。

 

「さて、僕が君たちをこうして引き合わせたのには、ズバリ理由がある」

 

「はぁ?」

 

 得意げに指を一本たてる月山。トーカは心中でどうやってこの変人を店から追い出すか真剣に考え始めた。

 月山は指を立てたままトーカと弓塚を見渡し、理由について尋ねられるのを待った。数秒の沈黙の後、耐えられなくなった弓塚が口を開く。

 

「あの、それはどんな理由ですか?」

 

「そう、それは君たちに交友関係を築いてもらうことさ」

 

「はぁ……?」

 

 『どうだい、いい考えだろう』なんていうセリフが聞こえてきそうなすまし顔だった。

 

「何をわけのわからないことを――」

 

 ばっさり切り捨てようとするトーカを、月山の言葉が遮る。

 

「まあ聞いてもらおうか霧島さん。これはみんながハッピーになる素晴らしい提案なんだ」

 

「あ?」

 

「なぜなら、……君たち二人とも友達がいないだろう!!」

 

 トーカと弓塚は二人して動きを止めた。トーカは頭の中に、つい最近話しかけてくれた一人の女子生徒を思い描いて、彼女を友達と呼んでいいのか頭を悩ませた。弓塚もまた愛想笑いを浮かべていた頬がぎこちなく固まっていた。

 

「図星、のようだね……。それにしても僕は悲しい、花の十台を孤独に過ごす君たちを思うと」

 

「うるっさい! 友達ぐらい、いるし……」

 

 しりすぼみになっていくトーカの言葉は何一つ説得力を持ち合わせていなかった。それを自覚したトーカは、月山の憐れむような演技臭い悲しさのジェスチャーを見て、頬が熱くなるのを感じた。

 

「うぅ、ほとんどいません……」

 

 遅れて弓塚の絞り出すような声が寂しく響く。

 

「弓塚さん……」

 

 うなだれた弓塚を見て、トーカはそのあまりの悲壮感に思わず目を背けたくなった。そんなトーカをよそに、小さくなった弓塚の肩に月山の手が無遠慮に置かれる。

 

「弓塚さんは仕方がないさ。20区に越してきたばかりなのだから」

 

 月山の言葉に、弓塚が不思議そうに顔を上げた。

 

「あれ、私月山さんに引っ越してきたこと言いましたっけ?」

 

 一瞬だけ空気が凍り付いた。あくまでも純粋な目で月山を見る弓塚に対して、トーカは月山を不審な目でにらんだ。というより不審者を見る時の軽蔑の眼差しをしていた。

 月山はぎこちなく言葉を返す。

 

「ハハ、この間会った時に教えてくれたじゃないか」

 

 そうでしたっけと首を傾げる弓塚。そんな彼女を横目に、風向きが悪いのを感じ取ったのか、月山がおもむろに立ち上がった。

 

「ちょっと失礼。少し催してしまってね、御手洗いに行かせてもらうよ。……僕がいない間、存分に交友を深めておいてくれたまえ」

 

「さっさと行け、クソ山」

 

 トーカの言葉を背に、とてもトイレに行くとは思えないような優雅な足取りで月山は店の奥に姿を消した。

 そうして、二人の間にどことなく気まずい沈黙が残された。トーカが所在なく目を泳がせながら、普段は注目しない椅子の装飾などを見ていると、弓塚の方から声をかけられた。

 

「霧島さんは高校生?」

 

「あ、そうです。……弓塚さんは――」

 

「私は社会人1年生かな……」

 

 それはトーカには意外な回答だった。服装こそ大人びているものの、その風体は自分とほとんど同年代なように見えたのだ。そんなトーカの驚いた様子に気が付いたのか、弓塚は補足で説明を入れた。

 

「実はいろいろあって高校を卒業してないの。だから社会人って言っても18歳なんだけど……、やっぱり子供っぽい、かな?」

 

「……少し、だけ」

 

「あぅ……」

 

 そうやって再びうなだれる弓塚を見てトーカは苦笑すると同時に、少しだけ弓塚に対する警戒心を解いていた。

 18歳というと、7月で16歳の誕生日を迎えたトーカと比べれば、二歳だけ年上ということになる。月山の言う通り年代は近いわけである。

 トーカは一つだけ気になっていたことを尋ねることにした。

 

「弓塚さんが月山と友達だっていうのは本当ですか?」

 

 月山習という危険な喰種と、いったいどんな関係を築いているのか。その返答次第で弓塚に対する警戒度合いは変わってくる。

 トーカの質問が予想外のものだったのか、弓塚は一瞬だけ目を丸くした後、笑いながら首を振った。

 

「違うと思う。月山さんにはいろいろお世話になってるけど、友達っていうほど対等な関係じゃないよ。それに――」

 

「それに?」

 

「その、失礼なんだけど。月山さんて、変、だし」

 

「ですね。……私もアイツとはただの店員と客の関係です」

 

 トーカは大きく頷きながらそう言った。言いながらトーカは、この分だと月山にも友達がいないだろうと自分のことは棚に上げながら思った。

 

「……あの、さ」

 

 唐突に弓塚が神妙な調子で口を開いた。一体何を言われるのかと思わず身構えてしまうトーカだったが、続けて弓塚の口から出てきた言葉に、一気に気を緩められた。

 

「トーカちゃんって呼んでいい?」

 

「……はい?」

 

 トーカにとってそれは完全に予想外の言葉だった。呆気にとられるトーカを前に、弓塚が言葉を続ける。

 

「あの、月山さんも言ってたけど、私こっちに来たばっかりで友達とかも全然いなくて。寂しいなぁ、なんて。……あ、も、もちろんいきなり友達っていうのも変なのはわかってるから」

 

「……」

 

「だから、その、また来てもいいかな? トーカちゃん」

 

 顔を赤くしてあたふたとする弓塚に、トーカは完全に毒気を抜かれてしまった。この人は、先ほどの月山の言葉を真剣に聞いていたのだ。呼び方も、承諾していないのに、ちゃっかりトーカちゃんと呼び始めている。

 なんというか、無害さを凝縮したような人間だとトーカは思った。この、人間とも喰種とも分からない謎の存在が。

 

「……いつでも私がいるわけじゃないけど、それでいいならまた来てください」

 

「本当? やった!」

 

 そう言って弓塚は小さくガッツポーズをしながら笑った。その様子に、再び苦笑してしまうトーカ。

 下されたブラインドの隙間から、柔らかな午後の日差しが店内に差し込んでいる。カウンターの内側では、一部始終を見守っていた芳村が、穏やかに微笑みながらカップを磨いていた。

 

 

 

 

 

 

 なかなかトイレから出てこない月山の存在を、談笑する二人が忘れかけようという頃、『あんていく』の店内に軽やかな携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

「あ、私だ」

 

 携帯を取り出した弓塚は、着信相手の名前を見て表情を変えた。

 

「ちょっとだけ席を外すね」

 

 弓塚はいそいそと店の扉から出ていき、外で通話を始めたようだった。残されたトーカは、どことなく居心地が悪くそわそわと居住まいを正した。一分ほどで弓塚は店内に戻ってきた。その表情は先ほどまでと打って変わり、どこか硬いものが見えた。

 

「ごめんね。ちょっとヒラ……じゃない、上司から連絡があって、これから向かわないといけなくなっちゃったの。今日は本当にありがとう、また来るね」

 

 あわただしくそう口にする弓塚には、トーカが口をはさむ余地がなかった。そうして会計を済ませようとする弓塚に、芳村がサービスで料金は不要だと伝えた。弓塚は一瞬だけ迷った挙句、深くお辞儀をして扉から出ていこうとした。そして慌ててトーカを振り返り、

 

「月山さんにお先に失礼しますって言っておいてもらえると嬉しいです」

 

 それにトーカが頷いて見せると、弓塚は礼を口にしてバタバタと店を出て行った。

 しばらくしてトイレから意気揚々と月山が戻ってきたが、弓塚が帰ったことを告げると自身も身支度を始めた。会計の際月山は実際より多めに支払っておつりは結構と口にしたが、芳村は一度だけ遠慮した後受け取った。

 月山が去ると、いよいよ『あんていく』は客が誰もいなくなった。

 

「最後は随分慌ただしかったですね」

 

「そうだね。……また来るといいね。さつきちゃん」

 

 芳村がニコニコとトーカに告げると、来なくてもいいですけど、とトーカはつっけんどんに返した。弓塚が予想以上にフレンドリーな性格をしていたのは確かだが、それ以前に彼女はどちらかの見当もついていないのだ。喰種が経営する店としてはそんな危険因子を放っておくのは良くないはずである。しかし。トーカから見て。芳村はどうにも気にしていないように思われた。

 このような芳村の多くは語らない姿勢にトーカは悩まされるのが常であった。

 

 

 




急いで打ったのでちょっと粗いかもしれないです。

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