【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

30 / 40
第二十九話「――――ああ、そうだな。全てが解決したら、一緒に行こう」

 アルトリアが死んだ。ただ、直接看取る事は叶わなかったが最期は満足して逝ったらしい。自分でも意外だけど、それが少し嬉しかった。

 桜にいつも通り指を舐めさせながら、慎二は思う。

 

「……アイツの事は嫌いだった筈なんだけどな」

 

 慎二と桜は夥しい死体の山に囲まれている。ハサン・サッバーハを桜に“再召喚”させ、集めさせた生贄達の成れの果てだ。

 神秘の隠匿を度外視した暴挙。既に魔術協会と聖堂教会には発覚している事だろう。だが、処罰は別に怖くなかった。どうせ、時が満ちれば世界は終わる。

 

「――――桜。きっと、世界のどこかにお前の口に合う御馳走がある筈だよ」

 

 不味い食事ばかりの妹に美味しいものを食べさせてやりたい。だから、その為に世界人口七十億を殺し尽くす。

 愚かな考えだと人は笑うだろう。間違っていると人は糾弾するだろう。頭がおかしいと人は嫌悪するだろう。

 けれど、立ち止まるつもりは無い。

 

「ごめんな。お前の事を助けてやれなくて……」

 

 桜はもう救えない。とっくの昔に壊れてしまったから、今更何をしても無意味だ。

 体を癒そうが、記憶を消そうが、“壊れた彼女”を救う事は出来ない。一度砕け散った宝石を元通りに繋ぎ合わせたとしても、結局は見せ掛けだけだ。

 もう、全てが手遅れなのだ。

 

「……もう、僕がお前にしてやれる事なんて、こんな事しかないんだ」

 

 アルトリアは彼を道化と呼んだ。その通りだと彼は思った。

 結局、全ては自己満足に過ぎない。壊れた彼女に僅かな幸福を与える為に世界中の人間を餌にしようなんて、あまりにも馬鹿げている。

 そんな愚かな願いの為に“災厄の邪神”を降臨させようとしている己は道化と呼ぶ他無いだろう。

 

「――――臓硯は既に排除した。後は……」

 

 事はアルトリアがアーチャーと戦う前に済んでいた。

 嘗て、この場所で慎二は彼女に頼み事をしていた。

 

『なあ、アルトリア』

『なんだ?』

『お前は聖杯さえ手に入れば良いんだよな?』

『ああ、その通りだ、シンジ』

『だったらさ――――』

 

 彼はあの時彼女にこう言ったのだ。

 

『臓硯を殺して、僕のものになれ』

 

 それは彼等を縛る主に逆らう裏切りの言葉。それ故にあの時、アルトリアは慎二を『迂闊』と言った。だが、事は成った。あの時に交わした約束は確かに履行された。

 臓硯のミスは慎二を桜の傍に置き続けた事だ。所詮、何も出来ないと高を括っていたのだろう。だが、慎二は桜にとって御馳走であり、それ故に彼の命が脅かされる事を良しとしない。

 道具として仕上げる為に心を壊した事が仇となり、彼女は苦痛や快楽では動かなくなっていた。ただ、反目する意思も無かったが故に今までは臓硯の命令に服従して来ただけだった。

 優先順位が入れ替わり、御馳走を奪われたくない桜は慎二の命令を聞き入れた。とうの昔に人間を止めている桜は体内に宿る蟲を己の支配下に置き、忍んでいた本体は桜が再召喚したアサシンによって捕獲され、アルトリアによって始末された。

 

「衛宮――――……は後回しだ。とりあえず、先にランサー陣営を潰そう」

 

 衛宮の陣営は既に無力化したと言ってもいいだろう。なにせ、謎に満ちた最大戦力であるアーチャーが落ちたのだ。もはや、勝利は確実と言える。如何に権謀術数に優れたキャスターでも、ここまで圧倒的な戦力差を覆す事は出来ない筈。

 対して、ランサー陣営は厄介だ。ランサーも相当な戦闘能力を有しているし、マスターであるバゼットも油断ならない。

 此方の戦力は桜が再召喚したサーヴァント達だが一つ問題がある。桜の“再召喚”は英霊の魂を汚染してしまうのだ。正純な英霊ほど汚染の度合いは強まり、戦力が激減してしまう。

 ライダーやアサシンは反英雄であるが故に著しい能力低下は起きていないが、バーサーカーは宝具が使用不能となっている。アルトリアも対魔力や直感、カリスマのスキルが軒並み低下し、騎乗スキルも失われていた。もっとも、受肉した事によって内に秘める竜の炉心が万全に機能した事で戦闘能力自体は向上していたが……。

 

「――――桜。アーチャーとアルトリアの再召喚はどうだ?」

「……難しいです。アーチャーは此方の制御を完全に撥ね付けていますし、アルトリアはこれが二度目の汚染になるので――――」

 

 当然と言えば当然だが、一度汚染したモノをもう一度汚染すれば、その分だけ穢れは増す。アルトリアは最初の汚染で大半の記憶を失い、性格も歪んでしまった。再び、“この世の全ての悪”に汚染されれば今度は理性を持たない怪物として召喚されるだろう。

 アーチャーの方も厄介だ。ライダーやアサシンは元々反目の意思を示さないサーヴァント達だったが故に制御も簡単だった。だが、アーチャーやバーサーカーのように反目の意思を強く保っているサーヴァントは理性を剥奪しなければならない。そうなると、パワーとスピードで他を圧倒するバーサーカーと違い、宝具や技巧を駆使して戦うアーチャーは再召喚しても意味が無い。

 

「バーサーカーも扱い切れてないしな……。敵陣に放り込んで、暴れさせるくらいしか使い道が無いとすると……」

 

 アルトリアとバーサーカーはどちらも強力な力を有する大英雄だ。それ故に理性を奪っても完全に制御出来るわけでは無い。精々、目標を示して暴れさせるくらいしか出来ない。

 

「狂戦士三体を陣地内に放り込んで疲弊した所をライダーの宝具で奇襲。ライダーに注意が集まった所でアサシンの宝具を発動。まあ、こんな所かな」

 

 今ある手札で実行し得る作戦としては最良だろう。問題があるとすれば……、

 

「アサシン」

「――――ここに」

 

 音も無く姿を現すアサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハに慎二は問う。

 

「ランサー陣営の拠点は割れたか?」

「――――申し訳御座いません。未だ、奴等のアジトを掴むには至らず……」

「間諜の英霊であるアサシンが見つけられないとすると……」

 

 アサシンは暗殺集団の長を務める程の男だ。彼に見つけられないとすると、考えられる事は一つ。

 

「冬木の外に出ている可能性が高いか……?」

 

 慎二がアサシンに命じたのは冬木市内の探索だった。もし、バゼットとランサーが冬木市の外に退避しているとしたら、発見は困難となる。

 

「相手は魔術協会のお墨付きを得ているマスターだからな……。ノーリスクで外に出る事も可能な筈だ」

「……だとすれば、聊か厄介かと」

「ああ、分かってるよ。さすがに冬木市外に出られたら発見する手立てが無――――いや、待てよ」

 

 あるにはある。恐らく、普通のマスターならば考え付かない方法が一つある。

 

「……よし、出るぞ」

 

 慎二は立ち上がり、アサシンに言った。

 

「お兄ちゃん……、ライダーは?」

「ライダーは置いていく。必要なのは隠密行動だからな。桜はいつでもアーチャーとアルトリアを再召喚出来るように食事を続けていてくれ。ごめんな、今日も不味いのばっかりでさ」

「ううん、大丈夫だよ。いってらっしゃい、お兄ちゃん」

 

 傍目から見れば仲の良い兄妹に映る事だろう。けれど、彼等を取り囲む死体の山がその印象を打ち消す。

 地底に広がる空洞の主は一人微笑む。

 

「いただきます」

 

 

 暗い部屋の中でセイバーは一人物思いに耽っている。アーチャーが消滅してから数時間が経ち、ついさっきまで今後の打ち合わせやら何やらで大騒ぎだった衛宮邸も今ではすっかり静まり返っている。

 隣の部屋から聞こえて来る筈の寝息も聞こえて来ない。きっと、士郎も眠れない夜を過ごしているに違いない。

 そっと部屋を出て、以前アーチャーが立っていた屋根の上に上がり、座り込む。

 

「士郎君……」

 

 彼の過去を思うと、大きな塊が喉に込み上げ、涙で目がチクチクした。彼が不幸な人生を歩む切欠を作ったのは紛れも無く己だ。

 

「……なんて、無責任なんだ」

 

 結局、思考停止していただけだ。何が正しくて、何が悪いのかも分からず、逃げただけだ。

 もっともらしい言い訳を並べて、彼を一方的に傷つけて、全ての重責を負わせて逃げた。

 あまりにも醜悪だ。だけど、他人事じゃない。その醜悪さは己にも当て嵌まる。

 

「ちゃんと、受け止めなきゃいけないんだよな」

 

 女となった事、戦いの事、他にも色々と受け止めるべき事が山のようにある。

 

「――――女、か」

 

 キャスターの荒療治が功を奏したのかは分からないけれど、女である事に抵抗感が薄い。

 彼女曰く、己に見せた夢はあくまで“衛宮士郎とセイバーが共に聖杯戦争を生き抜けた場合のIF”らしい。この場合のセイバーとはアルトリアの事では無く、己の事。

 あの夢は条件さえ揃えば実際に起こり得る事らしい。それをどう受け取るかは己次第との事……。

 

「……そう言えば、最初はちゃんと途惑えていたんだよな」

 

 夢の世界で最初は驚き途惑っていた。まるで恋人のように扱ってくる士郎に困惑した。けど、別に嫌では無かった。

 キャスターはただ夢を見せただけなのだ。その夢を見て、どう感じ、どう受け取るかはセイバーに委ねられていた。

 

「つまり……、あの夢での生活を悪く無いって思ったのは俺自身って事なんだよな」

 

 夢が続く内に徐々に幸福感が溢れて来た事を思い出す。

 士郎と共に過ごす平和な日々。士郎に女として愛される日々。

 それを確かに幸福だと感じた。

 

「……まさか、俺ってゲイだったのか?」

 

 青褪めるセイバー。慌てて首をブルブルと振る。

 

「いや、俺は確かに女の子が好きだった。男にキスするなんて絶対に嫌だったし、掘られるなんて論外だった……筈」

 

 今だって、テレビに出ているような俳優が相手だとしても断固お断りだ。

 だけど、相手が士郎ならと思うと、拒否感が急に薄れてしまう。

 可愛い士郎。無茶ばっかりするから、いつも気を揉んでしまう。彼が危険に近づく事が何より恐ろしい。彼の命の代替となれるなら、喜んで命を差し出す。

 

「ああ……、ヤバイ。やばいだろ……、こんなの」

 

 顔が熱い。愛に理屈は通用しないと人は言う。愛が深ければ深い程に理屈はますます通らなくなる。一度自覚したら止まらない。士郎の事が可愛くて可愛くて仕方が無くなる。

 同時にアーチャーの事を思い、胸が痛み、呼吸が出来なくなる。俯きながら、彼を悼む。何の取り得もない愚か者を心から愛してくれた彼を思い、涙を零す。

 

「……隣、いいか?」

 

 顔を上げなくても分かる。穏やかで心地良い声。

 士郎は返事も待たずに勝手に隣に座り込み、やさしく微笑む。

 その顔を馬鹿みたいにぼうっと見つめる。誰かの顔にここまで夢中になった事は無かった。士郎の顔は永遠を一瞬に変えてしまう。

 

「セイバー」

 

 名前を呼ばれて、セイバーは真っ赤になりながらこくこくと頷く。

 見惚れていた事に気付かれてなければいいけど……。

 

「……はっきりさせて置こうと思ってさ」

「えっと……、何を?」

 

 馬鹿みたいな変事をしてしまった。恥ずかしくて、おずおずと視線を逸らす。

 すると、士郎はセイバーの頬に手を当てて無理矢理視線を合わせた。暴れ出しそうになる感情を必死に抑え、その瞳にやどる感情を読み解こうと努力する。

 苦悩……、そして――――、

 

「……士郎君?」

「士郎だ」

「……え?」

「し、士郎って呼んでくれ」

 

 顔を真っ赤にして言う士郎にこっちまで赤くなってしまう。

 

「そ、それはその……」

「だ、駄目か?」

 

 途端に不安そうな表情を浮かべる。そんな彼が酷く愛おしかった。

 

「だ……駄目じゃないよ。えっと……、それで何か用かい? その……し、士郎」

 

 ただ名前を呼んだだけなのに恥ずかしくて転げ回りたくなった。穴があったら入りたいとはこの事だ。

 士郎も自分から頼んで来た癖に顔を真っ赤にして身悶えしそうになっている。

 

「そ、その……」

「な、なんだい……?」

 

 ハラハラしながら続きを待っていると、士郎は大きく深呼吸をしてから言った。

 

「……俺、セイ――――じゃない、悟の事が好きだ」

 

 思わず噴出してしまった。

 

「ちょっ……、そこで本名言わないでくれよ……」

 

 サトルなんて如何にも男らしい名前をここで言われると変な気分に陥ってしまう。

 

「いやだって、俺は悟が好きなんだ! い、言っておくけどな。そのアルトリアの体が好きなわけじゃないぞ! 俺は本気で――――」

「ス、ストップ!! 頼むから、ちょっと待ってくれ!!」

 

 セイバーと呼んでくれたならまだ余裕が保てたかもしれないのに、悟の名前で呼ばれたせいで頭の中は大混乱だ。

 

「い、いきなり過ぎないかい……?」

「……悪い。でも、言っておきたかったんだ。アーチャーにも同じ間違いを犯すなって言われたしな」

 

 アーチャーの名前が出て心が揺れた。

 

「別に悟に俺の事を好きになるよう強要するつもりなんて無い。やっぱり、色々と難しいと思うからな。だけど、これだけはハッキリと言っておく」

 

 士郎の手に力が篭る。

 

「――――俺は絶対に悟を死なせない。お前を必ず幸せにする。例え……、隣に居るのが俺じゃなくても構わない。ただ、こんな所では終わらせない」

 

 決意の篭った眼差しを受けて、迷いは消え失せた。

 

「……士郎」

 

 彼の手を遠ざけて、逆に顔を近づける。

 前みたいな衝動的なものではなく、自らの意思で彼に口付けをした。

 

「一応言っておくけど……。別にキャスターに変な夢を見せられたからじゃないぞ? ただ――――」

 

 驚きに目を瞠る彼に誤解しないようちゃんと説明する。

 世に蔓延るラブコメ漫画みたいな事をしている余裕は残念ながら無いからだ。

 

「お、お、お、お――――」

 

 言い訳なんか思いつかない。だから正直に言おうと思ったのに、言葉が詰まってしまう。

 

「セイバー」

 

 士郎がギュッと手を握ってくれた。

 

「教えてくれ」

 

 喉を鳴らす。必死に昂ぶる気を鎮めて、告白する。

 

「……キャスターが見せた夢はただ、士郎と今後あるかもしれない未来の光景だった。それを俺は悪く無いと思ったんだ……。それにアーチャー……士郎はこんな俺の為に自分の人生の大半を注ぎ込んでくれた……」

 

 話し出すと、もう止まらなかった。

 

「……っはは。二十年生きてて、こんな風に誰かを思ったのは初めてだよ。俺はもう……、士郎の居ない日常っていうのが想像出来ないんだ。思い浮かべようとするだけで身体が竦むよ。君は……、俺が生きていく上で欠かせない存在なんだ」

 

 思いの丈を吐き出すと、妙にスッキリした。

 

「――――俺も好きだよ、士郎」

 

 微笑みながら言うと、士郎は顔を綻ばせた。

 

「そっか」

 

 嬉しそうに「そっか」と繰り返す。

 愛している事を自覚すると、次から次へとしたい事が頭に浮ぶ。

 

「……とりあえず、抱き締めていいか?」

「え?」

 

 許可を取るより早く、士郎を抱き締めた。

 凄く心地が良い。温かくて、ほっとする。この世界に来て、初めて味わう安らぎを覚えた。

 このまま、もう一度キスをすれば……その先の展開は予想がつく。きっと、水が上から下に流れるように自然に進んでいくだろう。

 幸せになれる。その確信がある。士郎と一緒に暮らせる未来は間違いなく幸せだ。

 だけど……。

 

「――――まずはこの戦いを終わらせないとね」

 

 その為には立ちはだかる障害があまりにも多過ぎる。

 

「……ああ、そうだな」

 

 一つ一つ解決していかないといけない。その為には余計な事に感けている余裕が無い。

 二人が一つになるとすれば、それは全てが解決した後。

 だから、今は――――、

 

「士郎……」

「……なんだ?」

 

 セイバーは言う。

 

「全てが解決したら……、一緒に俺の故郷に行ってくれないか?」

「悟の……?」

「うん。そこに俺の家があるかどうかは分からないけど……、君に俺の事をもっと知ってもらいたいんだ。その……、失望させたりするかもしれないけど」

「……するもんか」

 

 二人は未来に思いを馳せて夜空の下で語り合った。

 

「――――ああ、そうだな。全てが解決したら、一緒に行こう」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。