【完結】Fate/stay nightで生き残る 作:冬月之雪猫
「ど、どういう事……?」
言峰綺礼が死んでいる。凜の告げた言葉をセイバーは咄嗟に呑み込む事が出来なかった。
「どういう事って……、前回の聖杯戦争の事に関しては貴方の方が詳しい筈でしょ?」
「いや……その、俺が知っているのは断片的な事だけで――――」
「セイバー」
凜の指摘に慌てるセイバー。そんな彼にアーチャーが声を掛けた。
「……どうして、“言峰綺礼”という男の事が気になるんだ?」
「それは……」
応え難そうに口篭るセイバーにアーチャーは溜息を零す。
「カレン……、と言ったな? 君ならば十年前に起きた第四次聖杯戦争のあらましを知っているのだろう? セイバーに聞かせてやってくれないか? まあ、ルールに反すると言うのなら無理強いするつもりは無いが……」
「いえ、その程度でしたらルールには反しません。問われたなら、応えるのが私の務めです。ただ、もう夜更けですので明日にしましょう。丁度、停戦命令を出しましたし、お昼頃にまた、足を運んで頂けますか?」
「あ、はい」
セイバーはかしこまった様子で頭を下げた。
◆
衛宮邸を目指す道すがら、凜は前を歩くセイバーの背中を睨んでいた。
前々からおかしな点が幾つも見受けられていたが、今回の事は決定的だった。
「……アーチャー」
凜は隣を歩くアーチャーに声を掛ける。
「どうした?」
「セイバーって、何者なのかしら?」
「……キャスターの推理通りなのでは無いか? 少なくとも、アレは筋が通っている」
そういう事じゃない。凜は首を横に振った。
「そこに疑問を抱いているわけじゃない。問題は“日野悟”が何者かって話よ」
「どういう事だ……?」
凜は今までの彼の言動を思い出しながら言った。
「前々から、変だとは思ってた。それまでずっと、魔術なんて知らなかった人間が私のちょっとの説明だけで現状を把握し、あれほど的確な判断を下せるものかしら?」
最初に出会った時、セイバーは自分の事すらよく分かっていない状態だった。にも拘らず、士郎に対して行った“魔術を知る者向けの説明”を聞いて、直ぐに士郎を救う為の行動に出た。
バーサーカーに襲われた時も凜が考えるより早く、“マスターに令呪を使わせる”という的確な判断をして見せた。
自分の命を掛ける理由については彼自身の口から聞いていたが、どうして、あんな判断が出来たのかは聞けず仕舞いだった。
「セイバーの判断は常に“魔術を知る者”にしか出来ない判断ばかり。まだ、アーサー王の記憶を令呪によって得る前の段階から……。それに、さっきの教会での会話は明らかにおかしかった」
「言峰綺礼についての事か?」
「違うわよ。それも変だけど、それ以上におかしな点があった」
「どういう事だ?」
凜は険しい表情を浮かべて言う。
「アイツ、カレンのフルネームを口にしたわ。カレンは名前しか告げていない段階で……。カレンが綺礼の後釜として、監督役に任命されたのはほんの数年前の話。まさか、たった十年で聖杯戦争が再開されるとは思っていなかった聖堂教会が急遽用意したのが彼女。セイバーがフルネームを知り得る筈が無い」
「……なるほど。つまり、セイバーは何か隠し事をしていると?」
「ええ、その通りよ。貴方みたいにね……」
怒りの矛先を向けられ、アーチャーは肩を竦めた。
「何のことやら……」
「とぼけても無駄よ。アンタの正体はとっくに分かってる。話してくれるのを待つつもりだったけど……、セイバーにまで秘密があると分かった以上、そうもいかない。マキリが怪しい動きを見せ、執行者が敵に回り、内側にキャスターのサーヴァントが入り込んでいる現状。とてもじゃないけど、これ以上の厄介事を抱え込む余裕は無いわ」
凜は言う。
「話しなさい。貴方は全てを知っている筈よね? だって、貴方はセイバーと――――」
「知らないよ」
詰め寄る凜にアーチャーは静かにそう言った。
「……アーチャー?」
怒鳴ってやろうかと思ったのだが、アーチャーの浮かべる表情を前に凜は言葉が出なくなった。
彼はとても哀しそうに言った。
「オレは……、何も知らないんだ」
寂しそうにセイバーの背中を見つめながら言う。
「何も……、教えてもらえなかった。あんなに一緒に居たのに……、結局、最期まで……」
それはある意味で凜の望んだ答えだった。凜の推理した彼の正体を肯定する言葉。
けれど、その先を問う事は出来なかった。まるで、親と逸れた子供のような表情を浮かべる彼に掛けるべき言葉が見つからなかった。
「……まあ、セイバーだって、いつかは話してくれるわよ。少なくとも、私達に牙を剥いてくる事は無い。それだけは確信が持てるし……」
それで今は良しとしよう。数少ない信頼の置ける仲間をこれ以上疑っても仕方が無い。
本当に注意すべきは他に山程居る。特にキャスターには眼を光らせておく必要があるだろう。
アーチャーは何だか絆され掛けているようだけど、相手は神代の魔女。決して、心を許して良い相手では無い。
「一人で根を詰めるのは禁物よ、リン」
眉間に皺を寄せる凜にイリヤが声を掛ける。
「キャスターは警戒した所で容易に対処出来る相手じゃない。今は“信用”するしかない。寝首を掻いて来るタイミングに全神経を研ぎ澄ませておくしかない。そんなの、一人でやってたら壊れちゃうわよ」
「……イリヤ」
「安心なさい。私だって、目を光らせてる。協力しましょう、リン」
「……はは」
信頼出来ない人間の一人に手を差し伸べられ、その手を取るしかない現状に凜は眩暈がした。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンのマスターにして、衛宮士郎の義理の姉。
彼女の言動を額面通りに受け取るわけにはいかない。士郎を勝者にしたいという彼女の言葉が仮に真実だとしても……、己に牙を剥かない保証にはならない。
凜とイリヤは士郎の味方という意味では共通しているが、互いを味方とは考えていない。
「……ええ、協力し合いましょう、イリヤ」
彼女の手を取りながら、凜は考える。士郎よりもむしろ、己の方が生き延びる可能性が低いのでは無いか……、と。
◆
衛宮邸に戻ると、一同はセイバーが淹れたお茶で一息入れた。
新都までの往復は中々に堪えた。
各々、居間で休息を取っていると、しばらくしてから凜が立ち上がった。
「とりあえず、今後の事についてだけど――――」
凜の司会の下、今後の動きについて話し合われた。と言っても、殆どイリヤとキャスターが口を挟むだけで、士郎とセイバーは隣り合ってお茶を啜るばかりだった。
話し合いが一段落して、一先ず、明日は今後の為の準備に当てる事となった。キャスターの指揮の下、この屋敷の結界を再建し、強化するらしい。
その間に何人かで食料などの調達も行う事になった。メンバーは結界敷設に役立たない士郎とセイバー。
その後の事についてはとりあえず、マキリの動きに注視する事で決定した。
バゼットは恐らく、しばらくは諦観に徹する筈だと頭脳派三人組の意見が一致した為だ。恐らく、どちらかの陣営が潰れた時点で疲弊している方に攻撃を仕掛けて来るだろうというのが彼女達の予想。
「それじゃあ、とりあえず今日は解散にしましょうか」
話し合いが終わり、それぞれ宛がわれた部屋に散っていく。士郎もセイバーと共に自室に向って歩いて行く。
二人っきりになると、どうしてもあのキスの事を意識してしまい、二人は揃って黙り込んだ。
「……今日はちゃんと寝なきゃ駄目だからね?」
部屋の前でセイバーは恥ずかしさを胸の底に押し込めて士郎に念押しをした。
「抜け出して、魔術や剣技の鍛錬をしたら駄目だよ?」
「……分かってる。セイバーを困らせる事はしないよ」
前以上に過保護になっている気がするセイバーの態度に苦笑しながら士郎は言った。
「……それならいいけど。とにかく、無理は駄目だからね?」
「ああ、了解」
「それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
士郎が部屋に入って行った後、セイバーは自室に戻り、鏡台の前に正座した。
両開きの扉を開き、中の鏡を覗き込むと、セイバーは小さく悲鳴を上げた。
「……これが、俺」
髪と瞳の色が違うだけで、鏡に映る自分の姿は一気に生前のものに近づいていた。
勿論、大部分は女らしい形をしている。けど、耳の形や細部をよく見ると、生前の己を思い出す。
キャスターが言っていたのはこの事だったのだ。今まで、抑え込めていたものが抑えられなくなる。
猛烈な吐き気に襲われて、慌てて部屋を出た。走るように廊下を通り過ぎ、浴室前にあるトイレに駆け込む。
涙と嘔吐が止まらない。見るべきじゃなかったのかもしれない。今まで通り、現実逃避し続けていれば良かったのかもしれない。
だけど、肝心な場面で壊れてしまったら士郎を守れなくなる。それだけは困る。自分が壊れるのは構わないけれど、それで士郎が危険に晒されるのだけは絶対に許されない。
壊れるなら今だ。今なら、壊れても他に士郎を守ってくれる人が居る。凜やイリヤになら、彼を任せられる。
「……ぁぐ」
元々、英霊の体が幾ら吐こうが胃液しか出てこない。後は全て、魔力に変換されるからだ。
だから、今まではトイレも行かずに済んだ。女である事を意識するのはお風呂に入る間だけ……。
お風呂に入っている時は特に気にならなかった。だけど、今はどうだろう?
今まではこの体をアルトリアという別人の物だと思っていたから平気だったのだとキャスターは言った。だけど、今は己の……、日野悟のものに近づいている。
自らの面影を残したまま、性転換したという事実を認識したら、自分はどうなってしまうのだろう……。
「……怖い」
体が震える。あの夢の世界でなら、女である自分を受け入れられていた。むしろ、そうある事を悦んでいた。
だけど、あれは所詮、キャスターのまやかしが感情をぼやけさせていたからに過ぎない。
真実を虚飾に塗れた眼で見たって、何も感じられないのは当たり前だ。
「……き、気合だ」
精神的なものだけど、今こそが“気合”というものを発揮するべき瞬間だ。
トイレを出て、脱衣場へ向う。ゆっくりと服を脱いで、裸になる。鏡は何故だか曇っていて、よく見えない。
「……っちぇ」
覚悟を決めたのに、肩透かしを喰らった。仕方が無いから、風呂場の中にある鏡を使おう。
あれなら曇っていてもシャワーで曇りを取る事が出来る。
深呼吸をして、中に入る。
「……あれ」
瞬間、目の前に跳び込んで来た光景に絶句した。
よく考えれば分かった事だけど、そもそも、鏡が曇っていたという事は誰かがお風呂を使っていたという事。
「……えっと、セイバー。一応、電気点けてたんだけど……」
幾ら何でも、この家の女性率を考えれば、鍵を掛けるのは必須だと思う。
そんな冷静な思考が働くくらい、頭の中が真っ白だった。
ヤバイ。何がヤバイって、体を洗う最中だったせいか、士郎君の全身がバッチリ視界に入ってしまっている事だ。
ついでに言えば、士郎君の視界にも己の全身がバッチリ映り込んでいる筈。
「……お、おい、セイバー? えっと、ほら、その……、言峰教会からここまで歩くのに汗かいてたから、ちょっとシャワーでも浴びようかなって思ったわけで……」
士郎の声は殆ど頭に入って来なかった。
肌が炎に包まれたような気がして、視線を落とす。大丈夫、何も燃えていない。ただ、お酒を飲み過ぎた時みたいに赤くなってるだけ……。
意識して、呼吸をしながら、ふらふらと士郎に近寄る。
駄目だと分かっているのに、果てしない恐怖から逃れたいという欲望が顔を出し、士郎を求めてしまう。夢の中で彼にしてもらったように、優しく包み込んで欲しくなる。
無垢な肌色。濡れた髪。途惑う顔があまりにも可愛くて、愛おしさが溢れ出して来る。
肌を焼いていた炎がじわじわと深みに達していき、心を焦がしていく。
「セイ、バー……?」
困惑する彼の声に涙が溢れる。
そうじゃない。掛けて欲しい言葉は違う。
「……ぁぁ」
涙を拭った途端、視界に鏡が映り込んで来た。
困惑する男の子に迫る女。それが自分なのだと直ぐに気付き、頭がおかしくなりそうだった。
世界が歪み、壊れていく。こんなの違う。鏡に映っている女は別人だ。自分である筈が無い。
士郎から離れ、セイバーは浴槽にしがみついた。まるで、深い穴の底へ引き摺り込まれる様な感覚に襲われ、体を震わせる。
「セイバー!!」
女として、士郎に縋り付こうとしてしまった。
その事に吐き気がした。男である自分を否定するかのような行動に怖気が走った。
こんなの自分じゃない。キャスターに洗脳されたせいで、おかしくなっているんだ。
だって、そうじゃなきゃ――――、
「セイバー!!」
体を揺する硬い手。温かくて、優しい手。
顔を上げて、彼の顔を見た途端、湧き上がってくる感情に恐怖した。
こんなの知らない。今まで、好きになった女の子に告白した時もこんな気持ちにはならなかった。
「……離れて」
本心のつもりで言ったのに、酷く虚ろに響いた。
心が延々と『離れないで』と訴えている。繰り返し繰り返し、口から飛び出そうともがいている。
胸の中は彼に対する思いでいっぱいだ。
心の底で理解しているのだ。この思いに流されて、士郎を愛の対象にしてしまえば、きっと、この恐怖から逃れる事が出来る。
女である事実を受け入れて、悦ぶ事すら出来るようになる。
だけど、それは“自分”を否定する事だ。それに“士郎”を慰みの道具にしてしまうという事だ。
きっと、士郎は受け入れてくれる。受け入れてしまう。優しい人だから、己の吐く弱音を受け止めて、最大限に応えようと努力してしまう。
だから、甘えるなんて許されない。
「……離れて」
いっそ、壊れてしまえばいい。そうすれば、この恐怖からも、士郎への愛からも逃げられる。
こんな仮初の愛を向けられたって、士郎には迷惑以外の何者でも無い。全てはキャスターが悪いんだ。
あの女があんな夢を見せるから、彼に“甘える”という選択肢が生まれてしまった。
見下ろすと、湯船の水面に己の顔が映っていた。酷く醜悪な女だ。基となった、騎士王の顔とは似ても似つかない……。
「……死にたい」
こんな状態で生き続けたくない。こんな醜悪な顔で、こんな醜悪な心で、彼の傍に居たくない。
こんな、虚飾に塗れた奴が誰かを守る資格なんてある筈が無い。
死にたい。もう、いっそ死んで終わりにしたい。
「ふ、ふざけるな!!」
強引に体を引き寄せられた。怒りに満ちた彼の顔に体が震える。
「……ぁぅ」
「し、死にたいなんて……、よくも、そんな事――――」
今までにも彼が怒った顔を何度も見て来た。だけど、今回のソレはいつもと決定的に違っていた。
「なんで……、そんな事を言うんだよ……。苦しいなら、理由を言えよ!! ちゃんと、話してくれよ!!」
士郎の瞳からも涙が零れ落ちる。
「俺って……、そんなに頼りないか?」
体を震わせ、顔を歪める士郎にセイバーは必死に頭を振った。
「そ、そんな事無い!!」
「だったら、何で何にも相談してくれないんだよ!? お前が悩んでる事くらい分かってた!! いつも顔を伏せて、思い悩んでる所を見て来た!! だけど、いつか話してくれると思って待ってた!! なのに、何で死にたいとか言うんだよ!? そんな状態になるまで、何で何も言わないんだよ!?」
「お、俺が悩んでたのは……、この事とは違くて……」
「だったら、今悩んでる事を俺に言えよ!! 他の事も俺に話せよ!!
「だ、だって――――」
セイバーは……、悟は顔をくしゃくしゃに歪めて叫ぶように言った。
「お、俺は女になっちゃったんだ。今までは必死に目を逸らしてた……。だけど、キャスターのせいで真実に目を向けざる得なくなった……。そうしたらもう、怖くて仕方なくなったんだ……」
「セイバー……」
「その恐怖から逃れたくて……、士郎君に縋り付きそうになるんだ。それが……」
「……俺が力になれるなら――――」
「駄目なんだよ!!」
セイバーは怒鳴るように叫んだ。
「俺のこの感情はキャスターに植えつけられたものだ。こんなの……、偽物なんだ」
「でも……、それで苦しみから解放されるなら――――」
「そうやって、士郎君が受け入れてくれるって分かってるから、言いたくなかったんだ!!」
吐き出すように叫ぶセイバーに士郎は眼を見開いた。
「君は優し過ぎるんだよ……。こんな偽物でも、一度受け入れたら君は義理を果たそうとしてしまう。君の人生が大きく歪んでしまう……。そんなの嫌だ」
「何言って……」
「――――俺は士郎君に幸せになって欲しいんだ。例え、どんな道を生きても、最期は後悔せずに死ねる人生を歩んで欲しい。それなのに、俺なんかを受け入れたら、君は……」
「……セイバー」
言葉を無くす士郎にセイバーは頭を下げた。
「ごめんよ……。馬鹿みたいに騒いだりして、君に迷惑ばかり掛けてる……。さっき言った事は取り消すよ。俺が死ぬのはここじゃない……。この事は自分なりにケリをつけるよ」
そう言って、セイバーは立ち上がるとふらふらとした足取りでお風呂場を後にした。
取り残された士郎はしばらくボーっとしたまま天井を見上げていた。
「……そのままだと、風邪をひくわよ? 坊や」
その声に意識が明瞭となった。
咄嗟に身構える士郎にキャスターは微笑む。
「そんな格好で凄んでもカッコ良く無いわよ?」
「……う」
自分が全裸である事を思い出し、顔を真っ赤にする士郎。
そんな彼を魔女は楽しそうに見つめる。
慌てて浴槽の中に身を沈め、士郎は彼女を睨んだ。
「な、何の用だ!」
「……ちょっと、話しておこうと思ったのよ」
「話……?」
キャスターは言った。
「セイバーの事だけど……。貴方はどう思ってるの?」
「どう思ってるって……、それは大切だと……」
「それはどのくらい? 友達として? 相棒として? それとも、家族として?」
「い、いきなりそう言われても……」
慌てる士郎にキャスターは言った。
「……私がセイバーにした事は只管、女として愛される事の愉悦を味合わせる夢を繰り返し見せただけ。完全に荒療治よ……。だから、アフターケアが必要なの」
「ア、アフターケア?」
「セイバーの心はとても不安定。だから、安定させる為にはもう一手必要なのよ」
「もう一手って……、何をしようってんだよ?」
「本当なら、手近なところでアーチャーにやらせようと思ってたんだけど……」
士郎の言葉を無視するようにキャスターは続ける。
「あの子の心を安定させるには男に心から愛される必要があるのよ」
「ちょっと待て!! いや、理屈は何となく分かるけど、だからって、何でアーチャー!?」
「あら、気付いてなかった? アーチャーはセイバーに恋心を抱いているわよ?」
「……はい!?」
あまりにも衝撃的な事実に目を丸くする士郎。
「ど、どういう事だよ!? だって、アイツだって、セイバーと出遭ったのは――――」
「ああ、まだ気付いて無いのね……」
キャスターは呆れたように溜息を零した。
「アーチャーの正体に気付けば、自ずと答えも分かるでしょうけど……、そうね」
キャスターは閃きに満ちた表情を浮かべた。
「上手くいけば、戦力の増強にも繋がるかもしれない」
「キャ、キャスター……?」
何故だか、非常に不味い事になった気がする。
キャスターの瞳に悪戯っぽい輝きが灯っている。
「貴方にもアーチャーという英霊が歩んだ歴史を見せてあげるわ。それを見れば、どうして私がこんな荒療治に踏み切ったのかも分かる筈よ。それに、貴方とは違う道を歩んだ彼の歴史を見れば……、彼と同じ過ちは繰り返さない筈だしね」
そう言って、キャスターは士郎のおでこに人差し指を当てた。
「おやすみなさい、衛宮士郎。存分に堪能してくるといいわ。英霊・エミヤシロウが辿った果てしない絶望の物語を――――」