七ヶ月。このSAOが始まってから、それだけの時間が流れた。その内の六ヶ月を俺は、主街区などの街に入れずに過ごしてきた。本当によく生きてこれたな。
ホームレスプレイヤーになってすぐの頃は、部屋で眠ることはできた。宿付きでエクストラスキルまで手に入れることができると鼠にからかわれ、《体術》スキル修得までの四日間をあのオッサンNPCの下で過ごしたからだ。
死に物狂いで修得したあと、鼠をマジでぶん殴りに行ったが、街に逃げられそれも叶わず。まあ、今日まで俺が生き延びてこれたのは、八割方鼠のお陰なので、今では完全に下僕扱いだが。
武器や防具の強化修理は、殆どをあいつに依頼して街でしてもらっていた。料金増し増しなのは言うまでもない。自分で鍛治スキルを取ろうかとも考えたが、設備を整える金が無いし、そもそも設置場所が無い。
金がねぇ、家もねぇ、鼠に頭も上がらねぇ。オラこんなゲーム嫌だ。
鼠が金を継続的に踏んだくるお陰で、暇なのも相まってずっとモンスターを狩り続けていた。そのため、俺のレベルは攻略組クラスを維持できているだろう。
しかし、そんな生活も今日までだ。現在二十七層。俺は今日、カルマ回復クエストを完遂し、アイコンのカラーを緑に戻したのだ!これであとは、鼠とのフレンドを解除すればおさらばできる!
「おいポチ。悪いこと考えてそうな顔だナ。カルマ回復できたのも、オレっちのお陰だってことを忘れるなヨ」
「いやだから何でいちいち背後を取る?」
天下一武道会とか出てたの?そういう修行を積んだの?
というか、今更だけど鼠のやつ、俺の名前間違えてるし。半年も突っ込まないままの俺超紳士。せめてハチだろ。
「それデ?めでたくグリーンに戻ったわけだが、これからどうするんダ?」
「お前に二度と会わないように生きる」
……ダメージ判定が出ない絶妙な力加減でぶん殴られた。もうシステム外スキルだろそれ。
・ ・ ・
鼠と別れ、最前線からかなり下の十一層の森。何故俺がこんなところにいるかと言えば、やはりあの鼠女のせいだ。
なんでもここ一週間ほど、キリトが前線に出てこないらしい。夜中になると狩場でレベル上げはしてるらしいが、昼間は殆ど姿が見えないとのこと。
位置を確認すると、十一層辺りをうろついているので、確認して来いと言われた。メッセージ送れば良いだけだろ。つか自分で行けよ。
「文句言いながらもちゃんと会いに行く俺マジ社畜」
独り言ち、森を歩く。キリトとか、会いたくないランキングのトップスリーに入るぞ。遠くから何をしているか確認して、会わずに帰れば問題ないだろう。
「きゃあ!」
聴こえてきた悲鳴に、全身が反応する。聴こえてきた方向へ走り出す。途中、武器を背中から抜き放ち、戦闘態勢を整える。
聞き覚えがある。……あの声は。
「雪ノ下ッ!」
柄にもなく声を張り、茂みを抜けたその先にいたのは。
雪ノ下ではなかった。
「……ハチマン?」
しまった……。雪ノ下ボイスに惑わされて、キリトと鉢合わせてしまった。俺は迷うことなく回れ右をして、逃げ出す。
「っておい!何で逃げるんだよハチマン!」
慌てて追いかけてくるキリト。逃げるに決まってんだろ。なんなら転移結晶使うぞ。
「あっ、キリト!?」
引き止められたのはキリトなのに、俺が思わず立ち止まる。さっきの叫び声と同じ声。その隙を突かれ、キリトに捕まってしまう。あらやだ、この子目がガチなんだけど。
キリトは筋力パラメーターに物を言わせ、俺を羽交い締めにして持ち上げる。
「久しぶりに会ったのに、逃げることないだろ」
「おい、デュエルしろよ」
「は?」
しまった。ついデュエル脳を発揮してしまった。今の俺はデュエルで何でも解決していたあの頃とは違う。つか、そろそろ降ろしてくれないかな。
明らかに年下の少年に抱き上げられ見世物にされるとか、かなりはずかしい。ハチマンのライフはもうゼロよっ!
「まあ、なんだか分からないけど落ち着いて。ここは危ないし、ホテルで話そうぜ?」
追いかけてきた棍使いのケイタ(後から聞いた)の進言により、俺はキリト達が拠点としているホテルへと強制連行されることとなった。
・ ・ ・
「えっと、まず紹介しといた方が良いよな?右からケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、サチ。こないだから俺も入れてもらった、ギルド《月夜の黒猫団》のメンバーだよ。それでこっちの目の腐ってるのが、ハチマン。一層の時、パーティーを組んだことがある」
「ちょっと?ここはゲームの中なんだから、俺の目は腐ってないでしょ?むしろ煌めいてるだろ」
「いや、かなり腐ってるよ」
キリトの言葉に、月夜の黒猫団のメンバーもうんうんと頷いている。マジか、戸塚と撮ったプリクラくらいキラキラしてると思ってたんだけどな。
「SAOは感情表現が過剰だからな」
俺のこの目は感情から来るものだったのか。あと、キリトくん。フォローになってねぇよ。
「ところで、ハチマンさんは結局何をしに来たんです?」
うっかり泣きそうになっていると、ケイタが爽やかに聞いてくる。そういや、鼠のパシリでキリトの様子を見に来たんだった。もう任務は完了したし、メッセージを送って終わりだ。
……今のキリトを何て説明すればいい?こいつ何でこんな下層にいるの?最前線で活躍してるって鼠に聞いてたんだが。気は進まないが、本人に聞いてみるしかないか。
「キリト、聞きたいことがある」
「……悪い、みんな。ハチマンと二人にしてくれ」
俺が切り出すと、キリトが人払いをする。俺を気遣ってなのか、それともギルドメンバーに聞かれたくないことがあるのか。
ケイタ達が部屋を出ていき、扉が閉められる。これで、ノックをされない限り完全な防音状態。聞き耳スキルというものもあるらしいが、取っているやつは殆どいないらしいので、気にしなくていいだろう。
「ハチマン、グリーンに戻れたんだな。おめでとう。それと……ごめん」
「あ?何のことだ?」
「全部アルゴに聞いたよ。あの時、ハチマンが俺たちβテスターを守るためにオレンジになったんだって。本当なら俺がやるべきだったのに」
俺はあの鼠女に、ボス部屋であったことを一言も話してはいない。キリトが聞いたのは、鼠が自分で集めた情報を元に推測したものだろう。だから、それは勘違いで、間違いだ。
「……俺は、俺のためにやった。むしろお前を殺そうとした俺を、お前は恨んでいいんだ」
「殺そうとした、か。なら、あの時何で俺にPOTを飲ませたんだ?しかも、わざわざ使えもしない短剣に持ち替えたりして」
「…………」
咄嗟に言い訳が思い浮かばず、黙ってしまう。
「本当はすぐに会いに行こうと思ってたんだけど。ほら、俺たちフレンド登録してなかったから、全然見つけられなくて」
「俺も、見つからないよう、隠れてたしな」
鼠にも、高いコルを払って口止めしていた。
「守ってくれて……今まで生きててくれてありがとな、ハチマン」
照れ臭そうに頬を掻くキリト。俺も照れ臭かったので、そっぽ向いてぶっきらぼうにおう、と答えることしかできなかった。
和解回。言いづらい和解回。ヒッキーぽくない和解回。