最近変わったことといえば、バイト先を変えて労働基準法を大幅に破って労働しているだけ……間違いなくそれですね☆
第18話
第三十層、フロアボス《ライトニング・ユニコーン》
その名の通り、雷を纏う角を額に生やした馬。事前情報により、対麻痺POTの準備は万全で、苦もなく撃破。犠牲者ゼロ。
第三十一層、フロアボス《オベリスク》
石柱を体とする石の巨人。体の硬さにより武器を失うプレイヤーは少なくなかったが、攻撃は低速で命中率は低い。犠牲者ゼロ。
第三十二層、フロアボス《ボア・グラディエーター》
頭が豚、体は人の半豚半人の亜人型モンスター。片手斧を巧みに使うかなり手強いボス。血盟騎士団団長ヒースクリフの神懸かり的なヘイト保持による充分な休憩が取れた。犠牲者ゼロ。
第三十三層、フロアボス《クラッシュ・ドラゴン》
翼の捥がれた破壊竜。飛行機能はないが、広範囲高威力のブレスと、長い尾を全方位に振り回す攻撃が厄介。モーションに入った後でブレスを中断させる方法は見つからず、逃げ遅れたプレイヤーと、そいつを助けに行った仲間の一人が直撃。犠牲者二人。
その後第四十五層まで、フロアボス攻略において犠牲者はなし。
俺はその全てにソロとして参加し、生き残ってきた。
黒猫団の動向については、知らないし調べる気もない。ただ、キリトは三十層以降一度もボス戦に顔を出していない。
ただ、鼠が度々仄めかしてくるので、生きてはいるのだろう。まぁ、キリトが死ぬところなんて想像できないが。
なんにせよ、LAマニアの異名を持つキリトが攻略にいないことで、LAボーナスは幾分か多数のプレイヤーの手に渡った。俺も今終わった第四十五層のボス《フレイム・ナイトリーダー》からLAボーナスを入手していた。
《ブラックセンス》、波打つような刀身のフランベルジュと呼ばれる長剣。両手剣カテゴリなので使うことができるのだが、ステータスが足りず装備できない。
これが両手剣以外ならすぐさま換金したのだが。ステータス要求値が高いということは、それなりに強い武器なんだろうし。
そのうち使えるようになるだろう、とブラックセンスの詳細ウインドウを閉じる。
アクティベートなどする気は更々ないが、武器のメンテナンスをしなければならない。ここからだと一番近いのは第四十六層の主街区だろう。
俺は颯爽と四十六層に続く階段へ向けて歩き出す。
「ちょっと待ちなさい。今日は逃がしません」
後ろから襟首を引っ掴まれて仰け反る。
「……おい」
このやり取りも恒例になりつつあった。文句を言いつつ振り返ると、確信の通りそこにいたのは、栗色の髪を靡かせる少女。白と赤の団服に身を包む彼女は不機嫌そうな表情で腕を組む。
「おい、じゃないでしょ。ほんとに君は毎回……」
今度はため息を吐くアスナ。ため息吐きたいのはこっちだっての。毎回毎回襟首掴みやがって、襟首以外掴めねぇのか。怒るところそこかよ。
「わかってると思いますが、一応言います。ギルド《血盟騎士団》に入団してください」
「わかってると思うが、一応言う。断る」
意趣返しというほどでもないが、彼女の言葉をそのまま使って断る。
このやり取りは既に十数回行われたものだ。もはや定型化されている。「いいじゃないの〜」に対する「ダメよ〜、ダメダメ」みたいなものだ。
「ソロに限界があるのはわかってるはずです」
「ぼっちにチームプレイなんか強いる方が限界がある。それに戦うだけならソロで充分だろ」
「危険な状況になったら、一人でどうやって対処するのよ」
「そうならないために一人でやってんだろ。一人だから切り抜けられない状況なんてそうない、ボス攻略くらいのもんだ。そのボス攻略のときは余ったパーティーに所属してるんだから、文句を言われる筋合いはないな」
段々とアスナが不機嫌になっていくのがわかる。怨念とか出してそう。鬼呪装備でも持ってんの?
彼女がこれほど俺に固執するのには、とある理由がある。
黒猫団を抜けてすぐ、どこから聞きつけたのかアスナは血盟騎士団の業務の一環として俺を勧誘にきた。
そこでアスナはサチの死を知り、少し感情的になった。簡単に言えば、彼女は俺を責めた。それに対して俺も子どものように逆ギレしてしまい、アスナに対して「ごっこ遊びに付き合う気はない」と言ってしまった。
その発言に烈火の如く怒ったアスナは、ことあるごとに血盟騎士団を認めさせようとしてくる。
「まぁ、落ち着きなよ二人とも」
睨み合いを続ける俺とアスナの仲裁をするように割って入ってきたのは、ギルド《聖竜連合》のリーダー、リンド。元々はディアベルのパーティーにいたプレイヤーだが、同じパーティーだったキバオウと仲間割れし、聖竜連合を結成した。
「ハチマンくん、KoBが嫌なら、ウチにくればいい」
KoBというのは血盟騎士団の英名《Knight of Blood》の略だ。ちなみに聖竜連合はDDA、アインクラッド解放軍はALS。正式名称は忘れた。SAOといい、三文字が好きな連中だ。
「……リンドさん、それはお断りしたはずっすけど」
ゲームの中ではリアルは関係ない、と敬語を使わない連中(キリトや鼠など)もいるが、わざわざ不遜な態度で波風を起こしたくない俺は、明らかに歳上のプレイヤーには敬語を使うようにしている。
「そうです、彼は血盟騎士団に所属します」
「しないから」
どさくさに紛れてなに言ってんの。
「しかしだね、アスナさん。血盟騎士団には君やヒースクリフさんがいる。他にも凄腕プレイヤーが多数だ。その上ハチマンくんまで取られてはバランスが取れないだろう?」
肩を竦めるリンド。この人もなに言ってんの……。強すぎるからそれ以上強くなるな、なんて本気で言ってんのか?
確かに普通のMMOならば、組織ごとの強さが違い過ぎればバランスを取るのもありだろう。突出しすぎた存在は、ゲームをつまらなくさせる。
けれど、これはデスゲームなのだ。強さは幾らあっても足りないし、バランスなど気にしても得はない。なんなら強過ぎるギルドに攻略を一任してしまえば、自分は危険を冒すことなくゲームをクリアできる。
それをリンドがしないのは、この世界で強ギルドの地位を守りたいからだ。二大、三大ギルドの一角などという呼び名に拘っているからだ。
あまりよくない噂も最近出始めている。リンドはこの世界が相当お気に入りらしいな。
「ふむ、一理あるが、決めるのは彼だな」
「だ、団長!」
横合いから聞こえてきた声に反応し、アスナが姿勢を正す。とうとう団長殿まで出てきたよ……。
俺はげんなりしながら「……ども」と軽く会釈する。っていうか、なんでどっちに入るか、みたいな感じになってんの?
「私は団長としての仕事が忙しくてね、なかなか攻略には赴けないから君のような対Mob要員がいてくれるのは助かるのだがね」
だからバランスが崩れるというほどではない、とでも付け足せば完成だろうか。ヒースクリフは微笑を湛えたまま続ける。
「アスナくんもお気に入りのようだし、君には相応の地位を用意するが?」
「ヒースクリフさん、抜け駆けはなしですよ。ハチマンくん、DDAでも相当のポジションを用意しよう」
なんか知らんがおっさんが二人で俺を取り合っている。やめて!私のために争わないで!
「……入る気ないですし、そういうの不満が生まれるんじゃないすか?」
「ならばこうしよう」
そう言って、ヒースクリフは紗蘭と剣を抜き、剣と盾を構える。え、入らないと殺すってやつですか?
戦慄する俺の眼前にピコンという音とともにウインドウが現れる。内容は『ヒースクリフさんからデュエルを申し込まれています』というものだ。
「…………」
「どうした、抜かないのかね?」
「……いや、これ俺がやる理由ないでしょ。勝っても負けてもメリットないし。そもそも俺は対人戦苦手で、対戦相手は最強と名高い団長さんじゃ割に合わない」
「そうですよヒースクリフさん。抜け駆けはなしだと言ったはずです」
突っかかるリンド。そうですよとか言っといて自分のこととか、この人やっぱり馬鹿だろ。
「ならば、要求を提示したまえ」
リンドを無視して、ヒースクリフは構えを解くと、俺に告げる。一瞬頭に『世界の半分を寄越せ』という文言が浮かぶが関係ない。
このまま《No》を選び、転移結晶で逃げようかとも思ったが、次回に持ち越しになるだけだろう。俺にはやらなければならないことがある。血盟騎士団などに入って、その阻害となるのは避けたい。
……俺は、彼女を殺した世界を終わらせる。
そして、彼女を殺す原因を作ったあの男を、現実世界で探し出して殺す。
俺は覚悟を決めると、大きく息を吐く。
「……じゃあまずは場所を変えません?」
彼が恨むのはレッドなんて小さなものではありません。だってレッド関連してないし。