ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

21 / 33
第16話

「転移しろ!早く!」

 

キリトの怒声で、全員が我に返る。呆然としていたのは一瞬のことだが、既にわらわらと四方からモンスターが現れ続けている。

 

「転移!タフト!」

 

最初に動いたのは、トラップにまんまとはまったダッカー。つまりは一番危険な場所にいる。加えてあいつの役割は軽快な動きが売りのシーフ。マージンの充分でないこの階層でモンスターの攻撃を受けるのは危険だ。つまり、あいつの判断は正しいと言える。

 

だが、彼がこの部屋から脱出することはなかった。

 

「転移、できない……」

 

サチの小さな呟きが鼓膜を打つ。ダッカーだけではない。誰一人として、転移結晶が発動していない。

 

「嘘だろ……?結晶無効化エリアだと?今までそんなもの存在しなかったのに……!」

 

キリトが驚愕の声を溢す。全く同意見だ。この世界での転移結晶は、唯一の緊急脱出装置で、確実な命綱だった。それが使えないこの部屋からの脱出方法は、敵を殲滅することだけだ。

 

そしてもう一つ、ギルドメンバーの生還を第一に考えるべきだ。そう思い至ったと同時に駆け出す。

 

「ひっ!う、うわぁぁ!」

 

大量のモンスに囲まれたダッカーは取り乱し、足を縺れさせて転倒する。そこに殺到するゴブリン、ゴーレムなど様々なモンスター。

 

俺はそれを両手剣ソードスキル《ブラスト》で薙ぎ払った。五体ほどいたモンスターは、青い破片となって砕け散る。

 

「ハ、ハチマン……」

 

「立て。攻撃は考えなくていいから、自分の身を守れ」

 

情けない顔のダッカーの腕を掴んで起こし、指示を出す。そしてどんどん近づいてくるモンスターにソードスキルを打ち込む。

 

「キリト!」

 

「わかってる!みんな、攻撃は俺とハチマンがする!みんなは固まって防御陣形を取ってくれ!」

 

「わ、わかった!」

 

キリトの指示で離れ離れになっていた、ダッカー、テツオ、ササマルは集合し、背中を預けて防御態勢を整える。

 

「サチ!早くしろ!」

 

「む、無理だよ!モンスターが多すぎて……!」

 

そのやり取りに、弾かれたように後ろを見るとサチがモンスターに阻まれ、一人合流できずにいる。くそっ、モンスターを倒すことに集中しすぎたか!

 

体の向きを変え、《ブラスト》で近くのモンスターを斬り捨て、突進系の《ライトニング》で突き進む。だがそれを上回る速度でモンスターは押し寄せる。

 

ちっ、予備の両手剣では攻撃力が足りない。一度に薙ぎ払える数が少なすぎる。

 

「ハチマン!」

 

俺の進路を阻害するモンスターの頭部に、投擲用のピックが突き刺さる。キリトの投擲スキルだ。頭を貫かれたモンスターたちのヘイトが俺からキリトに変わる。

 

モンスターを受け持ってくれるということだろう。なら甘えさせてもらう。

 

愛してるぜキリトと心の中で叫びながら、モンスターの隙間を縫うように駆け抜ける。

 

「サチ!」

 

キリトがヘイトを引き受ける数にも限界がある。俺はサチを取り囲むモンスターたちを数体斬り伏せ、サチに手を伸ばす。

 

「ハチマン!」

 

攻撃を短槍でパリィしていたサチは、モンスターを押し返すと俺の手を掴むべく駆け出す。

 

俺の手とサチの手が触れる寸前、その距離は一気に開く。俺の手が斬り落とされたと気づいたのは、その一瞬後だった。

 

思わず目を見開いて攻撃のあった方向を見ると、恐らくはこの部屋のボスクラスのモンスター。通常なら全く問題ないレベルだが、注意が散漫すぎて捉えられなかった。

 

今度は後頭部や背中に鈍い不快感が走る。今度は後ろから雑魚モンスターの攻撃だ。よろけて転びそうになるのを耐え、視線をサチに戻す。

 

俺に泣きそうな表情で駆け寄ってくるサチ。その背後で、モンスターが笑ったように見えた。

 

モンスターの凶刃はあっさりとサチの背中に振り下ろされ、彼女のHPバーは軽々とレッドゾーンを超え、呆気なくゼロになった。

 

「サ……チ……」

 

彼女の名前を呼ぶ。けれど返事はなく、彼女の身体はゆっくりと俺に向かって倒れ込み、俺は必死で受け止める。そして寂しそうな笑みを浮かべた彼女は、俺の頬に手を当て顔を寄せてくる。

 

彼女のその唇が俺の唇と重なる寸前、彼女は青い光となって砕け散った。光は一瞬のうちに虚空へと消え、そこには彼女のいない空間が残る。

 

全身の血が沸騰したかのような感覚に襲われた。残った腕で剣を握り、そしてーーーーー

 

・ ・ ・

 

気がつくと、黒猫団がホームにしている《タフト》の街の転移門前にいた。どうやら、俺と黒猫団は生き残ったらしい。たった一人、サチを除いて。

 

「ごめんなさい!俺の……俺のせいでサチが!」

 

ダッカーが土下座で涙ながらに謝罪をしている。テツオやササマルも涙を流して蹲る。ああ、こいつらは現実の高校の知り合いなんだったか。

 

「先に戻る……」

 

「あ……ハチマン……」

 

これ以上この場に居たくなくて、こいつらを見ていたくなくて、ぼそりと告げて歩きだす。キリトが手を伸ばしてきたが、その手は俺には届かず、そっと下ろされた。

 

俺はいつものように歩く。隣を歩くサチに、歩くのが速いと文句を言われたことがあるが、彼女はもういない。

 

ほんの数分で、黒猫団に所属してからずっと根城にしてきたホテルに到着する。中に入り、迷わず階段を上がって俺に充てがわれていた部屋の扉を開ける。

 

思えば、この部屋にはいつもサチがいて、俺はあまりこの部屋で寝たことがなかったかもしれない。いつも彼女に占領されていた。

 

確か、この部屋は今日までの料金を先払いしているはずだ。ならば久々にゆっくりと眠らせてもらおう。

 

どさっとベッドに倒れ込み、考える。

 

サチが、死んだ。そう、間違いなく彼女は死んだ。それなのに、今の俺はどうだ。このデスゲームの中でかなり親しい部類の人間が、目の前で、自分の力不足ゆえに死んだというのに、感情の表現が過剰なこのゲームでも、涙一つ流せない。

 

以前、もうそれなりに昔のことになってしまったが、雪ノ下さんに『理性の化け物』や『自意識の化け物』などと称されたことがある。

 

感情の無い化物、なるほどその通りだ。俺は化物で、その姿はよほど醜いことだろう。笑ってしまう。

 

ベッドの寝心地を確かめるように寝返りをうつと、枕元に硬い感触を感じた。なにかと思い、手を突っ込んで確かめる。出てきたのは録音結晶と呼ばれる、現実世界でいうところのボイスレコーダーだった。

 

俺の部屋にあったのだから俺の物、または彼女の忘れ物だろう。なにか録音されているのかしら、と再生ボタンを押す。

 

無意識に期待したのかもしれない。もしかしたら、彼女の声が聞けるのではないか、と。僅かな断片でも、偶然記録されていれば、と。

 

その期待は、いい意味で裏切られる。聞こえてきたのは、紛れもなく彼女から俺へのメッセージだった。

 

『あ、あー。ハチマンへ。聞こえてますか?大事な話なので、最後までちゃんと聞いてください。本当はこういう話は面と向かって言うべきなんだと思うけど、恥ずかしいのでこういう形をとりました。

 

まず、このところ態度が悪かったことをお詫びします。ごめんなさい。ハチマンに怒ってたわけじゃないの。ハチマンが悪いんじゃなくて、私が悪いの。

 

思い通りにいかなくて、素直になれない自分にイライラしてた、なんて言い訳かな。

 

でも、やっぱりハチマンもちょっと悪いと思います。分かってて気づかないふりをしてるから。

 

気づいてたかな?気づいてたよね?気づいててくれたら嬉しいな。

 

ハチマン、好きです。大好きです。

 

ふふ、おかしいよね。一緒に寝て、なんて言えるくせに、好きって恥ずかしくて言えないなんて。もちろん、ハチマンには現実に大切な人たちがいることはわかってたんだけど、伝えておきたかったの。

 

目が淀んでるところとか、いつも話しかけるとビクってして小動物みたいで可愛いところとか、口では意地悪を言うくせに、いざとなったら助けてくれる優しいところとか、全部ひっくるめて大好き。

 

最初は、ただの親近感でした。私みたいに臆病な人がいたんだなって。この人なら、私の気持ちを理解してくれるかなって。

 

けど、ハチマンは全然臆病なんかじゃなくて、とても強い人でした。けれど、すぐにでも折れてしまいそうな悲しい人でした。

 

アルゴさんに聞いたの。第一層でハチマンがキリトたちのためにした事。噂で聞いた犯罪者がハチマンだっていうのも、そのとき知りました。

 

それを聞いて、私はとっても不安になりました。確かにハチマンはすごい人です。たった一人で数百人のβテスターの人たちを救っちゃうなんて。

 

けれど、そんなに優しいハチマンだからこそ、これ以上無茶してほしくなかった。ボス攻略なんてしてほしくなかった。攻略なんてしてほしくなかった。きっとまた誰かを救うために、優し過ぎる君は無茶をしてしまうから。もっと自分を大切にしてほしいです。

 

私ね、初めてハチマンの部屋に行ったとき、本当は一緒に逃げてって言おうと思ってたの。どこか、誰も私たちのことを知らないところに。怖がりな人なら、一緒に逃げてくれるって思ったから。

 

でも、ハチマンの眼を見て、無理だなって分かった。きっと断られるって。臆病なだけの私とは違って、君は強さも持っていたから。

 

怖がってばかりの私は、怖いのに頑張ってるハチマンに憧れました。多分、そのときから好きだったんだと思います。

 

私はいつまでも怖がってばかりだから、きっとすぐに死んでしまうんだろうって、そう思っていました。だけどハチマンを好きになって、いつまでも生きれたらいいなって、そう考えるようになりました。

 

願わくば、君の隣で生きていきたい。この世界の中でも、この世界をクリアしたあとでも。わがままかな?

 

だから、死なないでください。あまり危ないことをしないでください。

 

私なんかじゃ、君を全て理解することはできないかもしれない。けどね、せめて、わかるところだけでもわかり合いたいの。少しでも多く、君を知りたい。

 

ここは現実じゃないけれど、感じる体温は偽物でも、触れ合う温かさはきっと本物だから。

 

ふふ、遺言みたいになっちゃったね。このあと会うのが恥ずかしいな。

 

時間、まだ残ってるみたいだからもしものときのために、言っておくね。私が死んでも、自分を責めないでください。キリトにもそう伝えておいてね。

 

私が死んでしまったら、それは多分どうしようもないことなの。最初はどうしてゲームなんかでって思ってたけど、現実の世界でも一緒。事故や病気で突然死んじゃうことだってあるから。

 

だから、あんまり気に病まないでください。

 

……えっと、本当に遺言みたいになっちゃったね。それじゃあ、ここで終わります。

 

またね、ハチマン。』

 

……俺は滲む視界の中、ゆっくりとウインドウを操作する。

 

『ギルドを離脱しますか?』の問いかけに、Yesを選択した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。