霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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日常①
第八話


 

 

 

 秋風が寒く吹き始めたその日、博麗神社でちょっとした騒ぎが起きた。それは霊夢にしたらよく神社に現われる二人が偶々顔を合わせたというだけに過ぎないが、本人たちにとっては一騒動であるようだ。

 山の紅葉を味わいながら魔梨沙と霊夢が縁側で一緒に茶を飲んでいると、そこに表の方からふわふわと現れた昼間の亡霊が、魅魔であった。

 とんがり帽子に緑色の瞳と長髪。そして内には溢れ出んばかりの魔力。その全てが魔梨沙の憧れである。目に入っただけでウズウズと落ち着かなくなった魔梨沙は、とうとう近くに寄ってきた魅魔に飛びついた。

 

「こんにちは、魅魔様!」

「元気そうだね、魔梨沙」

「うふふ。会いたかったー。魅魔様」

 

 抱き合いながら、再会を喜ぶ二人。魅魔も満更ではなさそうだが、魔梨沙はもう相手の感触しか分らないような様子である。

 もう親子には見えないが、仲の良い姉妹のようにも見える二人。そんな二人を先から冷めた眼で見ているのは霊夢だった。

 

「あんたたち、そんなに仲がいいのなら、一緒じゃなくても近くに暮らせばいいのに。分からないわねぇ……」

「あたしはもう独立しているから。だから偶に会う時くらい羽目をはずすのを許してほしいわー」

「それを私の目の前でやらないでよ、うっとうしい。魔梨沙の家ででも、毎日師弟ごっこしてればいいじゃない」

「酷いわ、霊夢ー……」

 

 ついつい、言葉に刺を入れてしまう霊夢。珍しく彼女が苛立っているのは明らかで、魔梨沙はパッと魅魔から離れて霊夢を見た。

 真摯な魔梨沙の視線を受けて、霊夢は思わず眉を寄せた顔を反らせる。構ってくれという子供の駄々を姉貴分に見られるというのは、恥ずかしい。

 だが、過去の経験から自己評価の極端に低い魔梨沙は霊夢の態度のその理由が分からずに、やはり魅魔が嫌いなのかと思って淋しい気持ちになった。

 そんな勘違いをしているということを察しながらも、霊夢は苛立ちを引っ込めない。それに確かに、会う度に魔梨沙の気持ちを根こそぎ持っていってしまう魅魔を霊夢は嫌っている。

 

「全く。ひがむのはよしなよ霊夢。あんただって、離れているから大事に思えるっていうこともあるって分かるだろう?」

「……ふん。あんたに言われても分からないわ」

「例えば例えば……そう、あたしが霊夢と一緒に住まないのだって、嫌いになって欲しくないからなの! そんな感じよ、霊夢。分かってー」

「はぁ……分らないって、そういうことじゃないんだけれど。もういいわ。で、そこの悪霊は何しに来たのかしら」

 

 混乱しているのかいやに必死に間抜けなことを言う魔梨沙の様子を見て、霊夢は毒気を抜かれてやる気をなくした。そして、改めて霊夢は魅魔の、足がなく幽霊の尾から体が生えているという奇異な全体を見る。

 改めて見ても、生気にあふれているというところ以外、魅魔はどこかで見たような幽霊らしい亡霊であり、逆に幻想郷では珍しいタイプの存在であった。

 

「私はこの神社を祟ることで生きてきたような存在だからねぇ。それを忘れても、時折ついつい足が向いてしまうのよ」

「あんた死んでいる上に足がないじゃない」

「死んでいることはどうしようも出来ないけれども、足はその気になりゃ、生やせるさ。ただ、飛んで進むのに足は飾りみたいなものだから、ついつい忘れてしまうのよ」

「あたしは二人でうどん作りをしていた時に、魅魔様の足を見たことがあるわよ。綺麗な人間の足だったわー」

「何であんたらそんなことしてるのよ。……ってもしかして、去年の暮れに魔梨沙が持って来たあのうどんの麺は」

「そうよー。あれを作った時の話よ。うどん、美味しかったでしょ?」

「うげー。悪霊が踏んだうどんなんてろくでもないもの、よく食べさせてくれたわねー、魔梨沙!」

「美味しく食べてたじゃないー」

「そういう問題じゃない!」

 

 魅魔がからかう間もなく、怒る霊夢に逃げだす魔梨沙。二人は魅魔の目の前で追いかけっこを始めた。

 

「ふふ。何時まで経っても変わらないね、この二人は」

 

 そんな修行時代と変わらない光景を見せられた魅魔は、笑って縁側に座る。そして、肘を逆手で支え、顎を手の甲に置いて頭を軽くしながら、観戦に入った。

 くるくるくると、二人は境内を走り回り、やがて途中で紅白が紫に差を付けられ始めて、そして二人は停まる。

 

「はぁ、はぁ……体力あるわね、魔梨沙。」

「うふふ。ごめんね霊夢ー」

 

 霊夢は天才的な運動能力を持っている。とはいえ、普段から鍛えていないためにスタミナはなく、その点修行好きな魔梨沙の持久力はかなりのもの。

 逃げる魔梨沙が逃げ切る形で、追いかけっこは終った。しかし、不完全燃焼な霊夢は負けを認められない。そう、知らず笑顔になっていた霊夢は、もう少し遊んでいたいのだった。

 

「はぁ。続きは弾幕ごっこで行きましょう。魔梨沙が負けたら、口直しに人里からうどんでも蕎麦でも買ってきてもらうわ」

「霊夢が負けたら?」

「私がちゃんとしたうどんを打ってあげる!」

 

 戯れに霊夢が投げた封魔針は、魔梨沙の差し出した二本の指で挟み取られて終わる。その程度の玩具が効かないというのはよく分かっていた。だから、これは開戦の合図のようなもの。

 霊夢はその場から浮かび、魔梨沙も箒を取ってこようか迷ったが、そのまま浮かんで二人は宙で対峙する。

 スペルカードは互いに一枚。それは、互いに一枚だけしか持っていない時から始めたための恒例。そして、紫の魔法使いと紅白の巫女はうどん、というどうでもいい理由で戦い始めた。

 

「……さっきの言葉は撤回しようか。二人とも、随分と腕を上げたもんだ」

 

 魅魔様が見ているからと、本気になって弾幕を張る魔梨沙に押されながらも、霊夢は勘を上手に用いて捌いていく。紫の星は力の篭った御札と正面から打つかり、マーブルの綺麗な光を見せた。

 輝く力は空間に派手な軌跡を残して青空に様々な模様を作る。宙を飛び回る二人の弾幕は以前に増して美しく、そして篭められた力は大妖怪にだって通じるだろう中々の質。

 未熟だった霊夢に黙って修行途中の魔梨沙と魔界に行ってきた時のことを魅魔は思い出す。あの時は楽しく戦えた。しかし、自分はこれほど美しく戦えていただろうかと、そう自問する。

 見苦しくなく戦え、勝敗を付けられる。なるほどその理念からして美しさに重点を置いたスペルカードルールは、見られること意識されることに意味がある妖かしのものにとって素晴らしい物なのだろう。

 

「さて、そうそう魔梨沙は負けないだろうし、霊夢は私の分のうどんを作ってくれるかしら」

 

 しかしそんなお空の考察よりも、空いたお腹が気になる魅魔。人間らしい亡霊である彼女は楽しみにものを食べる。

 愛弟子である魔梨沙の、こと自分を上回りかねない弾幕ごっこの強さを疑うことは出来ないから、霊夢が作るであろう、うどんをご相伴にあずかれるかが唯一不安だ。

 

 結果として、魔梨沙は足りない材料を買ってくるということで人里に向かい、霊夢は使えるものなら亡霊でも使うとそれが作ったものを嫌がった過去を忘れたかのように魅魔を手伝わせ、その場の全員でうどんを食べることになった。

 コシのある中々のうどんが出来たと上機嫌の霊夢に、魔梨沙と魅魔は苦笑い。だがしかし、その日の夕飯は、充実したものであった。

 

 

 

 

 

 

 遮る者のない満月の下、魅魔はその光を浴びることで力を増した自分を感じ、満足する。お腹も、力も膨れていれば、怖いものなど何もなく、実際に彼女の実力はこの幻想郷でも指折りのものである。

 恐れ怯むのは他人の道理。年季の入った亡霊である魅魔には、もう恐れるものなど殆ど無い。少ない一つであった陰陽玉、引いては博麗との関係も良好であり、性格も丸くなって、そんな風に変ってしまった今もそれほど悪くはないものと思える。

 

「でも、私も弱くなった」

 

 しかし、祟るだけの存在であったことから変ってしまった分だけ、弱点も変遷する。人の世に触れればそれだけ情が絡んで、まま邪魔するもの。

 そう、人間らしい亡霊は、他人の子である魔梨沙を我が子のように想ってしまっていた。独立させるなんて、遠ざけるための方便。本当は教え足りない触れ足りない。

 だが、亡霊である自分と共にいることが人間である魔梨沙にとっていい筈もないと、そこまで思って魔梨沙となるべく会わないようにしたのだ。

 

 だから、異変を起した紅魔館とやらとの宴会にも神棚の中に隠れて参加せずにいたし、魔梨沙が博麗神社を訪れる時も、顔を出すのは控えるようにしている。今日会ったのは、足が向いたからではなく止められないくらいに会いたくなったからである。

 その際触れて、小さいころと比べて随分と大きくなったという実感を受けた。それが、あまり良いばかりと思えないのは、自分が亡霊という寿命を超越した存在であるからか。

 悪霊なんかに懐いてくれた稀有な存在。魔梨沙が死んで欲しくないと、その死を看取りたくないと、切に思う。

 

 だから、早く人間を超えて種族魔法使いになってほしいと思うが、そう簡単にはいかないであろうということも知っていた。

 力に焦がれる本人に、横道に逸れた魔法の使い方を研究する気はないだろうし、教えるにも、捨食に捨虫の魔法を覚える前に魅魔は死んでいる。

 それに、本心を知るのが恐ろしいから聞いたことがないが、そもそも魔梨沙は人間のまま死にたいと思っているのかもしれない。今日の霊夢とのやりとりを見て、彼女が対等に霊夢とやりあえる人間であることを楽しんでいることはよく知れた。

 霊夢は魅魔を羨ましく思っているかもしれないが、魔梨沙と同じ時間を過ごせるということで魅魔も霊夢を羨ましく思っている。

 

「ふぅ。思い通りにはいかないものだねえ」

「あらあら。博麗神社の祟り神とあろう方が、何を悩んでいらっしゃるのでしょう」

「八雲紫か。なんでもないよ」

 

 そんな悩ましい空の散歩中に、八雲紫は現れた。フリルの沢山ついたドレスを、紫は風ではためかせている。スキマを座蒲団代わりにしてその上に座す彼女がどこから出て来たのかも分からなかったが、そんな八雲とは博麗神社との繋がりで縁深い。

 だから、少しも驚きもせずに、魅魔は紫に応じる。

 

「あら、つれない返事。祟りを畏れられて一部の民に崇められ、神霊と化すほどの亡霊ともなれば、口も重くなるものなのでしょうかね」

「そのことだけれどさ。本当に私なんかが祭神の真似事をしていいのかい? 一応、神社もそれなりに由緒あるものじゃなかったかしら?」

「ええ。社を守るだけの力を失くした神霊を崇めているより虚しいことはありません。むしろ魅魔、貴女が祭神の座に在る方が頼もしい」

「昔っから思っていたけど、八雲は私を私みたいなもの除けに使ってるよねぇ」

「うふふ。そんな事はありませんわ。昔から、博麗神社に必要であったのは、貴方以外に居るはずもない」

「そう。全部、想定通りってことなのね」

 

 そう、昔から博麗神社に関しては紫の掌の上にあった。魅魔もその内の一つでしかない。

 博麗神社に向かう悪意を一つして御しやすくするために、昔から魅魔以外の博麗を恨むものは尽く紫に潰されている。そして、魅魔もライバルは潰していた。だから、今博麗神社に直接的な恨みを持つものはいないだろう。

 魅魔が祭神になったからには、自社に向かう悪意を見逃すはずもなく、故に博麗神社は安泰である。

 

「まあ、八雲には感謝していることが幾つもある。神社は任せておきなさい」

「さて、何のことでしょう?」

「とぼけないでもいい。魔梨沙のことさ」

「霧雨魔梨沙。それこそ魅魔に比べたら、私があの子に何をしたでしょう」

「口にしたくないならそれでいいさ。でも、私は感謝をしている」

「……そう」

 

 魔梨沙の親代わりと自認するくらいであるから、魅魔は魔梨沙が幻想入りしたカラクリくらい分かっている。それに関する感謝が幾つか。

 まずは恐らくは次代博麗の巫女候補として、魔梨沙を幻想郷に入れてくれたこと。それに霊夢という適格者が見つかってからも、【古の魔力】を持つ魔梨沙を処分せずにいたことについて。

 この二つの判断がなければ、魅魔は魔梨沙と出会うことなく神社を祟る日々を続けていただろう。だから感謝をするのは当然であると、魅魔は思う。

 

 それに、紫も霊夢に対するほどではないが魔梨沙も気にかけているようで、何度もやりあった謎の妖怪として魔梨沙の口から紫の名前が出てきて、魅魔が大笑いしたこともある。

 どんな目的で近づいているにせよ、大方霊夢に対する役割か何かだろうが、それが振られている間は、魔梨沙の身の安全は保証されているようなもの。

 そういう意味でも、魅魔にとって駒を大事に扱うタイプの紫の存在はありがたかった。

 

「さて、私は言いたいことは大体言った。何かあるかい? なければ霊夢が寝静まるまでここいらを散歩しているつもりだがね」

「そうね……では、私がその散歩に付き合っても構わない? 長年の友と連れ歩くこと、それだけでも有意義な時間を過ごせるものだから」

「ああ、そういうのも悪くはないね」

 

 そう、胡散臭い大妖が人間のような本音を口にした、それに乗るのは悪くない。

 二人の性分を考えると、会話の花も大して咲かないわびしいものとなるだろうが、一人寂しくいくよりましだと魅魔は思う。

 その日、二人の妖怪と亡霊は周囲の妖怪などを怯えさせながら宙を行き、そして日が出る前に博麗神社へと帰った二者は、そのまま互いにあるべき場所へと消えていった。

 

 

 

 


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