霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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 今回は旧作要素多めです!


第四十二話

 

 

 そのあやかしの魔力は幻想を逸する。広がった白熱は、最早太陽球に届く。立ち昇った力をたちどころに呑み込むに、天空では足りない。

 故に、死蝶ですら、あまりの力に溺れて消え入った。死を帯びてすら消え入らない精密な偽花の群れに溢れた空には、お化けが這入る余地もない。

 そう、強すぎる光線が自然消滅を否定したがために残していった光点を幽々子が避けた際に、弾幕に触れて墜ちてしまったのも、当然の帰結であったのだろう。

 

「うーん……蝶が嫌う華もあるのねー……」

 

 この世が泡のようなものだとしたら、きっと飛散するその瞬間こそが美しい。桜色の少女は、背後に広げた力を散らして墜ちていく。

 それはそれは、綺麗なボロボロ、桜の花の散る趣き。慕い、落下を優しくしてくれる幽霊の渦巻きを含め、それは幽玄を表していた。

 しかし、強靭無比な一輪は、それを一つ笑い、見下げて答える。

 

「ふふ。蝶は造花を花と知れない。故に近づくこともないでしょう。けれどもそれはずっと咲き続ける花である……そう、私のように」

 

 そう、花が最強であるという不自然。それを幻想はあまりに当然のように受け容れる。鬼の角よりも尖った頂点。そこに咲く花こそ、風見幽香。

 少女は、一番の高みから敢えて、下を向く。そして、笑うのだった。

 ああ、無様だと。

 

「高みから見渡す光景は素晴らしい。そう思うのも嘘ではないでしょう。けれどもそれとは別に、見下げる全てを小さく思うのも本当。全く、蟻をよく感じるには潰すしかないのが、つまらないわね」

 

 幽香の位。それは、種族の断崖絶壁すら小粒に思えるほどの高み。遙か下の生き物などに、感じるものすら殆どないくらいに、彼女は違っていた。

 幽香にとって、その他大勢は、小虫に等しい無力。その程度相手に彼女が感じるには、散々に痛めて潰して中身を見るしか、方法はなかった。

 そしてああ、やっぱりこの程度なのだと、あざ笑うのが常である。

 

「はあ。こんなつまらないモノたち、虐めてやるしか、ないじゃない」

 

 風見幽香が味わい続けているのは、最強が故の孤独。並ぶものない究極が温まる術などそうはなかった。

 挨拶、ただ視線が通い合うだけでは隣人を感じるに足りない。酷く痛めつけた結果、強く睨めつけられるくらいでなければ、それがそこに有ることすら実感できない有様である。

 矮小の中で腐らずに生きていくには、そんな努力が要るのだった。

 

 しかし、もしかしたら、他を楽しむための、違う方法もあるのかもしれない。だが、この風見幽香は虐める以外に他と触れ合うやり方を知らなかったのだった。

 虐め、倒し、やがて彼女は遠くを見つめて、止まった。

 

「でも――さて魔梨沙、貴女は違ったわよね?」

 

 そして、花は風を待つ。

 重い頭振り仰ぎ見るに足る、流星が孕む怒涛の嵐を。

 

 

 

 

 

 

 それは、つまらないから世界を乱してみた、ただ何時もより引っかく先を広げた際のこと。その時幽香は悪霊、化け化け達を脅してけしかけ、方方の異世界に迷惑をかけて睨まれることで実感を楽しんでいた。

 千客万来。訪れに訪れるは、八雲紫に神綺にヘカーティア・ラピスラズリ等の異界の持ち主の錚々たる面子。久方ぶりに運動をすることになったその楽しい中、しかしそれも続けば就寝時間は当然のようにやって来る。

 存外酔狂な妖怪であるところの幽香は、睡眠を楽しむ。就寝準備の片手間に神々をあしらってから、光線一条払って静かにさせてからお休みなさい。

 

「ぐう」

 

 やがて、全てを恐々とさせた、そんな少女も夢の中に。ピンクのナイトキャップにネグリジェ姿の彼女は意外なほどに愛らしい。

 誰がどう見ても、隙だらけ。けれども、風見幽香の強さを知るものは、誰一人たりとて彼女の睡眠の邪魔をしようとは思わなかった。仕返しがあまりに恐ろしいから。

 しかし、ある時恐れを知らない人間が唯一人、世界を越えてやって来る。そう、未熟であった頃の霧雨魔梨沙が、異変を解決にと夢幻館へと訪れたのだった。

 散々にチェックな部屋模様を荒らした魔梨沙は、騒々しく幽香の枕元へと降り立つ。そうして、にんまりと微笑んだ。そう、見通せないまでの最強の力に惹かれて。

 

「うふふ。凄いわー。貴女は誰?」

「もう、うるさいなぁ……こんな時間に……」

「こんばんは。いいえ、おはようの方が良かったかしら?」

「おやすみ……」

 

 法外者でもなければ、ここまでたどり着くのに、吸血少女のくるみや死神モドキのエリー等の門番と相対しているのが普通。

 幽香の枕元にまで到れるというのは、相当に難易度の高いもの。故に、幽香は期待を持って目を開いたが、なんだ人間かと再び目を閉ざすこととなった。

 どうにも夢幻世界の妖怪達は、どうにも人の要素が強い。故にこの子供はただ自ら手を汚したくない彼女らに見逃されたのだろうと思い違いをして。

 

「うふふ。眠らないで?」

 

 しかし、霧雨魔梨沙は、見逃してしまえる程の低い存在ではない。彼女は殆なんでもありの異界での戦闘にて光弾を操りここまで押し通った、人間。

 その力の片鱗が、前髪をそよがせる。興味に、幽香の瞳は開く。本気の赤でない寝ぼけ眼の緑ではあるが、この時確かに彼女は魔梨沙を見つめていた。

 

「……で?」

「本当はあたし、出来れば、悪霊をそこら中に寄越すのを止めて欲しいって言いに来たのだけれど……」

「けれど?」

「きゃはは! あたし、貴女の力に恋しちゃった! 貴女を倒して、その力を私のものにしたいの!」

 

 魔理沙の唐突な告白に、幽香は眉をひそめる。最強の力を嫌うのは、経験からよく分かるものだった。だがしかし、それを受け容れ、恋すら覚えるとは。

 あまつさえ、奪いたいとまで言う。情熱的に細められた瞳に湯気が出そうなまでに紅潮した頬。これはどうにも数寄物だ。

 もっとも、ここまで変態なほうが幽香にとって分かりやすくもあったのだが。

 

「ふふ」

 

 要は、自分は今襲われているのだ。ならば、抵抗するべきなのだろう。

 こんなの、どれだけ久しいことか。思わず幽香は微笑んで言った。

 

「人間が生意気ね。長生きしたければ、おとなしくしていた方がいいかと思うわ」

「足掻かないのは死ぬのと同じ。あたしは何時か霧雨マリサになるためにも、力を求めるわ!」

 

 その啖呵に魅力は足りない。末期のものと知らずに幽香の前で思い語られる中でも、変わるために挑むというのはあり来たりとすらいえた。

 だが、そこに篭められた熱意といったらどうだろう。それを手に出来なければ今直ぐに死んでもいいと言わんばかりの必死ぶり。正しくそれこそ生きる人間らしさ。

 燃え盛る瞳に、自分に向けられた恋情に嘘がないと、幽香は知った。だから、ついつい彼女も()()なってしまう。

 

「そう。よく分からないけれど、そんなに行き急ぐのなら……私の前で力尽きて死ぬと良いわ、人間!」

 

 紅い人間に釣られて、幽香の瞳も紅潮する。果たして眠気は何処に行ってしまったのだろう。彼女は限り有る人間程度に、本気になった。

 

 

 

「きゃはははは!」

「甘く見ていたわ……」

 

 最強無比の全力にあおられて、大妖怪程度の力が、木の葉のように、空を舞う。

 互いのスケールの差は、最早太陽光に挑む光の粒一つ。しかし、それが仕留めきれない、潰せない。

 幽香は魔梨沙の回避力に、困惑していた。

 

 幽香が傘を向ける度に、魔梨沙の周囲で力の光が飛散する。その白は人など無限に殺せる威力を持っていて、また白熱していた。

 それが、美しく互い違いに巡るのだ。辛うじて人が光弾を受けずに済んだとしても、とても、その影響までもを避けることなど叶わない。

 命など容易く奪う、妖怪の本気。スペルカードルールに守られてもいない人間など、あっという間に消し炭になるのがオチの筈だった。

 

「きゃはは! どう隙間に入っても力に灼かれるのだったら、()()しかないわね!」

 

 しかし、霧雨魔梨沙はおびただしい白点の広がりの中で、元気に笑う。そう、それは盗み見して学び取った夢想天生の真似事を持ってして。

 流石に、本家本元のように圧倒的な力すべての影響からは脱せない。けれども、予熱くらいからは自由になっていた。

 詰まる所、今現在狂笑する魔梨沙はその周囲の高熱の影響から浮けてはいるが、その実一度でも弾幕に触れることでもあったら死んでしまうのだ。だがそれも翻すと、彼女が数多の光弾を避けさえすれば、生を続けられるということだった。

 弾幕の隙間ポケットに入り、魔梨沙は笑い続ける。

 

「無敵……ではない。あまりにも不安定な回避かしら。そんなもの、何時まで続くのかしら?」

「何時までも! 私が想いを成就させるまで!」

 

 幽香は、恐怖に親しむ不可解な存在を前に、冷静に相手の強みを測った。

 これも当てれば、倒せる。ただそれだけの今までどおりだった。しかし、当たらない。力の点では物足りず、相手を真似て星の形象やひまわりの花弁を仕立ててみたところで、魔梨沙は辛うじて避けることを続ける。

 頬を掠めた、服が抉れた、帽子が飛んだ、箒が折れた。それでも、笑みは止まらない。天翔ける流星は、かき消えることがなかった。

 

「きゃはははは!」

「くっ、その笑い声、耳障りねっ」

 

 ならば、よりランダムに、そして速さを加える。広げた桃色日傘を向けて、そこに流した力を耐えきれずに崩壊しつつ有る住処一帯にばら撒いた。

 傘の円かを利用して、針状弾、粒弾は図柄のようになって広がっていく。それは止まらぬ花びら、飛散する雨粒。発している幽香には見えないその全てが、対象には殊更美しいものに映る。

 だから魔梨沙は、絶望的な物量の前で笑みを深めた。

 

「きゃはは! 綺麗ね!」

 

 そんな美麗の中で、誰が汚く散ってあげるものか。女の子には、意地がある。そう思って、対する魔梨沙の動きは踊りとなった。

 光は魔梨沙に向けるライトアップ。熱の歪みは特殊効果。見つめる者の瞬きですら、カメラのシャッター。

 リズムを曲線で射抜く少女は、果たしてどれだけの心を動かすものだろうか。きっと、その美しさは最強にだって届くのだ。

 

「なんて……無様なの」

 

 風見幽香とて、少女。だから、ただ力尽くでそんなに綺麗を表してくれている彼女を穢そうとしている自分が、一等無粋に感じられてしまうのも仕方のないことだったのだろう。

 それでも、今更止められはしない。生輝かす美麗の前で、醜くも殺傷のための光弾を放ち続けて打ち勝たなければ、最強ではいられない。

 最強でなくなってしまうこと。それこそが幽香にとって一番に嫌なことだった。だから、頭を働かせる。それが自然、パターンを増やして避ける相手を尚輝かせることに繋がることを忘れて。

 

「全てを埋め尽くす光、だと発するまでに効果外に逃げられる。なら、力を太い線にして……」

 

 幽香は思う。これでも、無駄かもしれない。なら、少しでも美しくしよう。

 全ての色を混ぜて極光に。幾ら求めても届かぬ色を創り出す。そうして、折れぬ心を折るのだ。だから、この業に名前がないつまらなさに唾を吐きたくなる心地を覚えながらも、幽香は彼女なりに最強を形作った。

 それは、すべてを無に消す光線。閃光にしては、あまりに眩い太い力の流れだった。

 

「行くわっ!」

 

 思わず出た声に応じて、最強は発される。それは辺りの光を呑み込みながら、強烈な輝く直線と化す。

 纏う粒子ですら、魔梨沙を幾度も殺傷するに足りた。無限を走破するに足る、究極。そんな光を目にして。

 

「ああ、良いわね、それ! きゃはははは!」

 

 魔梨沙は笑った。

 

 †。

 

 その手にその光集める装置は何時の間に握られていたのだろう。あまりに幻想から離れた未来的なそれは、並行世界のテクノロジーの産物。

 それを見たものがフィクションを知るならばきっとこう形容するだろう。

 

 †††。

 

 光線銃と。

 

 ††††††。

 

「使わせてもらうわ、教授!」

 

 岡崎夢美。それは、数多の†を背負った教授と言われる人物。恐らく魔梨沙が持っているその小さな銃は、彼女謹製なのだろう。最強無比に、その最高の知能は勝るのか。

 当然、勝てる筈もない。だが、それでも魔梨沙は貴女をしあわせにしてあげると夢美が渡してくれたこの光線銃を、信じるのだった。

 

 ††††††††††††††††††!

 

「――マスター、スパーク!」

 

 そして、今こそ願いは叶う。魔梨沙が発した光は最強を真似して学んで、そして誰よりも真っ直ぐな彼女の意を汲んで、飛び抜けた。

 

「きゃはははは――――」

 

 閃光。崩壊。

 ぎちりという音。手元で、未知の可能性は壊れていく。それでも、夢美が残した、魔梨沙への愛は、最強に打ち勝った。

 

「つっ!」

 

 そうして、見事に最強を打ち砕かれた、幽香は落ちる、墜ちる、堕ちていく。その目に涙を浮かべ。

 自分には隠しているものが未だ沢山ある。もっと、力は発揮出来たかもしれない。でも、判るのだ。きっと、羽開いて二人と分かれても同じことだったろう。

 足りない。最強に至って、果たして何が足りないというのか。

 

「ああ、なるほどね」

 

 地に打つかる前に、見上げてそうして風見幽香は理解する。

 勝者、霧雨魔梨沙の笑顔によって。

 

「綺麗」

 

 

 そうして、魔梨沙は幽香の心を折った。

 

 

 

 

 

 

「最後に貴女が私を求めてくるなんて、なんて嬉しいこと。今日はとても素晴らしい一日ね」

「判るの。流石は幽香ね」

「ええ、貴女相手なら」

 

 振り返らずとも、判る。魔梨沙の少し困惑した様子を、逸した存在である幽香は感じ取っていた。

 そうして、振り返ってより理解する。その愛らしさを。何年経っても相変わらずの美しさまでも。ああ、なんて愛おしいのだろうか。

 幽香のその感情を知らずに、笑って、魔梨沙は返す。

 

「うふふ。それにしても、何時だって素晴らしいことばかりじゃないわ。花に嵐の例えもあるみたいよー」

「月に叢雲花に風。さよならだけが人生と誰かが言ったそうね」

「こっちにも伝わっているのね。名訳だわー」

「――――しかし、再び三千世界に華は咲く。さあ、この一期一会を楽しみましょうか」

 

 その時、風見幽香の瞳は真紅に染まる。

 さあ、今度こそ、勝とう。最強の比べ合いではなく、美しさの比べ合いにて、恋する相手を乗り越える。

 

「ふふ」

 

 留まらず、何度でも美しく。それこそ、花の生き方なのだから。

 

 

 


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