霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第二十九話

 

 

 

 迷いの竹林の中、永遠亭の近くを棲家とする妖怪兎達は、大いに騒いでいた。

 何時も飛んで跳ねて、時に餅をついたりする、そんな暢気な妖獣たちはそのよく伸びた感覚器によって、強力な妖怪と人間、そして恐ろしい幽霊と半分人間の存在をいち早く知り、怯えたり軽口を叩いたりして、非日常の到来を楽しむ。

 今日の永遠亭独自のイベントである例月祭はお休みということで、今彼女たちの大体は自由に遊んでいる。まあ、習慣から餅をこねているものもちらほらいて、その傍には幸運の素兎、因幡てゐがいた。

 すぐ近くで、そんな無意味な行動を取っている兎を見ながら、てゐは溜息を付いてから独り言を口走る。

 

「我が眷属ながら、情けない。偽の月の夜に満月に似せた団子を作ることが無意味だと分からないなんて。普段のものと違って薬も入っていないから摘んでも気が盛り上がることもないというのに。お師匠様の薬に中毒性があるわけもないし、習慣というのは考えるということを失くさせるから怖いね」

 

 ロップイヤーのように垂れた耳を弄ってから、てゐは出来立てほやほやの団子を他の兎達と同じように、つまみ食いした。薬の入っていない今日のものは何時ものものより味気ないなと思いながら、その細い喉で嚥下する。

 そう、てゐは、毎月行われていた例月祭がただの永遠亭のお祭り事ではないのを見抜いている数少ない人物であった。

 兎が毎月行っているのは、団子を沢山作り、それを偽の満月と見立てて、相対的に月の使者が来るのを遠ざけるための、作業。

 それが今宵行われないということは、もう偽の月は充分であるということに他ならなかった。

 

「お師匠様も、随分と大げさなことをするものだよ。おかげで異変に気づいて寄ってくる妖怪たちも大したものになってしまって困るね」

 

 そう、欠けた偽の月が今も空に浮いているのだから、天の満月を介して来る月の使者が来られる筈のないことは当然のこと。そして、満月に力を得る妖怪たちが今回の異変を解決しようとするのも当然のことで。

 自分が師と仰いでいる人物の持つ力の凄まじさに、呆れすら覚えているが、現在手一杯だろう彼女を頼りにしても助けてもらえる可能性は低く。

 そもそも永遠亭に人を寄せ付けないよう契約しているてゐは、異変の下手人たる上司を狙っているだろう相手の邪魔をしなければならず。しかし戦闘能力の低い彼女は、敵が最近知ったスペルカードルールを守ってくれることを祈ることしかできなかった。

 

 そんな不安だらけの夜の中、しかし中々敵となる者は姿を現さない。

 少し焦れながら、胸元に付けている人参の形を下げたネックレスを手にし、ふとてゐは夜空を見上げた。

 

「そういえば、さっきから星が動いていないね……やれやれ、本当にお師匠様も面倒な相手に喧嘩を売ったものだよ」

 

 両手を上げ、降参のポーズを取りながら、てゐは今回の異変に自分たちは端役にしかなれいないことを確信する。

 ここまで出来る力というものはてゐの想像を超えていて、もしかしたら師匠としている八意永琳ですら、苦戦は免れ得ないかもしれないとすら思えてならない。

 そう、未だに夜は停まっていた。

 

 

 

 

 

 

 偽りの月が地に届ける寒々とした月光の下で、従者と主人、その組み合わせの者同士はよく見える相手の顔を見つめ合う。

 難しい顔をして互いを睨みつけているのは、何時ぞや異変で戦ったレミリアと妖夢。反して暢気に周りを眺めたりしているのは、咲夜に幽々子。

 周囲に在るのは、斜面に生えた竹ばかり、かと思えば足元にはボロボロの一軒家もあった。幽々子はあそこには美味しいものはなさそうね、と思い、咲夜はあんなあばら屋に人なんて居ないだろうから思い切り暴れられるわねと考える。

 そう、二組が向かい合っているのは、どちらが異変解決をするに相応しいか、決める方法として弾幕ごっこをするため。

 先ほど共同で天を停めていた力の一つが抜けたようで、各々夜を止めるのに負担が増えたため、あまり時間はかけたくないと、双方が用意したスペルカードは二枚ずつ。

 まずは、従者通しが前に出て矛を交える、といった頃合いで動かない星空を紅の瞳で眺めながら、レミリアは言葉を投じた。

 

「それにしても、咲夜以外に時を止めることが出来る手合いがこれほど沢山いるなんてね。ココは本当に数奇な場所」

「正確には、私達は術を持って夜を遅らせているだけなんだけれど。紫は境界を弄るだけで夜を固定できるしずるいわー」

「しかし、恐らくはその八雲紫と霊夢が破られた。これはどういうことかと思う?」

「先行していないとすれば、そんなことを出来るのは魔梨沙くらいだわ。きっと何か勘違いしてるんじゃないかしら。月の異変に気付かずに、私達が夜を止めているのを問題としていたりして」

「ふん。そんなことはないと思っているだろうに。どうせ全てを知った上での魔梨沙の暴走だよ。あいつは直に力を見つめたいから、常に最前線に行きたがるし、恐れを捨てているから、負けることも間に合わないことも考えない。私達全部敵にしても、夜明けまでに全てを終わらせられると、身の程知らずにもそう思い上がっている。私は魔梨沙のそんなところが嫌いだよ」

「うふふ。それでも彼女はお気に入りの一。貴女、今お姉さんの顔をしているって気付いてる?」

「さてね……ほら、始まったよ」

 

 主人同士の語らいの合間に、戦いは合図もなく始まっている。咲夜と妖夢は銀髪を揺らしながら、ナイフと刀の銀色を煌めかせていた。

 相手の表情が見えるくらいに開いた距離を埋めるのは、咲夜が投じる数多の銀のナイフと妖夢が刀を振り切った軌跡を元になって出る霊弾が交じり合い互いを落としあう光景。

 突と斬の正面衝突は、互いが技量の近いもの同士であるためか、どちらかに天秤が傾く様子を中々見せない。しかし、どちらが不利かはよくよく見てみれば分かる。

 月の光を映すナイフは、白色の斬撃に当たり次々と落ちていくが、それらは地面に突き刺さる前に姿を消す。咲夜の投擲は千を超えていて人の目には無限のナイフを隠し持っているかのようにすら映ってしまう。

 実際咲夜は沢山の尖った銀色を歪めた空間に隠し持っているが、それだけでなく彼女は時間を操る程度の能力を使い、それらが汚れる前に拾っているのだ。

 オマケに停まった時で休んでもいるのか、一向に咲夜は疲れる様子を見せることなく激しい運動の中汗一つ流さない。種族柄体力で勝っている筈の妖夢ですらこの永く続き始めた弾幕の打ち合いにくたびれ始めているというのに、瀟洒な様子は崩れないのだ。

 僅か、霊力で出来た白い三日月の勢いに陰りが出てきたのを感じてから、妖夢は我慢勝負をこれ以上やっていられないと、弾けるように横へ飛んだ。

 妖夢はそこに追尾するように飛来してくるナイフを、魔梨沙の動きをトレースして西行妖の弾幕を避けたことを思い出しながら悠々と避け、そして一枚のスペルカードを見せつけた。

 

「それは、美鈴を斬った……」

「行くわ、人鬼「未来永劫斬」!」

 

 そう、それは格闘の最中に隙を見せた美鈴を斬り捨てた技。霊力で極限までブーストしたその速度を持ってして、四方八方から妖夢が斬りかかる。それだけのものが、破り難いものになっているのは位置取りと剣速に全てが極まっているからだろう。

 恐ろしい技である。だが、決して咲夜は迫る白刃をを恐れない。それは、妖夢が刀の力と技量によって相手を真っ二つに斬ることがないのを知っているというためだけでは無かった。

 咲夜は美鈴にどうして妖夢に負けたのか、と聞いたことがある。敗北を思い出すのに消沈もせず微笑みながら、美鈴は追いつかなかったからと答えた。

 あれは今まで見た中で二番目の速さですね、と零す美鈴に、咲夜はまた問いを向ける。なら、一位は何、と。すると、一瞬呆れたような顔をしてから、頭を振って真剣な表情に戻して美鈴は答えた。

 

「そう、『光よりも速く動ける咲夜さんより速いものなんてありませんよ』だったっけ」

 

 時計は止まり、周囲は満月の明るさから一転暗くなる。そう、もうここは全てが停止して動くものは咲夜だけの世界。

 妖夢の未来永劫斬はその名の通り、今どころか未来まで斬り裂かんとするその斬撃。特に最初の一閃は、停まった時にすら迫るものがあった。

 咲夜は頬に触れる冷たい感触を意識しながら、しかし傷ひとつない玉の肌から白磁の指先で刀身を退かし、そしてその場から妖夢の背後に移り、妖夢の首筋にナイフをピタリ。そして、時は動き出した。

 

「なっ! くっ、背後に……」

「空振りをした後の隙が大きすぎるわね。そのまま通り過ぎたのならば首元の一本のナイフ、肌を掠めるくらいで済んだ。私を相手するのなら【そういうもの】だと割り切りながらかかって来ないと。美鈴相手ならこう簡単にはいかないわよ?」

「動けない……こんな、あっという間に終わるなんて……」

「と、まあこれだけじゃあ私も面白くないし、お嬢様も面白く無いでしょう。今大人げなく能力を使ったのは何時ぞやに美鈴を負かした分のお返し。さあ、次が本当の勝敗を決める戦いよ」

 

 そう言い、咲夜はナイフを持った手を引っ込める。そうしてから、宙に幾本ものナイフの切っ先を妖夢に向けながら交じり合う曲線を描くように並べた。

 優雅な銀の波は威圧感を持たないが、それでも切っ先の鋭さを思えば余りに恐ろしく。そして、それらは咲夜がスペルカードをポケットから取り出してから、月光を反射しギラリと輝いた。

 

「貴女は一刀、私は無数。さて妖夢、貴女はこの弾幕を避けられるかしら? ――幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」」

「……っ!」

 

 連なり流れる数多のナイフは、銀の軌跡となって美しく瞳に映る。だが、妖夢の瞳に映るのは、自身を襲う余りに大量のナイフ群であり、全てが一つ弾いてもその後ろに連続する刺突の行列であった。

 避ける、それは難しい。ナイフの誘導性能は非常に高く、全身を射抜かんとするようにそれらは襲い掛かってくる。そして、弾くというのも、キリがないがために難しくある。

 

「舐め、ないでよっ!」

 

 しかし、そのどちらかを取るかというと、妖夢は後者を選んだ。研ぎ澄ました一刀、それによって数多と切り結ぶというのは容易なことではない。だが、妖夢は自分の修練した時も、師の教えも信じていた。

 金属同士がぶつかり合ったことで起きる火花は、オレンジ色の花弁の如くに妖夢を彩りその五体の殆どの位置に花を咲かせる。妖夢の小さな身体は、夜闇に明るい彼岸花に埋もれて行く。

 

「お嬢様と引き分けた貴女を侮っていないわ。今回は、本気よ」

 

 そして、眩い光に気を削がれた妖夢は腕を掠める一本を見逃した事を発端として、次々にその全身へと銀色が突き刺さっていった。ハリネズミのようになった彼女は堪らず墜ちていく。

 

「あらー、やられちゃったわね。全身の傷は浅いけれど、ショックで妖夢ったら気絶しちゃってるわー」

 

 それを受け止めるは、桃色の髪を受け止めた衝撃で浮かせる主、西行寺幽々子。

 幽々子が一見したところナイフによる刺傷の全ては浅く急所から外れており、何やらポケットから紫色の傷薬らしきものが入った小瓶を持ってやって来るメイドの腕は手加減まで確かだと感じざるを得ない。

 

「それじゃあ、咲夜、貴女に妖夢を任せたわー」

 

 なら、看護の腕も間違いないだろう、経験の少ない自分は退きましょうと、幽々子は妖夢を一際太い竹に寄りかからせてから、手を広げて咲夜を歓迎する。

 

「あら。今は敵同士の筈だけれど、任せていいの? パチュリー様と魔梨沙共同制作の秘薬を負かした相手につけに来た私が言うのもおかしいかもしれないけれど」

「大丈夫だと信じているわー。それに、もしそれ以上妖夢を傷つけようとしたら【死に誘っちゃう】から平気よ」

「っ、そう……」

 

 扇で隠されたピンク色の唇から発せられたのは、本当の音色。蝶が一匹咲夜の横を通り過ぎていく。

 幽々子は瞬きもせずに赤い目で見つめて、じっと咲夜に恐ろしくなるような純な視線をしばらく向けてから、唐突にぷいとそれを逸らす。そして、視線は高い天にて羽根を大いに広げてふんぞり返っている小さな姿に向けられた。

 紅玉の如き瞳同士は、幽々子がその同等の高さに浮かんでいくことで、次第に真っ直ぐ向かい合うようになる。僅かな沈黙の後に、先に口を開いたのはレミリアだった。

 

「それで、どうするんだい? これで私達の一勝。あり得ないが、もし私が負けたとしても一勝一敗。どう足掻いても幽々子、貴女が勝ち越すというのはないわよ」

「妖夢も頑張ってくれたけれど仕方ないわー。私が二連勝するしかないわね。ちょっとくたびれそう」

「……ふぅん。もう私に勝った気になっているの、貴女は」

「あら。従者に負けた相手を気にするほど、私は細かい性格をしていないわ。ただ、蝙蝠も時計も不味そうね、って思うだけ」

「いいだろう……その大口叩いたこと、後悔してもらうよ!」

 

 怒髪天を突く、という言葉があるが、力を開放したレミリアの紫色をしたミディアムの髪はその魔力妖力の紅に染まって逆立つ。

 紅魔の主たる彼女は蝙蝠翼を大きく開き、スカーレットデビルの異名通りの威圧感をその小さな身から溢れさす。

 若いわねえと、その気合の入った姿を見ながら【少女】幽々子も今回はある程度以上本気を出そうと考え、背後に巨大な扇を現出させた。特殊な術式によって編み出されるそこにあるだけの扇は御所車の図柄が青と桜色のグラデーションに輝き眩く美しい。

 威力も特殊効果もない虚仮威しのような代物を大々的に開いて背負うのは、幽々子が弾幕ごっこに更なる優雅さを求めたため。

 舞い踊るには、相応しい場が必要である。そう、幽々子にとって、本気になれる弾幕の最中というのは最高の舞台。さあその弾幕で射てみせよとばかりに、彼女は自身を注目の的とする。

 

「それじゃ、まずは小手調べからね」

「ふん。早々に手の内は晒さないよ。最初は使い魔に任せるわ」

 

 幽々子はふよ、と桜色の人魂を両脇に浮かべ、レミリアは、前方に紅い四つの魔法陣を用意した。そして、次の瞬間二人の間に溢れるは蝶に蝙蝠の大群。

 羽ばたき、霊と魔の力を比べ消滅させ合うそのと桜色と紅色は、互いの眼前を赤系色のマーブルに染め上げている。しかし、徐々に紅は徐々に押されて後退を始める。幽々子の創りだす蝶の方が、量に勝るようであった。

 

「仕方ない。私も動きましょうか」

 

 そう言って、レミリアは魔力で出した紅の蝙蝠の合間に、紅き妖力によって染め上げられた矢状の妖弾を発して弾幕の密度を増させる。

 そうして出来上がるは、同等の力量による均衡。様相の異なる飛行体は時折ぶつかり合うその隙間を抜けて互いに襲いかかってくるが、纏まりもせず真っ直ぐ飛来するばかりのものを避けられないほど彼女たちは鈍重ではない。

 レミリアは吸血鬼の速力を持ってして余裕を持って避け、幽々子はその舞い踊るように幽雅な動作をもってして引き付けてから軽々避けていた。

 互いに、相手は幻想郷でも格の高い存在であるということは分かっていたが、それにしてもよく避けるものだと二人は同時に思う。好対象な二人は相手の動きに魅了され、次第に浮かぶのは更に弾幕を増やしてもそう美しく避けられるのかという疑問。

 それを解こうと、先に動いたのは幽々子であった。

 

「それじゃあ、まず私からいくわね。死蝶「華胥の永眠」ー」

 

 そして、幽々子は再び蝶を広げる。しかし今度は、大きさも色も、飛ばし方も違う。真っ直ぐ飛ばすだけで当たるはずもないのは、弾幕を交わして痛感した。そして元より、力勝負は好まない。

 より美しく、そして相手を惑わせる。それこそ、西行寺幽々子の弾幕。造作の細やかな蝶は、全方位に飛んで行き、交差しながら一定の距離を持って桜色から黄色に変じる。

 間近で見れば、その色の変化、グラデーションがあまりに美しく感ぜられるもの。先より大きくなり、消滅させるに辛い中、また軽々と壊すにはもったいない出来の弾幕がレミリアを包み込んだ。

 

「……これは、避け辛いわね」

 

 目を惹きつける美しさは、目測の邪魔にすらなる。更に、眩き黄色が羽根を忙しく動かしながら斜めに通過する中に囲まれ、レミリアの長所たるスピードは著しく制限された。

 ならばどうするか。力づくで破ってもいいが、それは面白く無いとレミリアは思う。なら、技術を持ってして抗う以外にない。

 そして、背中の飛膜をも駆使しながら、ふわりふわりとレミリアは交差弾の中を揺蕩い始める。思ったよりも、低速で飛び回るのは身を掠める弾幕の美しさも楽しめるために悪くないと彼女も思う。

 しかし、普段のレミリアらしからぬそんな回避法を見た幽々子は、素直に感想を口にした。

 

「うふふ。レミリア、今の貴女は霊夢……いや、まるで魔梨沙みたい。ひょっとして真似をしているの?」

「むっ……痛っ」

 

 知らず知らずのうちに頭に思い浮かべていたのは、紫衣を纏った紅き少女の姿。確かにあれは回避技術の極みを持っている。よく避けようと思い、真似してしまうのは仕方ないことだと、レミリアは仕方なく思う。

 だが他に、ちょっと異常なだけの人間に遊びとはいえ勝てた試しのないことをも思い出して、レミリアは僅かに心を乱した。

 動揺は往々にして隙を作るもの。僅かに避け損なった蝶はレミリアの身を傷つけ、痛みに思わず傾いだ矮躯は、そのまま蝶弾の最中へと入り込みそうになる。本来ならば、為す術なく弾幕の中に飲み込まれて終わりだろう。

 しかし、レミリアには未だ切っていないカードがある。鬼にも迫るその力、魔力妖力。それは、用意したスペルカードによく表れていた。

 

「くっ、紅魔「スカーレットデビル」!」

「わぁ」

 

 バッと手を広げたレミリアの身体からは、紅い力が爆発的に出していく。妖力魔力が互いに高め合った、その結果として出来る紅のオーラは全てを巻き込み破壊しながら死蝶すら消し飛ばして十字に広がる。

 しかし、所詮手を伸ばした延長線上の範囲内での破壊。射程距離はお世辞にも長いものではなかった。こんなスペルに、逃げる相手を巻き込んで倒すことなんて早々出来ることではない。

 だが避け続ける最中に、レミリアは大分幽々子に近寄ることが出来ていた。それが功を奏し、スカーレットデビルの射程範囲内に幽かな相手を容れることに成功する。

 

「うー……」

「はい。流石に幽霊は軽いわね」

 

 紅に焼かれた幽々子は気を失い、ボロボロの姿のまま幾多の人魂に支えられふわりふわり落ちていったが、地に落ちきる前にその姿は咲夜に受け止められた。

 そうしてスカーレットデビルに巻き込まれないように離された妖夢の横に、幽々子の身は安置される。

 

「口ほどにもない……とは言えないわね。私でなければ、やられていただろうし」

 

 見ている内にすやすやと眠り始めた亡霊の姿に、先程までの艷やかな姿は想起できない。それでも、自らの衣服の破れの大きさから、そんな相手によって危機に陥らせられていたことを思い出し、レミリアは表情を緩めることなく間抜けな姿を見詰める。

 

「華胥ねぇ……お嬢様は今日も充分お昼寝していましたから、そんな誘いに乗るはずなんてないのに」

 

 しかし、そんなお嬢様の隣に控えるメイドは、マイペースなものだった。咲夜は微笑んで、亡霊姫と吸血鬼を見比べ楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、どうしましょうこの建物」

「知らないねぇ。それに、こんな竹林の中の汚い家、もう誰も住んじゃいないだろうさ」

 

 誰も居ないからと殊更空高くから始めた訳でもない、弾幕ごっこ。そのため、竹やぶと廃墟だらけの地は射程距離に入っていしまっている。故に、レミリアの攻撃的なオーラは空から地面にまで届き、結果あばら屋を焼いていた。

 苔むした屋根は崩れ、一部の柱は突き出て端が灰になっている。また、全体こんがり焼けて、よくよく煙を上げていた。元々、難がありそうだったが、最早間違いなく人の住める場所ではない。

 

「私もそう思っていましたけれど、お嬢様、どうにもよく手入れされた生活用品が……」

「あー、私の家が!」

 

 何時取ってきたのか綺麗な皿を持った咲夜の姿を見て、そんな廃屋と思っていたその壊れた家がどうも使われていたようであるということに思わずレミリアが片眉を上げた、その瞬間に辺りに大きな声が轟いた。

 二人が振り返り、見たのは長い白髪に紅いもんぺのような袴姿が特徴的な少女が飛んでくる姿。それが焼け崩れた家の前でへたり込む姿を見て、咲夜は内心を察して思わず声を掛けた。

 

「貴女の家だったの、異変解決のためという事情があったとはいえ巻き込んでしまって、ごめんなさいね。日が昇ってから後に充分な謝罪謝礼はさせて貰いますわ」

「……あんたは?」

「私は十六夜咲夜。紅魔館のメイド、と言えば分かるかしら」

「はいはい。少し前に異変を起こした奴らの一人か。今度は解決側? まあどうでもいいか。はぁ……壊されたものは仕方ないわ。後で再建を手伝ってもらうよ」

「それは勿論。お嬢様の許可が降りるなら、その間の衣食住も全部保証しましょう……お嬢様?」

「咲夜、そいつから離れなさい」

 

 話をしていた中途にちょいと引っ張られ、咲夜はレミリアの後ろに隠される。勿論背が足りていないために、完全に隠せたとは言い難いが、それでもそれは明らかに守るための姿勢であった。

 そんな様を見て、白髪を弄りながら燃やされた家の主、藤原妹紅はレミリアに向かい合って話しかける。

 

「吸血鬼だっけ? 不死と聞くよ。もしかして、それで私のことが分かるのかな?」

「違う。私は運命を操る程度の能力を持っている。お前には途切れることのない運命しかない。……魔梨沙も似たようなものを何本か持っているけれど、全部が途方もなく続くのは初めて見たわ」

「魔梨沙、聞いたことがあるね。そういえば、近頃人里で名が売れている退魔師がそんな名前をしてたっけ。どうも聞いているよりも面白い相手みたいだけれど、まあそんなことなんて今はいいか」

 

 バサリと、持ち上げた長髪を広げ、妹紅は背中から炎を吹き上げさせた。それは羽根の形となり、火翼を持った彼女は宙に浮かんでレミリアを見下す。

 

「知られたからには、本気を出しても構うまい。見る限り、あんたが下手人だね。私の家の敵、取らせてもらうわよ」

「そうね。私が悪い。けれども素直に謝る悪魔なんて居ないわ。私に頭を下げさせられるものなら、やってみなさい!」

 

 そして、妹紅は重なったスペルカードを見せつけた。レミリアは妹紅の宣言を聞き取ってから、その場の誰よりも更に高く飛び上がった。それはまるで、墜ちることを想像していないかのように。

 反して、静かに怒りに燃える妹紅は軽く浮いただけで、応じはしない。彼女の場合は【何度も】高くまで浮かび上がるのが面倒であると思って、そのため紅の目を持つ二人の視線が合うことはないのである。

 

 

 

 

 

 

 魔梨沙が煙に気付いてその場に辿り着いた時、その場には五つの影があった。

 その中で立ち上がっているのは一つきり。その相手は、ボロを纏っているだけのように、傷だらけの衣服を着ていて、しかし月光の下無傷な白い肌を晒していた。

 飛んでくる魔梨沙に気付いたその人物、妹紅は面倒くさそうに振り向いて、分かり易い魔女姿を見つける。

 

「今度は、件の退魔師のお嬢ちゃんに見つかったか。見ての通り私は、壊された家と自衛のために戦っただけだよ。今日は厄日ね。永遠亭が気になったからって家を留守にしたのは間違いだったかな。結局門前払いだったし」

 

 鈴仙の奴頑なに入れてくれなかったなあ、と零しながら、彼女は【倒した】レミリアと咲夜を引きずって、幽冥の住人達の隣にドサリと置いた。

 そんな姿を、目を細めて見ながら、魔梨沙は確信を持ってとある言葉を口にする。

 

「なるほど、貴女みたいに【変わらない】力を持っている者相手だったら、レミリア達も負けてしまうわけねー」

「っ!」

 

 それに、驚きを隠せないのは妹紅だった。何しろ、今まで復活を見られずに不死であることを【人間】に知られた試しはなかったのだから。

 だが、しかし世界を常と異なる瞳で見つめている魔梨沙にとっては、力によって相手の特徴を把握するのは簡単なこと。彼女は妹紅が蓬莱人であり、不老不死の人間であることを内で永遠に凝っていそうな力を見ることによって看破していた。

 

「へぇ……あんたも分かるんだ。それじゃ、黙ってもらうためにも、ここで弾幕ごっこ、受けてもらおうか」

「仕方ないか。うふふ……永遠を早く倒さなければいけないなんて、あたしも大変ねー」

 

 掌から炎を吹き上げ、臨戦態勢に入った妹紅を魔梨沙は一瞥もせずに首を上げる。

 そうしてから、魔梨沙は空を見上げて苦笑い。そう、魔梨沙は天の鼓動の再開に気付いていた。夜を永遠としていた二組はここにて破れ、ゆっくりと、夜天は動き出し始めている。

 

 

 

 


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