目の前に広がる光景は死体、死体、死体、死体の山だった。
目を逸らしたくなる様な光景である。だが、この光景から目を逸らしてはいけない。この結果は俺自身が生み出したものである。直接手を下したわけではないが、敵の情報を収集して戦術の一部も考えたのは俺なのだ。
さっき、盗賊の頭だと思う奴が討ち取られる寸前に目が合った様な気がした事を思い出す。その目は酷く濁っていた。俺の目も他の人間から見ればあんな感じなのだろうか。そして、いつか俺もあんな風に死ぬのだろうか。
そんな事を考えると強烈な吐き気を覚えた。
「……っぅ!」
「顔色がわるいわよ。大丈夫なの?」
俺の様子がおかしい事に気付いて華琳がこちらを窺っていた。華琳だけでなく、夏蘭や冬蘭もこちらを見ていた。俺は何とかせり上がって来たものを抑えて小さな声で「大丈夫だ」と答えた。
しかし華琳に俺の強がりは通じなかった。
「そう? 随分調子が悪そうよ」
「ちょっと気分が悪いだけだ……問題無い」
それでも問題無い。俺は自分の命と華琳達を選んだ。俺は自分とこいつ等の生存率を少しでも上げる為に策を華琳に教えた。そして盗賊達の視界を奪い混乱させ、何が起こっているのかも分からない状態になったアイツ等の命を刈り取らせた。
これは俺が選んで手に入れた望み通りの結果だ。成功したのだから喜べば良い。そう頭で考えても────────
「……喜べねえーな」
「例え嬉しくなくても、勝ったら喜ばないと士気に関わりますよ」
誰にも聞こえない位の小さな俺の呟きに、いつの間にか傍にいた冬蘭が注意してきた。
まあ、冬蘭の言う通りだ。命懸けの戦いに大勝して皆喜んでいる時に、一応軍師候補という上位の人間である俺が辛気臭い面をしていたら盛り下がってしまうだろう。俺の場合、普通にしていても周囲は盛り下がりそうだしな。ただ、今は喜べるような気分でもないし、そもそも俺はこういう時に皆と喜び合うような事が苦手だ。
「嘘でも喜んでください。折角勝ったのに上の者がそんな顔をしていたら、下の者が喜べません」
「分かってる。でも気分が乗らねえし、苦手なんだよ。皆でこう……喜ぶとか祝うみたいなのは」
俺の言い訳に冬蘭が呆れた様子で首を横に振った。華琳達も何とも言えない表情をしている。
仕方がないだろ。色んな意味で慣れてないんだから。俺が何年ボッチやってると思ってんだ。叩き上げのベテランだぞ。
「いいから、ちょっと笑ってみて下さいよ。ほら、ほら」
冬蘭が俺の頬を手で押し上げて無理矢理笑顔にしようとしてくる。
こいつは俺が嫌がらないからか、どんどん遠慮が無くなってくるな。それにしても何でかこのノリを受け入れてしまう俺がいる。仕方なく口角を上げてみせる。ぎこちない作り笑顔は恐らく引きつって見えるだろう。
「これで良いか?」
「「……」」
何故か皆無言になった。何だよ。やらせるだけやらして無視かよ。流石に酷い。目から心の汗が出ちゃうだろ。
「……八幡、その表情を直ぐに止めなさい」
華琳が真剣な表情をしてそう言った。
訳が分からん。
首をかしげていると冬蘭が俺の頬を突っついてきた。
「尋問の時も思っていたんですけど、八幡さんの笑顔って凶器ですね」
「どういう意味だよ」
「初めて見る人からしたら普通に怖いと思いますよ。まるで、未だ殺し足りないから他の盗賊を探しに行こうとか言い出しそうな顔でした」
「言わねえし、むしろ逆だよ。戦わなくても良いなら、それに越したことはない。何だったら直ぐにでも帰りたいまである」
軽い調子で言ってみたものの、かなり本音である。それと冬蘭がワザとらしく俺の事をいじってきているのは気分の重そうな俺を気遣ってのものだろう。有能過ぎて俺の部下扱いなのが申し訳なくなってくる。
そんな風に冬蘭と馬鹿な話をしている間、ずっと華琳が俺の事を見詰めていた。
「私と共に歩むことにしたのを後悔しているのかしら?」
短い付き合いだが常に自信満々だった華琳の言葉とは思えない様な発言だ。むしろ「この位で音を上げるの?」とか言いそうだと思っていたんだが。
「後悔はしていない。自分の選択が間違っていたとも思ってないし、この結果も俺の望んだ通りだ」
華琳の部下になった事だけでなく、今回の作戦に自分の策も提案した事についても後悔していない。その気持ちが伝わったのか華琳は頷いた。
「とにかく良くやったわ。八幡は今回の遠征が初陣だったから戦場の空気に慣れるだけで十分だと思っていたのだけれど、情報収集や作戦への意見も役に立ったわ」
「……役に立てたんだったら良かったよ」
こうまで真っ直ぐに褒められると照れ臭いな。つい目線を逸らしてしまう。
華琳は他の者達にも声を掛ける。
「夏蘭も良い戦い振りだったわ。また強くなったわね」
「個人の武に関しては春蘭姉にだって負けるつもりはありません」
確かに夏蘭の戦い振りは凄かった。特に春蘭達が盗賊の背後を突いた後、本隊が囮を止め、反転して混乱する盗賊達に突撃した時は、一騎当千という言葉が思い浮かぶ様な強さだった。夏蘭が戟を振るう度に盗賊達の悲鳴が上がり、血が飛び散っていた。
「冬蘭も八幡の補佐を良く務めてくれたわ」
「いえいえ、私は八幡さんの指示に従っていただけですよ」
冬蘭はこう言っているが、実際のところ俺がいなくても冬蘭がいれば上手くやったと思う。素人みたいな俺でも分かる位に、戦場での冬蘭は慣れた感じだった。
「桂花の作戦も見事なものだったわ。こちらの損害もほとんどない完勝よ」
「は、はい。ありがとうございます」
そして、華琳に褒められて桂花が頬を染めている。
なんか百合百合しいな。まあ、とりあえずこれで荀彧の命も助かるだろう。当初の予定より早く盗賊を捕捉、殲滅出来た。まさか、ここまで上手くいっているのに糧食が足りなくて処刑なんて無いだろ。……無いよな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
無理でした。もう華琳の治める街は目の前だが、既に俺達は二食分メシを抜いている。流石に二食程度で飢え死にはしないが、長時間の行軍も相まってフラフラである。
糧食が足りなくなった原因はハッキリしている。自軍の死亡者が想定より大幅に少なかった影響で必要な糧食の量も想定より増えたのだ。そのうえ、新たに華琳に仕える事になった許緒……いや真名を呼ぶ事になったから季衣か。その季衣が一人で十人分もの食事をする大喰らいだったのだ。
さて、まさか本当に華琳は荀彧の事を処分するのだろうか。想定より少ない損害で済んだ事に加え季衣という頼もしい新戦力も加入して良い遠征になったのに、最後の最後で作戦立案者が処刑なんてどうかしているぞ。
「桂花、私はとてもお腹が空いているのだけれど……何が言いたいか分かるわね」
「は、はい、しかし想定外の事が」
「人は誰しも完璧な予測など立てられない。但し、不確定な要素に対する備えをして置くのが戦場での常識ではないかしら」
華琳の言葉に桂花は押し黙ってしまう。
華琳の言い分は正しい。神ならぬ人の身では完全な未来予測など不可能だ。だからと言って想定外の一言で全てが許される訳ではない。
まさか、自分には完全な未来予測が出来るなどと荀彧も思っていないだろう。完全な未来予測が出来ないと分かっているなら、不確定要素に対して何らかの備えはしていて当然だ。
今回の問題は用意する糧食の量に余裕が無さ過ぎた事と、もし足りなくなった時の為に途中で補充する手段を確保してなかった事だ。
前提条件としての「糧食は半分の量」だが、そんなもん誤魔化しようは幾らでもある。
一食分の量を減らすなり、最初から遠征先の地域の村や街の商人なんかと話をつけておいて途中で補充すれば良い。華琳に「話が違う」と言われたら「出発時に用意する糧食の量が半分」なだけだと言えば良い。現地調達が出来るのなら嵩張る糧食を出発時に多く持つ利点は無い。糧食を多く持てば行軍の速度は落ちるし、糧食を運ぶ人員も多くなってしまう。その辺りの利を強調して、結果さえ出せばこの程度の屁理屈なら目を瞑ってくれるだろう。俺が荀彧の立場なら、なんだったら土下座もするし、足だろうが靴だろうが舐める。
しかし、俺が見る限り、華琳は言葉こそ厳しいものだったが二食メシ抜きの割に機嫌は悪く無いようだ。助け舟を出すべきだろうかと考えていたが、その必要は無さそうだ。
「……問題はあったけれど、今回の遠征における貴方の功績は大きいのも確かね。だから特別に命は助けてあげる。帰ったら私の部屋に来なさい。可愛がってあげるわ」
「そ、そ、曹操さまっ……」
「これからは華琳と呼びなさい。これからの働きに期待しているわよ」
「華琳さまぁー!」
何これ、どうしたの? すっごく百合百合しい。この場にいるのが滅茶苦茶気まずいんだけど目が離せない。
それと華琳の傍に控えている春蘭や秋蘭の表情が曇っている。
えっ、もしかして荀彧に嫉妬しているとか? こいつ等そういう関係なの?
俺が驚いて華琳達を見ていると両腕に鋭い痛みを感じた。
「邪な目で華琳様達を見るな」
「そうです。いやらしい顔になってましたよ」
右腕を夏蘭、左腕を冬蘭が抓っていた。
多少そういう目で見ていたかもしれない。だが、そういう雰囲気をこんな所で出す奴が悪い。だから俺は悪くない。
反省の色が見えない俺に対して夏蘭達の折檻が激しさを増す。そんな下らない事をしている間に到着した。
現在の『我が家』に。
読んでいただきありがとうございます。
俺ガイルのアニメや原作を見ているとやっぱり面白いですね。
そして、自分の書いている物を振り返って全然八幡の良さが出ていないと落ち込む日々。
八幡の良さ・・・八幡の考え方・・・八幡の性格・・・八幡の仕草・・・八幡とは何ぞや・・・・はちま・・・ゲシュタルト崩壊を起こしそう。
次の更新はかなり先になるかもしれません。