どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

6/18(土)時点で本作、どっちつかずの彼女(かれ)は行くの評価数が大小コメントの有無問わずに累計150件を突破していることに気付きました。評価して下さった皆様、本当にありがとうございます! 更には☆10を入れてくださった方も10人突破……ありがとうございます!

今後とも本作を、どうかよろしくお願いします(*・ω・)



守れない気がしない

 この世界で初めて艦娘と深海棲艦が発見されたのは、もう50年近く前になる。その頃には既に、渡部 善蔵は総司令の地位にいた。当時46歳……その頃の善蔵は、あることに頭を悩ませていた。

 

 『クソッ……こんなこと……私は、下の者達になんと言えばいいんだ!!』

 

 日本海軍の規模を縮小する……簡潔に言えばそう書かれている書類を、善蔵は握り潰す。当時は現在と違い、戦いらしい戦いは日本の外でだけ行われていた。その為、陸海空の軍は日々訓練して有事に備えるだけで、出動など早々あることではなかった……軍にしろそれ以外にしろ、維持費というモノは発生する。そしてそれは、馬鹿に出来ない程の金がかかる……故に、国は国民の声もあり、軍の規模の縮小を決定したのだ。

 

 規模が縮小すれば、人手不足でもないなら人員を減らさなければならない。それはつまり、下の者の首を切るということだ。厳しい訓練に耐え、勉学を学び、仲間達と切磋琢磨し、そうしてようやく入れた者達……或いは、長年軍人として生きてきた、国の為に力を磨いてきた者達に“辞めろ”と、どんな形であれ言わなければならない。

 

 『彼らは国の為に! 国民の為にその力を蓄え、磨いてきたのだぞ!! なぜその者達が……国に! 国民に! 捧げた時間を否定されなければならないのだ!!』

 

 ダンッ!! と、机を力の限り叩く音が総司令室に響く。頭の中では理解している……今の日本は平和で、軍が最も力を発揮するのは戦の時。その時が来ないのなら、軍はいらない。軍が存在するのは、戦争等の可能性がゼロではないからだ。それでも、誰かは思うだろう。誰かは考えるだろう。“平和なのだから軍は必要ない”と。“使わない軍に金を回すくらいなら他の所に金を使え”と。そういう声が多くなり、高まり、無視できなくなったが故の、今回の書類なのだ。

 

 だからこそ、善蔵は結果を認められない。結果を出した者達を許せない。そうなるまで対策出来ず、どうにも出来なかった己が許せない。やがて善蔵は力尽きたように椅子に深く座り込み、疲れきったような息を吐く。

 

 『私は……どうすればよかったのだ。どうすれば……』

 

 戦争が起きればいい、なんて事は守る立場の長として口が裂けても言うわけにはいかない……が、思わずにはいられなかった。戦争でなくてもいい……アニメや漫画のような異性人だの化け物だのが現れて戦力として動ければ、今回のようなことは起きなかっただろう。しかし、現実にそんなことは起きはしない。特撮に出てくるような怪物はいない。宇宙人は現れない。幽霊なんて存在しない。魔法なんて有り得ない。都合のいい“人類の敵”なんて……出てこない。

 

 

 

 『お困りのようですねー』

 

 

 

 そんな時……“ソレ”は現れた。

 

 

 

 

 

 

 「……クソ提督……あんたは“そんな身体”になってまで……っ!」

 

 「……」

 

 空母棲姫の顔が憎々しげに歪む。その視線の先にあるのは、背後の異形を伸ばして喰らわせたことによって空いた壁の穴と、その横で壁に背中を預けながら座り込んでいる善蔵の姿。善蔵は不意打ちのような一撃を避けることに成功していた……が、完全に避けられた訳ではなかった。その証拠に……彼の右肩から先がごっそりと無くなっている。だが、それが問題だった。

 

 彼女の言う“そんな身体”……彼の失われた右腕からは、血が出ていなかった。代わりに出ているのは……バチバチと音を鳴らす火花。そして何本かの千切れたケーブルと……機械の断面。善蔵は、生身ではなかった。

 

 「そんな身体になってまで“願い”を……あいつとの“約束”を守りたかったって言うの!?」

 

 「……それを知っているということは、もう確定だな。やはりお前は……」

 

 

 

 「ええ、そうよ。私はあんたの“元第二艦隊所属艦”……“曙”。あんたを……殺しにきたわ」

 

 

 

 綾波型駆逐艦八番艦“曙”……空母棲姫は、自分をそう名乗った。本人からはっきりと告げられた名前とその目的を聞かされ、善蔵の顔が再び歪む。そして、いつの間にか顔の近くに浮いている猫吊るしへと視線が向けられる。その目が語っている……“どういうことだ”と。猫吊るしは、浮きながらニヤニヤと嗤うだけで口を開かないが。

 

 しかし、善蔵は空母棲姫……否、曙の目的を聞いたことでようやく今回の襲撃の全容を知った。全ての鎮守府への襲撃は全体の戦力を疲弊させ、この本命である大本営への攻撃の最中の横槍を可能な限り無くす為。そして本命への数にモノを言わせた時間差侵攻で戦力を出し尽くさせると同時に余力も残せない程に相対させ……真の本命である空母棲姫の単独行動のカモフラージュとする。

 

 鎮守府の施設や防衛の為の兵器の増設や備え付けることはあれ、構造そのものは50年前からあまり変わっていない。当人の記憶力次第だが、かつて所属していた者なら侵入することも機雷等の防衛兵器を潜り抜けることは容易いだろう。何せ、実際に出撃し、暮らし、過ごした場所のことなのだから。ましてや防衛設備は最初の襲撃でかなりの被害を受けている……曙からすれば、侵入は容易だったことだろう。

 

 「逃げられると思わないことね。補給中だった艦娘は私が侵入した時に大破させておいたし、海上ではまだ戦ってる……助けは来ないわ。まあ来たところで、1人2人程度で今の私を止められるハズもないけれど」

 

 自信満々に……されど得意気という訳ではなく、憮然とした表情で、曙は腕を組みながら言ってのける。その内容はとても笑えるものではなかったが。彼女の言うことは全て正しいのだろう……それはつまり、この場に誰かが来るということはほぼ有り得ず、近海での戦闘に援軍を送れないということである……幾ら最終手段として武蔵達の体内に爆弾……“回天”があるとしても、全滅してしまうのは今後の海軍に支障をきたす恐れがある。

 

 「……大破させたなら、爆音の1つもしていいものだがな」

 

 「あんた、今の私が“何”か分かってて言ってんの? そんじょそこらの艦娘や深海棲艦とは一味も二味も純粋な力が違うのよ……そんなことも分からないくらい耄碌したのね、このクソ提督」

 

 善蔵の言葉に、曙は心底うんざりしたと言わんばかりの呆れた表情を浮かべ、つい先程善蔵に襲いかかった異形がガチンガチンと歯を開閉させる。目の前の曙は、もうかつてのような駆逐艦ではなく、空母棲姫なのだ……空母と名前にあっても、その力は戦艦すら凌駕する。そんな存在を補給中、或いは補給を終えた艦娘が相対できる訳がない。爆音1つしなかったのは、砲撃も艦載機も使わずに大破させたからだろう……そんな力に曝された艦娘達が五体満足で居る保証は、ない。

 

 頭の中でそんなことを考えつつも、善蔵は懐かしさを覚えていた。曙を部下にした提督なら分かるだろうが、彼女は口が悪い。善蔵もその悪口や暴言の被害にあったことも当然ある。そんな過去を思い返しながら、善蔵は呟く。

 

 「くくっ……“クソ提督”か……相も変わらず、総司令に敬意1つ払わんようだな、曙……お前はもう、私のことを“善蔵”とは呼ばんのだな」

 

 「……あんたが……あんたが悪いんでしょうが! あんたが私の気持ちを裏切ったんでしょうが!! あんたが! 私を! “こんな姿”にしたんでしょうが!!」

 

 (……“こんな姿”……だと?)

 

 善蔵の呟きに、曙は烈火の如く怒り、思いの丈を叫ぶ。その通りだと、善蔵は思う。“私の気持ちを裏切った”……なるほど、確かに自分は曙の気持ちを裏切ったのだ、自分が悪いという意見は正しい。しかし、その後の言葉が引っ掛かった。

 

 “こんな姿”……その言葉はまるで、曙は今の姿を気に入っていないように聞こえた。そして、そうなった原因は善蔵にあるのだと言う。だが、それがどういうことかを聞くことなど出来はしない。なぜなら、彼女の怒りを受けた異形が口を大きく開き、今にも善蔵を喰らおうとしているのだから。

 

 

 

 「善蔵さん!!」

 

 

 

 しかしその前に声が聞こえ、それと同時に異形が真横に吹き飛んだ。目の前の出来事が一瞬理解出来なかった善蔵だったが、目の前に現れた存在を見ると思考が止まる。

 

 真っ白な肌に真っ白な髪、縦セーター1枚に見える格好……そんな姿の存在が、左手を横に伸ばして善蔵を守るように立っていた。その姿を彼は見たことがあった……名前も猫吊るしから教えて貰っている。

 

 「っ……あんた……生きてたのね」

 

 「私だって姫だからね……そう簡単にはやられないよ」

 

 港湾棲姫。そして、その目の前には空母棲姫曙……深海棲艦の姫である2人が、善蔵を守る側と殺す側で相対している。この状況を、彼自身はあまり理解出来ていない……だが、分かることが1つだけあった。

 

 「港湾棲姫……まさか貴様も……」

 

 それ以上の言葉は出ない……何故なら、港湾棲姫が顔だけを後ろに向かせ、真っ赤な瞳で彼を見つめていたからだ。その瞳には、はっきりと慈しみと愛しさが籠められていた……そして、善蔵はその瞳に見覚えがある。

 

 

 

 『司令官!』

 

 『司令官?』

 

 『司令官♪』

 

 『司令官……』

 

 

 

 「……そうか。お前は……」

 

 なるほど、と善蔵は思う。目の前の空母棲姫は曙だった。ならば他の姫……深海棲艦にも、同じように記憶を持つ者がいるのはおかしくはない……だが、これは何の偶然だろうか。何万、何百万と居てもおかしくはない深海棲艦の中で艦娘としての記憶を持つ……それが、かつて善蔵の元にいた艦娘で、自分を殺す者と守る者に分かれているという。しかも方や第二艦隊だった者で……方や“第一艦隊”だった者であるのだから。

 

 「またボロボロにしてあげるわ……今度はそのクソ提督ごとね!」

 

 「今度は負けない! 貴女は私が……“吹雪”がやっつけちゃうんだから!!」

 

 

 

 

 

 

 「……なんで……」

 

 「ぐっ……私が守るまでもなかったようですね……流石は軍刀棲姫、と言ったところでしょうか」

 

 疑問の声を漏らすイブキに答えたのは……大淀。彼女はイブキなら避けられる射線上に、イブキを守るように割って入り……その身に砲撃を受けた。不幸中の幸いと言うべきか、砲撃を撃ってきたのは駆逐艦だったらしく大破まではいかなかった……が、大淀は軽巡である為に然程装甲が厚くない故に中破程度のダメージを受けていた。ゲームならば、服がボロボロになる為に目の保養となるだろうが……現実ではそんなことはない。服のボロボロ具合がダメージと比例しているのならば、半裸と言うのは沈む一歩手前ということでもあるのだから。ましてやゲームのようにクリック1つで撤退など出来はしないし、大破進軍しなければ沈まないなんてこともない。沈む時は、無傷からの一撃でも沈むものなのだから。

 

 しかし、この状態すらも大淀にとっては計算の内だった。と言っても、別にイブキのように敵の砲撃が見えた訳でも当たった砲撃の主が駆逐艦であると知っていた訳でもない。が、この身は50年近く善蔵と共に在り、その年月を生き抜いてきたのだ。練度も限界近く上がっている為、一撃で沈むようなことはないという経験に基づく己への信頼があった。

 

 「何故貴女を守るような真似をしたのかですが……貴女に、私達海軍を誤解しないで欲しかったからです」

 

 「誤解だと……?」

 

 「この場において、我々は貴女へと敵意を持って砲撃をしている訳ではありません。運悪く、貴女の近くを通ることはありますが……信じられないかもしれませんが、それは本当に誤射なんです」

 

 「……それにしては多くないか?」

 

 大淀は内心で“確かに”と頷く。実際イブキの近くを通る艦娘の砲撃は2桁に届く。だが……それは実のところ、イブキが助けようとする艦娘と他の艦娘が助けようとする艦娘が被ってしまう為が殆どで、後は偶然の産物。だが、それを説明したところでイブキの疑念を払えるとは大淀には思えなかった。事実、イブキは疑問の言葉と表情を浮かべている。

 

 「私達を信用できない気持ちは理解出来ますし、そう思われても仕方ないと分かっています……それでも、お願いします。この場限りでも構わないから……我々を、私を信じてください。この戦いの後ならば、私を斬り刻んでくれても構いません。だから……我々を助けてください」

 

 故に、大淀は無表情を崩し、涙声と泣き顔で頼み込む。所謂泣き落としという奴だ。かつて大規模作戦の時の彼女の言動や思考を考えれば、それは有り得ない、信じがたいことだろう。彼女を知る艦娘達ならば驚愕するだろう。事実、武蔵達はいつもの無表情が崩れて信じられないとばかりに目を見開いている。

 

 だが、イブキならばどうだろうか? 確かに、イブキは大規模作戦の時に大淀を見ている。雷諸とも沈められそうになったという事実もある。しかし……イブキは情が深い。摩耶達や球磨達を助けたように、艦娘そのものが嫌いという訳でもない。そんなイブキが、誠心誠意が込められた懇願を袖にすることが出来るだろうか?

 

 「っ……今回……だけだ」

 

 「……ありがとう、ございます」

 

 出来るわけがない。こうして話している間も、イブキは大淀を守りながら話を聞いていた。大淀は知らないが、イブキは“恩人の頼みを聞いている”。そこに守る対象から攻撃されているのでは? という疑問が出たからこそ、本当に守らなければならないのか? という疑心を持ったのだ。だが、その対象から懇願されたらどうだろうか。疑心が晴れる訳ではないだろう……だが、少なくとも“今回限り”は、その疑心に蓋をしてくれる。大淀の計算は、イブキの心理を読み解いたのだ。

 

 (これで少なくとも、今回に限り彼女は敵対しないハズ……後は、敵を何とかするだけ……)

 

 「っ……すまない! 補給の為、一度戦線を離れる!!」

 

 (っ!? こんな、時に!!)

 

 大淀がそう考えていた時、最悪の報告が戦場に響き渡る。それは、イブキに次いで重要戦力であった日向達が戦場を離れるというモノ。つまり、日向達は弾切れ……もしくは、燃料が心許ないということ。彼女達が沈む訳にはいかない。戦力も士気も何もかもが足りない状況なのだ、これ以上減れば最早切り返すのは不可能だろう……そもそも、こうして戦線を保っていること自体が異常なのだが。

 

 かと言って戻るな、などと言える訳がない。補給しなければ日向達に待つのは轟沈するという運命だけなのだから。

 

 (……覚悟を、決めなければなりません。那智……あの時、貴女はこんな気持ちだったんてしょうか?)

 

 大淀の頭に、1つの作戦が浮かび上がる。その作戦が浮かんだ時、大淀の脳裏に1人の艦娘……大規模作戦時に沈んだ長年の同僚、那智の姿が思い浮かんだ。己を叱咤し、自分自身を犠牲に全艦を撤退させる切欠と時間を作り出した……那智の姿を。

 

 チラッと、大淀は武蔵達の方へと視線を向ける。先程まで大淀を見て驚いていたが、今ではそんなことなどなかったかのように深海棲艦達と戦っている……が、その弾薬も燃料も心許なくなってきているだろう。日向達ばかり目立っているが、武蔵達も同等以上の力を持っていて、その力をずっと振るっている。使った弾薬も、動き回った分だけ減る燃料も相当なものだろう。つまり、日向達と同じようにいずれは補給に戻る必要がある。そうなれば、冗談も誇張も抜きに海軍は“終わる”。そうならない為に大淀が出来ること……そう考えて、大淀は自分のお腹を撫でた。

 

 (……戦艦武蔵のネームバリューは海軍には必須。雲龍の空母としての能力も必要不可欠。矢矧にはそもそも搭載されていない……そう、これは私が適任で……私しか出来る者がいないんです)

 

 大淀は諦めに近い決意を固める。後はどのタイミングで“コレ”を発動させるかだが……酸素魚雷の200倍の威力ともなれば、発動した後に起こる二次災害の懸念がある。ましてやこの場は大本営の近海……発動させれば間違いなく、津波や渦潮等が発生し、津波は大本営に襲いかかるだろう。

 

 また、この場で戦っている艦娘達にも被害が及ぶ可能性が高い。そもそもこの大軍が逃がしてくれる保証などない。それらを踏まえた上で、大淀のプランは2つ。1つは味方諸とも吹き飛ぶこと。この場にいる戦力を考えれば海軍にとって大打撃となってしまうため、確実ではあるが本当に最終手段となる。もう1つは……完全にイブキ頼りとなる上に運に頼ることになる。しかし、成功すれば海軍の損害はこれ以上増えない。

 

 「……軍刀棲姫。貴女は、那智のことを覚えていますか?」

 

 「……ああ」

 

 「では、体内に爆弾があることは?」

 

 「確かにそんなことを……まさか、お前!?」

 

 「はい、私にも同じモノがあります。そして……私はそれを使って深海棲艦達を巻き込もうと考えています……貴女には、その手伝いを……他の艦娘達が鎮守府に撤退する時間を稼いで欲しいんです」

 

 「そんな事をすれば、お前は……」

 

 イブキの脳裏に浮かぶのは、海軍が島に攻め込んできた時のこと。あの日のことはもう詳細には思い出せないが、大淀の言う那智のことと、その体内にとんでもない威力の爆弾があるという話は覚えている。故に、大淀のやろうと思っていることが分かった。

 

 しかし、それは大淀の死を意味する。体内の爆弾が爆発……それも破格の威力を持つのだ、その者は木っ端微塵……文字通り、跡形もなく消え去るだろう。誰にも看取られず、孤独に、この世から。それを、イブキは納得出来ない。理由は簡単……イブキは、艦娘という存在が嫌いになりきれないからだ。例え敵対していても、例え許せなくても……それでも、イブキは艦娘を心の底から嫌えない。故にイブキは、大淀の犠牲を許容できなかった。

 

 だからといって他に何か案がある訳でもない。イブキは決して頭が言いとは言えず、出来ることと言えば斬ることくらいしかない。この9ヶ月間振り続けた、軍刀を振るうことしか出来ない。しかも範囲攻撃に長けたごーちゃん軍刀は夕立と時雨の元にあり、運が良くなるいーちゃん軍刀は雷とレコンの元にある。つまり、万全ではない。

 

 「そうですね……私は確実に沈みます。いえ、それすら許されないでしょう。ですが、私1人と他の大多数……それなら、取る者は決まっています。私達は海軍です。深海棲艦を倒すのが使命なのではなく、人々を守ることが使命なのです」

 

 例え、どんな手を使ってでも……大淀はそう締めくくった。それはイブキとは逆の考えだ。イブキは、身内か大多数なら身内を取る。夕立達か世界なら、迷わず夕立達を取る。しかし、大淀は……殆どの海軍、艦娘は違う。彼等彼女達は、1か100なら100を取る。艦娘1人の犠牲で世界が救えるなら、迷わず世界を取るのだ。

 

 それは、どちらも正しいのだろう。そして、その決断は今行わなければならず、大淀は答えを出している……いや、初めから答えは出ていた。善蔵からもそう指示されていた。いざとなれば……と。非情と呼ぶ人はいるだろう、人でなしと呼ぶ人もいるだろう。それでも、決断も意思も変わらない。

 

 「……分かった」

 

 短く、戦場の騒音で消えてしまいそうなほど小さな声。その声はしっかりと、今の今までイブキによって守られていた大淀の耳にはっきりと届いた。その悔しげな言葉を聞いて、大淀は思わずクスリと笑みを浮かべた。それは、簡潔な了承の言葉を聞き、思わず自分の提督の姿を思い浮かべてしまったからだ。

 

 

 

 『ふむ、君が大淀か……真面目そうな見た目をしている。なに? 艤装がない!? 仕方あるまい……艤装が出来るまで、私の手伝いをしてくれ』

 

 『見た目通り、事務仕事は得意なようだな。他の子らはどうにもな……君のような艦娘が居てくれるのは有り難い』

 

 『ほう! とうとう艤装が出来たのか……おめでとう。忙しくなるとは思うが、戦場での活躍を期待するぞ……何? 事務仕事もしたい? ……無理のない範囲なら、許可しよう。私も助かる』

 

 『……聞いていたのか、大淀……くくっ……嗤えるだろう? 私の安易な“願い”が、あの子達の信頼を、期待を裏切ったのだ……救いようのない男だよ、私は……本当に、救いようのない』

 

 『……大淀。私は“約束”をしてしまってな。それは、もしかすれば……いや、ほぼ確実に果たせないモノだ。だが、私は君達残りの第一艦隊の者達に、約束を果たすその日まで付き合ってほしいと思っている。君は……お前は、私に付き合ってくれるか』

 

 

 

 大淀が善蔵と出会ってから約50年……なのに、その会話は直ぐにでも思い出せる。楽しかったこと、苦しかったこと……そういった思い出は、大淀が思っている以上に多かった。そうしたことを覚えている故に……大淀は、内心で謝罪をする。

 

 (最期まではお付き合い出来そうにないですね……すみません、善蔵さん)

 

 

 

 

 

 

 どこまでも中途半端で単純な奴だと、俺は俺自身を罵る。艦娘を嫌いになりきれない俺は、目の前の艦娘……大淀の言葉を、決意を受け入れられていない。それでも彼女の言葉に頷いたのは、そうするしか方法はないからだ。大淀の言葉を信じたのは、彼女の本気だと思う涙を見てしまったからだ。

 

 正直に言えば、港湾棲姫との約束は守りきれるハズがないと分かっていた。そして事実、守りきれずに沈んだ艦娘達が出てしまっている……それでも、恩人の頼みを聞いた。元々俺は、いざという時に仲間達の助けに入れるようにとついてきたハズだった。そう考えれば、気になったからと港湾棲姫を追いかけたことそのものがおかしいんだ。今更言ったところで後の祭りだが。

 

 艦娘側を疑った時点で離れればよかったのだろうか。それとも、いっそのこと深海棲艦のように斬ってしまえばよかったのだろうか。多数よりも仲間を取る……そういう気持ちでいたのに、今もこうして大淀を守っているのはなぜだ。しかもこいつは、以前島に攻めてきた奴……だと思うのに。

 

 (……決まってる、か)

 

 結局のところ、俺という存在はどこまでも甘いということだ。そして、深海棲艦よりも艦娘の方が好きだったというだけのこと。小さな虫を殺せても犬や猫のような獣は殺せない、そんな誰にでもありそうな差別や区別をしているだけ。だから深海棲艦に付くよりも艦娘に付く。深海棲艦を守らずに艦娘を守ろうとする。艦娘を嫌いになったつもりでも……その実、気にしている。フレンドリーファイアのことだって、わざとではないとギリギリまで信じていた。

 

 とは言え、自己犠牲の精神がある訳じゃない。優先順位が変わる訳じゃない。仲間達と自分が最優先で他はどうでもいいというのは変わらない。だが、この場においての優先順位は……自分が死なないことと、港湾棲姫との約束を可能な限り守ること。

 

 (そうだ、落ち着け……やることは変わらないんだ。俺がやることはいつだって敵を斬る、それだけ。全てを守れないなら可能な限り守る。より速く敵を斬り、より速く戦場を動き回り、より速く艦娘達の前に出て、より多く守るんだ。俺なら……違うか。“この身体”なら出来る……いや)

 

 

 

 ━ この身体と心(俺)なら、きっとやれる ━

 

 

 

 今まで、俺は自分ではなく“この身体が凄い”と思ってきた。それはそうだろう、何せ俺は恐らくという注釈は付くものの元一般人、戦いも戦争も知らない(ハズ)……そんな俺がこうして戦えるのは全てこの身体のお陰だと、ずっと思ってきた。その思いは今も、そして今後も変わらないだろう。

 

 だが、俺は別にこの身体に操られている訳じゃない。もう1人の俺なんて居ないし、内なる俺なんてのも居ない。この身体を、この力を振るってきたのはいつだって俺の意思だった。雷を救ったのも、摩耶を助ける時に人間を殺したのも、山城を姉の代わりに守ったのも、夕立を拾ったのも、それ以降のことも……全て俺の意思だった。

 

 俺という意思1つで、俺という身体は艦娘にも、深海棲艦にもなれる。ヒーローにも、ヒールにもなれる。聖人君子にも、悪鬼羅刹にもなれる。ならば、俺は……今だけでもいい。艦娘達が救えるような……大淀が死ななくていい結末を迎える為に。

 

 

 

 ━ 俺は、今以上の力が欲しい……!! ━

 

 

 

 「その“願い”、叶えてあげるですー」

 

 

 

 

 

 

 一瞬だけ、戦場を閃光が埋め尽くした。まるで爆発のような、まるで津波のような。瞼を透過して網膜を焼くかのように強烈で、それとは逆に優しい光が。その光が消え去り、その後に静寂が訪れる。逃げていた艦娘は足を止め、戦っていた者達は手を休め、本能で動いている深海棲艦すら怯えたように動きを止めた。

 

 発光元に最も近かった大淀は、閉じていた目を開き……その視線の先にあるモノを見て、ぽかんと間の抜けた表情を浮かべる。それは、一瞬前まで見ていたモノ……イブキの姿が変わっていたからだ。

 

 髪色や服装には変わったところはない……が、文字通り真っ白だった肌は、白いとは言えるものの艦娘や大多数の人間と同じような肌色となっている。その肌だけ見れば、艦娘に近付いたと言えるだろう……だが、紅くなった両の瞳に蒼い光が灯っていることが、艦娘だと一概に言えない理由。何せ、本来なら改フラグシップのように片目にしか灯らない蒼い光が、今のイブキは“両目”に灯っているのだから。

 

 僅かと言えば僅かな変化。たかがその程度かと鼻で笑ってしまえるような、本当に些細な違い。だが、それは僅か、些細なことであっても……決して、小さくはない。

 

 【ッ!?】

 

 【ひっ!?】

 

 戦場に響く怯えの声。別に何かが起きた訳ではない。ただ、イブキが両手の軍刀を握り直した際にチャキッ……と僅かな音が響いただけ。そんな小さな音が響き渡る程、戦場は静かだった。誰も声を漏らせない。誰も身動きが出来ない。それは本能が悟っているからだ。

 

 蒼き光を宿す紅の双眼の剣姫から目を離せば、音を聞き逃せば……例えそれらをしなくとも、自分達は何も知らないまま死ぬと。

 

 「……は……ははっ! お前は、まだ強くなるのか!? イブキ!!」

 

 そんな空気の最中、日向は楽しそうな声色で叫ぶように言った。見た目が少し変わっただけ、というのは艦娘でも深海棲艦でも良くあることだ。だが、その少しの変化がもたらすのは、純粋な性能の強化。そして、それはイブキにも当てはまるらしい。

 

 只でさえ既存の艦娘、深海棲艦の戦闘力を遥かに越えるイブキが、更に強くなった……イブキの情報を知る艦娘側にとっては、これ以上ない程のバッドニュース。だが、この場においては最高のグッドニュースとなる。

 

 「……えっ?」

 

 不意に、大淀が困惑の声を漏らす。それは、ずっと見ていたハズのイブキの姿が消え失せたからだ。瞬き1つしていないにも関わらず。なのに、見失った。

 

 

 

 そして次の瞬間には、彼女の半径20メートル以内にいた深海棲艦が一斉に体に切り傷を作り、血を噴き出して絶命した。

 

 

 

 「……えっ?」

 

 大淀の2度目の困惑の声。それはそうだろう……イブキの姿が消えたかと思えば、そこから数秒もしない内に広範囲の深海棲艦が一気に死に絶えたのだから。その中心に居て最も間近で見ていた大淀は、混乱の極地にいると言っても過言ではない。

 

 まだ混乱したままの頭で、大淀は原因であろうイブキの姿を目で探す。かくして、イブキは見つかった。大淀から数メートル離れた場所で、両手の軍刀を振り抜いた姿勢でいるところを大淀の両目は眼鏡のレンズ越しに捉えた。

 

 「……不思議だな。さっきは守りきれるハズがない、なんて考えていたのに」

 

 誰も動けない。そんな戦場で、イブキはゆっくりと姿勢を正す。みーちゃん軍刀を持った右手は右側に伸ばし、ふーちゃん軍刀を持った左手は真っ直ぐ前へと伸ばす。少しだけ体を傾けて左肩を前に出し、両足は揃える。それは、その名の文字を借りた漫画の中の存在を意識した立ち姿だった。

 

 

 

 「今は、守れない気がしない」




という訳で、空母棲姫の正体は曙で、港湾棲姫は吹雪でした! 分かった人はどれくらいいましたかねえ!(半ギレ) 少しだけ善蔵の過去も出ました。有り得ないと思われる方や矛盾、非常識など様々な思いがあるでしょうが、本作内での話なのであまり突っ込まないで頂けると……(汗

そしてイブキパワーアップ。やはり主人公強化イベントは外せない。改めてイブキ強化後の姿を説明させて頂きますと

肌色 元々は人型深海棲艦同様に真っ白→白いと呼べるものの常識内での肌色

目 元々は改フラグシップ同様に金眼蒼眼→両瞳は紅く、両目に改フラグシップのような蒼い光が灯っている

という形になっています。想像しにくいようでしたら、申し訳ありません。



今回のまとめ

善蔵の過去、それは始まりの記憶。空母棲姫と港湾棲姫、再び対峙する。それはかつての仲間同士の戦い。大淀、決意する。その心は、いつも善蔵を想う。イブキ、更なる力を“願う”。その力は艦娘達を守る為に。

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