どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。今回は義道君の鎮守府での戦い模様となります。

以前活動報告で書きましたが、改めてこちらでも感謝を。私の作品の誤字脱字を感想で報告して下さる方々、並びに修正をして下さっている方々、本当にありがとうございます!


私に殺されなさい

 場所は再び変わり、そこは渡部 義道の鎮守府の近海。その近海では迫り来る深海棲艦の大軍相手に義道の第一、第二艦隊を先に対応させ、補給が必要になれば後方に待機させていた第三、第四艦隊と交代させ、その2艦隊も補給が必要になれば先に補給させていた2艦隊と交代し……という形で対応していた。だが何時まで経っても終わらない侵攻に疲労が溜まり、これ以上はマズイという矢先に飛行場姫が現れた。万事休すか……と思われた時、2人の意外な援軍が表れる。それは、元々彼の鎮守府に所属していた“雷”と、彼の鎮守府では仲間の仇と言っても過言ではない“レコン”だった。

 

 (雷……)

 

 その姿に、長門は複雑な心境で居た。彼女が雷と最後に居たのは、最後に見たのは、イブキ討伐の為の大規模作戦以来になる。それも、見捨てる形となって。仕方なかったと言ってしまえばそれまでだ。ああするしかなかったと言えばそれで正しいと返ってくるだろう。それでも、何も思わなかった訳ではないのだ。

 

 他の暁型3人は泣いて悲しんだし、もう大分前の出来事となったが、遠征の最中にレ級に襲われた者達の生き残りである龍田、睦月も涙を流した。彼女達だけでなく、鎮守府の者達は皆悲しみに暮れた。その姿がまた、長門の心に痛みを与えた。

 

 (だが、雷は生きてこの窮地に現れた。それ自体は言葉にならない程に嬉しいし、隣にいる金剛らしき存在も恐らくは仲間であろうということは理解出来る……しかし、飛行場姫を任せられるか……?)

 

 疲労が無視できないレベルに溜まりつつある長門達には、飛行場姫を相手取るのは厳しい。迫り来る深海棲艦は未だ終わりを見せない。正直に言って、飛行場姫の相手まですれば戦線は崩壊する。その為、雷とレコンに飛行場姫を抑える、可能なら撃破ないし撃退してもらう必要がある。

 

 だが、姫級の強さは長門も良く理解している。とても駆逐艦と戦艦の2人だけで相手取れるとは思えない。軍刀棲姫ことイブキは何人いたところで勝てる気がしないが……余計なことを考えたと長門は頭を振り、意識を切り替える。

 

 「……雷!!」

 

 名前を呼ばれた雷はピクリと体を跳ねさせるが、長門の方へと振り向くことなく飛行場姫から目を逸らさない。それだけで、彼女が自分が最後に見た時よりも遥かに強くなっているのだと長門は理解できた。ならばもう迷いはしない……するのは、信頼だけでいい。

 

 「そいつは……任せたぞ!!」

 

 他にも言いたいことはあった。出来ることなら、お帰りと言ってあげたかった。だが、その言葉を言うのは彼女が本当に鎮守府に戻ってきてからでいい。今は、戦う時である。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、長門はこの戦いを終わらせることを優先した。

 

 (頼られたら、やるっきゃないわね)

 

 長門に任された雷は、元々高いやる気が更に高まる。長門達と別れたあの日まで雷は決して強いとは言えなかった。だが、イブキ達と暮らし、訓練し、強くなった。その力を……元とは言え仲間の為に振るえる。仲間に巻かせられる。仲間に頼られる……雷にとって、こんなに嬉しいことはない。

 

 「レコンさん……行くわよ」

 

 「『キヒッ……それでは、レッツゴーデース!!』」

 

 レコンは小さく笑い、イブキから預かったいーちゃん軍刀を手に持ちながら飛行場姫目掛けて突っ込む。砲撃ではなく突撃……最初から艦娘、深海棲艦にとって型破りな動きをするレコンだが、飛行場姫は特に驚いた様子もなく残った右側の滑走路から丸い形の異形の艦載機を出撃させ、レコンに向かって突撃させた。

 

 「レコンさんは、やらせない!」

 

 その艦載機目掛けて、雷は砲を撃つ。イブキ達との訓練の成果なのか、その全てが掠り当たり、もしくは直撃である。しかし相手は姫の艦載機……その耐久力も侮れず、駆逐艦の砲撃を1、2発を耐えてみせる。と言ってもレコンの元に辿り着いたモノは皆無であり、雷は全てを落としてみせたが。

 

 まさか駆逐艦如きに……と飛行場姫は憎々しげに顔を歪める。彼女は“姫”である自分とその実力に自信を持っている。というのも、彼女という存在が海軍に知られている通り、海軍と戦ったことは1度や2度ではなく、その全てを生き残っているからだ。

 

 姫は1種につき1隻……倒されれば、その姫はもう現れない。少なくとも、今日この日までは倒した姫が再び現れたという情報はない。勿論、ハッキリと倒したことが確認された姫に限る話であり、確認出来ていない姫は例外である。

 

 だからこそ、彼女は自分の艦載機を1人で落としきる駆逐艦がいるという事実を信じたくなかった。しかし、目の前の現実は変わってはくれない。それどころか、レコン……飛行場姫の視点では、エリート深海棲艦のように両目に赤い光を宿した金剛と呼ばれる艦娘が、砲撃することもなく真っ直ぐ自分に向かってきている。

 

 「ッ……コウイウ使イ方ハ、好キデハナイノダケドネ!!」

 

 飛行場姫は再び艦載機を飛ばし、レコンへと突撃させる。己の艦載機の強度を信頼している故の咄嗟の判断だった。しかし、そうさせてから気付く……相手の手にしている軍刀は、艦載機の強度を遥かに越える己の滑走路を切り捨てたモノであると。

 

 「『キヒヒッ! こんな艦載機程度で、私をストップ出来ると思わないで下サーイ!!』」

 

 「ちょ、レコンさん待っ」

 

 雷の制止の声を待たずに海上を滑りながら軍刀を構えるレコン。そして彼女が繰り出したのは、剣技を修めている訳でも軍刀を扱う訓練をした訳でもない故の力任せの横一閃。それは見事に突っ込んできていた艦載機を両断し……爆発せず、海へと落ちて沈んでいった。

 

 この結果に驚愕したのは、飛行場姫と制止の声を投げ掛けた雷だ。レコンが両断したのは、爆弾を搭載していた艦載機……爆発しない、というのは考え難い。雷もそう考えていた……が、この結果はある種必然と言える。

 

 いーちゃん軍刀……その力は、“運が物凄く良くなる”という目に見えず、実感しづらく、根拠もないモノである。しかしその力は確かなモノで、約3ヶ月前の大規模作戦時にも爆弾を爆発させずに貫き、その機能を停止させている。今回の場合、“運良く爆発しない所を両断した”ということだろう。

 

 「ダッタラ……!!」

 

 「『ッ!?』」

 

 飛行場姫の右側の異形が動き出し、彼女とレコンの間の海にその頭部にある砲を撃つ。すると砲弾ら海へと叩き込まれ、巨大な水柱を上げてお互いの姿を隠した。思わず急停止してしまうレコン……だが、それは悪手だった。

 

 「喰ライナサイ!!」

 

 「『ぐっ!?』」

 

 正面の水柱を突き破ってレコンを喰らおうとする異形の顎。流石にこれにはレコンも焦ったものの、両手を上下に突き出して歯を掴み、顎が閉じることを防ぐ。それと同時に水柱が収まり、レコンの姿を確認した飛行場姫は嗜虐的な笑みを浮かべ、そのまま喰らうべく力を加える。

 

 だが、その笑みは直ぐに消え失せて苦々しいものへと変わる。異形の顎は今でも力を加えている……にも関わらず、レコンを喰らうことがない。レコンの手に掴まれて止められている上下の歯が、その位置からまるで動いていないのだ。それが意味することは……目の前の艦娘の癖にエリートの赤い光を宿している存在は、姫である己と同等、或いはそれ以上の腕力を有しているということ。

 

 (ダケド、何時マデ保ツカシラ?)

 

 しかし、それが何だと言うのか。なるほど、艦娘としては異常な力だろう。だが、その力を何時までも維持し続けられるだろうか? 飛行場姫は否と考えた。姫に匹敵する力、必ず何かからくりがあるハズだと。その考えを差し引いても、レコンの反撃する手段などないだろう。後ろ腰の主砲を撃てば自分も巻き添えを喰らうだろうし、軍刀は振れない。仲間の駆逐艦の攻撃なぞ通用しない。自分が負ける要素はどこにもない……飛行場姫は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「『私達のパワー……舐メルナヨッ!!』」

 

 「ッ!?」

 

 だが、その笑みも直ぐに崩れる。それも仕方ないことだろう……何とレコンは、異形の歯を掴んだまま持ち上げたのだ。それも浮かすなんてモノではなく、飛行場姫が滑走路と異形をしっかりと掴んでいなければ海へと落ちる程……つまり、己の真上へと持ってきた。

 

 声こそ出さなかったが、飛行場姫は内心泣きそうな程に大慌てである。飛行場と呼ばれる自分がまさか艤装諸とも完全に持ち上げられる等夢にも思っていなかったのだから。

 

 「『バアアアアニングッ、ラアアアアブッ!!』」

 

 「キャアアアアッ!?」

 

 今度は完全に悲鳴が上がった……勿論、飛行場姫からである。レコンがやったことは単純、持ち上げた飛行場姫を力の限り投げただけである。とは言え、それほど遠くに投げられる訳がない。精々10メートルかそこらである。

 

 何かの力が働いているのか、投げられた彼女は足から着水し、水飛沫を上げながら着水した地点から滑るように更に下がる。着水の衝撃に耐え抜いた後に無茶苦茶するなと怒声の1つでも上げてやろうと涙目で顔を上げると、今度は全身に凄まじい衝撃が走り、目の前が真っ白に染まった。

 

 「『ヒット! パーフェクトに当たったネー。マア、沈ンデハイナイダロウガナ』」

 

 「私、やることがないわ……私にもっと頼っていいのよ?」

 

 「『我慢シロッテ。雷では少し荷がヘヴィデース』」

 

 飛行場姫の受けた衝撃と真っ白な景色は、彼女を投げた直後にレコンの放った砲撃が直撃したが故のモノだった。手応えアリ、それも防御が入る余地すらない程に完璧に入った。だが、以前に駆逐棲姫と相対しているレコンは油断なく爆炎の向こうにいるであろう飛行場姫に意識を向けたままでいる。金剛とレ級が1つになったことによって艦娘とも深海棲艦とも言えない存在となったレコンであるが、そのパワーこそ規格外のモノだが艤装はそれほどではないのだから。

 

 レコンの側に寄り、むくれたのは雷。駆逐艦である自分では姫に効果的な攻撃が出来ないと理解しているが、納得するかどうかは別である。一番の破壊力を持つ魚雷は、飛行場姫が完全に海の上に浮いている為に通用しない。現状、彼女に出来ることは飛行場姫が出す艦載機迎撃くらいである。そう諭すように、レコンは苦笑を浮かべながらそう言った。

 

 

 

 その直後、2人だけでなくこの海域にいる艦娘、深海棲艦問わずに全ての存在が恐怖で動きを止めた。

 

 

 

 【━━っ!?】

 

 誰もが戦闘を一旦止め、感じた恐怖の根源……飛行場姫がいた場所の炎を見やる。そして、その炎から悠々と出てくるのは……俯いて表情が良く見えない飛行場姫。だが、表情が見えなくても誰もが理解していた。嫌でも理解させられていた。

 

 「……コノ……」

 

 彼女は今、怒り狂っていると。

 

 

 

 ━ 艦娘風情ガ……ッ!! ━

 

 

 

 絶望……その時の雷の表情に名をつけるならば、それが正しい。レコンの砲撃を受け、そして炎の中から現れた飛行場姫は無傷とは言わないが小破とも言えない程度の傷しか負っていない……いや、それはまだいい。相手は姫なのだ、幾ら通常の艦娘や深海棲艦よりも遥かにパワーがあるレコンとは言え艤装は普通の金剛のモノ、単艦で姫を討ち取るには火力不足であることは否めない。問題なのは、その背後……の上空。

 

 それは、まるで点描のような大量の黒い丸。その正体は飛行場姫が出撃させた艦載機。それは1機や2機等というレベルではない。100に届き、或いは超える程の数。爆弾で、雷撃で、機銃で戦うその全ての矛先が……たった2人に向けられていた。

 

 「沈ミナサイ。ドコマデモ深ク……ドコマデモ……ドコマデモッ!!」

 

 手をゆっくりと上げ、勢い良く下ろす。言葉にすればたったの2行程……それを飛行場姫が行えば、それは死が訪れることと動議である。事実、全ての艦載機は雷、レコンへと向かってきた。直上前後左右……逃げ場はない。逃がさない。雷は何かを考える暇もなく、ただただ恐怖から逃れるように強く目を閉じた。

 

 (……えっ?)

 

 しかし、突然その見に訪れた浮遊感にびっくりし、思わず目を開く。その目に映ったのは、空にある海と海にある空……上下逆さまになっている風景。その中にある大量の艦載機と、それらに囲まれたレコン……その彼女が、まるで何かを投げたかのような姿勢でいた。

 

 「あ……ああ……」

 

 そこまで見れば理解出来てしまった。レコンは己を省みず、雷を助ける為に投げ飛ばした……ただ、それだけのこと。理解すれば、後から感情が湧いてくる。感謝だ。心配だ。恐怖だ。助けてくれたことへの。窮地にいる味方への。また……仲間を失うことへの。

 

 レコンの名を呼ぼうと雷が口を開く。しかし、その口から名が紡がれる前に……艦載機の爆弾が、雷撃が、機銃がレコンがいる場所目掛けて放たれ……盛大な爆発を引き起こした。その衝撃は離れた場所で戦っている長門達や深海棲艦まで及び、投げられて空中にいた雷を大きく吹き飛ばす。

 

 「ああああっ!! いぎぃっ! あ……っ……レコン、さんっ!」

 

 吹き飛ばされた雷は海に叩き付けられるように着水し、10数メートル程転がって停止する。日々の訓練である程度痛みにも馴れていたお陰で直ぐに体勢を整えることが出来、直ぐにレコンがいた所に視線を向ける。

 

 そこにはレコンの姿はなく、海の上であるにも関わらず燃え盛る巨大な炎とその炎によって蒸発した海水が作り出した大きな渦潮があるばかり。艦載機の姿がないのは、至近距離の爆発の衝撃に耐えられなかったのだろう。雷にとってそれはどうでもいい。知りたいのは、レコンの生死。

 

 「レコンさん! レコンさんっ!!」

 

 炎に近付きながら、雷は必死にレコンの名を叫ぶ。彼女の脳裏に浮かぶのは9ヶ月前、まだレコンがレ級だった頃の彼女と遠征中に接触してしまった時のこと。雷が配属され、初めて仲間を失った日のことだった。

 

 天龍、五月雨、若葉。3人の仲間を失ったことは、今も雷のトラウマになっている。そして今、また仲間が失われてしまったかもしれない……だから必死になる。生きていて欲しいと声を上げる。

 

 「……マズ、1隻」

 

 しかし、その思いを裏切るように炎と渦潮を迂回するように現れたのは……飛行場姫。その瞳は今だ怒りの色を見せており、炎の中にレコンの姿がないことを確認した後に雷へと目を向ける。その動きで雷は悟らざるを得なかった……炎の中に仲間の姿はないのだと。

 

 「あ……」

 

 レコンは、もういないのだと。

 

 「ああ……ああああっ!!」

 

 涙と共に出る雷の慟哭……それを聞いたところで、飛行場姫の表情は変わらない。やることは変わらない。艦娘達を沈め、鎮守府を破壊する。此処が終われば次の鎮守府を、其処が終わればまた別の鎮守府をと。

 

 飛行場姫は、今回の襲撃を考案した空母棲姫を除けば唯一の姫だ。それはつまり、空母棲姫のように海軍に攻め込むのに積極的な姫であることを意味する。そんな彼女が、涙程度で止まる訳がない。

 

 「貴女モ沈ミナサイ……暗イ海ノ底ヘトネ」

 

 再び飛行場姫の滑走路から出撃する艦載機……その数、5。駆逐艦程度ならこの数で充分ということだろう。事実、駆逐艦に姫の艦載機5機は充分過ぎる。過剰とすら言えるだろう。それらの矛先は全て、雷へと向けられている。

 

 「ジャアネ」

 

 飛行場姫のその一言と共に、艦載機達が雷へと殺到した。

 

 

 

 

 

 

 「くそっ、このままじゃ……」

 

 時を少し遡り、通信室に移動して状況を把握していた渡部 義道は焦る。途切れない深海棲艦、新たに現れた飛行場姫、予期せぬ援軍の雷と金剛らしき存在。援軍はありがたいが、たった2人で抑えられるような存在ならば姫などとっくに倒せている。今は抑えられていても、直ぐに状況は反転するだろう。そうなってから、或いはそうならない為に何が出来るのか。

 

 戦力は、まだある。戦える艦娘は、まだ存在する。彼女達を出撃させないのは、ひとえに練度の差だ。戦えないとは言わない。最年少中将の戦力とだけあって、その練度は並の提督よりは高い……しかし、全ての艦娘を育てるには、義道が提督として過ごした時間が足りなかったのだ。とてもではないが、この極限の戦いに耐えられるとは思えない。

 

 だが、そうも言っていられない。4つの艦隊で厳しいのだから、それ以上の艦隊……それこそ1つの鎮守府で大規模作戦並の艦隊を動かせば、少なくとも戦力面では問題なくなるのだ。その分指揮が正確に行き渡らなくなり、フレンドリーファイアの可能性も高まり、轟沈する危険性もまた上がる。出来なくはないが、あまり使いたくない最終手段なのだ。

 

 「……各員に伝達。我々は全戦力をもって、敵艦隊の排除を行う」

 

 義道は決断する。残っている艦娘達を全て出し、数に数をぶつける戦いをすると。元より義道はその作戦を展開する可能性を考え、全ての艦娘に艤装を装備させていた。出撃しようと思えば、いつでも出撃出来る状態にしていた。

 

 これより先は、結果だけが全てを語る。この作戦が正しかったのか、否か。英雄の孫らしい、姫を含めた大量の深海棲艦を撃破、もしくは撃退という輝かしい結果となるか……死ぬか。

 

 「全艦出撃……皆、生きて戻ってきてくれ」

 

 鎮守府中から響き渡る“了解”の声。士気は充分。後の結果は神のみぞ知る。義道は通信室の窓から見える海を見ながら強く両手を握り締める。人間である自分が直接戦場に出ることは叶わない。英雄の孫だ最年少中将だと回りから呼ばれようとも、その実態は他の提督と変わらない、艦娘を前線に出して自分は安全なところから指示するだけの只の青年以外の何者でもない。

 

 (それでも……俺がそうであることもまた、変わらないんだけどな)

 

 最年少中将の称号は伊達ではない。親の七光りではなく、実力で得たモノなのだから。何が必要で何が不必要なのかの取捨選択、いざという時の決断力……そして、その決断に己を賭けられる意思。誰もが持ちうる全てが、義道の力なのだ。

 

 (それに……嬉しい知らせも届いた)

 

 「頼むぞ……皆」

 

 

 

 

 

 

 「雷は、やらせないんだから!!」

 

 「Урааааっ!!」

 

 「命中させちゃいます!!」

 

 「睦月はやれば出来る子なんです!!」

 

 「深海棲艦は皆……死んでしまいなさい」

 

 「五十鈴には丸見えよ!!」

 

 雷に殺到していた艦載機に幾つもの砲弾が迫り、空中で花火へと姿を変える。突然の出来事に唖然とする雷と、苛立ちを顕にする飛行場姫。そんな彼女達の間に、6人の艦娘が姿を見せる。

 

 雷の姉妹艦である暁、響、電。同じ遠征組の生き残りである睦月、龍田。そしてツインテールが特徴的な長良型軽巡洋艦、五十鈴。鎮守府から出撃した艦隊の中で最も速度を出せる彼女達が、雷の救援に駆け付けたのだ。

 

 「タカダカ6隻増エタトコロデ……私ニハ勝テナイワ」

 

 とは言うものの、飛行場姫にとって艦娘側の数が増えるというのは痛い。何しろ飛行場姫は1隻、鎮守府に攻め込んでいる他の深海棲艦とは離れている為、必然的に1対多の状況が出来てしまう。先程のような1対2ならまだしも、7隻も相手となれば艦載機が主戦力である飛行場姫では距離があるなら兎も角、近い位置にいる今なら出だしで負ける。出した側から落とされるだろう。

 

 残りの戦力を追加するという方法もあるが……実は、飛行場姫が元々追いかけていた艦娘達がこの海域、飛行場姫に与えられた部下達が攻め込んでいる鎮守府近海に入り込んだ時点で追加の命令をしていた。只でさえ部下達だけでは攻めきれていないというのに、新たに戦力が加われば更に攻め難くなると考えたからだ……結局のところ、飛行場姫自身がその艦娘達を沈めてしまったが。

 

 話を戻すが、命令自体はしていた。しかし、未だに飛行場姫の元に部下は現れない……それはなぜか。話は単純……来れないからだ。

 

 「ここが正念場だ!! 各艦、今以上に全力を尽くせ!! 1隻でも通せば提督が死ぬぞ!! 僅かでも油断すれば自分か仲間が死ぬぞ!! 提督を死なせるな!! 仲間を死なせるな!! 決して死ぬな!! いいな!!」

 

 【了解っ!!】

 

 長門の叫びに、新たに戦線に加わった艦娘達が声を上げる。義道の下した全艦出撃命令……それが、飛行場姫へと向かう深海棲艦も例外なく沈めていた。義道の鎮守府の者達は皆、深海棲艦にも心がある者がいることを理解している。だが、それでも降りかかる火の粉を振り払う為ならば沈めることに躊躇はない。敵か味方なら、味方を選ぶのは当然なのだから。

 

 チッ、と長門達の戦況に気付いた飛行場姫が舌を打つ。援軍は見込めないということが理解出来たからだ。とは言え、何度も言うように彼女は姫、駆逐艦が1人から5人になり、軽巡2人が増えたところで何の問題もない。

 

 

 

 「喰らいなさい! フォイアー!!」

 

 

 

 「グギィッ!?」

 

 雷達を前に油断していた飛行場姫の背中に砲弾が突き刺さり、爆発を起こす。流石に今の一撃は効いたのだろう、焦った表情で彼女は後ろを振り向く。

 

 そこに居たのは、露出度高めのグレーの軍服を着た、美しい金髪を波風に靡かせながら立っている艦娘。その巨大な艤装と煙を吹く砲身から、彼女が戦艦であり、飛行場姫に攻撃した本人であることが見てとれる。そんな彼女の名は……。

 

 「ビスマルク!」

 

 「ハァーイ暁。戦艦ビスマルク、ドイツへの長期遠征から帰還よ」

 

 戦艦ビスマルク。世界に存在する数少ない日本海軍の軍艦ではない艦娘。型式こそドイツ艦だが、彼女は歴とした日本海軍……渡部 義道の鎮守府に所属する艦娘である。義道の言う嬉しい知らせとは、もうすぐ彼女が帰還する連絡の事を指していた。

 

 この登場に焦るのは、当然飛行場姫。ここで自分にダメージを与えられる戦艦が現れ、しかも挟まれている。目の前には7人の駆逐艦と軽巡、後ろには戦艦1人……決断は一瞬、飛行場姫は反転してビスマルクへと向かう。

 

 「っ、ビスマルク! 逃げて!」

 

 「シェルツ(冗談)! 迎え撃つに決まってるでしょ!!」

 

 暁の言葉にそう返し、ビスマルクは言った通り自分に向かってくる飛行場姫をその場で迎え撃つ姿勢を取る。暁達は飛行場姫の後を追い掛け……雷だけが、その場から動けずにいた。

 

 嘗ての仲間達の姿など、雷には見えていなかった。彼女が見ているのは暁達でも飛行場姫でもなく……先程までレコンが居た場所。その場所だけを涙を流しながら凝視している雷には、それ以外の何も見えず、爆音響き渡る戦場に居るにも関わらず何も聞こえていない。

 

 それだけ、レコンの死は雷には耐え難いモノだった。只でさえ彼女は天龍、若葉、五月雨の死によるトラウマがあり、大規模作戦時に仲間から殺されかけたという傷がある。どれだけ強く心を保とうとも、彼女の精神は見た目相応の子供である事に代わりはない。どれだけ前を向こうとも、傷が無くなる訳ではないのだ。今正に、雷の心の傷がその許容量を超えようとしていた。

 

 

 

 『コラ! 何下向いてんだ?』

 

 

 

 何も聞こえていなかったハズの耳にはっきりと聴こえた声にハッと、雷はいつの間にか俯いていた顔を上げる。その目の先に居たのは……居るハズのない存在。

 

 『どうした? まるで幽霊でも見たような顔だな……なんて、な。幽霊で間違いないけどさ』

 

 少しぶっきらぼうな言い回しをして苦笑いする少女……それは、沈んだハズの天龍の姿をしていた。その姿はぼんやりとしていて、今にも消えそうなほど頼りない。まるで、消えかけた蝋燭の火のように思えた。

 

 余りに予想外……未知の出来事に、雷の思考が停止する。が、彼女は周りの景色も止まっていることに気付いた。声を出すことなく慌てる彼女の姿が可笑しかったのか、天龍はくくっと小さな笑い声を漏らす。その笑い声を聞いて、雷は改めて天龍の姿を見た。

 

 『怖いか? 雷……当然だよな、お前はまだまだ子供なんだし。自分が死ぬのも、仲間が死ぬのも……怖いと思うぜ』

 

 雷の心を分かっているというように、天龍は言う。馬鹿にされている訳ではない。臆病者と蔑まれている訳でもない。それが当然なのだと、それで普通なのだと、雷の心に染み込ませるように天龍は言葉を紡いでいく。彼女の言葉を否定することは雷には出来ない。そもそもそんな思考する出来ていないし、天龍の言うことは正しいのだから。

 

 結局のところ、雷のトラウマは“死”という根源的なモノが原因だ。艦娘として沈むこと、海に潜ることに恐怖を感じるのも、海の中に入ることは船としての死であると本能が理解している故のこと。天龍達の死、仲間に殺されかけた恐怖、今回のレコンの死……それらが重なり、心が潰されそうになっているから、雷は動けない。

 

 『でもよ……そのまま終わるのは、さ。おかしいだろ? だってお前は、仕返しの1つもしてないんだぜ?』

 

 (仕返し……?)

 

 『怒れよ。ずっと悲しんで、ずっと引き摺って、ずっと泣いてたクセに……お前は本気で怒らない』

 

 そんなことはないと雷を思った。雷だって姉妹艦と喧嘩したことはあるし、叱ったり怒ったり、逆に叱られたり怒られたりしたこともある。レ級に襲われた日には怒りと憎悪から砲撃したし、大規模作戦の時に置いていかれた時には思うところもあった。決して、本気で怒ったことがない等ということはないハズだと。

 

 『いいや、お前は本気で怒ったことがない。少なくとも、俺が見てきた限りはな。味方に沈められそうになっただろ? 仲間に置いていかれただろ? 仲間の仇が居ただろ? ……まあ、あのレコンとか言う奴はお前が納得してるしいいや。んで、そのレコンが殺されただろ? 怒れよ。キレろよ。仕返ししてやれよ。泣いたじゃないか。悲しんだじゃないか。怖がったじゃないか。押し潰されそうになったじゃないか』

 

 天龍の言葉にそうだ、と頷くことは出来なかった。彼女の言うように怒ることが、普通の反応なのだろうと理解している。しかし、軍艦“雷”としての記憶が……敵をも助けるその精神が、本気で怒ることを拒むのだ。その優しさとも言える精神と思いは美徳だ。雷の心の強さの理由とも言える。それ故に仲間の為に今怒れないのは……薄情だろうか。

 

 『薄情なんかじゃない。お前が今怒れないのは、悲しみの方が大きいだけさ。俺はレ級に襲われた日、俺以外の全員が殺られたと思った。そのことを悲しいと思っても、それは直ぐに怒りと憎しみに変わった……いいか? 雷。悲しみは怒りと憎しみに“変わった”んだ』

 

 天龍とレ級の戦い……天龍がその憎悪で1度は沈めたことは雷も聞いている。雷には理解出来た……その時の天龍の憎悪が。何せ自分も同じような理由で一時はレ級に憎悪を向けたのだから。だが、想像出来なかった……ぶっきらぼうな言い回しでも優しくて、面倒見が良くて、少し年上のかっこ良くて可愛いお姉さん……そんな天龍が憎しみに顔を歪め、ボロボロになりながら力を振るう姿が。

 

 怒りとは、憎しみとは、そういうモノなのだろう。その人を正しく“一変”させてしまう感情の爆発。何かしらの負の感情が変貌するその流れ。雷が怒りと憎悪を抱いても長続きしないのは、爆発も変貌もせずに直ぐに弱まってしまうから。

 

 『優しいのはいい。敵を助けるのも、いい。でもな、味方の為に、仲間の為に、何よりも自分の為に怒れないのはダメだって俺は思うぜ。そんな風に悲しみで潰れるくらいなら……』

 

 雷の中で、何かが変わった気がした。彼女の目から涙が流れる……悲しいからではない。レコンが殺されたことが悔しくて、悲しむことしか出来なかった自分が情けないからだ。座り込んでいた状態から立ち上がる。座ったままでは、何も為せないからだ。目が座り、飛行場姫を睨み付ける……仇であると、改めて認識したからだ。

 

 雷はポケットの中から白い布に包まれた細長い棒状のモノを取り出す。それは、戦艦棲姫山城の本拠地から出る際にイブキからこっそりと渡されたモノだった。

 

 

 

 ━ これはお守り代わりだ。本当なら、もっと早く渡すべきだったんだが……“そのまま”じゃ危ないからと、妖精達がこの形にしてくれたんだ。それなコレは、俺が持つよりも……雷が持つべきモノだと思うから ━

 

 

 

 雷が渡された時のイブキの台詞を思い返していると、風のせいなのか独りでに布が剥がれて飛んでいく。中から現れたのは……見覚えのある刀身のナイフ。果物ナイフ程度の大きさしかない小さなソレは、どこか黒いモヤのようなモノを纏っているようにも見えた。

 

 ソレは、イブキが復讐鬼となった切っ掛けでもある天龍の艤装である軍刀の折れた刀身。何となく持ち続けていたソレをイブキは雷が仲間に加わったことで彼女へと渡そうとしたが、妖精ズが装備へと改造していた為に渡すのが遅れたのだ。謂わばそのナイフは、天龍の形見である。

 

 長い年月を過ごした物や強い意思をもって造られたもの、持ち主の思念の影響を受けた物には不思議な力や魂が宿るという。それは刀であれば“妖刀”と呼ばれたりするし、“九十九神”と呼ばれる存在になったりもする。つまり、雷の前に現れた天龍はそれらに類するモノであり……。

 

 

 

 『せめて、仇に怒りをぶつけるくらいはして潰れようぜ』

 

 

 

 彼女の怒りと憎悪の思念を身近で受け続けた刀身によって作られたそのナイフは、間違いなく妖刀と呼ばれるに相応しいだろうということだ。

 

 「あ、ああ、ああああああああっ!!」

 

 【っ!?】

 

 その場にいた誰もが……それこそ飛行場姫でさえ、雷の方を見て動きを止める。それは雷の声に込められた憎悪を感じた為であり……その形相が、まるで悪鬼のように歪んでいた為だ。

 

 ナイフを片手に、雷は全速力で飛行場姫へと接近する。無論、接近してる間にも砲撃することを忘れない。怒りに染まって尚正確な砲撃は見事飛行場姫の体に突き刺さるも、当然ダメージは無いに等しい。しかもその衝撃で彼女は意識を戦いへと戻してしまう……が、意識を戻したのは彼女だけではない。

 

 「な、何があったか分からないケド、雷を援護するわよ!」

 

 「了解だよ姉さん。雷を沈めさせはしない……やるさ」

 

 「今の雷ちゃんはちょっと怖いケド、電も頑張るのです!」

 

 「え……あ……む、睦月も頑張るにゃしぃ!」

 

 「……天龍ちゃん? そこにいるの……?」

 

 「怖……じゃない! 龍田もぼーっとしてないで撃って撃って!」

 

 「……え、援護すればいいのよ……ね? フォイアー!!」

 

 真っ先に戦闘を再開できたのは、雷の姉妹艦である3人。雷が怒った姿を見たことがあるのだろう、他の4人に比べてショックが小さかったらしい……尤も、ここまで怒った姿を見るのは初めてであろうが。逆に、怒った姿を殆ど見たことがない4人はショックから抜け出すのに少し時間がかかったようだ。龍田に至っては雷のナイフに目を向けたまま未だに砲撃の手が止まっている。

 

 「クッ……鬱陶シイッ!」

 

 雷の叫びに足を止めてしまっていた飛行場姫はビスマルクの砲撃を異形に受けさせることでダメージを最小限に抑え、背後からの雷達の砲撃は避ける暇もないので耐える。足を止めてしまった己を叱咤し、その場から動くに動けないことに焦る飛行場姫……だが、その焦りと口調とは裏腹に彼女は内心で己の敗北を悟っていた。

 

 千に届きうる部下達は今や見る影もなく、残り数十程……それに対し、相手は百近い戦力を出してきた上にそれなりに質も伴っている。全滅するのは時間の問題で、飛行場姫の助けには来れないだろう。

 

 「ッ!? 砲身モ……イヨイヨモッテ詰ンダカシラ……」

 

 更に運が悪いことに、ビスマルクの砲撃を受けていた異形の頭にある砲身が彼女の砲弾を受けて破壊されてしまう。これで本格的に攻撃手段が艦載機、或いは素手となってしまった……勿論、それでも充分に脅威ではあるのだが、彼女自身はそう思っていないのか弱音とも諦めとも取れる言葉が口から出る。

 

 そこでふと、彼女は自分の戦果を考えてみた。義道の鎮守府近海まで逃げ込んできた艦娘達を追い掛けてこの場にやってきた彼女は、その艦娘達の鎮守府1つとその戦力である艦娘数十名を沈めてきた。しかも相手は4人いる少将の一角、大戦果と言っても過言ではないだろう。海軍としての被害も決して小さくはない。

 

 「うああああっ!!」

 

 「ギッ!?」

 

 そんなことを飛行場姫が考えている内に雷が追い付き、ナイフの刃が彼女の右の脇腹を切り裂く。真っ白な体を真っ赤な血が汚し、再びその場の全員が驚愕に染まる。何しろ軽巡程度の砲撃ならロクに傷もつかない姫の体を、果物ナイフ程度の大きさのナイフが切り裂いたのだから。切られた本人でさえも驚いている。

 

 雷は切り裂いた後も前進を続け、大きくUターンして今度は真っ正直から飛行場姫を切り裂くべく突っ込む。今の彼女は怒りと憎悪に囚われているのか、その頭には飛行場姫を切り裂くということしか頭にないのだろう。

 

 「がああああっ!!」

 

 「……舐メナイデホシイワ」

 

 「っ!? う……ぐううううっ!!」

 

 背後からの奇襲なら兎も角、正面からの突撃に当たるような飛行場姫ではない。彼女は突っ込んできた雷の右手首を左手で掴み、その動きを封じる。が、雷は唸りながらも力で押し通ろうとする……力で敵うわけなどないと理解しているハズなのに、怒りと憎悪に囚われている彼女ではそのことを意識の外に置き、目の前の敵を倒すことしか考えていない。感情が理性を凌駕してしまっている為だ。

 

 (ソウネ……ドウセコノママ戦ッテイテモ私ノ負ケ。ダッタラ……)

 

 「貴女ヲ道連レニスルノモ……イイカモネ」

 

 「うぎゅ!? ん……ぅ……っ!」

 

 【雷!!】

 

 ナイフを持った手首を掴んだまま、右手を雷の首へと伸ばし、掴みあげる飛行場姫。それに加え、念のためにと異形に背中の艤装を喰らわせることで雷からの反撃を封じる。更に飛行場姫にとって運のいいことに、雷が人質の役割を果たしているのか暁達とビスマルクからの砲撃も止まる。

 

 敗北を受け入れることは、彼女にとっても屈辱なことだ。が、それでも道連れにするという行為に走ったのはこれが初めてだった。彼女は海軍と数度戦い、その全てに最終的には敗走していた。今日この日まで生き残ったのは……一重に、部下達の尽力があってのこと。

 

 それは、深海棲艦の習性と言ってもいいのかもしれない。1を捨てて100を生かすか、100を捨てて1を生かすか……深海棲艦達は、己を捨ててでも1を、姫や鬼等の自分達の頂点を生かそうとするのだ……戦艦棲姫山城の時もそうだったように。だが、その部下達ももう居ない。自分だけ逃げることは今回に限り出来そうにない。それ故の道連れ。せめて、1人でも多くという意思。

 

 「共ニ……沈ミナサイ!」

 

 

 

 「『ヤラセネーヨ。ライトハウスの下暗し、デース』」

 

 

 

 同じ口から2種類の声が聞こえるという不思議な声が聞こえたと同時に飛行場姫と雷の足下の海面から水飛沫が上がり、一閃の閃きが飛行場姫の雷の首を掴んでいる右腕を縦になぞる。その直後……赤い血と白い腕が宙を舞った。

 

 「ナン、デ……アナタ、ガ……?」

 

 痛みよりも驚愕と疑問が彼女を頭を占める。目の前にいたのは……沈めたハズだと、死んだハズだと思っていた存在。長い茶髪と巫女服のような服を海水で濡らし、一握りの軍刀を振り上げた体制で赤い光を灯す両目で己を睨み付けているその姿は……紛れもなく、レコンであった。

 

 「けほっ! えほっ……あ……」

 

 飛行場姫の首絞めから解放された反動で尻餅をつき、喉に手を当てて咳き込んでいた雷だったが、その後ろ姿を見て思わず動きを止める。それは、レコンが生きていたからという理由もあるが、それだけではない。雷には、その軍刀を振り上げているボロボロな後ろ姿が……過去に自分を助けてくれたイブキの後ろ姿と重なって見えたからだ。

 

 「『キヒッ、ワリーネ。生憎と、ノーマルな艦娘じゃないのデース』」

 

 レコンは金剛の姿こそしているが普通の艦娘ではなく、艦娘金剛と深海棲艦レ級が1人となった存在である。そして、それこそが飛行場姫の攻撃を受けてもこうして生きている最大の理由となる。

 

 100もの艦載機に囲まれ、雷を逃がす為に投げ飛ばした後、レコンは攻撃が直撃する前に海の中へと潜って回避を試みていた。普通の艦娘ならば本能的な恐怖から潜水など出来はしない。が、深海棲艦であるレ級と融合しているレコンならば造作もない。とは言え時間がなかった為に浅くしか潜れなかった為、大爆発によるダメージと火傷を負い、荒れ狂う海に揉まれるように海の底へと沈む羽目になったのだが。更にそのせいで軽く意識も飛んでしまい、海上へと戻るのに時間がかかってしまった。だが、意識を取り戻すのも早かった上に雷を助けることが出来た。レコンにしても雷にしても“幸運だった”と言えるだろう。

 

 (『アリガトウ、イブキ。貴女の貸してくれたラッキーソードが、私達を助けてくれマシタ』)

 

 「コ、ノ」

 

 心の中でいーちゃん軍刀を貸し与えてくれたイブキに感謝し、飛行場姫が動き出すその前に再びレコンの剣閃が横一線に閃く。イブキのように見えない程速い訳ではない。しっかりとした太刀筋という訳でもなく。しかしその一撃は吸い込まれるように飛行場姫の首へと向かい、確かに通り過ぎた。

 

 「……ア"……」

 

 飛行場姫の首に、まるで首輪のように赤い線が浮かび上がる。そして苦しむかのような声を一瞬上げ……ぐらりと、その線から上の頭部が前へと転がるように落ちた。後に残るのは、まるで噴水のように首に切断面から血を噴き出し、真っ白な色を深紅で染め上げていく身体。

 

 誰も何も言えなかった。その飛行場姫の死に様に、言葉が出なかったのだ。首と左手のない無惨な身体から目を離せない者がいて、通常の艦娘と深海棲艦の戦いでは普通残らない死体に吐き気を覚える者がいて……自分達と同じ真っ赤な血が流れ出す様を見て、その死をいずれやってくる自分の末路かと幻視する者までいた。

 

 「あ……ああ……」

 

 「これは……いい気分ではないね……」

 

 「ひ……うぶっ……」

 

 「む、睦月は……平気で……うぷっ……」

 

 暁達駆逐艦の4人は顔をあおざめさせ、口元を押さえて惨状から目を逸らす。そうしている内に飛行場姫の身体はバシャッという音を立てて倒れ……ゆっくりと海の底へと沈んでいった。

 

 気づけば、その戦いは終わっていた。遠くで長門達が上げているのであろう勝鬨の声が聞こえてくる。勝利したのだ。絶望すら覚える物量を誇る深海棲艦を相手に生き残るどころか全滅させ、数回に渡って倒し損ねていた飛行場姫を沈めた。そこに雷とレコンという協力があったとは言え、大戦果である。

 

 しかし、暁達は喜べなかった。砲撃で飛行場姫を沈めていたならば、そんな気持ちにはならなかっただろう。だが、無惨な死体が頭から離れないのだ。首を落とされて、人間や自分達と同じ紅い血を噴き出して真っ赤に染まった身体が。

 

 戦争なのだ、仕方ないと分かっている。勝利し、生き残った者が勝者の世界なのだ。軍艦時代でもいたハズだ……砲撃に巻き込まれバラバラになった者、身体の一部が欠損した者、焼け焦げた者、溺死、圧死、即死、出血死、色んな死に方を、死に様を知っているハズなのだ。それでも、恐怖は拭えない。罪悪感が無くならない。暁達は初めて、自分達が心無い軍艦ならばと思った。

 

 『……皆、よくやってくれた。我々の勝利だ』

 

 通信機から聞こえる義道の声が、とても有り難かった。労いと勝利報告のお陰で暁達の心が少し落ち着く。そんな彼女達を余所に、雷とレコンの2人はこの場から離れようとしていた。窮地を脱した以上、もうこの場にいる必要はないのだから。

 

 

 

 「……待ちなさいよ」

 

 

 

 静かな声量で紡がれた声は、嫌に海上に響いた。その声は距離が離れているにも関わらず、雷達の耳に届く。思わず2人は足を止めて振り返り、暁達もその声の主に視線を向ける。その主は……俯いている龍田だった。

 

 「ねえ、雷ちゃん……そのナイフ、よおく見せて? ソレから天龍ちゃんを感じるの。天龍ちゃんの声が聞こえるの。天龍ちゃんがいる気がするの。天龍ちゃんが……天龍ちゃんが、天龍ちゃんが! 天龍ちゃんが!!」

 

 駆逐艦達4人とビスマルクがヒッ、と怯えたような声を漏らし、五十鈴も冷や汗をかきながら軽く後退りする。そんな彼女達と違い、雷達は怯えた様子はない。というよりも、2人はこうなることを……龍田と睦月、もしくは五月雨と若葉の姉妹艦、最悪義道の鎮守府の艦娘全員から恨まれることを予想していた。そして、その予想は……龍田が顔を上げ、レコンを睨み付けている姿を見たことで現実のモノとなる。

 

 「分かる……分かるわ……姿が変わっても私には分かるの……貴女でしょ? あの時のレ級……若葉ちゃんと五月雨ちゃんと……天龍ちゃんを沈めた、あの時のレ級!!」

 

 誰もが感じられる殺意と憎しみ、怒り。誰よりも殺したいと考えていた。誰よりも憎いと思っていた。誰よりも怒りを抱いていた。天龍達がいなくなったあの日から、龍田の頭には仇を討つことだけしかなかった。

 

 天龍という唯一無二の姉妹を失ったことにより続く灰色のような日々……それは地獄だったことだろう。だが、その地獄も今日で終わる……仇を討つ、それこそが、地獄を終わらせる唯一無二の方法であると、龍田は思い込んでいた。

 

 「私に殺されなさい……天龍ちゃんの、若葉ちゃんの、五月雨ちゃんの痛みと恐怖と苦しみを全部味わって……死になさい!!」

 

 槍、或いは薙刀のような艤装を構え、龍田はレコンへと突撃する。艤装の限界以上の速度で、後先のことなど考えず……ただ、怨みを晴らす為に。協力してくれただとか、雷が居るとか等関係なく……愛しき姉妹と仲間の仇を取る為に。

 

 そして……レコン達の元に辿り着いた龍田によって、その薙刀が振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 「ダイブ減ッテキタ、カシラネ」

 

 海軍への襲撃が行われてから、凡そ3時間が経過しようとしていた。それだけ経てば、海軍の戦力も深海棲艦側の戦力もかなり数を減らしている……が、空母棲姫の言葉に焦りはない。というより、目標である渡部 善蔵……彼の居る大本営にしか関心がない為、他の鎮守府の結果など勝とうが負けようがどうでもよかった。

 

 「ソレニシテモ……マダ私ガ見ツケラレナイノカシラ? 耄碌シタワネ、善蔵。イイワ、アンタガ私ヲ見ツケラレナイナラ……」

 

 パチン、と空母棲姫が指を鳴らす。すると彼女の背後の海の中から、数多くの深海棲艦が現れた。その数、凡そ2千……全ての鎮守府に戦力を向かわせて尚この戦力。そして、本当にこれが最後の部下達。

 

 中には鬼や姫の姿はない……が、赤い光や金色の光、青い光が見える。その光の数こそ多くはないが、質も量も伴っている大軍団であることに変わりはない。そして、空母棲姫はゾッとするような美しくも黒い笑みを浮かべ……ポツリと呟いた。

 

 

 

 「私から会いに行ってあげるわよ……“クソ提督”」

 

 

 

 そして、2千に及ぶ黒き死神達が……空母棲姫を先頭に大本営目掛けて動き出した。




今回も色々と突っ込み所が多々あると思いますが、どうか寛大な心でご容赦ください……ああ、早くイブキで無双書きたい。

前の2つの鎮守府に比べて敵戦力が多い義道君の鎮守府。渡部一族は多分呪われている← 雷と天龍の件は、怒りって溜め込むと死にたくなるよねとか雷はお艦とか言われてるけどちゃんと子供なんだよって話です。溜め込むのホントダメ。鬱病になりますよ(体験談



今回のおさらい

殺ったな殺ったなー! (色々な人の)怒り! 爆発!(カクレンジャー



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