どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、ようやく更新でございます。

今回はイブキがあんまり出てきません←


そうならずに済んだのに

 (……何も進展しないまま、もう3ヶ月経ったな)

 

 そう内心で呟くのは、渡辺 善蔵の孫である渡辺 義道中将だ。彼は自分の父の鎮守府で起きた事件……艦娘に非道な扱いをしたことによって艦娘に殺されるという事件の真相を知るべく、その事件のことを調べていた。だが、本格的に調べ始めた日から3ヶ月経って尚、その真相は未だ知れていない。何しろ情報も資料も全くと言って良いほどに存在しないのだ。余りに無さすぎて、いっそ不自然な程に。

 

 そんな彼は今、その事件が起きた現場……渡辺 善導が着任していた鎮守府跡に来ていた。そこは廃墟となって長く、鎮守府として再建することなく廃墟のまま捨て置かれていた。他の事件が起きた鎮守府はしっかりと再建しているにも関わらず……それがまた、義道には不自然に思えてならない。

 

 (幽霊という存在がいるなら聞きたいな……この場所で何が起こり、父さんは何故死ななければならなかったのか……ん?)

 

 そんなことを考えていた時、義道の視界に桃色の後ろ髪の少女が花束を門だった場所に供えているのが映った。海軍の誰かだろうかと思っていた義道だったが、その少女が振り返った際に見えた顔にハッとなり、ゆっくりと少女に近付いていく。

 

 近付いてくる義道に対して、少女は何もすることなくじっとしていた。その顔は感情らしい感情が浮かんでおらず、無表情を貫いている……その少女の正体は、駆逐艦娘の不知火……善蔵の第一艦隊に所属するあの不知火だった。

 

 「お待ちしておりました、渡辺中将」

 

 「……君はお爺ちゃん……総司令の所の不知火、でいいのか?」

 

 「はい。渡辺総司令直属の第一艦隊所属、不知火です」

 

 「そうか……それで、待っていたというのはどういう……」

 

 

 

 「あなたに警告する為です」

 

 

 

 不知火の無表情から紡がれた言葉に、義道の背中に冷たい汗が流れた。“警告”……その言葉は決していい意味では使われない。その言葉を不知火が……善蔵の部下である彼女が、わざわざ義道を待ってまで届けに来た。いや、そこはあまり重要ではない。問題なのは、“自分がこの場所に来ることを知られていて、尚且つ先回りされていた”ことが問題なのだ。

 

 この事が意味するのは……義道の行動が善蔵に筒抜けであるということ。そうでなければ不知火がこの場にいること……否、百歩譲ってこの場所に来ることはあっても“待っていた”なんて言葉は使わないだろう。何しろ、義道がこの場所に来ようと決めたのは今日の朝かつ気まぐれに考えたことであり、予定として決まっていた訳ではないのだ。

 

 「警告……か」

 

 「はい。既に理解したと思われますが、総司令は貴方が何を調べているのか、どのように調べているのかをご存知です。そして……それらは全て無駄な行為です。渡辺 善導元提督の事件の詳しい資料は全て処分されていますから」

 

 「……くそっ」

 

 不知火から告げられたのは、義道にとって予想しつつも外れていてほしい事実だった。そして、これ以上の行動もしにくくなった。何せどうやってかは分からないが、こちらの行動は全て筒抜けだというのだから。そして探している情報の取得も不可能に近い。何しろ事件から20年経っている上に現場は瓦礫の山なのだ。更に資料も全て処分されているという……調べる宛もなくなった。

 

 かといって諦められるハズがない。己の父親に起きた過去の事件の真相を暴く……それが息子である自分の役目だと、義道は思っている。そして、祖父である善蔵の本性を知るということも。

 

 世間では善蔵は海軍総司令である他に、生きた伝説であり、英雄である。世界で初めて艦娘を発見し、友好を築き、深海棲艦に勝利し、今も現役で海軍最強の総司令として活躍している……正しく英雄だろう。少なくとも、当時はそうだったのだろう。

 

 だが、と義道は思う。今の善蔵には不自然な点が多い。義道が知っているだけでも、先の過剰戦力とすら思える連合艦隊による軍刀棲姫討伐作戦、味方の艦娘ごと敵を沈めようとする行動、長門から聞いた駆逐棲姫の情報、現在も行われている軍刀棲姫の可能性があるという噂の調査命令。邪推と言ったらそれまでだが、どうにも義道は引っ掛かるのだ。

 

 (……いや、まだ終わりじゃない。まだ、まだ何か手段があるハズ……)

 

 そう考えるが、その手段は浮かばない。出来るかどうかはさておき、いっそ目の前の不知火を拘束して情報を吐かせるか、なんて邪な考えが浮かんでしまうが、そこまですることはないと非情になりきれないのが義道だった。むしろそんなことを考えてしまった自分に嫌気が差し、戒めるように服の胸元を握り締める。

 

 「……ん?」

 

 瞬間、くしゃりと服以外の何かを握り潰したような感触がした。そしてふと思い出した。それは、以前資料室でも見た自分の父親の善導と艦娘達が仲良く写っている写真。その中には、無表情の……どこか悲しそうに見える不知火の姿もある。そう、丁度目の前にいる不知火のような……。

 

 (まさか……いや、だがそんな偶然……)

 

 有り得ない、と言うのは簡単だ。しかし、もしそうならば……“写真に写っている不知火と目の前の不知火が同一の存在”ならば、まだ終わりという訳ではない。いや、そもそも義道は以前にそうである可能性を考え、いずれは接触するつもりでいた……ならば、この状況はむしろ都合がいい。そう考え、義道はくしゃくしゃになってしまった写真を取り出す。そしてそれを広げよう……とした所で風が吹き、写真が手から飛んでしまった。その写真は、まるで意思を持つかのように……不知火の前に落ちる。不知火はその写真を返す為にしゃがんで手に取り……そこに写るモノを見た瞬間、無表情だったハズの……動くことがないハズの表情が驚愕に染まった。

 

 

 

 ━ 私がこの鎮守府の提督だよ。宜しく、不知火 ━

 

 ━ 私は秘書艦の春雨です! ━

 

 

 

 ━ ふーむ……不知火、君は表情が変わらないね……よし、春雨。分かりやすく心を込めて喜怒哀楽を表現しなさい。そして彼女を笑わせるのだ! ━

 

 ━ いきなり無茶ぶりされました!? ━

 

 

 

 ━ 不知火、春雨だけでも守ってやってくれ……頼んだよ ━

 

 ━ 不知火ちゃん……どうして…… ━

 

 

 

 (善導、提督……春雨、さん……)

 

 写真に写るのは、不知火にとってかつて仲間だった者達。まだ善蔵の言葉に盲目に従っていた頃、その命を受けて“潜入”していた……今は瓦礫の山となっている場所。

 

 今日この場に不知火が来たのは、善蔵の命令を受けて義道に警告する為だ。盲目に従うことを止めたハズの不知火が未だ命令を聞いているのは、この3ヶ月の間に善蔵に今までの命令のことを聞けずにいる為だった。不知火にとって、善蔵の命令は絶対だった。例え従うことを止めたとしても、深く根付いたその事実は変えられない……勇気が出ない。

 

 (嗚呼……私は……なんて弱く、脆いんでしょう……)

 

 そんな自分が情けないと、不知火は表情に出さずに自嘲する。意識と言うものは、結局のところ早々変えられるモノではない。何かと言い訳をして、理由を付けて、話す機会や時間がないと呟いて……詰まる所、不知火は善蔵と向き合うことが怖かったのだ。それは今も変わらず……もしかしたら、これからも変わらないかも知れない。

 

 (でも……)

 

 それでも……そう内心で呟き、不知火は写真に写る善導を見る。目の前の若い提督よりも年を取っており、訓練を受けた軍人らしい細身ながらもガッシリとした、オールバックの髪を帽子の下に隠している善導。良く元気のいい駆逐艦を腕に掴ませて持ち上げていたと、記憶から探りだす。続いて春雨を見る。サイドポニーにした桃色の髪は桜のようだと提督に褒められ、可憐な容姿に違わず優しく、仲間思いで……きっと、善導に信頼以上の感情を向けていたであろう彼女。そしてきっと……善導も恋愛か親愛かは分からないが、憎からず想っていた。

 

 その関係に終わりを迎えさせたのは、間違いなく自分達なのだ。善蔵からの命令で潜入し、信頼を勝ち取り……仲間達と共に騙し討ち、最後には善導の最期の頼みを無視して春雨を沈めた。その罪を、駆逐棲姫となった彼女と出会うまで罪とすら認識していなかった。

 

 (罪は償わなければなりません。私は、変わらなければなりません。もう雷撃処分なんて……暗殺なんて……したくない)

 

 ぽたりと、写真の上に水滴が落ちた。それは、無表情のまま流れた不知火の涙。弱い自分を情けなく思って、もうしたくないと叫んで、過去の所業を後悔して……弱音と本心から流れた、涙。

 

 義道は確信する。目の前の不知火が写真の不知火であると。事件の真相……例えそれを知らずとも、確実に深く関わっていると。そして……決して、絶対の悪ではないのだと。

 

 「……1つ、お尋ねします」

 

 「何かな?」

 

 「貴方は……私の警告を聞いても、まだ事件のことを探るおつもりですか?」

 

 不知火は義道に顔を向けることなく問い掛ける。善蔵という海軍において絶対の存在。善導の事件の真相が彼にとって都合が悪いことはこの警告で明白となり……これ以上調べることは、文字通り命の危険がある。それでも尚、調べるのか……そこまでの覚悟があるのかと。

 

 義道の答えは決まっていた。いや、ほんの少し前は揺らいでいた。これ以上調べて取り返しがつかなくなる前に止めるべきじゃないのかと。だが、不知火の流した涙が、不知火の問い掛けが、その揺らぎを消し去った。

 

 「勿論だ。これは海軍総司令渡辺 善蔵の孫であり、渡辺 善導の息子である俺がやらなくてはいけない」

 

 「それが、総司令を……もしかしたら、海軍を敵に回すことになっても?」

 

 義道は目を閉じ、そうなった場合のことを考える。海軍が敵に回る可能性がある。それほどの事件なのだと、不知火は遠回しに教えてくれる……と義道は考えているが、実のところ不知火は善蔵の命令を聞いただけであり、決して事件の詳細を知る訳ではない。やったことは潜入、仲間を引き入れた後の暗殺。だから不知火の言葉は、本当にただの予測に過ぎず……同時に、そうであると確信している。善蔵ならばそれくらいは確実にやると。そして義道は閉じていた目を開き、答える。

 

 「やるさ。他の誰でもない……僕自身の為に」

 

 「……分かりました」

 

 義道の答えは変わらない。事件を知り、本性を知る。その為に動いていた。その為に動いてきた。それを不知火を含めた大本営は知っている。その行動を止めるように言うために、不知火は来たのだから。不知火“だけ”が来たのだから。

 

 この場には不知火と義道以外の姿はない。つまり……この場で語られる事は、今いる2人以外知り得ない。故に、不知火は語る。もう今までの自分ではないと、弱いままの自分ではないと。

 

 「事件の詳細を、私は知りません……それは“なぜ起こしたのか”を知らないということです。ですが、“何が起きたのか”を教えることが出来ます」

 

 「……なら、それを教えてくれ。世間では父さんが艦娘達に非道を行い、反逆されて艦娘達はその後自害したとされている……それは事実なのか?」

 

 「違います。善導提督はとても優しくしてくれました。正面から私達に向き合ってくれました。共に笑い、共に泣き、共に喜び……そんな提督でした。非道なんて言葉とは程遠い御方です」

 

 きっぱりと、不知火は断言する。潜入した期間は決して長い訳ではなかったが、人となりを知り、鎮守府の雰囲気を知るには充分すぎる。その上で出した結論が、非道を行うなど有り得ないということ。軍人としては甘いのだろうが、人としては間違いなく善人であるということ。ならば、何故事件は起きたのか。

 

 

 

 「善導提督を、艦娘達を殺したのは……総司令の命令を受けた私達第一艦隊です」

 

 

 

 “善導の元に潜入し、信頼を勝ち取り、時期を見て連絡し、第一艦隊の面々と共に1人残らず暗殺しろ”

 

 20年以上前の話だ。善蔵からそう命令を受けた不知火は、遭難したドロップ艦という設定を用い、善導の艦隊に救助されるという形で潜入した。この時救助した艦隊……その中には、春雨の姿もあった。

 

 次に不知火は、信頼を勝ち取る為に行動する。新人として不振に思われないように力を抑えつつ遠征に、出撃に、演習に赴き、時にわざと大破し、仲間を庇い、日常を共にし……いつの頃からか春雨と2人セットで扱われるようになった。

 

 「鎮守府の雰囲気は……良くも悪くもユルかったです。だらだらとしてる艦娘、一日中部屋から出てこない艦娘、調理場で毒物を作る艦娘、善導提督を誘惑する艦娘、私物の買い物を経費にしようとする艦娘……他にもいろいろありましたが、それらを笑って許す提督が一番ユルかったですね」

 

 「父さん……」

 

 父に対する不知火の評価に、義道は恥ずかしそうに頭を押さえる。義道はもううっすらとしか思い出せないが、その手と背中の大きさや温かさ、笑顔……実家にいる母親とは良き夫婦であったことは覚えている。が、その仕事ぶりは知らなかった。身内の恥ほど恥ずかしいモノはないだろう。

 

 それからも不知火の話は続く。潜入し、信頼を得た彼女の次にやるべきことは連絡。そこから機会を伺って暗殺するという予定だったのだが、ここで誤算があった。それは、セットとなっている春雨の存在と……このユルい鎮守府そのもの。

 

 基本的に春雨が近くにいる為、少なくとも春雨がいなくならなければ連絡は出来ない。春雨と離れることが出来たとしても、ユルい上に自由な鎮守府なのでじっとしている艦娘も少なく、何処からともなく艦娘が現れる。何処かに隠れて連絡をしようとしても同じこと。ならば皆が寝静まった後に……とも考えたが、何故か春雨と同じ部屋かつ同じベッド、更には春雨の寝相が悪いのか毎日のように抱き締められて寝ることになる。連絡することが出来たのは、信頼を得たと確信出来た日から2ヶ月も経った後だった。

 

 「そして連絡して暗殺する日を決め、当日に私が夕食を作り……その中に筋弛緩薬を入れました。私達艦娘は人間とは色々と細胞やら内蔵やらの強度や諸々が違うため、薬や毒は効き目が薄いですが……筋肉や骨格等はあまり変わらない為、睡眠薬や麻薬、毒薬を使うよりも断然効きますので。それでも、人間に比べれば効き目は薄いですが」

 

 「……それで、その後どうしたんだ?」

 

 「全員が倒れたことを確認し、外で待機していた第一艦隊に連絡を入れ……後は一人残らず砲撃の餌食です。そこにいた提督以外の人間も全て」

 

 「なっ……!? だ、だが、どうやって鎮守府に……鎮守府の門前には憲兵が……」

 

 「総司令の息のかかった憲兵の方です。そうでなければ、暗殺の為にアポなしで来た第一艦隊の面々が鎮守府に入るために壁を壊さないといけなくなりますし、私達に真っ先に疑いがかかりますから……勿論、その憲兵さんも生きてはいません。暗殺した日の翌日、彼の住んでいた寮とその住人ごと焼死しました……それを行ったのは、私ではないですが」

 

 徹底している……それが話を聞いた義道の感想だ。目撃者はいない。証拠もない。関係ない者を巻き込むことに躊躇いもなく、用意周到と言える程に綿密。そうまでして善蔵は善導を殺したかったのかと、義道は更なる怒りを覚えた。そして勿論……実行者である不知火に対しても。

 

 「そして私は食事を取るのが遅れていた提督によって同じように食事をしていなかった春雨と共に鎮守府から海に逃がされ……春雨を沈めました。私が犯人だとは思わなかったんでしょう……提督から“春雨を守ってくれ”と、“春雨を頼んだ”と言われていたのに……私は、提督の思いを裏切って総司令の命令を忠実に守ってしまった」

 

 春雨を沈めた不知火が鎮守府に戻ってきた時、そこは既に地獄と化していた。燃え上がる鎮守府の中には体の一部が吹き飛んだ、または風穴が空いた艦娘の死体が散乱しており、壁も廊下も血と炎で真っ赤に染まり、肉が焼け焦げた臭いと火薬、鉄臭さで不快な異臭が充満していた。当時は、それらをただ無感情に眺めるだけだった。

 

 だが、今思い出すと不知火の胃から嫌なモノが込み上げてくる。苦しかっただろう、熱かっただろう、怖かっただろう……そういった聞こえもしない怨唆の声が聞こえてくるような気がする。

 

 「私の知っている、私が見てきた話は以上です。これ以上のことは、私と矢矧さん以外の第一艦隊……今となっては大淀さんと武蔵さんのどちらかか、総司令本人に聞くしか知る方法はないでしょう。そして……貴方では聞くことは叶いません。仮に聞けたとしても、命の保証は出来ません」

 

 不知火の言葉を聞き、義道は何とか内にある不知火への怒りを抑え、考える。彼女の言う通り、義道が直接善導に、第一艦隊の2人に聞きに行くのは自殺行為だ。只でさえ不知火から警告を受けているのだ、ヘタをすれば命を奪われる可能性も充分あり得る。

 

 しかし、後はもう事件の真相……否、動機を知るだけで全てが分かる。なのに、後一歩が届かない。仮に命を賭けて聞きに行ったとしても、その情報が義道1人の胸の内のままになってしまっては意味がない。だが、義道ではそれ以外に知る方法はない……そう考えた時、不知火からこんな提案が出た。

 

 

 

 ━ 私が総司令に聞いてきましょうか? ━

 

 

 

 義道は不知火の目を見詰め……頼むと、一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 そこは、港湾棲姫と北方棲姫、2人の姫が拠点とする場所。その場所に1人の姫がやってきていた。その姫の名は、空母棲姫……彼女は海軍総司令である善蔵に並々ならぬ憎しみを抱いている。そして、亡き者にしたいとも……彼女は言う。力が足りないと。まだまだ足りないと。故に彼女は港湾棲姫達の元にやってきた。足りないモノを埋めるために。

 

 「港湾棲姫……貴女ノ力ヲ貸シテ頂戴。貴女モ深海棲艦ナノダカラ、海軍ヲ潰ス事ニ……善蔵ヲ殺ス事ニ問題ハナイハズヨ」

 

 空母棲姫は、目の前にいる港湾棲姫にそう言葉を投げ掛ける。今この場には、空母棲姫と港湾棲姫の2人しかいない。トップ同士の対話、という訳だ。

 

 空母棲姫の言葉に対し、港湾棲姫は思案するように目を閉じる。その脳内で何が考えられているのかを知る術はないが、空母棲姫は力を貸してくれると疑ってはいない。南方棲戦姫のように断られることは確かにあるが、基本的に深海棲艦は人間、艦娘、海軍の敵として存在しているのだから。

 

 「……断ルワ」

 

 「何……?」

 

 しかし、港湾棲姫の口から出たのは拒否の言葉。その言葉を聞いた空母棲姫の顔が、苛立ちで歪む。その理由は今の言葉ではなく、港湾棲姫が空母棲姫を見る目にあった。憐れみとも、悲しみとも取れる瞳……何故彼女がそんな目で見てくるのか分からず、何故か妙に腹立たしく感じたのだ。何故憐れまなければならない、何故悲しみを感じている……そんな苛立ちを感じたのだ。

 

 「一応、理由ヲ聞イテオコウカシラ?」

 

 「私ハ……“アノ人”ヲ殺スナンテ出来ナイモノ」

 

 「……善蔵ヲ、知ッテイルノネ」

 

 「勿論。ソシテ貴女ガ、恐ラクハ“艦娘ノ時ノ記憶”ヲ持ッテイルトイウコトモ」

 

 港湾棲姫がそう言った瞬間、2人の間の空気がピリピリとしたモノになる。とは言っても、その空気を出しているのは空母棲姫だけなのだが……憎しみを宿した、深海棲艦の中でも最高峰の力を持つ姫の殺気は部屋を満たすに充分すぎる。港湾棲姫は、今この場に北方棲姫がいないことに安堵した。

 

 さて、と港湾棲姫は何が空母棲姫の琴線に触れたのかと考える……が、既に答えは出ている。ほぼ間違いなく、“艦娘の記憶を持っている”と言ったことだ。ならば、なぜそれが殺気を放つ程のモノなのかということだが……それも、港湾棲姫には予測出来ている。

 

 「……あんた、どこまで知ってるの」

 

 「ソレガ、貴女ノ本来ノ口調ナノネ」

 

 「答えなさい! あんたはどこまで……何を知ってるの!?」

 

 今までのようなカタコトではなく、港湾棲姫が本来のと呼んだ口調になった空母棲姫は港湾棲姫を睨み付け、今にも艦載機を出さんばかりに声を荒げる。艦娘の記憶を持つ艦娘……それを知る者は、限り無く少ない。この場にいないが、イブキ達の元にいる夕立や扶桑姉妹、レコンのように自覚している者、その者から教えられた者……例を挙げるとすれば、それくらいだろう。

 

 知る者が少ないというのは、その事実に気付くことがほぼないからだ。戦艦棲姫山城とて最初は自分に艦娘の記憶があることなど、自分が以前は艦娘だったことなど自覚していなかったのだ。空母棲姫はそんなことなど知りはしないが、その世界の中でもトップシークレット……知っている者こそが異端とも言える情報を知る港湾棲姫は怪しいことこの上ない。

 

 「答えなさい……答えろ! 港湾棲姫!!」

 

 

 

 「私も……同じだから」

 

 

 

 空母棲姫と同じように口調が変わり、呟いた言葉に彼女は唖然とする。いや、港湾棲姫自身が“そうである”ことを知っていた。だが、自覚しているとは考えていなかった。もし自覚しているなら……己が艦娘だったことを知っているなら、海軍に対して何かアクションを起こすハズ、というのが空母棲姫の考えだったから。拠点の中で引きこもりのように過ごしているなんて信じられなかったから。

 

 「なら……なら! 私に力を貸しなさいよ! あんたは知らないの!? 私達がなんで生まれたのか! なんで私達がこんな姿になっているのか!」

 

 「それも……知ってる」

 

 「ならどうして! 復讐を考えるのは当然でしょう! 復讐を考えるのが普通でしょう!! あんな“願い”のせいで戦わされた! ありもしない未来の為に皆が沈んでいった!! なのに……なんであんたはぁっ!!」

 

 「それでもあの人に……司令官に逢えたことが嬉しかった。確かにあの“願い”は浅慮だったと思うよ。だけど……それがなければ、私達は生まれなかった」

 

 「だ、ま、れ、ええええええええっ!!」

 

 空母棲姫が怒りの声を上げ、部屋の中に何処からともなく黒い異形の球状の艦載機を幾つも出現させる。それに対し、港湾棲姫は悲しみをその赤い双眼に宿しながら、異形の両腕を広げて猫背になり、構える。そう広くない部屋、そして海中にある拠点……姫2人が暴れれば、下手をしなくとも何もかもが海の藻屑と消えるだろう。

 

 (大丈夫、ホッポも皆も拠点の外だし、南方棲戦姫に預かって貰えるように話もつけてある。私がやるべきことは……彼女をここから出さないこと。だから……)

 

 「沈めえっ!!」

 

 「私がここで……やっつけちゃうんだから!!」

 

 そして、異形の球体と異形の腕がぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 摩耶様達を助けてからしばらく経ったが、俺は未だに彼女達と行動を共にしていた。その理由は……彼女達にどう俺のことを黙っておいて貰えるか全く思い付かずにいるからだ。

 

 ……いや、俺もこの世界に来てからもう9ヶ月。元一般人なりに世界に馴染んだと思う。その馴染んだ精神というか……まあ、俺と夕立達の安全の為と考えるならば、この場にいる全員を沈めるべきだ。相手は12人、連合艦隊相手に立ち回った俺ならそう時間は掛からないだろうし、敗北などほぼない。それに散々艦娘を斬ってきたんだから、今更躊躇うのもおかしな話だ。

 

 「な、なあイブキさん」

 

 「なんだ? 摩耶」

 

 「いや、あの、えっと……な、何でもなぃ……」

 

 「……そうか」

 

 こうして時折俺に声を掛けて何かを言おうとしては顔を赤らめて俯き、段々と声が小さくなっていく摩耶様……なんだこの可愛い生き物。こんな可愛い摩耶様に対して軍刀を抜けるだろうか? 俺には無理だ。後ろの唸ってる球磨には遠慮なく斬りかかれる自信はあるが。

 

 いっそ、ここで別れて後は成り行きに任せるか……いや、また連合艦隊を差し向けられても面倒だ。それに、さっきの深海棲艦達のこともある……もしも三つ巴のような状況になってしまえば、万が一の可能性もある。いや、それよりも何であんなに深海棲艦がいたのか、という方が気になるな……やはり早く戻って皆と話し合うべきか。

 

 「それにしても、さっきの深海棲艦の大群はなんだったんだぴょん?」

 

 「あんなの聞いたことないよね。まるで大規模作戦の時の連合艦隊みたい」

 

 (……大規模作戦の時の連合艦隊……?)

 

 後ろにいる卯月と白露の会話の内容が引っ掛かり、思わず足を止めて考える。そのせいで何人かに不審そうな目で見られるが、そこはスルーしておこう。

 

 俺の考えでは、連合艦隊を組むのは大規模作戦とやらへ参加する、成功させる為だ。3ヶ月前の俺の時は、つまるところそれほどの脅威であると認識された為に送られてきたんだろうと理解できる。なら、深海棲艦が連合艦隊を組むのはどういう時だ?

 

 深海棲艦は人型の者じゃないと本能で動く獣と変わらないと俺は聞いている。それに、最高でも6隻以上で艦隊を組んで動いている深海棲艦を俺は見たことがない。それは多分、本能的に1艦隊分以上の数で行動しようとしていないからだろう。

 

 ということは、あの大群には人型……それもあれほどの人数を扱える指揮力、もしくはカリスマみたいなモノをもった深海棲艦……鬼や姫がいた、或いは命令をしていたことになる……と思う。あまり頭がいいとは言えない俺では確証なんてものもないし、自分の考えに自信なんてもてない。そんなことを考えた時、北上が隣に来て声をかけてきた。

 

 「イブキさん? そんな考え込んでどったの?」

 

 「……さっきの深海棲艦の大群がどうにも気になる。白露の言うように、まるで連合艦隊のようにも見えた……もしその通りなら、何のために艦隊を組んだ?」

 

 「んー……私らみたいに誰か倒しに行くか、海域に攻め込んだり?」

 

 「お前を倒す為かも知れないクマ」

 

 「それはないでしょう。それなら、さっき戦闘にならないとおかしいですし」

 

 誰かを倒しに行く、海域に攻め込む、俺を倒す為……どうにもしっくり来ない。球磨が言った俺を倒す為というのは鳥海が否定してくれたし、俺自身あれほどの深海棲艦を向けられる理由が浮かばない。海域に攻め込む……これは艦娘と戦うというより、深海棲艦同士の縄張り争いのようなものだとすれば分かるが、山城達からは横の繋がりはあまりないし、知り合うこともあまりないと聞いている。可能性としては低いだろう。なら、誰かを倒しに行く……確か、海軍の誰かを倒す為に動いている姫がいると話で聞いたような気がする。

 

 「……すまないが、俺はここで失礼する」

 

 「え!? あ、でも、その……あたし、まだお礼言っただけで何も返せてねえし……」

 

 「……それは、また会った時にでも。君達は早く戻ってさっきの深海棲艦達のことを報告した方がいい」

 

 「そりゃあ私らもそのつもりだけど……深刻な感じ?」

 

 「……これは、俺の予測になるが」

 

 

 

 ━ 鎮守府、もしくは大本営を直接攻撃される可能性がある ━

 

 

 

 

 

 

 

 「……バカね」

 

 そう呟いたのは……ぼろぼろになりながらもしっかりと立っている空母棲姫。彼女は眼下のモノを見ながら憐れみを込めて呟いた後、後ろを向いてその場から去る……その前に、もう一度だけ背後のモノを見た。

 

 

 

 「あたしに力を貸せば……そうならずに済んだのに」

 

 

 

 そこには、自身の血の海の中に倒れ伏した港湾棲姫の姿があった。




という訳で、色々と事態が進むお話でした。空母棲姫と港湾棲姫……元の艦娘が誰か分かりますかね?

今回はオマケはないです。公式台詞もほぼ出しきりましたし……何か考えた方がいいですかねえ、新しいオマケ。



今回のまとめ

義道、事件の真相の一部を知る。ついでに父親のユルさも知る。不知火、善蔵に真相を聞くことを決意する。己も真相を知る為に。空母棲姫、港湾棲姫と相対する。そして港湾棲姫は倒れ伏す。

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