どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました、漸く更新でございます。

【悲報】イブキ出番なし


怖くないデース

 時は少し遡る。

 

 「もうすぐでエンゲージしマース!」

 

 『出会イ頭ニ1発ダ、外スナヨ!』

 

 駆逐棲姫らしき存在を感知した金剛とレ級は、その存在を足止めする為に存在がいる場所へと向かっていた。

 

 金剛達は考えた。相手は海上でこちらは陸上、今から砂浜に戻って抜錨する時間はない……ならば、陸上にいたまま攻撃すればいい。そんな考えの元、彼女は以前にも行った崖へと向かっている。高さがあって見晴らしもよく、狙撃するには絶好のポイントだと考えたのだ。

 

 そうして進んでいる間にも、目標は進んでいる。出会い頭に1発とは言ったが、その1発で沈められるとは考えていない。あくまでも足止め、こちらに意識を向けさせるのが目的なのだ。

 

 「……見えマシタ!」

 

 目的地である崖を見付けた金剛はそのギリギリまで近付き、そこから見える海原に目標の姿を探す。遮蔽物がないからか、それはあっさりと見つかった。まるで正座して進んでいるかのような、色白の肌の駆逐艦娘のように見える小さな姿。だが見た目で判断してはならない。彼の存在は確実に、深海棲艦の中で最強の証である姫の名を冠する存在なのだから。

 

 「ターゲットロック……外しマセンヨ」

 

 金剛は崖の先に立ち、後ろ腰の艤装の主砲の狙いを定める。予定ではスナイパーのように寝そべって狙撃するつもりだったが、艤装の形と場所の関係上、無防備に立つ羽目になってしまった。流石に危険な為、撃ったらすぐに身を隠しつつ次の狙撃のチャンスを待つと頭の中に描く。しかし、金剛は忘れていた。自分にとって、見晴らしがいいと言うことは、相手にとっても見晴らしがいいということを。

 

 『ッ! 金剛! 頭下ゲロ!』

 

 「ワッツ? の、オオオオッ!?」

 

 レ級の言葉にキョトンとした直後、目標の方からドォン! という砲撃音が響き、次の瞬間には崖の岩肌に轟音と共に突き刺さった。更には金剛の足元が崩れ、金剛はそのまま瓦礫と共に海へと真っ逆さまに落ちる。

 

 幸運だったのは、金剛に瓦礫が当たらず足から落ちたことだった。艤装の効果により、金剛は沈むことなく海の上に立つことができた。もし頭から落ちていたり瓦礫で艤装が破損していたりした場合には、文字通りに海の藻屑と消えていたことだろう。代わりに、頭から水しぶきをかかる羽目になってしまったが。

 

 「オオウ……足がビリビリしてマース……」

 

 『バカナコト言ッテネーデ動ケ! 姫ガ来ル!!』

 

 足への衝撃が抜けないのか動こうとしない金剛に脳内でレ級が怒鳴る。最早作戦がどうのイブキの為にこうのと言える状況ではなくなってしまったのだから。

 

 だが、金剛がレ級に従って動く前に姫……駆逐棲姫はその手の主砲を金剛に向けていた。そして金剛がその事実に気付くよりも早く、主砲が火を吹く。その砲弾はあまりにも呆気なく、しかし当然の結果というように……金剛の身体に突き刺さり、その身体を吹き飛ばし、焼いた。金剛は声を出すことも出来ず、己の身に何が起きたかも理解出来ず、背後の岸壁に叩き付けられる。砲弾の直撃と灼熱の後のその衝撃は、金剛の意識を奪うには充分過ぎるものだった。

 

 「……邪魔ヲスルカラ、ソウナルノヨ」

 

 そんな金剛の姿を、駆逐棲姫は冷めた目で見下しながらそう呟いた。彼女にとって、金剛は怨敵の元へ向かう自分の前にいきなり無防備に現れて無防備を晒して無防備に攻撃を受けた間抜けな艦娘にしか映らない。数秒とはいえ、怨敵の元へ向かう時間を取られた駆逐棲姫の言葉には、僅かに怒りが含まれていた。

 

 金剛から興味をなくした駆逐棲姫は、砲撃音が鳴り響く方向に視線を移す。さほど遠くない場所で行われているであろう戦闘の音に、彼女は自然と怨敵たる軍刀を持った艦娘がいると考えていた。となれば、当然彼女の足はその場所へと向く。

 

 

 

 ━ ……キヒヒッ ━

 

 

 

 「ッ!?」

 

 不意に、駆逐棲姫の背中に悪寒が走った。思わず彼女は足を止め、興味をなくした筈の金剛に視線を移す。そこにはボロボロの姿となった、意識があるようには見えない金剛がいるだけだ。悪寒が走る要素もなければ気にも止める必要性も見当たらない、死に体の艦娘がいるだけ……。

 

 (ナンデ……沈ンデイナイ!?)

 

 死に体でありながら沈んでいない……その事に、駆逐棲姫は驚愕する。艦娘にしろ深海棲艦にしろ、沈むには条件がある。本人が死亡に等しいダメージを受けるか、艤装が完全に破壊されるか、致命傷を負って意識を失うかだ。誰がどう見ても、金剛はそれらに該当している。何しろ“姫”の砲撃が直撃したのだから。金剛が装甲の厚い戦艦娘であることを考慮しても、無防備に受けた姫の一撃に耐えたとは考えにくい。

 

 (嫌ナ予感ガスル……コイツハ沈メテオカナイト……)

 

 明らかに格下、明らかに死に体。そんな相手にも関わらず、駆逐棲姫は冷や汗を流しながら慎重に近付く。避けられない距離で確実に仕留める為に。

 

 そうして駆逐棲姫が近付いて来ている時、金剛は夢の中にいた。それは、以前にも見たようなレ級の姿を第三者の視点から見つつ、まるで自分がレ級になったかのような視点でも見ているような夢……そこで彼女は、レ級がどのように産まれ、どのように過ごしてきたかを見た。

 

 レ級は、ある日突然深海に生まれた。そこにはレ級以外の存在の姿はなく、暗闇が広がるばかり……冷たく、寒く、暗い……そんな場所で、彼女は生まれた。

 

 怨みや憎悪などの負の感情から生まれ、深海より現れる怪物……一般的に、深海棲艦はそうであるとされる。しかし、生まれたばかりのレ級はそんなモノとはかけ離れていた。簡単に言うなら、何も知らなかったのだ。赤子のように無垢で、無知で、無害な存在だった。それ故に、彼女は好奇心の固まりでもあった。

 

 目に見える全てが、レ級にとって興味の対象となる。不気味な深海魚、過去に沈んだ船や何かの残骸、海草や地面ですら、レ級にとっては教科書であり、勉強道具であり、玩具であった。だが、暗い世界の中だけでは飽きがきたのだろう……上を向けば、光が差し込んでいる。その光に、海底ではなく海上にレ級の興味が移るのは自然なことだった。

 

 海上へと出たレ級を待っていたのは、海底では見たことのない世界。青く広い空、眩しい太陽、魚の代わりに鳥が飛び、真っ青な海が広がる。そして、偶然出逢ってしまった……艦娘の艦隊に。

 

 『レ級!?』

 

 『なんでこんなところに……っ!』

 

 『ああもう、なんで遠征中の時に限って……撤退! 全速力!! 威嚇射撃も忘れないで!!』

 

 初めて出会った艦隊が逃げだし、その合間に威嚇射撃を放つ。遠征中の艦隊がレ級に逢えば、それは当然の行動だろう。

 

 

 

 しかし、それがこのレ級の暴虐の始まりとなる。

 

 

 

 威嚇射撃の1つが、レ級の頭部に突き刺さり爆発する。レ級自身にそれほどのダメージはないが、衝撃はある。その衝撃で首を反らし、反った首を戻しながら砲弾が当たった場所に手を当てて離してみると……ベッタリと血か燃料か分からない、生暖かい赤が付着していた。浅く切れた額から流れる赤……レ級はそれに妙な興奮を覚えた。そして、その赤を好奇心のままに舐めとる。

 

 『……キヒッ』

 

 それが、初めてレ級が嗤った瞬間である。口元を己から出た赤で染めて嗤う姿は、出逢ってしまった艦娘達には酷く不気味に映ったことだろう。その表情は恐怖に歪んだことだろう。その表情にも妙な興奮を覚えたレ級が、艦娘達を追うのは必然だった。

 

 レ級の速度は速く、行動が遅れた1人の艦娘にあっという間に近付き、その首に手を伸ばす。そして次の瞬間には、その首を握り潰していた。肉を潰し、骨を砕き、鮮血にまみれる……なんとも言えない心地よさがレ級を包む。レ級はそのまま手の遺体の首に口を近付け……ペロリと舐めとる。

 

 美味しい。先程は出なかった感想が出る。楽しい。先程感じた興奮に名前が付く。気持ちいい。先程の心地よさに身体が震える。それは、赤子に知識がついたことを意味する。

 

 『モット……欲シイナ』

 

 赤子だった存在が言葉を得た。目の前には泣きながらも己から逃げる為に全力を尽くしている艦娘達。尻尾の先にある異形の口が開き、中から砲身が覗き……火を吹いた。それは艦娘達に直撃することはなく沈めることはなかったが、至近弾だった故に中破大破と呼ぶレベルまでダメージを与える。明らかに動きが遅くなった彼女達をレ級が逃がすハズがなく……己の口と尻尾の異形の口がその全てを喰らい尽くすのに時間はかからなかった。

 

 それがこのレ級という存在の始まり。艦娘を玩具として扱い、時に餌として扱い、力と本能のままに暴虐の日々を繰り返してきたレ級の始まり。艦娘、深海棲艦問わず出逢えば襲いかかり、弄び、食らう……そんな悪夢のよう(幸せ)な日々の始まり。

 

 そんな日々が始まって幾年経った頃、それは終わりを告げる。

 

 

 

 『イブキと、そう名乗っておこう』

 

 

 

 イブキとの出逢い。それが、暴虐の日々を終わらせ、再会を目指す日々に変わる。斬り飛ばされた尻尾の回復の為に救難信号で同胞を呼び寄せてその全てを喰らい、回復して再会し、戦い、また負ける。初めて怒られ、小突かれ、抱き締められ、知識の中でしかなかった“家族”になろうと言われ……そして、暴虐の日々の中で買った怨みによる復讐の刃を受け、沈んだ。

 

 『自業自得デスネ』

 

 『……ソウダナ』

 

 そんな夢を見せさせられた金剛は、本心のままに告げた。レ級は無知だった。例え喰らった相手の持つ知識の一部を得たとしても、彼女は無知で、無垢で、自分以外のことを考えることが出来なかった。だが、最期だけは誰かの為に動けた……それは、あまりに遅すぎた成長。“自分以外の誰か”を、“自分にとっての大切”を知ることがあまりにも遅すぎた故の結果。

 

 『可哀想だとは思いマセン。貴方の生き方や生まれてからのことを考えても……やっぱり、貴女を擁護することは出来ないデス』

 

 『……ウン』

 

 無知だったからとて赦されることではない。何をどうしようとも償えることでもない。自分以外の誰かを、大切を知った今だからこそ、レ級にもそれを理解出来る。無二の相棒となった金剛だとしても、彼女が全て受け止めて肯定する訳ではない。

 

 『デスガ、それでも貴女は私のパートナーデース!』

 

 『……ヘ?』

 

 金剛が明るい声で叫び、レ級が間の抜けた声を出したと同時に、夢の中の沈んでいるレ級と首に刺さったままのイブキの軍刀が光り、ゆっくりと別の形にぐねぐねと変わっていく。それと同時に、声が聞こえてくる。

 

 

 

 『艦娘に嫉妬してたみたいですし、今度は艦娘になりましょー。でも、レ級さんの意識がなくなってるとイブキさんが悲しみますー……じゃあ意識は残したままで艦娘さんにしましょー。嫉妬してた艦娘になって、イブキさん以外の家族もできて一石二鳥ですー』

 

 

 

 光がレ級とは別の姿に変わっていく。時間をかけて、ゆっくりと……だが、確実に、声の言葉通りに。夢の中では凄まじい早さで時間が進んでいるのだろう、明るくなったり暗くなったりを繰り返して、少しずつ光が人の形を取っていく。やがてそれは、金剛の形をとって浮き上がっていく。それはつまり、深海棲艦から艦娘へ、レ級から金剛へと新生したことを意味する。

 

 『貴女は私、私は貴女デシタ。貴女の罪は私が一緒に背負ってあげマス。貴女の出来なかったことを、私が一緒にしてあげマス。私は貴女で、貴女は私。同じで、パートナーで、フレンドで、ファミリーで、シスターで……唯一無二の存在。2人でなら、なんだって出来マース! 姫にビクトリーすることも、イブキサンとファミリーになることも……』

 

 ━ 誰かに謝ることも、怖くないデース ━

 

 レ級は、喰らった相手の持つ知識の一部を得ることが出来る。だから言葉を得た。だから感情の名を知った。だから……分かるのだ。姫がああも敵意を持っている理由が。姫がなぜイブキの元へ向かおうとしていたのか……散々“喰らった”レ級だから分かる。

 

 自分が喰らった同胞達は、駆逐棲姫の部下達であったのだと。その部下達を奪われたから、仇を探しているのだと。“知識”の中にある駆逐棲姫は、部下を友達と呼んで、親しげに笑っているのだから。

 

 謝って済むことではない。だが、謝らなければならない。以前にイブキにも言われたのだ、相手は違えど謝りにいこうと。その相手は、もういないのだけれど。

 

 『……一緒ニ、謝ッテクレルノカ?』

 

 『当然デース! でも、今のままじゃ謝る以前の問題デスから……』

 

 金剛は同じように隣で夢を見ていたレ級に右手を伸ばす。レ級はその伸ばされた手を見て……金剛の顔を見る。彼女は左手を腰に当て、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べている。イブキを除いて、レ級にはそんな相手はいなかった。だが、今はいるのだ。味方が、家族が、仲間が、こうして手を差し伸べてくれる存在が。

 

 『レ級、手を貸して下サイ。私だけではビクトリー出来マセン。貴女と一緒に戦わないと勝てないデース。2人で戦って、2人でビクトリーして……2人で謝りマショウ』

 

 レ級は手を伸ばす。深海棲艦レ級であった時は、本当に欲しいものは何一つ掴めなかったその手は……しっかりと金剛の手を掴んだ。2人が笑い合う。2人が光に包まれる。2人が見ていた夢が終わる。

 

 『仲良しさんなのはいいことですー。私もちゃんとイブキさんと会いたいですし、今回はお2人に力を貸しますー』

 

 

 

 そして2人は、1つになる。

 

 

 

 動かなかった金剛が、突然目を見開く。駆逐棲姫はその動きに驚き……それとはまた別の驚愕をする。

 

 ボロボロで、轟沈一歩手前とも思えた金剛の身体が急速に自己治癒していく。焼けただれた肌が綺麗な肌に変わり、抉れた部分も修復していく。自己再生……それは、艦娘にはない能力。深海棲艦だけが持つ能力のハズだった。だが、目の前の艦娘はそれを行っている。それも、深海棲艦でも有り得ないような速度で。流石に艤装までは直っていないが、身体は殆ど治癒してしまった。

 

 「……ナンダ……オ前ハ」

 

 目の前の存在が、確かめるように両手を開いたり閉じたりする。その後に身体がめり込んでいる岸壁に両手を当て、岸壁から身体を外す。駆逐棲姫から見て、存在の後ろ腰にあった艤装の砲は潰れている。副砲や機銃も同様だ。砲の無い艦娘など、怨敵の軍刀を持った艦娘くらいだろう。

 

 しかし、駆逐棲姫は目の前の艦娘に確かによくわからない脅威を感じている。思わず声を荒げてしまう程に。

 

 「ナンダ!! オ前ハ!?」

 

 問い掛けられた存在は自問自答する。自分は誰なのか? 身体は金剛であることは間違いない。だが今身体を動かしているのはレ級であり、金剛であり、彼女達の意識も同時に存在している。

 

 「『フーアムアイ? 私は誰でしょうネ?』」

 

 どこまでが金剛で、どこからがレ級なのか。或いは、どこまでがレ級で、どこからが金剛なのか。1つの口から出る、不可思議に重なる2つの声。2つの意識があるハズなのに、どちらも自分で動いているような言葉で表せられない感覚。どちらでもあってどちらでもない、かといって新たな人格が生まれた訳でもない。だが、今の自分達を新たに名付けるのだとするならば。

 

 「『金剛型戦艦“レ級”ってところジャネェカナ? キヒヒ!!』」

 

 「ッ!? 離レナサイ!!」

 

 金剛のグレーの瞳にエリート艦だったレ級のような赤い光が灯る。その直後、レ級が駆逐棲姫に向かって突撃し出した。その速度は高速戦艦の名を持つに相応しく、確実に沈めようと近付いていた駆逐棲姫との距離を僅かな時間で縮める。

 

 だが、駆逐棲姫もタダで近付かせるほど甘くはない。艦娘と深海棲艦共通のモノとして船としての動きしか出来ない以上後退することは出来ないが、人間に近い身体と体重をしている為に爆風や高波などに巻き込まれれば自分の意思とは関係なく動かされる。駆逐棲姫はそれを利用する為に右手の主砲を足元に向けて放ち、レ級を迎撃すると同時に距離を離そうとした。

 

 かくしてそれは成功する。大きな屋敷を半壊させ、岸壁を砕き、戦艦娘を一撃で戦闘不能に追い込んだその威力は伊達ではなく、海面に放たれたそれは凄まじい衝撃と大きな水柱を生む。その衝撃によって起きる波で駆逐棲姫の身体は後方に押され、水柱はレ級の姿を隠す。

 

 

 

 「『キヒヒッ!! コンナンジャア……私達は止められないネー!!』」

 

 

 

 しかし、それでは彼女達は止まらない。衝撃によるダメージはあるらしく、身体の傷が増えている。水柱のせいで頭から海水も被ってずぶ濡れになってしまっている。だが、彼女達は衝撃と水柱に負けることなく突き抜けてきた。怯えも痛みも感じさせない笑みと勇ましい声を出しながら。

 

 これには駆逐棲姫も驚愕する。無傷ではないとは言え、怯むことなく自分の攻撃を潜り抜けてきた相手は初めてであり……激突寸前まで近付かれたのも初めての体験であったからだ。

 

 「コノ……ッ!」

 

 「『サセナイ!』」

 

 駆逐棲姫は咄嗟に右手の主砲を向けようとして……レ級の左手に右手首を捕まれて砲口をあらぬ方へと向けさせられる。ならば左手で……と思った瞬間には、レ級の右手が絡めるように駆逐棲姫の左手を掴んでいた。見る人が見れば恋人繋ぎのようだと言うかも知れないが、生憎とこの2人のそれはそんな甘いモノではない。

 

 レ級が行ったのは、真っ向からの力比べだ。砲が撃てない、素手以外の攻撃手段を持たないレ級が出来るのは接近戦のみ。ならばこうして組み合って離れられないようにしようと考えたのだ。

 

 「力比ベカ! デモ、オ前程度の艦娘ガ私ニ力デ勝テルト……!? ナンデ、負ケ……ッ!?」

 

 しかし、駆逐棲姫も単純な力比べで負けるつもりはなかった。駆逐という名を持っているとしても彼女は姫、その腕力は並の戦艦娘を上回る。接近戦は不得手でも、単なる力比べなら有利……そのハズだった。

 

 だが、現実は違った。捕まれた右手首は幾ら振り払おうとしても振り払えず、組み合った左手は幾ら押し返そうとしても逆に押し込まれる。例え異様な存在であるとしても、己の攻撃を無防備に受けるような間抜けな艦娘に純粋な力で負ける……駆逐棲姫にとって、信じがたい現実だろう。

 

 「『そっちは1人でこっちは2人デース。負ケル訳ガネェナ!!』」

 

 (……1人ジャ……ナイ)

 

 レ級の言葉が駆逐棲姫の心を揺らす。部下達(ともだち)は確かに軍刀を持った艦娘によって減らされたが、それでも1人ではない。今こうして単独で動いているのは、これ以上部下達を減らされる訳にはいかないからだ。これ以上、トモダチを奪われる訳にはいかないからだ。

 

 

 

 ━ 君が新しい仲間か。私は……と言う。よろしく頼むよ、○○ ━

 

 

 

 不意に、駆逐棲姫の頭の中に見覚えのない男性の姿と……部分的に聞こえないところがあったが、聞き覚えのない声がした。その男性とは関係なく駆逐棲姫は思う。自分がこうして部下達を大切に思うのは何故だろうかと。それは、1人は寂しいからだ。1人は、孤独は寂しい、だから部下達を大切にする。いや、ならばわざわざトモダチと呼ぶ必要はない。ただ寂しいだけならば、どんな形であれ側に居てくれさえすればいい。にもかかわらず、トモダチと呼ぶのは何故だろうか?

 

 

 

 ━ ○○、君はよくやってくれているな。ほら、ご褒美の間宮のアイスだ。一緒に食べよう ━

 

 

 

 また頭の中で同じ男性の姿が映り、小さなカップアイスを駆逐棲姫に差し出す。それが己の記憶であることに気付きながらも、駆逐棲姫は今は関係ないと首を横に振る。今は力負けしている状況を打破しつつ、気になって仕方のない部下達をトモダチと呼ぶ理由を考えるのが先決だ……そう思いながらも、その男性の姿と声が頭から離れない。

 

 そもそも、男性は誰なのか。提督であることは分かるがこの身は深海棲艦、指揮する提督など居はしない。にもかかわらず、その記憶があるのは何故なのか? それが駆逐棲姫には分からない。だが、トモダチと呼ぶ理由以上に気になるのも確かだ。

 

 

 

 ━ 戦争が終わったらどうするのか? ふむ……隠居でもしようか。戦い抜いた後の人生、のんびり過ごすのも悪くない……ああ、○○や○○達と余生を過ごすのもいいだろう……そんな日々が訪れるといいのだが、な ━

 

 

 

 なぜか次々に自分のものとは思えない記憶が甦る。屈辱的であるハズの現状を忘れる程に、トモダチを奪った者への復讐心を忘れる程に。駆逐棲姫は、その男性との記憶が大事なものである気がした。もっと言うなら、その記憶にこそ、自分が部下達のことをトモダチと呼ぶ理由がある気がしたのだ。

 

 だが、思い出しながらも事態は悪化している。レ級に両手を塞がれて力負けしている今、駆逐棲姫に出来ることは殆どない。当所の目的である復讐も果たせぬまま敗北することだってあり得る。それだけは出来ない。

 

 「イイ加減ニ……離レテ!!」

 

 駆逐棲姫の正座しているかのような下半身にある、2頭を持つ獣のような異形の艤装。その側面にある魚雷の発射口がレ級の方を向く。姫の放つ魚雷だ、この零に等しい距離では駆逐棲姫自身もダメージを負うだろうが、それ以上にレ級は人溜まりもないだろう。そして、それは放たれた。

 

 瞬間、駆逐棲姫の視界を光に染まり、身を爆炎が焦がす。半ば自爆であるために自身へのダメージも無視できるモノではないが、これで邪魔な存在は沈んだだろう……そう考えて、駆逐棲姫は気付いた。未だにレ級の両手が己の両手を掴んでいることに。

 

 「『いっ……たいケド、私達は! 喰ライツイタラ、ソウ簡単ニ離レナイゾ!!』」

 

 (ナンデ……沈マナイノ!?)

 

 主砲の直撃と至近弾、零距離魚雷。姫である自分のそれらを受けてなお健在のレ級に、駆逐棲姫は恐怖を覚えた。ダメージは確実に受けている。後ろ腰の艤装は原形を留めていないし、格好など殆ど裸に近い半裸だ。下半身も全体的に焼け焦げている。例え先程の自己治癒が出来たとしても直ぐには治せないだろう。

 

 だが、沈まない。満身創痍でありながら、万策尽きておきながら、素手でありながら、力の差がありながら、目の前の存在は沈まない。沈められない。

 

 

 

 ━ 沈めた深海棲艦がどうなるのか? さあ、私には分からん。そもそも私が持っている深海棲艦の情報など大本営から提示された情報のみだ。判断するには足らない……だからありがたいよ、○○達の考えや見てきたものを教えてくれるのはね。もしかしたら、戦う以外の道があるのかもしれないのだから ━

 

 

 

 「ウグ……ガアアアア!!」

 

 「『ッ!? ガウッ!!』」

 

 また記憶が甦り、何かを振り払うように駆逐棲姫は力任せにレ級を持ち上げて振り回す。魚雷を受けてダメージを負っていたレ級はそれに抗うことも出来ず振り回され、駆逐棲姫が岸壁に向かって投げたことで、レ級は再びその背を硬い岸壁に打ち付けた。

 

 結局のところ、奇跡が起きて尚レ級達は駆逐棲姫に勝つことが出来ない。艤装が使えなかったから? 否。万全の状態ではなかったから? 否。相手が“姫”だからである。1に1を足したところで、2に2を掛けたところで、10や100には届かない。練度の低い金剛が練度の高いレ級と1つになっても、金剛の体が通常の艦娘よりも堅かったとしても、腕力において駆逐棲姫を上回ったとしても、1隻で1艦隊に匹敵、凌駕する姫を単艦で超えられる道理などない。

 

 「モウ足掻カナイデ! 邪魔シナイデ!! 沈メエエエエッ!!」

 

 駆逐棲姫が必死な声で叫び、右手の主砲が火を吹く。例え精神的に追い込まれているのが駆逐棲姫の方だとしても、レ級の敗北も轟沈も逃れられない運命なのだろう。

 

 

 

 だが、運命(それ)をねじ曲げたが故に、彼女達は存在しているのだ。

 

 

 

 「『間一髪……デスネ。艤装ハ完全ニ駄目ニナッタケドナ』」

 

 「ソンナ……」

 

 金剛型戦艦“レ級”、尚も健在。彼女は駆逐棲姫が追撃として主砲を放つであろうと読み、撃たれる前に後ろ腰の艤装を取り外し、体の前に持っていくことで盾としていたのだ。無論、衝撃はある。ダメージもある。それでも……彼女は耐え抜いた。代わりに艤装は完全に使い物にならなくなったが……。

 

 絶句するのは駆逐棲姫。姫である自分がたった1隻の艦娘を未だに沈められないという事実。己の攻撃を全て受けて尚健在のレ級への驚愕と恐怖。訳の分からない記憶への混乱。最早駆逐棲姫には世界が自分と敵対しているかのような気がしてならなかった。

 

 「『……キヒヒッ!! オレハツクヅクコイツトハ縁ガアルラシイナ』」

 

 「……? ッ!!」

 

 突然笑い声を上げて珍妙なことを言い出したレ級に、駆逐棲姫は首を傾げる。が、レ級が使い物にならなくなった艤装に開いた“穴”から右手で取り出したモノを見て、彼女は何度目かの驚愕の表情を浮かべる。

 

 それは、彼女(かれ)が初めて振るった一刀。レ級にその存在を刻み付け、自身の命を奪う切っ掛けとなった艤装。まるで金剛の艤装を鞘としているかのようにレ級が引き抜いたモノ。

 

 

 

 「やっと出られましたー」

 

 

 

 イブキが“いーちゃん”と呼ぶ妖精が気の抜けた声を出しながら姿を現すと共に、同じ銘を持つ軍刀が半年の時を経てレ級の右手の中にその姿を現した。2人に姿は見えていないようだが。

 

 レ級は抜き身の軍刀を握り締め、盾に使ってボロボロになった艤装を再び後ろ腰に着け直す。そして切っ先を駆逐棲姫を向け、戦意の衰えを感じさせない目で見ながら、劣勢であると思えない程に不敵に笑って見せる。

 

 対する駆逐棲姫の心中は穏やかではない。目の前にいきなり現れた存在が自分の怨敵の仲間かと思えば本人である可能性が出てきたのだから。

 

 「オ前ガ……皆ヲ……」

 

 「『……』」

 

 駆逐棲姫の考えは合っている。目の前のレ級……今でこそ金剛の身体だが、怨敵は確かにここにいる。そして、仇を取ることができる状況にある。どれだけ不敵に笑えても、どれだけ耐え抜いたとしても、物事には限度がある。深海棲艦と同じように自己治癒が働いていても、治る時間は緩やかなモノ……レ級と金剛の身体は、最早限界だった。

 

 予定では、駆逐棲姫を動けなくなるまで攻撃してから謝るつもりだった。そうすれば許せなくても駆逐棲姫にはどうにも出来ずに去るしかなく、“次”の機会が訪れた時にもう1度謝り、これを繰り返していけばいつかは……謝るということをしたことのないレ級が、考えて考えて考え抜いたモノ。結局はこうして徒労に終わってしまったが。

 

 「……アノ洞窟デオ前ノ部下達ヲ殺シタノハ、オレダ」

 

 「ッ……」

 

 それは、レ級だけが発した言葉だった。その言葉を聞いた駆逐棲姫はギリィッ、と音が鳴る程に強く歯を噛み締める。2人は周囲の音が消え去り、波の音すら聞こえなくなったような錯覚を覚える。相手の一言一句を聴き逃さないというように。

 

 もう一言……それだけで駆逐棲姫の主砲は火を吹き、レ級の身体に突き刺さるだろう。最早守る盾はない。避ける術もない。イブキのように切り払うなど出来る訳がない。

 

 (ゴメン……金剛)

 

 (謝らないでクダサーイ。貴方は私のパートナーデス。最期まで一緒にいますヨ)

 

 (……アリガトウ)

 

 自らの最期を悟ったのか、レ級は金剛に謝罪とお礼を述べる。自然と出たその言葉は、レ級が成長した証。そしてレ級は、金剛は声を重ねる。レ級は己の罪であると告げる為に、金剛は一緒に謝るという言葉を守る為に。

 

 

 

 「『……ゴメンナサイ』」

 

 ━ ごめんなさい……○○ ━

 

 

 

 その謝る姿が駆逐棲姫の記憶をまた刺激し、感情を爆発させた。

 

 「ア……アア、アアアア!!」

 

 駆逐棲姫は記憶の存在と重なったレ級に向け、なぜか涙を見せながら言葉にならない叫びと共に主砲を構え直す。その瞳に憎悪と憤怒……そして、なぜか哀しみを宿しながら。

 

 右手に力が籠る。レ級の命を刈り取る鎌が振り上げられる。そして数瞬の間を置き……砲撃音が響いた。しかし、それは駆逐棲姫の主砲から出た音ではない。その音は……彼女達の“真横”から響いたモノだった。

 

 「ウ、ギ、アガアアアア!?」

 

 直後、駆逐棲姫が右手を押さえながら絶叫する。その右手は手首から先がなく、肘の近くまで火傷を負っている。実は先の砲撃音がした時、その砲弾が駆逐棲姫の構えていた主砲を撃ち抜き、爆発させたのだ。これが艦娘の駆逐艦が使うようなものならば、駆逐棲姫には傷一つつかなかっただろう。しかし、爆発したのは駆逐棲姫自身の主砲……その破壊力を、彼女は己の身で知ることとなった。

 

 「ダ……レダ!?」

 

 駆逐棲姫とレ級の視線が、砲撃音がした方に移る。そこには、深海棲艦と思わしき存在の姿があった。

 

 左目と口だけが露出した白く無骨な仮面を着け、左手が魚雷発射菅となっている姿は雷巡チ級を彷彿とさせる。しかし、チ級とは違って下半身は普通に足が2本存在しており、右手には艦娘の駆逐艦が持つ主砲が握られている。服装も黒い鎧のようなものではなく、極普通の……まるで艦娘が着ているようなセーラー服だ。また、チ級の髪は本来なら黒髪であるが……この存在の髪は毛先が赤く、上に行くつれて白くなるというグラデーションになっている。左右にまるで犬の耳のように突き出ている髪も特徴的だろう。露出している左目には、Flagshipを意味する金色の眼が覗いている。

 

 まるで、艦娘が深海棲艦の艤装を着けているかのような不可思議な存在。そんな存在が右手の主砲を手品のように消し去り、左腰に携えた“軍刀”を引き抜いた。とは言っても、その軍刀に鞘などないのだが。

 

 それは、刀身の存在しない柄だけの軍刀。その柄を見たレ級が、自身の軍刀と見比べて驚愕する。なぜならその存在が持っている軍刀の柄は、自分が持っている“イブキの軍刀”と同じモノだからだ。そして存在はその柄を、まるで切っ先を向けるかのように駆逐棲姫へと向ける。

 

 (……マサカ……生キテッ!?)

 

 直感的に、駆逐棲姫はこの場にいては不味いと思った。そして悟る……チ級の特徴を有する彼の存在が“誰”なのか。

 

 だから、駆逐棲姫は全力で“逃げた”。“アレ”がある以上、主砲と右手首から先を失った己では勝ち目が殆どないからだ。脇目も振らず、レ級への憎悪を一瞬忘れて、彼女はその場で海中へと沈む。

 

 

 

 その直後、駆逐棲姫がいた場所を焔が通り抜けた。

 

 

 

 「……逃げられた」

 

 ポツリと、存在が少し残念そうに呟く。その後すぐに存在はレ級に近付いてきた。対するレ級は駆逐棲姫がいなくなった為に突き付ける必要のなくなった軍刀を下ろした姿勢から動けないでいる。そんなレ級にお構い無く、存在は目の前までやってきた。

 

 お互いがお互いの持つ軍刀を見る。それは、間違いなく同じ種類の軍刀だった。故に悟る、お互いにイブキの知り合いであることを。

 

 「貴女は、イブキさんの仲間?」

 

 「『アア……金剛型戦艦“レ級”……よろしくお願いシマース』」

 

 「ふーん? イブキさんと似たような、違うような……分かったっぽい。次は私ね? 私は……」

 

 レ級の自己紹介に軽く首を傾げたあと、存在は軍刀を持った右手で仮面を軽く上に持ち上げる。その下から現れた顔は……レ級が知るモノだった。

 

 かつては翠色だった瞳は金色に染まり、炎のような淡い光が灯っている。少女らしい体つきは確実に大人っぽさを増し、より魅力的な肢体へと成長していた。それでも変わらない顔つきで分かる。少しの嫉妬と共にレ級とレ級の記憶を見た金剛は理解する。目の前の存在こそが……“彼女”こそが、イブキが探し求めている存在であると。

 

 

 

 「深海棲艦の力を得てパワーアップした、夕立改二……改(あらた)め、夕立“海”二。宜しくね!」

 

 

 

 夕立……半年の時を経て、今帰還。




という訳で、金剛型戦艦レ級vs駆逐棲姫、夕立帰還というお話でした。夕立海二の海は当然深海棲艦から。

このままイブキ達の場面に繋げても良かったんですが、前話を越える文章量になりそうだったので思いきってイブキ側の描写を取っ払いました。イブキを求めていた皆様、ごめんなさい。許してくださいなんでもしますから!

気がつけば次で20話目。遅いのか早いのか……。

漸く夕立が満を持して帰還。軍刀は刀身がなくなって以前のような事故は起きなくなりました。やったねごーちゃん! 事故がなくなったよ!

20話になったらキャラ人気不人気アンケとかやってみたい所存。ワースト3位くらいは善三組で埋まりそうですが←


今回のまとめ


金剛とレ級、合体。ファイナルフュージョン承認。駆逐棲姫、己の記憶を見る。その男性は誰なのか。夕立、帰還。満を持して。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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