少しだけグロい(私的に)描写があります。ご注意下さい。
8/10(月)一部修正。
最初に見たのは、果ての見えない青空と海だった。周りには島が1つ見えるだけで、他には何もない。そもそも海上に立っているということがおかしいのだが、それを当たり前のこととして受け入れている。それは、この存在が艦娘だからだ。
“ドロップ”と呼ばれる現象が、この世界には存在する。本来鎮守府にある造船所と呼ばれる場所である程度の資材を元に妖精から生み出される艦娘だが、稀に深海棲艦が沈んだ場所から光と共に現れることがある。艦娘の攻撃によって深海棲艦が浄化されただとか、艦娘と深海棲艦の衝突によって引き起こされた衝撃が原因だとか様々の考察があるものの、この現象について正確なことは何一つ分かっていない。その現象を誰が名付けたかは不明だが、光から生まれ“落ちる”ように見えたことから“ドロップ”、生まれた艦のことを“ドロップ艦”と呼ばれるようになった。つまり、この存在も“ドロップ艦”なのだ。
存在はキョロキョロと再度辺りを見回すが、やはり周りには島以外何もいないし誰もいない。ドロップ艦である存在はたった今生まれた為に所属する鎮守府などありはしないし、指示を仰ぐべき提督もいない。何をすべきか、自分で考えて行動しなければならない。幸いにも艦娘としての知識の他に日常生活に必要な知識は頭にあった。戦闘行為も問題なく行えるだろう。そこまで考えて、存在は自分のすべき行動を周りを見ながら考える。
そんな時、存在は島とは反対側の方向に影を捉えた。先ほどまでは確かに何もなかったハズだが、今ははっきりと視界に入っている。その数4。もしや艦娘(どうるい)の艦隊だろうか……その希望は容易く砕かれる。存在の目に映ったのは、真っ黒なクジラに似た異形2体と白い仮面のようなモノと下半身が異形になっている人型の異形が1体。そして、両手に砲身のある身の丈程の巨大な盾のようなモノを持った人影が1体。それぞれ駆逐ロ級、雷巡チ級、戦艦ル級と呼ばれる深海棲艦だが、存在の記憶には名前までは記されていない。ただ、あれらが自分にとっての敵であることは理解していた。
ここで存在が取るべき行動は2つ。戦うか、逃げるかだ。かと言って生まれたばかりの経験もない艦娘が4対1で勝利出来る可能性は低い。故に存在は、迷わず逃走することを決めた。問題はどこに逃げるかだが、幸いにも近くに島がある。深海棲艦の姿を見る限り、島に上陸すれば追ってこれそうなのは人影1体のみ。そこまで確認して、存在は深海棲艦に背を向けて島に向けて進み始めた。
少し進んだところで、存在はチラリと後ろを確認してみる。もしかしたら発見したのがこちらだけで、深海棲艦達は自分のことを認識していなかったのではと思い至ったからだ。しかしそれは思い込みに過ぎなかったようで、深海棲艦達はしっかりと存在を追いかけてきていた。しかも2隻の駆逐ロ級は口(くち)のような部分を開いて砲身を覗かせているし、チ級とル級も左腕の砲と両手の大盾の全砲門を存在に向けているのが見て取れる。存在はすぐさま真っ直ぐだった軌道をジグザグと蛇行するような軌道に変える。その瞬間に3種類の轟音が響き渡り……存在が通った後の場所に水飛沫が上がる。砲撃され、存在はその全てを避けきってみせたのだ。
しかし蛇行の代償として深海棲艦達との距離が少し縮まっている。左右に大きく動く分、進む距離が直進に比べて延びないのだ。このままならば相手の砲撃による被弾は最小限に留められるだろうが、島に辿り着くまでに追いつかれしまうかもしれない。そうなっては、最早沈む他ないだろう……しかし、こちらも反撃すればその限りではない。
「当たって下サーイ!!」
背後を確認しながら、存在は“腰にある艤装”の砲身を全て後ろに向け、深海棲艦達目掛けて放つ。瞬間、轟音と黒煙を吹かせながら砲身から砲弾が飛び出していった……が、それらは当たらないと直感的に存在は思った。事実、砲弾は見当違いの場所とはいかないまでも僅かに前後に逸れたり左右にバラけたりして深海棲艦達に損傷はない。しかし、砲弾が着水したことによる波が僅かに相手の進行を阻害した。これを続けていけば、島に辿り着くのは難しくないだろう……が、そうは問屋が卸さない。
「シット! このままじゃ弾薬が……」
相手が4人なのに対して存在は1人……弾薬が尽きるのは時間の問題で、今の存在の残弾は7割程。今のペースで行けば、島に辿り着くまでに保つかギリギリ……仮に保ったとしても、その後に上陸して戦うことになる場合を考えれば間違いなく足りなくなる。ならばどうすればいい……そんなことを考えていたのがいけなかった。
「くぅっ、あうっ!!」
決して小さくはない衝撃が、存在の背中に走った。どうやらロ級の攻撃が当たったらしいが、そこまでダメージはない。なぜなら存在は駆逐艦程度の攻撃なら優に耐えられる装甲を持つ“戦艦”の艦娘だからだ。しかし、もしもこれがル級の攻撃だったなら……存在は冷や汗を流す。
だが、と意識を切り替える。ダメージはないに等しいのだ、何の問題もない。しかし、このまま蛇行しながら進むにはそろそろ相手との距離に余裕がなくなってきているし、至近弾も増えてきている。数はあちらが上なのは初めから分かり切っていることだが、やはり練度もあちらが上らしい。そこで存在は覚悟を決める。蛇行することを止め、全速力で直進することにしたのだ。駆逐艦や雷巡ならともかく、戦艦同士では速度で負けるつもりはない。なぜなら、この身は“高速”の名を持つ戦艦であるのだから。その存在は……名を“金剛”と言った。
「マックススピード!! ついてこれますか!?」
限界以上の速度を出す勢いで、金剛は島に向かって直進する。その数秒後に、蛇行していたら存在が進んでいたであろう場所に水柱が上がった。今となっては見当違いのところだったが、金剛は振り向くことなく進んでいく。それだけの速度が出ているのだ、後ろを振り返ればバランスを崩しかねない。今の金剛には、何があろうと進む“以外”のことが出来ないのだ。
「……ストップ……どうしマショウ」
タラリと、金剛は再び冷や汗を流す。止まる時のことを全く考えていなかったからだ。既に金剛の目には島の砂浜と、その奥に建つ半壊した大きな館が見えている。徐々に速度を落とす……そんなことをすれば深海棲艦達の餌食になる。かといって進めばいずれ浅瀬に足を取られ、盛大に転ぶかすっ飛んでいくか……。
(前門のタイガー後門のウルフ……なら、このままゴートゥヘルネー!!)
「コノ……イイ加減沈メェ!!」
ル級の苛立った声の後に、何度目かの砲撃による轟音が響き渡る。が、真後ろに着弾するだけで当たりはしなかった。ロ級2隻の砲撃は背中や艤装などに掠ったりしてはいるもののダメージと呼べるモノではない。運が味方してくれている……金剛はそう思った。しかし、その直後に運が尽きた。
「え……っ!?」
瞬間、金剛の足下が爆発し、その熱が彼女の身体を灼いた。金剛の身体は直進していたことと爆発によって海面と水平に吹き飛び、見えていた砂浜の浅瀬にうつ伏せで倒れている。あまりに突然過ぎる出来事と痛みに頭が回らないが、両腕に力を入れて何とか上半身を浮かせ、ゆっくりと背後を見る。すると、そう遠くない距離に深海棲艦達が見えた。駆逐艦、戦艦……そして、雷巡。
(魚雷……すっかり忘れてマシタ……)
金剛を襲ったのはチ級の放った魚雷だった。朦朧としてきた意識の中でそのことを悟った金剛は、あまりに早すぎる自らの最期を感じ取る。ダメージとしてはギリギリ中破止まりだが、足下の爆発だったが故に足をやられている……動けないことはないが、逃げ切れないだろう。何よりも、意識が飛びかけている。
(オー……万事休すとはこのことデスネ)
さらには見えていた館の方から深海棲艦らしき人影が走ってくるのが見えた。逃げた先にも深海棲艦がいたということは、初めから沈む運命だったのか……そう、金剛は落胆した。生まれ落ちた世界をこの目で見ることもなく、何一つ思い出を持たぬまま……海水以外の水が金剛の頬を濡らす。だが、せめてトドメを刺してくるであろう相手の顔は見ておきたいと思った彼女は今にも落ちそうな意識を必死に繋ぎ止め、俯きかけていた顔を上げる。
「……そこでジッとしていろ」
(あ……)
走ってきた深海棲艦は金剛を跳び越え、金剛を追っていた深海棲艦達へと向かっていく。その後ろ姿を見ることなく、金剛は意識を落とす。その直前に、なぜか胸が暖かくなったような気がした。
金剛が目を覚ました時に最初に目にしたのは、見知らぬ天井だった。なぜかベッドの上に寝ているらしく、ここがヴァルハラだろうか……と思ったが、ふと視線を横にすると落ちて割れたのか花瓶らしきものの破片が床に散らばり、窓も割れている。こんな場所がヴァルハラであってたまるかと思いながら、金剛は身体を起こす。
「っ……なんでかは知りマセンが、助かったようデスネ……」
ズキリと身体中に痛みを感じるが動けない程ではないと起き上がった金剛はベッドに腰掛ける。すると、妙な違和感を感じた。まるで、何かが足りないような、妙に身体が軽いような……とそこまで考えたところで、違和感の正体に気付いた。
― 艤装を着けていない ―
「ホワイ!? ワタシの装備はどこデスカー!?」
痛みを忘れたかのように立ち上がった金剛はすぐに艤装を探しに行くべく、部屋から出ようとドアに向かって走る……ことは流石に出来なかったので早歩きしながら向かう。そしてベッドの側を通り過ぎようとした瞬間、ガツンと何かが左足のスネにぶつかった。
「……~っ!?」
不意打ちのスネの激痛に思わずしゃがみこんでしまったことによる身体中の痛みの相乗効果で、金剛は声を上げることも出来ずにその場で痛みに耐える。一体何が……と足下を見てみると、そこには今まさに探しに行こうとしていた自分の艤装があった。多少焦げ目が付いていたり装甲が僅かにヘコんだりしているが、戦闘行動自体は可能なようだ。とは言っても、幾つか砲身が折れ曲がっているので十全に戦うことは出来ないであろうが。そこまで確認した時、部屋の扉が開いた。中に入ってきたのは……。
「もう起きたのか……何をしている?」
金剛が最後に見た、あの深海棲艦だった。咄嗟に金剛は身体を動かそうとするが、未だに残る痛みのせいで動けない。そんな姿に疑問の声を上げる深海棲艦だったが、金剛が動けないことを悟ったのか近付いてきた。せっかく助かったらしい命もこれまでか……と考えていた金剛だったが、いきなり深海棲艦が自分を抱き上げたことで困惑する。
「ジッとしていろ」
それは、砂浜で聞いた言葉だった。その言葉と共にベッドの上に寝かされた金剛は、不思議と目の前の存在が深海棲艦ではないように思えてきた。そうして少しずつ落ち着いてきた金剛は、ようやく相手が艦娘と深海棲艦、2つの気配を持っていることに気付いた。
「アナタは一体……」
「俺はイブキ。艦娘か深海棲艦かどちらなのかは答えられない……俺自身分からないからな」
「イブキ、サン。アナタがワタシを助けてくれたんデスカ?」
「そういうことになるな……とはいっても、打算あってのモノだ」
「打算……?」
目の前の不思議な存在は、どうやら自分を助けてくれたらしいことを知った金剛だったが、イブキから出た打算という言葉に首を傾げた。何せこちらは着の身着のままであり、金銭も資材も何もなく、またそれらを得られる目処も立たない。ドロップ艦であるこの身は配属されている鎮守府などないのだから。あるとすればこの身くらいだが……もしやそっちの気があるのではと思い、金剛は寝転んだまま自分の身体を抱くようにしながら僅かにイブキから距離を開けた。
「何か勘違いしているようだが、俺はお前に聞きたいことがあるだけだ。それさえ聞ければ、不必要に干渉しない」
「聞きたいコト……? それはなんデスカ?」
「駆逐棲姫……そいつの居場所を知らないか?」
瞬間、金剛は首筋に刃を突き付けられたような錯覚を覚えた。錯覚だ、イブキの手に刃物などない。だが、金剛は確かに刃の冷たい感覚を喉元に感じ、すぐ側にある己の死を予感した。嘘は赦されない。それは、冷たく見下ろすイブキの目が語っている。
「……ソーリー、知りマセン。そもそもワタシは生まれたばかりで、知っていることは殆どないデース」
「本当だろうな……」
チャキ……という音がイブキの後ろから響いた。彼女の左手が後ろ腰の右に2本、左に1本ある内の左後ろ腰の軍刀を掴んだ音だったようで、直後イブキの鈍色だった瞳が金と揺らめく青に変わる。そのことに対して、なぜか金剛は驚くことはなかった。そして、己の言葉に嘘はないとイブキの目と合わせたまま逸らすこともない。
「……そうか」
イブキが軍刀から手を離すと同時に瞳が鈍色へと戻る。ようやく死の予感が遠ざかったことに安堵したのか、金剛も知らない内にしていなかった呼吸をする。どうして生まれたばかりの自分が2度も死を予感しなければいけないのだと世界に不満を感じつつ、滲み出ていた額の汗を右手で拭う。
「生まれたばかりと言ったな。ならこの屋敷でしばらく過ごせばいい……どうせ、俺以外に誰もいない」
「あ、アリガトウゴザイマス……」
少しだけ寂しそうに聞こえたことに疑問を覚えたが、金剛にとってはありがたい申し出だったので礼を言う。もっとも、今の状態ではロクに動けないし、海に出たところで深海棲艦に出会えば即ジ・エンド。故に安全かどうかはともかく、雨風を凌げる屋敷で療養出来るのは嬉しいことだ。
「館の右側……今いる部屋のある通路とは反対側の通路は半壊してるから行けない。部屋は二階の階段に1番近い入口側の部屋以外ならどこを使っても構わない。因みにここは2階、今言った部屋の隣の部屋だ。風呂はないが、この屋敷の裏手に湖があるからそこで体を清めればいい。この島は無人島だから、当然自給自足だ……だが、お前がしっかりと動けるようになるまでは朝晩くらいならついでに用意してやる……と言っても、海産物や木の実、果物くらいしかないが。それから、基本的に俺は朝食の後は島から出る。その間の安全は一切保証出来ない。ここまでで何か質問は?」
「あ、えっと……ナイデス……」
まくし立てるように飛び出すイブキの言葉に、金剛は困惑しながらも頷く。それを見たイブキもまた頷き、部屋から出ていった。それから数秒の間を置き、金剛は深く息を吐いて脱力し、ベッドに身体を任せる。生まれてからまだ半日と経っていないにも関わらず、その身に起きた怒涛の展開に金剛は心も体も疲れ切っていた。そんな状態で脱力すれば自然と瞼は重くなり、金剛を夢の世界へと誘っていく。
(イブキ……どこかで聞いたような……)
そんな疑問を持ちながら、金剛は眠りに落ちていった。
「オリョール海には既にいない……そう考えた方が良さそうだな」
1人の老人が、厳かな雰囲気のある部屋の中で書類を見ながら呟く。その書類は報告書と題打たれており、噂にある“軍刀を持った深海棲艦”とオリョール海で接触した艦隊が1つ出たが、それ以降の接触、発見は出来ていないということが書かれている。
「大淀。何か分かったことはあるかね?」
「一部の鎮守府の艦娘が、噂の深海棲艦と接触していたことが分かりました。直接聞いた話の内容は、ここに」
老人に名を呼ばれた秘書の女性……大淀は持っていたファイルを老人に手渡す。そこには○○鎮守府所属と書かれた後に話を聞いたという艦娘の名前が記されており、内容を纏めた文が綴られている。その中にある名前は雷、長門、球磨、摩耶と言った名前が上げられている。それぞれ接触した際のことが書かれていて、どの海域で出会ったかもはっきりとはいかないまでも“このあたり”と大雑把に書かれていた。
しかし、老人はとある一文を見て額に皺を寄せる。それは、時雨という艦娘が話したという部分。他の艦娘とは違い、彼女の部分には“危ないところを助けてもらい、鎮守府の近くまで送り届けてもらった”としか書かれておらず、大雑把な場所すらも記されていなかった。
「どうかされましたか?」
「このファイルにある時雨という艦娘……少し気になるな。調べ上げろ」
「どこまでですか?」
「洗いざらいだ……急げ。だが慎重にな」
「分かりました」
老人の命を受けた大淀はお辞儀を1つ行い、部屋から退出する。そして扉がしまった後、老人は再びファイルを手にしてパラパラと見直す。だが老人はすぐにファイルを閉じると、今度は噂の深海棲艦による被害や戦闘記録が書かれたファイルを手にする。
戦闘になった艦隊は軒並み中破大破。だが、別の深海棲艦との戦闘中に現れた場合、その深海棲艦達を撃退して助けてくれたとの報告も上がっている。助けた後には噂通りの質問をされたが、正直に答えたところ戦闘にはならなかった。戦闘になった艦隊とならなかった艦隊……その違いと言えば、性格だろう。好戦的、または任務に忠実であろうとする艦娘達がいる艦隊は大半が戦闘になり、手痛いしっぺ返しを喰らっている。逆に温厚で好戦的でない艦娘達がいた艦隊は戦闘にはならないことが多い。だからといって噂の存在に友好的になれるハズがない。現に海軍は多大な被害を被っているのだから。
故に、噂の存在は海軍全体の敵なのだ。深海棲艦と何も変わらない。深海棲艦への対応と何ら変わらない対応を行うのだ。相手は一騎当千の姫級と同等かそれ以上の戦闘力を誇るらしい。ならば海軍も姫級と同じかそれ以上の対応をしなければならない。質と量を兼ね備えた連合艦隊を組み、ローテーションを組んで三日三晩の間相手を休ませることなく攻め続け、討ち取る。サーモン海域で行ったことと同じことをする。
「例え一騎当千……当万の強さを誇ろうとも、必ず打ち倒すことが出来る。貴様等はそう出来るように“なっている”。それが屍山血河の果ての勝利だとしても、平和を勝ち取る確かな1歩となる」
老人は窓の向こうへと視線をやりながら呟く。周りにその言葉を聞く者はいない。否、老人の使う机の上に1人だけいた。2頭身という小さな体躯にこれまた小さな猫の前足を掴んで吊している……珍妙な姿の小人が。老人はその小人に視線を移し……ニヤリと、好戦的な笑みを浮かべた。
「名がいるな。いつまでもイレギュラーや噂の深海棲艦ではこちらの呼び方としては格好が付かん。安直だが、今後はこう呼ぼう」
― 軍刀棲姫 ―
それは、金剛がイブキに拾われた日と同じ日のことだった。
「ヤーダ!! 行ッチャヤーダー!!」
どこかにある薄暗い洞窟の中で、甲高い泣き声が反響していた。その声の主は幼い少女の姿をしており……およそ人間とは思えない真っ白な肌に真っ白な髪と赤い目をしていた。それもそのハズ……彼女は人間ではなく、深海棲艦なのだ。名を北方棲姫……幼い姿ながら姫の名を持つ深海棲艦で、その力は並大抵の艦娘ではかなわない程。そんな北方棲姫がなぜ泣いているのか……それは、彼女がしがみつく存在が原因だった。
北方棲姫にしがみつかれている存在は、困ったように笑いながら北方棲姫の頭を右手で撫でる。それでも彼女は泣き止むことはなく、存在を逃がさない、離さないとしがみつくその手に力を入れる。メキメキミシミシと存在の身体から音が鳴り、存在の顔が青ざめてきているが、それでも北方棲姫は離さない。しかし、不意に長く鋭い爪のある大きな手が彼女の小さな身体を背後から抱き締める。
「無茶ヲ言ワナイノ、ホッポ」
「港湾!」
それは、北方棲姫と良く似た髪や肌をした女性……異形と呼べる腕に額に生えた長く鋭い角が、彼女が人間でないと告げている。名を“港湾棲姫”……北方棲姫と同じく姫級の深海棲艦である。
「ホッポガゴメンナサイネ。コノ子ノコトハ気ニシナイデ、行ッテラッシャイ」
「うん。ごめんね、ホッポちゃん。私、行かないと」
「ウ~……ウ~……ッ」
港湾棲姫に抱きかかえられながら、北方棲姫は恨めしげに港湾棲姫と存在を睨みながら唸る。そんな彼女に後ろ髪を引かれる思いをしながら、存在は2人に背を向ける。存在とて2人と離れるのは寂しい。だが、行かねばならない。
(軍刀を持った新種の艦娘……間違いなくイブキさんのこと。待っててね……今、会いに行くから!)
深海棲艦の間で流れる噂……その噂を知った存在は、噂の主に会いに行くと決めていた。その主は自分の命の恩人であり、自分にとって唯一無二の存在であり、世界で1番大切な人なのだから。だから会いに行く。自分が生きていることを教える為に、もう一度共に暮らす為に。
「夕立、抜錨するっぽい!!」
その左腰に軍刀を携え、夕立は海へと飛び出した。
「ようやくだ……ようやく進んだ」
屋敷から出た俺は海の前まで行き、布のような機械のような異形……いや、“仇の髪留め”を握り締めながら、万感の思いでそう呟く。今までよくわからなかったこの髪留め……それが髪留めだと分かったのは、金剛を助けた時のことだった。
何度目かの砲撃音が響いた後に屋敷の前に辿り着いた俺が見たのは、浅瀬のところに横たわる1人の艦娘と彼女を追ってきたのであろう4体の深海棲艦だった。艦娘はボロボロで、このままでは深海棲艦達に殺されるのは明白……以前の俺なら何の躊躇もなく助けただろうが、少し艦娘不信の俺は……正直、見捨ててしまおうかと考えていた。
だが、見捨てても深海棲艦達がそのまま去っていくとは限らない。もしかしたら島に踏み込んでくるかもしれない。それに……もしかしたら、この艦娘が俺が知りたい情報を知っているかもしれない。そういった可能性がある以上、艦娘を助けた方がいい。そう結論づけた俺は、まず深海棲艦を撃退することにした。
「……そこでジッとしていろ」
俺は深海棲艦に向かって走り出し、邪魔な艦娘を飛び越える際にそう告げる。そうすれば、俺の視界に入るのは深海棲艦達だけだ。駆逐艦が2体に戦艦が1体。もう1体は姿は記憶にあるのだが名前までは思い出せない為、はっきりとは艦種がわからない。軽巡か重巡辺りだとは思うが……と考えながら、俺はみーちゃん軍刀を右手に持って駆逐艦に向かう。基本的に人型ではない深海棲艦は喋ることが出来ない。情報が欲しい俺としては生かしておく必要がないのだ。
「軍刀……貴様、噂ノ艦娘カ!?」
戦艦の深海棲艦が驚いたようにそんなことを言い出したが無視し、1体の駆逐艦を口のような部分から上半分を擦れ違うように走り抜けながら斬り裂く。他の軍刀に比べて切れ味が鈍いみーちゃん軍刀だが、駆逐艦程度の装甲なら問題なく両断出来る。
「貴様ッ!!」
ここでようやく俺に砲身を向ける為にか後ろを向き始める残りの深海棲艦達だが、走り抜けた後に俺は急停止して反転し、もう1体の駆逐艦に向かっている。海上を陸上のように動ける俺に、深海棲艦の動きが追い付ける訳がない。深海棲艦達が完全に振り返る前に、俺は駆逐艦を最初の奴と同じように、今度は後ろから横一閃に走り抜けながら斬り裂いた。
別れた後の下半分は、正直見ていて気持ちのいいモノじゃない。まるで機械の枠に内臓を押し込んだような、青紫の毒々しく蠢く肉のような何かがあり、バケツから溢れる水のように血だかオイルだかこれまた青紫の毒々しい色の液体が流れている……最初に見た時は吐き気を催した。
「……後2体」
「ガァッ!!」
「舐メルナァ!!」
俺が呟くと同時に、振り向くことを止めた残りの2体が砲身をこちらに向けて放ってくる。走り抜けた分の僅かな距離があるが、弾速を考えれば一瞬で当たる距離……だが、俺の目には止まって視える。もうすっかり慣れてしまった時間が止まっているかのような感覚の中、俺は体勢を低くする。砲撃は、それだけで回避出来た。
「バカナ! コノ距離デ避ケタダト!?」
「ガウ!?」
深海棲艦が驚いている間に、俺は体勢を低くしたまま奴らに向かって走る。と言っても距離は20mもない為、俺にとっては一息で詰められる距離だが……案の定1秒と掛からず2体の前まで来た俺は勢いをそのままに、下半身が異形の深海棲艦の首を走り抜け様に斬り飛ばす。
「コノッ……!」
「動くな。動けばお前の首を落とす」
急ブレーキを掛けて反転し、俺の方に向き直ろうとした最後の深海棲艦の首筋にみーちゃん軍刀を添える。この深海棲艦はもう、俺に対して何も出来ないだろう。後ろを取られ、両手の大盾にある砲身は後ろにいる俺には向けられない。さぞかし悔しいだろうな……自分以外は全滅し、敵には傷一つ付けられないで自分も殺されそうになっているのだから。
「今からする質問に正直に答えろ。さもないと両腕を斬り落とす」
「クッ……」
「お前は、これの持ち主を知っているか?」
俺が取り出したのは、例の布のような機械のような異形だ。夕立の仇であろう存在に通じるかもしれない唯一の手掛かり……この半年間、情報らしい情報は全く得られていない。その手掛かりの異形を後ろから手を伸ばして深海棲艦の目の前に出す。
「ソレガ何ダト……!? 貴様、コレヲ何処デグウッ!!」
「知っているんだな……? 吐け、洗いざらいだ」
どうやらこの深海棲艦は何か知っているらしい。今の反応は嘘とは思えない……ようやく情報らしい情報を得られそうだと思った俺は伸ばしていた手を曲げ、深海棲艦の首を絞めていた。自然と密着する形になったが、そんなことは気にしていられない。
「ウグ……グ、ギィ……」
「言え。これは何だ? 誰のモノだ?」
「ヒ……サ……ァ」
「なんだ?」
「姫……様……駆逐、棲姫……様ノ……髪……留メ……」
「駆逐……棲姫。そうか……ソイツか……ソイツが、夕立を……夕立を!!」
「アガッ……ガガ、ア……ァ……」
ようやく分かった仇の名に内から怒りが吹き出し、首を絞めていた手に力が籠もる。するとゴキリと硬いモノを手折ったような音がすると同時に深海棲艦の身体から力が抜けた。俺は深海棲艦の身体を放し、軍刀を強く握り締めながら異形……髪留めを睨み付ける。“駆逐棲姫”……俺が目指すべき相手がようやく見つかった。
だが、居場所が分からない……最後まで話を聞かずに今の深海棲艦を勢い余って殺してしまったのは短絡的過ぎたか。まあいい、今まで進まなかった仇の捜索が進んだんだ、文句はない。それに、やることは変わらない。この髪留めと判明したモノの持ち主を探すことが、駆逐棲姫を探すことになっただけだ。
「駆逐棲姫……必ず見つけてやるぞ」
そして艦娘……見た目から金剛だとは分かっている……を拾って屋敷の無事な部屋に押し込め、ちょっと会話して今に至る。念の為と駆逐棲姫について聞いたものの有益なものはなし。まあ話によれば生まれたばかりらしいから仕方ないか……ということは、生まれてすぐに深海棲艦に絡まれたということになる。そういう意味では、少し親近感を覚えるな。
「……どうでもいいか」
金剛のことを考えているヒマなんかない。一刻も早く駆逐棲姫を見つけ出し、夕立の仇を取らないといけないのだから。それ以外のことを考えている余裕も時間もない。
― や…と……た ―
「ん……?」
誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返るが、屋敷と砂浜があるくらいで誰もいない。金剛が何か言ったとも考えにくいし……気のせいだろう。俺はそう考え、改めて駆逐棲姫を探す為に海へと飛び出した。
― やっと……会えたですー ―
ということで、新しく金剛が出たりイブキが無双したり海軍に姫級の名前付けられたりと色々と動きのあるお話でした。ロ級の中身はまたもや劇場版エヴァイメージ。鳥葬シーンはトラウマです。
夕立生存。北方棲姫と港湾棲姫のセットは王道ですよね。北方棲姫と戦ってぅゎょぅι゛ょっょぃと呟いたのは私だけじゃないハズ。
今回のおさらい(前回と前々回忘れてた)
金剛登場。ワタシの活躍、見ていて下さいネー。イブキ無双。足りん、全くもって足りんぞ。夕立生存。まだまだ活躍するっぽい。軍刀棲姫襲名。これ以外浮かばなかった。
それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)
妖提督は更にもうしばらくお待ち下さいorz