どっちつかずの彼女(かれ)は行く   作:d.c.2隊長

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お待たせしました。ようやっと更新で御座います。

前話はやはり賛否両論という感じですね。そしてイブキがレ級に庇われる辺りで“感覚”が発動していないことに疑問を抱いたという意見を頂きましたので、前書きをお借りして説明させて頂きます。いらないという方はスルーして下さい。



まず、イブキの感じている“感覚”ですが、本人が時間が止まっているように感じていることを指します。これはあくまでもそう感じているだけであり、実際に止まっている訳ではありません。例えば、イブキが誰かに砲撃されて感覚が発動した場合、周りが知覚出来ずとも砲弾が止まった、もしくはゆっくり進んでいるように見えています。その砲弾に大して、イブキは感覚内で弾くなり切り裂くなり避けるなりと動ける訳です。

ですが、空中だったり身動き出来ない場合に砲撃された場合、避けるということが出来ません。例え感覚内だったとして、腕や足を振るうことが出来ても身体が動かないからです。

前話の場合、描写こそありませんが感覚自体は発動しています(描写していない時点で説得力はありませんが)。が、密着した状態の天龍から頭突きされたことでイブキは体制を崩していました。そのせいで、イブキは天龍の一撃を防ぐことも避けることも不可能だった為、レ級に押し出されて庇われるまで何も出来なかったんです。

拙い説明、申し訳ありません。この説明で納得出来ない方もいらっしゃると思います。更に不可解な部分や疑問に思う部分、矛盾している部分があるという方は、メッセージや感想、活動報告でコメントを下さい。私としてもそういった部分は無くしていきたいと思っていますので、可能な限りお答えさせて頂きます。

それでは、本編をどうぞ。


……任せろ

 夕立が部屋から出て行き、その後に彼女の慌てたような声を聞いた時雨は殆ど動けないハズの体を無理やり動かし、部屋から出る。その時、丁度階段を登ってきたところであろう夕立と、恐らくは彼女がイブキと呼ぶであろう血まみれの女性の姿が時雨の視界に入る。2人は時雨に気付くことなく、時雨がいた部屋とは反対方向の通路に向かい、一番近い玄関側の部屋に入った。

 

 気になった時雨はその部屋に向かい……扉の正面に立って少しだけ扉を開けて中を覗くと、運良くベッドの上で座っている2人の背中が目に入った。丁度話し始めたところだったようで、イブキは自分のことや先程何があったかなどを話し、時雨も盗み聞きという形ではあるが聞いていた。

 

 (記憶もなく突然生まれた? あの人は、自分が何の艦娘なのか分からないのか……そもそも艦娘なのかな……深海棲艦の気配も一緒にするし。それに……レ級と家族になる? レ級が僕達に謝ろうとしていた?)

 

 イブキの出自はともかく、レ級の話に関しては時雨は半信半疑だった。と言うのも、時雨はレ級と出逢ったのは今回が初めてであり、噂や資料でしか見たことがなかったからだ。しかもいきなり撃ってきた相手が自分達に謝ろうとしていたなど、すぐに信じられるハズがない。かと言ってイブキが嘘を言っているようにも見えない。そして家族云々もまた、時雨にとっては考えもしないことだった。そもそも深海棲艦の脅威から人類を守るのが海軍であり、艦娘なのだ。異形の相手と仲良くなろうと考える将校、艦娘は少ない。無論、話し合いによる和平や深海棲艦との共存を掲げる者達も居るが……少数故に戯れ言、理想論と一蹴されるのが常である。

 

 (……まあ、僕達の司令官がその少数なんだけどさ)

 

 時雨達の提督は、着任して2年程のまだまだ経験の浅い女性の提督だ。少々頼りないが一生懸命な姿が配属している艦娘に好まれ、信頼関係も良好である。女性なのに提督なんて……とは思うが、今の海軍には決して少なくない数の女性提督がいる。士官学校では提督としての能力も当然必要だが、軍人としての在り方よりも人間性を重視し、艦娘とのコミュニケーション能力が高いことが提督として必要なモノであると教えられる。そして艦娘は皆少女から女性という姿をしていることもあり、女性のことは女性が1番……という理由から女性提督が増え始めているのだ。

 

 

 

 「私には、深海棲艦だった時の記憶があるの」

 

 

 

 唐突に、夕立の声でそんな言葉が聞こえた。

 

 (……えっ?)

 

 信じられない、と時雨が思うよりも先に夕立は言葉を紡いでいく。自分達と過ごす中で感じていたという二律背反の感情があったということ。一週間程前の作戦で仲間に誤射をしてしまったこと。その事実が恐くなり、戦場から逃げ出したということ。夕立が行方不明になったのは戦いの最中で沈んだり流されたりした訳ではなく、敵前逃亡であることを……時雨は知った。

 

 敵前逃亡は軍属の人間であるなら銃殺刑、艦娘ならば解体処分となる大罪である。このことが時雨達の提督に伝われば……優しい彼女は許してくれるだろう。だが、その上に伝われば解体処分は免れない。どれだけ提督や鎮守府の仲間達が尽力しようとも、だ。

 

 (なんだよ……それ……)

 

 扉の向こうで、夕立は誰にも話さなかったという苦しみをイブキという存在に初めて話している。仲間にすら話さなかった苦しみを。自分達に抱いていたという二律背反の感情を。しかもそれはイブキに対しては抱かない。この世界で唯一無二かもしれない存在と出逢ったことを、夕立は嬉しそうに言いながら……イブキに甘えるようにすり寄っている。

 

 (そんなこと……話してくれなかったじゃないか)

 

 分かるハズがない。深海棲艦と渡り合う能力があり、人外の力を振るう艦娘でも心を読むことなど出来はしない。だが、人間と同じように心がある。ケンカもするし恋愛もする。喜怒哀楽といった感情が存在している。夕立はいつだって楽しそうに見えた。少しむくれたりケンカしたりもしたが、自分を含めた姉妹艦や仲間、提督と笑い合いながら日々を過ごしていたのだと思っていた。

 

 (言ってくれないと……分からないじゃないか……っ!)

 

 ぽたぽたと、時雨の服と床の上に雨が降る。信じたくなかった。その笑顔の裏で苦悩しながら悲鳴を上げていたなどと。自分達と過ごすことが苦痛であったなどと。自分達に憎しみを抱き、憂いを感じ、敵対心を持っていたなどと……信じたくはなかった。そして、それに気付くことが出来なかったことが……時雨は何よりも悔しかった。仲間である自分ではなく、見知らぬ誰かがその苦しみから夕立を開放出来たことが……悔しかった。

 

 「私は、イブキさんとずっと一緒にいたいの。周りなんか気にせずに、この島で、この屋敷でずっと」

 

 そして、夕立のその言葉がトドメとなった。夕立の心はもう完全に、自分を含めたかつての仲間達のところにはないのだ。鎮守府に帰る気もなく、イブキと共に在ることを願い……イブキもまた、夕立と共に在ることを誓った。その間に自分達が入ることなど……もう、出来はしないのだ。

 

 時雨は意気消沈しつつ重い足取りで先ほどいた部屋へと戻り、ベッドに横になる。この部屋は夕立の私室となっているらしく、夕立の甘い香りが染み着いている。だが、その夕立は時雨の側にはいない。同じ島の同じ屋敷の中、徒歩数秒で辿り着けるほど近い距離にいるというのに……その心の距離はあまりにも遠い。仲間が心配していたと言っても、届かない。姉妹が泣いていたと言っても、響かない。提督が心配のあまりにロクに眠れていないと言っても……夕立の心には波風1つ立つことはない。

 

 「こんなのって……ないじゃないかっ……」

 

 その日……夕立がこの部屋に帰ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 「……朝、か……」

 

 翌日、時雨は酷い疲労感を感じながら目覚めた。いつの間にか眠っていたらしいが、全くと言っていいほどに眠れた気がしない。昨日の服のまま眠っていたせいか、服がシワシワになっているが……そのことを気にする余裕もなかった。身体の痛みは昨日に比べればほぼなくなっている。激しく動くことはまだ出来ないだろうが、日常生活を行うことは充分に可能だろう。

 

 「問題は……」

 

 体を起こし、ベッドの側に置かれた自分の艤装を見る。レ級の砲撃の直撃を受けて沈まなかったことは運が良かったという他ないが、その代償として艤装がほぼ全損している。宿っている妖精達が応急処置を施してはくれているが、戦闘はおろか航行すら危うい。通信機や電探等の機器も軒並み使用不能。この島では資材の調達はほぼ不可能と見ていいだろう。つまり、今の時雨は自分の身1つで遭難していると言っても過言ではないのだ。只でさえ今の所属鎮守府は夕立が行方不明になったことによる捜索と心労でマズいことになっているのに、更にここで自分まで行方不明となったらどうなるか……想像するのは容易い。

 

 「何とか帰らないと……せめて通信さえ出来れば無事だって知らせられるのに……」

 

 元々時雨は“軍刀を持った深海棲艦”という情報の真実を探る為に1人遠征に出ていたのだ。本来ならば、単艦で遠征など行わないのだが……軍人としての任務と出撃、いざという時の為の待機する艦娘と人手はあまりないにもかかわらず、時雨達の提督は夕立の捜索にも力を入れている。その為、不確かな情報を探る為の遠征部隊を作る程の数が集まらなかったのだ。しかし、不確かとは言っても新種の深海棲艦かもしれない以上は確認しない訳にもいかず……所属艦娘の中でも実力の高い方である時雨が抜擢されたという訳だ。

 

 話を戻そう。時雨が遠征に出たのは昨日……既に1日経過している。長いものなら1週間以上掛かることもある遠征だが、時雨の場合は長くても12時間程度……何かあったと思われることは確実だろう。しかし、現状では無事を伝えることも帰還することも出来ない。

 

 「夕立の通信機器は使えないかな……」

 

 時雨が思いついたのは、夕立の艤装にもある通信機器を使うことだ。所属が同じである夕立ならば、鎮守府に繋がるように設定されているハズ……イブキの通信機は軍規に触れる為使えない……そう考えた時雨が部屋から出たその直後、目に入った存在に目を奪われた。

 

 「ん? 君は……時雨、だったかな? もう動いていいのか?」

 

 「あ……う、うん。まだ痛みはあるけど、動くのは大丈夫……です」

 

 「そうか……良かった」

 

 存在……イブキは、時雨の返事を聞いて安堵したように小さく笑った。瞬間、時雨の脳裏に昨日見た彼女の背中が思い浮かぶ。深い悲しみに染まっていたイブキの背中……時雨は、それを見た直後は弱々しいと感じていた。だが、その背中と目の前の彼女が全く重ならない。なぜなら、彼女は自分のことを優しい目で見つめながらも……その瞳には、弱さと同時に力強さもあったからだ。

 

 「……何か、顔についているか?」

 

 「あ、いや、そうじゃないんだけど……その、夕立は……?」

 

 「夕立はまだ寝ているよ。昨日は少し、遅くまで起きていたみたいだから」

 

 ピシッと、先に考えていた悩みや目的や昨日からの苦悩やら何やら全てを忘れるほどに時雨は硬直した。というのも、イブキの言い回しから……少し、俗っぽいことを想像してしまったからだ。

 

 (き、昨日は遅くまで起きていたって……つまりその、夜戦ってこと、だよね……うん、雰囲気に流されてってこともあるだろうし……うん)

 

 やはり状況的にはイブキが夕立に……それとも途中で夕立がイブキに……というピンク色の妄想が時雨の脳内を埋め尽くしていく。が、そこはやはり経験(無論、戦いの)を積んだ艦娘、すぐに意識を真面目なモノに切り替え、悲壮感と現状をどうにかせねばと再び考え直し……ふとイブキがどこに行くのか気になった。

 

 「そういえば、イブキさんはこれからどこへ……?」

 

 「臭いとかが気になるから、裏の湖に水浴びをしに……ね」

 

 臭いと聞いた時雨の脳内は、やはりそういうことだったのかと再びピンク色に染まった。

 

 

 

 

 

 

 顔を赤くしたままイブキを見送り、彼女の部屋に入って夕立が起きないように夕立の艤装を部屋に持っていき、時雨は艤装に宿る妖精達に通信機器が使えないかを問う。結論から言えば……使えなかった。艤装自体は時雨の物よりも状態は遥かに良好。燃料さえあれば充分航行は可能であるし、弾薬さえあれば戦闘だってこなせる。しかし、それは妖精達が砲身や足まわりの艤装を応急修理したからだ。よく見てみれば、海水を被ったせいかところどころ錆びている。1度オーバーホールしないと、いつか完全に使えなくなってもおかしくはない。また1つ、夕立を連れ帰らねばならない理由が増えてしまった。

 

 「……どうしよう」

 

 正直に言って、時雨は夕立を鎮守府に連れ帰るのはほぼ不可能だと考えている。自分達よりもイブキがいいと断じ、自身の秘密から何からを告げ、一夜を共にする程だ……これで無理にでも連れ帰れば、夕立は仲間達を沈めてでもこの島に帰ろうとすることは想像に難くない。更に、夕立が鎮守府から離脱する……つまり除隊するとなれば、解体処分となって普通の人間とならなければならない。これは、一般人となった元艦娘が艦娘としての力を振るわないようにする為の処置だ。だが、それでは夕立がこの島に戻る為の船が必要になる……今の御時世でそれは難しい。

 

 時雨は考える。どうすれば全てが丸く収まるのか。それは、ずっと苦しんでいた夕立への贖罪と……大切なモノを見つけた彼女へのお祝いの気持ちから来ていた。正直に言えば、イブキに対する嫉妬心は当然ある。同時に……時雨は夕立にも嫉妬している。それ程までの“大切”を見つけられた夕立に……それ程までの“大切”と出会え夕立に。

 

 「……」

 

 グッと、時雨は握り拳を作る。仲間達の心配や状況のことなど関係ないという夕立の態度に思うところは、当然ある。夕立の真実を知っても、それは変わらない。だが、その感情を押し込むことが出来る程度には時雨は大人だった。彼女は幸せを得た。嫉妬すれど、思うところはあれど……祝うのが仲間であり友人であると、時雨は思うのだ。祝うだけで何も贈ることが出来ないのが、少し残念ではあるが。

 

 「贈り、“物”……」

 

 不意に、時雨の視線が夕立の艤装から自分の艤装へと移る。原形こそ残ってはいるが、そのボロボロの見た目はガラクタと呼んでも遜色ない程。だが……ガラクタはガラクタで使える部分だってあるかもしれない。そう……“解体”すれば、使える部分が見つかるかもしれない。

 

 時雨が思い付いたのは、最早廃品レベルになった自分の艤装を解体し、使える部分を夕立の艤装へと組み込むというものだ。流石に彼女自身にそういった技術はないが、妖精達なら話は別。必要な工具は妖精達がいつでもどこでも応急修理が出来るように常に持ち歩いているし、艦娘や艤装の知識や技術は妖精達が1番だ。試しに聞いてみたところ、時雨の言う通りのことならば1、2時間程度で出来るという。

 

 だが、ここで問題が1つ。それは、単純に分解する艤装がなくなる……この場合、時雨の艤装がなくなるということだ。故に、残る夕立の艤装をどっちが使うかが重要になる。夕立が使い続けるなら、時雨は鎮守府に帰ることが出来ない。時雨が使うなら、夕立は艤装なしで暮らしていかねばならない。贈り物をするどころか物を奪ってしまうことになる。しかし、どの道時雨の艤装では海に出られない。

 

 「そう上手くはいかない、か……」

 

 結局結論が出せなかった時雨は艤装を夕立に返す為に再びイブキの部屋に向かう。その途中、何気なく窓の外を見ると……湖で水浴びをしているイブキの姿が目に入った。水浴び中……つまり裸のイブキを遠巻きから見てしまった時雨は、同性であるにも関わらずに顔を赤くさせる。遠巻きと言っても、艦娘である時雨はその肢体がはっきりと見えてしまっているのだが。

 

 (うわー、うわー……キレイな体だなぁ……胸も大きいし、水に光が反射して髪がキラキラしてる……)

 

 思わずというように、時雨はイブキの裸体に魅入る。因みに、時雨は決してそっちのけがある訳ではない。しかし、なぜか目が離せないのだ。ふと、時雨は改めてイブキについて考える……とは言っても、彼女が知っていることはあまりに少ない。せいぜいが昨日聞いた話のことと、レ級を単独で鎮圧出来るほど強いことくらいだ。後は、夕立の(恐らく)ハジメテの相手であるということくらいだろうか。艦娘と深海棲艦の気配が同時にするということも忘れてはならない。こうして考えると、色々とぶっ飛んでいる。

 

 「時雨? 何してるっぽい?」

 

 「うわっひゃあいだぁっ!?」

 

 いつからいたのか、いきなり夕立に声をかけられた時雨は抱えていた夕立の艤装を足の上に落としてしまい、飛び上がるほどの痛みを受けながらも艤装のせいで飛び上がることが出来ずにしゃがみ込んで痛みに耐える。尚、艤装は見た目こそ小型の物から大型の物まで様々だが……艦娘と深海棲艦の力の塊とも言うべき物であり、基本的に重量はどんなに小さくても優に100Kgは超える。戦艦クラスになればトンに届くほどだ。そんな物が足の上に落ちた時雨の感じる激痛がどれほどのモノかは推して知るべし。

 

 「……大丈夫っぽい?」

 

 「こ、これくらい……何でも、ないざ……ぐしゅっ……」

 

 「泣くほど痛いなら意地張らなくてもいいのに……ところで、イブキさん知らない?」

 

 「その返しはドライ過ぎないかな……っ!」

 

 あまりの痛みに涙目涙声になりながら夕立を見上げる時雨の目に、4本の軍刀が目に入る。頭に浮かぶのは、元々の目的である“軍刀を持った深海棲艦”という情報。因みに、この情報の深海棲艦によって出た被害はなく、本当にただの噂止まりだった。無論、この軍刀というキーワード以外にも白髪だの魚を捕ってただの色々あるが……深海棲艦と判断されたのは白髪という噂から……1番多かった情報がそれだった。時雨は艤装から足をずりずりと少しずつ引き抜きながら夕立に問いかける。

 

 「その軍刀の持ち主って……」

 

 「うん、イブキさん。多分、時雨が言ってた情報の深海棲艦っていうのもイブキさんっぽい」

 

 呆気なく、時雨の目的は達成出来てしまった。問題はこれをどう報告するか、だ。何しろ、イブキは深海棲艦と言っていいのか分からないのだ。仮にありのままを報告すれば、居場所も分かっている以上は艦隊が組まれてこの島にやってくるだろう。それを夕立は歓迎しないだろうし、今の夕立を知っている時雨の心情的にもそれは避けたい。

 

 では、そんなモノはいなかったと報告すればどうなるだろうか。それはつまり虚偽の報告をしたということであり、バレれば軍属である時雨の身は保証出来ない……しかし、それは“軍刀を持った深海棲艦”の正体がイブキである場合だ。イブキは軍刀とや白髪……銀髪とも言えるが……という特徴こそ酷似しているが、その正体であるとは確定していない。確証がない以上、それらしい存在を見たというのがいいだろうか。色々考えた末、時雨はひとまず保留することにした。

 

 「……ところで、夕立はそれを持ってどこに行くの?」

 

 「今ぐらいの時間だとイブキさんが裏の湖で水浴びしてるっぽいから一緒に入りに行くっぽい」

 

 「……そっか。じゃあまた」

 

 「そうだ! 時雨も一緒に行くっぽい!」

 

 「後で……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった……と時雨は考える。

 

 「夕立……また君は……」

 

 「ごしごーし♪」

 

 (……はぁ)

 

 目の前には全裸のイブキを同じく全裸の夕立に手拭いで背中をごしごしと楽しそうに擦っている。対するイブキは恥ずかしいのか顔をほんの少し赤くして目を閉じながら額に手を当てている。そんな2人同様に、時雨も全裸だ。昨日から風呂どころか水浴びすらしていない時雨は汗や血や潮風などで体中がベトベトだったので水浴びをすること自体はまだいい。イブキも夕立も同性なので一緒に入るのも構わない。だが、時雨の中でオトナな関係となっている2人と入るのは少し抵抗があった。それに、夕立とは何度も入渠を共にしているので特に何も感じないのだが……。

 

 (恥ずかしいなぁ……)

 

 なぜか、イブキの裸を見るのもイブキに裸を見られるのも妙に恥ずかしく感じるのだ。例えるなら、異性と同伴しているかのような気恥ずかしさを……したことはないが。イブキが頑なに自分と夕立を見ないようにしている姿もその気恥ずかしさを増長させていた。

 

 「……時雨」

 

 「な……何かな?」

 

 「君は、これからどうするんだ?」

 

 唐突なイブキの質問に、時雨は湖に口元まで浸かりながら考える。出来ることなら今日中……昼にはこの島から出て鎮守府に向かいたい。しかし、その為には……そう考え、夕立を見る。問題なのは、夕立が艤装を渡してくれるかという点だけだ。渡してくれるなら島から出られる。渡してくれないなら出られない……シンプルな話だ。

 

 「……夕立が力を貸してくれるなら、僕は鎮守府に帰るよ」

 

 「私?」

 

 「うん。詳しくは、屋敷で話すよ」

 

 その時雨の言葉から数分後、屋敷へと戻った3人はイブキの部屋に入り……廊下に置きっぱなしだった夕立の艤装もついでに持って入った……時雨は椅子に、イブキと夕立はベッドに座って詳しい話というのを始める。

 

 時雨が話すのは、先程考えていた自分の艤装を分解して使える部品を夕立の艤装に組み込むということだ。勿論、それに伴って自分の艤装が無くなり、どちらか1人しか艤装を手に出来ないということも話した。

 

 「時雨も一緒に居ればいいのに」

 

 「それは……出来ないよ。提督も皆も、きっと心配してる。只でさえ夕立を探して皆疲弊してるんだ……これ以上、心配は掛けられない」

 

 「……」

 

 時雨の言葉に思うところがあったのか、夕立の表情が複雑そうなモノになる。幾ら二律背反の感情に苦しみ、イブキという“救い”に出逢っているとしても、仲間達への愛情も確かにあったのだ。例えその心がイブキにあるとしても……別に、仲間達を忘れた訳ではない。まだ探してるのかと鬱陶しさを感じても、それと同じくらい探してくれていて嬉しいという気持ちもあるのだから。

 

 だが、時雨が帰ってしまえば夕立の艤装がなくなり、夕立の戦う力が失われ、海へ出ることが叶わなくなる。自衛の手段がなくなるのは、幾らイブキがいると言えども避けたいというのが夕立の本音だ。最も、この島で弾薬が得られない以上はイブキから軍刀を借りない限り、結局戦うことは出来ない訳なのだが。

 

 「……仮に、時雨が艤装を使うことになったとしよう」

 

 「うん」

 

 「無事に、鎮守府に辿り着けるのか?」

 

 「それは……」

 

 イブキからの問いに、時雨が言葉に詰まる。なぜなら、島から出ることばかり考えていて出た後のことを考えていなかったからだ。この島から鎮守府に辿り着くまでに、確実に6時間以上は掛かる。海にいる時間が長ければ長いほど深海棲艦と接触する可能性は上がるし、もし接触してしまえば時雨は逃げ回ることしか出来ないだろう。6時間以上という時間は、今の時雨にとってあまりに長い。イブキに付き添ってもらうか、向こう……鎮守府から助けが来るかしない限りは。

 

 そこまで考えて、時雨はハッとする。そう、向こうから来てもらえばいい。自分の艤装を分解して夕立の艤装を僅かでも修理すれば、もしかしたら通信機が使えるようになるかもしれない。そうなればイブキに同伴してもらう必要も、夕立と1つの艤装を奪い合うようなこともせずに済む。その考えを提案しようとした時雨だが……1つ、疑問が浮かび上がった。

 

 (仮に呼ぶことが出来たとして……夕立と会わせたら、どうなるんだろう)

 

 助けを呼べば、夕立と助けに来た仲間が再会するかもしれない。もしそうなれば、夕立の苦しみを知らない仲間……特に姉妹艦や提督は夕立の生存を喜び、鎮守府に連れ帰ろうとするだろう。だが、夕立は確実に拒否する。ならば隠れていればいいんじゃとも思うが、使うのは夕立の通信機だ、彼女の生存が即バレる。そして……もし、帰らないと言った理由が艦娘か深海棲艦かも分からない“謎の存在”と一緒に居る為であると知ったら……どうなるだろうか。正直に言ってしまえば、時雨には予想が出来ない。確実に不安定になって冷静ではなくなっている仲間達がどんな行動に出るのか……時雨には想像も付かない。

 

 「……時雨が使うといいっぽい」

 

 「夕立……?」

 

 「私を沈んだことにして艤装を私の形見とか言えば、皆も諦めがつくと思う……っぽい」

 

 考え込んでいた時雨がハッとして顔を上げるが、続けて聞いた夕立の言葉に時雨は俯く。理解していたとはいえ、やはり本人の口からもう鎮守府に帰るつもりはないという意志を言葉にされるのは……心にクる。戦う力を手放してでもイブキと共に在りたいという姿勢が、とても悲しく映る。だが、それをどうする事も時雨には出来ないのだ。時雨に出来ることは……夕立の言葉通りに艤装を受け取って修理し、仲間達の元へと帰ることだけ。

 

 「……うん、分かった。ありがたく使わせてもらうよ」

 

 「鎮守府近くまでは、俺が護衛しよう」

 

 「ありがとう……イブキさん」

 

 

 

 修理は昼過ぎには終わった。残念なことに通信機は直らなかったが、航行するには充分。時雨はいつも背負う某MSを彷彿とさせるようなモノではない艤装を背負うことに少しの違和感を持ちながら、砂浜から海へと出て己の右手首を見やる。そこに巻かれているのは……夕立が所属した時からしていた黒いリボンだ。それは別に再会の記念品という訳ではなく……夕立が沈んだということに更なる説得力を持たせる為。

 

 隣を見れば、同じように海の上に立っているイブキが時雨を心配そうに見ていた。後ろを振り返れば、夕立がイブキから借りたという1本の軍刀を抱(だ)き抱(かか)えながら見送りの為に立っていた。夕立とは、何も今生の別れという訳ではない。生きていると分かった今、いつでも会える。だが、それを仲間に伝えることは出来ない……もどかしい気持ちはあるが、約束を違える訳にはいかない。時雨は前を向き、少しずつ進み始める。そして最後に交わす言葉は……再び会えることを夢見て。

 

 

 

 「またね……夕立」

 

 「さよなら、時雨」

 

 

 

 嗚呼……また雨が降ってきた。時雨は、青空を見上げながら唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 寂しそうな背中……というのは今の時雨のような背中のことを言うのだろうと、彼女と夕立の最後の言葉を聞いた俺は思った。今の俺にはどうする事も出来ないが……せめて、無事に送り届けるくらいはしようと改めて思う。そう誓いながら、俺は昨日からさっきまでのことを思い返す。

 

 

 

 

 

 お互いに側にいると誓いあった俺と夕立は、その後は何も話すことはなく抱きしめあっていた。夕立に話して夕立から話された今でも尚、俺の手にはレ級の死に逝く冷たさが残っている……忘れてはいけない。あの感覚を、あの冷たさを。天龍がぶつけた絶望と怒りを。この世界は“それ”が直ぐ側にあるのだということを……俺は忘れてはいけない。

 

 夕立の頭を撫でながら思う。どれだけ言葉にしても、どれだけ心に誓っても、一朝一夕で覚悟は出来るものじゃない。躊躇うこともあるだろうし、また失敗もすることだってあるだろう。だけど、夕立だけは……彼女だけはと、そう願わずにはいられなかった。

 

 不意に、まだ日が沈みきる前だというのに睡魔に襲われる。今日は様々なことを一気に経験し、精神的にキツかったせいだろう……だが、俺はそれを糧にしていこう。直ぐには無理かもしれない……それでも、俺はこの世界で生きていくと決めたから。少しでも前へ、上を向いて、経験したことを胸に抱いて生きていく。そう思いながら、俺は夕立に頭を撫でられながら眠りに落ちていった。

 

 「イブキさんおやすみなさいー」

 

 「また明日ですー」

 

 「怪我は治しておきますねー。きらきらばしゅーん」

 

 「えーとえーと……1人減ってもセリフないですー。えーん」

 

 そんな、少し物足りない妖精達の声を聞きながら。

 

 

 

 気がつけば朝になっていた。明るくなっている窓から視線を下げると、俺の腕の中に夕立の寝顔がある。どうやらあのまま抱き枕にしていたみたいだな……今頃になって昨日の告白紛いの誓いを口にしたことに気付き、恥ずかしくなってくる。この身体が男であればあのままの流れで致してしまいかねなかったが、今の俺が女であることを幸運に思うべきか不幸と嘆くべきか……そういえば前世の俺は卒業していたのだろうか? ナニをとは言わないが。

 

 「……おはよう、夕立」

 

 とりあえずそう声をかけてみるが、彼女が起きる気配はない。今までにも何度か朝になっても起きないといったことがあったが、そういう場合は俺の寝顔やら何やらを見て夜更かしをしてしまっているという(妖精ズ情報)。恐らく今回もそうなんだろう。

 

 ひとまず夕立から離れて体を起こすと、自分の体を見た瞬間に妙な違和感を感じる。昨日と何か違うような……と考えたところで右肩の傷がなくなっていることに気付く。そういえば、妖精達が治すとか言っていたような……入渠施設がなくても多少は治すことが出来るのか、それとも俺自身に入渠施設は必要ないのか……つくづく謎の存在だな、俺は。だが服は別なようで血が着いたことによるシミが残っている。もとより黒に近い色の服なので変色した血は分かりづらくなってはいるが……昨日帰ってから水浴びをしていないので臭いが気になる。レ級の血なので洗い落とすのは少し思うところがあるが……このままという訳にもいかない。まだレ級のことを引きずっていることを自覚しつつ、俺は裏の湖へと向かった。

 

 

 

 途中で遭遇した時雨と少し会話した後……夕立が遅くまで起きていたらしいとか血の臭いが気になると言ったら顔を赤くしていた。なぜだろうか……俺はパパっと服と下着(下しかないが)を脱ぎ捨てて水浴びをしながら服を洗っていた。着るものはこれしかないので大切に使わなければ……あ、右肩部分に穴が空いてる。肉体を治せても服は直せないようなので被弾には気をつけないと。そういえば時雨も霰もない格好をしていたな……必死に見ないようにしていたが。心が男である故に、艦娘の損傷した姿は未だに夕立の裸にすら慣れない俺には目に毒だ。自分の裸なら何の問題もないが。

 

 「……」

 

 服をごしごしと洗う旅に、少しずつ服から血が取れていく。レ級という存在が少しずつ消えていくようにも見えるそれは、俺の心に決して小さくない波風を立てる。水の冷たさとはまた別の冷たさが、俺の手を冷やしているような気さえする。血まみれのレ級の姿が、はっきりと瞼の裏に浮かぶ。最期に見せた笑顔が、脳裏に蘇る。だからこそ思う……2度と同じ過ちは繰り返さない。夕立を沈めさせはしない。奪わせはしない。

 

 「誓ったからな……」

 

 さて、あまりナーバスになってもいられない。前向きになると言った以上、直ぐには無理だとしてもそう生きていかないといけないのだから……そう言えば、今日は妙に静かだな。普段なら妖精達が騒ぎ、夕立が突っ込んでくるんだが……どうやら軍刀を忘れてきたらしい。これでは火を着けられず、服を乾かせないな……起きた夕立が持ってきてくれることを願おう。俺はそう考えながら綺麗になった服を近くの枝に吊し、夕立が来るまで水浴びを続けることにした。

 

 その数分後、夕立が軍刀と時雨の手を引いてやってきて2人とも裸で一緒に水浴びをした後に俺の部屋で時雨の今後について話し合うことを……俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 部屋での話し合いから数時間経ち、俺は時雨と夕立よりも先に海に来ていた。艤装は時雨が使うことになり、俺は時雨の護衛として共に海に出ることになる。それはつまり、戦えなくなった夕立を1人この島に残すということだ。正直に言って、夕立を残すのは不安しかない。昨日の誓いから言うなら、時雨を1人で行かせて夕立と共に居る方がいい。側にいるという言葉に、嘘偽りはないのだから……だが、本人から言われてしまえば、仕方ない。念のためごーちゃんを持たせておいたが。その時に初めて、後ろ腰の軍刀を取り外せることを知った。

 

 『イブキさん、時雨と一緒に行ってあげて?』

 

 『……だが、それでは夕立が……』

 

 『私は大丈夫っぽい。ホントは嫌だけど……でも、時雨とはこれで最後のつもりだから。それに、時雨にはちゃんと私が沈んだって伝えてもらわないといけないっぽいし』

 

 『……可能な限りすぐに戻る』

 

 『うん……待ってるっぽい』

 

 部屋での話し合い中、俺と夕立の中であった会話。だからこそ、俺は護衛を言い出した。そして分かった……夕立は決して憎しみだけを鎮守府の仲間に感じていた訳ではなく、確かに愛情も抱いていたのだということが。もう自分の為に疲れる必要も必死になる必要もない。だから自分が沈んだことにして仲間達に諦めさせる……違うかもしれないが、俺は夕立がそう言っているように感じた。俺がすべきことは、その沈んでいるという嘘を本当にしないこと。この身が朽ち果てるその日まで夕立を守り、守られながら生きていくこと。

 

 気がつけば、2人がやってきて時雨が隣に立っていた……時雨は昨日から入渠出来ていない為、服がボロボロで非常に扇情的な格好だ。色々と見えてしまいそうだが、馴れているのか気にしているようには見えない……大丈夫だろうか……色々と。

 

 そんなことを考えていると、俺の方を見た時雨と目があった。が、すぐに時雨は後ろの夕立を見て……前を向いた。その行動に何の意味があったのか、何を思ったのか……俺には分からない。だが……その横顔は、酷く寂しそうに見えた。

 

 「またね……夕立」

 

 「さよなら、時雨」

 

 これが、再会した姉妹艦同士の最後の会話。こんな別れ方をさせてしまったのも俺のせいかと思うと……涙を流す時雨の姿が俺の心を抉る。俺が取った行動は、彼女から姉妹を、仲間を奪ったということに他ならない。今後もそういう結果になることもあるだろう。後味の悪い思いもするだろう。それでも、俺は……俺が取った道を進むことに決めたから。再びそう心に刻みつつ、俺は時雨と共に進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 もう夕立が見えなくなり、館も小さくなる程の距離まで来た。時雨の鎮守府までの道のりはまだまだ長い……危険だってある。未だに意気消沈している時雨では、何かあった時に対処出来ないかもしれない。そう考え、どうにか元気付けなければ……そう思ったんだが。

 

 「イブキさん」

 

 「……なんだ?」

 

 「言い忘れていたけれど……夕立を助けてくれてありがとう。それから……」

 

 

 

 ― 夕立を、よろしくお願いします ―

 

 

 

 「……ああ」

 

 顔だけ振り返った時雨の、微笑みと共に言われた言葉。吹っ切ったという訳では、決してないだろう。その心の中には、まだ様々な思いが渦巻いているに違いない。それでも……時雨は確かに、俺に夕立を任せてくれた。仲間として、姉妹艦として……俺に。

 

 俺は軍刀が納まっていない左腰の鞘に左手を置き、目を閉じて夕立を想う。必ず守る。誓いを再び刻み、ただ一言口にする。

 

 

 

 「……任せろ」

 

 

 

 失ったモノと大切なモノが出来た昨日という日を……俺は忘れない。そして、この誓いと……時雨が見せた笑顔も忘れない。きっとそれらが、本当の意味でこの世界で生きる俺の最初の思い出達だから。




9話しかない本作が既に最初に完結した幻想記の平均評価とお気に入り数を越えている件。こんな時、どんな顔をすればいいか分からないんです……。

それはさておき、今回は完全に吹っ切れてはいないものの前を向いて生きることを決めたイブキが時雨を無事に鎮守府まで送り届ける為に出発するというお話しでした。ヤンデレ時雨はいなかった。でも耳年増むっつり時雨はいました← むっつり時雨、あると思います。ついでに“微”勘違い要素も。

そろそろお気づきの方もいるかもしれませんが、本作のサブタイトルはプロローグを除き全てイブキのセリフを使っております……それだけですよ?←






今回のおさらい

時雨、2人の仲を勘違い。イブキは未だに女性少女の裸に慣れず。別れはリボンをプレゼントまでがテンプレ。危険物(ごーちゃん)が夕立の手に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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