幻次元ゲイム ネプテューヌ 白の国の不思議な魔導書 -Grimoire of Lowee- 作:橘 雪華
「っらァ!」
「…」
リンダが鉄パイプを振るい、ネプギアへと襲いかかる。
しかしブンッ、ブォンッ、と空を切る音が響くばかりで、その一撃は一度足りともネプギアには届かない。
「はァ、はァ…ちょこまかしやがって…!」
「…いつまで、続けるんですか」
そんな攻防が続いたまま、どれほど経っていたのか。
リンダの息は既に切れており、そんなリンダをネプギアは悲しそうな目で見つめていた。
「そんなの、決着が着くまでに決まってンだろうがッ!」
「っく…」
息を整えながら鉄パイプを振り下ろす。
が、避けられはしないもののビームソードの鍔の部分で防がれてしまう。
それでも、リンダは攻撃を止めなかった。
「もう、止めてください! どうしてそこまでして、貴女は…!」
「ああそうさ! マジック様もテメェらにやられて! 組織もほぼ壊滅させられて! けどな、それでも、アタイにはアタイのケジメってモンがあるンだよ!」
もう戦う理由はないと、ネプギアは言う。
まだ戦う理由はあると、リンダは言う。
女神と犯罪組織──それが彼女達が分かり合うことの出来ない、大きな溝となっていた。
「ッ、この…!」
攻撃を防がれながらも止めることなく連撃を繰り出していくリンダ。
しかし、その連撃はネプギアが動くことにより容易く止められてしまう。
ネプギアが鍔で鉄パイプを弾きとばしたのだ。
「ンなっ!」
「はああああッ!」
「ガッ!!」
得物を弾き飛ばされて、無防備になるリンダ。
その隙を突くように、ネプギアはビームソードの刃の電力を切ると、剣を握ったままの拳をリンダのボディへと叩き込んだ。
通常の剣等とは違い、峰打ちが出来ないネプギアによる、"人"に対する攻撃手段だった。
ただのパンチ。それでも女神が放てばれっきとした攻撃となり、殴られたリンダは吹っ飛んだ先で土煙を上げながらごろごろと転がっていった。
「ガフッ、ゲホッ……ッ!」
「……終わりです。投降してください、下っ端さん」
全身の痛みに咽せ、苦しむリンダの首に、ネプギアはビームソードの刀身を突きつけた。
「…ッハ。アタイじゃもう、テメェ一人にすら勝てねェってか」
「……」
「思えばテメェと出会ってから負けに負けて、結局タイマンでもこのザマだ。情けねェな、またマジック様に叱られちまうなァ…」
「下っ端さん…」
「ハッ。その呼び名もテメェに会ってからだしな、テメェはアタイにとっちゃ女神じゃなくて疫病神でしかねェよ」
腹部を手で押えながら、毒づくリンダ。
けれどその表情は、どこか吹っ切れた様子にも見えて──
「認めてやるよ、アタイの──」
「ネプギアーっ!!」
「ネプギア、無事ー!?」
「…! お姉ちゃん、ユニちゃん!?」
リンダが何かを言いかけたところで、遠くからネプテューヌ達、ユニ達がネプギアの方へと向かってきて、声を聞いたネプギアは一瞬とはいえリンダから注意を逸らしてしまった。
「──なァんて言うとでも思ったか! 喰らいやがれッ!」
「えっ? きゃあっ!?」
一瞬の油断が命取り。
リンダは懐から何かを投げつけると、それはもくもくと煙を放ち始めた。
一件するとただの煙幕だが、そうではなかった。
「ネプギア!?」
「なに、っくしゅ! ぷしゅっん! め、目がーっ!? へくしゅっ!」
「は、ハーハハハッ! ザマァ見やがれっぶしゅん! 誰がテメェなんかに捕まるかってんだへぇっくし!」
「そんな至近距離で使ったら自滅するに決まってるっちゅよ、バカっちゅねー」
「うるせぇっくしょい!」
ネプギアを襲った煙幕は、胡椒煙幕であった。
至近距離でそんなものを食らったネプギアは堪らず、くしゃみと涙で苦しむこととなった。
対策もなしに放ったリンダも被害を被っているが、そんな彼女はマスクを付けたネズミ──ワレチューに引きずられるようにしてネプギアから離れていく。
「あばよ女神共! せいぜい犯罪神様相手に足掻くんだな! ぶぇーっくしょい!」
「ぢゅぅ゙ゔゔ!? こっち向きながらくしゃみするんじゃないっちゅ! 汚いっちゅ!」
「ま、待ち、けほっくしゅん! くしゃみがっくしゅ!止まらなっくしゅん!!」
「ええと、とりあえず煙を飛ばしますね。えいっ」
「うわあああ! ネプギアが! ネプギアの顔がとても人に見せられない状態にー!!」
くしゃみ地獄に陥ったネプギアを救助するのに追われる中、リンダとワレチューは逃走、姿を消していた……
「…落ち着いた?」
「はぁ、はぁ…な、なんとか…」
「ったく、下っ端の奴。今度見つけたら蜂の巣にしてやるわ」
「ティッシュ、まだいる?」
「も、もう大丈夫。ありがとうロムちゃん、みんな…」
ブレイブを撃破してどうにかネプギアちゃんを見つけたかと思ったら、下っ端に変な煙幕投げつけられていろんな意味で大惨事になっていた。
ネプテューヌさんが言ってたとおり、あの時のネプギアちゃんの顔はとても見せられるものじゃなかったね…
「とりあえず全員無事みたいね。ま、今更遅れを取るようじゃこの先の戦いについてけないでしょうし、当然よね」
「ロムちゃーん! 大丈夫!? ケガしてない!?」
「うん、大丈夫。ラムちゃんも平気そうで、よかった、(あんしん)」
ラムちゃんとロムちゃんも、皆目立った怪我とかはないみたいだし、一安心かな。
「これが前座なら、残りはもうアイツだけよね?」
「うん。犯罪神…クロム」
エスちゃんがわたしの隣に来て、墓場の奥へと視線を向ける。
きっとこの先に、クロムがいる。そう感じる…
「全員無事も確認できましたし、ネプギアちゃんも大丈夫そうですわね」
「なら、進みましょう。時間を与えるだけ、こちらが不利になるはずよ」
足止めがあったということは、時間を稼ぐ必要があったと考えるのは普通の事。
だけど、なんだろう…足止めでもなんでもなくて、ただの遊びだった、そう感じるような…
…今は、クロムを倒すことに集中しないと。
みんなの視線が、ネプギアちゃんへと集まる。
「…はい。行きましょう、皆さん。犯罪神の元へ!」
ネプギアちゃんの言葉に全員が頷いて、わたし達は進み始める。
最終決戦は、もう目の前に。
墓場の奥地へと進む程に、ピリピリとした感覚を肌で感じ取る。
その威圧感こそが、これからわたし達が相対する者が放つものであり、進む道の先にいることを示している。
犯罪神 マジェコンヌ。
世界の崩壊…ただそれだけが存在理由の、破壊の神。
……ブランさんがいなくなって間もない時期に書庫にあった本で読んだ知識(自分がロムだった頃は犯罪神の生い立ちなんて一度も気にしたことは無かった)だから、どうやって発生したのかだとか、なぜ破壊しようとするのかとか、細かい箇所は分からないけど。
少なくとも
それだけなら良い。ただ世界の為に討ち滅ぼすだけだから。
ただ一つ、問題があるとするならば、それは─
「くすくす。ようこそ、女神の皆様…♪」
この犯罪神は、わたしが生み出してしまった存在が器となっていること。
「っ…」
クロム姿を見せると同時に、全員が臨戦態勢になる。
思わずクロムって呼びそうになったけど、そもそもこの名前は仮称だから、呼んだところで「?」と首を傾げられるかスルーされるかのどっちかだろう。
「ひい、ふう、みい……一人も欠けてない。うふふ! 良かった♪」
「あら、敵である私達の心配をしてくださるのかしら?」
「ええ、ええ。だって、折角これだけの役者が揃っているのに、脱落してたりしたら興醒めでしょう?」
不敵な笑みを浮かべたままそう答えるクロム。
……ふと、ロムちゃんの顔を見てみる。
「…?」
色合いとか格好は違うけど、やっぱりそっくり…
いや、実際はわたしにそっくりって事なんだろうけど、わたしも元はロムだし、鏡を出して見るわけにもいかないし…
…ごほん。
「それで? 貴女一人で私達の相手をするのかしら?」
「まぁ、そう慌てないで? ワタシはあくまで器であり、戦う身体は別にあるのだわ」
ノワールさんの言葉に返すように言うと、クロムの背後で巨大な何かが蠢いた。
「オオ…ォォオオオ……全テニ、滅ビヲ……」
心まで冷えるような冷たい声で唸る怪物。それこそが、きっと犯罪神の本体なんだろう。恐怖に呑まれないように気を引き締める。
「…随分と醜い神がいたものね」
「ふふ、それは
ブランさんが呟くと、クロムはその怪物の方を向いて……固まった。
「オグゥゥ…ウアアアア…!」
「……破壊の神に外見的な信仰なんて、不要でしょう?」
あっ、犯罪神から目を逸らした。
表情こそくすくすいつも通りだけど知性の欠片もない犯罪神から完全に目を逸らしてるよクロム。というかそう言うってことは醜いのは否定しないんだね…
「うぅ…あの声、嫌い…」
「ネガティブエネルギー…つまり、負の情念、感情の塊みたいなものね、あれは」
「シェアエネルギーが純粋な想いの力なら、犯罪神の力は純粋な負の感情…神でも守護女神とは真逆の存在、だね」
正と負、相反する二つの力。それが守護女神と犯罪神の違い。
だからこそ、あんな姿でも犯罪神はこちらを敵と見なし、咆哮する。
「さぁ、女神様。この子もやる気のようだわ。どうするのかしら?」
「どーするもこーするもないよ! こっちは最初っから戦って倒す気マンマンで来てるんだからね!」
ネプテューヌさんの言葉に呼応するように、四人の守護女神達がプロセッサユニットを纏い、女神化していく。
「そーゆーこと! こいつを倒しちゃえば、全部おしまいなんだもんね!」
くるくると回しながらびしっと杖を犯罪神へ突きつけるように構える、ホワイトシスター、ラムちゃん。
「えぇ。こいつが原因で色々な悪いことも、良いこともあったけれど…」
いつでも狙い撃てるように、大きな銃の銃口を犯罪神へと向けるブラックシスター、ユニちゃん。
「わたし達で、犯罪神を…!」
怯えを見せずに犯罪神をしっかりと見ながら、両手で杖を構えるホワイトシスター、ロムちゃん。
「…うん。この世界から、消滅させます!」
ぶぉん、と特有の音を響かせて銃剣・
皆がそれぞれ、女神化していく。
「そういえばさ。こうやって犯罪神と直接戦うのって、わたし達も初めてよね」
隣に立つエスちゃんが語りかけてきて、言われてみればそうだ、と頷く。
犯罪神と戦う前にあんなことになって…そういえば、あの後ちゃんと犯罪神は倒せたのかな。
…って、昔のことを考えてる場合じゃないよね。
「あんたには悪いけど、わたし達の世界のあんたがやらかした分も含めて、あんたにぶつけさせてもらうわ!」
ラムちゃんに似た紅色のユニットを纏い、杖先に鋼を纏わせ大剣となったそれを構える、非正規女神レッドハート、エスちゃん。
「…今のわたしにとっては、この世界がわたしの生きる世界だから…わたしの、わたし達の世界を守るために、あなた達を…倒す!!」
キッ、と犯罪神とクロムを見据えて、杖を握りしめて、わたし自身もユニットを纏って変身する。
エスちゃんに、ラムちゃん、ロムちゃん、ブランさん…この世界で一緒に生きている皆を、世界を守る為に…
非正規の女神、ブルーハート。それが、わたし!
「ふふふふ! 良いわ、良いわ! そうでなくっちゃ! さぁ、始めましょう? 世界の命運を賭けた、
「オオオォォォォォ!!」
クロムが嗤い、犯罪神が吼える。
今、ここに。最終決戦の火蓋が切って落とされた──