やはり雪ノ下雪乃にはかなわない   作:黒猫withかずさ派

6 / 6
エピローグ

 首が痛くなるほど見上げても、この高層マンションにある自分の部屋がどこにあるかなんてわかるわけなかった。昼間の明るい時に時間をかけて探し出せば見つかるかもしれない。

 でも私にはそんな酔狂なことをする趣味はないし、首を痛めてまで自分の部屋を探す必要もなかった。

 それは今夜も同じ事。理由は少々違うけれど、いくら自分の部屋がわかったとしても八幡が家に帰って来ているわけなんてない。今夜は由比ヶ浜さん達と一緒にレポート完成の打ち上げに参加しているはず。

 本来なら八幡はそういった打ち上げには参加しない。本人いわく、誘われもしたことがないとか。

 とはいうものの、由比ヶ浜さんが毎回誘っている事を知っている私としては、毎回やや呆れた顔を作って聞いていたものだ。

 そして照れながら私と一緒に食事をするほうがいいって冗談交じりに言ってくれたのを、自分でも女々しいとは思うのだけれど、毎回嬉しく思ってしまっている。

 でも、今日は班単位でのレポート作成であり、なおかつ由比ヶ浜さんが強引に八幡をひっぱっていってしまったので、今回ばかりは八幡も打ち上げに参加している。

 ほんと、しょうがない人ね。由比ヶ浜さんには甘いんだから。

 …………それにしても由比ヶ浜さん。ちょっと遠慮がなくなったのかしら? 私は気にはしていないのだけれど、私は由比ヶ浜さんの友達でもあるわけだからヤキモチなんて妬かないのだけれど、それでももやもやするのは一人で夕食を取らないといけないからかしらね。

 …………そうに決まってるわ。なんて、なにを意味もない言い訳をしているのかしら。

 素直に認めればいいのに。ほんと私も姉さんを見習わないといけないわね。

 そう珍しく姉さんを羨ましく思いながら、私はマンションのエントランスホールを抜けていく。綺麗に清掃されたマンション内は、すでに夜という事もあって寂しさも感じさせる。

 照明によって浮かぶ影が一つしかない事に、ここでも寂しさを感じてしまうのは、きっと先日の姉さんの悲しみを見てしまったからかもしれない。

 やはり一人はさびしい。高校時代では考えもしない結論だけれど、二人を知って、三人も知った今となっては、やはり一人は寂いしいと思ってしまう。

 …………三人ではなく、四人だったわね。

 ごめんなさい、由比ヶ浜さん。やっぱり今夜の私は、あなたに嫉妬しているみたいだわ。

 

 

 

 玄関にあるインターホンを鳴らした後、自嘲気味に鍵を差し込んで室内に滑り込む。

 予想通り八幡はいない。当たり前のことなのに、ここでも女々しいことをしてしまったことに、自分でも驚いてしまっている自分もいる。

 でも、私もわかったいるのよね。だって、一人はさびしいって。

 靴を脱ぎ、明かりもつけないで奥に進んでいく。いくら暗くても、長年住んでいればだいたいの構造を体が覚えてしまっている。だから、月明かりと街の明かりがあれば、うっすらと浮かぶ室内を見る事さえできれば室内の移動くらいできないわけがない…………・。

 でも、部屋の構造はわかっていても、足元は危ういのよね。

 

「いったぁいぃ…………」

 

 我ながら可愛らしい悲鳴をあげてしまったと苦笑いが浮かびそうになる。誰も聞いていないのだから気にする必要なんてないのに、どうしてもいつも隣にいる八幡を意識してしまっている自分がいた。

 そして、そのことを自覚すると、さらに苦笑いを浮かべてしまうのは当然の結末かもしれない。

 ローテーブルに脛をぶつけ、鈍い痛みが足を響かす。

 痛みを無視すると、ここにはいないとわかっている八幡を一応探す自分がいた。

 探すと言っても、リビングから始まって、キッチン・寝室・バス・トイレくらいしかない。だから1分少々で全ての確認が終わる。

 そして私は、もう一度寝室に戻ってくると、そのままベッドにダイブして八幡の枕に顔をうずめた。

 わずかに残っていた八幡の臭いをかぎ取っても満足できそうもない。臭いは臭いでしかなく、八幡の事を思いださせてしまう分寂しさを増長させてしまった。

 

「八幡……。早く帰ってきなさいよ。雪ノ下雪乃が寂しがっているわよ。今すぐ抱きしめてあげないと、泣いてしまうかもしれないのよ?」

 

 やっぱり姉さんが悪いのよ。幸せは簡単には手にし続ける事ができないってわからせてくるものだがら、なんだか不安になってしまったわ。

 でも、姉さんが悪いってわけでもないのよね。姉さんは苦しんでいて、私たちの為に行動してくれていたんですもの。理不尽な言いがかりをするものじゃないわね。

 でもでもでもでも、やっぱり今夜は寂しく思ってしまうわ。今夜みたいな事は初めてではないのに。理由はだいぶ違うけれど、今までも何度もあったことなのに、どうして今夜は寂しいのかしら?

 悶々とする心を発散させるべく枕を抱えてごろごろ転がってみたものの……。

 

「…………きゃっ」

 

 見事にベッドから転落し、涙で視界がかすんでしまった。

 ようやく視界がはっきりしてきたので時計を見ても、帰って来てから10分もたっていない事に気が付き、再び涙があふれてきてしまった。

 よろよろと立ちあがり、リビングへととって返す。ソファに置いた鞄を見つけると、中から携帯電話を取り出し、手慣れた手つきで目的の番号を呼び出した。

 ……一回。……二回。……三回。

 いつもなら気にもしないコール回数だけれど、今夜ばかりは長く感じられる。

 ……四回。……五回。

 

「もしもし?」

 

「……八幡」

 

 数時間前に大学で別れたばかりだというのに、心がじわっと温まっていくのを実感してしまう。このたった数時間が、何年にも感じ取れてしまうっていってしまうのは、大げさかしら?

 でも、どうでもいいことね。だって、今は八幡の声に集中したいもの。

 

「もう家にはついたのか?」

 

「………………」

 

 いつもと同じ口調であるはずなのに、なぜかよそよそしいって思ってしまう。

 

「……雪乃?」

 

「………………」

 

 やはり隣に由比ヶ浜さんが隣にいるってわかっているから、ヤキモチを妬いているのかしらね。

 

「雪乃? 何かあったのか? なあ、おい?」

 

 意識を耳に戻すと、私が無言で自嘲している間に八幡を不安にさせてしまったらしい。

 でも、焦って私を心配してくれている八幡を耳にして喜んでいる私もいるのよね。

 …………本当に酷い女ね。

 鏡があれば、きっと悶えながら携帯を大事そうに手にしている私が見る事ができたかもしれない。あと、明かりも付けていればという条件も必要かしらね。

 でも、自分で考えてしまった事ではあるのだけれど、さすがの私も、そんな自分の姿を見る勇気はないわ。

 …………八幡なら喜んで見たがるでしょうし、私も八幡になら喜んで見せているのでしょうけど。

 

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまっていたわ」

 

「雪乃の方から電話してきてくれたというのに、その放置プレイはひどくないか?」

 

「だから謝っているじゃない。でも、考えていた事はあなたの事なのだから、それで我慢なさい」

 

「まあ、今日はそう言う事にしておくよ」

 

「あら? 今日は素直なのね。なにかやましい事でもしているのかしら?」

 

「ちがうって。そんな怖い声だすなっての。こっちはおとなしく隅っこの方で食事をしているだけだっての」

 

「あら? 予想通りの展開だったようね」

 

 本当に今夜の私は抑えが効かないんだから。このまま八幡に放置されていたら、どうかなってしまいそうで怖いわね。

 

「俺が学部の誰かと楽しそうに食事していたら、それはそれで気持ちが悪いだろ?」

 

「由比ヶ浜さんたちがいるじゃない?」

 

「あいつらは人気者だからな。最初こそ俺の隣にいて話しかけてきてくれてはいたが、今は連れていかれて楽しそうにしているぞ」

 

「どこにいても一人になってしまうのね」

 

 嬉しそうに話しているのに気がつかれていないかしら? でも駄目ね。八幡が一人でいるのを喜んでいるだなんて彼女失格ね。

 でも、今日くらいはいいわよね? 大切な彼女をほったらかしにしているんですもの。

 

「でもそのおかげで二次会は行かなくても大丈夫そうだぞ?」

 

「由比ヶ浜さんが許すかしら? なんだか張り切っていたようにも見えたのだけれど?」

 

「そんなのあいつの勝手だろ?」

 

「でも……」

 

「それに、あいつは学部の奴らによって拘束中だから、俺を拘束する事はできない。そもそも俺が参加するのはこの食事だけだって話だったからな」

 

「でも、あとで怒るわよ、きっと」

 

「いいんだって。俺の義務は果たした。後の事は知らん」

 

「もう……」

 

「だけど、ここでの食事ももう少しかかりそうだから、帰るのは遅くなるだろうな。雪乃も明日があるんだから、先に寝ていていいからな」

 

「私も明日の準備があるから、いつ寝るかはわからないわ」

 

「…………まっ、疲れが残らないようにな」

 

「えぇ」

 

 ばれてしまったかしら? 

 無性に八幡に会いたいのだから、ちょっとくらい遅くなっても寝ないで待っているに決まっているじゃない。

 きっと電話の向こうで苦笑いでも浮かべているのね。

 でも、この心地よい敗北感は素直に嬉しいと思えるようになったのは、あなたのせいなのよ?

 

「じゃあ、あとでな」

 

「えぇ」

 

 やっぱりばれているんじゃないっ。

 あとでってことは、私が寝ないで待っているって確信しているわね。ほんとうにもぅ……。

 そして私は、八幡が通話を終了するのを確認してから携帯をソファーに置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 どこもかしこも似たようなことを考える人間が多いようで、なんらかの理由をつけて食事にへと繰り出している学生が多く見られる。この店も大学の近くであり、低価格のわりにはそこそこ美味しく、ボリュームもあるので男子生徒に人気がある。

 もちろん大学の女子生徒への対策もしっかりとしている。明るい店内に、清潔感も心がけているようで評判も悪くはない。食事に関しても男子諸君と同じく気にいっているようだ。

 ただ、食事の量に関してはたくさん食べられるではなく、みんなでシェアできる分一人頭の食事代が減るからみたいだけれど。

 わたしはそんな騒がしい店内を迷いなく進んでいく。店に入ってすぐに目的のテーブルは店員に確認済みだから迷うはずもなかった。

 店内を進んでいる時数人顔見知りがいたが、笑顔で挨拶しておけばへたな詮索などしてはこない。まあ、この店に来ている時点で打ち上げの確率が高いから、何をしに来たなんて聞きに来る人間などいないとは思うけれど。

 

「じゃあ、再度レポートの完成を祝って、かんぱ~いっ」

 

「「「かんぱ~いっ」」」

 

 目的のテーブルに到達すると、どうやら盛り上がっているようだ。これで何度目の乾杯かはわからないけれど、そんな回数当人たちにとっては意味を持たない。

 本人たちが楽しければそれでいい。わたしもそれでいいと思うし、こんなのはその場ののりだ。

 でも、なかにはその場ののりを読まない人間もいるわけで…………、雰囲気を読まない人間。比企谷八幡がそれの該当者であり、わたしの目的の人間でもあった。

 ただ、一通り盛り上がった彼等彼女等の話題はお酒の勢いも借りて普段は聞けないような事を聞きだそうとする。その対象が雰囲気を読まない男であっても、好奇心が彼等彼女等を突き動かす。

 まあ、彼等彼女等が聞きたいのは彼自身ではなくて、彼の隣にいつもいる女性についてなんだろうけどね。

 

「なあ比企谷。楽しんでるか? ほら、飲めよ。今回のレポートの最大の功労者だからな」

 

「そうそう比企谷君ってとっつきにくいように見えるけど、しっかりとしているのよね。私が遅れたところなんてサポートしてくれたし」

 

「いや、提出期限が迫ってたから…………」

 

「もう、ほんと~にっ、感謝してるんだよ」

 

 ほらほらぁ~、八幡困ってるねぇ。しかも苦笑いまで浮かべているしぃ。

 周りの人間は照れ隠しだと思っているみたいだけれど、彼の内心はむっとしているんだろうなぁ。きっと自分の分担部分くらいはしっかりやれよくらいは思っているんじゃないかしら?

 それとも、最初から他人は期待していないかな? もしかしたら一人で全部やってしまっているかもしれないか。そうなると、問題が起きたらさりげなく自分がフォローするってかんじでってことかな?

 まあいいや。あとで問い詰めてやろう。

 

「ほら、飲んでぇ」

 

「いっつも授業が終わるとすぐ帰ってしまうから、なかなかこうやってゆっくりと話す機会なんてなかったよねぇ」

 

 そうだろうか? 本気で話したいと思っているんなら、講義の後に捕まえればいいことだし、それができないのなら講義の前に声をかければいいんじゃないの?、って、きっと思ってるんだろうなぁ。

 にやにやが止まらないなぁ。

 こうして盗み聞きしているだけでも面白いけれど…………、やっぱりもうちょっとだけ聞いていようかな。

 

「それにしても比企谷くんのプライベートって謎だよね」

 

「そうそう。あんなに綺麗な彼女がいるんだもん。最初はみんな嘘だと思っていたもんね」

 

「そうだよな。どうやったらあんな彼女ができるのか聞いてみたもんだよ。つ~か、俺にも紹介してほしいっての」

 

「いや~、あんたは無理でしょ~」

 

「そりゃないっての」

 

「でもさぁ。どうやってあのすっごく美人の彼女をゲットしたか聞いてみたいよね」

 

「ねっ。あたしも聞いてみたいなっ」

 

「でも、比企谷君って由比ヶ浜さんと付き合っているんだとみんな思っていたよね」

 

「そうそう。いっつも一緒にいるし、勉強も見てあげてるんもんね」

 

「比企谷ってじつは女たらし? あんな羨ましい彼女がいるのに、学部では由比ヶ浜さんもだもんなぁ……」

 

「それはあるかも」

 

「ねぇ~。実は浮気してるんじゃないかっていう噂もあったよね」

 

「それはないから。そもそも由比ヶ浜とは高校のクラスメイトでもあり部活仲間でもあったからで、そういう邪推するような発言は由比ヶ浜に失礼だろ」

 

「でもねぇ~、由比ヶ浜さんもまんざらでもないって感じだし」

 

「それはわたしも問い詰めたいところね」

 

「陽乃さんっ」

 

 わたしはするするっと八幡の背中に身を寄せると、八幡が逃げ出さないように両腕で固定する。八幡もなれたもので、無駄な抵抗はしてこない。

 ここが自宅なら多少は抵抗したかもしれないし、雪乃ちゃんの援護も期待できたかもしれない。

 でもここは自宅ではない。学部の人間が見ているし、派手に動いてさらなるハプニングが起こるかもしれない。だから八幡は動かなかい。

 そのことをわたしも八幡もわかっているから、二人とも無駄な動きはしようともしなかった。

 

「あっ、雪ノ下先輩だっ」

 

「どうして、どうして?」

 

「なんでいるの? 由比ヶ浜さん知ってた?」

 

「ううん。あたしも陽乃さんが来るって聞いてないよ」

 

「じゃあなんで?」

 

「なんででしょうねぇ」

 

 けたけたと笑顔を見せると、みんなの高まりすぎた興奮がさらに上昇していく。

 それを見て八幡の気分は下がる下がる。もう勝手にしてくれって感じかな? そういうつもりなら、もっとやっちゃうぞ。

 っていうことで、えいっ。

 背中ら抱きしめてはいたけれど、わたしはさらに胸を押しつけるように腕の力を込める。

 すると、八幡はぴくっと反応したものの、やはり抵抗らしい抵抗はしてこない。抵抗したらしたで、さらに胸をこすりつける結果になるわけだから、抵抗してこないか。

 まっ、いいか。もう一つ、えいっ。

 もう、顔だけはしっかりと反応しちゃって赤くなっちゃって。

 こんな見えない攻防をわかっているのは、わたしと八幡と…………、あとはガハマちゃんくらいかな?

 ガハマちゃんたら、顔をひきつらせて可愛いんだから。

 

「陽乃、さん。……どうしてここにいるんで、しょうか? 聞いたらこたえてくれますか? それとも聞いてもこたえてはくれないんでしょうか?」

 

「もう質問しているから、その質問は意味をなさないんじゃないの?」

 

「それもそうですね。…………だったらこたえを聞かせてもらってもいいですか?」

 

 やっぱりそうとう動揺はしているんだね。ほんと、可愛いんだから。うり、うりぃ。

 八幡に触れるたびにわたしのこころは喜びに満ちていく。もうこんな馬鹿ふざけはできないと思っていた。みんなの前では当然距離を取ろうともした。

 だって八幡の隣にいたら勘違いされるから。八幡の彼女は雪乃ちゃんであって、わたしではない。

 噂であってもわたしが八幡の彼女だって思われたら雪乃ちゃんが傷ついてしまうもの。

 でも、もうそんな心配をしなくてもいいのよね。だってわたしたちは三人だもの。

 

「ん? わたいは最初からこたえないなんて言ってないわよ?」

 

「じゃあ、答えをきたせていただけると助かります」

 

「えっとね……、八幡に会いたかったから?」

 

 そう答えると、頬と頬がくっつくくらい八幡を引き寄せる。

 当然わたしの頬も赤くなるけれど、お酒の席だしいいよね。…………お酒なんて飲んではいないけれどさ。

 

「なんで疑問形なんですか?」

 

「じゃあ、本当の事を言ってもいいのかな?」

 

 きらりと光る怪しさに、八幡は無駄だとわかっていても逃げようと肩を震わせる。

 でもね、逃がさないわよ?

 ペナルティーとして、えいっ。

 

「本当のところはなしでお願いします」

 

「じゃあ、どう答えればいいのよ?」

 

「そうですね。建前でとか?」

 

「それだったら最初から聞く必要ないじゃない」

 

「それもそうですね」

 

「は~い、罰をあたえま~す」

 

「どうしてです?」

 

「だって、意味がない質問をしてきたじゃない?」

 

「それで罰ですか? やりすぎでは?」

 

「べつにいいじゃない」

 

「よくはないですよ」

 

「いいのよ」

 

「それは陽乃さんだけですよ」

 

「そぉお? だったら別の罰を与えます」

 

「俺は何もやっていないと思いますけど?」

 

「ぶっぶっ~。さっきから陽乃って呼んでくれていないじゃない。陽乃って呼ぶって言ってくれたわよね?」

 

「「「えぇ~~~っっっつっ!!!」」」

 

「おい、雪ノ下先輩の妹と付き合ってたんじゃないのかよ?」

 

「私もそうだと思ってたけど……」

 

「でも、いつも雪ノ下先輩とも一緒にいるよね」

 

「あぁ。俺も何度も見たことある。昼なんて一緒に食事しているしさ」

 

「そうそう。なんか雪ノ下先輩がお弁当作ってきているって聞いたことあるよ」

 

「まじでぇ…………」

 

 まあ、嘘ではないから八幡も否定できないか。一部、事実が行き過ぎて噂に化けているのもあるようだけれど、ここで否定しても効力は全くないのよね。

 

「今それをいいますか?」

 

「べっつにいいじゃない?」

 

「はぁ……、わかりましたよ」

 

「よろしい」

 

「それにしてもいつまで俺にひっついているんですか?」

 

「八幡がこうしてほしいって望んでいるから?」

 

「いつ俺がそんな物騒な事を言ったんですか」

 

「心の中で、かな?」

 

「…………もうそれでいいです」

 

 諦めが肝心だよ。そのうなだれている姿も哀愁が漂っていてかわいいっ。

 

「それはそうと、わたし、喉が渇いたんだけど」

 

「それは唐突ですね。なにか注文しますか?」

 

「そのウーロン茶でいいわよ。あまり長居するつもりもないしね」

 

 指差す先にはさきほどまで八幡がちびちび飲んでいたウーロン茶であろうソフトドリンクが置かれている。

 アルコールの可能性はほとんだないかな。だって、いつ車を運転する必要があるかわからないのに、用心深い彼がアルコールなんて不必要なものを飲むとは思えないもの。

 

「じゃあどうぞ」

 

 勝手に飲めとばかりに視線を送ってくる。でもね八幡。わたしは雪ノ下陽乃なのよ?

 

「ん~~」

 

「なんですか?」

 

 その警戒心。ぞくぞくしちゃうなぁ。

 

「ほら、わたしの手って両方ともふさがってるじゃない?」

 

「はぁ……」

 

「手、が、つかえ、な~いっ」

 

「右手を使ってコップをつかめば問題ないと思いますよ。というよりも、むしろ両手とも俺を拘束するのをやめればいいと思いますがね」

 

「それは無理よ」

 

「どうしてです?」

 

「八幡が逃げるじゃない」

 

「当然です」

 

「そう言う事を言うんだ。お姉ちゃん、さびしいな」

 

「あぁ~、なんといいますか」

 

「ほんとっさっびしいなぁ~。…………というわけで、寂しさを解消する為にもっとぎゅっとします」

 

 今度は頬と頬がしっかりこすり合わさるまでしがみつく。まわりからの歓声と悲鳴はこの際無視かな。まあ、最初から気にしていなかったけれどね。

 

「さすがにこれはまずいんじゃないですか」

 

「目が泳いでいるわねぇ」

 

「誰のせいですか、だれのっ」

 

「悪いと思っているんなら誠意をみせてほしいな」

 

「わかりましたよ」

 

「喉が渇いたなぁ~」

 

 素直がよろしい。わたしの要求通りに動きだした八幡は、グラスを手に取り、わたしに飲まそうとする。

 

「おっしいなぁ。少し間違っているわね」

 

 目の前まできたグラスを前に、わたしはあえて口を付けない。

 それを見た周りの人たちは怪訝な顔を見せる。ただ八幡だけはその理由がわかったらしく、重々しく苦笑いを落とす。

 

「一応何が違うか聞いてもいいですか?」

 

 本当はわかってるくせに無駄な時間稼ぎをするぅ。

 

「ええ、いいわよ。でも、言ってもいいのかしら?」

 

「言ってくれないとわかりませんから、どうぞ口にしてください」

 

「だったら言ってあげるわね。…………いつもみたいに、口移しで、してくれないと飲めないなぁ、と」

 

「いっ」

 

「ほらはやくぅ」

 

 ギャラリーのボルテージはあがるあがる。その逆に八幡からは覇気どころか体温さえも失われていってるんじゃない?

 わたしがいっちゃうのはどうかとは思うけどね。

 身動き一つしない八幡に、わたしは悠々と片手を自由にしてグラスを手に取る。そしてそのグラスを八幡の手に這わすように縛りつけると、八幡の口へと導いていった。

 ごくり。

 八幡の喉を震わす音がわたしの頬を伝わってダイレクトに響かせる。

 かくいうわたしも、ちょっとやりすぎたかなって思わないでもない。でもねぇ、ここまでやっちゃうと、べつにいいかなって思ってしまうのも事実なのよね。

 10センチ。もう5センチ。あと2センチ。

 数秒後には八幡の口の中にはウーロン茶が満たされているだろう。そしてその後には……。

 

「はい、そこまで」

 

 どこから見ていたのかしら? 雪乃ちゃんったら、タイミング良すぎない?

 八幡の手からグラスをもぎ取った雪乃ちゃんは、一気にグラスに残っていたウーロン茶の飲み干す。

 そして、これもわざとだろうな。うん、たぶんわたしへ見せびらかす為よね。

 べつに八幡の飲みかけがうらやましいとか、間接キスがどうかとか、わたしはどうでもいいのよ?

 ほんとうよ。でも、その目はやめなさいよ。ぜったいにわたしへの見せつけね。

 

「雪乃ちゃんがどうしてここに? 学部が違うんじゃないかしら?」

 

「それをいうのならば、姉さんこそ学部が違うのではないかしらね? そもそも姉さんは大学院生であって大学生でさえないわね」

 

「わたしは八幡に会いに来ただけだもの。学部が違う事になんの意味があるのかしら?」

 

「それこそ姉さんが会いに来る必要なんてなんじゃない。恋人でもない姉さんが八幡に会ってどうするつもりかしらね?」

 

「それこそ妻気取りの雪乃ちゃんは、旦那様が帰ってくるまで自宅でお留守番していればよかったのではないかしらね? それとも一人でお留守番するのがさびしくなって会いにでもきたのかしら?」

 

 あら? 正解だったの?

 なにも言いかえせないでいるっていう事は、やっぱりそうだとか?

 たしかに顔を赤くして、両手をプルプルと震わせながら睨みつけている時点で正解確定なのだろうけれど、それにしても雪乃ちゃんったら可愛すぎないかしら?

 

「ね、姉さん、っこそ、どうしてここに、いるかしら、ね? 姉さんこそ寂しくなって八幡に会いに来たのではないかしら?」

 

「そうよ」

 

「……えっ?」

 

 あぁ、これが呆気に取られるっていう顔なのかぁ。

 雪乃ちゃんの普段が普段だけに、こういう雪乃ちゃんの顔を見られただけでもここに来た価値があったかもしれないわね。

 

「聞こえなかったのかしら?」

 

「そ、その、ええと……」

 

「だからわたしは、八幡に会えなくてさみしいなって思ったから会いに来たのよ。で、こうして癒してもらっている状態にと至るわけね」

 

「…………そ、そんなこと許されると思っているのかしらっ!」

 

 あら? 立ち直りが早いわね。さすが雪乃ちゃんってことかしら。

 でも、こうでなきゃ雪乃ちゃんらしくなくてものたりないし、そしてなによりも、寛大な妹だからこそわたしはここにいられるのよね。

 だから、なにがあってもここからいなくなる事はないのよ。

 そして、あなたのことを裏切る事もない。

 だって、わたしは八幡のことも好きだけれど、雪乃ちゃんのことも同じように好きなのだから。

 

 

 

 

 

 朝の生ぬるい空気を肺に満たし、今日も始まってしまったなと憂鬱になりかける。朝の今の時点でこのぬるさ。あと数時間後には外で突っ立ってるだけでも汗だくになってしまうことだろう。

 そう考えれば朝のこの時間こそが最高のパラダイスであり、時間が過ぎるとともに地獄へと転がり落ちていくとも言えよう。

 まあ、いくら朝が大切だとご高説しようとも、眠気には勝てないんだけど。

 とにかく今朝は特別眠い。

 なにせ昨夜、雪乃と陽乃さんの乱闘は店を出たあとでも続いていたんだから。一応二人とも常識は捨ててはいなかったらしく、店内ではおとなしく乱闘を繰り広げた。

 そして、早々に第一ラウンドを終了させた二人は、俺を拘束しつつ自宅マンションへと戻り第二ラウンドを開始させた。

 当然ギャラリーがいない自宅では、核ミサイル級の攻撃の連続で、側にいた俺の方が被害甚大だった事は当然の結末と言える。

 ただどうしてだろうか、と毎回悩む事がある。あんなにも激しい戦闘を繰り広げた二人は、昨夜の疲れなどなかったかのように朝から元気である。

 あの体力が壊滅的に少ない雪乃でさえ元気であるのだから、きっとこの原理を解明できればノーベル賞もとれるのではないかと、本気で思った事も、あるとかないとか。

 と、朝からどうしようもない事を考えて現実逃避を試みていると、俺の両脇をしっかりと抑えている二人から何とも言えない甘い香りが俺に襲い掛かる。

 女って、どうしてこうもいいにおいがするんだよ?

 それも両脇からくるんだから、これこそパラダイスともいえる。実際俺を見た通りすがりの男連中は嫉妬の眼を俺に全力投球でぶつけてくる。

 ちなみに女連中は汚いものでも見るかのような視線だ。

 …………だけどなぁ。

 お前らが思っているほど楽しくはないのが現実なんだよな。

 何を思ったのか、俺の腕を一時的に解放した陽乃さんは、数歩俺の前まで躍り出ると、華麗なターンを披露する。するするっと舞う姿はそれだけでも目を引いてしまう。

 からかうようにさらに体をくねらせ俺にその肢体を見せつけてくる。

 完全に夏の装いとなったその肌の露出が多すぎる姿は、俺の視線をくぎ付けにするのに少しも苦労をしない。むしろ視線を引き離す方こそ苦労するほどだ。

 

「八幡が選んでくれたこの服。どうかしら?」

 

 風にのって鼻をくすぐる陽乃さんの香りが、俺の体温を急上昇させる。まだ陽は高くないっていうのに、俺の体からは汗がわき出てきてしまう。

 ふわりと舞ったスカートから覗くきゅっと引き締まったら白い脚は、当然のごとく俺の目を奪っていく。

 そして俺の視線を素早く察知した陽乃さんは、十分な収穫を満足してか、再び指定席となった俺の腕へと戻ってきた。

 

「どしかしら?」

 

「俺が選んだからって部分はどうでもいいんじゃないですかね? 素材がよければ何を着てもいいっていうか……」

 

 だからぁ、耳元で甘い誘惑を吹きつけるのはよしてくださいって。

 

「ん~。でも、わたしとしては八幡が喜んでくれないと意味がないのよね」

 

「だったらこのワンピースは八幡が気にいっているものだから、喜んでくれているのよね?」

 

 だから雪乃。お前まで朝から陽乃さんのペースにのらないでくれませんか?

 陽乃さんがアクセルだったら、雪乃はブレーキ役だったでしょうが。

 

「どっちも似合ってるから、朝らか誘惑するのだけはよしてくれ」

 

 人目ものあるし、ここは大学の側なんだぞ。今までだって大量のゴシップネタを提供しているんだ。今朝もその一役を担う必要なんてないはずだろうに。

 

「でもねぇ雪乃ちゃん」

 

「ええ、そうみたいなのよね」

 

「急に同盟組んじゃってなんなんだよ?」

 

「だってね、わたしたちは八幡の言葉を信じればいいのか。それとも八幡の体を信じればいいのか、悩むところなのよねぇ」

 

「そうね。だって八幡は捻くれているんですもの」

 

「あぁっ、もうっ。本当にやめてくれ。こういうときだけ仲がいいっていうのは反則だろ」

 

 見事に雪ノ下姉妹の術中にはまり、ものの見事に体が従順に反応してしまう。だから、それを隠す為につい声が大きくなってしまう。

 その反応こそが喜ばせるものだというのに、俺はときたらただただ罠にはまりまくるのみ。

 夏を匂わす日差しも、心地よく吹き抜けて行く風も、両隣から擦り寄ってくる甘い香りの前ではどうでもいいような気がしてしまう。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 どうして止めることができなかったのだろうか。

 どうしてもっと強く言うことができなかったのだろうか。

 俺の身に降り注いでくる誘惑の原因に俺は全く関わっていないとは思わないが、そうであってもあんまりではないか。

 自分が何をしたっていうんだ。

 俺はちょっと三人の仲が良くなればいいと思っただけなのに、どうしてこうまでも仲が良すぎるまで進展してしまったのだろうか?

 でも、その全ては俺達が選んだものだ。

 でも、その全ては俺達が手放さなかったものだ。

 でも、その全ては人生を全て費やす覚悟で決めた事だ。

 だったらこの可愛らしい誘惑も、朝からハイテンションなのはちょっとばかし疲れはするけれど、ちょっとした維持費だと思えば楽しめると言えよう。

 そう、右腕に手をそわす雪乃といるためにはなんだってやろうと決意したじゃないか。

 左腕にぶら下がる陽乃さんの笑顔を見る為にはなんだってやろうと決意したじゃないか。

 だったら俺は、彼女たちに負け続ければいいだけだ。

 やはり雪ノ下姉妹にはかなわない。

 

 

 

 

『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』 終劇

 

 

 

 




『やはり雪ノ下雪乃にはかなわない』 あとがき


これにて完結です。
最初のプランでは「高校生編」を書こうと思っていたのですが、どうせ書くなら『はるのん狂想曲編』以降の設定に縛られない方が話の広がりがもてるかなと考え、続編は書かない事にしました。
あとはプロット自体を書きなおしたかった事もありますが。
『愛の悲しみ編』のラストは、やはり『はるのん狂想曲編』と同じように『愛の悲しみ編』冒頭の文章と繋がっております。最後くらいはちゃんとしめようかなという思いですね。
次回作開始時期は未定ですが、そのうち書けたら投稿したいなと思っております。
長々と連載してきましたが、お付き合いくださりありがとうございました。
またいつの日か舞い戻ってきたときには宜しくお願いします。


黒猫 with かずさ派



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。